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『一橋ビジネスレビュー』2017年AUT.65巻2号『健康・医療戦略のパラダイムシフト』―抜本的改革ではなく「できるところから」着手するBCGの病院改革に共感した、他

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2017年11月02日

『一橋ビジネスレビュー』2017年AUT.65巻2号『健康・医療戦略のパラダイムシフト』―抜本的改革ではなく「できるところから」着手するBCGの病院改革に共感した、他


一橋ビジネスレビュー 2017年AUT.65巻2号一橋ビジネスレビュー 2017年AUT.65巻2号
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2017-09-15

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 (1)私は医療技術や医療制度については門外漢なので、本号の特集についてあまり言及できることがないのだが、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)のパートナー・アンド・マネージングディレクターである北沢真紀夫氏の「病院経営 その実態と処方箋」という論文は、個人的に共感できるところが多かった。国内の病院の約7割は赤字であり、通常であれば痛みを伴う抜本的改革をしなければならない。論文では、「(A)外来部門の黒字化(地域の各種医療機関との提携による)」、「(B)入院患者の人数・単価の適正化(実際には、単価は診療報酬制度で決まっているため、強みを有する診療部門を強化し、それを通じて収益の拡大を図ることを指している)」、「(C)病院経営のガバナンスの強化」という3つの構造的改革が挙げられている。

 ところが、病院では抜本的な改革を現場に落とし込む際に、現場から反発を食らうことがある。例えば、医療材料費の最適化のために、手術で使う糸を安価なものに変えようとしたとする。コストは安いが機能的には遜色がないものであっても、「使い慣れていないものを使うと、事故が起きるリスクが高まる。そうなった場合に、責任が取れるのか?」という反論が出て、結局は現状を維持せざるを得ない。こういう局面に、論文の著者は何度となく直面したようである。

 そこで、論文の著者は、実行しやすい施策、医療スタッフにとってリスクや痛みが少ない施策から着手することを提案している。具体的には、「①外部委託費の削減(清掃、警備、IT、高額医療機器のメンテナンス、リネン類の購入・リースなど)」、「②医薬品、医療材料の共同購入」、「③診療報酬の請求漏れの防止(救急搬送された患者に対して、救急医療管理加算を忘れるケースがある)」、「④差額ベッド代の最適化(医療保険を活用することで、差額ベッド代を支払ってよい条件のベッドに入院したいと考える人は意外と多い)」などである。BCGはおそらく、病院の経営コンサルティングを始めた頃は、抜本的な改革を提案していたのだろうと思う。だが、経営陣や現場から反対されることが多く、試行錯誤を重ねた結果、論文のような改革の手法に至ったと推測される。コンサルティングの現場で十分に揉まれた内容であるだけに、納得感がある。

 私もコンサルタントになりたての頃は、抜本的な改革を提案しようと意気込んでいたものである。高額の報酬をいただくからには、それに見合ったインパクトのある提案をしなければならないと感じていたからだ。しかし、中小企業診断士として独立し、主に中小企業をコンサルティングするようになってからは、考え方が変わった。抜本的な改革を提案しても、中小企業の経営者からは「頭では解っているが、それを実行するリソースがない」と言われるのが落ちである。

 それならば、できることから少しずつ着手するしかない。最初はリスクや痛みの少ない改善から始める。成果が出たら、少しずつリスクを伴う改善も交えていく。こうして、小さな改善を継続的に積み重ねていった結果、数年後には改善を始めた当初と比べて全く異なる経営に進化していた、という状態に持っていくのが私の理想である(以前の記事「檜垣立哉『ドゥルーズ―解けない問いを生きる』―「To-Beを描いてAs-Isとのギャップを埋める」というコンサル手法を改められないものか?」を参照)。こういう経営は、トヨタが強みとするところである。トヨタはいわゆるカイゼンを全社的に継続することで、トヨタ生産システム全体が漸次的に進化し、数年後には以前とは似ても似つかぬシステムに変貌を遂げるということを何度も経験している。

 論文で提案されている①~④の小さな改善は、中小企業にとっても示唆的である。例えば、①に関して言えば、中小企業が様々なベンダーと締結している保守契約を見直すと、コスト削減につながりやすい。知り合いの診断士から聞いた話だが、その診断士の顧客企業では、Webサイトの保守に月10万円を支払っていたそうだ。しかし、ベンダーは何のサービスも提供せず、単にWebサーバを管理していただけであった。これで10万円は高すぎるということで、その診断士がベンダーと交渉して、月額の保守料を1万円に引き下げさせた。これだけで、年間108万円のコストカットである。保守契約は包括的に締結されることが多いが、ベンダーには作業項目と作業工数、単価を明記させて、サービスの内容と価格の妥当性を判断することが重要である。

 ④を企業経営にあてはめると、安易な値引きをしない、ということではないかと思う。これは私の前職での体験だが、前職のベンチャー企業では企業研修サービスを提供していた。それぞれの研修について、一応の標準価格は設定されているものの、営業担当者は目先の受注ほしさに、自由に値引きをして販売していた。営業部門の責任者も社長も、値引きの実態を把握していなかった。私が自社のマーケティング業務を兼務するようになってから値引き率を調べたことがあるのだが、標準価格通りに販売されている案件はほとんどなく、中には8割引きで販売されているものもあった。そこで、先方に見積書を提出する時は、必ず営業部門の責任者と社長の承認を得るというルールに変えた。ただ、残念なのは、価格を適正に保っても、研修の販売量自体が圧倒的に少なく、この程度の改善では巨額の赤字を是正できなかったことである(※)。

 (※)「【シリーズ】ベンチャー失敗の教訓」を参照。

 (2)井上達彦「ビジネスモデルを創造する発想法 〔第5回〕美しい「経験価値」を生み出す」では、アメリカのアンプクア銀行がデザインコンサルティング会社であるZibaの協力を得て、独自のポジショニングを構築した例が紹介されている。店舗のデザインや行員のサービスを決めるにあたっては、ノードストローム、リッツカールトン、スターバックス、バナナ・リパブリックなど異業種の事例を参照したという。アンプクア銀行は、「銀行は敷居が高くて入りにくい」というイメージを覆すために奇抜な店舗デザインにするといった、枝葉末節な方策に走ったわけでは決してない。まずはターゲット顧客層のペルソナを丁寧に描写し、彼らの顕在/潜在ニーズを丹念に洗い出し、彼らの期待を超えるサービスとは何かを明らかにした上で、そのサービスを実現するサービスプロセス、物理的な空間、プロセスを実行する行員に求められる能力を定義している。

 サービスデザインの手法として最近注目を集めているのが、「カスタマー・ジャーニー」と呼ばれるものである。カスタマージャーニーとは、一言で言うと「顧客が購入に至るプロセス」のことである。 顧客が製品やブランドとどのような形で接点を持ち、いかにして製品やブランドを認知し、またそれらに関心を持ち、購入意欲を喚起されて購買に至るのかという道筋を旅に例え、顧客の行動や心理を時系列的に可視化したものである。ただ、カスタマー・ジャーニーはどちらと言うと、現状のサービスを整理する目的で使われることが多いように思える。

 これに対して、望ましいサービスを定義する手法として、「サービス・ブループリント」と呼ばれるものがある。下図は、農家向けに耕運機、草刈機など、様々な農業機械の製造販売を行っている企業のアフターサービスのあり方を簡易的に示した例である。サービス・ブループリントの場合、顧客とじかに接する社員がどのような行為をするかに加えて、彼らがバックヤードに控える社員とどのように連携するかも重視する。また、サービスの品質を向上させるために、ITなどのシステムを積極的に活用することも想定している。

サービス・ブループリント

 ただ、私がこういうサービス・ブループリントをいくつか作って感じたことは、プロセス図をどんなに精緻に描いたところで、結局は左脳的な発想を抜け出せないということである。でき上がったブループリントを眺めてみると、至極当たり前のことしか書かれておらず、独創性に乏しい。別の言い方をすれば、このブループリントを見ても「ワクワクしない」。生の顧客の特徴(性別、年齢、ライフスタイル、見た目、言動、性格、考え方など)を多面的にとらえ、サービス提供者が自身の能力や価値観を下地として、顧客との相互作用の中で即興的に豊かなサービスを創造するという、サービスの右脳的、能動的な側面がそぎ落とされてしまう。こうした弱点を補うためには、プロセス図に代えて、分厚い語彙から構成される物語としての「脚本」を作成するのが効果的なのかもしれない。この辺りの新しい手法を開発することが、私にとって今後の課題である。

 (3)本号の最後には、カルビーのケーススタディが掲載されていた(浅井俊克、木村めぐみ「カルビー 経営改革のための働き方改革」)。「働き方改革」は最近のホットトピックである。ダイバーシティ経営の一環として、女性社員の活用に乗り出す企業が増えている。シニア社員についても、定年制の廃止や再雇用制度などによって70歳まで働く時代に入ったと言われるが、政府は9月に「人生100年時代構想会議」を立ち上げて、80歳まで働く社会を射程に入れている。

 戦略論の定石に従えば、まずは市場ニーズの分析から戦略、つまり誰をターゲット顧客として、どんな製品・サービスをどのような差別化要因に基づいて提供するのかという構想を導き、その戦略を実現するためにはどんな能力を持った社員がどの程度必要なのかを計算して、人事・人材育成戦略に落とし込んでいく、という手順になる(以前の記事「【戦略的思考】SWOT分析のやり方についての私見」を参照)。一方、働き方改革では発想が逆になる。すなわち、現在企業が抱えている社員の能力を活用すると、どのような事業が実現できるのかと考える。

 ピーター・ドラッカーは、「人に仕事を割り当てるのではなく、仕事に人を割り当てなければならない」とよく主張していた。つまり、前者のアプローチである。しかし同時に、ドラッカーは面白いことを言っている。IBMが昔不況に陥った時、トーマス・ワトソン・Jrが社員を解雇せず、社員のために仕事を創り出した点を高く評価しているのである。これは後者のアプローチに該当する。

 私は前者のアプローチには慣れているものの、後者のアプローチについてはこれといった知見をまだ持ち合わせていない。人材育成が専門であると公言しておきながら、何とも恥ずかしい話である。もちろん、前者のアプローチでも、社員の能力が発想のトリガーになっている部分はある。以前の記事「【戦略的思考】SWOT分析のやり方についての私見」では戦略立案の8つのプロセスを提示したが、「①事業機会の抽出と選択」においては、多角化戦略の1つとして、現有の組織能力を活用した事業を挙げている。また、「④CSF(Critical Success Factor:重要成功要因)の特定」では、クロスSWOT分析を用い、強み・弱みを抽出する際に社員の能力に注目している。つまり、社員の能力が事業のCSFに反映される形となっている。

 ただし、これらは断片的に社員の能力に注目しているにすぎない。例えば、今目の前に100人の育休明け女性社員がいて、彼女たちの能力を活用してどのような事業ができるか考えよと言われた場合、私には適当なフレームワークや方法論がまだない。それらを開発することが、私にとっては喫緊の課題である。さらに言えば、働き方改革の本質は、眠っている労働力を掘り起し、活用することにある。まだ企業には属していない女性やシニアなどの潜在的な能力を評価し、その能力を活用して新しい事業を立ち上げよ、と言われる時代が来るに違いない。こうした時代の要請に応える準備もしておかなければならないと感じる。




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