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チャールズ・オライリー、ジェフリー・フェファー『隠れた人材価値』―「価値観重視」の経営は重要だが、ちょっと油断すると簡単に崩壊する
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谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2018年09月17日

チャールズ・オライリー、ジェフリー・フェファー『隠れた人材価値』―「価値観重視」の経営は重要だが、ちょっと油断すると簡単に崩壊する


隠れた人材価値 (Harvard Business School Press)隠れた人材価値 (Harvard Business School Press)
チャールズ オライリー ジェフリー フェファー 長谷川 喜一郎 Charles A.,3 O’Reilly

翔泳社 2002-03-20

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 伝統的な経営学やコンサルティングファームのアプローチに従えば、まずは戦略を立案する。事業領域を定め、どのような差別化要因で競合他社と戦うのかを決定する。次に、その戦略を分野別の戦略に落とし込む。マーケティング戦略、製造戦略、ファイナンス戦略、人事戦略などといった具合だ。その後、戦略を成功させるためのCSF(Critical Success Factor)を特定する。CSFが特定されたら、そのCSFが反映された社内慣行や制度を整備する。経営陣は、戦略の妥当性や、戦略と各種制度の整合性、施策の遂行状況を見守る。これが伝統的なやり方である。私も以前の記事「【戦略的思考】SWOT分析のやり方についての私見」(戦略立案の外部環境アプローチ)や、「DHBR2017年12月号『GE:変革を続ける経営』―戦略立案の内部環境アプローチ(試案)」で、これらの方法について書いてきた。

 本書は、「隠れた人材価値」を引き出すために、「企業や組織の価値観」を中心に据えた経営が重要であることを説いた1冊である。だから、伝統的な経営のやり方とは全く異なる方法を採用する。出発点となるのは、企業や組織の基本的な価値観や信念を定めることである。価値観とは、企業や組織、経営陣や社員が何か重要な意思決定を必要とする局面に直面した時に、判断のよりどころとなる基準である。価値観は社会規範として外部から当然に要求されるものもあるし、当事者がこれまでの仕事・人生経験を通じて主体的に獲得したものもある。通常は、両者がミックスされたものが企業や組織の価値観となる。

 次に、価値観に沿って経営慣行を生み出す。人材採用、業績管理、研修や能力開発をどのようなものにするかなどを決定する。その後、コア・コンピタンスを磨く。ゲイリー・ハメル&C・K・プラハラードがコア・コンピタンスという概念を発表した時は、企業や組織の価値観との整合性は特に論じられていなかったように思えるが、ここでは両者の整合性が非常に重要となる。安直な例だが、チャレンジ精神を重要な価値観とする企業は、常にアップデートされる技術の開発能力をコア・コンピタンスとするべきだし、信頼性を重要な価値観とする企業は、徹底した品質管理を通じた高品質の製品の製造能力をコア・コンピタンスとするべきである。

 そして、価値観とコア・コンピタンスの連関を出発点として、ここでようやく戦略を立案する。両者の連関を考えた場合、競合他社から模倣されずに価値を生み出すにはどうすればよいのかを検討する。最後に、経営陣の役割は、伝統的には戦略のモニタリングであったのに対し、本書によれは企業文化のマネジメントとなる。そういえば、私も昔のブログでは「競争優位が戦略からビジョンへ移行しつつあることの再発見―『絆の経営(DHBR2012年4月号)』」、「「その課題を解決できるのは自分だけ」という思いが使命感になる―『MBB:思いのマネジメント』(1)(2)」などといった記事をよく書いていた。私は、両方のアプローチには一長一短があると思う。双方を統合した重厚な戦略論を構築できないものかと思案しているところである。

 価値観を中心とした経営が一体どういうものなのかイメージしにくいという方のために、もう少し補足しておく。基本的に、価値観には善悪はない。「人を殺してもよい」というような、よほど極端なものでない限り、ある価値観が成立すると、それとは正反対の価値観も成立する。例えば、ある企業はチームワークを重視するとしよう。しかし、チームワークは普遍的な価値観ではない。というのも、チームワーク重視とは反対に、社員1人1人が自分の力で仕事を完結させる自律性、個の強さを重視するという価値観も成立しうるからだ。

 重要なのは、これだと決めた価値観を企業や組織の隅々にまで浸透させることである。これを、日本人が好きな「品質を作り込む」という言葉に倣って、「価値観を練り込む」と表現しよう。チームワーク重視を例にとると、①製品・サービスを提供する社員がチームで顧客の課題解決にあたるように業務プロセスが設計されていること、②場合によっては顧客もチームの一員に加え、顧客と一緒になって製品・サービスを完成させるように案件がマネジメントされていること、③マネジャーは単に部下に対して指揮命令をするのではなく、メンバー間の協業を促し、メンバー間の障害を取り除くことに集中するよう職務が定義されていること、④チーム間で積極的にリソースを融通し合ったり、ノウハウを共有したりすることが認められていること、

 ⑤チーム間だけでなく、職能が異なる他部門との連携が推奨されていること(マーケティング部門と営業部門、R&D部門と製造部門など)、⑥全ての研修でチームワークの重要性が強調されていること(例えば、必ずグループワークを取り入れるなど)、⑦メンバー同士で相互評価を行わせること、⑧研修や情報システム、予算の企画には現場部門の意見が反映されること、⑨逆に、人事部、情報システム部、経理部は現場部門の業務を十分に理解し、経営資源の適正な配分のために現場業務の見直しを支援すること、⑩他のチームメンバー、他のチームや他部門への貢献が適正に評価される業績・人事評価制度になっていることなどを実現させなければならない。しかも、組織に埋め込まれた価値観には一点の矛盾もあってはならない。

 よくありがちなのが、チームワーク重視と言いながら、人事評価は相変わらず個人評価になっているといった例だ。わずかなほころびから価値観に対する社員の信頼は崩壊し、企業の業績を転落させる。価値観を完全に貫徹させられる企業はそれほど多くない。以前の記事「DHBR2018年10月号『競争戦略より大切なこと』―当たり前だが戦略もオペレーションもどちらも重要」で、アメリカでは今、オペレーショナル・エクセレンスが再注目されていると書いた。だが、本当に強い企業とは、単に業務の効率化を図っているだけでなく、価値観を基礎とした完璧な組織をデザインし、それを具現化できている企業のことだと思う。

 本書は面白い構成になっていて、そうした価値観重視の経営によって高い業績を上げている7社(サウスウエスト航空、シスコシステムズ、メンズ・ウェアハウス、SASインスティチュート、PSSワールド・メディカル、AES、NUMMI)の事例を紹介した後で、最後に、一見すると価値観重視の経営を取り入れているようでありながら、その取り組みが不十分だったり、あるいは過剰であったりしたがために経営が行き詰まっているサイプレス・セミコンダクターの事例考察が行われている。先ほども書いたように、価値観重視の経営にもデメリットはある。以下では、本書から読み取れる価値観重視の企業の特徴を挙げるととともに、その慣行が不十分だったり行きすぎたりするとどのようなデメリットが生じるかについて整理したいと思う。

 まず、価値観重視の経営を行っている企業が最も重視しているのが顧客中心主義である。顧客中心主義ぐらいであれば、今の時代どの企業でも掲げていると思われるかもしれない。しかし、価値観重視の経営を行っている企業のそれは徹底している。サウスウエスト航空の伝説的な顧客サービスについては、今さら私が述べるまでもないだろう。

 とはいえ、顧客中心主義が行きすぎると、顧客の「ワガママ」、「モンスター化」につながる。前掲の記事「DHBR2018年10月号『競争戦略より大切なこと』―当たり前だが戦略もオペレーションもどちらも重要」の最後でも書いたが、消費者は自由市場経済の中で勝手に振る舞うことができる私人ではないと私は考える。私人という側面を完全には否定しないものの、消費者は国家から「有限の資源を上手に活用して、社会で賢く生きよ」と命じられている公人でもある。この点を理解しない顧客まで招き入れる必要はない。事実、本書から外れるが、サウスウエスト航空では、カウンターで無理難題を突きつける顧客に対しては、アメリカンエキスプレスのチケットを渡して、「あちらのカウンターに行ってください」と誘導しているようだ。

 先ほどから何度か例示しているチームワーク重視も、価値観重視の企業にはよく見られる。目的や機能が異なるチーム同士を協業させることは比較的たやすい。問題は、同じ営業チーム同士や、各地域の製造・販売子会社同士を競わせる場合である。この場合、相手を助けることが自分の業績悪化につながることがあるため、チームワークが発揮されるどころか、逆にお互いの足を引っ張るという事態になりやすい。チームワーク重視を取り入れる場合、自社のビジネスモデルや組織構造がどういう特徴を持っているのかをよく確認する必要がある。また、チームワークを重視する場合、マネジャーはチームメンバーに対して大幅な権限移譲をすることになる。しかし、権力を失うことを恐れるマネジャーが中途半端な権限移譲を行うと、メンバーは自律性が制約される上にマネジャーから干渉を受け、チームが機能不全に陥る。

 財務や人事に関する情報を積極的に公開するのも、価値観重視の企業の特徴である。財務情報を公開するのは、社員に対して、自分の仕事がどのように全社の業績とつながっているのかを意識させ、企業に対する貢献意欲を引き出すためである。人事情報を公開するのは、社員が周囲からどう評価されているのか、どんな役割を期待されているのか、自分の強みと弱みは何か、自分の能力を高めるためには何のトレーニングや職務経験が必要とされているのかを理解してもらい、キャリア開発をサポートするためである。

 しかし、これらの情報の取り扱いには慎重にならなければならない。まず、情報の公開によって社内競争が巻き起こる恐れがある場合は、情報公開を止めた方がよい。人事情報の公開によって、社員の昇進の順番の予定が公にされた結果、社員同士の足の引っ張り合いに発展するケースもある。もう1つは、情報公開は中途半端に行ってはならないということである。公開するならば可能な限り全てを公開する。公開しないならば公開しないという割り切りが必要である。「この情報は公開してもよいが、あの情報は公開してはならない」というルールを作り始めると、情報公開に関するルールばかりが増えて、経営陣に対する社員の不信感が募る。

 価値観重視の企業は、「隠れた人材価値」を引き出すために、人材育成に多大な投資をしている。異動も頻繁に行われる。また、私のように研修サービスを生業としている人間には不利な話なのだが、研修を外注せずに内製化する傾向が強い。私がこんなことを書くと元も子もないのだけれども、研修は内製化できるならば内製化できることに越したことはない。前述のように、研修コンテンツには自社の価値観を十分に埋め込む必要があるし、ブログ別館の記事「ロバート・M・ガニェ他『インストラクショナルデザインの原理』―IDの本なのにこの本自体が全くインストラクティブではなかった」でも書いた通り、研修実施後の業務プロセス、職場環境、評価制度などもセットでデザインしなければならないからだ。外部の研修会社にはこれは難しい。

 しかし、単に人材育成に投資しているだけでは、育った優秀な人材をめぐって、異動が頻繁に行われることをいいことに、部門間で仁義なき争奪戦が勃発する可能性がある。それを防ぐには、何のために彼の育成に投資しているのかをはっきりさせなければならない。彼のキャリア志向や特性は何なのか、一方で企業側が彼に期待していることは何なのか、両者を考慮した結果、企業として彼を将来的にどのような方向へと育成していくのか、どんなキャリアパスを想定しているのか、そのために強化すべき彼の強みは何か、逆に彼に欠けている弱みは何か、こうした点を明らかにした上で、強みを伸ばし弱みを克服するためにこのトレーニングを行っているのだという詳細な人材育成計画を立案し、マネジャー間で共有する必要がある。

 研修に限らず、価値観重視の企業には自前主義を貫いている企業が多い。例外的にシスコシステムズが買収を通じて成長を遂げているが、同社は買収によって技術を買っているのではない。技術に紐づいている人材を買収しているのであって、彼らに逃げられてしまっては買収は失敗だと言う。だから、綿密なPMIプログラムが用意されており、被買収企業の社員にシスコシステムズの価値観を染み込ませている。買収対象企業をシスコシステムズと完全に一体にしてしまうという点では、自前主義の延長線上にあると言ってもよいだろう。

 自前主義は、価値観に基づいた迅速な経営を実現する上でメリットがある。しかし一方で、あまりに価値観が強すぎると、組織が硬直するリスクもある。事業環境が変化しているのに、強すぎる価値観がその変化に関する情報を受けつけないという現象が起きる。これを「過適合」と呼ぶ。先ほど、価値観重視の経営は完璧でなければならないと書いたが、実は、多少穴が開いていた方がよい。それは、価値観に矛盾があってもよいという意味での穴ではなく、異質な価値観を招き入れる余地を残しておくという意味での穴である。

 おそらく、この点を最も強く意識している日本企業は、以前の記事「『トヨタが「現場」でずっとくり返してきた言葉』―トヨタの名言とトヨタの弱み」でも書いたように、トヨタであろう。現在、どの業界でも製品・サービスが複雑化しており、1企業が単独で全てのバリューチェーンを担うことは難しくなっている。垂直方向で見れば様々な取引先や販売チャネルと協業し、水平方向で見れば異業種企業や時には競合他社と協業しなければならない局面が増える。

 私は旧ブログで、マイケル・ポーターの「価値連鎖(Value Chain)」をもじって、「価値観連鎖(Values Chain)」という言葉を使い、共通する価値観を持つパートナーと組むことが重要だと書いた(旧ブログの記事「自社のビジョンに利害関係者も巻き込む「価値観連鎖(Values Chain)」の再発見―『絆の経営(DHBR2012年4月号)』」を参照)。だが、今はこの考えを改めなければならないと感じている。パートナーはパートナーなりの価値観を持っている。パートナーの価値観を自社の価値観と同質化させるならば、シスコシステムズと変わらない。今後は、パートナーの異質な価値観から学ぶ必要がある。「なるほど、我が社は今までこう考えてきたが、そういう考え方もあるのか」という発見から、新たな創造をしなければならない。

 自動車業界の場合、水平方向の関係を見れば、競合他社にエンジンを供給するなど、伝統的に競合他社との連携は盛んである。また、近年はEVの開発をめぐって、異業種との連携も活発になっている。後は、垂直方向の連携をいかに進めるかが問われる。EVが完成すると、今までの部品メーカーとの取引関係はがらりと変わる。また、EVを販売するチャネルも再編されるだろう。新規参入するプレイヤーとどうやって相互学習を行い、顧客に提供する価値に磨きをかけていくのかが、トヨタをはじめとする自動車業界全体の課題である。

 価値観重視の企業は基本的に現場を信頼しているため、本社の規模は非常に小さい。本社のスタッフ部門は現場部門の業務プロセスの円滑な遂行を支援し、必要に応じて最適な経営資源を投入することである。だが、権限が小さくなったスタッフ部門がプレゼンスを発揮するために、現場部門に過剰に介入しようとする誘惑に駆られることがある。現場の業務プロセス整備を支援するという名目で、現場業務の複雑さを無視した過度な標準化を行い、分厚いマニュアルを作成して現場部門に使わせる。このリスクを承知している価値観重視の企業では、経営陣が率先してマニュアルやメモの類を廃止している。ところが、今度は権限移譲された現場部門の社員が好き勝手に動いてしまい、無秩序に陥るというリスクがある。

 どこまでをマニュアル化し、どこからを社員の裁量に任せるかは非常に難しい問題である。フレデリック・ラルー『ティール組織―マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』(英治出版、2018年)では、全ての仕事の進め方を社員の自主経営に任せるというやり方が紹介されている。マネジメントは全てインフォーマルなやり方で行われる。だが、日本企業がこれをそのまま取り入れると、ただでさえ暗黙知中心で「重い」と言われる組織がさらに重くなるリスクがあるのではないかと感じる。「組織の<重さ>」に関する研究でも解っていることだが、日本人はフォーマルな手続きがあった方が組織が効率的に回るという。事業や業務の特性、社員の性向に応じてマニュアル化の範囲を決定し、さらにマニュアルの改変を誰がどのような方法で行うのかを明確に決めておかなければならないとしか、今の段階では言えない。

 最後に、業績・人事評価についてであるが、価値観重視の企業では、解りやすい業績評価制度が導入されている。また、金銭的報酬でモチベーションを上げることの限界に気づいており、非金銭的報酬を積極的に与える。その最たるものは、「職場の人間関係が良好であること」である。だから、価値観重視の企業は、社員同士の人間関係の向上に常に心を砕いている。このように、金銭的/非金銭的報酬を合わせて、トータルで報酬を設計する。

 この点を理解していない企業は、解りやすい業績評価制度を導入しただけでは不安に感じるようである。そもそも業績とは、複合的な要因によって決まる。モチベーションは金銭的報酬によって決まる部分が大きいと考える企業の経営者は、この複合的な要因を解きほぐして、業績を決定づける数式を見つけ出そうとする。その結果、最初は解りやすかった業績評価制度がだんだんと複雑になる。経営陣は、報酬の公平さを実現するためにやっていると主張するのだが、社員はそのように受け取らない。自分の給与が企業にとって都合のよいように操作されていると感じる。すると、経営陣の期待とは裏腹に、社員の間で不公平感が生まれる。

 アメリカ人がどう言うか知らないが、個人的には、金銭的報酬は社員が生活費を十分にカバーできるものであれば十分であるし、それ以上はいらないと考える。世の中、お金は揉めごとの原因になりやすい。それを避けるために、経営陣は知恵を絞って非金銭的報酬を多様化し、あの手この手を尽くすことで、社員に「自分はこの会社からこんなにも大事に扱われているのだ。必要とされているのだ」と、企業との絆を感じてもらう方がよっぽど効果的であろう。

2015年03月24日

中小企業診断士の試験&実務補習とコンサルティング現場の5つの違い(2/2)


 (前回の続き)

 (3)財務・会計の苦手を作ってはならない
 中小企業診断士の試験において、毎年多くの受験生を泣かせるのが「財務・会計」という科目である。受験生の得点をグラフ化すると、他の科目はだいたい正規分布を描くのに対し、財務・会計は2つの山ができると言われている。つまり、金融機関に勤めている人や公認会計士・税理士など財務・会計を非常に得意にする人と、財務・会計にアレルギー反応を起こすぐらい不得意な人の山ができて、平均点周辺の人数が少なくなるというわけだ。

 私自身、お世辞にも財務・会計が得意とは言えないので、他人のことをどうこう言う資格はないのだけれども、実務では財務・会計の苦手を作ってはいけないと思う。試験では足切りラインの40点が取れれば御の字でも、実際のコンサルティング現場においてはそれでは困る。

 もちろん、合併時の資産評価や、細かい税務処理などは、その道の専門家に任せておけばよい。しかし、過去3~5期分の貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書を財務分析にかけて、経営課題を抽出することぐらいは絶対にできなければいけない。また、ある程度の粉飾決算を見破る目も不可欠である(中小企業の決算書は、意図的か意図的でないかは別として、99%粉飾していると言われる)。一見すると健全に見える貸借対照表、損益計算書でも、粉飾部分を正しく修正すると深刻な問題が現れるケースがある。

 実務の現場では、過去の分析だけでなく、将来に向けた試算の能力も必須である。生産、購買、物流、営業、IT、人事など、各部門の施策のコストと効果を見積もり、その結果を将来の貸借対照表、損益計算書に反映させる。そうすることで、社長が掲げる売上高や営業利益の目標が何年後に達成できそうなのかが明らかになる。また、貸借対照表と損益計算書から将来のキャッシュフロー計算書を作成すれば、借入金について毎年の返済可能額も解る。公認会計士・税理士は、過去の数字のことしか解らない。将来の数字を作れるのは、診断士だけである。

 (4)実務で頼れるのは自分一人だけ
 実務補習では5~6人で1チームとなり、各人が全体戦略、生産管理、営業、IT、人事労務、財務などのパートから1つを担当する。最初は自分の現業と関連する得意分野を担当すればよいが、2回目、3回目は自分が経験したことのない不得意分野を担当するよう推奨される。実務補習のチームは、多様なバックグラウンドを持つメンバーから構成されるように配慮されているため、仮に不得意分野を担当して行き詰ったとしても、誰かが助けてくれる。

 この仕組みはチーム内の助け合いを促すいい仕組みだと思う反面、実務とはかけ離れているとも感じている。まず、実務では5~6人などという大人数でチームを組むことはない。私が前職のベンチャー企業で、中堅・大企業向けにコンサルティングをやっていた頃は、2か月&5人チームで3,000万円などという案件もやっていた。しかし、診断士として独立してからは、そんな規模の話は皆無である。診断士の実務では、1人か2人で行動することがほとんどだ。つまり、他に頼れる人はおらず、全ての責任を引き受ける必要がある。

 中小企業の経営者からは、ありとあらゆる相談が持ち込まれる。仮に、自分が不得意とする相談が来た場合、大人数のチームであれば、その分野を得意とする人に話を振ればよいかもしれない。また、診断士の世界には広範なネットワークがあり、様々な専門性を持った人が集まっているので、ネットワークの中から適任者を探すのも一つの手である。しかし、相談が来るたびに誰か別の人に話を回しているようでは、やがて中小企業の経営者からの信頼を失うに違いない。顧客企業は、自分を飛ばしてその専門家と直接契約を結びたがるだろう。

 (3)とも関連するが、診断士は苦手をできるだけ減らす必要がある。あらゆる分野について、最高の解ではなくとも、最善の解は提示できなければならない。その上で、中小企業の経営者が最善の解以上のものを欲するならば、その道の専門家を紹介するとよいだろう。私も偉そうなことを言える身ではないが、表向きは人事評価制度・人材育成の専門家と言いながら、事業戦略の立案やWebマーケティング・提案営業の実施支援など、いろいろなことをやっている。一方で、社会保険の細かいルールや、製造・物流現場のこと、企業合併や事業再編についてはよく解っていないため、こうした弱みはこれから潰していかなければならない。

 (5)顧客企業のためならば、土壇場での「ちゃぶ台返し」もある
 実務補習では、5日間という限られた時間の中で、100ページぐらいの報告書をまとめる(個人的には、100ページも書く必要があるのか?という疑問が拭えないのだが、この点はひとまず脇に置いておく)。1日目に経営者インタビューを行い、2日目にインタビュー結果を踏まえて戦略を定め、戦略の実現に向けた各部門の課題と解決策の方向性を導出する。

 ここからしばらくは自主学習期間に入り、各メンバーは自分の担当部門の課題と解決策を具体化して報告書をまとめる。3日目は、メンバーの報告書を持ち寄って全体の論理的整合性を検証し、各パートの修正点を洗い出す。4日目は、修正後の報告書を再度持ち寄って、内容の最終確認を行い、報告書を印刷する。そして、最終日の5日目は、経営者向けに報告会を行う。これが実務補習の大まかなスケジュールである。

 3日目、4日目と議論が進むにつれて、当初考えていた課題や解決策よりも、もっと本質的な課題や、もっと効果的な解決策を思いつくこともある。すると、報告書の大幅な書き直しが必要となる。ただ、ここで「ちゃぶ台返し」を強要できない特殊な事情がある。というのも、実務補習のメンバーは、診断士の協会にお金(1回5万円)を払って参加している。逆に、診断先の顧客企業は実はコスト負担がゼロである。だから、我々指導員側から見ると、診断先はもちろん顧客だが、実務補習のメンバーも顧客であり、彼らの満足度を著しく下げる行為には出られないのである。

 過去の実務補習では、「終盤になって指導員から報告書の大幅な修正を指示された」というクレームが何度となく寄せられたという。論理的に正しい手直しならまだしも、指導員の単なる思いつきとしか思えないような修正を命じられたことに対して、厳しいクレームがつけられたらしい。こういう前例があるため、「ちゃぶ台返し」という禁じ手は使いづらい。

 ただ、忘れてほしくないのは、これは実務補習という特殊な環境だから成り立つ話だということである。実務では、顧客企業のことが最優先だ。途中でもっとよいアイデアが出てきて、そのために報告書の大幅な手直しが必要になったら、徹夜をしてでも、土日を潰してでも修正せよ、というのが実務の世界である。これをやると、絶対にチームメンバーの満足度は下がる。しかし、メンバーの顔色をうかがってちゃぶ台返しに踏み切れないリーダーも、自分の作業量が増えることばかりを考えてちゃぶ台返しに難色を示すメンバーも、プロフェッショナルとしては失格である。

2013年11月17日

【ベンチャー失敗の教訓(第44回)】仕事に人を割り当てるのではなく、人に仕事を割り当ててしまう


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 組織デザインの論理的な順番を簡単に述べるならば、まずは経営ビジョンを基軸として、経営ビジョンと整合性の取れた戦略を構想するところからスタートする。次に、その戦略に基づいて戦略目標(売上高○○円、市場シェア○○%など)を設定し、目標の達成に向けたビジネスモデルをデザインする。ビジネスモデルが描けたら、モデルの中身を具体化し、その中で自社が担当すべき業務の内容を詳細に洗い出す。その上で、業務を円滑に運営するための組織構造や、業務に投入する経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報・知識)を決定する。業務と人材の関係で言えば、業務が決まってから人材が決まる、つまり仕事に人が割り当てられるのであって、その逆ではない。

 ところが、X社ではその逆のことがしばしば発生していた。売上高が芳しくなく、比較的手が空いている社員が多かったことも、事態の悪化に拍車をかけていた。手持ち商談が少ない営業担当者は、研修の内容を勉強するという名目で、必要もないのに頻繁に研修に同席していた。外出していれば、自分が仕事をしていないことを多少はごまかせるからである。また、研修運営をサポートするオペレーションチームの仕事に対して、オペレーションチームが特に忙しいわけでもないのに、稼働日数の少ない講師が手を出していることもあった。彼らは、研修で使用している診断(アセスメント)の集計や、研修テキストの印刷といった事務的な仕事を”横取り”していた。

 年俸1,000万円(!)ももらっていた営業チームのシニアマネジャーがせっせと研修テキストの印刷をやっている時には、さすがに注意する気が失せた。シニアマネジャーは、「今回の研修のテキストはいつもと違って複雑だから、オペレーションチームに任せておけない」という謎の言い訳をしてきた。だが、印刷に何らかの高等テクニック(?)が必要なほど複雑なテキストは、X社のどこを見渡してもあるわけがない。そのシニアマネジャーは、本来の重要ミッションである新規顧客の開拓をなおざりにしていたために、手持ち無沙汰になっていただけだ。それなのに、研修テキストの印刷を口実にして、自分がやるべき業務から逃れていた。

 オペレーションチームは4人いて、前述した診断の集計やテキストの印刷の他に、自社セミナーへの申込者の管理、研修テキストの簡単なカスタマイズや修正、研修で使用する模造紙やマーカーといった備品の手配、研修運営のマニュアルの整備などを行っていた。4人はいつも、全員が揃って夜遅くまで仕事をしていた。確かにオペレーションチームの仕事の内容は多岐にわたるものの、X社の売上高の現状を考えると、毎日残業をしなければならないほど仕事の量が多いのかどうか、私には疑問であった。

 X社の売上高が振るわず、2009年の秋に2度目のリストラを行った際、オペレーションチームを解体することが決定された。オペレーションチームの仕事は、講師、コンテンツ開発担当者、営業担当者で協力しながらカバーすることになった。オペレーションチームの4人は、リストラされることが決まると、今までの長時間労働が嘘であったかのように、一斉に定時に帰るようになった。リストラされたショックにより、手を抜いて仕事をするようになった点を差し引いたとしても、結局のところ、オペレーションチームにはそのぐらいの仕事量しかなかった、ということだろう。

 オペレーションチームが解体されてしまったため、稼働率の低い講師は、仕事を横取りするターゲットを失った。すると今度は、講師チームの内部に目をつけるようになった。すなわち、稼働予定がある講師の仕事に寄りついて、本来その講師がやるべき研修テキストのカスタマイズなどに首を突っ込むようになったのである。

 ある時、大手企業から約4,000万円という大型案件を受注することができた。1回約80万円のシニア社員向けキャリア開発研修を1年間で50回開催し、50代の社員全員を参加させるというものであった。この研修の担当講師がX社には1人しかいなかったため、臨時で外部講師を1人使うことに決まった。この案件は、講師2人と営業担当者の3人で回すことになった。

 ところが、稼働率が低い他の講師が、まるで密に群がる蟻のように、この案件に近づくようになった。そして、グループワークの設計や診断ツールの開発、研修マニュアルの作成など、必要以上に仕事を作り出しては、皆で忙しい”フリ”をするようになった。結局、3人で回すはずの案件に講師が2人加わり、さらには営業活動もサービス開発もせずに時間を持て余していたA社長までもが加わって、全部で6人がこの案件にほぼつきっきりになるという状態が1年近く続いた。

 これでは利益を自ら手放すようなものだ。そもそも、同じ顧客企業に同じ研修を提供するのだから、そんなに付加的な仕事が頻繁に発生するはずがない。私はある顧客企業に研修とコンサルティングの両方を提供して、年間で2,500万円ほどの売上を上げていたことがあるが、その仕事は私と外部講師の2人で回していたし、私はそれ以外にも案件を担当していた。シニア社員向けキャリア開発研修の案件は私の仕事の1.6倍の規模があるとはいえ、6人はさすがに多すぎである。しかも、その6人は私よりも年俸が高い人ばかりである。

 人には「易きに流れる」という性質と、「暇を嫌い、暇を仕事で埋めたがる」という性質がある。この2つの性質のために、組織の中にはどうでもいい仕事が増えていく。人は少し暇な時間ができると、周囲の人に何か手伝えそうなことはないかと聞く。聞かれた人は、申し出をむげに断ることもできず、相手の好意に応えるために、何かしら簡単な仕事をひねり出す。こうして、それほど価値のない仕事が組織を侵食し始める。

 だが、本当に本来業務に集中していれば、暇などあり得ないのではないだろうか?自分のミッションにフォーカスしていると、やってもやっても課題が出てくる。目標は高く、全身全霊を捧げなければ達成できそうにない。それが本来業務というものではないだろうか?自分が暇だから他人の仕事を手伝いたいなどと安易に言い出すのは、ミッションに集中できていない証拠である。それを「チームワークの発揮」などとというきれいごとで許してはならない。

 社員がそうならないように、本来業務へと引き戻すのがマネジャーの役割である。加えて、マネジャーは自らの仕事についても、なすべき仕事ではなく、やりたい仕事へと安易に流れていないかどうかを厳しくチェックしなければならない。
(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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