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『続ける力(DHBR2017年2月号)』―経営者がやるべき100のリスト(ベンチャー企業の失敗を教訓に)
中小企業診断士を取った理由、診断士として独立した理由(3)【独立5周年企画】
【ベンチャー失敗の教訓(第50回終)】会社の借金を管理職に背負わせて人生を狂わせたY社

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


◆別館◆
こぼれ落ちたピース
所属組織など
◆個人事務所「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ


(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長、および国際部員を務めています)

NPOビジネスサポート特定非営利活動法人NPOビジネスサポート
(監事を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

Experian海外企業信用調査 海外企業信用調査(Experian)
(一緒にお仕事をさせていただいている「コンサルビューション株式会社」は、世界最大の信用調査会社Experianの正規代理店です)

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(以下の資格の講師をしています。
 ―ITパスポート
 ―情報セキュリティマネジメント
 ―経営学検定(初級・中級)
 ―中小企業診断士(企業経営理論、経営情報システム、中小企業経営・中小企業政策)
 谷藤友彦と株式会社サイトビジット代表取締役・鬼頭政人氏の対談動画(1)(2)(3)
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2017年02月08日

『続ける力(DHBR2017年2月号)』―経営者がやるべき100のリスト(ベンチャー企業の失敗を教訓に)

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ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 02 月号 [雑誌] (続ける力)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 02 月号 [雑誌] (続ける力)

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 以前の記事「『青雲の志(『致知』2017年1月号)』―人間は利己的であるべきか、利他的であるべきか?、他」、「【現代アメリカ企業戦略論(補論)】日本とアメリカの企業戦略比較」で書いたことの繰り返しになるが、アメリカ人は将来的に実現したい大きな目的を明確に設定し、その目的と因果関係の強い少数のCSF(Critical Success Factor:重要成功要因)やKPI(Key Performance Indicator:重要業績指標)を特定して、CSFの達成度合いやKPIの数値の推移をモニタリングする。一方の日本人は、大胆で明快な目的を立てるということをそもそもしない。ただし、目標管理はしっかりとやる方で、アメリカ人よりもはるかにたくさんの目標を設定する。その1つ1つは小さいものだが、目標が束になると将来的に望ましい状態に至ると信じている。

 『致知』や『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』などで日本企業の様々な経営者のインタビュー記事を読んで感じるのは、高業績企業の経営者は「当たり前のことを1つ1つ当たり前にやる」ということを愚直に実践しているということである。本号にも、創業500年を誇る老舗の和菓子屋である虎屋の代表取締役・黒川光博氏の次の言葉がある。
 変えてほしくないのは、働いている社員の「芯」にあるものです。(中略)全力を尽くして、誠実に事に当たってほしい。そういう人が集まる会社でありたい。
(黒川光博「【インタビュー】誠実さがあってこそ事業は続く 伝統より「いま」と向き合う」)
 私は、ここ10年ほど「革新」という言葉をみずからは使っていません。「革新」と言えるほど思い切ったことは、はたしてどれくらいあるかと考えると、そうたくさんはないと思ったからです。そんな大層なことの前に、いまのお客様のために何をするのかを考え、即座に実行していく。それは必然であって革新ではないと思うからです。(同上)
 言い換えれば、目標を細分化して達成しやすくし、それらの積み重ねていけば自ずとよい成果が自らの方に引き寄せられる。目標と成果の因果関係はアメリカほど明確ではない(むしろ非常に曖昧である)が、日本の場合はそれでもよしとされる。この「目標の細分化」は、本号の特集テーマである「続ける力」=習慣化にとって非常に重要である。
 「社内で営業成績が一番になる」という報酬は大きすぎる例である。そこで、もう一度勝利条件を変更し、「大きな報酬」を「小さな報酬」に変換することが大切となる。

 たとえば「毎日、顧客の訪問件数を1件増やす」という小さな報酬で十分である。その場合、「訪問件数を1件増やすにはどうすればいいのか」という「小さな問い」が生まれやすい。「小さな問い」ができれば、好奇心に導かれて「行動」に至り、想定していた結果が得られること―求めていた「報酬」につながれば、また次の「小さな問い」が生まれる。このきっかけ→行動→報酬→きっかけというループが回ることで、継続と成長の習慣が生まれる。
(石川善樹「アスリートに学ぶ「勝利の習慣」 継続とは「小さな問い」を立てること」)
 もちろん、たくさんの小さな目標を設定することには、リスクもある。一番解りやすいのは、目標が多すぎるがゆえに、一部の目標が達成できないというリスクである。これに対して石川氏は、必ずしも完璧主義者になる必要はないとアドバイスする。「雨が降ったら運動しなくてよい」、「飲み会が入ったら勉強しなくてよい」といったように、ルールを見直すことが重要であるという。それから、目標を設定したという事実に満足してしまい、その後のアクションに結びつかないという問題もある。心理学ではこれを「偽りの希望症候群」と呼ぶそうだ。例えば、「英語を話せるようになりたい」という目標を持つと、脳がそれだけで気持ちよくなって、満足感を覚えてしまう。そういう場合には、続ける理由を発見することがポイントとなる。

 以前の記事「ケリー・マクゴニガル『スタンフォードの自分を変える教室』―経営に活かせそうな6つの気づき(その1~3)(その4~6)」でも書いたが、目標を達成すると、別の目標で手抜きをしたくなる誘惑にかられることがある。手抜き程度ならまだましなのだが、目標達成の反動で、反倫理的、反社会的な行動に手を染めることがある。簡単な例で言うと、「今日はいつもよりもたくさん顧客企業を訪問したから、道に落ちている千円札を拾って自分のものにしても構わないだろう(その千円札は、目標を達成したご褒美だ)」などと考えることである。

 こうした倫理・道徳からの逸脱を厳しく諫めているのが、「破壊的イノベーション」で知られるクレイトン・クリステンセンである。彼の「「人生のジレンマ」を克服するために プロフェッショナル人生論」という論文は、クリステンセンがハーバード・ビジネス・スクールの卒業生に贈った言葉である。この論文を読むのは実は今回で3回目なのだが、ようやくその内容が腑に落ちるようになってきた。クリステンセンは、人生における重要な3つの質問について、経営学・経済学の知見を活かしながら答えている。その3つの質問とは、①どうしたら幸せなキャリアをしっかりと歩めるか、②どうしたら伴侶や家族との関係を揺るぎない幸福の源にできるか、③犯罪者にならないためにはどうしたらよいか、というものである。

 ③に関して、クリステンセンは経済学の「限界費用」という概念を持ち出す。企業が投資の選択肢を評価する際、埋没費用や固定費は無視して、個々の投資に伴う限界費用と限界収益に基づいて意思決定する。人が悪事の誘惑にかられる際、頭の中では、「いけないことだと解っているけれども、今回1回だけなら許されるだろう」と考える。つまり、限界費用は小さいと見積もる。ところが、その道が最終的にどこに至るのか、その1回の選択から生じる総費用について思いをめぐらすことがない。これが犯罪者へと転落するパターンである。

 クリステンセンは、埋没費用の話をする際に、オックスフォード大学でバスケットボール部に所属していた時代のことを引き合いに出す。クリステンセンは敬虔なクリスチャンであり、毎週日曜日には必ず教会に通っていた。ところが、ある重要なバスケットボールの試合が日曜日と重なってしまった。しかも、クリステンセンはセンターとして先発出場することになっていた。バスケットボールの試合を取るのか、教会を取るのか?クリステンセンが出した答えは後者であった。
 しかし振り返ってみると、「この状況なら一度くらい許されるだろう」というこの誘惑に打ち勝ったことが、私の人生で最も重要な判断の1つであったことは間違いない。なぜかというと、人生は「例外が許されてもいい特別な状況」が果てしなく続くものだからである。私がその一度だけ足を踏み外していたら、その後の人生で繰り返し同じことをしていたに違いない。
 クリステンセンの選択は、社会的、道徳的な問題ではないから、この例はやや極端であるという印象は否めない(もちろん、敬虔なクリスチャンであったクリステンセンにとっては、この問題が非常に道徳的な問題だったのかもしれない)。しかし、反倫理的、反社会的な誘惑を断ち切るには、このぐらいの厳しさが必要であることを教えてくれる。一般論としては、一部の目標を達成できなくても、我々は完璧主義者ではないから悲観する必要はないだろう。だが、こと倫理や道徳に関連する問題に限っては、潔癖で完璧主義を貫かなければならない。

 ここまで、「小さな目標をたくさん積み重ねることが重要である」と書いてきた。では、その「小さな目標」とは具体的に何なのかについて、ある程度私の見解を述べておく必要があるだろう。体系的に考え出すとおそらくキリがないに違いないが、私は4年前に「【シリーズ】ベンチャー失敗の教訓(全50回)」という記事を書いた。この記事の内容を裏返せば、経営者がなすべきことが見えてくるだろう。以下、思いつくままに列挙してみる。

 (1)毎日、経営ビジョンの内容を自分なりに解釈する。
 (2)毎日、経営ビジョンの内容を社員に語りかける。
 (3)経営ビジョンに関する社員の解釈を経営ビジョンの内容に反映させる。
 (4)重要顧客とは定期的に会い、潜在ニーズを把握する。
 (5)最重要顧客との商談では、経営者自らがクロージングを行う。
 (6)製造現場を直接目で確認し、問題点を指摘する。
 (7)品質に関する重要な指標をモニタリングし、問題の早期解決を図る。
 (8)新製品・新規事業開発の際には、事前に十分なフィージビリティスタディを行う。
 (9)外注・パートナー頼みのビジネスモデル、事業計画を立案しない。
 (10)事業・組織規模、身の丈に合ったオフィスを選択する。
 (11)秘書、顧問、間接部門は最小限にとどめる。
 (12)お酒で失敗しないよう、お酒の量を控える。
 (13)顧客に対して、製品・サービスなどに関する情報を密に発信する。
 (14)顧客から、製品・サービスに関するフィードバックを受ける。
 (15)一般常識に従って、社会人として恥ずかしくない行動をする。
 (16)毎日、自社の行動規範の内容を社員に語りかける。
 (17)社員の行動が行動規範に則っているかチェックする。
 (18)行動規範に合致した行動は褒め、合致しない行動はすぐさま是正する。
 (19)自社が買いたいと思う製品・サービスを開発する。
 (20)事業間・製品間のシナジー目標を設定する。
 (21)事業間・製品間シナジー目標の責任者を任命する。
 (22)事業間・製品間シナジー目標をモニタリングし、問題の早期解決を図る。
 (23)野心的・非現実的すぎる事業目標を設定しない。
 (24)事業目標を達成するシナリオを社員に提示する。
 (25)競合他社を特定し、その強みやビジネスモデルを把握する。
 (26)競合他社との差別化ポイントを簡潔に示す(3つ程度)。
 (27)資金調達の目的を明確にする。
 (28)目的に合致した最適な資金調達手段を検討する。
 (29)顧客からの面倒な要望を嫌がらない。
 (30)多品種、少量、異形、不定期、低頻度に対応する。
 (31)新製品・新規事業開発の際には、投資対効果を算出する。
 (32)新製品・新規事業開発の際には、前提を変えて数パターンの投資対効果を見積もる。
 (33)新製品・新規事業開発の際には、撤退基準を設定する。
 (34)新製品・新規事業の開発にずるずると追加投資しない。
 (35)顧客のポートフォリオ管理を行い、ランク分けする。
 (36)それぞれの顧客からの期待売上を基に次年度の予算を立案する。
 (37)(23)の目標と(36)の予算とのギャップを埋める現実的な施策を立案する。
 (38)リストラ(人員削減)をする際には一発で終わらせる。
 (39)リストラによるコスト削減だけでなく、その後の売上回復シナリオも描く。
 (40)社員に企業の重要な業績指標を公開する。
 (41)業績指標や財務諸表の読み方について社員にトレーニングを行う。
 (42)製品ごとの原価と利益を見える化する。
 (43)目に見えないサービスの場合、サービスの効果を可視化する。
 (44)外注先とはコミュニケーションを密にして基本的な価値観を共有する。
 (45)外注先と価値観が対立したら、その解消に乗り出す。
 (46)製品・サービスのコアを見極め、コアだけは必ず自社で製造・提供する。
 (47)アウトソーシングした場合は、将来的に価格競争に突入することを覚悟する。
 (48)新製品を開発する際には、見込み顧客の具体的なニーズから出発する。
 (49)新製品を開発する際には、ターゲット顧客層を明確にする。
 (50)ターゲット顧客層は一定のボリュームが存在することを確認する。
 (51)見込み顧客が声に出さない潜在的なニーズを拾い上げる。
 (52)顕在ニーズと潜在ニーズを合わせて、トータルの顧客価値をデザインする。
 (53)顧客価値に見合う適切な価格を設定する(安易な安売りは悪)。
 (54)顧客を100%満足させるためには、120%の力を出し切る。
 (55)顧客から無理難題を突きつけられても、顧客の悪口は絶対に言わない。
 (56)マネジャーの役割と責任を明確にする。
 (57)マネジャーには、部下が迅速に仕事をできるよう、権限委譲する。
 (58)会議は予定時刻通りに開始する。
 (59)会議は予定時刻通りに終了する。
 (60)会議の主催者が責任を持ってアジェンダと討議用資料を準備する。
 (61)会議では参加者全員に発言させる。
 (62)会議終了時には、終了後のアクションとその責任者を特定する。
 (63)営業で失注したら、敗因分析を行う。
 (64)失注は学習の機会であり、失敗ではないという組織風土を醸成する。
 (65)標準営業プロセスを確立し、属人化を防ぐ。
 (66)営業プロセスの進捗度合いをモニタリングする指標を開発する。
 (67)自社や製品の認知度を維持・向上するためのメディアミックスを検討する。
 (68)値下げを営業担当者任せにしない。自社としての値引き率の上限を決める。
 (69)社員が多様なスキルを身につけられるようなトレーニングを実施する。
 (70)人事評価はこまめに行う。
 (71)社員を採用する際には、求める人材要件を明確に定義する。
 (72)社員の採用にはできるだけ多くの人を関与させ、直観で判断しない。
 (73)新卒採用では、基本的な性格(素直さ、責任感、コミュニケーション)を重視する。
 (74)中途採用では、前職と自社の価値観の対立をマネジメントできる人材を重視する。
 (75)相性のよさではなく、能力の補完関係を考慮してチームを結成する。
 (76)タスクフォース、委員会、分科会、分社化など、組織の細分化は極力避ける。
 (77)部門横断型組織を兼任メンバーだけにしない。必ず専任メンバーを入れる。
 (78)社員の遅刻に対して厳重に注意する。
 (79)社員には仕事の納期を守らせる。
 (80)経営者が自ら率先して雑用をする(掃除など)。
 (81)進んで雑用をする「縁の下の力持ち」的な社員を褒め称える。
 (82)経営者が自ら進んで社員に挨拶をする。
 (83)社員同士のコミュニケーションが生まれるようなオフィスレイアウトを工夫する。
 (84)社員同士のコミュニケーションが生まれるような親睦会などを実行する。
 (85)仕事を割り当てる際には、最低限要求される能力を満たしていることを確認する。
 (86)仕事を割り当てる際には、その仕事を通じてどのように成長してほしいか伝える。
 (87)社員の能力を定期的に棚卸し、強みと弱みを把握する。
 (88)自社の要求と、社員のキャリア意識を定期的に擦り合わせる。
 (89)顧客から理不尽な要求を受けたくなかったら、仕入先に理不尽な要求をしない。
 (90)自分の仕事を定期的に棚卸し、捨てるべき仕事、効率化すべき仕事を見極める。
 (91)社員に日報・週報を記録させ、仕事の生産性をチェックする。
 (92)社員に業務の効率化につながるアイデアを提案させる。
 (93)社員からの提案をどのように検討し、どんな結論になったかフィードバックする。
 (94)新しい改革に取り組ませる時には、まずは既存業務を効率化し現場の負担を減らす。
 (95)他社・大学と協業する場合には、共通の価値観を設定する。
 (96)他社・大学と協業する場合、お互いに異なる目的を追求していることを尊重する。
 (97)他社・大学と協業する場合、メリットを受けるだけでなく、相手にメリットを与える。
 (98)毎日の資金繰りを管理する。
 (99)会社としての撤退条件を定める(債務超過が3年続いたら解散するなど)。
 (100)会社全体の業績に対する最終的な責任は経営者が負う。

 この中には必ずしも「小さな目標」ではなく、考え出すとなかなか奥深い目標も含まれているのだが、まずは第1版として提示した。余裕があれば、経営者が追求すべき「小さな目標」集なるものを体系化したい。さらには、目標の達成度合いと企業の業績との関係を分析できるようなツールを開発することができれば面白いのではないかと考えている。

2016年07月03日

中小企業診断士を取った理由、診断士として独立した理由(3)【独立5周年企画】

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ストレス・悩み

 【シリーズ】中小企業診断士を取った理由、診断士として独立した理由
  1.中小企業診断士という資格を知ったきっかけ(7月1日公開)
  2.中小企業診断士を勉強しようと思ったきっかけ(7月2日公開)
  3.ベンチャー企業での苦労(7月3日公開)
  4.長い長い病気との闘いの始まり(7月4日公開)
  5.増え続ける薬、失った仕事(7月5日公開)
  6.点と点が線でつながっていく(7月6日公開)
  7.これから独立を目指す方へのメッセージ(7月7日公開)
 3.ベンチャー企業での苦労
 2005年12月に診断士試験に合格した後、転職活動を開始した。ブランクがあると転職に不利になることは承知していたが、ブランクの間に診断士の勉強をして、実際に合格という結果を出したと話せば、人事担当者も多少は聞く耳を持ってくれると思っていた。しかし、8か月というブランクは私が思っていた以上にネガティブに評価されたようで、転職活動は随分と苦労した。その中で唯一、あるベンチャー企業が早々に内定を出してくれた。元アクセンチュアのコンサルタントが設立した企業で、コンサルティング以外に教育研修事業もやっていた。

 ただ、今思えば、面接の段階でこの企業は危ないと判断できる要素が少なくとも2つあった。1つ目は、面接でシニアマネジャーに「君は週120時間働けるか?」と聞かれたことである。1日17時間、土日も返上で働けば約120時間になる。ベンチャー企業でコンサルティング会社でもあるから、そのぐらいのハードワークも普通なのだろうと私は思った。

 だが、入社後に解ったのは、このシニアマネジャーは単に時間管理が甘く、公私混同が激しかっただけということであった。彼は、朝はデイトレーディングに精を出し、日中はパソコンでゲームをしていた。夕方ぐらいから仕事のエンジンがかかり、夜中まで仕事をして、タクシーで帰っていた。確かに、会社にいる時間は週120時間かもしれないが、生産性には大いに疑問符がついた。こういうペースで動く彼の下で仕事をするのは、なかなか大変であった。「日曜日は遊びに行ってもいいが、夜12時から朝6時までは仕事できるよね?」と平気で言うような人であった。

 2つ目は、最終面接で社長に会った時の印象である。社長は私に志望動機や過去の経歴を簡単に聞いただけで、自社のアピールをするわけでもなく、逆に私に対して「何か聞きたいことはないか?」と繰り返すだけであった。社長との面談は全く盛り上がらなかった。それでも内定がもらえたので、不思議であった。入社後、同僚に社長面接の話をしたら、他の社員も「社長が全然話さないので、絶対に不合格だと思った」と口を揃えて言った。他のシニアマネジャーなどの話を総合すると、社長は昔からコミュニケーションが苦手なのだという。個室で1対1で30分話をすると、身体に蕁麻疹が出るそうだ。これでよく今までコンサルティングをやってこられたものだ。

 ただ、私が注目したのはそこではない。社長はコミュニケーションに障害があると考えれば、むしろ障害を抱えながら大変な社長業をこなしているとプラスの評価ができる。私がマイナスの印象を抱いたのは、「会社設立から3年ほど経つが、これまで上手くいったことといかなかったこと、それから今後の見通しを教えてくれないか?」と質問した時のことである。社長は「特に何が成功した、失敗したというのはない」、「将来の計画は特に考えていない」と即答した。これを聞いて、私はこの会社の先行きを案じるようになった。しかし、他に内定はなかったし、8か月もブランクがあって早く転職しなければと焦っていたので、この会社の内定を受諾することにした。

 ところで、コンサルティング会社に勤めている人で、中小企業診断士という資格を知っている人はほとんどいない。コンサルティングは、別に診断士の資格がなくてもできる。日本の経営コンサルティング市場は約5,000億円とされる。コンサルタント1人あたりの平均売上高を2,000万円とすると、日本には約25,000人のコンサルタントがいる計算になる。現在、診断士の数は全国で約28,000人である。しかし、ほとんどが企業内診断士で、独立しているのは約3割と言われるから、独立診断士は約8,400人となる。つまり、診断士でないコンサルタントの方が圧倒的に多い。

 診断士試験は合格していたが、診断士として正式に経済産業省に登録されるためには、15日間の実務補習(中小企業の経営コンサルティングの実践練習)を受ける必要がある。私が全ての実務補習を終えて診断士になったのは、2007年8月のことであった。しかし、診断士にはなったものの、この会社にいて診断士の知識が役立ったと思ったのは、約5年半の在籍中1回だけである。シニアマネジャーが作成した財務分析の資料で、負債比率(負債÷自己資本)が間違って計算されているのを訂正した時だけだ(彼は、負債比率=負債÷総資本で計算していた)。

 診断士の試験では、戦略やマーケティングに関するフレームワークをたくさん覚える。しかし、実際のコンサルティングの現場で、それらを使うことはまずない。特に、SWOT分析は、診断士ならば企業分析の入り口として真っ先に使うのだが、コンサルタントの間では最も評判が悪い。「SWOT分析をやったからと言って、SO WHAT?(だから何なの?)」というジョークもあるぐらいである。SWOT分析の欠陥は、事業環境を観察する視点や切り口を分析者がいくらでも恣意的に設定できてしまう点である。また、分析者のさじ加減一つで、弱みを強みに、脅威を機会に(あるいはその逆に)変えることができてしまう。つまり、全く客観性がないのである。

 優れたコンサルタントは、自らフレームワークを作り出す。これが、私がこのベンチャー企業で学んだ数少ない教訓の一つである。一般の書籍に書いてあるフレームワークを使うだけであれば、コンサルタントでなくてもできる。コンサルタントが顧客企業に価値を提供できるのは、一般の人が容易には気づかないような切り口やロジックでフレームワークを創造し、それに従って客観的に情報を収集・整理して、顧客企業の特性を踏まえた示唆を導き出す時である。

 ベンチャー企業での話は、「【シリーズ】ベンチャー失敗の教訓」で書いたので、ここでは繰り返さない。2006年3月に入社後、最も社員数が多かった時はグループ全体で50人以上いたのに、私が退職した2011年6月には10人ほどに減っていた。私の在籍中に3回もリストラを行い、また自主退職が相次いだためである。中には失踪した社員もいた(海外の工場で作業員が失踪するという話は聞いたことがあるが、まさか日本にいて自分の会社で体験するとは思わなかった)。病気になる人も多かった。私が知る限り、ストレスに起因する尿管結石で入院した人が3人、同じくストレス起因性の気管支炎に長い間悩まされた人が2人、うつ病になった人が3人(うち1人は退職後に自殺)、自律神経失調症になった人が1人、持病の膠原病が悪化した人が1人いる。

 今だから正直に告白するが、うつ病になった3人のうちの1人とは私である。私が体調に異変を感じたのは2008年の秋だ。ちょうどその年の夏、1回目の大規模なリストラがあり、それと同時に残った社員の役割見直しも行われた。私は、従来のコンサルティング業務に加えて、教育研修の開発と、会社全体のマーケティング業務もすることになった。喫緊の課題は、前の担当者が途中で辞めてしまい作業がストップしていた自社HPのリニューアルを進めることであった。

 当時は、コンサルティング事業が稼ぎ出した利益を教育研修事業が食いつぶし、さらに大赤字を出すという構造が何年も続いていた。そのため、両事業の仲は険悪であった。そこに、私がコンサルティングと教育研修の両方をやるという立場で入ることになったわけである。社長は、教育研修事業を立て直すため、HPは教育研修サービスを中心にしたいと考えていた。そこで私は、それぞれの教育研修に関するページの原稿作成に着手した。

 ところが、今までコンサルティング事業にいたため、教育研修サービスの中身が解らない。教育研修事業の社員にサービスのことを教えてもらおうとしたが、私がコンサルティング事業から来た人間のせいか、教えてもらえない。「社内サーバのここに入っているよ」と言われてサーバを漁っても、ファイルが見つからない。それでも何とか苦労して原稿の枠組みは作り、後はそれぞれのサービスを担当する講師などに内容を補足してもらうことにした。だが、原稿提出の締め切りを守ってくれない。私が上司で彼らが部下であれば、命令で何とかすることもできたかもしれない。しかし、当時の私は社内で2番目に若く、立場も下であった。なぜ、年下の自分が年上の人間の尻を叩かなければならないのかと思うと、非常に馬鹿馬鹿しかった。

 こういう場合、自分の上司を上手く使って、彼らにプレッシャーをかけるのが1つの手であろう。私の上司であった取締役は、夏のリストラの後、「一緒に頑張って会社を立て直そう」と言ってくれた人である。ところが、そのわずか数か月後にはひっそりと取締役を外れ、業務委託ベースで仕事をする契約に切り替えていたことが解った。簡単に言えば”逃げた”のである。だから、私には頼るべき上司もいなかった。もちろん、こういう状況でももっと起用に立ち回る方法はあったのかもしれない。しかし、当時の私にはそこまでの力がなく、状況を打開するすべがなかった。

 秋から年末にかけて、私は体調が悪くなった。まず、朝寝坊が増えた(フレックスタイム制だったので、遅刻扱いにはならずに済んだ)。そして、気分がふさぎ込むことが増えた。夕方になると、決まって偏頭痛に襲われるようになった。当時のオフィスはちょっと奇抜なデザインになっており、壁にオレンジ色が使われていたのだが、そのオレンジ色を見ると目がチカチカして気分が悪くなった。家にいる時の私の状態がおかしいと感じた妻は、自宅近くの心療内科を受診するように勧めてきた。その時まで、心療内科という診療科があることすら知らなかった。心療内科がどういうところなのかよく解らないまま、とりあえず行ってみることにした。

2014年03月27日

【ベンチャー失敗の教訓(第50回終)】会社の借金を管理職に背負わせて人生を狂わせたY社

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 以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第11回)】シナジーを発揮しない・できない3社」でも述べたが、3社はグループ企業でありながら、独立独歩の状態であった(もっとも、戦略やビジネスモデルが脆弱で、独歩できていなかったが)。特に、Y社と他の2社との関係は希薄であり、X社にいた私も、Z社と一緒に仕事をしたことはあるものの、Y社と仕事をしたことはついになかった。そのため、今回のシリーズでも、Y社に関する記述・分析が少なくなっている点はご容赦いただきたい。ただ、Y社の末路については、関係者からいろいろと話を聞いている。

 Y社の資本金の大部分を出資していたのは、Z社のC社長であった。ただ、自分は代表取締役にならず、Y社長を代表取締役に立てて、C社長自身は取締役のポストに収まっていた。ところが、Y社の人材紹介事業は、一向に軌道に乗る気配がなかった。

 Y社の事業は、自社をプラットフォームとして、求職者と求人企業という2種類の顧客ネットワークを構築する事業である。この手のビジネスは、ネットワークの拡大に伴って飛躍的にビジネスが拡大する。つまり、求職者が増えれば、「あの人材紹介会社に登録している人が多いから」という理由で新たに求職者が増えるとともに、求職者のプールに魅力を感じる求人企業も増加する。同様にして、求人企業が増えれば、「あの人材紹介会社を使っている企業が多いから」という理由で新たに求人企業が増えるとともに、求人企業の多さに魅力を感じる求職者も増加する。

 しかし、裏を返せば、求人企業や求職者が少ない状態では、ネットワークが全く魅力を持たず、ビジネスとして成立しないという難しさがある。普通の企業が普通に顧客を開拓するのでも大変なのに、Y社は2種類の顧客を同時に開拓しなければならないという”ハンデ”を背負っていた。そのハンデを克服する決定策をY社は打ち出せず、ずるずると累積赤字を積み重ねていた。

 債務超過になりそうになると、C社長が私財を突っ込んで増資を行った。増資も限界になると(増資は手続きが面倒であり、体力のないベンチャー企業が何度も繰り返せるものではない)、C社長がY社に貸し付けを行うようになった。その正確な額は解らないが、Y社の毎年の赤字額から推測するに、5,000万円は超えていたと思う。

 大株主であるC社長は、Y社の社員にもっと危機感を持ってもらうために、マネジャー4人を取締役にするという手に出た。ところが、C社長はY社の業績回復を願っているわけではなかった。この時点で、C社長はY社の事業を見限っているようであった。マネジャーの取締役昇格は、表向きはマネジャーを経営に参画させるという口実で行われたが、実際には経営責任を4人に転嫁するためのものであった。

 4人が取締役に昇格してまもなく、C社長は次のように言った。「Y社の業績は悲惨だ。私は今まで多額のお金をY社に貸し付けてきたが、返済の見込みがない。Y社が私から借金をすることになったのは、君たち4人が現場で実績を上げられなかったためだ。よって、私の借金の責任は君たちにある。だから、私がY社に貸したお金は、君たちから返してもらいたい」 要するに、C社長に対するY社の債務を、Y社ではなく4人に弁済させようというわけである。

 5,000万円を超えるY社の債務を4人で按分したので、1人あたりおよそ1,000万円の借金を背負わされたことになる(もちろん、Y社長も借金を背負わされた)。Y社長は経営者であるから、責任を負ってしかるべきだろう。しかし、4人はついこの間までマネジャーとして働いていた身分である。いきなり1,000万円の債務を負うことになっても、返済できるわけがない。それでも、2人は貯蓄を切り崩して返済のめどを立てたらしい。だが、残り2人のその後は悲惨である。1人は消費者金融を使って返済しようとしたが、借金に借金を重ねる形になり、結局は自己破産してしまった。もう1人は、自宅マンションが差し押さえられた状態のまま、今も借金の返済を行っているという。

 <終わりに>
 1年に渡って続けてきた連載も今回が最終回である。改めて振り返ってみると、「当たり前のことが当たり前にできていなかった」という一言に尽きる。”自称”経営のプロであるコンサルタントが設立した企業でも、注意を怠るとこういう悲惨な状態になってしまうということを、1人でも多くのビジネスパーソンに知っていただければ幸いである。そして、経営の基本を踏み外してビジネスに失敗する中小・ベンチャー企業が1社でも減ることを願ってやまない。

 3社のその後であるが、どの会社も未だに業績低迷から抜け出せていないらしい。X社は、自社で抱えていた研修講師を全員手放して、外部講師を使う方針に改めた。さらに、営業担当者も全員リストラしたので、残っているのは研修開発担当者と事務員だけらしい。どうやって売上を立てているのか不明なのだが、多分A社長が自ら営業をしているのだろう。しかし、A社長の能力からして、営業がうまく行っているとは思えない。帝国データでX社の財務諸表を調べると、売上高は解るが営業利益がブランクになっているから、おそらく赤字のままに違いない。

 Y社は上記のような騒動があった後、借金返済のめどが立った2人のうちの1人が、C社長に対して、「自分と親しいメンバーや顧客を引き抜いて、新しく人材紹介事業を始めてもよいか?その際、Y社の株式を全部譲渡してくれないか?」と提案した。Y社のビジネスにもはや興味を失っていたC社長はその提案を受け入れ、1株1円でその人に株式を譲渡した。Y社はグループ企業から外れ、社名を変えて現在も存続している。しかし、前述のようにこの手のビジネスは難易度が高く、あまりうまく行っていないらしい。

 Z社も大幅な人員削減を行い、今ではコンサルタントをほとんど抱えていない。外部の独立コンサルタントをたくさん集めてプールを作り、プロジェクトに適宜コンサルタントを派遣して、その手数料収入で事業を回しているという。Z社はもはやコンサルタント派遣会社である。Z社の最近の悩みは、派遣するコンサルタントの質が低くて、クライアントからのクレームが多いことだという。関係者から話を聞くと、Z社は人月単価70万円でコンサルタントを派遣しているらしい。これではプログラマの単価とほとんど変わらない。それでいてクオリティを求めるのは、酷な話である。

 3社とも、何か大きなミッションを達成しようと事業を行っているようには思えない。ただ漫然と事業を続けており、会社の存続自体が目的と化しているように感じる。3社が存続することで、本来ならばもっと成長性、生産性の高い事業に振り向けられるべき経営資源が縛りつけられており、社会的なコストが発生している。私が5年半の間、曲がりなりにもお世話になった3社に対してこんなことを言うのは大変無礼なのだが、3社ともいっそなくなってしまった方が社会のためである。
(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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