2015年05月19日
『デザインエンジニアリング(『一橋ビジネスレビュー』2015年SPR.62巻4号)』
一橋ビジネスレビュー 2015年SPR.62巻4号: デザインエンジニアリング 一橋大学イノベーション研究センター 東洋経済新報社 2015-03-13 売り上げランキング : 20545 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
(1)現在、多くの組織ではデザインとエンジニアリングが分離しているが、顧客にとって本当に価値のある製品・サービスを作るためには両者の統合が必要である、という特集である。
商品開発では、顧客がその製品を使用する際に生じる顧客価値を高めることが最も重要である。それを実現するためには、大別して次の2つの活動が必要である。1つは顧客が実際に使う場面で経験する顧客価値の設計(デザイン)、もう1つは、それを可能にするための技術・設計の開発(エンジニアリング)である。(中略)つまり、商品価値の創造=デザイン+エンジニアリングと考えることもできる。歴史を振り返ってみると、もともとデザインとエンジニアリングは分離していなかったという。これはおそらく日本でも同じであろう。
(延岡健太郎、木村めぐみ、長内厚「デザイン価値の創造 デザインとエンジニアリングの統合に向けて」)
産業革命期以前は、技術・設計とデザインが明確に分割されていたわけではない。日常的に使われる民芸品はもとより、芸術性の高い織物や家具でも、それらを作る職人が設計・意匠も含めて手工芸的なものづくりを行っていたのだ。20世紀に入ると、アメリカでデザインを分業化する動きが起きた。それが日本にも輸入されたことで、一方ではデザインの分離独立が進み、他方ではデザインとエンジニアリングを一体で実施していた現場に混乱をもたらすという、相反する現象が観察されるようになった。
(延岡健太郎、木村めぐみ、長内厚「デザイン価値の創造 デザインとエンジニアリングの統合に向けて」)
国内大手製造業のデザイン部部長にヒアリングしたところ「大半の商品開発の場合は、技術部門で商品の仕様設計が決められてしまい、工程のかなり終わりのほうになって、その制約のなかでデザイナーがスキン(葉面の色や形を意味する用語)のみをデザインするという役割分担になる」ということだった。
(鷲田祐一「デザイナーの役割分担について 国際比較で見た相対的特徴 日米中比較調査の結果より」)
先日、ある年配の技術者からこんなことを言われた。「近頃デザインエンジニアリングという言葉をよく聞くが、私がいた会社ではずっとデザイナーと技術者は一緒に仕事をしていたし、その両方をやる人間も少なくなかった。特に新しい役割だとは思えないのだが・・・」。本号には、takram design engineering代表・田川欣哉氏の論文も収録されていた。田川氏は、トヨタのNS4、無印良品のMUJI NOTEBOOKなどのデザインを手がけた人物である。論文では、日本にデザインエンジニアリングを根づかせる(歴史的経緯を踏まえれば、原点回帰すると言った方が正しいかもしれない)ための道筋が提示されていた。
(山中俊治「デザインエンジニアリングの時代」)
ただ、個人的には、ちょっと横文字が多くて途中で辟易してしまった。田川氏によると、デザインエンジニアリングには、プロトタイピング、ストーリーウィービング、プロブレムリフレーミングという3つの手法があり、さらにプロトタイピングとストーリーウィービングを一体運用するために、
組織の内外に存在する、言語化されていない暗黙知的な思想を発見・明文化し、ストーリーを構成するための骨子とする。インタビューパッケージは、エグゼクティブインタビュー、オンサイトインタビュー、キーフィギュアインタビュー、ユーザーインタビュー、ソーシャルインタビューの5種類から構成されている。のだという。デザインエンジニアリングに限らないが、海外の手法を日本流に咀嚼しきれていない場合にこういう横文字の多用が起きる。前述の通り、かつては日本でもデザインとエンジニアリングは一体化していたのだから、海外の手法を直輸入するのではなく、過去の歴史を振り返り、また現在の現場を洞察することで、日本らしいやり方を確立するべきではないだろうか?
(田川欣哉「デザインエンジニアリングの実践」)
(2)本号はデザイン部門とエンジニアリング部門の連携を模索しているが、冒頭の引用文にあるように、デザイン=「顧客が実際に使う場面で経験する顧客価値の設計」と定義するならば、デザインのインプットはターゲット顧客のプロファイルや顕在・潜在ニーズであり、その情報を持つマーケティング部門とも連携していかなければならないだろう。調査によると、アメリカのデザイナーは日本に比べてマーケティング系の人と協業する割合が高いという。
3国(※日米中)とも、デザイナーが最も多く協働する相手は「デザイン系」の人であるのは同じであったが、2番目以降に興味深い違いが見られる。日本のデザイナーが2番目に多く協働する相手は「技術系」の人、つまりエンジニアであったのだが、アメリカでは「経営者」と「マーケティング系」の人であった。逆に、日本では「マーケティング系」の人との協働の割合が際立って低く、アメリカは「営業系」と「技術系」の人との協働の割合が際立って低かった。製品企画の早い段階から、設計、開発、製造、マーケティング、販売、保守・サポートなど関連部門が幅広く参加して協業することを「コンカレントエンジニアリング」と呼ぶ。もともとはアメリカ国防総省の研究で生まれた考え方だ。しかし、日本の場合は、各部門の役割が曖昧で部門間の協働に対する心理的抵抗が低く、コンカレントエンジニアリングという言葉が流入する以前から類似の活動が行われていたとされる。日本企業にはコンカレントエンジニアリングの素地が備わっているのだから、今後はこの取り組みにデザイナーも積極的に参画させてはどうだろうか?
(鷲田祐一「デザイナーの役割分担について 国際比較で見た相対的特徴 日米中比較調査の結果より」)
さらに言えば、マーケティング+デザイン+エンジニアリングの協働に加えて、経営的な視点を盛り込む必要がある。田川氏の論文では、「BTCモデル」というものが紹介されている。Business(経営)、Technology(エンジニアリング)、Creativity(デザイン)からなるトライアングルモデルで、B+T=テクノロジスト、B+C=ビジネスクリエイティブ、T+C=デザインエンジニアと定義される。だが、BTCモデルという名前がついているからには、究極的にはBTC全ての要素を持った人の養成、もしくは3部門の緊密な協働を目指しているはずだ。
デザインエンジニアリングにビジネスの視点を持ち込むとは、製品・サービスのデザイン・設計・開発に加えて、ビジネスモデル、事業計画の構想を行うことを意味する。具体的には、
・その製品・サービスを製造・提供するためにどのようなプロセスを構築するのか?
・原材料・機械装置などはどのように調達するのか?
・原材料・半製品・完成品の物流はどうするのか?
・製品・サービスのプロモーション・販売活動はどのように実施するのか?
・これらの活動・プロセスに人員をどのように配置するのか?
・各プロセスのマネジメントシステムはどうするのか?
・自社の組織能力を補う外部パートナーをどのように活用するのか?
・売上高・コストの目標をいくらに設定するのか?
・製品・サービス開発への投資はいつ回収できるのか?
などといった問いに対して、全社的な視点から答えることである。
(3)経済産業省は「特定ものづくり基盤技術」というものを定めている。特定ものづくり基盤技術とは、「ものづくり基盤技術振興基本法に規定するものづくり基盤技術のうち、それを活用する事業活動の相当部分が中小企業・小規模事業者によって行われるものであり、中小企業・小規模事業者がその高度化を図ることが我が国製造業の国際競争力の強化や新たな事業の創出に特に資するもの」を指す。平たく言えば、川上に位置する多くの中小製造業が担っている技術で、それを強化すると川下に位置する親会社の製品競争力が強化されるような技術のことである。
今年に入ってから、情報処理、精密加工、製造環境、接合・実装、立体造形、表面処理、機械制御、複合・新機能材料、材料製造プロセス、バイオ、測定計測という11分野に加えて、デザイン開発が加わった。従来の11分野は技術の具体的な内容が解りやすかったのだが、デザイン開発に関する技術については、私の想像力不足もあって、一体何を指しているのかがいまいち釈然としなかった。だが、本号の最後の特集論文を読んで、何となくイメージが湧いた。
デザイン知識が工学の人間らしさに、次の3点のような形で貢献する可能性がある点が明らかになった。①人間の心との共鳴をめざした認知(情動・行動)の理解に基づく人道的設計(理論・方法論)、②人間の想像力のバイアスを超えた、より深い経験をもたらす人工物と人間の関係の探索(実践)、③未来の社会課題と個人の創造的動機の融合による新しいデザインエンジニアリングの意味の創出(概念レベル)―である。デザインの価値とは、視覚価値(見た目がよい)、使用性価値(使い勝手がよい)、所有価値(製品に愛着が持てる)の3つであるとされる。デザイン開発の技術は、これらのデザイン価値を高めるものでなければならない。そのためには、認知科学、神経科学、脳科学、言語学、心理学、人間工学、行動科学、社会学など、様々な学問分野の知見が役に立つことだろう。
(永井由佳里「工学を人間らしくするデザイン知識」)
平成26年度補正予算で実施されている「ものづくり補助金(ものづくり・商業・サービス革新補助金)」では、「ものづくり技術型」で応募する際、特定ものづくり基盤技術との関連性を示さなければならない。デザイン開発を選択した場合には、デザインの改良ポイントについて主観的・情動的な記述をするのではなく、デザイン改良の根拠を、前述の分野における先行研究などを参照しながら、客観的な知識に基づいて記述する必要があると思われる。