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新入社員が「即戦力」とか「3年でプロ」とか「自己実現」とか言ってはいけない
古川弘先生(東京都中小企業診断士協会城北支部・前支部長、享年67歳)との思い出
私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(1/3)

プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2015年06月22日

新入社員が「即戦力」とか「3年でプロ」とか「自己実現」とか言ってはいけない


 私が前職のコンサルティング・教育研修会社に転職したばかりの頃(2007年頃)の話である。当時、私はある総合商社で、海外戦略立案のコンサルティングプロジェクトに参画していた。顧客企業にとっても前職の会社にとっても非常に重要なプロジェクトであったことから、前職の会社の社長が自らプロジェクトの品質管理責任者として関与していた。

 ある日のプロジェクト会議で、顧客企業側の担当者が私のことを話題に挙げて、前職の会社の社長に向かってこう言った。「いやぁ、御社も谷藤さんのような若手が入社して、色々と期待することがあるんじゃないですか?」 すると、社長は驚くべきことに、「私は別に、彼に期待していることは何もないです」ときっぱり言い切ったのである。

 今となってこの言葉を再解釈してみると、半分は正しく、半分は間違っていると思う。間違いだと思う第一の理由は、社長の言葉が当時の私のモチベーションを大きく下げたことは想像に難くないからである。だが、それ以上に間違っていると思うのは、顧客企業の前でこんなことを言ってしまうと、顧客企業は「自分のところで何も期待していないような低レベルの人材を我が社によこして、しかも高いコンサルティングフィーを要求するのか?」と疑念を抱くかもしれないためである。

 それでも半分は正しいと思う理由は、社長からすれば、入社したばかりの20代中盤の若僧に期待できるパフォーマンスなど、確かに存在しないからだ。最近は新入社員であっても即戦力と見なして、すぐに高い成果を要求する企業が増えている。採用面接では、学生時代にどんな成果を上げたかを質問し、学生が持っているコンピテンシー(ハイパフォーマンスにつながる行動特性)を明らかにしようとする。しかし、学生時代の経験をいくら掘り返したところで、コンピテンシーなど解るはずがないのではないかと私は思ってしまう。

 大部分の学生が経験しているのは、アルバイトやサークル活動など、必ずしも責任ある成果を要求されない活動ばかりである。もちろん一部には、ゼミや試験など、成果を上げなければならない活動もある。しかし、学生の場合は個人で頑張れば成果が出るわけであって、チーム・組織で成果を上げなければならない企業とは根本的に異なる。だから、学生に入社後にすぐに通用するような高い能力を要求するのは、はなから無理な話なのである。

 学生の経験と企業の活動に共通点があるとすれば、コミュニティの維持、仲間との協調である。平たく言えば、周りの人たちと上手くやっていけるか?ということだ。これは特殊な能力が必要なわけではなく、人間として基本的な行動様式に他ならない。困っている人がいたら助けられるか?自分が困った時に周りの人に助けを求められるか?年上の者を敬うことができるか?年下の者を教え導くことができるか?といったことが問われる。さらに、挨拶をする、整理整頓をする、掃除をするといった、コミュニティ環境をよく保つための行動も含まれるであろう。新卒採用では、学生がこういう行動様式を持っているかを見極めることこそが重要であると考える。

 即戦力に関連してもう1つつけ加えると、人事部は新入社員に対してしばしば、「3年で1人前のプロフェッショナルになれ」と要求する。しかし、これにも待ったをかけたいと思う。プロフェッショナルは3年でなれるほど簡単なものではないはずだ。プロの音楽家やスポーツ選手を対象とした研究によると、プロになるには最低でも10年の練習が必要という「10年ルール」があるそうだ。だが、そんな研究を持ち出すまでもなく、プロの世界が甘くないのは自明の事実である。

 第一、3年でプロになれるような”簡単な”仕事は、早晩海外にアウトソーシングされるに違いない。そんな仕事を若手社員にやらせておいて、企業のコスト負担が重くなったら、若手から仕事を取り上げて海外に移転させるような企業が、社会的責任を果たしていると言えるだろうか?企業は10年単位で習熟が必要な仕事を若手社員に任せてあげてほしい。若手社員も3年で成果が出ないからといって、「もっと自己成長させるため」などという理由で転職せずに、我慢強く仕事を続けてほしい。清水建設の宮本洋一社長は、『致知』2015年6月号で次のように述べている。
 「入社して最初の5年間は会社に負担をかける存在でも構わない。次の5年間は成功もするけど失敗もする。そして、10年経ったら会社に貢献する人間にならなければならない」 これはいま私が若い社員によく言っている言葉だ。(中略)20代の10年間で一番必要なのは、この姿勢を身につけることだと思う。
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 マズローの欲求5段階説がよっぽど人気があるのか、「自己実現」という言葉もよく耳にする。企業は社員が自己実現をする場である、そのために社員は企業を利用するぐらいの気概を持ってほしい、などと言われる。しかし、先日の記事「竹内洋『社会学の名著30』―「内部指向型」のアメリカ、「他人指向型」の日本、他」でも書いたように、日本とアメリカの宗教的な背景の違いを理解する必要があると思う。他者との関係においてのみ自己を規定することができる日本人は、欲求5段階説の最上位に自己実現ではなく、他者貢献を持ってこなければならないと考える。

 野村克也氏の楽天監督時代に戦略コーチを務め、現在も楽天でヘッドコーチを務める橋上秀樹氏の『野村の「監督ミーティング」』を読むと、自分の実力を頼みにしているように思われるプロ野球選手であっても、他者との関係の間に生きていることが解る。

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 「結果を出している」というのは選手自身の自分への評価であって、「監督が下した評価」ではない。このように人生とはいつも、「他人の評価から逃れることができないものである」という心理に気づいていないのである。そんな不満をもつくらいなら、本来、どうやったら「監督の評価」を上げることができるかを考えるほうがその選手のためでもある。
 野村監督はミーティングを通して常々、「自分がどういう駒だったら、野球選手として生き残っていけるかをしっかり考えなさい」と指導していた。これは、監督の言葉のなかで、もっとも私を救ってくれた言葉だったかもしれない。
 「組織の駒になることが辛い」と漏らす人がいる。しかし、よくよく考えてみると、組織の駒になることほど恵まれていることはないのである。なぜならば、その人は少なくとも組織からは必要とされているからだ。日本人は自己実現などと安易に口にせずに、他者との関係をもっと重視し、どうすれば組織、さらには組織の先にいる顧客に十分な貢献ができるかを必死に考えた方がよい。組織の駒になることをむしろ歓迎しなければならない。

 組織の駒になるということは、優越感を捨てることである。自分よりも組織や顧客の方がずっと偉いと考えることである。だから、日本人は劣等感からスタートする。とはいえ、悲観的になる必要はない。劣等感からスタートしても、結局は様々な能力を身につけられることは、以前の記事「『一を抱く(『致知』2015年4月号)』―「自分の可能性は限られている」という劣等感の効能について」で書いた。劣等感は自己を成長させる重要な源泉である。
 そのためにはまず、「自分たちは弱いんだ」ということをはっきりと認識させるところから始める。ミーティングを通じて、自分たちはリーグのなかでも非常に弱い、その事実を認識させるのだ。それがわかってくると、変化の必要性を各自、心の底から感じられるようになってくる。
 最後に、即戦力にもならず、プロになるまでに10年ぐらいの時間がかかるような学生の採用をなぜ企業がしなければならないのか?という、あまり考えられていなさそうな問いを考えてみたいと思う。企業を取り巻く事業環境はますます厳しくなり、短期的な成果へのプレッシャーが高まっている。企業経営者は、すぐに結果を出すためであれば、育成に時間がかかる若手よりも、既に一定の能力を持った中堅・ベテランを転職市場から獲得した方が手っ取り早いはずだ。

 新卒採用市場における求職者数は100万人足らずであるのに対し、中途採用市場における求職者は255万人と言われている。わざわざ少ない市場から採用する必然性は低いようにも思える。しかし、1社、2社ならともかく、全ての企業が同じような行動に走ったらどうなるだろうか?毎年一定の数が供給される新卒採用市場(もちろん、少子化の影響で減少していくが)に比べて、中途採用市場においては、企業が採用競争を繰り広げれば広げるほど、ターゲットが減っていく。すると、採用コストや転職者に支払う給与が高騰し、やがてシステムが破綻する。

 もう1つ重要なことは、システムが破綻する頃には、中途採用に押されて就職できなかった若手が相当数生まれるという点である。彼らの多くは非正規雇用に甘んじ、不安定な収入を強いられる。そういう人々が一定数に上ると、社会不安が高まることは、EUなどが証明済みである。EUの若者は、人件費の安い移民の流入によって雇用を奪われたとして、しばしば暴動に走る。

 別の見方をすると、中途採用はその人に対する教育投資を節約したことを意味し、教育投資を転職前の企業に転嫁したとも言える。言葉を変えれば、他社の教育訓練にフリーライドしたことになる。中途採用が活発化するということは、そういうフリーライドが横行することでもある。すると、企業はお互いに疑心暗鬼になり、どうせ将来的にどこかの企業にフリーライドされるくらいならば、最初から自社でまともに教育訓練などしない方がましだと考えるようになる。その結末として、どの企業も人材育成に十分な投資をしなくなるため、産業全体の競争力が削がれる。

 企業が中途採用に走ることは、このような社会リスクをはらんでいる。よって、時間がかかっても、すぐに即戦力にならなくても、企業は新卒採用をしなければならないのであり、それは一種の社会的責任とも言えるだろう。

2014年11月23日

古川弘先生(東京都中小企業診断士協会城北支部・前支部長、享年67歳)との思い出


 東京都中小企業診断士協会には、エリアに応じて6つの支部があり、私はその中でも城北支部(板橋区・練馬区・台東区・荒川区・北区がテリトリー)に所属している。今月最も驚いたのは、昨年まで3年間城北支部長を務められた古川弘先生が、脳内出血のために19日に亡くなったことだ。享年67歳。あまりに早すぎる訃報に、言葉が出なかった。

 古川先生は支部のトップであったから、私のような一介の診断士がやすやすと接することは憚られたのだが、6支部中最も人数が少ない城北支部は、アットホームな雰囲気を目指しており、お互いの顔が見える支部にしたいという方針もあってか、古川先生の方から私に何度か声をかけていただいたことがあった。本当にありがたい話である。

 2011年7月に独立した当時、私はそもそも中小企業診断士として活動していくつもりではなかった。だから、城北支部の色々な会合にも、全くと言っていいほど顔を出していなかった。当面は前職で担当していた顧客企業の一部をそのまま引き継がせてもらえることになっていたから、数年はそれで食いつないでいけるだろうと思っていた。ところが、2012年8月に体調を崩し、1か月以上もの間入院をしてしまった。さすがに、1か月以上も仕事に穴を開けてしまうようなヤツに仕事を頼んでくれる情の深い顧客企業はなく、私は一時期ほぼ全ての仕事を失った。

 退院後もいきなりバリバリと営業ができるような状況ではなかったので、せっかく取った診断士の資格を活かしてせめて人脈作りをしようと、城北支部が定期的に開催していた研修会に出席した。そこには古川先生も参加されていた。研修会後の懇親会では、自己紹介で自分を売り込むために、実は退院したばかりであること、今は仕事がなくて探している最中であることを正直に告白した。だが、そういう”難”がある人間にわざわざ好き好んで近づいてくる先生もいなかったし、私の人見知りも手伝って、目論んでいた人脈作りは難航した。

 すると、古川先生の方から私のところにいらっしゃって、一言「身体には気をつけるんだよ」と声をかけてくださった。たったそれだけではあったけれども、わざわざ支部長が話しかけてくださったことが非常に嬉しかった。城北支部は支部長と会員との距離が近いと噂では聞いていたが、まさにこれがそのことなのか、と思った記憶がある。

 古川先生には、仕事の工面をしていただいたこともある。ある日突然、めったに鳴らない自宅の固定電話が鳴ったかと思ったら、相手は古川先生だった。「谷藤先生、今何している?こんな仕事があるんだけどどう?」その仕事は私にとって未知の領域であったが、これも何かの縁だと思い、喜んで引き受けた。いざ現場に行ってみると、周りは私の親ほど年が離れた診断士の先輩ばかりであった。おまけに、今まで経験したことがない業界の知識や、中小企業政策に関する知識も必要な、結構大変な仕事だった。しかし、非常にいい勉強をさせてもらうことができた。

 何でこんな仕事を30代前半の若い私(世間一般にはもう若くないのだろうが、診断士の世界では30代なんていうのはペーペーである)にやらせてくださったのか?と古川先生に聞いたことがある。すると先生は笑いながら、「支部会員の名簿を、アイウエオ順の逆でワ行から順番にたどって行ったら、谷藤(やとう)先生に当たったんだよ」とおっしゃっていた。もっとも、それは冗談半分であり、私は古川先生が若い先生にどんどん仕事を振っているのを見ていた。だから、先生は私にも新しい仕事にチャレンジさせたいとお考えになったに違いない。

 東京協会の各支部には、独立プロコンを養成する「プロコン塾」があるところが多い。ところが、城北支部にはプロコン塾がなく、長年の懸案事項となっていた。それを昨年実現させたのが古川先生である。私も、人材育成のコンサルティングをやっている経験を買われて、プロコン塾の企画立案に携わらせていただいた。古川先生は自ら塾長になるとともに、講義も担当された。

 企画会議や講義で古川先生がいつも強調していたのは、「プロフェッショナルとは境界を知ることである」ということだった。どんな原理・原則も万能ではない。その原理・原則が成り立つための前提条件とは何なのか?その原理・原則が通用する状況とは具体的にどのようなものか?これらの点を突き詰めて考える必要がある。それが解らないうちはプロフェッショナルではない。そういう境界をわきまえずに、原理・原則が万能であるかのように思い込んで、顧客企業をミスリードし、結果的に顧客企業に大きなリスクを負わせるようなことだけは絶対に避けなければならない。これが古川先生の一貫した主張であった。

 古川先生はもともと、鉄鋼関係の製造現場上がりの方である。目的とする加工を実現するためには、原材料の量や投入タイミング、作業方法や手順など、様々な条件を調整しなければならない。また、1か月の目標生産量を達成するためには、原材料の調達、作業員の配置、製造ラインの配置、機械の稼働率など、より複雑な条件を最適化することが求められる。特定の結果は、十分に調整された状況の下でしか生まれない。このことを身をもって実感しているからこそ、前述のような教訓が生まれたのではないだろうか?先生の教えを胸に、合掌。

2014年08月25日

私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(1/3)


 現在、創業希望者を対象としたキャリア開発のセミナーコンテンツを製作中である。その中で、「自分がよりどころとしている価値観」を棚卸しするワークショップを開発しているのだが、そのワークに沿って、改めて私自身の価値観を見つめ直してみた。価値観とは、仕事をはじめとする人生の中で自分が大切にしているルールや、これだけは絶対に譲れないという原理原則、何らかの重要な意思決定を下す際の判断基準のことである。

 人は、何か重要な出来事を経験すると、自分が大切にしている価値観に気づくものである。その出来事は自分自身に降りかかったものでなくてもよい。他人の出来事、特に他人の失敗から学ぶことも多い。他人の失敗から学ぶことのメリットは、教材が身の回りにたくさん転がっていること、そして自分は痛手を被らなくてもよいことである。

 私の価値観については、以前に旧ブログで何度か書いたことがある。今回再整理した価値観は、それと重なるものもあれば、新たに追加されたものもある。

 年明けということで、改めて自分の価値観を棚卸ししてみた
 創業半年超でようやく形になりつつあるオフィス・エボルバーのビジョン
 オフィス・エボルバーのビジョン(ドラフト)の補足(1)(2)
 いたずらに新しさを追求することに果たして意味はあるのか?という疑問―創業1周年に寄せて(1)
 「日本らしい経営」を探求する必要性~創業1周年に寄せて(2)
 人材の採用に対する私の考え方~創業1周年に寄せて(3)

(1)努力に惚れるのではなく、成果が出る努力をする。成果が出なければ努力を諦める。
 以前のホンダのCMで、「頑張っていれば、いつか報われる。持ち続ければ、夢は叶う。そんなのは幻想だ」というメッセージがあり、痛く共感した覚えがある。努力と成果は必ずしも比例関係にない。それどころか、努力していれば、多少成果が出なくても免罪されると考えている人がいるのは非常に残念なことだ。シリーズ「【ベンチャー失敗の教訓(全50回)】」で何度も書いたが、私の前職の企業の人は、そんな幻想にとらわれた人ばかりであった。

 彼らは、何年経っても利益が出ない研修サービスに拘泥していた。開発責任者だったマネジャーは「何でこんなに頑張っているのに、数字がついてこないのだろう?」とよくこぼしていた。しかし、私に言わせれば「努力の方向性が間違っていたから」に他ならない。研修コンテンツを修正してばかりでいつまでもサービスとして完成しないし、何よりも修正の仕方が独り善がりで顧客のニーズを反映していなかった。

 講師は講師で、プロモーション目的と称して人事担当者向けに体験セミナーを開催していたが、何年も受注につながっていなかった。途中からマーケティング業務を兼務した私は、成果が出ていないならそんなセミナーはやめた方がいいと提案した。ところがその講師は、「セミナーをやっていれば自分の勉強になるから」と言って聞かなかった(私が中止したセミナーを、影でひっそりと復活させていたこともあった)。一体、何年自分の勉強を続ければ気が済むのだろうか?

 ある中小企業診断士の先輩に、「プロフェッショナルとは『正しい努力』を『怠らずに継続する』人のことだ」と教えてもらった。単に継続するだけでは、およそプロフェッショナルとは言えない。そして、もう1つつけ加えるならば、努力の方向性が正しくないと解った時には、潔くその努力を放棄することも、プロフェッショナルの必須条件である。サンクコスト(埋没費用)に心を奪われているうちは、いつまで経っても新しい道に進むことができない。

(2)自分が愛する製品・サービスを顧客に提供する。
 これも「【ベンチャー失敗の教訓(第10回)】自社ができていないことを顧客に売ろうとする愚かさ」で書いたことだが、顧客に自社の製品・サービスを勧めるためには、まず自分自身がその製品・サービスの熱心なファンになっていなければならないと思う。売り手が効果や性能に疑問を抱いている製品・サービスを顧客に売りつけるのは、詐欺行為以外の何物でもない。

 前職の会社ではいろいろな研修メニューがあったが、私が5年半の在籍期間中に顧客に提供したのは、ビジネス・プロセス・エンジニアリング(BPR)研修だけである。これは、入社直後にあるメーカーの設計部門を対象に実施したBPRのコンサルティングの失敗経験が元となっている。

 当時の私にはBPRの知識が十分備わっておらず、苦汁を舐めた。自社の研修メニューにBPR研修というものがあることを知ったのは、プロジェクト終了後であった。私は研修の有用性を実感するとともに、プロジェクト前にこの研修を知っていたら、もっと上手く仕事ができたのにと後悔した。この体験があったからこそ、この研修を多くの人に知ってもらいたいと思うようになった。

 ちなみに、BPR研修は、単に業務プロセスを描くだけの研修ではない。経営ビジョンや事業戦略を整理してビジネスモデルをデザインする、業務プロセスを支えるITや教育・評価制度などといった仕組みを構築する、施策の効果を定量化してモニタリングする、といった内容が含まれる。言い換えれば、経営全般を上流から下流まで一貫性のある形で俯瞰することができる研修であった。これを現場社員向けに実施すると、短期的な現場の視点からではなく、中長期的な経営の視点から物事を考えることが可能になる。

(3)自分の実力を120%出さないとできない仕事を引き受ける。
 1流の営業担当者は、自社の実力を100%出さないとできない仕事を受注する。だが、それだけでは自社の強みをそれ以上磨くことができず、成長が止まってしまう。そこで、超1流の営業担当者は、自社の実力を120%出さないとできない仕事を受注してくる。あるコンサルティング会社は、自社のコンサルタントを育成する目的で、敢えてトヨタ自動車の案件を狙ったことがあるそうだ。トヨタ自動車はお金にも品質にも異常なまでに厳しい。それでも、報酬以上に得られるものが大きいと判断した結果である。

 これに対して、3流の営業担当者は、自社の実力とは無関係に、顧客に言われるがままに何でも受注してくる。超1流と3流の違いは紙一重である。その違いは、自社の組織能力に対する厳しい自己認識があるかどうかだ。自社のケイパビリティがどのレベルにあるのか解らなければ、受注を目指している仕事が自社の能力を何%ぐらい必要とするのか判断することができない。その判断ができない3流の営業担当者は、顧客の要望を安請け合いして、社内を混乱させる。

 前職の企業では、自社の研修メニューに存在せず、かつ自社サービスとシナジーが薄い営業研修などを無理やり受注してくる営業担当者がいた。自社ではどうしようもないので、営業担当者が外部の研修会社に頼み込んで、研修を実施してもらっていた。これでは、前職の企業は研修会社と顧客の間に入り込んでいる単なる中間業者であり、何のバリューも発揮していない。むしろ、前職の企業が1枚噛んでいることで、顧客に余計なマージンを請求していることになる。

 また最近も、エクセルの統計処理が全く解っていないのに、大規模な市場調査案件を受注してきたコンサルタントがいた。結局、後から私がその案件に入って分析作業をしたのだが、もしも私がいなかったらどうするつもりだったのだろうか?中小企業診断士の中には、国や都の補助金の中身を十分に理解しないまま、中小企業に補助金を勧める人がいる。後になって、補助が受けられると思っていた経費が補助対象外と解り、トラブルになったという話をしばしば耳にする。

 (続く)


《2014年9月13日追記》
 (2)に関連して、『致知』2014年10月号の記事「対談 老舗の志を継ぎ和食文化を後世に」(村田吉弘、高津克幸)から、菊之井3代目主人・村田吉弘氏のエピソードを紹介したい。
 その頃、親父の友達の京料理・たん熊のご主人が時々寄ってくださっていました。いつもカウンターの端に座ってビールを2本ほど飲みながら、「適当に何か出してみいな」とおっしゃるんです。春先だったので木の芽和えを出して「それ甘ないですか」と聞いたところ、「甘いと思ったら、甘ないもん出さんかい」と。

 「それ親父のレシピで作っているんです。親父と同じようにやらへんかったら、菊之井の味にならんと思いまして」と説明しかけたら、「お前はアホか」と怒られましてね。「自分がうまないと思っているものを人に出してどうする。自分がうまいと感じたもんを出して店が潰れるなら納得いくけれども、うまないと思っているものを出して立ちいかんようになったらどうするねん」と。この一言には目が覚める思いがしました。
致知2014年10月号夢に挑む 致知2014年10月号

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