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『一橋ビジネスレビュー』2018年SUM.66巻1号『「新しい働き方」の科学』―「女性活躍推進度診断」(簡易版)を考えてみた
『世界』2018年7月号『朝鮮半島の歴史的転換点―日本外交の責任』―フランスという国を真似する際の注意点について
DHBR2017年11月号『「出る杭」を伸ばす組織』―社員の能力・価値観を出発点とする戦略立案アプローチの必要性

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2018年07月06日

『一橋ビジネスレビュー』2018年SUM.66巻1号『「新しい働き方」の科学』―「女性活躍推進度診断」(簡易版)を考えてみた


一橋ビジネスレビュー 2018年SUM.66巻1号一橋ビジネスレビュー 2018年SUM.66巻1号
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2018-06-15

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 本号の特集論文7本のうち、3本が女性活躍推進に関するものであった(山本勲「女性活躍を推進する働き方と企業業績」、横浜国立大学服部研究室「性別役割分業観と女性の昇進意欲」、坂爪洋美「部下の性別による管理者行動の違いと働き方にかかわる人材マネジメントの影響」)。女性活躍推進自体は「ダイバーシティ(多様性)・マネジメント」の一環として、日本でも10年以上前から注目されていたのだが、昨今の働き手不足の問題と、それに伴う政府の「働き方改革」によって、今後ようやく加速していくものと思われる(悲しいことに、外圧がないと自己をなかなか変革できないという、日本人や日本組織の弱みが現れている)。

 本号の特集を受けて、「女性活躍推進度診断」の簡易版を作ってみた。企業で女性社員を積極的に活用するには、「個人の意識」と「組織の環境」の両方が変わる必要がある。「個人の意識」とは、それぞれの社員(特に男性)が女性社員の価値観や能力の違いを尊重・活用しようとする意識のことである。ここで、違いを認識する前提として、自己が何者かということを知っていることが重要となる。つまり、キャリア的に自律していなければならない。よって、「個人の意識」は「キャリア自律」と「多様性の尊重(個人レベル)」という2つの因子から構成される。

 組織のレベルでは、継続就労支援、マネジャーへの女性社員の登用、育児休暇制度の充実、ワーク・ライフ・バランスの確保など、各種施策によって女性社員の活躍のフィールドを広げていくことが不可欠である。ただし、これは必要条件ではあるが十分条件ではない。制度のようなハードを広げても、その制度が根づく組織文化が発達していしなければ、ハードが活かされることはない。したがって、組織レベルにおいても、異性社員の価値観や能力の違いを認識・尊重し、それを前向きに活用しようとする風土が醸成されていることが条件となる。これは組織のソフト面の話であると言える。つまり、「組織の環境」は、「女性活躍推進の取り組み」というハード面と、「多様性の尊重(個人レベル)」というソフト面の2つの因子から構成される。

 以下、「女性活躍推進度診断」の設問文である。全部で24問ある。いずれの設問も、5=よくあてはまる、4=あてはまる、3=どちらとも言えない、2=あまりあてはまらない、1=あてはまらない/知らない、の5段階でご回答いただきたい。

カテゴリ No. 設問 回答
キャリア自律 1 私は、与えられた仕事をこなすだけでなく、自分なりの思い入れやこだわりを持って仕事に打ち込んでいる。 5 4 3 2 1
2 私は、給料や昇進のために仕事をするというようりも、自分の中でやりがいや意義を感じながら仕事に取り組んでいる。 5 4 3 2 1
3 今の仕事を通じて、自分がなりたいと思う姿に近づいているという成長の実感がある。 5 4 3 2 1
4 私は、会社のビジョンや目指している方向性に共感している。 5 4 3 2 1
5 この職場では、それぞれの社員が会社や仕事に対する共通の思いを持って働いていると思う。 5 4 3 2 1
6 私は、この会社に魅力を感じており、会社とともに成長していきたいと思う。 5 4 3 2 1
多様性の尊重(個人レベル) 7 私は、男性社員と女性社員の考え方や価値観の違いを認識している。 5 4 3 2 1
8 私は、自分にはない異性社員の考え方や価値観をオープンに受け入れている。 5 4 3 2 1
9 私は、自分にはない異性社員の特性を活かそうとしている。 5 4 3 2 1
10 私は、社内の重要な仕事において、異性社員と対等な立場で協業した経験がある。 5 4 3 2 1
11 私は、異性社員との協業により、同性社員だけでは生み出し得ない成果を出している。 5 4 3 2 1
12 異性社員と対等な立場で、それぞれの力を発揮しながら、協調して成果を出したことが、自分のキャリア上の重要な経験になっている。 5 4 3 2 1
女性活躍推進の取り組み 13 この会社では、これまで女性が少なかった職種において、実際に女性の採用数が増加している。 5 4 3 2 1
14 この会社では、ジョブ・ローテーションや職種転換などによって、実際に女性が配置されている職場が増加している。 5 4 3 2 1
15 この会社では、管理職に女性社員を積極的に登用しようとして、実際に女性の管理職が増加している。 5 4 3 2 1
16 この会社では、これまで女性の受講者が少なかった研修に参加する女性が実際に増加している。 5 4 3 2 1
17 この会社では、女性のワークライフバランスを促進する制度(短時間勤務制度、在宅勤務制度など)が女性社員に積極的に活用されている。 5 4 3 2 1
18 この会社では、女性も男性と同程度の成果・パフォーマンスを出せば、実際に男性と同等に評価されている。 5 4 3 2 1
多様性の尊重(組織レベル) 19 この職場では、男性社員と女性社員の考え方や価値観の違いが認識されている。 5 4 3 2 1
20 この職場には、男性社員・女性社員の区別なく一人ひとりの考え方や価値観を大切にしようとする雰囲気がある。 5 4 3 2 1
21 この職場は、男性社員と女性社員それぞれの特性を活かそうとしている。 5 4 3 2 1
22 この職場では、社内の重要な仕事には男性社員と女性社員の双方が対等な立場で参加している。 5 4 3 2 1
23 この職場では、男性社員と女性社員がそれぞれの特性を発揮し、協調しながら成果を出している。 5 4 3 2 1
24 男性社員と女性社員が対等な立場で、それぞれの力を発揮しながら、協調して成果を出すことが、この会社の強みになっている。 5 4 3 2 1


女性活推進

 回答が終わったら、まずは「個人の意識」に該当するNo.1~12の平均点と、「組織の環境」に該当するNo.13~24の平均点を算出する。そして、上図の左側のマトリクス上にその平均点をプロットし、自社がどの象限に位置するのかを判定する。「個人の意識」、「組織の環境」の平均点がともに中央値である3以上であれば、女性活躍推進が実現している理想型となる。「個人の意識」の平均点のみ3点以上の場合は、社員個人の意識が先行して、組織の整備が追いついていないパターン、逆に「組織の環境」の平均点のみ3点以上の場合は、組織の整備が先行して社員個人の意識が追いついていないパターンとなる。「個人の意識」、「組織の環境」ともに平均点が3点未満の場合は、女性活躍推進で後れを取っていると言わざるを得ない。

 さらに、「個人の意識」は「キャリア自律」と「多様性の尊重(個人レベル)」から構成される。そこで、No.1~6(キャリア自律)の平均点とNo.7~12(多様性の尊重(個人レベル))の平均点を算出し、上図の右上のマトリクス上にその平均点をプロットする。「キャリア自律」、「多様性の尊重(個人レベル)」の平均点がともに3点以上であれば、自己意識と他者に対する意識のバランスが取れている理想型となる。だが、前述の通り、「キャリア自律」は「多様性の尊重(個人レベル)」の前提であるから、多くの企業は、「キャリア自律」の平均点のみが3点以上で、社員個人のキャリア意識が先行すると思われる。とはいえ、中には「多様性の尊重(個人レベル)」の平均点のみが3点以上という、他者に対する意識が先行する企業もあるだろう。「キャリア自律」、「多様性の尊重(個人レベル)」ともに平均点が3点未満の場合は、社員の意識が停滞している。

 「組織の環境」は「女性活躍推進の取り組み」というハード面と「多様性の尊重(組織レベル)」というソフト面から構成される。そこで、No.13~18(女性活躍推進の取り組み)の平均点とNo.19~24(多様性の尊重(組織レベル))の平均点を算出し、上図の右下のマトリクス上にその平均点をプロットする。「女性活躍推進の取り組み」、「多様性の尊重(組織レベル)」の平均点がともに3点以上であれば、ハードとソフトのバランスが取れている理想型となる。だが、多くの企業ではまずはハードの整備から着手するから、「女性活躍推進の取り組み」の平均点のみ3点以上というパターンが多いと思われる。とはいえ、ベンチャー企業のように、制度は整っていないが、多様な社員の受け入れに初めから抵抗がない企業では、「多様性の尊重(組織レベル)」の平均点のみが3点以上ということもあるだろう。「女性活躍推進の取り組み」、「多様性の尊重(組織レベル)」の平均点がともに3点未満の場合は、組織に大きな課題がある。

 上記の診断を一定の社員数に受けてもらい、結果を集計すると、女性活躍推進をめぐる自社の課題が見えてくるだろう。さらに、男性社員と女性社員、管理職と非管理職で分けて集計したり、社員の年代別、部門別に集計したりすれば、より細かく認識の差を抽出できる。例えば、管理職は我が社では女性社員の違いを受け入れる文化が醸成されていると考えているのに対し、非管理職はそのような文化の存在を否定しているといったケースは容易に想像できる。

 ここからは、女性社員の活用をめぐって企業が直面する課題について、私見を述べてみたいと思う。最近でこそ出産・育児後に復帰する女性社員が増えているものの、それでもまだまだ出産・育児を機に退職を余儀なくされる女性社員は圧倒的に多い。企業側の理屈は、女性社員は出産・育児によってブランクができると、その間に能力が低下してしまうというものである。だが、果たして能力はそんなに簡単に下がるものなのだろうか?

 日本企業はゼネラリストを育成する傾向が強く、様々な部門の業務を経験して、多様な能力を身につけさせようとする。そして、優れたゼネラリストが経営者となっていく。しかし、経営者になる頃には、20代・30代からは随分と時間が経過している。それでも、20代・30代で身につけた能力がゼネラリストとしては重要なのである。ということは、20代・30代の能力は衰えていないと言っているに等しい。経営陣に関しては、習得から数十年経った能力でも重宝されるのに、女性社員の能力はわずか2~3年のブランクで否定されるのは、明らかな矛盾である。

 もう1つの課題は、昇進をめぐるものである。多くの企業では、女性社員が出産・育児で休職している間は、業績評価をしない。仕事をしていないのだから、業績評価をしないのは当然と言われるかもしれない。だが、以前の記事「比較的シンプルな人事制度(年功制賃金制度)を考えてみた」で示した例によると、例えば職能Level4に昇格するためには「Level3時代の5年以内の評価ポイントが15(年平均3)以上」となっており、Level4に昇格することが課長に昇進するための条件になっている。ここで、Level3で3年勤務し、9ポイントを獲得した女性社員が出産・育児をきっかけに2年間休職したとする。すると、Level3時代の5年以内に15ポイントを獲得することは不可能になり、課長に昇進する道が絶たれる。休職している間は通算勤務期間に入れないという方法もあるが、その場合には、女性社員の昇進は必ず男性社員よりも遅れてしまう。

 ここで、私は、女性社員が休職している間に、疑似的に業績評価を行うという方法を提案したい。具体的には、休職期間中であっても、業績評価は例えば平均点の3を自動的に与える。そうすると、休職を理由に女性社員が昇進で遅れるケースが減る。これを不平等な処遇だと批判する人は必ずいるだろう。だが、本ブログで何度も書いているように、人事制度を完全に平等に設計することは不可能である。それに、子どもを育てている女性社員は、人口減少社会において貴重な国民を育てるという大仕事をしている。そういう表現が敬遠されるのであれば、子どもを育てている女性社員は、将来市場に出てくる潜在的な顧客候補を育てていると言ってもよい。つまり、子どもを育てることは、企業の業績に立派に貢献しているのである。

 やや話が逸れるが、この話を拡張すると、介護休暇を取っている社員についても、同じように自動的・疑似的な業績評価を行うべきだということになる。現在、介護離職が大きな問題になっている。仮に再就職できたとしても、前職よりも大幅な年収ダウンになるケースは枚挙にいとまがない。だが、自動的・疑似的な業績評価を行えば、その社員は退職する必要もなく、これまで積み上げてきた年収を失うこともなく、さらに昇進の可能性も残される。それを正当化するとすれば、その社員は介護によって親の健康状態を保っており、高齢者市場の維持に貢献していると言える。これもまた、子育てと同じくらい重要な仕事であると私は考える。

2018年06月30日

『世界』2018年7月号『朝鮮半島の歴史的転換点―日本外交の責任』―フランスという国を真似する際の注意点について


世界 2018年 07 月号 [雑誌]世界 2018年 07 月号 [雑誌]

岩波書店 2018-06-08

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 以前の記事「『混迷するアメリカ―大統領選の深層(『世界』2016年12月号)』―天皇のご公務が増えたのは我々国民の統合が足りないから、他」で書いたように、日本は「和」と「伝統」を重視する国である。啓蒙主義を経験した西洋とは異なり、合理的な人間像を受け入れておらず、人間は生来的に不完全であるという前提に立っている。生来的に不完全な人間が意思決定を下す場合には、決して独断せず、合議による。そして、判断のよりどころを歴史に求める。ただし、日本人は生まれた後もずっと不完全であるわけではなく、学習によって生涯を通じて能力を伸ばし続けることができる可能性を信じている。それでも日本人は完全にはなることはできず、その際には外国の知恵を借りる。こうした日本人の精神を象徴している存在が天皇である。

 日本人は外国から学ぶことが大好きである。古くは中国から学び、江戸時代にはオランダを通じて西洋の文化を部分的に摂取した。外国からの学習が絶頂に達したのが明治時代であり、欧米諸国から様々な技術や制度を吸収した。そして、戦後の日本にとって中心的な先生となったのはアメリカである。明治時代以降、フランスからも日本は多くを学んでいる。ただ、個人的には、このフランスという国は、真似をするにあたって特段の注意が必要な国だと考えている。

 日本政府は、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催に向けて、訪日外国人の大幅増を目標としている。その際に参考にしているのが、世界一の観光立国フランスである。フランスは毎年、人口(6,690万)以上の外国人観光客(8,260万人)を受け入れている。フランスの観光の特徴については、以前の記事「【中小機構】インバウンドを呼び込むために知っておきたい基礎知識~欧州編~(セミナーメモ書き)」で少し触れたが、確かに参考になることがある。

 日本人の旅行と言うとせいぜい数日程度であるのに対し、ヨーロッパ人は数週間の休暇を取って、旅行先でゆっくりと滞在するのが一般的なスタイルである。日本の神社仏閣は外国人の人気を集めつつあるが、ただ単に神社仏閣を見て回るだけでは数時間の滞在で終わってしまう。ヨーロッパ人が関心を寄せるのは、神社仏閣のゆかりや歴史、祀られている神や仏の正体、神社仏閣のしきたりや行事、建物の構造的特徴など多岐にわたる。しかも、彼らは事前にインターネットで訪問先に関する情報を入念に調査しており、旅先ではそれ以上の情報を求める。

 神社仏閣側は、ヨーロッパ人の期待に応える、あるいは期待を上回る情報を積極的に発信していかないと、観光客の滞在時間を延ばすことができず、彼らの満足度を下げてしまう。さらに言えば、ヨーロッパ人は数週間同じ地域に滞在することから、このような長時間楽しめるスポットを複数用意し、お互いに連携させておかなければ、彼らの旅は非常につまらないものになってしまう。この点、フランスは観光スポットの見せ方や各観光スポット間の連携が上手であり、これがヨーロッパを中心に世界中から観光客を引き寄せる要因となっている。

 観光については積極的にフランスから学ぶとよい。だが、他の分野はどうだろうか?例えば、フランスは1970年代から少子化に悩まされてきたが、各種政策によって出生率を増加に転ずることができた。だから、日本もフランスに倣って少子化対策をするべきだと言われる。しかし、田口理穂他『「お手本の国」のウソ』(新潮社、2011年)によると、実態は違うようである。

「お手本の国」のウソ (新潮新書)「お手本の国」のウソ (新潮新書)
田口 理穂ほか

新潮社 2011-12-15

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 フランスには、2人目の子どもから一律に支給される児童手当、出産費用ゼロ、産休の終わりから子どもが3歳になる誕生日まで取得できる育児休暇、その間の所得補償、保育料無料の公立幼稚園、延長保育や保育ママなど託児システムの充実、子どもが3人以上の家庭の交通機関や美術館利用時の割引パスなど、様々な政策がある。しかし、フランスに20年以上滞在しているという著者によると、フランスには「少子化対策」という言葉は存在しないそうだ。これらの政策は、「家族政策」という、第2次世界大戦以前からある古い言葉でまとめられているという。フランスは19世紀を通じて人口減少に悩まされた。よって、「国力とは国民の数である」という意識が伝統的に強い。第2次世界大戦後、国力の回復には国民の数を増やすことだと確信した時の政府が、ここぞとばかりに力を入れて制度を整えた。

 それにもかかわらず、出生率は長期的に低下した。出生率が底を迎えた1970年代には女性の職場進出が進み、80年代にはその傾向がゆるぎないものとなった。そこで政府は、子どもを産んでも仕事を辞めなくなった女性を支援するためと、失業している女性の雇用を作り出すという目的で、ベビーシッターを促進する制度など、様々な女性雇用促進策を追加した。

 これらの政策が出揃って初めて、フランスの出生率は反転した。仕事と家庭を両立させ、子どもを持つことが容易になった。共働きによる経済的安定もあるし、万が一離婚しても無収入にはならないという経済的基盤もできた。こうした要因が、子どもを産み育てようという決断に有利に働いている。少子化対策は、相当程度に複合的な要素によって成り立っていることを理解する必要がある。フランスの政策を表面的に少しずつ真似しただけでは、政策導入にもかかわらず出生率の低下を経験したことがあるフランスのように、逆効果になる恐れもある。

 思想面ではどうか?本号の「『私たちが止まれば、世界は止まる』」(宮下洋一)という記事では、スペインで起きた史上最大の女性ストライキ「8-M」が取り上げられている。セクハラなどの女性の権利侵害に抗議する目的で、女性が労働や家事、消費などの活動を24時間放棄するという前代未聞のストライキであった。本記事には次のようにある。
 バルセロナ大学女性問題研究所(DUODA)のラウラ・メルカデル所長は、スペイン女性史を振り返りながら、隣国のフランス女性との伝統的な差を説明した。「フランス女性は自立しているが自由がないと感じている。スペイン女性は自立していないが自由を感じている。こう言われてきた。自由は心の中で感じること。前者は、男性主義社会の中で、女性であることに不満を持つが、後者は女性であることに不満はない」(中略)「今の若い世代は、意識の変化が著しく、フランス女性に近い意識に傾倒している。特に、ここ2、3年がそうだ」とため息混じりの声を漏らした。
 近代フランスは「自由」そして「平等」という概念を生み出した。その生みの親となったのがルソーである。日本でも明治時代にルソーの思想に感化された人は多く、中江兆民や植木枝盛などがその代表である。だが、以前の記事「市野川容孝『社会』―ルソーの『社会契約論』はやっぱり全体主義につながっていく」でも書いたように、私はルソーの思想を危険視している。

 ルソーは、『人間不平等起源論』(以下、『不平等論』)で社会の不自由・不平等を暴き、『社会契約論』で自由・平等な社会を提起した。ルソーはまず、自然的または身体的不平等、すなわち、自然によって定められるものであって、年齢、健康や体力の差と、精神あるいは魂の質の差から成り立っている不平等が存在すると指摘する。また、身分制という制度が不自然、人為的に生み出された不平等の装置であると告発する。

 その不平等を克服し、敢えて平等を創り出そうというのがルソーの「社会契約」である。『不平等論』では、人民は政治を付託した者に自ら追従するという服従契約の要素があったが、『社会契約論』ではこの点が修正された。服従契約においては、支配者と服従者が契約前に既に決まっていることが前提となっている。これに対して『社会契約論』では、契約の以前にも契約の外にも契約の相手はいないという論法で、人民を服従契約の枠組みから解放した。これを私なりに解釈すれば、一方を権利者、もう一方を義務者と区別せず、あらゆる人民が統治者であると同時に被統治者でもあるという両面性を有する契約にした、ということになる。

 「社会契約」においては、原則として所有権が否定される。『不平等論』では明確に所有権が否定されたが、『社会契約論』では、所有権を認めつつ、それを是正する方向へと修正された。ただし、ここで言う所有権とは、我々が一般的にイメージする所有権とは異なる。ルソーの所有権は、マルクスと共通する。マルクスは、各人が孤立した状態で手にする「私有」(我々が「所有権」という場合にはこちらを指す)と、社会的な(個人では完結しない)生産過程ならびに生産された富の再分配を土台とした「個人的所有」を区別した上で、全社を否定し後者を肯定する。つまり、全ての人といくらかを持つことが、ルソーやマルクスにおける所有権の意味である。

 ルソーは、不平等な状態を、社会契約によって平等にしようとした。一方、ルソーと同じ啓蒙思想家であるイギリスのロックは、考えが正反対である。ロックの場合、平等は自由とともに自然状態に帰属し、この自然状態から出発して各人が平等に与えられた(はずの)「身体」を自由に用いる。すなわち、自由に「労働」することによって所有権が正当化される。社会的なもの=社会的な美徳・道徳性は、この所有権から導出される不平等の枠内にとどまるように強いられる、という構図である。社会的なものは、決して不平等を批判したり、告発したりしない。

 ルソーは自由をどのように考えているか?前述の通り、ルソーは「個人的所有」を肯定した。しかし、いくら全ての人といくらかを持つと言っても、自分の財産を他人と比較し、他人よりもより多く持ちたいと欲するのが人間の性である。ルソーはこうした心の働きを「自尊心」と呼んだ。ルソーは、自尊心を批判し、その代わりに「自己愛」を持つべきだと説いた。自己愛とは他者への同化である。「私の財産は私のものであると同時に、あらゆる他者の所有物である。また、あらゆる他者の財産はそれぞれの者の所有であると同時に、私の所有物である」と考えることである。自尊心を原因とする不平等の意識から自己愛に至ることが、ルソーの言う自由である。

 端的にまとめると、ルソーは自然的・人為的な不平等を社会契約によって矯正し、あらゆる人民を統治者であると同時に非統治者にしようとした。また、財産については個人所有でありながら同時に共同所有であると見なすことで、不平等意識からの自由を説いた。つまり、ルソーの社会契約の下では、1人がすなわち全体と等しく、全体がすなわち1人と等しいと言える。これはまさに全体主義につながる考え方である。だから、経営学者のピーター・ドラッカーは初期の著書『産業人の未来』の中で、次のように述べているのである。
 基本的に、理性主義のリベラルこそ、全体主義者である。過去200年の西洋の歴史において、あらゆる全体主義が、それぞれの時代のリベラリズムから発している。ジャン・ジャック・ルソーからヒトラーまでは、真っ直ぐに系譜を追うことができる。その線上には、ロベスピエール、マルクス、スターリンがいる。
ドラッカー名著集10 産業人の未来 (ドラッカー名著集―ドラッカー・エターナル・コレクション)ドラッカー名著集10 産業人の未来 (ドラッカー名著集―ドラッカー・エターナル・コレクション)
P・F・ドラッカー 上田 惇生

ダイヤモンド社 2008-01-19

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 フランスの「平等」の延長線上に位置づけられると思うのだが、フランスでは2000年に「パリテ法」が制定され、政治分野における男女同数の候補者擁立が義務づけられた。これを真似する形で、日本では2018年5月16日に、「政治分野における男女共同参画推進法(候補者男女均等法)」が成立した(三浦まり「『政治分野における男女共同参画推進法』成立の意味」)。近年、企業においては女性社員の活用が推進されており、この動きが政治にも波及したと言える。企業は管理職における女性の割合について目標数値を設定するようになっているが、政治分野においては、候補者数を男女で均等にするという、より野心的な目標を掲げられている。

 だが、私はこのような形で強制的に男女平等を実現するのは、政治の本質に反すると考える。そもそも、企業において女性活躍推進、さらにその発展形であるダイバーシティ・マネジメントが着目されているのは、市場や顧客の多様性を企業内にも取り込むのが目的である。顧客に占める女性の割合が高ければ、社員に占める女性の割合が高い方が、女性のニーズをより製品・サービスに反映しやすいという理屈である。

 しかし、政治において、女性の視点を持ち込むには、必ずしも女性議員の数が多ければよいというわけではない。というのも、そもそも民主主義とは、少数派の意見を多数派の意見によって抹殺せず、むしろ活かすための仕組みであるからだ(実際問題として多数派が有利になっているのは、民主主義の運用の問題であって、民主主義の原理の問題ではない)。だから、民主主義が適切に機能していれば、たとえ女性議員が少なくても、女性の視点は政治に持ち込まれる。それなのに、強制的に候補者数を男女同数にするというのは、形式論に走りすぎている。

 さらに言えば、政治は男性と女性のみで構成されるわけではない。政治には様々な利害関係者が存在する。行政、自治体、消費者団体、営利企業、公益企業、業界団体、非営利組織、研究組織、協会、宗教団体、学校、家族など、多様なプレイヤーが政治に関与する。パリテ法や候補者男女均等法の理念を貫くならば、これらの利害関係者が社会に占める割合に応じて、候補者数を出さなければおかしいことになる。しかし、それは現実的ではない。それぞれの利害関係者から出てくる候補者数は少ないかもしれない。それでも、繰り返しになるが、民主主義が生きていれば、少数派の意見を政治に反映させることは可能なはずである。

2017年11月14日

DHBR2017年11月号『「出る杭」を伸ばす組織』―社員の能力・価値観を出発点とする戦略立案アプローチの必要性


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 11 月号 [雑誌] (「出る杭」を伸ばす組織)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 11 月号 [雑誌] (「出る杭」を伸ばす組織)

ダイヤモンド社 2017-10-10

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 事業戦略から人事戦略へと落とし込む一般的なアプローチは次の通りである。

 ①自社の外部環境を分析し、自社にとって魅力的な事業機会を抽出する。
 ②その事業における市場・顧客と競合他社を分析し、自社のポジショニングを決定する。
 ③中長期的な戦略目標(売上高、利益額、利益率、市場シェアなど)を設定する。
 ④③を達成するためのCSF(Critical Success Factor:重要成功要因)を特定する。
 ⑤CSFを織り込んだビジネスモデル、ビジネスプロセスを設計する。
 ⑥⑤のビジネスプロセスを実現するために必要な社員の数と能力を明らかにする。
 ⑦⑥の人材要件と現状の社員の実力とのギャップを分析し、ギャップを埋めるための施策(教育、配置転換、採用など)を立案する。

 ①~⑤については、以前の記事「【戦略的思考】SWOT分析のやり方についての私見」をご参照いただきたい。⑥⑦がいわゆる人事戦略に相当するものである。①~⑦は、企業の外部環境を検討の出発点としているから、「外部環境アプローチ」と呼ぶことができる。ただし、このアプローチの問題点は、企業側の都合に社員を合わせているという点にある。企業と社員の方向性がぴったり重なっていれば問題ないのだが、多くの場合はそうではない。そして、両者のベクトルが異なる時、悲劇が起こる。本号では、特に、優秀で将来を有望視されたリーダーが凡庸な社員に成り下がってしまうケースが報告されている。
 企業が優秀な人材の獲得合戦を繰り広げている時代に、人によっては、有能さを認められることが呪縛になると認識するのは難しい。ところが、それは現実なのだ。リーダー志願者は、他者の期待に応えようと一生懸命に仕事に励む。すると、彼らをもともと際立たせていた資質―他者より優れ、仕事に熱心に取り組んでいると感じさせた能力―は埋もれる傾向にある。みんなと同じように振る舞うようになり、エネルギーと野心が削がれていく。職場で単に仕事をするふりを始めたり、(中略)逃げ出すきっかけを探し始めたりするかもしれない。
(ジェニファー・ペトリグリエリ、ジャンピエロ・ペトリグリエリ「『理想化』と『同一化』の葛藤を乗り越えられるか 逸材を襲う組織人の呪縛」)
 本号の特集テーマは「『出る杭』を伸ばす組織」である。言い換えれば、どうすれば社員の尖った能力を企業の戦略に活かすことができるか、ということである。冒頭の「外部環境アプローチ」に対して、社員を出発点とする戦略立案は「内部環境アプローチ」と呼ぶことができるだろう。

 私はしばしば本ブログで、下の階層の者が上の階層の者に対して、「もっとこうすればあなた(=上司)は高い成果を上げられるのではないか、企業全体がよくなるのではないか、顧客のためになるのではないか」と提案する「下剋上」(山本七平からの借用)の重要性を説いてきた。内部環境アプローチとは、言い換えれば、この下剋上が活性化された状態である。ただ、以前の記事「『一橋ビジネスレビュー』2017年AUT.65巻2号『健康・医療戦略のパラダイムシフト』―抜本的改革ではなく「できるところから」着手するBCGの病院改革に共感した、他」でも告白したように、私は外部環境アプローチに関してはいくつかのフレームワークを持っているものの、内部環境アプローチについてはこれといった方法論をまだ持ち合わせていない。人材育成が専門だと公言している者としては、誠に恥ずかしい限りである。

 そこで、大まかだが、内部環境アプローチの手順について考えてみた。

 ①社員の職歴、人生を振り返って、大切にしている価値観や習得した能力を棚卸しする。
 ②社員の価値観や能力を下地として、社員がやりたいと思っていることを構想する。
 ③社員のやりたいことを集約して、企業としての方向性を打ち出す。
 ④社員の価値観を総合して、社員が従うべき共有価値観を構築する。
 ⑤それぞれの社員の価値観や能力をどのように組み合わせれば③の方向性を実現できるのかを検討し、ビジネスプロセスを設計する。

 ①②はキャリアデザインのことである。①②は本来、社員の能力を知り尽くしているはずの人事部が行うのがふさわしい。だが、人事部は従来型の外部環境アプローチに慣れ親しんでいるため、いきなり①②を行うのは難しいかもしれない。また、社員としても、仕事の話が中心だった人事部との面談で、パーソナルな面を打ち明けるのはためらわれるかもしれない。そこで、キャリアコンサルタントという第三者の力を借りることとなる。2016年4月に「改正職業能力開発促進法」が施行され、企業は社員に対し、「キャリアコンサルティングの機会の確保その他の援助を行うこと」(第10条の3第1項)が義務化された。キャリアコンサルティングとは、「労働者の職業の選択、職業生活設計又は職業能力の開発及び向上に関する相談に応じ、助言及び指導を行うこと」(第2条第5項)と定義されている。

 平たく言えば、企業が社員のキャリア形成を支援することが法的に要請されており、キャリアコンサルタントに大きな期待が寄せられているということである。一般的に、キャリアコンサルティングと言うと、社員が上司や人事部には直接言いづらい仕事上、あるいは私生活上の悩みを相談したり、職場で起きている問題点を指摘したりする場だと考えられている。もちろんこれはこれで重要な側面であり、キャリアコンサルタントは被面談者の話を受けて、個人情報保護の観点から個人が特定できないように情報を編集し、組織全体の課題と対応策をまとめて人事部や経営陣に報告する組織開発的な役割が求められている。加えて私は、戦略立案の内部環境アプローチという観点からは、自社の社員のキャリア性向を踏まえて、企業としてどういう方向に向かうとよいのかを積極的に提案する戦略コンサルタントのような役割が上乗せされると考える。

 キャリアコンサルティングを通じて社員個々の能力や価値観を活かすと言っても、個人がてんでバラバラに動くようでは組織としての体をなさない。そこで、④にある共有価値観を定める必要がある。これはその企業で働く社員として、最低限守らなければならないルール集のようなものである。どのくらいの数のルールを設ければよいのかは難しい問題であるが、社員に大幅な権限移譲をしているリッツカールトン(例えば、社員は上司の決裁を仰がずに、2,000ドルまでを顧客のために自由に使うことができる)では、300もの決まりが定められているそうだ(フランチェスカ・ジーノ「同調圧力が生産性を低下させる 『建設的な不調和』で企業も社員も活性化する」)。意外とルールの数は多いのだという印象を受けた。

 共有価値観に関しては、海外の軍隊の考え方が参考になる。軍隊は、戦闘現場で状況に応じて柔軟な対応が求められる。そこで、「絶対にやってはいけないこと」だけを定めて、それ以外のことは現場の自由にやらせるという考え方を取っている。これを「ネガティブリスト方式」と呼ぶ。逆に、日本の自衛隊の場合は、法律で「やってよいこと」を列挙しており、「ポジティブリスト方式」と呼ばれる(この方式は制約が多く、現場では葛藤が生じていると聞く)。共有価値観、すなわち、「我が社の社員は○○しなければならない」というルールは、裏返しに読めば、「我が社の社員は○○してはならない」というルールになる。そして、そのルールに抵触しない限りは自由に振る舞うことを社員に許可することが重要である。日本の場合、共有価値観に従っていさえすればよいと考えて、ルールの枠内に収まろうとする傾向がある。この傾向を打破しなければならない。

 ⑤は、「仕事に人を割り当てる」のではなく、「人に仕事を割り当てる」、「人に合わせて仕事をデザインする」という意味であり、従来の発想からの転換が要求される。ピーター・ドラッカーは常々、「仕事に人を割り当てる」ことの重要性を強調していたが、実は大昔にIBMが深刻な業績不振に陥った際、時の社長であったトーマス・ワトソン・Jrが、社内で手持無沙汰にしている社員のために仕事を創り出した(つまり、社員を解雇しなかった)という逸話を好んで使っていた。「人に仕事を割り当てる」ことは、やり方次第で十分に可能なのである。

 ①~⑤は大まかな段階を示したにすぎない。私の喫緊の課題は、①~⑤に資するフレームワークやツールを作成することである。さらに言えば、上記の「内部環境アプローチ」は、自分で書いておきながらこんなことを言うのもおかしな話だが、1つ重大な欠陥を抱えている。それは、既存の社員の能力や価値観にしか注目していないということである。非社員、つまり労働市場にいる潜在的な労働力(女性やシニアなど)、さらには、まだ労働市場に出てきていない潜在的な労働力(障害者など)に着目して戦略を練るにはどうすればよいか、という難題が待ち受けている。彼ら・彼女らの能力や価値観を事前に把握し、戦略に反映させることは可能なのだろうか?

 だが、これができなければ、本当の意味での「ダイバーシティ・マネジメント」は実現しないと思う。本号では、「ニューロ・ダイバースな人材」(自閉症、統合運動障害、失読症、ADHD、社会不安障害など)を活用した経営についての論文があった(ロバート・D・オースティン、ゲイリー・P・ピサノ「自閉症、ADHD・・・人材を活かす7つの施策 ニューロダイバーシティ:『脳の多様性』が競争力を生む」)。SAPやヒューレット・パッカード・エンタープライズなどは、ニューロ・ダイバースな人材の採用に積極的であるそうだ。よく知られているように、例えば自閉症の人は、コミュニケーションに多少難があるものの、アーティスティックな仕事で高いパフォーマンスを上げることができる。彼ら・彼女らの能力を活用できれば、企業の戦略に豊かな幅が生まれるに違いない。

 最後になるが、「外部環境アプローチ」と「内部環境アプローチ」は、戦略立案プロセスの両極である。実務面で本当に有益な戦略論を構築するならば、両者のアプローチを統合しなければならない。つまり、「中庸」を取らなければならない。これが私にとって最大の難問である。




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