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【ドラッカー書評(再)】『新しい現実』―AIがこれだけ民生化されてきたということは、軍事利用の研究はもっと進んでいる?、他

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2016年08月24日

【ドラッカー書評(再)】『新しい現実』―AIがこれだけ民生化されてきたということは、軍事利用の研究はもっと進んでいる?、他


[新訳]新しい現実 政治、経済、ビジネス、社会、世界観はどう変わるか (ドラッカー選書)[新訳]新しい現実 政治、経済、ビジネス、社会、世界観はどう変わるか (ドラッカー選書)
P.F.ドラッカー 上田 惇生

ダイヤモンド社 2004-01-08

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 本書の原著が発表されたのは1989年である。ドラッカーは本書の中でソ連が近々崩壊すると述べているが、果たして2年後の1991年、ソ連は本当に崩壊した。そのため、本書はソ連の崩壊を予知した1冊だと言われることがある(もっとも、当時ソ連の崩壊を予想していたのはドラッカーだけではなかったが)。ドラッカーは、オーストリア=ハンガリー帝国が民族主義の台頭によって消滅したことを引き合いに出しながら、ソ連に分裂の兆候が見られるとした。そして、その言葉通り、ウクライナで民族運動が高まり、同国が独立を宣言すると、堰を切ったように他の国家も独立を宣言し、ソ連は約70年の歴史に終止符を打つことになった。

 (1)
 第二次大戦後、世界中の非西洋諸国が日本の明治維新をモデルとした。自らの支配のもとに西洋化を進めた。反植民地主義とは、植民地化以前に戻ることではない。イランにしても、18世紀のペルシャに戻ろうとはしない。目指すのは、イスラムの宗教と価値観とともに、西洋の技術、産業、軍事力をもつ近代イランである。これは、1870年代の日本が、1000年前の奈良時代や平安時代の天皇制とともに、イギリス流の議会政治をもとうとしたことと、さほど変わらない。
 ドラッカーは本書の中で「多元社会」という言葉を多用している。これからの世界は中心らしき中心がなくなり、価値観が多様化するというわけである。しかし、私の(狭い)見立てによると、どうやら大国間、とりわけ米独露中4か国の対立というのはなくなっていない、いやむしろ対立が深刻化している(大国間の二項対立については、以前の記事「山本七平『存亡の条件』―日本に「対立概念」を持ち込むと日本が崩壊するかもしれない」、「『安保法制、次は核と憲法だ!/「南京」と堕ちたユネスコ・国連/家族の復権(『正論』2015年12月号)』」を参照)。

 イデオロギーという言葉は死語のように扱われるが、私はこの4か国の中では未だにイデオロギーが生きていると思う。では、大国の間に挟まれた小国(日本を含む)はどうすればよいか?1つは、対立する大国の一方に味方し、その国に自国を庇護してもらうことである。しかし、この戦略はシンプルではあるものの、その分リスクも大きい。なぜならば、仮に大国間の対立が激化し、自国が味方していた大国が敗れた場合、それは自国の滅亡を意味するからである(大国自身は、敗れたとしても体力があるので再び復活できる。ロシアがそのよい例である)。

 もっとも、現代においては大国同士が衝突すれば第三次世界大戦に突入してしまうと容易に想像できるため、大国が正面からぶつかり合う可能性は限りなく低い。その場合、大国は小国に代理戦争をさせる。朝鮮半島では北朝鮮と韓国の間で緊張が高まっている。中東では、親ロシア派の国と親アメリカ派の国が衝突している。小国はこうした対立によって国力を消耗する。一方、大国は小国同士が争うことで最も多くの利益を得ることができる。大国は自らを傷つけることなく、対立構造を維持したまま軍需産業を伸ばし、経済を成長させる。

 こういう大国の狡猾な戦略に飲み込まれないようにするための戦略が、2つ目の「ちゃんぽん戦略」である(以前の記事「千野境子『日本はASEANとどう付き合うか―米中攻防時代の新戦略』―日本はASEANの「ちゃんぽん戦略」に学ぶことができる」を参照)。つまり、大国の一方に過度に肩入れするのではなく、双方にいい顔を見せながら、両方のいいところ取りをする。言い変えればご都合主義、日和見主義である。大国から見れば、その小国が何を考えているのか解りにくく、深く手を突っ込むことが難しくなる。しかし、大国の間にある国であるから、双方ともその小国と関係を完全に絶つわけにはいかない。こういう絶妙なポジショニングを創出する。

 日本は明治維新の際、憲法はドイツに、民法はフランスに、議会政治はイギリスに倣った。いずれも、当時激しくつば迫り合いをしていた帝国主義国である。しかも、日本の長年の伝統の上に上手く接合させた。まさに「ちゃんぽん」に他ならない。日本が植民地にならずに済んだのは、単に日本が西洋化にいち早く成功しただけでなく、自国を多元化させて列強が手を出しにくい状況を創り出したことが大きい。引用文にあるように、イランが日本の真似をしているならば、自国のイスラーム文化の上に、アメリカとロシアを混ぜこぜにすることが重要ではないかと考える。

 現在の日本は、アメリカに過度に依存している。たまたま、地政学的に朝鮮半島が資本主義と共産主義の対立の境目にあたるため、対立は朝鮮半島で発生し、日本が影響を被ることはなかった。しかし、将来的に朝鮮半島ならびに世界情勢がどう変化するかは予測できない。予測はできないものの、今の日本がなすべきことはある。それは、右派は嫌がるかもしれないが、中国・ロシアとの距離を縮めることである(以前の記事「『非立憲政治を終わらせるために―2016選挙の争点(『世界』2016年7月号)』―日本がロシアと同盟を結ぶという可能性、他」を参照)。

 (2)
 おそらく、さらに重要な原因として、戦略なるコンセプトが成立しなくなったことがある。多様な状況があり、多様な選択がある。特定の敵に対し、特定の軍事行動を行なうための計画、訓練、整備、指揮というものはありうる。しかし、あらゆる種類の敵に対し、あらゆる種類の軍事行動を行なうための計画、訓練、整備、指揮というものはありえない。
 ドラッカーは、現代において軍事力は著しく不経済になったと述べている。そして、各国が軍事的優位を保持・獲得しようとしないことが共通の利益であることに合意できれば、軍縮が進むだろうと予測する。引用文のように、想定すべき軍事行動が多すぎて、巨大な軍を保有することの意義が疑われ始めていることも、軍縮へのインセンティブになっている。

 しかしながら、ドラッカーの予測に反して、軍縮は一向に進んでいない。それどころか、世界の軍事費は冷戦終結時から倍増している(BLOGOS「冷戦終結時から倍増した世界の軍事費」〔2015年10月9日〕を参照)。さらに恐ろしいのは、近年のAI(人工知能)の発達である。従来のAIは(と言っても、もう何十年も前の話だが)、意思決定の局面におけるあらゆる選択肢を事前に予測し、それぞれの選択肢の経済的効果を計算して、最も効用が高い選択肢を絞り込む、というアプローチをとっていた。だが、これではコンピュータに将棋をさせるだけで、とんでもない規模のコンピュータが必要となり、しかも計算に非常に時間がかかってしまう。

 そこで、現在のAIは異なるアプローチを採用している。まず、過去の将棋の棋譜を大量にコンピュータに記憶させる。そして、特定の局面における指し手のパターンを発見させる。AIが記憶する棋譜の量が多くなればなるほど、AIの指し手の精度が磨かれ、勝利の確率も上がる。それでも長らくAIは人間に勝てなかったのだが、逆に最近は人間がAIに勝つことが難しくなっている。AIは、ある局面において選択し得る指し手のうち、人間ならば選択しないであろう指し手を敢えて選択することがある。それをAIがどのタイミングでやってくるか解らないため、棋士は混乱する。

 将棋に比べると囲碁は碁盤の目が多く、指し手の数が格段に増えるため、AIが勝つのは当分先のことだろうと言われていた。ところが、グーグルが買収したイギリスのディープマインド社のAIが韓国のプロを打ち負かし、世界に衝撃が走った。しかも、このAIの恐ろしいところは、なぜAIがこの対決で勝てたのか、人間が分析しても解らないという点である。

 民生の場面でこれだけAIが発達しているということは、軍事分野においてはもっと研究が進んでいる可能性がある。周知の通り、アメリカは軍事分野での研究に多額の投資を行い、その成果を民生に転用することで経済成長を遂げてきた。コンピュータもそういう研究成果の1つである。もちろん、ルールが明確に決まっている将棋や囲碁と、無限の軍事行動が想定される戦争では複雑性が異なる。だが、アメリカがお得意のインテリジェンスを総動員して、過去の全戦争をデータ化してAIにつぎ込み、さらに将来的に予想される軍事技術の変化を織り込めば、あらゆる選択肢を検討しなくとも最適解を導き出せるシステムができ上がるのではないだろうか?




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