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【中小機構】インバウンドを呼び込むために知っておきたい基礎知識~欧州編~(セミナーメモ書き)
【中小機構】2018年版中小企業白書・小規模企業白書(概要)について(セミナーメモ書き)
『中小企業のための海外リスクマネジメントガイドブック』(経済産業省)の補足

プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2018年06月05日

【中小機構】インバウンドを呼び込むために知っておきたい基礎知識~欧州編~(セミナーメモ書き)


インバウンド旅行客

 中小企業基盤整備機構(中小機構)の虎の門セミナー「インバウンドを呼び込むために知っておきたい基礎知識~欧州編~」に参加してきた。講師は、株式会社グローバル・デイリー 欧州事業戦略室次長・近藤美伸氏と、フランスで日本の魅力を発信している著名なYouTuberのギヨーム・ジャマル氏であった。以下、セミナー内容のメモ書き。

 2017年の世界のツーリストの数は約13億2,200万人で2016年よりも約7%増加している。ツーリスト数は2020年には14億人、2030年には18億人に上ると予測されており、観光産業は順調に成長を続けている最も注目すべき産業の1つである。訪日外国人は、2008年時点では8,350,835人だったが、2013年に1,000万人を突破(10,363,904人)して以来急激に増加している。2016年には2,000万人を超え(24,039,700人)、2017年には3,000万人が見えてきた(28,691,100人)。政府は、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年に、訪日外国人4,000万人を達成するという目標を掲げている。

 2016年の訪日外国人2,404万人の内訳を見ると、アジア人が84%の2,010万人を占めており、欧米人・オーストラリア人はわずか12%の296万人にすぎない。これは、欧州など世界中から満遍なく観光客を誘引しているタイ(2016年の訪タイ観光客数は3,256万人)とは対照的である。ただ、逆に言えば、日本は欧米豪の潜在観光客を掘り起こすことができる可能性が高いことを示しており、政府は訪日プロモーションとして「Enjoy my Japan グローバルキャンペーン」を展開している。政府は、まずはこのキャンペーンで日本の魅力を広く知ってもらい、次に国別戦略に基づくきめ細やかなプロモーションを通じて、訪日観光につなげたい考えである。

 訪日外国人が日本に最も期待することは「日本食を食べること」である。ところが、それ以外のニーズとなると、国・地域によって差がある。中国・タイ・香港・台湾・韓国では「ショッピング」を挙げる人の割合が高いのに対し、アメリカ・イギリス・フランス・ドイツ・オーストラリアでは「日本の歴史・伝統文化体験」を挙げる人の割合が高い(観光庁「訪日外国人消費動向調査」より)。このニーズの差は、訪日外国人の支出内訳の差にも表れている。例えば、中国人は買い物代に平均11万9千円を費やすのに対し、イギリス・オーストラリア・フランス・イタリア・ドイツ・アメリカ・オーストラリアの人々は宿泊代に多くを費やしている(約8~10万円)(日本政府観光局〔JNTO〕「訪日外客統計」より)。欧米豪の人々の休暇は長いため、日本に長期間滞在して、日本の様々な歴史・伝統文化を体験したいと思っている。

 講師によると、アメリカ市場にアプローチするにはサンフランシスコを、ヨーロッパ市場にアプローチするにはフランスをターゲットにするとよいと言う。サンフランシスコは、政治・社会動向だけでなく、広くアメリカにおける衣・食・住の流行発信地として機能しており、アメリカ市場攻略への一歩を踏み出すテスト・マーケティングを行うのにふさわしい。特に食に関しては、「次から次へと起こる食のイノベーションでニューヨークをしのぐ街」、「職のトレンドはサンフランシスコで始まる」と言われるぐらいである。フランスは、ヨーロッパにおける流行の発信地であり、フランス国内のみならず、周辺諸国への情報拡散も見込める。フランスは"A Global Ranking of Soft Power 2017"でソフト・パワー(国家が軍事力や経済力などの対外的な強制力によらず、その国の有する文化や政治的価値観、政策の魅力などに対する支持や理解、共感を得ることにより、国際社会からの信頼や発言力を獲得し得る力のこと)が世界第1位となっている。

 講師がフランスを専門としているため、ここからはフランスの話を中心に記述する。フランス人は、何か月、時には何年も前から日本旅行の準備をする。インターネットで新しい場所を発見するのが好きであり、まだ訪日外国人向けのHPが充実しているとは言いがたい日本のネット社会においては、必ず外国語対応している自治体のHPを重宝しているそうだ。フランス人は、メジャーな観光地に加えて、オリジナルの体験が味わえる土地を訪れたいというニーズを持っている。例えば3週間の旅行の場合、1週目は東京、2週目は大阪を訪れるが、3週目は岐阜や長野などに行く。フランス人は日本の歴史・伝統文化に対する興味・関心が強く、都市部では見ることができない伝統的な文化が豊富な地方の方が、フランス人にとって魅力的に映ることがある。

 フランス人は事前に入念な情報収集をした上で現地を訪問し、さらにそこで、現地でしか知りえない情報が手に入ることに喜びを感じる。日本の文化財は、一見すると地味だが、よく説明を聞くとすごいと思わせるものがたくさんある。フランス人はそういう文化財に触れたいと望んでいる。ところが、多くの文化財では外国語のパンフレットやガイドの整備が進んでいない。すると、拝観料を払って記念写真を撮るだけで終わってしまう。これだと滞在時間は1時間程度にすぎない。世界の文化財、例えばエジプトのピラミッド、カンボジアのアンコールワット、フランスのヴェルサイユ宮殿などが1~2日がかりで回るように設計されているのとは大違いだ。

 世界の文化財の場合、観光客は必ずその文化財の近くで宿泊することになる。前述の通り、フランス人は特定の地域に1週間ほど滞在するから、その文化財を起点として、他の文化財や食事、伝統的体験、ナイトライフなどが楽しめるように消費の流れ全体を設計することがポイントとなる。さらに広い視点に立てば、旅行とは、「旅行したいという欲求を持つ⇒旅行先を探す⇒宿泊先・アクティビティを探す⇒予約する⇒旅行する⇒旅行後に体験を共有する」という一連の消費プロセスをたどる。観光地側は、このプロセスをトータルでサポートすることが重要である。また、近年は「ツーリズム2.0」の時代と言われており、旅行中にインターネット(特にSNS)を活用することが当たり前になっている。先ほどの消費プロセスの随所に、インターネットの活用ポイントを上手に埋め込んでいくと、観光客が増加し、彼らの満足度向上にもつながる。

 以前の記事「『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)」で紹介したマトリクス図において、観光は「必需品でない&製品・サービスの欠陥が顧客の生命(BtoCの場合)・事業(BtoBの場合)に与えるリスクが小さい」という<象限③>に該当すると考えている。この記事でも書いた通り、<象限③>はイノベーションの世界であり、需要を新しく創り出さなければならない。イノベーターは、「自分が考えたすごいイノベーション」を普及させるために、プロモーションに多くの経営資源を投入して、半ば強引とも言える宣伝を行うことで、潜在顧客を啓蒙する(これを「エバンジェリズム(伝道)・プログラム」と呼ぶことにしよう)。

 仮に日本が観光立国を目指すならば、<象限③>に強いアメリカのイノベーティブな企業に倣う必要があるだろう。観光地側は、「この土地のここがすごいのだ」と前のめりでアピールする。そして、そのスポットを訪れた観光客に対して、「この場所には○○という歴史があり、○○という伝統が受け継がれていて、○○という文化が大切にされている」と時間をかけて説明する。

 ただし、フランス人(他の欧米人も同じだと思う)は事前にその土地やスポットのことを勉強しているので、生半可な情報ではかえって彼らを失望させてしまう恐れがある。フランス人から何を聞かれてもすぐに答えられ、さらに付加的な情報を提供できるように、量と質の両面で圧倒する。日本にはピラミッドやアンコールワット、ヴェルサイユ宮殿のような巨大な文化財が少なく、1つの文化財で丸1日~2日を過ごしてもらうことは難しいかもしれない。だが、1つの文化財でせめて半日程度の時間を過ごしてもらえるような体験は提供できるようにする。

 さらに、こうしたプロモーションは、1つの文化財だけが頑張ってもダメである。前述の通り、フランス人は同じ土地に1週間程度滞在する。その1週間の予定を、観光地側がエバンジェリズム・プログラムでフランス人の頭の中に注入する。「この土地に来たらAとBを訪れ、CとDを食べ、EとFに泊まるとよい。Aはaという点で、Bはbという点で、Cはcという点で、Dはdという点で、Eはeという点で、Fはfという点で優れている」と提案する(このリストは長ければ長いほどよい。1週間では回り切れないと感じたフランス人は、次の旅行で残りのスポットを回るためにその土地を再訪しようと思うだろう)。そして、文化財AやB、飲食店CやD、旅館EやFは、それぞれその由緒を延々とフランス人に語り、行く先々で彼らを驚かせる。このような活動は、その土地の文化財群や旅館・ホテル、飲食店、その他文化的な体験ができる各種スポットが連携して行う。

 セミナーの終盤で、「所沢の外国人観光客増を狙っているが、所沢にはフランスの技師が飛行機のことを教えに来ていたという歴史的なつながりを伝えた方がよいか?」と質問した参加者がいた。これに対して講師は、「飛行機だけに集中してはならない。他のスポットにも広げていく必要がある」と回答した。この答えが、観光地のプロモーションのあり方を示唆している。

 ただ、私は以前に「中小企業診断士が「臨在感的把握」で商店街支援をするとこうなる、という体験記」という記事で、商店街に外国人観光客を呼び寄せる方策をアメリカ的な思考で検討することの限界について書いた。エバンジェリズム・プログラムに頼るのではなく、相手の気持ちの機微を汲み取って人となりを学習しながらきめ細かくニーズに応えるという日本人のよさを活かして訪日外国人4,000万人を目指すにはどうすればよいか、今の私にはまだよく解らない。

 最後に、YouTuberのギヨーム・ジャマル氏について。ジャマル氏はパリ観光協会でWebプロモーションマネジャーを経験した後、日本の知られざるよさを紹介するYouTubeチャネル「Ichiban Japan」を開設している。チャネル登録者数は約16万人で、フランスでは有名なYouTuberである。ジャマル氏の動画は、毎週フランスの3つのTV局でも紹介されている。ジャマル氏が日本で動画を撮影してYouTubeにアップした後、フランスで開かれる日本関連のイベントにも参加して日本好きのフランス人と交流を図るなど、フランスと日本をつなぐ架け橋となっている。



2018年06月01日

【中小機構】2018年版中小企業白書・小規模企業白書(概要)について(セミナーメモ書き)


中小企業

 中小企業基盤整備機構(中小機構)の虎ノ門セミナーに参加してきた。今回のテーマは「2018年版中小企業白書および小規模企業白書について」。私が中小企業診断士の勉強をしていた13年前は、中小企業白書は300ページぐらいだったと記憶しているが、近年急速にページ数が増えている上に、2015年からは小規模企業白書も加わって大変なボリュームになっている。全部読む時間がないので、1時間半の無料セミナーで概要だけでも把握しておこうというわけ(三流診断士)。セミナーは概ね、中小企業庁のHPで公開されている「2018年版「中小企業白書」「小規模企業白書」概要」に沿ったものであった。
 【2018年版中小企業白書の特色】
 <現状分析>
 ①中小企業の景況感は改善傾向にある一方、大企業との生産性格差は拡大
 ②未来志向型の取引慣行に向けて、下請取引は着実に改善

 <テーマ別分析>
 ③深刻化する人手不足。女性・シニアなどの掘り起こしが課題。
 ④IT導入などを行う上でも、業務プロセスの見直しは生産性向上の大前提。
 ⑤幅広い業種で多能工化・兼任化の取り組みが進展。生産性向上にも寄与。
 ⑥IT導入のきっかけとして重要なのは、地元のITベンダーなど身近な相談相手
 ⑦業務領域や一企業の枠を超えて連携ことでITの効果は飛躍的に高まる。
 ⑧生産性向上のためには前向きな投資が重要。引き続き投資を促進する必要。
 ⑨経営者の高齢化から休廃業・解散が高水準。事業承継等を背景に、中小企業のM&Aは増加
 ⑩中小企業のM&Aは、生産性向上に寄与。今後はマッチング強化が課題

 【2018年版小規模企業白書の特色】
 <現状分析>
 ⑪小規模事業者数は減少しているが、規模拡大する事業者や高い生産性の事業者も存在

 <テーマ別分析>
 ⑫小規模事業者では、経営者に業務が集中。IT導入などによる経営者の業務効率化が急務
 ⑬IT導入などにより小規模事業者の生産性は向上。
 ⑭小規模事業者では、ちょっとした工夫で生産性向上
 ⑮小規模事業者で施策を浸透させる上では、身近な支援機関の役割が重要
 ⑯小規模事業者は、兼業・副業やフリーランスなどの多様な働き方の受け皿
 「2018年版白書では、アンケート調査結果に加えて、生産性向上に取り組む中小企業・小規模事業者の事例を豊富に紹介している(2017年版の倍以上となる113事例を収録)。業務プロセスの見直し、人材活用面の工夫、IT利活用、設備投資、M&Aを中心とする事業再編・統合など、中小企業・小規模事業者の生産性向上に向けたヒントが提供された実践的な内容となっている」というのが中小企業庁の売り文句である。

 2018年版の白書のテーマは、一言で言えば「生産性向上」と「IT導入」なのだが、日本企業の生産性が先進国の中でも下位であり、特に中小サービス業の生産性が低いことは、私が記憶している限り、既に10年以上前からずっと指摘されていることである。また、中小企業のIT導入が進んでいないことも、同様に10年以上前から課題であった。それが今年になってようやく、「人手不足の解消」という視点から真面目に取り上げられるようになった。目下の中小企業の課題は、事業承継、高齢社員が中心となる企業の新しい経営のあり方、外国人を活用したダイバーシティ・マネジメントなどであるが、これらの課題が白書で取り上げられるようになるには、おそらく10年ぐらいかかるだろう(外国人の活用については、不法就労の問題や外国人技能実習制度の悪用といった負の側面を掘り起こしかねないため、中小企業庁も及び腰であるに違いない)。

 事例紹介の特徴は、限定的ながら投資対効果が示されていることである。例えば、株式会社加藤製作所(岐阜県中津川市。プレス板金加工業)では、土日祝日の工場稼働を検討するも、人手不足が課題であった。そこで、「意欲のある人求めます。男女問わず。ただし60歳以上」といったキャッチコピーでシニア人材に限定した求人広告を実施した。同時に業務改善にも取り組み、一目で工程を理解できるように掲示物や作業指示書の文字を大きくし、写真やイラストを増やすとともに、シニア人材が操作しやすい工作機械も導入した。その結果、想定を上回る100名からの応募を得て、うち15名を採用し、人手不足を解消することができた。一方で、広告費用やシニア人材に配慮した職場環境整備のためのコストが発生した、といった具合である。

 ただ、中には投資対効果に疑問符がつく事例もある。A社(東京都八王子市。パン製造小売事業者)では、地元のIT販売会社から「IT導入補助金」利用の提案を受け、180万円(サポートサービスを含む)をかけてクラウド給与・就業管理を導入した。その結果、毎月の事務作業が7人日から3人日に減少した。だが、仮に1日の人件費が1万円だとすると、毎月のコスト削減効果は4万円であり、年間換算で48万円である。すると、投資が回収できるまでには4年近くかかる計算になり、この手のITとしては投資回収期間が長すぎる印象を受ける。また、事務スタッフがパートであれば人件費の削減につながるが、正社員であれば人件費は削減されない。IT導入によって浮いた4人日を別の付加価値の高い業務にあてないと、投資を回収することができない。

 B社(兵庫県姫路市。産業機械向け部品製造業者)は、姫路市の「ものづくりIT化推進補助金」を利用し、総額220万円をかけて工場内のWi-Fi化を進め、生産管理システムとタブレット端末との連携を実現した。これにより、作業員の無駄な時間が1人あたり1日15分、現場全体で1日9時間程度削減された。作業員の時給を高く見積もって3,000円とすると、1日あたりのコスト削減効果は2.7万円、年間換算で2.7万円×20日×12か月=648万円となって、4か月ほどで投資を回収できる。ただし、これが残業代の削減につながればよいが、所定労働時間内の効率化であれば意味を持たない。A社と同様に、浮いた15分を別の付加価値の高い業務にあてる必要がある。だが、たった15分で付加価値の高い業務を行うのは困難だから、作業プロセス全般を見直して、付加価値の高い業務にあてられるまとまった時間を捻出しなければならないと感じる。

 2つの事例ではいずれも補助金が利用されている(A社の場合は補助率3分の2、B社の場合は補助金100万円)。補助金によって企業の自己負担がかなり軽減されるため、投資対効果の見積もりが甘くなっていると思われる。これによって得をするのは、結局のところITベンダーである。別の補助金の話になるが、平成24年度の補正予算から毎年続いている「ものづくり補助金」というものがある。これは工場に工作機械を導入して新製品を開発する取り組みを支援する補助金である。工作機械は1,000万円以上するのが普通だが、数百万円単位で大幅に値引きされるのが業界慣行となっている。仮に、ある中小企業が1,500万円の工作機械を購入するとしよう。補助金がない場合、工作機械メーカーは300万円ほど値引きして1,200万円で販売する。工作機械メーカーの売上高は1,200万円、中小企業の自己負担も1,200万円である。

 ここで、ものづくり補助金を利用すると、補助率が3分の2とされているから、1,500万円の工作機械に対して1,000万円の補助金が出る。すると、中小企業の自己負担は500万円まで下がるため、工作機械メーカーは値引きをしてまでも販売するというインセンティブが薄れる。その結果、工作機械メーカーは丸々1,500万円の売上高を獲得することができる。つまり、補助金があることによって、工作機械メーカーの業績は大幅に上がるのである。同じことがIT導入に関する補助金にもあてはまるのではないかと考えられる。本来、もっと安く導入できるはずのITが、補助金のせいでITベンダーによって釣り上げられている可能性がある。

 白書の事例には、ものづくり補助金、IT導入補助金、小規模事業者持続化補助金といった補助金を利用している企業が多いが、そもそも補助金を使っている企業を成功事例として扱うことに個人的には強い違和感を感じる。中小企業庁としては、補助金を使っている企業の情報を把握しているため、事例作成にあたって取材が容易であるというメリットがあるのだろう。また、自分が行っている補助金事業の成果をアピールしたいという思惑もあるのかもしれない。

 だが、私に言わせれば補助金とは生活保護の企業版である。さらに言えば、生活保護は憲法25条に根拠を持ち、「国民に生きていただく」ための恒久的な制度であるのに対し、補助金は自然淘汰を原則とする自由市場経済において、国が「企業を生かしてやる」臨時の制度である(現に、これらの補助金は全て補正予算で組まれており、いつ終わってもおかしくない)。白書の読者が期待するのは、そうした不安定な国の施策に依存する弱い企業ではなく、独力で創意工夫を凝らしながら高い業績を上げている強い企業の事例ではないだろうか?同じことは、中小企業庁が公表している「○○企業50選」のような事例集にもあてはまる。これも補助金を使っている企業が中心であり、しかもおそらくは中小企業庁が財務諸表を確認していないと思われるから、事例公開後に業績不振に陥る企業がある。中小企業庁に対しては、全国のネットワークを活用して強い企業を発掘し、優れた取り組みをヒアリングすると同時に、財務諸表を必ず入手し財務基盤が盤石であることを確認した上で、白書や事例集に掲載することを求めたい。

 安倍政権になってから、中小企業診断士の間では「補助金バブル」と呼ばれるほど数多くの補助金が支給されている。だが、この補助金によって、多くの人の思考回路がおかしくなっていると感じる。本セミナーでは中小企業庁の担当者が講師を務めたが、IT導入補助金の紹介パートで、「平成29年度補正予算で500億円の予算を手当てしたので、是非中小企業の皆様には積極的にご活用いただきたい」という発言があった(セミナー資料にも同様の記載があった)。私は思わず耳を疑った。前述の通り、補助金は「国が中小企業を助けてやる」制度である。だから、「補助金によって1回だけチャンスをやる。その代わり、ちゃんと儲けを出して法人税で返せ」ぐらい言えばいいのにと思う。「ご活用いただきたい」などと低姿勢に出るのはおかしい。

 診断士もおかしくなっている。補助金の申請支援をして、採択額の10%を成功報酬としてもらうという診断士が増えている。診断士の世間的な知名度はまだまだ低いのだが、私は「中小企業診断士=補助金の申請支援をする人」という変なブランドイメージが広まるのを恐れている。診断士は他の士業と異なり独占業務がないだけに、中小企業の経営者の中に誤ったイメージが植えつけられるのが怖い。私は、新しい取り組みをするのであれば、金融機関からの融資に頼るのが筋だと思っている。借入金の返済というプレッシャーがあるからこそ、新しい取り組みに対しても真剣に向き合えるようになる。私は本ブログで補助金に関する記事も何本か書いているけれども、私の方から中小企業の経営者に補助金を勧めることは”絶対にない”。先日、ある診断士が顧問先の中小企業を補助金漬けにした挙句、経営革新計画が認定されたことを自慢げに話していたのを聞いて、この人は一体何を考えているのだろうかと思った。

 《余談》

社外におけるITに関する相談相手

 診断士の知名度がまだまだ低いことに関するぼやき。上図は「社外におけるITに関する相談相手(複数回答)」を尋ねたものである。中小企業の相談相手に関するアンケート結果はしばしば白書にも登場するのだが、大抵は選択肢の中に診断士が入っていない。中小企業を支援する「認定支援機関制度」を別に設けるぐらいだから(以前の記事「認定支援機関制度で岐路に立たされる中小企業診断士」を参照)、中小企業庁は、自分が所轄する資格でありながら、診断士のことが嫌いなのではないかとさえ勘繰ってしまう。ただ、上図に関して言うと、出典元の三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「人手不足対応に向けた生産性向上の取組に関する調査」(2017年12月)の中では診断士という選択肢があったものの、回答数があまりに少なかったため、白書のグラフからは割愛されたとのことである(元のレポートがインターネットでヒットしないのだが、もしありかをご存知の方がいらっしゃったらご教示いただきたい)。

2016年06月03日

『中小企業のための海外リスクマネジメントガイドブック』(経済産業省)の補足


中小企業のための海外リスクマネジメントガイドブック中小企業のための海外リスクマネジメントガイドブック

経済産業省 2016-03-14


中小企業基盤整備機構HPで詳しく見る by G-Tools

 中小企業が海外に進出する際に直面することが多いリスクを、進出計画段階、進出手続き段階、操業段階に分けて解説し、対応策を整理した冊子である。自社の潜在リスクを確認するチェックリストもついている。リスクマネジメントの一般論に加えて、国別、特にアジア各国に固有のリスクをまとめた表もあり、大変有益であった。今回はこの小冊子の内容について、私が知っている情報などを補足してみたいと思う(ページ番号は【詳細版】のもの)。

 【p14】このページに限らず、本マニュアルには「事業再編」という言葉が頻出する。実質的には撤退のことなのだが、撤退と言わずに事業再編と呼ぶのには2つの理由がある。1つ目は、撤退という言葉には後ろ向きのイメージがあるため、お役所が使いたがらないということである。中小機構が実施している「海外事業再編戦略推進支援事業」は、海外事業の縮小・撤退にかかる費用の一部を補助するものである。しかし、事業名はあくまでも「事業再編」となっている。

 2つ目は、国によっては撤退したくても撤退できないことがあるという理由である。その代表が中国で、中国で企業を清算することはまず不可能だと思った方がよい。当局は税の取りっぱぐれがないか、徹底的に調べ上げる。そして、何かと理由をつけては税金を要求する。当局とのやり取りは数年単位に及ぶこともあるため、それだけでも莫大な費用がかかる。だから、中国から撤退する場合には、企業を清算するのではなく、第三者に株式を売却した方が早い。

 【p37】合併先との交渉では、経営にどの程度影響を及ぼしたいのかを踏まえて出資比率を決めること必要だと書かれている。日本の場合は、議決権の3分の2以上を確保すれば安泰である。これは、3分の2以上を保有していれば、株主総会の特別決議を単独で成立させることができるためである。株主総会の特別決議は、定款変更、事業譲渡、解散・清算、組織変更、合併、会社分割、株式交換、株式移転、株式併合、監査役の解任、資本金の減少など、とりわけ企業経営を左右する重要な事項について行われる(会社法309条2項)。

 一方、アジアの場合、日本の特別決議に相当する決議を行うのに必要な出資比率が3分の2以上ではないことがある。例えば、タイ、ベトナム、インド、インドネシアは4分の3(75%)以上が要求される(「アジア企業のM&Aに際しての実務上の留意点」を参照)。インドの場合はさらに注意が必要だ。インドの株主総会では、何と挙手で決議が行われる。しかも、議決権数ではなく、頭数で決まる。例えば、日本の親会社が75%の議決権を保有し、インドのパートナー企業3社が残りの25%の議決権を分け合っていたとする。株主は4名である。ここで、日本の親会社が特別決議事項に反対したとしても、インドの3名が賛成すれば、決議が成立してしまうのである。

 【p46、54】合弁先、提携先、仕入先、顧客企業については、事前に信用調査をすべきと書かれている。日本人は人がよすぎるせいか、相手の素性を密かに調べることに対して、何か申し訳ないことをしているかのように感じてしまう節がある。だが、海外ビジネスの場合は、見ず知らずの相手、価値観も考え方も全く異なる相手と一緒に仕事をしなければならない。中には、最初から日本企業を騙すつもりの人がいることも事実である。したがって、信用調査を通じて、ビジネスの相手として本当に適切かどうかを見極めることが欠かせない。

 信用調査はピンキリで、1社数万円でできる場合もあれば、百万円単位のお金がかかることもある。だが、これから年間数千万円の取引をするかもしれない相手がいたとして、仮に取引開始後にその企業の支払い能力に問題があることが発覚すれば、こちらは深刻な被害を被ることになる。そのリスクを百万円ほどの先行投資で予防できると考えれば、決して高くはない。

 仕入先の信用調査をする場合は、仕入先の顧客企業がその仕入先に対してどのような評価をしているのか、評判を調査できるとよい。仕入先は過去に品質問題を起こしていないか?仕入先はクレームに対して誠実に対応してくれるか?といったことが解る。顧客企業の信用調査をする場合は、支払い能力の程度を調べることが重要であることは言うまでもないだろう。過去3年分の財務諸表は最低限手に入れたい。そして、相手が誰であれ調査するとよいのが、訴訟履歴である。その企業がどんな訴訟を起こしてきたのか、逆にどんな訴訟を起こされたのかを見ると、企業の経営方針、組織体質、潜在的な債務などが見えることがある。

 【p46】5Sを徹底せよと書かれている。5Sを徹底すると品質が向上するという効果が期待できるのはもちろんだが、その他の効果もある。アジアの工場では、工具や治具、原材料が頻繁に紛失する。社員が盗んで売ってしまうためだ。そこで、5Sを徹底して工具などの置き場を明確にする。こうすれば、何が盗まれたのかすぐに解る。加えて、工場の守衛の協力を得ることも大切である。工場からモノが盗まれる場合、たいていは社員と守衛がグルになっている。つまり、窃盗を見て見ぬふりをしている。だから、守衛には窃盗を見つけたらボーナスを与えることにする。こうすれば、盗難の被害はぐっと減る(逆に言えば、ここまでしないと盗難は防げない)。

 日本人は自分で掃除をするというのが当たり前の習慣になっているが、アジアではそうでない場合も多い。イスラーム圏のマレーシア、インドネシアでは、掃除は使用人の仕事と見なされている。また、カースト制が未だに根強く残るインドでも、掃除は身分が低い人間がするものだとされる。一般の人は、自分がごみを捨てれば彼らの仕事が増えるのだから、自分はよいことをしているのだとさえ考える。こういう人たちに、日本の5Sを浸透させるのは容易なことではない。

 【p55】各国の風俗・宗教に配慮すべきと書かれている。具体例が列挙されているが、マニュアルではどこの国のことか明示されていない。おそらく、次の通りではないかと思われる。

 ・「他人の子供の頭をなでる行為は、地域によっては「頭は神聖な場所であり、他人が触れてはいけない」という考え方があり、極めて失礼な行為と捉えられる可能性がある」⇒タイ、ミャンマー。なお、マレーシア、インドネシアなどのイスラーム圏でも、「頭を触ると子どもの成長を妨げる」と考えられているので、注意しなければならない。
 ・「取引先担当者の信仰を確かめずにクリスマスカードを送る等の行為は控える」⇒マレーシア、インドネシア。イスラーム圏では、クリスマスカードを送ることは失礼にあたる。
 ・「宗教上の習慣(勤務時間中のお祈り等)には配慮する」⇒マレーシア、インドネシア。就業規則でお祈りの時間を定めたり、工場内に簡易的なモスクを設けたりなどの工夫が必要である。
 ・「飲酒が禁忌とされる宗教もあるため、コミュニケーションの一環として、飲酒を伴う接待への誘いは控える」⇒仏教国の中ではタイがお酒に厳しい。マレーシア、インドネシアなどのイスラーム圏では、クルーアン(コーラン)の中でお酒が禁じられている。
 ・「従業員を人前で叱るなどの面子をつぶすような対応はしないよう配慮する」⇒ほとんどのアジアの国に該当する。タイでこのようなことをすると、叱られた側の親族が報復として殺害行為に及ぶことがある。そのぐらい、面子は重要である。本マニュアルの他の箇所を読むと、インドネシア、中国、フィリピン、マレーシアが面子を重んじる国であると指摘されていた。

 【p68】突発的な残業を指示しても、社員に断られる場合があると書かれている。アジアの労働法は、日本と比べると概して労働者寄りである。そのため、残業が厳しく制限される、割増賃金が異常に高い、残業をさせる場合には法定の手続きを踏む必要があるなど、様々なルールがある。これに関しては、各国の労働法に関する情報を個別に収集するしかない。

 ただ、日本人が残業もいとわないことに対して、多くのアジア人は否定的な見方をしていることは共通の事実のようである。日本人は、時間に対して極めて正確であることを誇りとしている。ところが、アジア人に言わせると、「日本人は時間を守らない」という評価が返ってくる。「日本人は就業規則で1日の労働時間を9時~17時と定めているのに、17時に仕事が終わらない。だから、時間を守らない」というのがアジア人の言い分である。

 【p74】進出先の政治的・宗教的記念日には、テロや暴動が起きる可能性があるとあり、中国の例に触れられている。だが、肝心の日付が書かれていない。中国で重要なのは、①9月18日(満州事変)、②7月7日(盧溝橋事件)、③12月13日(南京大虐殺)、④9月3日(抗日戦争勝利記念日)の4つである。こういう日に新店舗をオープンするなどというのは自殺行為である。




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