このカテゴリの記事
DHBR2017年10月号『グローバル戦略の再構築』―日本の中小製造業がこれから海外進出する際の5つのポイント
【東京都補助金】受注型中小製造業競争力強化支援事業(予算:4.18億円)
中沢孝夫『中小企業の底力―成功する「現場」の秘密』―2つの賛同と2つの疑問(後半)

プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


◆別館◆
こぼれ落ちたピース
シャイン経営研究所HP
シャイン経営研究所
 (私の個人事務所)

※2019年にWordpressに移行しました。
>>>シャイン経営研究所(中小企業診断士・谷藤友彦)

Top > 中小製造業 アーカイブ
2017年10月24日

DHBR2017年10月号『グローバル戦略の再構築』―日本の中小製造業がこれから海外進出する際の5つのポイント


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 10 月号 [雑誌] (グローバル戦略の再構築)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 10 月号 [雑誌] (グローバル戦略の再構築)

ダイヤモンド社 2017-09-08

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 本号にはホンダの八郷隆弘代表取締役兼CEOのインタビュー記事が掲載されていた(八郷隆弘「需要地生産の理念と収益性を両立させるホンダの要諦 ローカルで愛され、グローバルで儲ける」)。ホンダは、創業者である本田宗一郎の「需要のあるところで生産する」というモットーに従って、世界6極体制(日本、中国、アジア・オセアニア、ヨーロッパ、北米、南米)を構築してきた。つまり、中国の自動車は中国で、ヨーロッパの自動車はヨーロッパで生産するという体制である。ところが、昨今は世界経済が不安定になり、各地域の需要変動が大きくなりつつあるため、例えばアジア・オセアニアで生産した自動車を南米に持っていくなど、生産能力をグローバル規模で調整し、融通し合うことを検討しているという。ただ、これは海外進出の歴史が長い大企業だからこそ直面している課題であり、また解決可能な課題であると言えよう。

 私は一応中小企業診断士なので、これから海外に進出することを検討している中小企業、特に中小製造業に向けて、今回の記事を書いてみたいと思う。製造業に注目しているのには理由がある。本号にも書かれている通り、製造業はサービス業と違い、規模の経済によって生産性を大きく向上させることができる。しばしば言われるように、昨今の深刻な経済格差を解消するには、生産性向上がカギを握っている。また、製造業には雇用の乗数効果がある。製造業の雇用を1創造すると、サービス業の雇用が1.6創造されるという。「自動車組立工場を作ると隣にウォルマートが来る。だが、ウォルマートができても自動車組立工場は来ない」という言葉もある(アイリーン・ユアン・サン「産業革命の次なる舞台 ”世界の工場”は中国からアフリカへ」より)。

 私は決してサービス業を軽視しているつもりはない。しかし、製造業は様々な機能、職能、技術の複雑な集合体であり、その経営には高度な知識とノウハウが必要とされる。よって、製造業に強い国こそが世界で高い競争力を持つと思っている。アメリカやドイツが第4次産業革命、インダストリー4.0を掲げているのは至極真っ当なことだと思う。製造業が凋落したからと言って、金融業にシフトしたイギリスがますます落ち目になってしまったのとは対照的である。最近の日本では、スマートフォンのゲームアプリで何百億円もの売上高を上げたとか、Youtuberが1億円を稼いだといったことばかりが話題になるが、私が見たい未来はそういう未来ではない。

 今回の記事では、これから海外進出する中小製造業が注意すべきポイントを5つ挙げる。1つ目は、海外市場で売れる「最終製品」を開発することである。日本の中小製造業は、最終製品を組み立てる大企業の下請として、各種部品を製造しているところが多い。しかし、大企業の工場は今や海外に移転してしまった。さらに、大企業はコスト削減のために現地のサプライヤーと新たな関係を構築している。日本に残された中小製造業が、後からその関係に割って入ることは難しい。そこで、今まで部品製造で培ってきた技術を活用して、海外市場向けの最終製品を作る。これは、アンゾフの成長ベクトルで言うところの「多角化戦略(新しい製品を新しい顧客に提供する)」に該当し、最もリスクが高いが、中小製造業が生き残るにはこれしかない。

 日本企業は、顧客に直接会い、顧客の声に耳を傾け、ニーズを丁寧に拾い上げて製品に反映させる能力に長けていると思う。アメリカ企業が大量のデータを駆使して統計的に顧客のニーズを分析したがるのとは対照的である。本号でも、海外、特に新興国では「プッシュ型戦略(企業が売りたい製品を顧客に売る戦略)」ではなく「プル型戦略(顧客を企業側に引きつける戦略)」が有効とされている。具体的には、①顧客が直接表明する怒り、いらだち、不安、苦痛を理解する、②顧客が代替品で何とかやりくりしている問題に着目する、③顧客が法律を歪曲して対応している問題に注目する、といった手法が挙げられている(クレイトン・クリステンセン他「潜在的なニーズをいかにつかむか 市場創造型イノベーション:アフリカを開拓する新手法」より)。

 中小製造業が、日本で製造していた部品と同じ部品を海外で安く製造するのではなく、全く異なる最終製品を海外で製造するのにはメリットがある。ある中小企業は、取引先の親会社からの要請に基づいて、コストダウンのために国内工場の一部を海外に移転させた。海外では何とかコスト削減に成功したが、その後親会社はとんでもないことを要求してきた。「海外でこれだけ安く作れるのだから、御社が国内で我々の日本本社に納めている部品についても、同じ価格で納品してほしい」。親会社が海外でその中小企業の海外子会社から購入している部品と、親会社が日本でその中小企業の日本工場から購入している部品は同じなのだから、親会社の要望は解らなくもない。ただ、中小企業にとっては、とても対応できる問題ではない。もしも国内と海外で別々の製品を製造していれば、こういうリスクは回避することができる。

 本号にはアフリカに関する論文がいくつか所収されていた。アフリカのリスクは、①賄賂・汚職が蔓延している、②インフラが未整備である、③能力を持った人材が欠如している、④(BOP理論で増加が予想されていた)中間層が育っていない、といったことが挙げられる。ただし、これらは程度の差はあれ、アジアの新興国にも該当することである。特に①~③の問題に対処するために、できるだけ自前主義をとるという方策がある。これが2つ目のポイントである。

 前掲のクレイトン・クリステンセン他論文では、ナイジェリアで「インドミー」というインスタント麺の製造・販売を行うドゥフィル・プリマ・フーズ(インドネシアのトララム・グループ傘下の企業)の事例が紹介されている。新興国では、原材料の横流しや、仕入先への賄賂などが頻発する。同社はこうした不正を防ぐために、外部のパートナーに頼らず、自社で原材料から製造することにした。また、ナイジェリアはインフラが未整備で工場の稼働に支障をきたしていたため、同社は電力・水道事業にも着手した。さらに、製品を納品するために、自前のトラックを活用したサプライチェーンを構築し、流通倉庫や小売店も設けた。加えて、ナイジェリアの学校を好成績で卒業した人材を採用し、自前の研修を通じて電気工学、機械工学、ファイナンスなどを教えている。

 ただ、日本で部品製造に特化し、業界のバリューチェーンの一部を占めるにすぎなかった中小製造業が、海外でいきなりバリューチェーンの全部を構築するのはハードルが高い。どうしても現地企業をパートナーとして活用せざるを得ない。そこで、川上や川下のプレイヤーに対して、強いパワーを発揮することが重要となる。原材料メーカーには、高いレベルの品質マネジメントシステムを導入してもらう。そして、定期的に工場の内部監査を行い、5Sが徹底されているかといった基本事項から始まり、高品質と低コストを両立させる製造ラインが整備されているかを直接目で見て確認する。販売店・代理店に対しては、厳しい与信管理を行い、きめ細かく業績管理をする。そして、必要に応じて契約内容やインセンティブを見直す。さらに、川上・川下の両プレイヤーに対して共通することだが、現地パートナーの人材育成に積極的に力を貸すことである。

 日本で新規事業を立ち上げる際には、顧客の生の声を吸い上げると同時に、各種機関が公表している統計データや、市場調査会社から得られる情報に基づいて、緻密な事業戦略を構想することが可能である。ところが、海外の場合は、信頼できる客観的なデータが入手できないことが多い。したがって、厳密なフィージビリティ・スタディは困難である。だから、最後は経営者の直観に頼る部分が大きくなる。ただ、1つだけ明確に決めておくべきことがある。それは「撤退基準」である。撤退基準をはっきりさせておくことが3つ目のポイントである。例えば、「進出後○○年後の累積赤字が△△円になったら撤退する」といった具合である。海外進出で失敗する企業を見ていると、撤退基準を設定しておらず、ずるずると赤字を垂れ流しているのに、「いつか事態は好転するだろう」と楽観視して、結局膨大な負債を抱えてしまう、というケースが少なくない。

 日本の新規事業がそうであるように、海外の新規事業も最初の数年間はほぼ間違いなく赤字になる。日本本社は、海外事業が軌道に乗るまでは、その赤字を補填しなければならない。補填可能な金額が撤退基準であると言えるだろう。海外事業の赤字を補填するためには、日本本社の利益を上積みする必要がある。逆説的なことだが、日本の市場が飽和状態であるから海外に進出するのに、海外事業を成功させるには日本の事業を拡大させなければならないのである。ただし、1つ朗報がある。『通商白書2012』によると、海外での売上高が増加している企業のうち、約5割が国内の売上高も増加しており、海外での売上高が減少している企業のうち、約6割が国内の売上高も減少している。つまり、海外売上高と国内売上高はトレードオフの関係というより、同じ方向に動く傾向が高いことが解っている。

 化学薬品商社である「江守グループホールディングス」は、福井市で100年以上続く名門商社であったが、2015年4月に民事再生法を適用した。同社は2000年代に入ってから中国に進出し、中国事業を積極的に拡大していた。中国事業の売上高は、日本事業の売上高をはるかに上回るまでに成長した。ところが、実は中国子会社では架空売上の計上など粉飾決算が日常的に行われており、実態は大幅な赤字であった。中国事業の実際の累積赤字が発覚すると、その額があまりにも大きすぎたため、日本本社でカバーすることができず、最後は倒産してしまった。これは、中国子会社のガバナンスが機能不全に陥っていたことと、撤退基準が明確でなかったことが重なって引き起こされた悲劇であると言えるだろう。

 4つ目のポイントは、一度ある国に進出したら、中長期的にその国にコミットメントするべきだということである。コスト削減を目的に進出する日本の大企業は、現地の賃金が上がると、すぐにもっと労賃の安い国に工場を移す傾向がある。大企業には余剰資源と体力があるから、それも可能である。しかし、中小企業にとっては、工場を頻繁に移動させることは難しい。一度その国に進出したら、10年、20年はその国でビジネスをする腹積もりでいなければならない。

 アジアの新興国では、政治家の人気取り政策によって、最低賃金が毎年10%以上上がるということも珍しくない。それに耐えられない大企業はすぐに他の国に移ってしまう。だが、これは見方を変えると、最低賃金が上がる分だけ、その国の人々の生活水準が上がるということでもある。今、この記事では、中小製造業が現地で売れる最終製品を製造・販売することをテーマとしている。現地の生活水準が上がったら、今度はより高付加価値製品にシフトしていく。今、新興国で何が売れるのか解らないわけだから、将来的にどんな高付加価値製品が売れるようになるのかを予測することは不可能に近い。しかし、新興国に進出する以上は、長い目で見た時に高付加価値製品にシフトすることも視野に入れておくことが肝要である。

 最後のポイントは、4つ目のポイントとも関連するが、進出先の国の発展に貢献するのだという意気込みを持って進出しなければならないということである。本号には、新興国で電気バイク、電気三輪車を製造・販売するテラモーターズの代表取締役社長である徳重徹氏の記事があった(徳重徹「テラモーターズは失敗から学ぶ 新興国で勝ち残る5つの鉄則」)。これによると、新興国企業のリーダーは非常に愛国心が強いという。そして、社会的意義の高い事業を行おうとしている。日本の中小製造業は彼らと競争することになる。国内市場が頭打ちだから、何となく海外の方が稼げそうだからといった生半可な気持ちで進出すると手痛い目に遭う。

 ただ個人的には、「採点審査に困る創業補助金の事業計画書(その6~10)」でも書いたように、事業の社会的価値を強調しすぎるのもいかがなものかと感じる。大言壮語でビジョンを語られると、かえって胡散臭さを感じてしまう。進出先の国の”全国民”を豊かにするといった類のビジョンは、私はかえって邪魔だと思う。それよりも、経営者が直接観察して発見した、先進国なら当然存在する製品・サービスが欠けているために困っている人たちを助けたいという”リアルな”思い、経営者が雇用したローカル社員に少しでも高い給与を払って彼らの生活レベルを上げたいという”リアルな”思いの方がはるかに重要である。そして、以前の記事「『致知』2017年10月号『自反尽己』―上の人間が下の人間に対してどれだけ「ありがとう」と言えるか?、他」でも書いたように、「この国で事業をさせていただいている」という謙虚な姿勢を忘れないことである。

 新興国は国策として外国からの投資を呼び込んでいる。よって、新興国に進出する中小製造業は、政府や行政と良好な関係を構築することが必要になる。『コークの味は国ごとに違うべきか』の著者であるパンカジュ・ゲマワットは、本号の論文で、現在各国で問題になっている収入格差を解消するために、政府は保護主義ではなく、セーフティーネットの整備、最低賃金の引き上げ、税制改革、職業訓練などを施すべきであり、企業がこれらの政策の支持を表明すれば大きなメッセージになると述べている(パンカジュ・ゲマワット「多国籍企業は混乱の中でどこに向かうべきか トランプ時代のグローバル戦略」より)。

 ただ、これはどちらかというと大企業向けの提言であり、中小製造業が実施するには困難が伴う。中小製造業は身の丈に合った形で政府の政策に協力し、社会的責任を果たせばよい。例えば、繰り返しになるが、最低賃金すれすれの賃金ではなく、社員にとって魅力的な賃金を支払うこと、また、社員に対して十分なトレーニングを実施し、能力の向上に貢献することなどである。これらの取り組み1つ1つは小さなものかもしれないが、日本の多くの中小製造業が新興国に進出するようになれば、確実にその国の発展に貢献する。

2014年07月09日

【東京都補助金】受注型中小製造業競争力強化支援事業(予算:4.18億円)


 東京都が平成24年度から力を入れて実施している補助金が、「受注型中小製造業競争力強化支援事業助成金」である(窓口は、東京都中小企業団体中央会)。下請型の中小製造業に限定されるが、1社あたり最高で1,500万円の補助金が出る。今年度から使い勝手をよくするため、補助率が2分の1から3分の2に引き上げられた。

 本事業には4.18億円の予算が計上されている(※1)。1社あたりの補助金平均額が1,000万円とすると、全部で約42社ほど採択される見込みである。東京都の中小製造業は約5万社(※2)、中小製造業に占める下請企業の割合は18.6%(※3)であるから、都内の中小下請製造業は約9,300社と推計される。私の直観的な「1%理論」(※4)に従えば、補助金の投資対効果が表れるには約93社を支援する必要がある。よって、もう少し予算規模が大きくてもよい気がするが・・・。

(※1)東京都「「平成26年度 東京都予算案の概要」について」6.主要な施策を参照。
(※2)産業労働局「平成24年度 東京の中小企業の現状―製造業編―」第1章を参照。
(※3)中小企業庁「下請中小企業の現状と今後の政策展開について」を参照。
(※4)以前の記事「「開業率アップ」を掲げながら創業補助金には及び腰になった中小企業庁」を参照。

■概要:
 自社の技術の高度化・高付加価値化に向けた技術開発に要する経費の一部を助成。

■対象者:
 ・東京都内に主たる事務所または開発実施場所を持ち、平成26年4月日現在で引き続き2年以上事業を営んでいる中小企業者など(会社・個人事業者・組合など)
 ・上記中小企業者などを代表企業(申請者)とする中小企業グループ

■対象事業:
 本事業で指定する「ものづくり基盤技術」(下記参照)を用いて、自社の技術力の高度化や高付加価値化に向けた技術開発を行う事業。

 《取組例》機械・器具・装置の高度化、生産・加工法の高度化、IT化・デジタル化などによる技術・技能のシステム化。
 《ものづくり基盤技術》
 組込みソフトウェア、金型、冷凍空調、電子部品・デバイスの実装、プラスチック成形加工、粉末冶金、溶射・蒸着、鍛造、動力伝達、部材の締結、鋳造、金属プレス加工、位置決め、切削加工、繊維加工、高機能化学合成、熱処理、溶接、塗装、めっき、発酵、真空。

 本事業は、機械の部品製作や受注加工を行う下請企業の技術開発等を対象としており、自社ブランドの最終製品の販売を目的とした試作開発等は対象外である。

■助成金額:1,500万円以内

■助成率:助成対象経費の3分の2以内

■助成対象経費:
 原材料費、機械装置・工具器具費、委託・外注加工費、産業財産権出願・導入費、技術指導受入れ費、展示会出展・広告費など。

■募集予定(予算がなくなり次第終了):
 <第1回募集>
 募集申請受付期間:平成26年4月1日(火曜)~平成26年4月24日(木曜)
 助成対象期間:平成26年7月1日(火)~平成27年9月30日(水曜)

 受付終了しました。

 <第2回募集>
 募集申請受付期間:平成26年5月1日(木曜)~平成26年6月25日(水曜)
 助成対象期間:平成26年8月1日(金曜)~平成27年10月31日(土曜)

 受付終了しました。

 <第3回募集>
 募集申請受付期間:平成26年7月1日(火曜)~平成26年8月26日(火曜)
 助成対象期間:平成26年10月1日(水曜)~平成27年12月31日(木曜)

 <第4回募集>
 募集申請受付期間:平成26年9月1日(月曜)~平成26年10月17日(金曜)
 助成対象期間:平成26年11月1日(土曜)~平成28年1月31日(日曜)

2014年06月17日

中沢孝夫『中小企業の底力―成功する「現場」の秘密』―2つの賛同と2つの疑問(後半)


中小企業の底力: 成功する「現場」の秘密 (ちくま新書 1065)中小企業の底力: 成功する「現場」の秘密 (ちくま新書 1065)
中沢 孝夫

筑摩書房 2014-04-07

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 (前回からの続き)

 【疑問①】著者は本書の中で、雇用流動化に対して強く反対しており、長期雇用こそが人材育成のカギであると主張している。
 一部の行政と学者は、雇用の流動化を促進するための制度づくりを提唱しているが、その多くは無意味というより実害のほうが大きい。現実に自らの人生を転換させようとしている人間は、法や制度によってではなく、自分で行動しているものである。

 もちろんどのような会社にも、経営者から見れば、役に立たず辞めてもらいたい人間はいるものだ。しかし「整理解雇」をしやすい法制度に変更したら、今度は別の副作用が生じると考えたほうが確かである。社会の慣行や仕組みというものは、目に見えない合理性があるのであって、ルールを変えれば世の中がよくなる、という簡単なものではない。
 失業した勤労者は、別の産業に移れるだろうか。不可能とはいわないが、製造業で10年、20年と働いてきた人たちが介護など福祉の現場の人が足りないからといって、そちらに移っても「技能」の異なりが大きすぎる。それは流通・小売りに移った場合も同様である。もちろんその逆の移動も同様だ。
 私の見解を先に述べるならば、私は雇用流動化賛成派である。それは、企業が社員全員の雇用を長期にわたって維持し続けることは非常に困難であるという理由と、高齢社会の到来によって新たに出現する産業に対し、従来の産業から労働力を供給しなければならないという必然性からである。また、私の前職の会社で、間違った雇用のために企業文化に深刻な悪影響を及ぼし、業績を悪化させてしまったという経験も影響している。

 【ドラッカー書評(再)】『現代の経営(下)』―「雇用の維持」は企業の社会的責任か?
 高齢社会のビジネス生態系に関する一考(1)―『「競争力再生」アメリカ経済の正念場(DHBR2012年6月号)』
 高齢社会のビジネス生態系に関する一考(2)―『「競争力再生」アメリカ経済の正念場(DHBR2012年6月号)』
 高齢社会のビジネス生態系に関する一考(3)―『「競争力再生」アメリカ経済の正念場(DHBR2012年6月号)』
 【ベンチャー失敗の教訓(第36回)】「この人とは馬が合いそうだ」という直観的な理由で採用⇒そして失敗
 【ベンチャー失敗の教訓(第37回)】最初に「バスに乗る人」を決めなかったがゆえの歪み
 【ベンチャー失敗の教訓(第39回)】「何をなすべきか」よりも「誰と働きたいか(働きたくないか)」で決まる組織構造

 著者は雇用流動化に対してかなりアレルギーがあるようだが、具体的にどのような「実害」や「副作用」が生じるのかは全く論じられていない。逆に、現在の人事制度、すなわち長期雇用を前提とした人事制度には「合理性」があるというものの、どういう「合理性」のことを指しているのか不明である。これでは公平な議論とは言えない。介護・福祉分野における雇用ニーズは今後間違いなく生じるのであり、その雇用を現実のものとしなければ、日本社会は破綻してしまう。にもかかわらず、製造業で培った能力は製造業でしか通用しないなどと言っていては、介護・福祉業界に従事できる人は誰もいないことになってしまう。

 長期雇用に合理性があったのは、多くの企業が同じような戦略の下で大量生産を志向しており、求められる能力がそれほど多様ではなかったため、誰がどの企業に入っても、長年勤続していれば必要な技術や技能を習得することが可能だったからである。

 今や、この前提は崩れてしまった。現代の日本は価値多元主義であり、多様な戦略を持つ多様な企業が共存する社会だ(以前の記事「日本とアメリカの「市場主義」の違いに関する一考」を参照)。したがって、求められる能力も昔とは比べ物にならないほど多様化している。ある人がどの分野に対する適性を有するのかは、容易には判断できない。間違った雇用も行われるだろう。その際に長期雇用を盾にとると、適材適所が阻害され、社会全体が動脈硬化を起こす。むしろ、雇用を流動化し、適材適所を模索する機会を増やす方がプラスではないだろうか?

 人材育成に長い時間がかかるのは、今も昔も変わらない。そして、製造業であろうとサービス業であろうと共通の事実である。だが、それを実現する手段は長期雇用ではない。著者は、高業績を上げている企業は、長期雇用で人材育成を行っているという。しかし、実際には、その企業が要求する能力への適性があった社員が結果的に長期雇用されているのであって、不適格と判断された社員はある時期までに排除されているという事実が見落とされている気がする。

 【疑問②】本書ではASEAN諸国の中小企業についても言及されている。ASEAN諸国は先進国からの製造アウトソーシング受託によって所得を増加させたが、今は「中所得国のワナ」に陥っているという。すなわち、もっと所得を増加させるためにはより高度な製造技術を獲得しなければならないのだが、産業の裾野を支える中小企業の技術がそこまで追いついていない、というわけだ。現在、日本企業はこぞってASEAN諸国の中小企業に「技術移転」をしようとしており、各国の企業にその能力を競わせている。
 こまかい部分になると企業のプライバシーに触れることになるので、ごく簡単に東陽工業(大阪)の、日本、タイ、インドネシア、マレーシアの各工場の「能力比較表」を見てみよう。データを分析する能力、設計する力、サンプル(試作力)、機械のメンテナンス・・・といった13項目の「必要能力」のすべてが揃っているのは、当然のことだが日本本社である。タイが日本の80パーセント、インドネシアが40パーセント、マレーシアが20パーセントといったレベルである。
 個人的には、「技術移転」という言葉に若干の違和感を覚える。確かに技術移転は必要だが、技術移転だけではASEAN諸国は中所得国のワナを抜け出せない。いやむしろ、技術移転は各国の成長の可能性を狭めているようにも思える。技術移転という言葉の背景には、まずは日本国内で新製品を開発・製造し、軌道に乗った時点で製造コスト低減のために海外工場を利用する、という前提がある。つまり、技術移転という言葉が使われる限り、ASEAN諸国は日本の「コピー」であり、日本から見て永遠に「二番手の国」と位置づけられていることに他ならない。

 もちろん、日本企業が競争力を維持するためには、策略的にASEAN諸国にそういう立ち位置を振舞わせることが重要だという見方もあるだろう。中台からの新興企業に苦しめられている日本企業は、これ以上自分をを脅かす存在を増やしたくないと考えているのかもしれない。

 しかし、日本の戦略的ポジショニングとは、アジア諸国の多様性を尊重し、各国の繁栄を願うことではなかっただろうか?その日本が、いつまでもASEAN諸国に対して優越的に振舞い、日本的なやり方を”押しつける”ことが妥当だと言えるのだろうか?ASEANの各国には、それぞれ固有の文化があり、社会制度があり、それらのバックボーンに基づく市場ニーズが存在する。必然的に、日本とは異なる多様な技術に立脚した多様な産業が成立する余地がある。日本の役割は、そうした産業の成り立ちを陰ながら支援することではないか?その芽を摘み取るようなことだけは、日本は決してしてはいけないと思うわけだ。


《2014年9月13日追記》
 先日、いすゞ自動車の元役員で、海外工場のマネジメント経験が豊富な方の講演を聞く機会があったのだが、「日本人が現地の方々の上に君臨しているような態度や仕組みは絶対に排除しなければならない」と強調していた。「我々はその国で働かせていただいている、と思うべきだ。『教えてやる』ではなく、『協力していただく』という姿勢で接しなければならない」とも述べていた。

 また、タイに現地工場を建設したある中小企業の経営者は、タイに進出後3年ぐらい経って、「『タイを豊かにすること』を念頭に置いて経営するようになってから、うまくいくようになった」と分析していた。これらの言葉は、実際に現地で苦労された経営者の口から発せられたものゆえに非常に重い。「技術移転」などという意識では、成功はおぼつかないのかもしれない。





  • ライブドアブログ
©2012-2017 free to write WHATEVER I like