2014年02月06日
『産学連携を問う シーズとニーズの新たな結合を目指して(一橋ビジネスレビュー2013年WIN.61巻3号)』
一橋ビジネスレビュー 2013年WIN.61巻3号: 産学連携を問う シーズとニーズの新たな結合を目指して 一橋大学イノベーション研究センター 東洋経済新報社 2013-12-09 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
今年から『一橋ビジネスレビュー』の定期購読も開始。DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューに比べると学際色が強く、技術上の専門的な話も入っているので、個人的には難しく感じてしまう。この雑誌のレビューがまともに書けるようになるには時間がかかりそうだ。徐々に慣れていこう。ということで、今回は雑感を並べてみたい(先日の記事「『日本企業は新興国市場で勝てるか(DHBR2014年2月号)』―実はラマダーン月に食品・飲料メーカーの売上が増える、などい」に続く雑感かよ?という突っ込みはなしの方向で)。
(1)「産学連携」を特集とする本号で1つ勉強になったのは、「パスツールの4象限」という考え方。科学者の研究活動は、「科学的理解の高度化」と「社会への効用の提供」という2軸によって評価され、出現する4象限にはその領域で活動する代表的な科学者の名前がつけられている。
・ニールス・ボーア領域:「科学的理解の高度化」=高、「社会への効用の提供」=低
・トーマス・エジソン領域:「科学的理解の高度化」=低、「社会への効用の提供」=高
・ルイ・パスツール領域:「科学的理解の高度化」=高、「社会への効用の提供」=高
・それ以外の領域:「科学的理解の高度化」低、「社会への効用の提供」=低
本号では、パスツール型の研究者との産学連携の成功事例が分析されている。パスツール型の研究者は、企業に対して科学的に高度な知識を提供するだけでなく、製品企画・事業化に関するコンサルティングも行っており、双方の深い交流が産学連携を成功に導いているという。
しかし、パスツール型の研究者は、私からすると「ものすごく万能な研究者」のイメージがして、そんな研究者が果たしてどれくらいいるものかと疑問に感じてしまう。大半の研究者はボーア型かエジソン型であろう。いや、エジソンも、実際にはGEの基となるエジソン電気照明会社を設立した人物であることを考えると、大学側の科学者というよりも、企業内研究者と呼んだ方が正しい。とすると、大半の大学研究者はボーア型に該当するのではないか?そういうタイプの研究者と組んだ時に、どうすれば事業を成功させられるかが今後の研究課題であろう。
(2)アメリカにおける大学と企業との関係性を、大学ごとに比較した論文も興味深かった。州立のカリフォルニア大学は、2003年に極めて厳格なガイドラインを打ち出した。これによると、研究者がいかなるところで発言し、思いついた事項であっても、また外部組織から資金を得ているかどうかにかかわらず、全てのアイデアの所有権を大学が保有する、とされている。
一方、私立のスタンフォード大学も「全ての特許性のある発明に関しては、それが大学の責務の下で実施され、または大学の資産を随意的に用いた場合には、大学に開示されなければならない」という特許ポリシーを掲げている。しかし、これには次のようなただし書きがついている。「2人以上の研究者が共同活動を行っている場合、その発明者たちは、彼らが生み出した発明の技術移転という観点から最も有益性が高いと判断した時には、彼らの発明を公的空間(パブリックドメイン)」に置く自由を有している」 すなわち、特許を誰もが使用できる可能性があるわけだ。
公共的意識が高いはずの州立のカリフォルニア大学が、科学的成果の”私有化”に積極的となり、一方で、どこよりもシリコンバレー企業との関係を密にしていた私立のスタンフォード大学が、科学の成果をできる限り”公共化”しようとしている点が非常に面白い。
また、私立のイェール大学は、独自の大学資金ポートフォリオを組んで、積極的な投資活動を行っている。1978年の段階で550億円程度だった大学基金は、2000年には1兆円を超える規模にまで拡大している。2002年には、アメリカ国内株式や海外株式、未公開株式、不動産投資などへのポートフォリオを組んで、実に41%ものリターンを生み出した。全米の大学の中で、このような多角的ポートフォリオを保有した大学はイェール大学が初である。
これに対して、シリコンバレーの真ん中にあって、産業界との資金のやり取りに積極的であったはずのスタンフォード大学は、イェール大学と比べてずっと控えめな投資戦略を持っていた。1979年に同大学の財務当局は、大学の投資ルールを変更し、VCに資金を供給することを認めた。ファカルティが創設したスタートアップ企業に大学資金を供給することは、組織として利益相反の可能性がある。それを恐れた大学は、VCへの投資という迂回的方法を選択した。
特許を私有化することも、ポートフォリオ投資を行うことも、利益の創出が主たる目的である。ところが、スタンフォード大学は、敢えて特許を開放することで、そこに多くのシリコンバレー企業が集まってくることを期待している。また、VC重視の投資戦略によって、投資対象企業の経営に深く関与する機会が得られ、人的交流が促される。スタンフォード大学の戦略は、単に特許や共同研究による知識の流れにとどまらず、資金的なつながりを形成しながら人的・組織的ネットワークを生み出し、そのパスに沿って新たな有用性の高い知識の流れを確立する可能性を秘めている。その知識の連鎖的フィードバックが、産学連携の目的ということだろう。
(3)以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第48回)】Webで公開されている失敗事例通りに失敗した産学連携プロジェクト」で、産学連携に失敗した苦い経験を告白した。私が携わっていたプロジェクトは規模が小さく、特殊なものかと思っていたが、本号を読むとそうでもなさそうだ。私の教訓がどこかで役立つことを願っている。
本号には、産学連携プロジェクトに参加した企業研究者、大学研究者を対象とした調査結果の概要が掲載されている。それによると、産学連携プロジェクトに投入した研究資金は、大学研究者、企業研究者いずれも「100万円以上~1,000万円未満」という回答が最も多く、大学研究者の回答の5割強、企業研究者の回答の4割強を占めている。私が携わったプロジェクトでは、大学に支払った委託費、システム開発を依頼したベンダーへの外注費、特許取得のために弁理士事務所に支払った費用などを合わせると、だいたい800万円ぐらいであったと記憶している。
産学連携プロジェクトの実施に費やした労力については、50人月以下という回答が、大学研究者で約半数強、企業研究者で約3分の2を占めている。平均人月を算出すると、大学で54人月、企業で43人月であった。私が携わったプロジェクトに関して言うと、大学側の工数は計算できないが、企業側の工数は約17人月ぐらいだった。4人体制で1年ほど続いたプロジェクトであり、私が自分の工数の8割を、残りの3名は2割をこのプロジェクトに投入していた。よって、(0.8×1人×12か月)+(0.2×3人×12か月)=16.8人月となる。
産学連携プロジェクトから創出された最重要発明については、既に商業化しているという回答が全体の16%、検討中との回答が全体の38%であった。この数値が高いのかどうか、論文では考察が保留されている。通常の製品開発に比べてこの数値は高いのか低いのか?低い場合、数値を上げるにはどうすればよいのか?今後の研究が待たれるところである。