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私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(3/3)
【ベンチャー失敗の教訓(第22回)】明確な成果物を顧客に提示できないビジネス

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2014年08月27日

私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(3/3)


 (前回の続き)

(7)嘘やごまかしの効かない書き言葉によるコミュニケーションを重視する。
 以前の記事「中小企業診断士が断ち切るべき5つの因習」で、顧客を口先でちょろまかせばよいと豪語する診断士を断罪した。その人が話し言葉重視ならば、私は徹底した書き言葉重視である。話し言葉は一過性のものなので、その場の勢いで何とか乗り切れるし、多少つじつまが合っていなくても、聞き手を何となく解った気にさせることも可能だ。しかし、形も残らない、内容も不完全なものに対して顧客からお金をいただくというのは、どうも不誠実に思えてならない。

 これに対して、書き言葉は形に残り、多くの人に繰り返し読まれるから、絶対にごまかしが効かない。だからこそアウトプットの品質にこだわるわけで、高い品質のアウトプットを提示することができれば、胸を張ってお金をいただける。私は、他人のアウトプットも割と厳しく見ている方だと思う。個人的には、自分で提案書を書いたことのない営業担当者や、企画書を書き上げた経験のない本社スタッフは信用していないし、報告書の中身がプアーなコンサルタントや、セミナーの配布資料がお粗末な講師の価値も低く見積もっている。

 私が前職の企業で開発したアセスメント(診断)の中に「コンサルティング能力診断」というものがあった。その中に、「論理的飛躍があっても口頭で上手に説明することができるか?」という設問があり、「はい」と答えるとコンサルティング能力の得点が高くなる仕様になっていた。この設問は、当時このアセスメントの開発責任者であったマネジャー(彼はどちらかと言うと話し言葉重視であった)の意向で入れられたのだが、当時も今も、この設問は誤りだったと思っている。

(8)模倣されることを恐れない。ナレッジはオープンにして全体の底上げを図る。
 (7)と関連するが、書き言葉を重視するということは、成果物が目に見える形で残るということである。成果物がはっきりと残ることには、メリットもあればデメリットもある。組織内で事例を横展開できるという利点がある半面、ノウハウが何らかの形で外部に流出するリスクを背負うことになる。例えば、コンサルティングのフレームワークを転職先に持っていかれる、セミナーの配布資料を別のセミナーで転用される、といった具合だ。もちろん、知財保護の規定は設けるものの、全ての流出を止めることは不可能に近い。

 だが、私はノウハウの流出に目くじらを立てるべきではないと思う。知的財産に対する意識が甘いと言われるかもしれないが、私は自分のナレッジに対してそれほど執着心はない。事実、本ブログではノウハウ(大したノウハウではないが・・・)がダダ漏れ状態である。私のノウハウが外部に流出したところで、競合他社が私のビジネスを完全に潰しにかかるとは思えない。それよりも、自分の考え方を知ってくれる人が増えることの方が嬉しい。仮に競合他社が私のノウハウを盗んだとしても、私がさらに新しいナレッジを開発すればよいだけの話である。

 コンサルティング会社や研修会社が主催するセミナーなどに参加しようとすると、申込ページに「同業他社の参加はお断りします」と書かれていることがほとんどである。私はこのルールが嫌で嫌で仕方ない。ノウハウが持っていかれたところで、自社のビジネスが決定的なダメージを受けるのだろうか?旧ブログの記事「研修業界はまだまだ未熟な業界かもしれない」でも書いたが、この業界のプレイヤーは中小・零細企業がほとんどである。そんなプレイヤーにノウハウが流出しても、大した痛手ではないはずである。私は、このルールがあるために、業界に良質なナレッジが浸透せず、業界全体の底上げがなされないのではないか?とさえ疑っている。

 最近、いろんな中小企業の経営者とお話をさせていただいて、1つ気づいたことがある。中小企業の経営者は、自分の事業にのめり込んでいるので、話し出すとたいてい止まらなくなる。だが、事業がうまく行っている経営者とそうでない経営者では、話の内容が全く違う。

 業績が好調な企業の経営者は、未来志向で話をする。将来のビジョンはこうで、こういう市場にこういう製品で打って出たいとストーリーを語る。一方、業績不振の企業の経営者は、過去の出来事に執着する。特に、外部の関係者から”攻撃”されたことに対して、異常なまでの反応を示す。その”攻撃”の中に決まって入っているのが、知財の侵害である。彼らは、知財を侵害した相手を徹底的に憎む。しかし、いつまでも相手を憎んでいても仕方がない。シャープの創業者は、「他社に真似される製品を作れ」と社員にハッパをかけたそうだ。経営者はそういう気概で臨んだ方がよいと思うし、私自身もそうありたい。

(9)時間は万人に平等に与えられた宝。宝を壊す人を許してはいけない。
 これは当たり前すぎるし、「【ベンチャー失敗の教訓(第40回)】ダメ会社の典型=遅刻や締切遅れが当たり前の体質」など多くの記事で書いたことなので、簡単な説明にとどめておく。「(6)信賞必罰に頼らない。相手の成長を見守ることで相手を動かす」で、相手を怒ったりしないと書いたが、時間にルーズな人に対してだけは私もさすがに怒ると思う。極端な話だが、私はお金を盗まれても怒らないけれども、時間を破壊されたら怒るに違いない。そのぐらい、時間に対しては自分に対しても他人に対しても厳しいつもりでいる。

 アポイントの時間に遅れる、締切を守らないといった行為は明白な破壊行為であるが、会議というものは破壊行為が横行する場である。必ずしも全員が参加する必要がなかったり、参加者の顔ぶれにそぐわない議題が話し合われたりする。先日、中小企業診断協会の支部の役員会議に出席する機会があった。会議には、企業で言うところの部長・副部長クラス以上のメンバーが20人ほど参加していた。

 そこで話し合われたことは、支部のメーリングリストの運用ルールをどうするか?支部でプロジェクター(8万円ぐらい)を購入してもよいか?といったことであった。これには正直がっかりした。どれも、担当者が5分で決められそうなことばかりである。それを、大の大人が2時間近くも議論しているのだから、怒りを通り越して笑うしかなかった。会議は相手の貴重な時間をいただく行為である。いただいた時間に見合うだけの、中身のある会議をあらかじめ設計できないのであれば、いっそ会議を開かない方がましである。

(10)仕事に楽しみを求めない。わずかな楽しみのために多くの苦しみがある。
 よく、「仕事を楽しめ」と言う。しかし、私が社会人になってちょうど10年が経過したが、仕事を楽しいと思った記憶がない。むしろ苦しみの連続でしかなかった。どこかに楽しい仕事があるだろうと期待を寄せてみたものの、どんな仕事をしても苦しみにぶち当たった。シリーズ「【ベンチャー失敗の教訓(全50回)】」は、そんな苦しみの結晶である。そのため、最近では、「仕事は楽しいものである」という思い込みの方が間違っているのではないか?と思うようになった。

 元阪神の金本知憲氏は、引退会見で「僕の21年間のプロ野球人生は、大袈裟でなく70%が辛い苦しいものだった」と語った。元ヤクルトの宮本慎也氏も、引退時に「最近は『楽しみたい』と言うけど、僕は野球を楽しむなんてできない」とコメントしている。引退の間際になってようやく、「苦しかっただけのグラウンドで自分は幸せ者だったと気づいた。すべてが報われたと感じた」そうだ。イチローは、日米通算4,000本安打という偉業を達成した試合後のインタビューで、「4,000のヒットを打つには、僕の数字で言うと、8,000回以上は悔しい思いをしてきている」と答えた。こうした大打者と自分を並べるのはあまりにもおこがましいが、私もこの3人の考え方に深く共感する。

 サービス業などのマーケティングにおいては、インナー・マーケティングを実施して社員満足度を上げれば、顧客満足度の向上につながるとされる。端的に言えば、仕事を楽しんでいる社員が増えれば、顧客満足度は上がるというわけだ。だが私は、この説は正しくないのではないか?と思う。エンターテイメントの要素が強いサービスであれば、顧客接点で働く社員が楽しんでいることで、それが顧客に伝染することも考えられるだろう。

 しかし、世の中の大半の製品・サービスは、エンターテイメント的なものではない。私が生業としているコンサルティング業や研修サービス業もそうである。その上、顧客からは高い要求を受ける。その結果、顧客のニーズに応えようと、もがき苦しむことになる。

 だが、私が苦しんでいるからと言って、顧客満足度が下がるとは一概には言えない。事実、私が苦しんで開発した研修を実施したところ、研修後のアンケートでは受講者ほぼ全員から5段階評価で5の評価をいただいたことが何度もある。「社員満足度向上⇒顧客満足度向上」ではなく、「社員の苦しみ度向上⇒顧客満足度向上」というロジックが成り立つかどうか?今は私の単なる価値観・信念でしかないが、その妥当性を検証することが今後の私の研究課題である。


《2014年9月13日追記》
 『致知』2014年10月号の「対談 日本の次世代に託す夢 泥を肥やしに花は咲く」(鍵山秀三郎、上神田梅雄)という記事で紹介されていた下村湖人の言葉が印象に残ったので引用する。
 私は不満のない人生をおくりたいとは思わない。私ののぞむ人生は、不満が平和をみだす原因とならず、創造への動機となるような人生である。私は苦悩のない人生に住みたいとは思わない。私の住みたい世界は、苦悩が絶望の原因とならず、勇気への刺激となるような世界である。
致知2014年10月号夢に挑む 致知2014年10月号

致知出版社 2014-10


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2013年06月16日

【ベンチャー失敗の教訓(第22回)】明確な成果物を顧客に提示できないビジネス


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 X社の事業は、マクロ的な視点から見て大きな欠陥を抱えていたことは以前にも述べた。加えて、ミクロ的な視点で個々のサービスをとってみても、いろいろとまずい点があった。その1つが今回の記事のタイトルに掲げた「明確な成果物を顧客に提示できない」という問題である。

 【第11回】シナジーを発揮しない・できない3社
 【第12回】独り歩きした戦略的目標に全くついて行けなかった組織能力
 【第13回】曖昧で中途半端だったポジショニング

 X社は20代、30代、40代、50代という階層別の「キャリア開発研修」を人事部に販売しようとしていた。だが、キャリア開発研修は他の研修会社も提供しており、知名度でどうしても劣るX社はコンペで負けることが多かった。そこで、他社との差別化を図るために考え出されたのが、研修受講者に対して、研修後に講師と1対1のキャリアカウンセリングを行う、というものであった。

 そもそも、キャリアカウンセリングは儲からなかった。顧客企業(人事部)がカウンセリングに出せるお金は、どんなに高くても受講者1人あたり1万円であった。カウンセリングに要する時間は受講者1人あたり約1時間であるから、1日あたりの売上は8万円(講師がかなり無理をすれば10万円)が精一杯だった。以前の記事「【第21回】何年経ってもまともな管理会計の仕組みが整わない」で述べたように、X社は1日50万円の研修を売っても赤字になる体質であるから、1日8万円などというビジネスが成り立つわけがない。しかも、研修受講者が20人とか30人になると、カウンセリングだけで講師が3日~4日も拘束され、より赤字が膨らんでしまう。

 こうしたビジネスモデル上の問題もさることながら、私がこのサービスに関して一番の問題だと思うのは、カウンセリングは成果物が出せない、ということであった。講師には守秘義務があり、受講者との間で具体的にどのようなカウンセリングを行ったのかを人事部に報告することができなかった。せいぜい、受講者の満足度を報告するしかなかった。人事部は、自分がお金を払っているにもかかわらず、その見返りを目に見える形で確認することができない。これは、人事部にとってはなはだおかしな話である。人事部も、経理部から予算の使い道を尋ねられ、カウンセリングには効果があったのかと言われたら、答えに窮してしまったことだろう。

 産業カウンセラーのように、法的に設置が義務づけられているのであれば、成果物の有無は問題にならない。成果物があろうとなかろうと、企業は法的対応をしなければならない。2008年に施行された労働契約法の第5条において、生命、身体などへの安全配慮義務が明文化され、さらに行政通達で「法第5条の『生命、身体等の安全』には、心身の健康も含まれる」とされたことから、企業側のメンタルヘルス対策が急務となった。産業カウンセラーは社員からの相談内容について守秘義務を負うものの、産業カウンセラーの成果が目に見えないからと言って、企業は産業カウンセラーとの契約を反故にすることはできない。

 しかし、キャリアカウンセリングは法的に何の定めもない任意のサービスである。目に見えないサービスだからこそ、サービスを見える化する工夫が必要であった。X社は他社との差別化のつもりでカウンセリングを導入したのだけれども、かえってサービスの中身が見えにくくなり、他社よりもさらに魅力が落ちてしまったように感じる。人事部がX社をベンダー選考から落とす格好の理由を、X社は自ら人事部に与えてしまったわけだ。

 私は、カウンセリングのような付随サービスで差別化するのではなく、もっと研修そのものの中身で勝負するべきだったと思う。X社の研修を受ければ、受講者は自己理解が深まる、社内で中長期的に取り組むべき仕事を明確に意識できる、会社の方向性と自分のキャリアの重なりを確認できて日々の仕事へのモチベーションが高まるといったメリットを、他社の受講者が研修で作成した成果物を使いながら、人事部に対して強く訴求するべきだった。そうすれば、人事部は研修の成果物がイメージしやすくなり、研修の投資対効果の判断が容易になったと思われる。

 A社長はある顧客企業から、「我が社の顧問になってくれないか?」と顧問契約を持ちかけられたことがあった。だがA社長は、顧問契約はコンサルティングプロジェクトと異なり、明確な成果物の提出を確約することができないという理由で、この打診を断った。私はこの判断は正しかったと思う。顧問契約は安定的に収入が見込めるものの、対価に対するバリューをきちんと発揮しているかという、プロフェッショナルとしての自己判断が曇るリスクがある。これと同じ意思決定が、なぜキャリアカウンセリングに関してはできなかったのかが非常に疑問である。

 明確な成果物を顧客に提示できないという問題は、副次的に別の問題を生み出していた。それは、社内でノウハウを共有し、社員のスキルを平準化することができないということである。社内には何人ものキャリアカウンセラーがいたが、お互いが現場でどのようにカウンセリングを行っているのか不明であり、他の社員から学ぶことが不可能であった。コンサルティング事業の場合、各プロジェクトの成果物(報告書など)がファイルサーバで共有され、ノウハウやフレームワークが他の社員にも伝播していく。しかし、キャリアカウンセリングという成果物のないビジネスのせいで、社内の人材育成も後手に回ってしまったのである。
(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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