このカテゴリの記事
『致知』2018年10月号『人生の法則』―「夢や希望」がある人と「志がある人」では「八観六験」の結果がこんなに違う
【現代アメリカ企業戦略論(2)】アメリカによる啓蒙主義の修正とイノベーション
『生きる力(『致知』2015年7月号)』―日本人にビジョンは必須ではないが、代わりに現在を必死に生きよ

お問い合わせ
お問い合わせ
プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京から実家のある岐阜市にUターンした中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。ほとんど書評ブログ。たまにモノローグ。双極性障害Ⅱ型を公表しながら仕事をしているのは、「双極性障害(精神障害)の人=仕事ができない、そのくせ扱いが難しい」という世間の印象を覆したいため。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


◆別館◆
こぼれ落ちたピース
Facebookページ
最新記事

Top > ビジョン アーカイブ
2018年09月10日

『致知』2018年10月号『人生の法則』―「夢や希望」がある人と「志がある人」では「八観六験」の結果がこんなに違う


致知2018年10月号人生の法則 致知2018年10月号

致知出版社 2018-09


致知出版社HPで詳しく見る by G-Tools

 私が前職の組織・人事コンサルティング&教育研修サービスを提供するベンチャー企業に勤めていた頃、以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第1回)】経営ビジョンのない思い入れなき経営」で書いたように、当時の経営陣(皆、大手コンサルティングファームでパートナー〔共同経営者〕にまで上り詰めた人である)は、あろうことか自社のビジョンの策定を外部のコンサル会社に丸投げしていた。でき上がった成果物はコンサル会社らしく、何十ページにも及ぶ細かいレポートであったものの、ビジョンがそんな長ったらしいものでは社員に浸透するはずもなく、外部のコンサル会社に支払った大金は無駄金になってしまった。

 さすがにこのままでは社員が皆バラバラになってしまうと感じた一部の社員は、自力でビジョンの策定に乗り出し、私もメンバーの一員に入らせてもらった。だが、マネジャーからは、「ビジョンがあったところで何になるのか?」、「今のところ仕事がそれなりに回っているのだから(実際には回っていなかったのだが)、ビジョンなど必要ない」などと猛反発を食らってしまった。

 確かに、私は以前、「果たして日本企業に「明確なビジョン」は必要なのだろうか?(1)(2)」という記事を書いたことがある。ただ、これは、内発的に創造されたイノベーションを全世界に普及させて莫大な富を生み出そうとする自己実現的な考え方に染まった一部のアメリカ人イノベーターには明確なビジョンが必要だと言ったまでのことであって、日本企業はビジョンを掲げなくても全く問題ないなどとは一言も言っていない。

 ビジョンとは、事業の将来イメージである。顧客は自社の製品・サービスをどのような気持ちで使用し、どんな幸福を手に入れるのか、顧客に奉仕する社員はどのような働きぶりをしているのか、自社と協業するパートナーや取引先とはどんな関係を構築しているのか、こうした点について、おぼろげながらも言葉にしておくことが重要である。考え方も価値観もバラバラな社員が同じ方向性に向かって大きな仕事をやり遂げる際に、ビジョンはそのよりどころとなる。現に、ビジョンがある企業は、ビジョンがない企業よりも平均で4倍業績が高いというデータもある。

 仮にも組織・人事コンサルティングのサービスを手がけている企業でありながら、こういった点に対して上層部が全くの無理解であることには驚きを隠せなかった。それでも何とかマネジャーたちを説得して、オフィスの一角に大きなホワイトボードを設置し、そこに経営陣や社員が思い描くそれぞれのビジョンを書き出してみようということで話がまとまった。我々の活動に賛同してくれた社員がポツポツとビジョンを書いてくれたのだが、ある時、グループ会社の社長が「1,000億円の寄付をする」というビジョン(?)を書き込んだ瞬間、その内容に他の社員が引いてしまったのか、書き込みがパタリと止まってしまった。

 この社長は、前職の大手コンサルティングファームに所属していた時にストックオプションを付与されており、同社の上場に伴ってそれなりの資産を手にしたらしい。噂によると10億円単位の収入があったという。それを元手にして自社のビジネスを大きくし、1,000億円の寄付をするというアイデアを思いついたのかもしれない。だが、これはその社長の個人的な夢であって、先ほど述べたビジョンとは性質が全く異なる。結局、この一件があってから、自社のビジョンをまとめるという我々の作業は頓挫してしまった。この会社はどこまで行っても皆がまとまらず、個人事業主の集まりのようなものなのだとひどく落胆したものである。

 そういえば、前職の企業の経営企画部長は、実は社員ではなく、個人事業主であった。彼だけ他の社員と違って出勤時間も休日の取り方も異なるので、私は不可解に思っていた。ある時、彼の名前をネットで調べたところ、実は既に個人事業主として独立しており、前職の企業とは業務委託契約ベースで仕事をしていたことが判明した。経営企画という、戦略の中枢ですら外部に丸投げしてしまうのだから、会社が1つにまとまるなどというのは夢のまた夢であった。

 以前の記事「【中小企業診断士】私が独立診断士として失敗した5つの原因」でも書いたように、本号には「夢や目標はあるけれど、志はあるのか」(河村京子「言い続け、思い続け、やり続ければ、夢は必ず実現する」)という言葉があった。夢や目標というのは、例えば「高級な家に住みたい」、「ベンツに乗りたい」などといった利己的なものである。他方、志とは、人々を幸せにしたい、この世界をもっと住みよい場所にしたいといった利他的なものである。

 先ほどのグループ会社の社長の「1,000億円の寄付をする」という宣言は、どのような利他的な事業を行って1,000億円以上の利益を獲得し、社会に還元するのかという観点がすっぽりと抜けており、単に自分が1,000億円寄付したいという願望を表したものにすぎないから、利己的な夢や目標である。ただし、そう批判する私も、前掲の記事で書いたように、前職の企業にいた頃は「30歳でマネジャーになって年収1,000万円を稼ぎたい」と思い、それが叶わずに独立した時には「35歳には年収1,000万円を達成する」と思っていたのだから、利己的な夢や目標を掲げていたという点では同じである。むしろ、グループ会社の社長に比べると夢や目標がしょぼすぎて、スケールが小さい人間だと逆に非難されてもおかしくない。だから、今度私が独立診断士に再挑戦する時は、利他的な志を真剣に、慎重に設定しなければならないと思っている。

 本号では、陽明学者の安岡正篤が好んで引用していた「八観六験」が紹介されていた(安岡正泰、荒井桂「後世に語り継ぎたい」)。元々は中国の戦国時代に編集された『呂氏春秋』に記されているものであり、人間を八つの面から観察し、六種の方法で試し、その品格を見極める方法である。私は、「夢や目標がある人」と「志がある人」では、「八観六験」のそれぞれの方法に対する答えが次のように異なるのではないかと考える。

 【八観】
 ①通ずれば其の礼する所を観る。
 (順調に物事が進んでいる時、何を礼するかを観察する)

 【夢や目標がある人】結果ばかりに気を取られているため、プロセスを気にしない。多少プロセスから外れていても、結果が出ているのだからいいではないかと開き直る。
 【志がある人】その成果が適切なプロセスにのっとったものであるかどうかを厳しく検証する。組織として守るべき手順が守られていない場合には成果を評価しない。まして、組織の価値観から外れたやり方で成果を上げた場合には、絶対にそれを認めない。

 ②貴(たか)ければ其の進むる所を観る。
 (出世して、どういう人間を尊ぶかを観察する)

 【夢や目標がある人】自分と同じように、自分の努力で、腕一本で成功したことを自慢する人たちを尊敬する。派手好きで、高い社交性を持った人と交わる。
 【志がある人】自分の成功は、自分よりも優秀な人材を活用することでもたらされたことに感謝する人たちを尊敬する。素朴で、謙虚な人と交わる。

 ③富めば其の養ふ所を観る。
 (金ができ、何を養うかを観察する)

 【夢や目標がある人】まずは自分自身を養う。余りが出れば、慈善活動にお金を回す。
 【志がある人】まずは顧客に還元し、顧客に感謝する。次に社員に還元し、社員の豊かな生活を支援する。次に取引先に還元し、取引先の努力に報いる。次に株主に還元し、株主の元手のおかげで事業を大きくできたことに謝意を示す。自分に還元するのは最後である。

 ④聴けば其の行ふ所を観る。
 (よいことを聞いて、それを実行するかを観察する)

 【夢や目標がある人】自分にとって都合のいいことを取捨選択する(選択バイアス)。
 【志がある人】自分にとって耳が痛いことであっても、その意味するところを深く考え、自分の今までの考えが誤っていなかったかどうかを反省し、改めるべきところは改める。

 ⑤止(いた)むれば其の好む所を観る。
 (仕事が板についた時、何を好むかを観察する)

 【夢や目標がある人】業務を効率化し、どうすればもっと楽に儲けられるかを考える。
 【志がある人】顧客価値を見直し、どうすればもっと顧客に満足してもらえるかを考える。

 ⑥習へば其の言ふ所を観る。
 (習熟すれば、その人物の言うところを観察する)

 【夢や目標がある人】他人から学んだことを、さも自分の考えであるかのように語る。
 【志がある人】他人から学んだことを自分なりに咀嚼し、自分自身の言葉で語る。

 ⑦窮すれば其の受けざる所を観る。
 (困った時、何を受けないかを観察する)

 【夢や目標がある人】困っている以上、手段を選ばずに何でも仕事を引き受ける。
 【志がある人】価値観や倫理に反すること、人間として正しくないことには手を出さない。

 ⑧賎なれば其の為さざる所を観る。
 (落ちぶれた時、何を為さないかを観察する)

 【夢や目標がある人】落ちぶれた原因を周りの環境のせいにし、自分では反省しない。
 【志がある人】落ちぶれた原因を自分自身に求め、周りの環境のせいにしない。

 【六験】
 ①之を喜ばしめて以て其の守(外してはならない大事なことを守れるか)を験す。
 【夢や目標がある人】お金になるなら何でもよいと言ってどんな仕事にも飛びつく。
 【志がある人】たとえお金になるとしても、価値観や倫理に反する仕事は断る。

 ②之を楽しましめて以て其の僻(人間的かたより)を験す。
 【夢や目標がある人】すぐに浪費、享楽に走る。酒による失敗をしでかしやすい。
 【志がある人】趣味、娯楽はほどほどにする。人づき合いやお酒も節度を守る。

 ③之を怒らしめて以て其の節(節度)を験す。
 【夢や目標がある人】過度に感情的になり、相手の人格を否定するほど激しく攻撃する。
 【志がある人】相手の怒りの根を分析し、対立の原因を探って、対話のテーブルにつく。

 ④之を懼れしめて以て其の持(独立性、自主性)を験す。
 【夢や目標がある人】恐怖にうろたえて、普段は社員などのことを大してあてにしていないくせに、困った時だけは社員に問題の解決を丸投げする。
 【志がある人】普段は社員の能力を活用するよう努力しているが、大きな問題が起きた時は社員任せにせず、自分自身の軸をしっかりと持って、問題解決を先導する。

 ⑤之を哀しましめて以て其の人(人柄)を験す。
 【夢や目標がある人】自分の能力に対する自信が強いが、所詮空元気であり、失敗や悲しみに対しては脆く、自分の利己的な目標が達成できないと解ると自暴自棄になる。
 【志がある人】たとえ失敗や悲しいことがあっても、自分には奉仕すべき他者がいるという強い使命感があり、レジリエンス(再起力)を発揮する。

 ⑥之を苦しましめて以て其の志を験す。
 【夢や目標がある人】(⑤と似ているが、)利己的な目標を持つ人には周囲からのサポートがないため、苦境に陥ると目標が遠のいてしまい、挫折する。
 【志がある人】(⑤と似ているが、)利他的な目標を持つ人のことをちゃんと見てくれている人がおり、彼らが支援を差し伸べてくれる。彼らの力を借り、彼らに感謝しながら苦境を脱する。


2017年01月21日

【現代アメリカ企業戦略論(2)】アメリカによる啓蒙主義の修正とイノベーション


アメリカ

 前回の記事「【現代アメリカ企業戦略論(1)】前提としての啓蒙主義、全体主義、社会主義」の続き。18世紀に花開いた啓蒙主義は、ドラッカーが指摘したように後の全体主義、社会主義を生み出した。唯一絶対の神=人間の理性ととらえるこの立場の特徴を簡単におさらいすると、以下の3点に集約される。すなわち、①過去や未来という時間の流れを否定し、現在という1点に集中して革命を目指す、②1人がすなわち全体とイコールであり、共有財産制や独裁が導かれる、③神と人間が直接的に結ばれることをよしとし、間に何らかの組織(国家、政府、企業、教会、家族など)が介在することを嫌う、ということである。

 一般に、啓蒙主義はフランス革命で現実化し、フランス革命に刺激されてアメリカ独立運動が起きたと説明される。ところが、ドラッカーは、アメリカが影響を受けたのはフランス革命ではなく、イギリスの伝統的な保守主義であると『産業人の未来』の中で語っている。実際、アメリカは大陸の啓蒙主義をそのままの形では受け取らなかった。アメリカ人は、人間の理性には限界があることを認めた。つまり、唯一絶対の神=人間の理性という等式を否定したわけだ。その上で、前述した啓蒙主義の3つの特徴に修正を加えることにした。

 まず、①現在から未来への時間の流れを肯定した。アメリカ人は、未来のある時点におけるビジョンを構想し、そのビジョンを実現するための行動を起こした。ビジョンは人間の自由意志によって描かれる。この自由は、啓蒙主義の絶対的な自由が、結局は他者の自由の侵害を避けるために孤立せざるを得なかったのとは異なる。理性が不完全であるがゆえに、人間にはいかようにもビジョンを描く自由がある。アメリカ人は、自らのビジョンを生涯のうちに実現することを神と「契約」する。ただし、その契約が本当に正しいかを知っているのは神のみである。よって、神と正しく契約できなかった者、あるいはそもそも神と契約をする気がなかった者は、正しい契約を締結し、それを履行した者に劣後する。そのため、アメリカでは格差が正当化される。

 次に、②二項対立という考え方を導入した。アメリカ人はあらゆる事象を対立概念でとらえる。その源泉はイギリスの議会政治にあるとドラッカーは言う。「19世紀のイギリスの政治制度の中核は、議会主権の制限、および多数派政府の制限にあった。さらには、多数派の同意による少数派支配の制限にあった。これを可能としたものが、野党を政治に組み込む二大政党制であり、内閣であり、官僚機構だった」。よって、「官僚機構の上層部にいる者は、当然のこととして、野党のための政策案を準備することが期待された。その結果、イギリスでは、1つの問題について、同一の基本理念に立つ2つの政策案が、つねに自動的に準備されることになった」。二項対立は他者の存在を肯定する。啓蒙主義が連帯を唱えながら他者から孤立したのとは異なる。

ドラッカー名著集10 産業人の未来 (ドラッカー名著集―ドラッカー・エターナル・コレクション)ドラッカー名著集10 産業人の未来 (ドラッカー名著集―ドラッカー・エターナル・コレクション)
P・F・ドラッカー 上田 惇生

ダイヤモンド社 2008-01-19

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 そして、③神と人間の間に一定の階層構造を認めた。アメリカと言うと大統領のリーダーシップに注目が集まりがちだが、実は各州が強力な権限を持つ連邦制であり、分権化が進んでいる。この分権化は、アメリカという広大な国土を統治するための知恵である。アメリカが理想とする自由、平等、基本的人権、民主主義、資本主義などの基本的価値観を広大な領土の隅々に行き渡らせるのに、大統領1人のリーダーシップだけに頼るのでは負担があまりに重すぎるし、どうしても時間がかかる。そこで、各州に権限を与え、それぞれの州にもアメリカの理想の実現を手伝ってもらう。こうすることで、効率的な国家運営が可能となる。さらに、権限移譲された各州の利害関係者のモチベーションを向上させることができるという副次的な効果も期待できる。

製品・サービスの4分類(修正)

製品・サービスの4分類(修正)

 ここから現代アメリカ企業の戦略論の本題に入る。まず、「必需品か否か?」、「製品・サービスの欠陥が顧客の生命・事業に与えるリスクが大きいか?」という2軸でマトリクスを作る。すると、上図のように<象限①>~<象限④>が得られる。

 <象限①>は、必需品であり、かつ製品・サービスの欠陥が顧客の生命・事業に与えるリスクが小さいものを指す。具体的には、食品、衣料品、日用品、白物家電、飲食店、小売店、教育、ニュースメディアなどが該当する。もちろん、これらの製品・サービスにおいても高度な品質管理は重要である。しかし、仮に食品や衣料品に欠陥があったとしても、食中毒やアレルギーを起こすことはあれ、顧客を死に至らしめることは少ない。<象限①>は参入障壁が低く、比較的低コストでマネジメントできることから、コスト優位性の高い新興国が強い。一方で、各国の雇用を下支えする産業が多いため、多くの国が外資規制を導入している領域でもある。

 <象限②>は、必需品であり、かつ製品・サービスの欠陥が顧客の生命・事業に与えるリスクが大きいものを指す。具体的には、自動車、輸送機器、産業機械、住宅、建設、医療、介護、製薬、化粧品、IT(BtoBの基幹業務システム)、物流・輸送、金融(預金・貸出)などが該当する。自動車や産業機械に欠陥があれば、顧客や作業者を死に至らしめることがある。BtoBの基幹業務システムや物流に障害が起きれば、企業の業務がストップしてしまう。金融機関の預金・貸出機能にトラブルが発生すれば、経済システム全体が心肺停止状態になる。<象限②>では非常に高度な品質管理が必要となる。時には、不良ゼロというレベルまで要求される。この<象限②>に強いのは、日本企業とヨーロッパ(特にドイツ)の企業である。

 <象限③>は、必需品でなく、かつ製品・サービスの欠陥が顧客の生命・事業に与えるリスクが小さいものを指す。具体的には、高機能家電(スマホ、タブレットなど)、ブランド品、エンタメ、テレビメディア、IT(BtoCのWebサービス)、映画、音楽、書籍、雑誌、観光、金融(証券・保険)などが該当する。スマホやタブレットはしばしばフリーズするが、それによって顧客の生命が危険にさらされることはない。映画俳優の演技が多少下手くそでも、ロックバンドの演奏が多少音痴でも、顧客が不快感を味わうことはあれ、生命の危機に瀕することはない。この<象限③>に強いのがアメリカ企業である。<象限③>は必需品ではないため、企業は常に需要を創造しなければならない。これはまさしくイノベーションに他ならない。

 どんなイノベーションも最初は非必需品として出発するが、時の経過とともに必需品化することがある。すると、<象限③>から<象限①>や<象限②>(必需品化するだけでなく、品質要求も高くなる場合)に移行する。日本企業は<象限③>から<象限②>に移行してきた製品・サービスをアメリカ以上に磨くことで競争力を保ってきた。しばしば、日本企業はなぜアメリカのように<象限③>のイノベーションを起こすことができないのかと議論になる。しかし、<象限③>のイノベーションを起こせないのはヨーロッパなどの国も同じである。<象限③>に長けているのはアメリカしかいない。日本は無理に<象限③>を目指さず、従来通りアメリカの後追いをしていれば十分だと感じる(こういう日本企業の戦略を、ドラッカーは「起業家的柔道」と呼んだ)。

イノベーションと企業家精神 (ドラッカー名著集)イノベーションと企業家精神 (ドラッカー名著集)
P.F.ドラッカー 上田 淳生

ダイヤモンド社 2007-03-09

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 ちなみに、<象限④>は、必需品でなく、かつ製品・サービスの欠陥が顧客の生命・事業に与えるリスクが大きいものを指すが、この象限は必需品でないがゆえに市場規模や顧客ニーズを予測することが難しく、さらに非常に高度な品質管理が要求されるという、難易度の高い象限である。端的に言えば経営リスクが非常に高い。よって、該当する製品・サービスはほとんどない。強いて例を挙げるとすれば、航空業界と軍需産業が該当すると思われる。航空業界は、世界一経営が難しい業界だとされる。現に、アメリカでは航空会社が次々と経営破綻している。


2015年07月16日

『生きる力(『致知』2015年7月号)』―日本人にビジョンは必須ではないが、代わりに現在を必死に生きよ


致知2015年7月号生きる力 致知2015年7月号

致知出版社 2015-07


致知出版社HPで詳しく見る by G-Tools

 境野:トップとして組織を守っていくためには、どうしても目標を立てて歩んでいかなくてはいけない。その点僕は一匹狼の素浪人みたいなものだから、きょう一日が勝負という生き方ができるのかもしれませんね。

 だから僕の人生は完全に受け身なんです。こういう仕事があると言われれば、それをお引き受けしていく。僕の専門領域で仕事をいただいた時はいつでも受けて立つ、そういう心構えで生きてきました。
(境野勝悟、堀威夫「我ら、八十路も溌刺と生きん」)
 境野勝悟氏は東洋思想家である。組織のリーダーと違って、明確な目標は立てずに、自分のところに来た仕事を受身的に一生懸命取り組んできたと語っている。私は『致知』を1年半ぐらい読んでいるが、高い業績を上げ続けてきた人にこのようなタイプの方が多いことに気づいた。しかも、このタイプは決して、個人で仕事をしている人に限定されず、組織のトップにも見られる。
 私は自分がこんな仕事、こんな役職に就きたいということで希望し運動したことが一度もなくて、常に誰かから頼まれてやってきました。明確に自分はこうなりたいという方もいらっしゃいますけど、私は置かれた立場で全力投球するという生き方を貫きました。
(遠山敦子「心を尽くして仕事に全力投球する」)
 遠山敦子氏は、文部科学省で学術情報の全国的なシステム構築や芸術文化振興基金の設立に尽力し、小泉内閣で民間初の文部科学大臣となり、現在は公益財団法人トヨタ財団理事長をされている方である。遠山氏も境野氏と同様に受身で仕事をしてきたと知ると、私のように個人事業をよちよちと経営し、今のところ大きな目標もなく右往左往している人間にとっては、とても励みになる(境野氏や遠山氏と自分を一緒にするのは何ともおこがましい限りだが)。

 10年ぐらい前の私であれば、アメリカ的な経営に完全に毒されていたので、「企業やリーダーは明確な目標を持つべきだ」という考えを信じて疑わなかった。私が新卒入社した企業は、アビームコンサルティングのシステム開発子会社であるアビームシステムエンジニアリング(略称ASE)だった(現在はアビームコンサルティングに統合されて存在しない)。アビームコンサルティングがITコンサルを実施し、ASEが後工程のIT構築を担う、という役割分担になっていた。

 ASEはベンチャー企業として誕生したばかりであったので、会社創設期の動乱を体験できるに違いないと、22歳の若僧は意気揚々と入社した。ところが、入社早々、私の期待はもろくも崩れ去った。ある時、ASEの当時の社長が全社会議で経営ビジョンを発表した。それが「アビームコンサルティングの子会社として、親会社が要求するIT構築を遂行する」というものであった。「これではビジョンではなくて、ASEの機能を説明しただけではないか?」と憤った私は、生意気にも上司に抗議のメールを送ったこともあった。結局、ASEには1年ちょっとしか在籍しなかった。

 その後、私は別のベンチャー企業に転職した。その企業は、あるコンサルティングファームの出身者が設立した企業で、組織・人材に関するコンサルティングや教育研修サービスを提供していた。だが、この企業もまた、ASEと同様に明確なビジョンがなかった(以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第1回)】経営ビジョンのない思い入れなき経営」を参照)。組織・人材に関するコンサルをやっているのだから、組織にビジョンが必要なことは解っているはずだ。しかも、コンサルファーム出身であれば、そんなことは百も承知ではないのかという思いで5年半を過ごした。

 ただ、今になって振り返ってみると、「企業やリーダーは明確な目標を持つべきだ」という考えにあまりに固執しすぎていたと思う。企業経営は、個人のキャリア開発とアナロジーでとらえられることがある。キャリア開発の場合、明確な目標を立てて、それに向かってまい進するという生き方は、実はあまり推奨されない。むしろ、ビジョンはおぼろげなままでよく、外部環境の変化に身をゆだね、偶然の出来事を味方につけながら仕事をした方が、人生に対する満足度が高まると言われる。このような生き方を、金井壽宏教授は「キャリア・ドリフト」と呼ぶ。

 組織も所詮は人間の営みである。個々の人間には明確なビジョンを要求しないのに、その集まりである組織には明確なビジョンを要求するというのは、いささか無理がある。組織も肩肘を張ってガチガチにビジョンを固めるのではなく、その時々の状況に柔軟に適応する姿勢を身につけた方がよいのかもしれない。言葉を換えれば、多少天邪鬼な方が成功しやすいと思うのである。このような態度は、キャリア・ドリフトに倣って、「戦略ドリフト」と呼べるかもしれない(以前の記事「果たして日本企業に「明確なビジョン」は必要なのだろうか?(1)(2)(補足)」を参照)。

 だが、それでも「組織やリーダーにはぶれない軸が必要だ」という考えは根強い。一方には、状況に応じて変えてもよいものがあり、他方には、多少のことでは変えてはならないものがある。では、その変えてよいものと変えてはならないものとは一体何なのだろうか?私の考えでは、変えてよいのはビジョンや目標であり、変えてはならないのは価値観だと思う。価値観とは、仕事上の重要な意思決定を左右する判断基準である。これがぶれると、個人は意志薄弱になり、組織は求心力を失う。ビジョンや目標は可変でも構わないが、価値観は堅牢でなければならない。

 以前、ある女性起業家の講演を聞いたのだが、社員数約30名ながら、グループ企業が5社もあり、事業内容が多岐にわたっていた。子育て中の女性を活用したクラウドソーシング、女性向けのプロモーション代行、採用コンサルティング、Webサイト構築、社内外セミナーの撮影・動画編集・議事録作成などである。そういう意味では、ビジョンや目標は頻繁に変わっている。しかし、「9時~17時しか働かない」、「1人1人の勤務時間は少ない代わりに、生産性・業務効率を高める」、「数年後ブレイクしそうなことを見つける」という価値観だけは譲れないと語っていた。この女性起業家の事業モデルは、これらの価値観に基づいて設計されている。

 私の価値観は、以前の記事「私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(1)(2)(3)」で述べた。現在の私は経営コンサルタントであり、当面はそれを続けるのが目標である。しかし、ある日突然飲食店をやるかもしれない。それでも、その飲食店は私の価値観に沿って経営される。具体的には、チェーン店のような薄利多売はせず、私自身が心からおいしいと思うメニューだけを限定的に提供し、常に難しいメニューの開発に挑戦し、店舗の運営ノウハウはすぐにマニュアルに反映させ、時にそのノウハウを競合店にも公開するだろう。

 「ビジョンや目標は頻繁に変わってもよいが、価値観だけはぶれてはいけない」ということは、もう少し踏み込んで考えると、「将来のことはあれこれと考えなくてもよい代わりに、現在を必死に生きよ」ということを意味する。冒頭で紹介した2人も、今自分の目の前にある仕事に必死に取り組んできたと語っている。私の前職のベンチャー企業に足りなかったのは、明確なビジョンというよりも、このような姿勢であったように思える。

 以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第4回)】何にでも手を出して、結局何もモノにできない社長」でも書いたように、前職の経営者はすぐに新しいものに惹かれる傾向があった。言い換えれば、目標を二転三転させる傾向があった。在職時はそれだけでも迷惑極まりないと感じていたものの、退職してから4年ほど経って冷静に考えてみると、それ自体はさほど間違いではなかったと思うようになった。だが、問題なのは、前職の経営者は、「これをやりたい」と宣言した後、自分で手足を動かすことを嫌ったし、失敗の尻拭いは全て社員任せにしていたことである。

 例えば、デザインコンサルティングをやると言い出した時は、自分ではデザインのことを勉強せず、外部からデザインの専門家をたくさん顧問に招いただけだった(その結果、社員数約50人に対し顧問が5人以上いた時期があった)。携帯電話を活用した研修フォローアップのシステムを作ると言い出した時も、自分で仕様書を書かず、部下と外注先に作業を全て丸投げしていた。営業研修専門のグループ会社を新設すると言い出した時は、会社設立手続きを誰がやるかをめぐり、経営陣の間でいつまでも押しつけ合いをしていた(そのせいで、会社設立が大幅に遅れた)。

 経営陣は元外資系のコンサルティングファームの出身であり、コンサルティングという目に見えないサービスに価値をつけるビジネスを長年やっていたこともあってか、「顧客価値を提供せよ」と口酸っぱく言っていた。しかし、社員にそのように発破をかけるのであれば、自らも積極的に潜在顧客に会いに行き、顧客の生の声を丹念に収集し、新しいサービスのことを深く勉強し、社員を巻き込んでサービス開発を主導するべきではなかったか?一言で言えば、自分に価値をつけるために本当に努力していたのか?ということである。

 私は、経営陣がいつも口先ばかりで、彼ら自身が目の色を変えて働いていなかったことに強い不満を覚えていた。そして、おそらく他の社員も同じように感じていたに違いない。社員が初めから経営陣に対して不信感を抱いていた上に、社員が失敗するといつも経営陣から厳しく叱責されていた。そういう経営陣の元からは、社員が容易に離れていったことは想像に難くない。



  • ライブドアブログ
©2012-2017 free to write WHATEVER I like