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【城北支部青年部】元Hondaの企画屋がやってきたコミュニケーション(勉強会報告)
DHBR2017年10月号『グローバル戦略の再構築』―日本の中小製造業がこれから海外進出する際の5つのポイント
【ドラッカー書評(再)】『イノベーションと起業家精神(下)』―イノベーションの保守思想

プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2018年02月07日

【城北支部青年部】元Hondaの企画屋がやってきたコミュニケーション(勉強会報告)


コミュニケーション

 城北支部青年部では、2か月に1度のペースで勉強会や懇親会などのイベントを開催しています。「中小企業診断士を取得し、城北支部に入ったが、何をしてよいか解らない」という方は、まずは青年部イベントへのご参加をお勧めします。青年部は「40歳以下または登録5年以下の診断士の先生」を対象とした活動を行っています。ただこれは建前でして、実際には「気持ちが若ければ誰でもOK」です。青年部のイベントで支部活動への参加のきっかけを作り、人脈を広げて、その後の診断士活動につなげていただければと思います(僭越ながら、私が青年部長を務めております)。
 1月の青年部勉強会では、ホンダで経営企画を担当していた熊谷一宏先生をお招きして、コミュニケーションに関する講義・ワークショップを行った。ホンダは世界を日本、中国、アジア/オセアニア、欧州、北米、南米という6つの地域に分ける「グローバル6極体制」を敷いているが、熊谷先生は日本本部で経営企画を行っていた方である。

 【1.《ワークショップ》内的傾聴と集中的傾聴】
 このワークショップは私も体験したことがあり、また、私自身研修やセミナーにおいて講師の立場で実施したこともあるので、私の経験で話をさせていただきたい。コーチングの普及に伴って、傾聴という言葉が使われる機会が増えているが、傾聴には「内的傾聴」と「集中的傾聴」の2種類がある。内的傾聴というのは、簡単に言えば自分自身のことを考えながら相手の話を聞くことであり、反対に集中的傾聴とは、相手に最大限の関心を寄せて相手の話を聞くことである。

 ここで、こんなワークショップをやっていただきたい。2人1組になり(Aさん・Bさんとする)、「最近楽しかったこと」を3分間で相手に話す。まずはAさんがBさんに対して話をする。その際、Bさんはまずは「内的傾聴」モードでAさんの話を聞く。具体的には、

 ・真剣に聞く(自分に自問自答し、評価とアドバイスを考える)。
 ・相槌を打たない。表情を変えない。
 ・目線を合わせない。
 ・真剣に考えられるよう、腕と脚を組む。
 (・途中で相手に質問をしてもよい)

死んだ魚の眼というルールに従ってAさんの話を聞く。ワークショップであるから、大げさにやるのがポイントである。端的に言えば、Bさんは「死んだ魚のような眼」でAさんの話を聞く。イメージで言うと右図のような感じである(この絵は熊谷先生に教えていただいた)。3分経ったら攻守交代し、今度はBさんがAさんに対して「最近楽しかったこと」を3分間で話す。Aさんは「内的傾聴」モードでBさんの話を聞く。

 お互いの話が終わったら、今度は再びAさんがBさんに対して3分間で同じ話をする。ただし、今度はBさんは「集中的傾聴」モードで聞く。具体的には、

 ・真剣に聴く(相手のために聴く。感想・アドバイスを考えない)
 ・相槌は10倍(バリエーションとトーン)。
 ・表情は笑顔。
 ・相手の目をしっかりと見る。
 ・前のめりになって聴く。
 (・途中で相手に質問をしてもよい)

というルールに従ってAさんの話を聞く。ここでもポイントは、ワークショップであるから大げさにやることである。決して、恥ずかしがってはならない。3分経ったら、次はBさんがAさんに対して3分間で同じ話をする。Aさんは「集中的傾聴」モードでBさんの話を聞く。

 このワークショップをすると、相手が「内的傾聴」モードで聞いている時は、話し手は3分間話がもたないことがほとんどである。また、「話しながらどう感じたか?」と質問すると、「苦痛だった」、「本当に聞いてもらえているのか解らなかった」という回答が返ってくる。逆に、相手が「積極的モード」で話をしている時は、話し手にとって3分間が短く感じられる。話したいことが次から次へと出てくる(もちろん、同じ話を2回しているわけだから、1回目よりも2回目の方が話しやすいわけだが)。「話しながらどう感じたか?」と質問すると、「楽しかった」、「自分に興味を持ってくれているように感じた」といった感想が聞かれる。

 ここでもう1つ、「『内的傾聴』と『集中的傾聴』の2つのモードで相手の話を聞いた時、相手の話の内容をよく覚えているのはどちらか?」と聞くと、受講者はほぼ100%「集中的傾聴」モードの時と答える。先ほどのルールを振り返ってもらいたいのだが、「内的傾聴」モードでは「自分に自問自答し、評価とアドバイスを考える」、「集中的傾聴」モードでは「相手のために聴く。感想・アドバイスを考えない」とある。相手の話に対して評価やアドバイスを考えながら話を聞くと、相手の話が頭に残らないのに対し、頭の中を空っぽにして相手の話を聞くと、かえって相手の話がよく覚えられる。私もワークショップで体験したが、「集中的傾聴」モードの時は、頭の中は空っぽなのに自然と質問が湧いてきて、相手の話がよく理解できるという不思議な現象が起きる。

 ここでさらに受講者に対して、「普段の業務では、自分は『内的傾聴』と『積極的傾聴』のどちらのモードに近いか?」と質問すると、大半の人は「内的傾聴」モードに近いと答える。これには様々な理由があるだろうが、日本人は一般に同質性が高いと思われているため、相手の言いたいことは聞かなくても解ると考えてしまうことが一因ではないかと思う(本当は日本人は決して同質性が高いわけではないのだが、これについては後述する)。だから、上司は部下が報告に来ても、パソコンを操作する手を止めず、不機嫌そうな顔でパソコンの画面をのぞき込み、ろくに相槌や質問もせず、部下の話が一通り終わると「解った」と言って部下を帰してしまう。

 ただ、興味深いのは、主に日本国内で仕事をしている人に対してこの質問をすると、「『内的傾聴』モードに近い」という回答が返ってくるのに対し、海外事業に携わっている人にこの質問をすると、「『積極的傾聴』に近い」と回答する人が結構いるということである(講師としては「『内的傾聴』モードに近い」という回答を期待しているため、ここで研修のシナリオが狂って戸惑ってしまう)。海外事業で外国人を相手にコミュニケーションをする時には、相手がどんな価値観を持っていて何を考えているのかが全く解らないから、頭の中を白紙状態にして相手の話を聞くという習慣が自然と身についているのではないかと考えられる。

 【2.《ワークショップ》褒める】
 2つ目のワークショップについては、今回の勉強会で実践した内容を書く。2つ目は、「ひたすら相手を褒めちぎる」というものである。同じように2人1組となって、まずはAさんがBさんのよいところ(外見、性格、考え方など何でもよい)を1分間でひたすら褒めまくる。それが終わったら、今度はBさんがAさんのよいところを1分間でひたすら褒めまくる。1分という非常に短い時間であるにもかかわらず、日本人は普段から相手を褒めることに慣れてないため、このワークショップは難しかった。私も恥ずかしながら1分間話がもたなかった。ただ、世の中には褒め上手の人もいる。勉強会の参加者の1人が、「石田純一さんはどんな女性でもよいところを10個褒めることができるらしい」という話をして、「だから女性にモテるわけだ」と全員で妙に納得してしまった。

 褒められて悪い気分になる人はいない。アメリカには、選手のことをひたすら褒めまくることで選手のモチベーションを上げるコーチも多いと聞く。特に、能力の高いスーパースター集団を率いる監督やコーチは、トレーナーというよりもモチベーターとしての役割を果たす。ただ、日本人の場合は、あまり褒められすぎると、「この人は自分に媚を売っているのではないか?」と疑心暗鬼になる傾向があるように思える。

 アメリカ人と日本人のこの違いは、遺伝子の違いである程度説明できると考える。遺伝子の中には、ストレス耐性を決定する「セロトニントランスポーター遺伝子」というものがある。セロトニンは、その量が十分ならば安心感を覚え、不足するとうつ病の原因となる。この遺伝子には、不安を感じやすい心配性のS型と、大らかで楽観的なL型がある。遺伝子は両親から半分ずつ受け継ぐため、S/S型、L/L型、その中間となるS/L型のどれかになる。アメリカ人の場合、楽観的なL/L型が30%を超えるのに対し、日本人のそれはわずか1.7%しか存在せず、この値は世界最低である。裏を返せば、日本人の約98%は心配性のS型を持っており、根がネガティブなのである(『週刊ダイヤモンド』2017年4月15日号より)。

週刊ダイヤモンド 2017年 4/15 号 [雑誌] (思わず誰かに話したくなる 速習! 日本経済)週刊ダイヤモンド 2017年 4/15 号 [雑誌] (思わず誰かに話したくなる 速習! 日本経済)

ダイヤモンド社 2017-04-10

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 根がポジティブな人は褒められて育つ。逆に、根がネガティブな人は叱られて育つと私は思う。野村克也氏は「無視⇒賞賛⇒非難」の3段階で選手を育成することを持論としていた。まず、入団したてで箸にも棒にも掛からぬ選手は無視する。その選手が少し実力をつけると褒める。さらにその選手が成長してレギュラークラスになると、今度は逆に徹底的に非難する。野村氏の非難は時に人格否定を含む過激なものであったようだが、それでも「野村チルドレン」という言葉があるように、野村氏に育成してもらい、今でも野村氏を慕う選手や元選手は非常に多い。

 京セラの創業者・稲盛和夫氏も、部下の経営幹部をボロクソに批判するらしい。ただ、それでも自分について来てくれる部下に対して、「なぜ自分について来るのか?」と尋ねたところ、「稲盛さんの部屋を出る時、最後に必ず稲盛さんが『ありがとう』と言ってくれるからだ」と言われたそうだ。日本人の場合は、「9叱って1褒める」ぐらいがちょうどいいのではないかと感じる。だから、私も以前の記事「『致知』2017年12月号『遊』―「社員満足度がモチベーションを上げる」という理屈にどうも納得できない」で、社員に不満足を覚えさせてモチベーションを高めるための1つの方法として、「上司や顧客からの厳しいフィードバックを与える」というものを書いた。

 【3.ホンダの「ワイガヤ」について】
 ホンダのコミュニケーションと言うと「ワイガヤ」が有名である。ワイガヤは「わいわいがやがや」の略である。何かのテーマについて他の人と議論をし、新しいアイデアを得たい時には、「ちょっとワイガヤしようよ」と周囲の人に呼びかける。呼びかけられた側もそれを決して断らず、ワイガヤに応じることがホンダの企業文化として染みついている。

 ワイガヤには3つのルールがある。それは、①共通の目的(A00)、②異質な人々、③コミュニケーションである。A00とはホンダ独自の言葉であり、別の言葉で表すならば「コンセプト」である。議論が迷走、暴走した時には、「この議論のA00は一体何なのか?」という問いが発せられる。この点で、A00とはコミュニケーションの原点と呼んでもよいかもしれない。ホンダはコンセプトの議論に過剰なまでの時間をかける。例えば、NSXのコンセプトは「Original Must Be Done(ホンダにしかできないことを)」であるが、「オリジナルとは何か?」を徹底的に議論する。N-BOXのコンセプト「日本の家族のしあわせのために」に至っては、「家族とは何か?」、「しあわせとは何か?」ということを愚直なまでに真面目に議論する。

 近年、企業組織は1つのジレンマに直面している。企業には共通の目的が必要であり、社員は共通の価値観を持たなければならないというのが伝統的な見解である。一方で、最近はダイバーシティ・マネジメントの重要性も高まっており、社員の多様性を尊重することも強調されている。組織が共通の目的・価値観を持ちながら、個々の社員は多様であらねばならないというのは大きな矛盾である。だが、この矛盾を乗り越えるヒントがホンダのワイガヤにあると思う。

 ホンダは、まずA00=コンセプトという形で共通の形式知を掲げる。次に、その形式知を解釈する。と言っても、明文化されたコンセプトの文言を要素還元主義的に分解していくのではない。その形式知に接触した人が、各々の物の見方、考え方に従って解釈を行う。解釈は1人で行うよりも、複数人で行う方が望ましい。日本人は同一性が高いようでありながら、実は考えていることは結構バラバラである。だからこそ、日本の意思決定では「稟議」、「根回し」なるものが重要な意味を持つ。仮に日本人が皆同じ考えを持っているならば、稟議も根回しも不要である。稟議や根回しが必要であることは、日本人の考え方が多様性に富んでいることを示唆している。

 こうして、コンセプトをめぐり深い議論を重ねることで、その背後に重層的な意味=暗黙知が蓄積されていく。暗黙知は、時に重複、冗長、矛盾、対立を含む。しかし、形式知という枠組みの中において、それらが共存することを敢えて許す。ただし、あまりにも深刻な葛藤が生じた時には、我々が立脚している形式知とは何だったかと問い、原点に立ち戻る。ホンダはこれを繰り返している。つまり、形式知と暗黙知との間を頻繁に往復し、統一性と多様性を調和させている。

 私は本ブログでよく「二項混合」という言葉を使うが、ホンダのワイガヤは形式知と暗黙知の二項混合である。私は語彙が貧弱なので、この二項混合を未だに上手に説明できないのだが、野中郁次郎氏は、「二項動態」という言葉を使って、私の言いたいことを代弁してくれている。
 二項が実は1つでありながら、その両極あるいは両面を構成していて、それらをつないでいる幅のある中間(中庸あるいはメソ)では2極の性質を持ちながら(白と黒の2極の間のグレーのグラデーションのように)連続的に変化しており、二項は中庸の部分でダイナミックに相互作用しながら、状況変化にあわせて時々刻々ダイナミックにバランス(動的均衡)を維持している。
(野中郁次郎、梅本勝博「アメリカ海兵隊の知的機動力 組織的知識創造論から二項動態論へ」〔『一橋ビジネスレビュー』2017年AUT.65巻2号〕
一橋ビジネスレビュー 2017年AUT.65巻2号一橋ビジネスレビュー 2017年AUT.65巻2号
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2017-09-15

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 このように見てくると、ホンダという組織はコミュニケーションの負荷が非常に高い組織であると言えそうである。一橋大学では「組織の<重さ>」という研究も行われており、<重い>組織、つまりコミュニケーションの経路が煩雑で、コミュニケーション負荷が過剰な組織はパフォーマンスが低いという結果が出ている。だが、ホンダの例を見ると、<重い>組織=パフォーマンスの低い組織という単純な図式は成立しないように感じる。

 コミュニケーションには「早い―遅い」、「重い―軽い」という2軸があると私は考える。「早い―遅い」は情報の伝達速度を、「重い―軽い」は情報の密度・質感を表している。早くても軽い組織は、コミュニケーションが効率的になされているが、その内容は表面的なものにとどまる。遅くて軽い組織は、情報伝達が鈍い上にコミュニケーションが浅いため最悪である。早くて重い組織が最も効果的・効率的なコミュニケーションを行っていることになるが、そのような組織はなかなか存在しない。最も理想的かつ現実的なのは、実は遅くて重い組織ではないかと思う。これはちょうど、野球において、投手の球が速くても軽ければ簡単に打者に打ち返されてしまうのに対し、遅くても重ければ打者を抑えることができるのと似ている。

2017年10月24日

DHBR2017年10月号『グローバル戦略の再構築』―日本の中小製造業がこれから海外進出する際の5つのポイント


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 10 月号 [雑誌] (グローバル戦略の再構築)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 10 月号 [雑誌] (グローバル戦略の再構築)

ダイヤモンド社 2017-09-08

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 本号にはホンダの八郷隆弘代表取締役兼CEOのインタビュー記事が掲載されていた(八郷隆弘「需要地生産の理念と収益性を両立させるホンダの要諦 ローカルで愛され、グローバルで儲ける」)。ホンダは、創業者である本田宗一郎の「需要のあるところで生産する」というモットーに従って、世界6極体制(日本、中国、アジア・オセアニア、ヨーロッパ、北米、南米)を構築してきた。つまり、中国の自動車は中国で、ヨーロッパの自動車はヨーロッパで生産するという体制である。ところが、昨今は世界経済が不安定になり、各地域の需要変動が大きくなりつつあるため、例えばアジア・オセアニアで生産した自動車を南米に持っていくなど、生産能力をグローバル規模で調整し、融通し合うことを検討しているという。ただ、これは海外進出の歴史が長い大企業だからこそ直面している課題であり、また解決可能な課題であると言えよう。

 私は一応中小企業診断士なので、これから海外に進出することを検討している中小企業、特に中小製造業に向けて、今回の記事を書いてみたいと思う。製造業に注目しているのには理由がある。本号にも書かれている通り、製造業はサービス業と違い、規模の経済によって生産性を大きく向上させることができる。しばしば言われるように、昨今の深刻な経済格差を解消するには、生産性向上がカギを握っている。また、製造業には雇用の乗数効果がある。製造業の雇用を1創造すると、サービス業の雇用が1.6創造されるという。「自動車組立工場を作ると隣にウォルマートが来る。だが、ウォルマートができても自動車組立工場は来ない」という言葉もある(アイリーン・ユアン・サン「産業革命の次なる舞台 ”世界の工場”は中国からアフリカへ」より)。

 私は決してサービス業を軽視しているつもりはない。しかし、製造業は様々な機能、職能、技術の複雑な集合体であり、その経営には高度な知識とノウハウが必要とされる。よって、製造業に強い国こそが世界で高い競争力を持つと思っている。アメリカやドイツが第4次産業革命、インダストリー4.0を掲げているのは至極真っ当なことだと思う。製造業が凋落したからと言って、金融業にシフトしたイギリスがますます落ち目になってしまったのとは対照的である。最近の日本では、スマートフォンのゲームアプリで何百億円もの売上高を上げたとか、Youtuberが1億円を稼いだといったことばかりが話題になるが、私が見たい未来はそういう未来ではない。

 今回の記事では、これから海外進出する中小製造業が注意すべきポイントを5つ挙げる。1つ目は、海外市場で売れる「最終製品」を開発することである。日本の中小製造業は、最終製品を組み立てる大企業の下請として、各種部品を製造しているところが多い。しかし、大企業の工場は今や海外に移転してしまった。さらに、大企業はコスト削減のために現地のサプライヤーと新たな関係を構築している。日本に残された中小製造業が、後からその関係に割って入ることは難しい。そこで、今まで部品製造で培ってきた技術を活用して、海外市場向けの最終製品を作る。これは、アンゾフの成長ベクトルで言うところの「多角化戦略(新しい製品を新しい顧客に提供する)」に該当し、最もリスクが高いが、中小製造業が生き残るにはこれしかない。

 日本企業は、顧客に直接会い、顧客の声に耳を傾け、ニーズを丁寧に拾い上げて製品に反映させる能力に長けていると思う。アメリカ企業が大量のデータを駆使して統計的に顧客のニーズを分析したがるのとは対照的である。本号でも、海外、特に新興国では「プッシュ型戦略(企業が売りたい製品を顧客に売る戦略)」ではなく「プル型戦略(顧客を企業側に引きつける戦略)」が有効とされている。具体的には、①顧客が直接表明する怒り、いらだち、不安、苦痛を理解する、②顧客が代替品で何とかやりくりしている問題に着目する、③顧客が法律を歪曲して対応している問題に注目する、といった手法が挙げられている(クレイトン・クリステンセン他「潜在的なニーズをいかにつかむか 市場創造型イノベーション:アフリカを開拓する新手法」より)。

 中小製造業が、日本で製造していた部品と同じ部品を海外で安く製造するのではなく、全く異なる最終製品を海外で製造するのにはメリットがある。ある中小企業は、取引先の親会社からの要請に基づいて、コストダウンのために国内工場の一部を海外に移転させた。海外では何とかコスト削減に成功したが、その後親会社はとんでもないことを要求してきた。「海外でこれだけ安く作れるのだから、御社が国内で我々の日本本社に納めている部品についても、同じ価格で納品してほしい」。親会社が海外でその中小企業の海外子会社から購入している部品と、親会社が日本でその中小企業の日本工場から購入している部品は同じなのだから、親会社の要望は解らなくもない。ただ、中小企業にとっては、とても対応できる問題ではない。もしも国内と海外で別々の製品を製造していれば、こういうリスクは回避することができる。

 本号にはアフリカに関する論文がいくつか所収されていた。アフリカのリスクは、①賄賂・汚職が蔓延している、②インフラが未整備である、③能力を持った人材が欠如している、④(BOP理論で増加が予想されていた)中間層が育っていない、といったことが挙げられる。ただし、これらは程度の差はあれ、アジアの新興国にも該当することである。特に①~③の問題に対処するために、できるだけ自前主義をとるという方策がある。これが2つ目のポイントである。

 前掲のクレイトン・クリステンセン他論文では、ナイジェリアで「インドミー」というインスタント麺の製造・販売を行うドゥフィル・プリマ・フーズ(インドネシアのトララム・グループ傘下の企業)の事例が紹介されている。新興国では、原材料の横流しや、仕入先への賄賂などが頻発する。同社はこうした不正を防ぐために、外部のパートナーに頼らず、自社で原材料から製造することにした。また、ナイジェリアはインフラが未整備で工場の稼働に支障をきたしていたため、同社は電力・水道事業にも着手した。さらに、製品を納品するために、自前のトラックを活用したサプライチェーンを構築し、流通倉庫や小売店も設けた。加えて、ナイジェリアの学校を好成績で卒業した人材を採用し、自前の研修を通じて電気工学、機械工学、ファイナンスなどを教えている。

 ただ、日本で部品製造に特化し、業界のバリューチェーンの一部を占めるにすぎなかった中小製造業が、海外でいきなりバリューチェーンの全部を構築するのはハードルが高い。どうしても現地企業をパートナーとして活用せざるを得ない。そこで、川上や川下のプレイヤーに対して、強いパワーを発揮することが重要となる。原材料メーカーには、高いレベルの品質マネジメントシステムを導入してもらう。そして、定期的に工場の内部監査を行い、5Sが徹底されているかといった基本事項から始まり、高品質と低コストを両立させる製造ラインが整備されているかを直接目で見て確認する。販売店・代理店に対しては、厳しい与信管理を行い、きめ細かく業績管理をする。そして、必要に応じて契約内容やインセンティブを見直す。さらに、川上・川下の両プレイヤーに対して共通することだが、現地パートナーの人材育成に積極的に力を貸すことである。

 日本で新規事業を立ち上げる際には、顧客の生の声を吸い上げると同時に、各種機関が公表している統計データや、市場調査会社から得られる情報に基づいて、緻密な事業戦略を構想することが可能である。ところが、海外の場合は、信頼できる客観的なデータが入手できないことが多い。したがって、厳密なフィージビリティ・スタディは困難である。だから、最後は経営者の直観に頼る部分が大きくなる。ただ、1つだけ明確に決めておくべきことがある。それは「撤退基準」である。撤退基準をはっきりさせておくことが3つ目のポイントである。例えば、「進出後○○年後の累積赤字が△△円になったら撤退する」といった具合である。海外進出で失敗する企業を見ていると、撤退基準を設定しておらず、ずるずると赤字を垂れ流しているのに、「いつか事態は好転するだろう」と楽観視して、結局膨大な負債を抱えてしまう、というケースが少なくない。

 日本の新規事業がそうであるように、海外の新規事業も最初の数年間はほぼ間違いなく赤字になる。日本本社は、海外事業が軌道に乗るまでは、その赤字を補填しなければならない。補填可能な金額が撤退基準であると言えるだろう。海外事業の赤字を補填するためには、日本本社の利益を上積みする必要がある。逆説的なことだが、日本の市場が飽和状態であるから海外に進出するのに、海外事業を成功させるには日本の事業を拡大させなければならないのである。ただし、1つ朗報がある。『通商白書2012』によると、海外での売上高が増加している企業のうち、約5割が国内の売上高も増加しており、海外での売上高が減少している企業のうち、約6割が国内の売上高も減少している。つまり、海外売上高と国内売上高はトレードオフの関係というより、同じ方向に動く傾向が高いことが解っている。

 化学薬品商社である「江守グループホールディングス」は、福井市で100年以上続く名門商社であったが、2015年4月に民事再生法を適用した。同社は2000年代に入ってから中国に進出し、中国事業を積極的に拡大していた。中国事業の売上高は、日本事業の売上高をはるかに上回るまでに成長した。ところが、実は中国子会社では架空売上の計上など粉飾決算が日常的に行われており、実態は大幅な赤字であった。中国事業の実際の累積赤字が発覚すると、その額があまりにも大きすぎたため、日本本社でカバーすることができず、最後は倒産してしまった。これは、中国子会社のガバナンスが機能不全に陥っていたことと、撤退基準が明確でなかったことが重なって引き起こされた悲劇であると言えるだろう。

 4つ目のポイントは、一度ある国に進出したら、中長期的にその国にコミットメントするべきだということである。コスト削減を目的に進出する日本の大企業は、現地の賃金が上がると、すぐにもっと労賃の安い国に工場を移す傾向がある。大企業には余剰資源と体力があるから、それも可能である。しかし、中小企業にとっては、工場を頻繁に移動させることは難しい。一度その国に進出したら、10年、20年はその国でビジネスをする腹積もりでいなければならない。

 アジアの新興国では、政治家の人気取り政策によって、最低賃金が毎年10%以上上がるということも珍しくない。それに耐えられない大企業はすぐに他の国に移ってしまう。だが、これは見方を変えると、最低賃金が上がる分だけ、その国の人々の生活水準が上がるということでもある。今、この記事では、中小製造業が現地で売れる最終製品を製造・販売することをテーマとしている。現地の生活水準が上がったら、今度はより高付加価値製品にシフトしていく。今、新興国で何が売れるのか解らないわけだから、将来的にどんな高付加価値製品が売れるようになるのかを予測することは不可能に近い。しかし、新興国に進出する以上は、長い目で見た時に高付加価値製品にシフトすることも視野に入れておくことが肝要である。

 最後のポイントは、4つ目のポイントとも関連するが、進出先の国の発展に貢献するのだという意気込みを持って進出しなければならないということである。本号には、新興国で電気バイク、電気三輪車を製造・販売するテラモーターズの代表取締役社長である徳重徹氏の記事があった(徳重徹「テラモーターズは失敗から学ぶ 新興国で勝ち残る5つの鉄則」)。これによると、新興国企業のリーダーは非常に愛国心が強いという。そして、社会的意義の高い事業を行おうとしている。日本の中小製造業は彼らと競争することになる。国内市場が頭打ちだから、何となく海外の方が稼げそうだからといった生半可な気持ちで進出すると手痛い目に遭う。

 ただ個人的には、「採点審査に困る創業補助金の事業計画書(その6~10)」でも書いたように、事業の社会的価値を強調しすぎるのもいかがなものかと感じる。大言壮語でビジョンを語られると、かえって胡散臭さを感じてしまう。進出先の国の”全国民”を豊かにするといった類のビジョンは、私はかえって邪魔だと思う。それよりも、経営者が直接観察して発見した、先進国なら当然存在する製品・サービスが欠けているために困っている人たちを助けたいという”リアルな”思い、経営者が雇用したローカル社員に少しでも高い給与を払って彼らの生活レベルを上げたいという”リアルな”思いの方がはるかに重要である。そして、以前の記事「『致知』2017年10月号『自反尽己』―上の人間が下の人間に対してどれだけ「ありがとう」と言えるか?、他」でも書いたように、「この国で事業をさせていただいている」という謙虚な姿勢を忘れないことである。

 新興国は国策として外国からの投資を呼び込んでいる。よって、新興国に進出する中小製造業は、政府や行政と良好な関係を構築することが必要になる。『コークの味は国ごとに違うべきか』の著者であるパンカジュ・ゲマワットは、本号の論文で、現在各国で問題になっている収入格差を解消するために、政府は保護主義ではなく、セーフティーネットの整備、最低賃金の引き上げ、税制改革、職業訓練などを施すべきであり、企業がこれらの政策の支持を表明すれば大きなメッセージになると述べている(パンカジュ・ゲマワット「多国籍企業は混乱の中でどこに向かうべきか トランプ時代のグローバル戦略」より)。

 ただ、これはどちらかというと大企業向けの提言であり、中小製造業が実施するには困難が伴う。中小製造業は身の丈に合った形で政府の政策に協力し、社会的責任を果たせばよい。例えば、繰り返しになるが、最低賃金すれすれの賃金ではなく、社員にとって魅力的な賃金を支払うこと、また、社員に対して十分なトレーニングを実施し、能力の向上に貢献することなどである。これらの取り組み1つ1つは小さなものかもしれないが、日本の多くの中小製造業が新興国に進出するようになれば、確実にその国の発展に貢献する。

2015年12月25日

【ドラッカー書評(再)】『イノベーションと起業家精神(下)』―イノベーションの保守思想


「新訳」イノベーションと起業家精神〈下〉その原理と方法 (ドラッカー選書)「新訳」イノベーションと起業家精神〈下〉その原理と方法 (ドラッカー選書)
P.F. ドラッカー Peter F. Drucker

ダイヤモンド社 1997-11

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 ドラッカーのイノベーション理論は非常に保守的である。この点で、日本人受けがいいのかもしれない。以前の記事「【ドラッカー書評(再)】『イノベーションと起業家精神(上)』―変化を活かすのか?変化を創るのか?」でも書いたが、イノベーションと言うと普通はイノベーターがリーダーシップを発揮して変化を”作り出す”ものだと思われている。ところが、ドラッカーは、産業構造、人口構造、社会の価値観の変化などを”利用すれば”よいと指摘した。しかも、イノベーターは変化の理由を知る必要もないという。変化の理由を分析するのは学者の仕事だと言いたいのだろう。本書からも、ドラッカーの保守的な思想をいくつか読み取ることができた。
 企業であれ、社会的機関であれ、最も起業家精神に乏しく、最もイノベーションの体質に欠けているのは、むしろごく小さな組織である。既存の起業家的な企業には大企業が多い。世界中には、そのような大企業が優に100社を超える。加えて、起業家的な企業の多くは、かなりの規模の中堅企業である。
 イノベーションの世界では、無名なベンチャー企業が既存の大企業を打ち負かすストーリーが好まれる。しかし、ドラッカーによれば、イノベーションに向いているのは小規模企業ではなく、既存の中堅・大企業だという。もちろん、世界の大企業を顧客として抱えるドラッカーが、イノベーションに適しているのは小規模企業であると言ってしまっては飯の食い上げになるから、多少割り引いて受け止める必要があるのかもしれない。ただ、その点を差し引いたとしても、既存企業こそイノベーションを起こすべきという主張は、日本にフィットしやすいと考える。

 以前の記事「山本七平『山本七平の日本の歴史(下)』―「正統性」を論じる時に「名」と「実」を分けるのが日本人」で、蘇軾の『正統論』が日本の正統性の考え方に影響を与えたと書いた。アメリカや中国などでは、既存のAが正統性を獲得しているところに対して新興のBが起こり、正統性をめぐる激しい争いが展開される。BがAに勝つと、Aを完全に駆逐し、Bが正統性を確保する。時代が下って今度は新興のCが現れると、また同じように激しい対立が起きる。アメリカや中国などの歴史はこの繰り返しである(中国の王朝の交代が最も解りやすいと思う)。

 日本の場合は、「名」と「実」を分ける。正統性を確保しているAに対して新興のBが登場しても、BはAを完全には否定しない。Aが正統性を未だに維持していることを「名」目上認める。その一方で、Bは「実」質的な正統性の獲得をするため、事後的に論理を蓄積していく。日本は世界に例のない王朝国家であるが、天皇制を廃止しようとした人物は平将門ただ1人しかいない。藤原家は天皇家の外戚となることで影響力を発揮した。幕府は朝廷と二重の統治機構を形成することで日本を支配した。幕府が倒れた後も、天皇親政は新たな政府の存在を必要とした。

 これを(無理やり?)企業経営にあてはめて考えると、日本においては新興企業が現れて既存の中堅・大企業を駆逐する(そして、新興企業が成功して大企業になると、今度は別の新興企業に打ち負かされる)という非常に動的な交代劇は馴染まないのかもしれない。むしろ、中堅・大企業がこれまでの事業の延長線上にイノベーションを接合し、社内の反対や顧客からの不評に揉まれながら、徐々にイノベーションを形にしていく(正統性を獲得していく)方が向いている。

 (では、中小企業やベンチャー企業は何をすべきか?個人的には、一部の例外を除いてマーケティングに注力すべきだと考える。言い換えれば、潜在的なニーズを対象としたリスクの高いイノベーションよりも、ニーズが顕在化しており、顧客の声に耳を傾けてそれを忠実に製品・サービスへと反映させ、適切な営業活動をすれば一定の成果が見込める活動を優先させた方がよい。マーケティングによってある程度企業を大きくしてから、イノベーションに着手する。業界の構造やルールを大幅に書き換えるイノベーションは、相当の体力と覚悟がなければ実行できない)。
 「自分は何が得意で何が不得意か」という問いこそ、ベンチャー・ビジネスが成功しそうになったとたんに、創業者たる起業家が直面し、徹底的に考えなければならない問題である。(中略)これは、第2次大戦の敗戦後という暗澹たる日本において、本田宗一郎が本田技研工業という小さなベンチャー・ビジネスを始めるにあたって行ったことだった。彼は、パートナーとしてマネジメント、財務、マーケティング、販売、人事を引き受けてくれる者が現れるまでは、事業を始めなかった。彼自身は、エンジニアリングと製造以外は何もやらないことにしていた。
 以前の記事「「起業セミナー」に参加された方にアドバイスした3つのこと」でも書いたように、スタートアップ企業は経営資源に限りがあるため、パートナー企業と提携することが多い。今でこそアメリカ企業も提携に積極的になったが、アメリカの大企業はもともと自前主義が非常に強い。アメリカの自動車メーカーは、日本のように系列構造を持たず、部品や組立・加工機械などを自社で製造していた。IBMはコンピュータにかかわるあらゆる製品を自社で揃えているのが売りだった。こうした自前主義への反省から生まれたのが、オープン・イノベーションである。P&Gのコネクト・アンド・デベロップメントはその代表例である。

 他方、日本企業はオープン・イノベーションなどという言葉が生まれる前から、企業連携による製品開発を行っていたように思える。自動車業界では、系列下の下請企業も新製品開発に参加していた。また、日本には業界団体という、非常に特異な組織がある。業界団体の会合には、様々なシーズとニーズを持った企業が集まり、イノベーションに向けたマッチングが行われる。時には競合他社と手を組むこともある(業界団体自体が何かイノベーションを起こすわけではない。たまに、イノベーションの創出を目的として業界団体を設立したという記事を見かけるが、業界団体にそれを期待するのは酷である。業界団体の目的はネットワークの形成にすぎない)。

 ただ、自社で何もできないからと言ってパートナーばかり探していると、依存症になる。以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第4回)】何にでも手を出して、結局何もモノにできない社長」でも書いたように、私の前職の企業がまさにそうであった。自社の能力に自信がない企業は、パートナーを増やして不安を隠そうとする。ところが、今度はハンドリングすべき企業が増えて身動きが取れなくなる。それに、それだけパートナー企業を使わないと製品・サービスが提供できないのだとすれば、自社の存在価値が一体どこにあるのか解らなくなる。

 自分の弱みはパートナーに頼るとしても、まずは自社で全てやってみるのが原則であると思う。極限まで自社でやってみると、自社の本当の強みと弱みがよく解る。そこまでやって初めて、パートナー探しに着手すべきである。トヨタは製造工程を外注する際、必ずまずは自社でやってみるのだという。トヨタならばどのくらいのコストでその製造工程をこなせるのかを判断する。その上で、そのコスト以下の価格で下請企業に発注するのである。
 彼らは「何をしたいか」から考える。あるいはせいぜい「自分は何に向いているか」を考える。しかし正しい問いは、「客観的に見て、今後、事業にとって何が重要か」である。(中略)次に問うべき質問は、「自分の強みは何か。事業にとって必要なことのうち自分が貢献できるもの、他に抜きんでて貢献できるものは何か」である。この問いについて徹底的に考えたあと、はじめて「本当は何を行いたいか。何に価値をおいているか。残りの人生とまではいかないまでも、今後、何をしたいか」「それは事業にとって本当に必要か。基本的かつ不可欠な貢献か」を問うことができる。
 まだ市場にない製品・サービスを一から生み出す際には、顧客が何をほしがっているかを事前に知ることはできない。そのため、まずは「自分ならこういう製品・サービスがほしい」と強く願い、それを形にすることから始める。製品・サービスができ上がると、「自分がほしがっているならば、他の人もほしいと思うに違いない」と信じて、それを市場に展開する。これがアメリカのイノベーションである(以前の記事「森本あんり『反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体』―私のアメリカ企業戦略論は反知性主義で大体説明がついた、他」を参照)。

 アメリカは自己啓発大国であり、「自分のやりたいこと」に集中せよと言われる。アメリカのイノベーターは自分のニーズから出発しているという点で、アメリカ式自己啓発と親和性が高い。そして、イノベーターの新製品・サービスが世界中に広まることを「自己実現」と呼ぶ。ところが、ドラッカーは「自分のやりたいこと」から出発するな、と警告する。逆に、「社会・市場の変化を客観的にとらえよ」と説く。つまり、社会に個人が従属するという伝統的な関係が生きている。自己啓発によって社会を個人に従属させようとするアメリカ人にとっては、ひどく退屈に映ることだろう。

 まだ十分な論理づけができていないのだが、私も「やりたいこと」と「できること」のうち、「できること」を優先すべきだと考えている。「やりたいこと」はあるがその能力がない場合は、悲惨な結果に終わる。やりたいと強く信じれば、能力は後からついてくると主張する人もいるが、私はそれが実際にできた人を見たことがない。「好きこそものの上手なれ」と「下手の横好き」という相反することわざのうち、私は後者を信じる。やりたい気持ちが強くても、能力がついてこずにいつまでも成果が出なければ、当初のモチベーションは失われる。私はそういう人をたくさん見てきた。

 やりたいことでなくても、「できること」があれば、当面仕事は任せられる。相手のモチベーションが低ければ、こちらから働きかけてモチベーションを上げればよい。「やりたいこと」は主観的なので、周囲の環境や本人の心境の変化に影響されやすい。これに対して、「できること」は客観的な評価であり、それほど変動しない。よって、ある程度の成果は期待できる。そして、成果が出るにつれて、本人もだんだんと仕事が面白いと感じるようになるかもしれない。そうすれば、「やりたいこと」と「できること」が一致する理想的な人材が生まれる。

 私の前職の教育研修・組織開発コンサルティング会社では、社員がやりたいことばかりを優先していた(私もその社員の1人であったから、強くは批判できないのだが)。繰り返しになるが「やりたいこと」は主観的であるがゆえに、人によって言うことがばらばらになる。そのため、組織を1つに束ねることが非常に難しい。仮に「できること」で組織をまとめていたら、もっと求心力が高まったと思われる。なぜなら、「できること」は客観的であるから、社員の能力が重なり合う部分を探し出せば、それはほとんど誰からも文句が出なかったに違いないからだ。




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