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【戦略的思考】事業機会の抽出方法(「アンゾフの成長ベクトル」を拡張して)
『ベンチャーとIPOの研究(一橋ビジネスレビュー2014年AUT.62巻2号)』―マクロデータから見る事業・起業機会のラフな分析

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2017年08月21日

【戦略的思考】事業機会の抽出方法(「アンゾフの成長ベクトル」を拡張して)


戦略オプション

 以前の記事「戦略を立案する7つの視点(アンゾフの成長ベクトルを拡張して)(1)(2)」の焼き直し記事。敢えて図を使わなくても7つの戦略を説明できると思い、書き直すことにした。企業は持続的に成長を続けるために、常に新しい戦略機会(ビジネスオポチュニティ)を模索しなければならない。戦略機会を抽出するためのフレームワークとしてよく知られているのが、ロシアの経営学者イゴール・アンゾフが考案した「成長ベクトル」である。

 アンゾフの成長ベクトルでは、横軸に「顧客(既存―新規)」、縦軸に「製品・サービス(既存―新規)」という2軸を取り、マトリクス図を作成する。左下の象限は、既存の顧客に対して既存の製品・サービスを販売するものであり、「①リピート購入戦略(アンゾフの言葉では「市場浸透戦略」)」と呼ぶ。右下の象限は、新規の顧客に対して既存の製品・サービスを販売するものであり、「②市場シェア拡大戦略(同「新市場開拓戦略」)」と呼ぶ。左上の象限は、既存の顧客に対して新規の製品・サービスを販売するものであり、「③ウォレットシェア拡大戦略(同「新製品開発戦略」)」と呼ぶ。ウォレットシェアとは、顧客の財布に占める自社のシェアという意味である。最後に、右上の象限は、新規の顧客に対して新規の製品・サービスを販売するものであり、「④多角化戦略」と呼ぶ(アンゾフの用語でも同じ)。

アンゾフの成長ベクトル

 ①リピート購入戦略と②市場シェア拡大戦略は、既存事業の強化である。事業機会を抽出する場合、既存事業も候補の1つであることを忘れてはならない。①リピート購入戦略においては、製品・サービスの改善、技術改良、リピート購入を促すプロモーションなどが展開される。②市場シェア拡大戦略においては、差別化要因の強化、魅力的な価格の提示など、競合他社からの乗り換えを促すプロモーションが実施される。

 ③ウォレットシェア拡大戦略と④多角化戦略は、新規事業にあたる。③ウォレットシェア拡大戦略には2つの方法がある。1つ目は、既存の製品・サービスと類似カテゴリの製品・サービスを開発するというものである。例えば、清酒メーカーであれば、ワインや焼酎の製造・販売への進出が思いつく。2つ目は、顧客が既存の製品・サービスを消費するプロセスの前後を押さえる、つまり、顧客が既存の製品・サービスと一緒に消費する製品・サービスを開発するというものである。清酒メーカーの場合、清酒と一緒に消費される惣菜や酒のつまみを開発する、あるいは清酒が消費される飲食店を経営するという選択肢がある。自動車メーカーの場合、アフターマーケット市場への進出は、顧客の消費プロセスの「後ろ」を押さえることになる。さらに、自動車の出発点と到着点に該当する住宅と商業施設、観光施設の開発に乗り出すのも一手である。

 ④多角化戦略には、大きく分けて、外部環境アプローチと内部環境アプローチの2つがある。外部環境アプローチはさらに3つに分かれており、ⅰ)成長市場に着目する、ⅱ)労働力が不足している業界に注目する、ⅲ)海外で流行しているものを日本に輸入する、という視点がある。ⅰ)に従えば、医療・介護業界に進出するというオプションが出てくるし、ⅱ)に従えば、建設業界や飲食チェーン業界に進出するというオプションが導かれる。

 一方の内部環境アプローチも同じく3つに分かれており、ⅳ)経営理念から導かれる領域、ⅴ)自社の強みを活かせる領域、ⅵ)経営陣がやりたいと思っている領域、という切り口がある。例えば、バイオ研究に力を入れている清酒メーカーは、化粧品分野に進出することがある。また、人間の鋭敏な味覚は、最新の分析機器でも検出できない何億分の1レベルの微量物質を感知する能力を持つため、清酒メーカーは分析機器の精度を超えたレベルの酒質設計を行っている。このノウハウを活かして、分析測定機器の開発・販売に乗り出すという手も考えられる。

アンゾフの成長ベクトル(拡張版)

 ただ、個人的には、この4つだけでは事業機会としては不十分だと思う。そこで、「⑤新市場開拓戦略」、「⑥代替品開発戦略」、「⑦完全なるイノベーション戦略」という3つを加えた。⑤新市場開拓戦略では、既存の製品・サービスを非顧客に販売することを目的とする。考え方としては、まず、既存顧客と反対の属性を持っている人々に販売するという方法がある。例えば、男性向けだったものを女性向けに、若者向けだったものを高齢者向けに、BtoC向けだったものをBtoB向けに提供するということである。アメリカは、軍需品を民生に転換することを得意としている。

 女性向けだったものを男性向けに販売している例として、生理用ナプキンが挙げられる。男性は痔に悩んでいる人が多い。そこで、出血を抑えるために生理用ナプキンを使用している人がいるという。また、長時間座って運転をしなければならない物流業界のドライバーは、お尻が座席との摩擦で痛くなるのを防ぐために生理用ナプキンを使っているらしい。さらに、医療現場では、お尻を手術した患者に対し、出血や膿を吸収する目的で生理用ナプキンを用いている。

 ⑤新市場開拓戦略の2つ目の考え方として、既存の製品・サービスを意外な方法で使用している人々に着目するというものがある。例えば清酒の場合、調味料の代わりとして清酒を使用する人がいる。もちろん、既に料理酒は存在するが、お米をふっくらと炊き上げたり、お餅をふっくらと焼き上げたりするために清酒を使っている人がいるらしい。こういうニーズに着目すると、既存の料理酒とはまた違った調味料が生まれるかもしれない。また、清酒を入浴剤代わりに使っている人もいる。ここから、清酒の成分を含んだ入浴剤の分野に進出するということも考えられる。

 ⑤新市場開拓戦略の3つ目の考え方は、既存の製品・サービスを海外に展開するというものである。しかも、単に海外展開するのではなく、まだその製品・サービスが一般的になっていない国・地域に持っていくことで先行者利益を狙うというものである。⑤新市場開拓戦略は、非顧客に着目することで、市場のパイそのものを拡大することを目指している。

 ⑥代替品開発戦略は、文字通り既存の製品・サービスを脅かす代替品を、先手を打って開発する戦略である。1つ目として、技術的に非連続的なイノベーションが挙げられる。自動車業界で言えば、燃料電池自動車(FCV)がこれに該当する。FCVが完成すると、既存のガソリン車とは全く異なる部品構成やビジネスモデルが必要となり、業界構造が一変する。既存の市場や業界を丸ごと吹き飛ばすほどの威力を持つ非連続的なイノベーションは、代替品である。

 2つ目は、クレイトン・クリステンセンが提唱した「破壊的イノベーション」である。再び自動車業界に目を向けると、電気自動車(EV)は破壊的イノベーションになり得る可能性があると言われている。破壊的イノベーションとは、既存の製品・サービスに比べると技術的には”劣る”が、コストパフォーマンスが高いため、顧客の期待水準を大幅に上回ってしまった既存の製品・サービスに顧客が見切りをつけて、市場の大多数が破壊的イノベーションに流れ込むというものである。破壊的イノベーションも、既存の製品・サービスを駆逐するから、やはり代替品である。

 3つ目は、顧客のニーズを別の手段で満たす製品・サービスの開発である。顧客はその製品・サービスそのものがほしいのではなく、その製品・サービスによって何かを実現することを欲している。マーケティングの格言に「顧客が欲しているのはドリルではない。ドリルの穴だ」というものがある。もし、ドリルよりも効率的に穴を開けられる製品が登場したら、ドリルにとって脅威的な代替品となるだろう。清酒の場合、清酒を飲むのはストレスを発散するためである。よって、「ストレス発散ドリンク」のようなものを開発すると、清酒にとっての代替品となる。また、自動車の場合、顧客が欲しているのは「移動すること」である。よって、バスやタクシー、鉄道、飛行機は自動車にとっての代替品となる。「ワープ技術」が完成したら、自動車にとって相当の脅威になるだろうが、物理学ではワープ技術は不可能という結論に達しているらしい。空間を歪めて近道を作るのに、宇宙に存在する全エネルギー以上のエネルギーが必要だというのがその理由である。

 私が思うに、代替品には意外と十分な注意が払われていない。代替品が現れると、既存の製品・サービスの市場は一瞬で消える。そのぐらい過激な存在である。だから、代替品が現れてからどうしようかと慌てふためくのではなく、普段から自社の製品・サービスにとっての代替品とは何かを熟考し、対策を打っておく必要がある。代替品開発戦略を考えるには、次のような問いを発するとよい。「今、我が社を潰すとしたら、どんな製品・サービスを開発すればよいか?」

 最後が「⑦完全なるイノベーション戦略」である。技術的に全く新しい製品・サービスを開発したり、今まで存在していなかった市場ニーズを掘り起こしたりする。ただ、これはほとんど発明に近い領域であるため、私もどういう論点で検討をすればよいかアイデアがない。1つだけ例を挙げるとすれば、清酒メーカーの場合、「酔っぱらうが判断能力は落ちない日本酒」なるものを発明すると、飲食業界は大喜びするかもしれない(危険ドラッグのような製品だが・・・)。

 以上、7つの戦略を見てきたが、①から⑦の順で難易度が上がる。また、繰り返しになるが、①リピート購入戦略と②市場シェア拡大戦略が既存事業の強化であるのに対し、③ウォレットシェア拡大戦略から⑦完全なるイノベーション戦略は新規事業の開発にあたる。さらに、①リピート購入戦略から④多角化戦略は、既に存在する市場シェアの拡大を目的としている点でマーケティングであるのに対し、⑤新市場開拓戦略、⑥代替品開発戦略、⑦完全なるイノベーション戦略は、新しい市場を創出するイノベーションである。これまで述べてきた観点で自社の事業機会を検討すると、非常に幅広いチャンスがあることに気づく。次は、それらの事業機会のうち、どれに着手するかを決めなければならないが、その方法については機会を改めることとしたい。

2014年11月18日

『ベンチャーとIPOの研究(一橋ビジネスレビュー2014年AUT.62巻2号)』―マクロデータから見る事業・起業機会のラフな分析


一橋ビジネスレビュー 2014年AUT.62巻2号: ベンチャーとIPOの研究一橋ビジネスレビュー 2014年AUT.62巻2号: ベンチャーとIPOの研究
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2014-09-05

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 (前回の続き)

 ここ数年、政府は「創業補助金」を出して起業活動を支援している。平成25年度と26年度はそれぞれ前年度の補正予算で実施されていたが、27年度は本予算で実施される見込みだ。ただ、以前の記事「平成27年度経済産業省概算要求 中小企業関連政策のポイント」で書いたように、政府は「創業すれば何でもいい」と考えている節がある。本来であれば、「経済の実態を踏まえて、この分野で起業してほしい」という方針を政府として明確に示すべきだろう。

 別の補助金の話になるが、「ものづくり補助金(中小企業・小規模事業者ものづくり・商業・サービス革新事業)」では、健康・医療、航空・宇宙、環境・エネルギーの3分野に該当する場合、補助上限額が1,000万円から1,500万円に上がる。また、各地方の「地方版成長戦略」で指定された産業に該当する場合には、審査で有利になる。この点で、ものづくり補助金は創業補助金よりも進んでいる。しかし、これらの重点分野がどのような基準で選ばれたのかがよく解らず、政治的意向が働いて「えいやっ」で決められたようにも感じる。

 起業・事業機会をマクロデータから導くには、財務省の貿易統計を利用する、という手が考えられる。財務省のHPには、品目別の輸出・輸入額が掲載されている。このうち、輸入超過に陥っている品目で、超過額が大きいものに着目する。

 こうした品目は、国内で需要があるにもかかわらず、国内の供給が追いついていないものであり、事業チャンスがあると言える。例えば、以前の記事「『一流に学ぶハードワーク(DHBR2014年9月号)』―「失敗すると命にかかわる製品・サービス」とそうでない製品・サービスの戦略的違いについて」で書いたように、医療機器は1.1兆円の輸入超過であり、ビジネスチャンスが大きい(ただし、輸入超過の品目の中には、コモディティ化して生産の大部分が海外に移っているために輸入超過になっている品目もあるので、その辺りは注意が必要である)。

 財務省の貿易統計で使われている品目コード(HSコード)は第1類~第97類まであり、さらに各類に下部コードがあるため、データ量が非常に膨大である。全部を分析すると大変なことになるから、一番解りやすそうなものとして、第85類「電気機器及びその部分品並びに録音機、音声再生機並びにテレビジョンの映像及び音声の記録用又は再生用の機器並びにこれらの部分品及び附属品」をピックアップしてみた(なお、第85類には「集積回路(85.42)」があるのだが、他の品目に比べて輸出入額が大きく、グラフに含めるとグラフの形が崩れてしまうため省略した)。

○第85類「電気機器及びその部分品並びに録音機、音声再生機並びにテレビジョンの映像及び音声の記録用又は再生用の機器並びにこれらの部分品及び附属品」の輸出額・輸入額・貿易収支(2013年、単位:10億円)
2013年輸出入金額(電気機器)

○第85類「電気機器及びその部分品並びに録音機、音声再生機並びにテレビジョンの映像及び音声の記録用又は再生用の機器並びにこれらの部分品及び附属品」の内訳
HSコード(第85類)

 グラフからは、「電話機及びその他の機器(85.17)」が大幅な輸入超過であることが解る。固定電話はほとんどコモディティであるし、携帯電話は海外のスマートフォンが強いため、このような結果になっているのだろう。よって、この分野は輸入超過であっても、新規参入は難しい。

 このグラフで1つ注目したいのが、「電気絶縁をした線、ケーブルその他の電気導体及び光ファイバーケーブル(85.44)」である。以前、電気ケーブル業界について知り合いの中小企業診断士から教えてもらったのだが、電気ケーブルは自動車の生産ライン、産業用ロボット、半導体製造装置、プレス機械など、電気を使う機械には必ず使われる製品である。

 機械装置メーカーが新しい装置を開発する際には、サイズ、長さ、使用本数、耐熱温度、屈曲性など装置に適合した様々な特殊ケーブルを必要とする。機械装置メーカーは細かく仕様を決めて電気ケーブルを発注し、発注後はすぐに納品するように要求してくるという。一般的に、特注品・短納期の製品は、日本企業の得意分野である。それが輸入超過なのだから、日本企業が入り込む余地はまだまだあると言えるのではないだろか?

 貿易統計のデータは非常に細かく、分析が大変である。しかし、切り口が細かいゆえに、意外なニッチ市場が見つかる可能性がある。ただ、貿易統計からは、内需主導型の産業のことは解らない。そこで、厚生労働省の「労働経済動向調査」というデータを見てみよう。労働者DI(労働者が「不足」と回答した事業所の割合から「過剰」と回答した事業所の割合を差し引いた値)が長期間プラスになっている業界は、需要があるにもかかわらず慢性的に人手不足となっており、ビジネスチャンスがあると考えられる。

○産業別に見た常用労働者のDIの推移
20141004_産業別労働力DI推移

 労働者DIが長期間プラスで固定しているのは、情報通信業、運輸業・郵便業、宿泊業・飲食サービス業、医療・福祉である。これらの業界は離職率が高いので労働者DIがプラスになっているとも考えられるが、情報通信業ではIT技術が日々進化しており、運輸業・郵便業は荷物の小口化とWeb通販の拡大による荷物の増加によって物流量が拡大している。宿泊業・飲食サービス業は外国人観光客の急増で需要が伸びているし、医療・福祉については今さら言うまでもない。

 意外なところでは、学術研究・専門・技術サービス業の労働者DIが長期間プラスで推移している。弁護士、公認会計士、社会保険労務士などのいわゆる士業や、私のような経営コンサルタントがこのくくりに入る。どうやら、こういう人材が日本では不足しているようだ。ただ、これらのビジネスはあまり規模を追求できないので、雇用創出への貢献度は低いかもしれない。

 もう1つ意外だったのは、金融・保険業の労働者DIが低いことである。高齢者の潤沢な金融資産をターゲットとして金融商品が多様化・複雑化しており、高度な知識を持った人材が必要とされているのかと思いきや、現実はそうではないようである。だから、例えば今から保険の代理店事業を立ち上げようとするのは、ポテンシャルに乏しい選択肢なのかもしれない。




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