2018年06月24日
【み・らいず2の採用の秘密】なぜ若者は”み・らいず2”に集まるのか?(セミナーメモ書き)
神奈川県よろず支援拠点のセミナー「人が集まる会社の秘密~みんなが幸せになる職場の作り方教えます~助成金を有効利用して、社内環境の整備、社員がいきいきと働ける職場作りをしませんか!」に参加してきた。第1部は「平成30年度業務改善助成金」についてであったが、第2部はNPO法人み・らいず2執行役員兼一般社団法人FACE to FUKUSHI事務局長を務める岩本恭典氏より、NPO法人み・らいず2の採用についてのお話があった。
以下、セミナー内容のメモ書き。
・NPO法人み・らいず2は、大阪府、大阪府堺市、京都を拠点に、障害のある人、発達障害や不登校や引きこもりの子どもたち、高齢者への支援を行う団体である。「支援を必要としている人に支援を届け、必要な支援をつくり続けていくこと」をミッションとし、「だれもが、自分らしく地域で暮らせる社会」というビジョンの実現を目指して、育む事業(児童発達支援、大阪市不登校児童通所事業、課題早期発見フォローアップ事業)、学ぶ事業(個別学習塾・家庭教師派遣、放課後等デイサービス、堺市学習と居場所づくり支援事業)など6つの事業を展開している。正職員約30名、非正規職員約20名であり、直近の売上高は約3億円である。2012年より新卒採用を開始し、人手不足が特に深刻であると言われる福祉業界で、毎年一定数を採用している。
・岩本氏は、「人材がほしいと思ってから採用活動をしているようでは遅い」と言う。み・らいず2の活動は、200~300人の学生ボランティアによっても支えられている。そのボランティアを募集するために、み・らいず2の職員が関西圏の各大学に対し、「講義の最後の5分だけでよいので、み・らいず2のPRをさせてください」と電話で依頼をしている。現在では、年間100校ぐらいを訪問しているそうだ。こうした地道な活動によって集まった学生ボランティアは、1年生のうちからみ・らいず2の活動にかかわっていれば、4年間みっちりとみ・らいず2の理念を叩き込まれることになる。その学生ボランティアのうち、2~3割が会社説明会に出席してくれている。
最近、み・らいず2では中途採用も行うようになったが、一般的な中小企業と同じで、ハローワークに求人を出しただけでは満足な人材を採用することができない。そこで岩本氏は、学生ボランティアのネットワークを活用することができるのではないかと考えた。学生時代にみ・らいず2でボランティアをし、大企業に就職したものの、2~3年で退職してしまった人にアプローチする。彼らは既にみ・らいず2の理念も活動も十分に理解しているため、中途採用に至るケースがある。今後、こうした学生ボランティアのネットワークへのアプローチを強化する予定である。
・リクルーターから見ると、就職活動をしている学生は皆同じようなスーツを着て、同じような髪形をし、同じようなバッグを持っているため、見分けがつかない。そこで、学生の個性が見えるような工夫をしている。例えば、履歴書は一般の履歴書を使わず、「その人が写っている楽しそうな面白写真」を掲載する欄を設けたり、「好きな食べ物・その理由」、「好きな漫画・映画・本・小説などとその理由」を記入する欄を設けたりしている。以前は、「あなたをゴレンジャーに例えると何色ですか?」という質問欄を設けたこともあったそうだ。
・「2018年卒マイナビ学生就職モニター調査 3月の活動状況」によると、学生が企業を決める上で大切にしていることの第1位は「社員の人間関係がよい」ことである。また、「リクルートキャリア 就職白書2016」で、学生が企業を選ぶ時に最も重視した条件を見ると、就職活動が進むにつれて「一緒に働きたいと思える人がいるかどうか」が重視される傾向にある。
よって、み・らいず2の新卒採用では、学生に「このNPO法人は雰囲気がよさそう」、「このNPO法人で働くと楽しそう」と思ってもらうことに重点を置いている。まずは【①】ブランディングに注力している。約5年に1度のペースで、パンフレット、ロゴ、名刺、HPを一新している。その費用は約500万円であり、売上高約3億円のNPO法人にとって決して軽くない。だが、働いた経験がない学生は、結局のところ見た目でしか判断できないので、見た目を重視している。
とはいえ、デザイナーに丸投げするのではなく、職員たちが「自分たちのやりたいこと、事業にかける想い」を自由に語り、それをかっこよく表現してもらうようにオーダーを出している。また、自分たちのやりたいことは案外自分たちでも解っていないことから、デザイナーには職員から言葉を引き出してもらう役割も期待している。冒頭で、み・らいず2のビジョンは「だれもが、自分らしく地域で暮らせる社会」であると述べたが、当初は「だれもが、地域で当たり前に暮らせる社会」であった。ところが、「我々が目指すのは『当たり前』なのか?」という疑問が生じ、職員とデザイナーとの間で議論を深めた結果、「『自分らしく』地域で暮らせる社会」となった。
5年に1度ブランディングを刷新すると、それまで築いてきたブランドがゼロに戻ってしまうのではないかという質問が参加者から出たが、岩本氏は「み・らいず2のやっていること、核心は変わらないが、それが社会からどのように認識されるかは変わる。だから、社会の認識に合わせる必要がある」と語った。また、ブランディングを定期的に見直すことで、対外的にも対内的にも、「この法人は攻めている」という印象を与えることができるとのことであった。
次に、【②】①のブランディングと関連するが、会社説明会ではとにかく「楽しそうな動画」を流すことである。アップテンポの音楽と笑顔の写真を組み合わせて会社説明の動画を制作する。プロに依頼しなくても、Windows Movie Makerでそれなりの動画は作れる。セミナーではその動画も紹介されたが、岩本氏は「これを見ても、み・らいず2が何の事業をやっているか解らない。我々にも解らないのだから、学生が見たらもっと解らない」と自虐的に語っていた(笑)。だが、楽しそうな雰囲気が伝わることが重要であり、その点でこの動画が果たす役割は大きい。
【③】①②だけを読むと、中身を軽視して上辺だけを綺麗に整えているように思えるが、実際には中身の作りこみも行っている。み・らいず2では、新卒採用を若手職員に任せている。学生と若手職員は距離が近いため、学生には親しみを持ってもらえるし、入職後の仕事のイメージも湧きやすい。また、会社説明会では、若手職員が自分の仕事やキャリア、み・らいず2の理念を思い思いに語る機会が多い。上層部が理念などを画一的に語るより、若手職員が多少表現に粗があったとしても自分で考えた言葉で語る方が、学生の共感を呼びやすい。最近の学生は、理念、事業内容、製品・サービスよりも「どんな人と働くことになるのか」をよく見ている。
・み・らいず2では、「ペルソナ」を設定することで、ターゲットとなる学生増を具体化している。漠然と「中小企業への就職を希望する学生を採りたい」と考えるよりも、「理系出身で、地元の中小企業への就職を希望している学生を採りたい」と考えると、学生のニーズがより具体化される。前者であれば、「経営は安定しているか」、「業績は成長しているか」、「給与は年々上昇するか」といった程度のニーズしか想定できないが、後者になると「大学の選考で学んだことが活かせるか」、「転勤はないか」、「研究開発や新製品開発に積極的に投資しているか」、「エンジニア、設計開発者、研究職としてのキャリアパスはあるか」などといったニーズが想定される。ニーズが明らかになったら、そのニーズに合わせて企業側が適切な情報を発信する。
ここで、「メリット」と「ベネフィット」を区別することが重要だと岩本氏は指摘する。メリットとは、顧客にとってプラスに働く製品・サービスの特徴のことであり、採用の場面で言えば、学生にとってプラスに働く企業の特徴である。一方、ベネフィットとは、顧客が製品・サービスから得られる満足感や将来の期待感のことであり、採用の場面で言えば、学生が企業から得られる満足感や将来の期待感である。メリットは企業目線に立っているのに対し、ベネフィットは顧客(学生)目線に立っているという違いがある。企業は往々にしてメリットを強調するが、仕事経験がない学生は、そのメリットをベネフィットに転換することが難しい。そこで、企業側があらかじめその転換を済ませておくことがポイントである。例えば、以下のように転換する。
「研修制度が充実しています」⇒「資格を持っていなくても、働いてから資格が取れます」
「社員の仲がよいです」⇒「困った時に親身になって相談に乗ってくれます」
「産休・育休制度が整っています」⇒「子どもを産んでも働き続けられます」
メリットをベネフィットに転換することで、学生はその企業で働く姿を具体的にイメージすることができ、働く上での不安を減殺し、企業から得られる利益を明確に認識することができる。
ここからは私見。ペルソナはマーケティングでは有効だと言われているが、採用、とりわけ新卒採用においても有効かどうかは個人的には疑問である。マーケティングの世界では、製品・サービスの寿命が短くなっているから、新製品・サービスを開発するたびにペルソナを設定し、ターゲット顧客に確実に製品・サービスを提供して計画通りの収益を上げることが求められる。
だが、新卒採用で入社した社員は、長くその組織で働くことが期待されている。採用の段階でペルソナを狭く設定すると、入社後に事業内容が変更になった時に、新事業が求める人材像と採用時のペルソナがミスマッチを起こす恐れがある。み・らいず2では、職員の「やりたい」という気持ちを重視すると同時に、次々と新事業が生まれるというから、この点はなおさら心配である。新卒採用の段階では、「素直である」、「責任感がある」、「協調性がある」、「柔軟である」といった基本特性に注目すれば十分ではないかと考える(もっとも、ブログ別館の記事「『新しい産業革命―デジタルが破壊する経営論理(『一橋ビジネスレビュー』2016年AUT.第64巻2号)』」では、ターゲットを絞ってセンターピンを狙った方がかえって製品・サービスが多角化すると書いており、人材育成でも同様に、ターゲットを絞ってセンターピンを狙うと、将来的には多能工化する可能性がないとも言えない。この点については、今の私には明確な見解がない)。
もう1つつけ加えると、ペルソナを具体的に設定しているということは、それがそのまま応募者をスクリーニングする基準になるはずだが、み・らいず2では今のところそのような選別を行っていないそうだ。現状では、面接官が勘によって、「一緒に働きたい人」を選んでいる。それはそれで重要であるものの、採用する人材が同質化するという課題を抱えている。異質な人材を受け入れるためには評価基準を明確に定める必要があると認識しているところだそうだ。同じことは、入社後の職員の評価についても言える。現在は明確な評価基準がない。辞めていく職員を見ていると、み・らいず2のお祭り・サークルのような雰囲気に何となく合わない人が多い。すると、残った人が同質化していくという課題に直面する。
・み・らいず2は「雰囲気のよさ」を学生にアピールしている一方、実際には福祉業界の仕事は3Kと呼ばれるように、よいことばかりではない。入職後のリアリティ・ショックを防ぐために、学生に対してはよい面も悪い面もありのままに伝えるように心がけている。これを採用の世界では"Realistic Job Preview(現実的な仕事情報の事前開示)"と呼ぶ。元々は大企業向けに提唱されたコンセプトであり、殺到する応募者を初期段階でスクリーニングするために、自社の悪い点も正直に告白することが推奨されているというものである。ところが、み・らいず2や中小企業が大企業の真似をすると、誰も応募してこなくなる。そこで、み・らいず2では、選考プロセスの中盤から終盤にかけて、悪い情報を伝えるようにしている。その際、単に「こういう悪い点がある」と言うのではなく、「現在はこういう課題を抱えているが、課題解決に向けてこのようなことを行っている」、「一緒に課題解決をしてほしい」と伝えている。
・み・らいず2は、特に採用難と言われる福祉業界で、毎年新卒採用に成功しているという実績があるから、私が何かを指摘するのははなはだおこがましいのだが、最後にセミナーを聞いてみ・らいず2が抱えているであろう課題を挙げてみたいと思う。
①事業戦略の明確化=障害者は人口に対する割合がほぼ決まっており、突然増えたり減ったりはしない。その点で、市場規模は予測しやすいと言える。み・らいず2が中長期的にどの地域までカバーしたいのか、その地域では障害者支援サービスがどの程度充実しているのか、不足しているサービスをみ・らいず2が提供できるのかといったことを検討していくと、将来のみ・らいずの売上目標が見え、それに伴って必要な組織規模も判明する。その組織規模と現状とのギャップを明らかにし、その差を埋める施策を展開するという戦略的な活動が求められる。
②業務プロセスの標準化=職員がやりたいことを優先して次々と事業が立ち上がっているということだが、ややもすると業務が属人化している可能性がある。障害者支援の場合、例えば1時間サービスを提供するといくらの収入が得られるかは法律などによって定まっている。福祉業界に携わる人は奉仕の気持ちが強く、目の前の顧客のために採算を度外視してまでもサービスを提供しようとする傾向がある。しかし、NPO法人として安定的な収益を確保するためには、業務プロセスをある程度標準化することも必要になるだろう。
③行動規範の策定=み・らいず2にはミッション、ビジョンはある反面、バリュー(行動規範)がない。今までは「雰囲気重視」で皆仕事をしてきたものの、み・らいず2がミッションやビジョンを達成する上で、それぞれの職員が従うべき行動規範や価値観を明らかにすることが欠かせない。その行動規範・価値観は、採用時のスクリーニングや、職員評価の基準にもなる。もっとも、全職員が完全に同じ価値観を持つ必要はない。それでは、現在み・らいず2が直面している同質化と同じである。理想は、基本的な価値観は共有しているが、それ以外にも各職員が固有の価値観も持っているという状態である。端的に言えば「半同質/半異質」である。異質な価値観の衝突は緊張をもたらすけれども、同時に貴重な創発的学習の契機となる。
④スキルマップの策定と戦略的なジョブローテーション=み・らいず2の職員としてどのような能力を習得する必要があるのかを明らかにしなければならない。その人材要件に基づいて、それぞれの職員の現在の能力レベルをマッピングする。同時に、み・らいず2のそれぞれの事業内の各ポジションでは、どのような能力を習得することができるかを整理する。これらの情報に基づいて、職員1人1人が望ましい能力を習得するために、どの事業のどのポジションを順番に経験していけばよいのかというキャリアパスを描く。日本のキャリア開発の現場ではどうも、社員が自分のやりたいことを自由に構想すればよいと思われている節がある。しかし、本当のキャリア開発とは、組織の側が個人に期待するキャリアを提示することから始まり、それに対して個人が自分の欲求や家庭の事情などを踏まえてどう考えるかを議論するものである。