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DHBR2018年2月号『課題設定の力』―「それは本当の課題なのか?」、「それは解決するに値する課題なのか?」、他
『続ける力(DHBR2017年2月号)』―経営者がやるべき100のリスト(ベンチャー企業の失敗を教訓に)
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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都豊島区を拠点に、東京23区で活動する中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。ほとんど書評ブログ。たまにモノローグ。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


◆別館◆
こぼれ落ちたピース
所属組織など
◆個人事務所「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ


(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)


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2018年02月19日

DHBR2018年2月号『課題設定の力』―「それは本当の課題なのか?」、「それは解決するに値する課題なのか?」、他


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2018年 2 月号 [雑誌] (課題設定の力)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2018年 2 月号 [雑誌] (課題設定の力)

ダイヤモンド社 2018-01-10

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 (1)特集の論文ではないが、クラウディオ・フェルナンデス=アラオス、アンドリュー・ロスコー、荒巻健太郎「現在のコンピテンシー水準とのギャップを埋めよ 潜在能力を開花させる経営リーダーの育成法」が個人的には非常に参考になった。

 現在でも多くの企業で運用されている職能資格制度では、職能を10程度定義し、例えば4~5級が係長、6~7級が課長、8~9級が部長、10級が経営陣といった具合に、役職と職能を紐づけている。そして、7級で要求される能力を習得すれば、8級に昇格し、部長に昇進できる権利を取得するという、いわゆる「卒業方式」が採用されている。だが、課長として優れているからと言って部長として優れているとは限らないし、部長として優れているからと言って経営陣として優れているわけではない。この点が職能資格制度の1つの弱点である。以前の記事「鈴木康司『中国・アジア進出企業のための人材マネジメント』―職能資格制度に関する一考」でも、オペレーション能力とマネジメント能力を完全に分けて考えたため、一般社員からマネジャーに昇進する際にはどうしても能力の断絶が生じてしまう(それでも人事コンサルかと言われそうだが・・・)。

 本論文では、経営トップに求められる能力として、①成果志向、②戦略性、③協働能力、④チームリーダーシップ、⑤組織育成力、⑥変革のリーダーシップ、⑦市場理解力、⑧多様性対応力の8つを指摘している。経営トップの候補がこれらの能力をあらかじめ習得しているに越したことはないが、たいていの場合は経営トップの候補がこれらの能力をどの程度身につけているのか、あるいはこれらの能力の伸びしろがどれくらいあるのかを事前に知ることは困難である。そこで、論文の著者は、(ⅰ)好奇心、(ⅱ)洞察力、(ⅲ)影響力、(ⅳ)胆力という4つの潜在能力を挙げ、それぞれの潜在能力と前述した経営トップの8つの能力との関係を明らかにしている。8つの能力の事前評価は難しくても、4つの潜在能力の評価を通じて、それぞれの経営トップ候補者が実際に経営トップになった場合のパフォーマンスを予想しようというわけだ。

 顕在能力だけでなく、潜在能力も合わせて評価することで、本当に上の階層の人材にふさわしいかを判断するというやり方は、是非取り入れてみたいと思う。一方で、ただでさえ大変な能力評価がさらに煩雑になるという懸念があり、どうすれば人事部や現場の運用負荷を軽くすることができるかも同時に検討する必要があるだろう。

 (2)本号の特集は「課題設定の力」である。課題解決のカギは、いかに上手に課題を解決するかではなく、いかに正しい課題を設定するかにあるとされる。正しい課題を設定することができれば、課題解決の90%は完了したも同然とさえ言われる。本号では、「リフレーミング」の方法(トーマス・ウェデル=ウェデルスボルグ「リフレーミングで問いを再定義せよ そもそも解決すべきは本当にその問題なのか」)や、「社会システムデザイン」の方法(横山禎徳「ロジックツリーの限界を超えて 課題設定は意思から始まる」)などが掲載されている。私のブログでは、課題を適切に再設定したことで、課題解決の方法ががらりと変わった事例を紹介したいと思う(いずれも、先輩のコンサルタントから聞いた話であり、事例は簡略化してある)。

 1社目はある製品を販売する企業である。このクライアントは、全国に販売店を多数抱えていた。クライアントの販売店側の担当者が最初に相談に訪れた時、本社から販売店に対して販促情報などありとあらゆる情報が五月雨方式に降ってくるので困っているとのことであった。そこで、コンサルタントは、本社と販売店とを結ぶイントラネットを改善すればよいと考えていた。

 ところが、このクライアントの事業を分析すると、取り扱っている製品に際立った特徴があることが解った。クライアントの製品は大きく3つに分類することができた。1つ目は競合他社と差別化されているユニークな製品A、2つ目は製品Aに次ぐ収益を上げている製品B、3つ目は成熟期に突入しており製品競争力が低く、撤退も検討しているという製品Cであった。

 今まで、全国の販売店は製品A~Cを全て取り扱っていたが、コンサルタントは製品別に販売店を再編成することを提案した。つまり、下図のように、製品Aだけを扱う販売店を軸として、製品Bだけを扱う販売店、製品Cだけを扱う販売店(この販売店は将来的に縮小する)に再編するのである。すると、本社からの情報は、製品Aに関するものは製品Aを扱う販売店に、製品Bに関するものは製品Bを扱う販売店に、製品Cに関するものは製品Cを扱う販売店にだけ届くようになり、情報が五月雨式に降ってくるという当初の課題は自然と解消する。つまり、課題は「どうすれば本社から五月雨式に降ってくる情報を効率化できるか?」ではなく、「どうすれば自社製品の強みを活かして市場に効果的にアプローチできるか?」ということであったわけだ。

本当の課題は何か?①

 2社目はやや古い事例になるが、中堅の保険会社である。このクライアントは、下図の左側にあるように5か年の中期経営計画を作成していた。売上高、利益の目標はそれほど無理のあるものではなかった。クライアントは、この中期経営計画を確実に達成するための方策について、コンサルタントに相談してきた。だが、コンサルタントはこの中期経営計画を鵜吞みにしなかった。というのも、ちょうどその頃、日本では保険業界の規制緩和が予定されていたからである。コンサルタントは、先行して保険業界の規制緩和を実施したアメリカを調査した。すると、中堅の保険会社は軒並み業績を大幅に落としていたことが判明した。このことを踏まえて、非常にラフではあるが、クライアントの2~3年後の業績を予測し、下図の右側のようなグラフを作成した。

 すると、当初は比較的楽に達成できると思われた中期経営計画が、非常にチャレンジングなものであることが判明した。規制緩和によって、売上高と利益は一旦大きく落ち込む。そこから5年後の目標値に向けて大きくジャンプアップしなければならない。当然、中期経営計画を達成するための施策もドラスティックなものが要求される。このクライアントの課題は、「過去の延長線上で中期経営計画を達成するためにはどうすればよいか?」ではなく、「規制緩和を挟んで業績をV字回復させるためにはどうすればよいか?」ということであった。

本当の課題は何か?②

 このように、課題解決では、出発点の課題をどう設定するかが重要である。しかし、それと同様に、あるいはそれ以上に大事なのが、「その課題は解決するに値するものであるか?」ということだと思う。旧ブログの記事「【2011年最後の記事】「問題を解決する気がない人」の問題解決にいつまでもつき合うな」でも書いたが、私は前職の教育研修&コンサルティングのベンチャー企業で、キャリア研修を売るためにマーケティング担当として様々な打ち手を展開していた。だが、社長から一般社員に至るまで、打っても響かない人たちに悩まされ、一向にキャリア研修の売上が上がらなかった(もちろん、彼らを動かすことができなかった私の実力不足も認める)。

 今になって考えてみると、キャリア研修は、社長が頭の中で描いているだけの「理想の人材開発体系」の1ピースになることが目的であり、マーケットインの発想で開発されたものではなかった。それに、社長の本音としては、単価が安いキャリア研修よりも、営業力強化研修のような高単価のビジネススキル研修を売りたがっているようでもあった。さらに、後から気づいいたことだが、以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第30回)】ターゲット市場がニッチすぎて見込み顧客を発見できない」でも書いたように、キャリア研修の市場規模は、実は非常に小さかった。だから、「キャリア研修をいかにして売るか?」という課題は、解決するに値しない課題であった。

 以前の記事「『致知』2018年4月号『本気 本腰 本物』―「悪い顧客につかまって900万円の損失を出した」ことを「赦す」という話」では、資格勉強のe-Learning講座を提供するベンチャー企業で、新規事業の一部として中小企業診断士の講座を提供することになり、私が講座を担当したという話を書いた。しかし、この企業の収益の柱は依然として司法試験であり、この企業にとって新規事業とは、新しい収益源を作ることではなく、メニューの豊富さを潜在顧客に印象づけることができれば十分であるということに気づくことができなかった。つまり、この企業にとって、「どうすれば新規事業が成功するか?」という課題は存在しなかったのである。ベンチャー企業絡みで2度も似たような失敗をした私は全くの愚か者である。

 (3)最近、柄にもなく日本の課題というものを考えることがある。1つ目は超高齢社会にいかに対応するかである。旧ブログの記事「高齢社会のビジネス生態系に関する一考(1)―『「競争力再生」アメリカ経済の正念場(DHBR2012年6月号)』(2)(3)」では下図を用いた。

<年齢5階級別人口(平成42年)>
年齢5階級別人口(平成42年)

 これからはネットワーク社会になるとか、フリーランス中心の社会になるなどと言われるが、日本は伝統的に儒教の影響を受けた階層社会である。その伝統が今後数十年の間に完全にひっくり返るとは思えない。もう1つの日本の伝統が年功制である。私は過去の記事で様々な切り口から業績給を計算する手法を試してみたものの、どれをとってみても企業の業績を完全に個人の給与に反映させることはできない。だからと言って、さらに意固地になって業績給を厳密に計算しようとすれば、人事制度がますます複雑になり、社員の理解が得られなくなる。人事制度はシンプルでなければならない。結局、不公平さは残るが最も単純な人事制度とは年功制である。年功制は、年々生活費が上昇する社員の生活を保障する役割も果たす。給与を業績給や役割給ではなく生活給とするのも、社員を家族のように大切にする日本のよき伝統である。

 上図を見ると、20代を底辺とし、60代を頂点とする従来型の階層組織に加えて、40代を底辺とし、70代、80代を頂点とする新しい階層組織が生まれると予想される。新しい組織は、従来型の組織ではポスト不足により昇進が見込めない人が起業・転職することで誕生する。私は年功制は支持するが、終身雇用は支持していない。以前の記事「【ドラッカー書評(再)】『現代の経営(下)』―「雇用の維持」は企業の社会的責任か?」でも書いたように、終身雇用の下では深刻なポスト不足をもたらすからだ。事実、現在の大企業を中心に、バブル期に大量採用した社員が課長職あたりに滞留し、それ以降に入社した社員の昇進を阻止してしまっている。

 私が考えている課題とは、いずれのタイプの階層組織も年功制を維持しながら、かつ企業としての持続的な成長も達成するためにはどのような戦略を実行すればよいのか?ということである。また、40代以降の人々が新しいタイプの階層組織にスムーズに移行するためにはどうすればよいか?40代以降に期せずして起業・転職をした人が高いモチベーションを保って働き続けるためにはどうすればよいか?さらに、増加し続ける後期高齢者の医療や年金を支えるために、企業活動を医療・年金システムの中にどのように組み込めばよいのか?も考えなければならない。上図は2030年の予想図であり、この課題を解決するために残された時間は意外と短い。

 もう1つの課題は、国際社会における日本のポジショニングである。先日の記事「『世界』2018年2月号『反貧困の政策論』―貧困を解決するには行政がもっと市場に介入して消費者にお金を使わせればよい、他」でも書いたように、朝鮮半島はそう遠くない将来に、社会主義国として統一される可能性が高いと考える。これまでは、冷戦の遺産を朝鮮半島という狭い空間の中に閉じ込めておき、日本は日米同盟に守られながら朝鮮半島を傍観していればよかった。ところが、朝鮮半島が赤化すれば、冷戦の遺産は朝鮮半島の新国家対日本という構図に引き継がれることになる。相手は強烈な反日であり、もしかしたら核を保有しているかもしれない。

 だからと言って、いたずらにこの新国家と対立すれば、東アジアは米中対立の代理戦争の舞台となり、米中の思うつぼである。日本も朝鮮半島の新国家も深刻なダメージを受けるだろう。本ブログでたびたび書いてきたが、小国には大国同士の二項対立に巻き込まれないようにするために、二項混合という受け身を取ることができる。対立する大国のいいところ取りをすることで、独自の体制を築くわけである(タグ「二項混合」の記事を参照)。

 日本の場合は、資本主義・自由主義に軸足を置きつつも、社会主義の長所を取り入れる。その結果、正面から見ると何の絵か解らないが、右側から見ると資本主義が、左側から見ると社会主義が浮かび上がるような絵を描き上げる。そして、朝鮮半島の新国家に対しては、社会主義に軸足を置きつつも、資本主義・自由主義の長所を取り入れるように働きかけ、日本と同じように見る角度によって異なる絵が浮かび上がるような国家の形成を支援する。以上はまだ理想論・概念論にとどまっており、これを実務レベルにまで落とし込むことが私の課題である。


2017年02月08日

『続ける力(DHBR2017年2月号)』―経営者がやるべき100のリスト(ベンチャー企業の失敗を教訓に)


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 02 月号 [雑誌] (続ける力)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 02 月号 [雑誌] (続ける力)

ダイヤモンド社 2017-01-10

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 以前の記事「『青雲の志(『致知』2017年1月号)』―人間は利己的であるべきか、利他的であるべきか?、他」、「【現代アメリカ企業戦略論(補論)】日本とアメリカの企業戦略比較」で書いたことの繰り返しになるが、アメリカ人は将来的に実現したい大きな目的を明確に設定し、その目的と因果関係の強い少数のCSF(Critical Success Factor:重要成功要因)やKPI(Key Performance Indicator:重要業績指標)を特定して、CSFの達成度合いやKPIの数値の推移をモニタリングする。一方の日本人は、大胆で明快な目的を立てるということをそもそもしない。ただし、目標管理はしっかりとやる方で、アメリカ人よりもはるかにたくさんの目標を設定する。その1つ1つは小さいものだが、目標が束になると将来的に望ましい状態に至ると信じている。

 『致知』や『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』などで日本企業の様々な経営者のインタビュー記事を読んで感じるのは、高業績企業の経営者は「当たり前のことを1つ1つ当たり前にやる」ということを愚直に実践しているということである。本号にも、創業500年を誇る老舗の和菓子屋である虎屋の代表取締役・黒川光博氏の次の言葉がある。
 変えてほしくないのは、働いている社員の「芯」にあるものです。(中略)全力を尽くして、誠実に事に当たってほしい。そういう人が集まる会社でありたい。
(黒川光博「【インタビュー】誠実さがあってこそ事業は続く 伝統より「いま」と向き合う」)
 私は、ここ10年ほど「革新」という言葉をみずからは使っていません。「革新」と言えるほど思い切ったことは、はたしてどれくらいあるかと考えると、そうたくさんはないと思ったからです。そんな大層なことの前に、いまのお客様のために何をするのかを考え、即座に実行していく。それは必然であって革新ではないと思うからです。(同上)
 言い換えれば、目標を細分化して達成しやすくし、それらの積み重ねていけば自ずとよい成果が自らの方に引き寄せられる。目標と成果の因果関係はアメリカほど明確ではない(むしろ非常に曖昧である)が、日本の場合はそれでもよしとされる。この「目標の細分化」は、本号の特集テーマである「続ける力」=習慣化にとって非常に重要である。
 「社内で営業成績が一番になる」という報酬は大きすぎる例である。そこで、もう一度勝利条件を変更し、「大きな報酬」を「小さな報酬」に変換することが大切となる。

 たとえば「毎日、顧客の訪問件数を1件増やす」という小さな報酬で十分である。その場合、「訪問件数を1件増やすにはどうすればいいのか」という「小さな問い」が生まれやすい。「小さな問い」ができれば、好奇心に導かれて「行動」に至り、想定していた結果が得られること―求めていた「報酬」につながれば、また次の「小さな問い」が生まれる。このきっかけ→行動→報酬→きっかけというループが回ることで、継続と成長の習慣が生まれる。
(石川善樹「アスリートに学ぶ「勝利の習慣」 継続とは「小さな問い」を立てること」)
 もちろん、たくさんの小さな目標を設定することには、リスクもある。一番解りやすいのは、目標が多すぎるがゆえに、一部の目標が達成できないというリスクである。これに対して石川氏は、必ずしも完璧主義者になる必要はないとアドバイスする。「雨が降ったら運動しなくてよい」、「飲み会が入ったら勉強しなくてよい」といったように、ルールを見直すことが重要であるという。それから、目標を設定したという事実に満足してしまい、その後のアクションに結びつかないという問題もある。心理学ではこれを「偽りの希望症候群」と呼ぶそうだ。例えば、「英語を話せるようになりたい」という目標を持つと、脳がそれだけで気持ちよくなって、満足感を覚えてしまう。そういう場合には、続ける理由を発見することがポイントとなる。

 以前の記事「ケリー・マクゴニガル『スタンフォードの自分を変える教室』―経営に活かせそうな6つの気づき(その1~3)(その4~6)」でも書いたが、目標を達成すると、別の目標で手抜きをしたくなる誘惑にかられることがある。手抜き程度ならまだましなのだが、目標達成の反動で、反倫理的、反社会的な行動に手を染めることがある。簡単な例で言うと、「今日はいつもよりもたくさん顧客企業を訪問したから、道に落ちている千円札を拾って自分のものにしても構わないだろう(その千円札は、目標を達成したご褒美だ)」などと考えることである。

 こうした倫理・道徳からの逸脱を厳しく諫めているのが、「破壊的イノベーション」で知られるクレイトン・クリステンセンである。彼の「「人生のジレンマ」を克服するために プロフェッショナル人生論」という論文は、クリステンセンがハーバード・ビジネス・スクールの卒業生に贈った言葉である。この論文を読むのは実は今回で3回目なのだが、ようやくその内容が腑に落ちるようになってきた。クリステンセンは、人生における重要な3つの質問について、経営学・経済学の知見を活かしながら答えている。その3つの質問とは、①どうしたら幸せなキャリアをしっかりと歩めるか、②どうしたら伴侶や家族との関係を揺るぎない幸福の源にできるか、③犯罪者にならないためにはどうしたらよいか、というものである。

 ③に関して、クリステンセンは経済学の「限界費用」という概念を持ち出す。企業が投資の選択肢を評価する際、埋没費用や固定費は無視して、個々の投資に伴う限界費用と限界収益に基づいて意思決定する。人が悪事の誘惑にかられる際、頭の中では、「いけないことだと解っているけれども、今回1回だけなら許されるだろう」と考える。つまり、限界費用は小さいと見積もる。ところが、その道が最終的にどこに至るのか、その1回の選択から生じる総費用について思いをめぐらすことがない。これが犯罪者へと転落するパターンである。

 クリステンセンは、埋没費用の話をする際に、オックスフォード大学でバスケットボール部に所属していた時代のことを引き合いに出す。クリステンセンは敬虔なクリスチャンであり、毎週日曜日には必ず教会に通っていた。ところが、ある重要なバスケットボールの試合が日曜日と重なってしまった。しかも、クリステンセンはセンターとして先発出場することになっていた。バスケットボールの試合を取るのか、教会を取るのか?クリステンセンが出した答えは後者であった。
 しかし振り返ってみると、「この状況なら一度くらい許されるだろう」というこの誘惑に打ち勝ったことが、私の人生で最も重要な判断の1つであったことは間違いない。なぜかというと、人生は「例外が許されてもいい特別な状況」が果てしなく続くものだからである。私がその一度だけ足を踏み外していたら、その後の人生で繰り返し同じことをしていたに違いない。
 クリステンセンの選択は、社会的、道徳的な問題ではないから、この例はやや極端であるという印象は否めない(もちろん、敬虔なクリスチャンであったクリステンセンにとっては、この問題が非常に道徳的な問題だったのかもしれない)。しかし、反倫理的、反社会的な誘惑を断ち切るには、このぐらいの厳しさが必要であることを教えてくれる。一般論としては、一部の目標を達成できなくても、我々は完璧主義者ではないから悲観する必要はないだろう。だが、こと倫理や道徳に関連する問題に限っては、潔癖で完璧主義を貫かなければならない。

 ここまで、「小さな目標をたくさん積み重ねることが重要である」と書いてきた。では、その「小さな目標」とは具体的に何なのかについて、ある程度私の見解を述べておく必要があるだろう。体系的に考え出すとおそらくキリがないに違いないが、私は4年前に「【シリーズ】ベンチャー失敗の教訓(全50回)」という記事を書いた。この記事の内容を裏返せば、経営者がなすべきことが見えてくるだろう。以下、思いつくままに列挙してみる。

 (1)毎日、経営ビジョンの内容を自分なりに解釈する。
 (2)毎日、経営ビジョンの内容を社員に語りかける。
 (3)経営ビジョンに関する社員の解釈を経営ビジョンの内容に反映させる。
 (4)重要顧客とは定期的に会い、潜在ニーズを把握する。
 (5)最重要顧客との商談では、経営者自らがクロージングを行う。
 (6)製造現場を直接目で確認し、問題点を指摘する。
 (7)品質に関する重要な指標をモニタリングし、問題の早期解決を図る。
 (8)新製品・新規事業開発の際には、事前に十分なフィージビリティスタディを行う。
 (9)外注・パートナー頼みのビジネスモデル、事業計画を立案しない。
 (10)事業・組織規模、身の丈に合ったオフィスを選択する。
 (11)秘書、顧問、間接部門は最小限にとどめる。
 (12)お酒で失敗しないよう、お酒の量を控える。
 (13)顧客に対して、製品・サービスなどに関する情報を密に発信する。
 (14)顧客から、製品・サービスに関するフィードバックを受ける。
 (15)一般常識に従って、社会人として恥ずかしくない行動をする。
 (16)毎日、自社の行動規範の内容を社員に語りかける。
 (17)社員の行動が行動規範に則っているかチェックする。
 (18)行動規範に合致した行動は褒め、合致しない行動はすぐさま是正する。
 (19)自社が買いたいと思う製品・サービスを開発する。
 (20)事業間・製品間のシナジー目標を設定する。
 (21)事業間・製品間シナジー目標の責任者を任命する。
 (22)事業間・製品間シナジー目標をモニタリングし、問題の早期解決を図る。
 (23)野心的・非現実的すぎる事業目標を設定しない。
 (24)事業目標を達成するシナリオを社員に提示する。
 (25)競合他社を特定し、その強みやビジネスモデルを把握する。
 (26)競合他社との差別化ポイントを簡潔に示す(3つ程度)。
 (27)資金調達の目的を明確にする。
 (28)目的に合致した最適な資金調達手段を検討する。
 (29)顧客からの面倒な要望を嫌がらない。
 (30)多品種、少量、異形、不定期、低頻度に対応する。
 (31)新製品・新規事業開発の際には、投資対効果を算出する。
 (32)新製品・新規事業開発の際には、前提を変えて数パターンの投資対効果を見積もる。
 (33)新製品・新規事業開発の際には、撤退基準を設定する。
 (34)新製品・新規事業の開発にずるずると追加投資しない。
 (35)顧客のポートフォリオ管理を行い、ランク分けする。
 (36)それぞれの顧客からの期待売上を基に次年度の予算を立案する。
 (37)(23)の目標と(36)の予算とのギャップを埋める現実的な施策を立案する。
 (38)リストラ(人員削減)をする際には一発で終わらせる。
 (39)リストラによるコスト削減だけでなく、その後の売上回復シナリオも描く。
 (40)社員に企業の重要な業績指標を公開する。
 (41)業績指標や財務諸表の読み方について社員にトレーニングを行う。
 (42)製品ごとの原価と利益を見える化する。
 (43)目に見えないサービスの場合、サービスの効果を可視化する。
 (44)外注先とはコミュニケーションを密にして基本的な価値観を共有する。
 (45)外注先と価値観が対立したら、その解消に乗り出す。
 (46)製品・サービスのコアを見極め、コアだけは必ず自社で製造・提供する。
 (47)アウトソーシングした場合は、将来的に価格競争に突入することを覚悟する。
 (48)新製品を開発する際には、見込み顧客の具体的なニーズから出発する。
 (49)新製品を開発する際には、ターゲット顧客層を明確にする。
 (50)ターゲット顧客層は一定のボリュームが存在することを確認する。
 (51)見込み顧客が声に出さない潜在的なニーズを拾い上げる。
 (52)顕在ニーズと潜在ニーズを合わせて、トータルの顧客価値をデザインする。
 (53)顧客価値に見合う適切な価格を設定する(安易な安売りは悪)。
 (54)顧客を100%満足させるためには、120%の力を出し切る。
 (55)顧客から無理難題を突きつけられても、顧客の悪口は絶対に言わない。
 (56)マネジャーの役割と責任を明確にする。
 (57)マネジャーには、部下が迅速に仕事をできるよう、権限委譲する。
 (58)会議は予定時刻通りに開始する。
 (59)会議は予定時刻通りに終了する。
 (60)会議の主催者が責任を持ってアジェンダと討議用資料を準備する。
 (61)会議では参加者全員に発言させる。
 (62)会議終了時には、終了後のアクションとその責任者を特定する。
 (63)営業で失注したら、敗因分析を行う。
 (64)失注は学習の機会であり、失敗ではないという組織風土を醸成する。
 (65)標準営業プロセスを確立し、属人化を防ぐ。
 (66)営業プロセスの進捗度合いをモニタリングする指標を開発する。
 (67)自社や製品の認知度を維持・向上するためのメディアミックスを検討する。
 (68)値下げを営業担当者任せにしない。自社としての値引き率の上限を決める。
 (69)社員が多様なスキルを身につけられるようなトレーニングを実施する。
 (70)人事評価はこまめに行う。
 (71)社員を採用する際には、求める人材要件を明確に定義する。
 (72)社員の採用にはできるだけ多くの人を関与させ、直観で判断しない。
 (73)新卒採用では、基本的な性格(素直さ、責任感、コミュニケーション)を重視する。
 (74)中途採用では、前職と自社の価値観の対立をマネジメントできる人材を重視する。
 (75)相性のよさではなく、能力の補完関係を考慮してチームを結成する。
 (76)タスクフォース、委員会、分科会、分社化など、組織の細分化は極力避ける。
 (77)部門横断型組織を兼任メンバーだけにしない。必ず専任メンバーを入れる。
 (78)社員の遅刻に対して厳重に注意する。
 (79)社員には仕事の納期を守らせる。
 (80)経営者が自ら率先して雑用をする(掃除など)。
 (81)進んで雑用をする「縁の下の力持ち」的な社員を褒め称える。
 (82)経営者が自ら進んで社員に挨拶をする。
 (83)社員同士のコミュニケーションが生まれるようなオフィスレイアウトを工夫する。
 (84)社員同士のコミュニケーションが生まれるような親睦会などを実行する。
 (85)仕事を割り当てる際には、最低限要求される能力を満たしていることを確認する。
 (86)仕事を割り当てる際には、その仕事を通じてどのように成長してほしいか伝える。
 (87)社員の能力を定期的に棚卸し、強みと弱みを把握する。
 (88)自社の要求と、社員のキャリア意識を定期的に擦り合わせる。
 (89)顧客から理不尽な要求を受けたくなかったら、仕入先に理不尽な要求をしない。
 (90)自分の仕事を定期的に棚卸し、捨てるべき仕事、効率化すべき仕事を見極める。
 (91)社員に日報・週報を記録させ、仕事の生産性をチェックする。
 (92)社員に業務の効率化につながるアイデアを提案させる。
 (93)社員からの提案をどのように検討し、どんな結論になったかフィードバックする。
 (94)新しい改革に取り組ませる時には、まずは既存業務を効率化し現場の負担を減らす。
 (95)他社・大学と協業する場合には、共通の価値観を設定する。
 (96)他社・大学と協業する場合、お互いに異なる目的を追求していることを尊重する。
 (97)他社・大学と協業する場合、メリットを受けるだけでなく、相手にメリットを与える。
 (98)毎日の資金繰りを管理する。
 (99)会社としての撤退条件を定める(債務超過が3年続いたら解散するなど)。
 (100)会社全体の業績に対する最終的な責任は経営者が負う。

 この中には必ずしも「小さな目標」ではなく、考え出すとなかなか奥深い目標も含まれているのだが、まずは第1版として提示した。余裕があれば、経営者が追求すべき「小さな目標」集なるものを体系化したい。さらには、目標の達成度合いと企業の業績との関係を分析できるようなツールを開発することができれば面白いのではないかと考えている。


2016年07月03日

中小企業診断士を取った理由、診断士として独立した理由(3)【独立5周年企画】


ストレス・悩み

 【シリーズ】中小企業診断士を取った理由、診断士として独立した理由
  1.中小企業診断士という資格を知ったきっかけ(7月1日公開)
  2.中小企業診断士を勉強しようと思ったきっかけ(7月2日公開)
  3.ベンチャー企業での苦労(7月3日公開)
  4.長い長い病気との闘いの始まり(7月4日公開)
  5.増え続ける薬、失った仕事(7月5日公開)
  6.点と点が線でつながっていく(7月6日公開)
  7.これから独立を目指す方へのメッセージ(7月7日公開)
 3.ベンチャー企業での苦労
 2005年12月に診断士試験に合格した後、転職活動を開始した。ブランクがあると転職に不利になることは承知していたが、ブランクの間に診断士の勉強をして、実際に合格という結果を出したと話せば、人事担当者も多少は聞く耳を持ってくれると思っていた。しかし、8か月というブランクは私が思っていた以上にネガティブに評価されたようで、転職活動は随分と苦労した。その中で唯一、あるベンチャー企業が早々に内定を出してくれた。元アクセンチュアのコンサルタントが設立した企業で、コンサルティング以外に教育研修事業もやっていた。

 ただ、今思えば、面接の段階でこの企業は危ないと判断できる要素が少なくとも2つあった。1つ目は、面接でシニアマネジャーに「君は週120時間働けるか?」と聞かれたことである。1日17時間、土日も返上で働けば約120時間になる。ベンチャー企業でコンサルティング会社でもあるから、そのぐらいのハードワークも普通なのだろうと私は思った。

 だが、入社後に解ったのは、このシニアマネジャーは単に時間管理が甘く、公私混同が激しかっただけということであった。彼は、朝はデイトレーディングに精を出し、日中はパソコンでゲームをしていた。夕方ぐらいから仕事のエンジンがかかり、夜中まで仕事をして、タクシーで帰っていた。確かに、会社にいる時間は週120時間かもしれないが、生産性には大いに疑問符がついた。こういうペースで動く彼の下で仕事をするのは、なかなか大変であった。「日曜日は遊びに行ってもいいが、夜12時から朝6時までは仕事できるよね?」と平気で言うような人であった。

 2つ目は、最終面接で社長に会った時の印象である。社長は私に志望動機や過去の経歴を簡単に聞いただけで、自社のアピールをするわけでもなく、逆に私に対して「何か聞きたいことはないか?」と繰り返すだけであった。社長との面談は全く盛り上がらなかった。それでも内定がもらえたので、不思議であった。入社後、同僚に社長面接の話をしたら、他の社員も「社長が全然話さないので、絶対に不合格だと思った」と口を揃えて言った。他のシニアマネジャーなどの話を総合すると、社長は昔からコミュニケーションが苦手なのだという。個室で1対1で30分話をすると、身体に蕁麻疹が出るそうだ。これでよく今までコンサルティングをやってこられたものだ。

 ただ、私が注目したのはそこではない。社長はコミュニケーションに障害があると考えれば、むしろ障害を抱えながら大変な社長業をこなしているとプラスの評価ができる。私がマイナスの印象を抱いたのは、「会社設立から3年ほど経つが、これまで上手くいったことといかなかったこと、それから今後の見通しを教えてくれないか?」と質問した時のことである。社長は「特に何が成功した、失敗したというのはない」、「将来の計画は特に考えていない」と即答した。これを聞いて、私はこの会社の先行きを案じるようになった。しかし、他に内定はなかったし、8か月もブランクがあって早く転職しなければと焦っていたので、この会社の内定を受諾することにした。

 ところで、コンサルティング会社に勤めている人で、中小企業診断士という資格を知っている人はほとんどいない。コンサルティングは、別に診断士の資格がなくてもできる。日本の経営コンサルティング市場は約5,000億円とされる。コンサルタント1人あたりの平均売上高を2,000万円とすると、日本には約25,000人のコンサルタントがいる計算になる。現在、診断士の数は全国で約28,000人である。しかし、ほとんどが企業内診断士で、独立しているのは約3割と言われるから、独立診断士は約8,400人となる。つまり、診断士でないコンサルタントの方が圧倒的に多い。

 診断士試験は合格していたが、診断士として正式に経済産業省に登録されるためには、15日間の実務補習(中小企業の経営コンサルティングの実践練習)を受ける必要がある。私が全ての実務補習を終えて診断士になったのは、2007年8月のことであった。しかし、診断士にはなったものの、この会社にいて診断士の知識が役立ったと思ったのは、約5年半の在籍中1回だけである。シニアマネジャーが作成した財務分析の資料で、負債比率(負債÷自己資本)が間違って計算されているのを訂正した時だけだ(彼は、負債比率=負債÷総資本で計算していた)。

 診断士の試験では、戦略やマーケティングに関するフレームワークをたくさん覚える。しかし、実際のコンサルティングの現場で、それらを使うことはまずない。特に、SWOT分析は、診断士ならば企業分析の入り口として真っ先に使うのだが、コンサルタントの間では最も評判が悪い。「SWOT分析をやったからと言って、SO WHAT?(だから何なの?)」というジョークもあるぐらいである。SWOT分析の欠陥は、事業環境を観察する視点や切り口を分析者がいくらでも恣意的に設定できてしまう点である。また、分析者のさじ加減一つで、弱みを強みに、脅威を機会に(あるいはその逆に)変えることができてしまう。つまり、全く客観性がないのである。

 優れたコンサルタントは、自らフレームワークを作り出す。これが、私がこのベンチャー企業で学んだ数少ない教訓の一つである。一般の書籍に書いてあるフレームワークを使うだけであれば、コンサルタントでなくてもできる。コンサルタントが顧客企業に価値を提供できるのは、一般の人が容易には気づかないような切り口やロジックでフレームワークを創造し、それに従って客観的に情報を収集・整理して、顧客企業の特性を踏まえた示唆を導き出す時である。

 ベンチャー企業での話は、「【シリーズ】ベンチャー失敗の教訓」で書いたので、ここでは繰り返さない。2006年3月に入社後、最も社員数が多かった時はグループ全体で50人以上いたのに、私が退職した2011年6月には10人ほどに減っていた。私の在籍中に3回もリストラを行い、また自主退職が相次いだためである。中には失踪した社員もいた(海外の工場で作業員が失踪するという話は聞いたことがあるが、まさか日本にいて自分の会社で体験するとは思わなかった)。病気になる人も多かった。私が知る限り、ストレスに起因する尿管結石で入院した人が3人、同じくストレス起因性の気管支炎に長い間悩まされた人が2人、うつ病になった人が3人(うち1人は退職後に自殺)、自律神経失調症になった人が1人、持病の膠原病が悪化した人が1人いる。

 今だから正直に告白するが、うつ病になった3人のうちの1人とは私である。私が体調に異変を感じたのは2008年の秋だ。ちょうどその年の夏、1回目の大規模なリストラがあり、それと同時に残った社員の役割見直しも行われた。私は、従来のコンサルティング業務に加えて、教育研修の開発と、会社全体のマーケティング業務もすることになった。喫緊の課題は、前の担当者が途中で辞めてしまい作業がストップしていた自社HPのリニューアルを進めることであった。

 当時は、コンサルティング事業が稼ぎ出した利益を教育研修事業が食いつぶし、さらに大赤字を出すという構造が何年も続いていた。そのため、両事業の仲は険悪であった。そこに、私がコンサルティングと教育研修の両方をやるという立場で入ることになったわけである。社長は、教育研修事業を立て直すため、HPは教育研修サービスを中心にしたいと考えていた。そこで私は、それぞれの教育研修に関するページの原稿作成に着手した。

 ところが、今までコンサルティング事業にいたため、教育研修サービスの中身が解らない。教育研修事業の社員にサービスのことを教えてもらおうとしたが、私がコンサルティング事業から来た人間のせいか、教えてもらえない。「社内サーバのここに入っているよ」と言われてサーバを漁っても、ファイルが見つからない。それでも何とか苦労して原稿の枠組みは作り、後はそれぞれのサービスを担当する講師などに内容を補足してもらうことにした。だが、原稿提出の締め切りを守ってくれない。私が上司で彼らが部下であれば、命令で何とかすることもできたかもしれない。しかし、当時の私は社内で2番目に若く、立場も下であった。なぜ、年下の自分が年上の人間の尻を叩かなければならないのかと思うと、非常に馬鹿馬鹿しかった。

 こういう場合、自分の上司を上手く使って、彼らにプレッシャーをかけるのが1つの手であろう。私の上司であった取締役は、夏のリストラの後、「一緒に頑張って会社を立て直そう」と言ってくれた人である。ところが、そのわずか数か月後にはひっそりと取締役を外れ、業務委託ベースで仕事をする契約に切り替えていたことが解った。簡単に言えば”逃げた”のである。だから、私には頼るべき上司もいなかった。もちろん、こういう状況でももっと起用に立ち回る方法はあったのかもしれない。しかし、当時の私にはそこまでの力がなく、状況を打開するすべがなかった。

 秋から年末にかけて、私は体調が悪くなった。まず、朝寝坊が増えた(フレックスタイム制だったので、遅刻扱いにはならずに済んだ)。そして、気分がふさぎ込むことが増えた。夕方になると、決まって偏頭痛に襲われるようになった。当時のオフィスはちょっと奇抜なデザインになっており、壁にオレンジ色が使われていたのだが、そのオレンジ色を見ると目がチカチカして気分が悪くなった。家にいる時の私の状態がおかしいと感じた妻は、自宅近くの心療内科を受診するように勧めてきた。その時まで、心療内科という診療科があることすら知らなかった。心療内科がどういうところなのかよく解らないまま、とりあえず行ってみることにした。



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