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『正論』2018年8月号『ここでしか読めない米朝首脳会談の真実』―大国の二項対立、小国の二項混合、同盟の意義について(試論)
『致知』2018年2月号『活機応変』―小国は国内を長期にわたって分裂させてはならない。特に日本の場合は。
『寧静致遠(『致知』2017年6月号)』―日本が編み出した水平・垂直方向の「二項混合」について

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京から実家のある岐阜市にUターンした中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。ほとんど書評ブログ。たまにモノローグ。双極性障害Ⅱ型を公表しながら仕事をしているのは、「双極性障害(精神障害)の人=仕事ができない、そのくせ扱いが難しい」という世間の印象を覆したいため。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2018年07月27日

『正論』2018年8月号『ここでしか読めない米朝首脳会談の真実』―大国の二項対立、小国の二項混合、同盟の意義について(試論)


正論2018年8月号 (在韓米軍撤退の現実味)正論2018年8月号 (在韓米軍撤退の現実味)

日本工業新聞社 2018-06-30

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 経営については、一応経営コンサルタント(中小企業診断士)としての経験もブログの経験も10年以上あり、それなりの内容が書けるようになったと思う。しかし、政治に関しては、法学部出身にもかかわらずまじめに勉強したことがなく、ブログで取り上げるようになったのも、現行ブログを立ち上げたここ数年のことだから、未だに珍妙なことを書いてしまうかもしれないが、今回もそれを覚悟の上で記事をまとめてみたいと思う。

 今、ある小国aがあるとしよう。小国aは大国Bからの脅威にさらされている。小国aは、自国だけでは大国からの脅威に対抗できないと判断した場合、自国の味方となってくれる大国を探す。それを大国Aとしよう。小国aは大国Aと同盟関係を結ぶ。大国Aは小国aを庇護しながら、大国Bと対立する。大国Bとしては、小国aに手を出したいところだが、小国aを攻撃すると、小国aと同盟関係にある大国Aが出てきて非常に厄介なことになる。こうして、大国Aと小国aの同盟関係は、大国Bに対する抑止力となる。この同盟は、小国のための同盟であると言える。

 だが、大国Bとしては、この事態を黙って見過ごしているわけにはいかない。特に、大国Bの内政が混乱している場合には、国民の目を外部に向け、国威を掲揚する必要がある。かといって、大国Aを引きずり出すような真似はしたくない。そこで、大国Bは、近隣の小国bと同盟を結び、大国A側の小国aと大国B側の小国bの対立という構図を作り出す。言い換えれば、大国Aと大国Bの代理戦争を小国aと小国bにやらせる。中東におけるサウジアラビア・エジプトVSイラン・シリアや、朝鮮半島における北朝鮮VS韓国はアメリカとロシア(+中国)の代理戦争の典型例である。ここに至って、同盟は、小国のための同盟から、大国のための同盟へと変質する。

 大国Aと大国Bにとっては、小国aと小国bの対立が盛り上がってくれた方が、血を流さずに軍事費を引き上げることができ、自国の軍需産業の成長につながる(朝鮮半島の場合)。もちろん、小国aと小国bが血を流してくれても、やはり軍事支出が増えるので、大国Aと大国Bにとってはありがたい(中東の場合)。いずれにしても、大国Aと大国Bが直接対決せずに、両国の対立を小国aと小国bの対立という空間に閉じ込めておくことが重要である。

 大国Aと大国Bは限界まで直接対決しないように、二項対立的な発想で双方の緊張を高めつつも、対立を抑制する仕組みを持っている。大国Aには、主流派としての反B派と、非主流派としての親B派という二項対立がある。同様に、大国Bには、主流派としての反A派と、非主流派としての親A派という二項対立がある(アメリカは反ロ派が主流だが、一部には親ロ派がいる。同様に、ロシアも反米派が主流だが、一部には親米派がいる)。大国Aの反B派と大国Bの反A派は、公式・非公式のあらゆるチャネルを通じて相手国と対立する。一方で、大国Aの親B派と大国Bの親A派は、裏で同じように公式・非公式のチャネルを活用して相手国と通じている。すると、大国A内の反B派と親B派は、大国Bへの対応をめぐって国内対立し、大国A全体として大国Bに向かっていくエネルギーが減退する。同じことは、大国Bに関しても言える。

 だが、大国には豊富な政治資源があるからこのような芸当ができるのである。政治資源が限定されており、大国の内情をよく知らない小国aと小国bは、それぞれ大国Aと大国Bから十分な支援を受けていると思い込み、全面的に対立する。実を言うと、中東に関しては、山本七平が指摘したように、セム系の民族であるアラブ人は、古代から二元論に強いとされる。20世紀に入ってからは、サイイド・クトゥブの善悪二元論のような、極端な二元論もあった。ただし、中東の小国はこうした二元論を、大国のように国内の二項対立として処理することができない。だから、自分の国は正しい、相手の国は間違っている、という二分論になってしまう。これが、中東の混乱を招いている一因であると考える。必ずしも、近現代の欧米諸国の中東政策だけが間違っていたわけではなく、中東の伝統的な思考様式にも原因を求める必要がありそうである。

 では、小国aと小国bが全面的な対立を回避するためにはどうすればよいだろうか?ここからは非常に稚拙な案なのだが、小国は「精神分裂症」にならなければならないと思う。つまり、相互信頼と相互不信を織り交ぜて、お互いにくっついたり離れたりを繰り返す複雑な外交を展開するのである。この精神分裂症的外交を、私は日本と朝鮮半島の長い歴史の中に見出すことができると考える(以下、小倉和夫『日本人の朝鮮観―なぜ「近くて遠い隣人」なのか』〔日本経済新聞出版社、2016年〕を参考にした)。

日本人の朝鮮観 ―なぜ近くて遠い隣人なのか日本人の朝鮮観 ―なぜ近くて遠い隣人なのか
小倉 和夫

日本経済新聞出版社 2016-03-26

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 またしても私の好きなマトリクス図を取り出して恐縮なのだが、「融和―対立」、「公式―非公式」という2軸でマトリクスを作ると、外交には4つのパターンがあることが解る。まず、「融和&公式」の象限であるが、古代から日本は朝鮮半島を儒教の国として尊重してきた。また、江戸時代に入ってからは、朝鮮半島を「文」の進んだ国と見なしてその文化を吸収してきた。一方で、朝鮮半島の背後には常に中国の影があり、中国の脅威が近づくと朝鮮半島に対して高圧的な態度を取るという伝統がある。これが「対立&公式」の象限である。古代の白村江の戦いがそうであったし、戦国時代における豊臣秀吉の朝鮮出兵もそうであった。近代に入ってからは、欧米の帝国主義から中国や朝鮮半島を解放するという名目で朝鮮半島に踏み入った。

 公式のチャネルに関しては以上の通りだが、非公式のチャネルを通じても融和と対立を繰り返してきた。「融和&非公式」という象限に関しては、古くは倭寇(よく知られているように、倭寇という名前がついているものの、その構成員には日本人だけでなく、多くの朝鮮人も含まれていた)が日本と朝鮮半島の交易上のつながりを示すものであった。明治時代以降は、近代化が進む日本と近代化の面で遅れている朝鮮半島を比較し、遅れている朝鮮半島の方にかつての日本が持っていたロマンを見出すという文芸家が少なからず存在した。また、ロマンを感じるだけでなく、植民支配に対するアジアの連帯を説く思想家も現れた。

 「融和&非公式」という象限があれば、その反対の「対立&非公式」という象限もある。江戸時代には、朝鮮半島からの通信使である崔天宗が殺害されるという事件が起きている。しかも、この事件は、通称「唐人殺し」という名の「漢人韓文手管始」という演目で歌舞伎の題材となった(ここでの「唐人」とは外国人の意味である)。明治より後は、前述のように朝鮮半島に対してロマンを感じる人々も多かったものの、日本人と朝鮮人が文化的・民族的に近すぎるがゆえの嫌悪感も生まれた。民度が低い、非実利的性格、いい加減、激情的、享楽的、反抗的、残酷であり横暴などといった批判が朝鮮半島の人々に向けられた。

 とりわけ明治以降の朝鮮人に対する日本人の感情は複雑である。いち早く近代化に成功した日本は、朝鮮半島が儒教に優れた国というこれまでの評価を覆して、近代化に遅れた国だというレッテルを貼り、その遅れに対して苛立ちを感じていた。ところが、実際に朝鮮半島を訪れた日本人は、朝鮮人の純朴さ、精悍さに心を打たれ、日本が近代化の過程で失ったロマンを見出した。しかし、憧れというのは近すぎるとその魅力を失うようで、ロマンに近づきすぎた日本人はやがて朝鮮人と距離を取るようになった。とはいえ、欧米の帝国主義の脅威は迫っているわけであり、西洋に対抗するためにアジアの連帯を強調するようになった。にもかかわらず、一向に立ち上がろうとしない朝鮮人に再び苛立ちを感じた。このサイクルをぐるぐると回っていた。

 興味深いのは、大国であれば、反朝鮮半島の人々と親朝鮮半島の人々が二項対立によってくっきりと分かれるのに対し、日本人の場合は国内に二項対立が存在しないため、同じ人物がある時は反朝鮮半島に回り、ある時は親朝鮮半島に回るということである。例えば、高浜虚子は、一方で朝鮮半島の近代化の遅れを批判しておきながら、他方で、朝鮮人のロマンを持ち上げるというような芸当をやってのけている。これは、大国の二項対立には見られない、いわば「二項混合」とでも呼ぶべき状態である。小国の外交とは、こういうものであるべきだと思う。

 お互いが精神分裂症だから、外交姿勢が一貫せず、相手の考えがよく解らないこともあるだろう。だが、例えば近くて遠い存在である家族を取り上げてみると、どんなに上手く行っている家族であっても、親密と疎遠を繰り返しながら関係を維持しているものである。喧嘩しても、仲直りして信頼関係を深めているものである。これと同じ関係を、近隣の小国と構築すればよい。

 こうして、小国aと小国bが複雑ながらもそれなりに良好な関係を築くようになると、小国aと小国bに代理戦争を行わせようと目論んでいた大国Aと大国Bには旨みがなくなる。大国Aと大国Bが対立するよりも手を組んだ方が利益が大きくなると判断すれば、両国は突然接近することもあり得る。大国A内の親B派と大国B内の親A派の力が強くなり、両者が意気投合する。大国が小国のはしごを外すタイミングは、小国には予期できない。小国には、大国内の二項対立の構造が理解不能である。かつて、ソ連と対立していたドイツが日独防共協定を結んでいたのに、1939年に突如独ソ不可侵条約を締結して日本を驚かせたことがあった。当時の平沼騏一郎首相は、「欧州情勢は複雑怪奇なり」という言葉を残して辞任した。

 現在、アメリカと中国が激しい貿易戦争を繰り広げているが、アメリカも中国も表現の自由を制限し、三権分立を脅かし(中国にはそもそも三権分立がない)、政府が一方的な主張を展開するといった具合に、同じファシズムに向かっている。もちろん、第2次世界大戦時のドイツとソ連のように、ファシズム国家同士が対立する例もあるが、同じ政治的志向を持つ国同士のこと、いつ連携してもおかしくはない。米中貿易戦争の本質は、中国からアメリカに輸出される大量の日本製品に高い関税を課して日本の産業を潰すことであるとも言われている。アメリカと中国は激しく対立しているように見せかけながら、実は、アメリカが日本のはしごを外して中国に接近し、何らかのしたたかな計算の元に、両国が儲かるように仕組んでいる可能性もある。そのような事態に備えるという意味でも、日本は近隣の小国と関係を深めておく必要がある。

 ところで、米朝首脳会談によって「体制の保証」を勝ち取った北朝鮮は、アメリカらから邪魔されるリスクを気にせずに、南北統一に向かうと思われる。韓国の親北派・文在寅大統領もこれを後押しするだろう。今までアメリカと中国の対立は朝鮮半島内に閉じ込められていたが、今後は日本と朝鮮半島の対立に拡大される恐れがある。

 結局のところ、朝鮮半島は中国に従うしかないのである。朝鮮半島は、百済・新羅の歴史を持ち出して、朝鮮半島に独自の民族がいたと主張する。だが、中国は高句麗が中国民族の出先機関であるとしており、新羅が朝鮮半島を統一したと言っても、その後の高麗は所詮新羅の政権交代ぐらいにしか見ていない。ただ、だからと言って、日本と朝鮮半島という小国同士が全面的に対立していては、背後にいる大国の思うつぼである。日本としては気が進まなくても、朝鮮半島の新統一国家とは精神分裂症的な外交を展開しなければならない。この点については、以前の記事「『正論』2018年7月号『平和のイカサマ』―「利より義」で日本と朝鮮統一国家の関係を改善できるか壮大な実験を行うことになるだろう」でも書いた。

 日本と朝鮮半島の新統一国家が国交を樹立すれば、国民を拉致するような危険な国の大使館が東京のど真ん中にできると恐れる声もある。しかし、国民を拉致するどころか、国土の略奪を虎視眈々と狙っている中国の大使館があるぐらいだから、この批判は十分でない。

 小国がなすべきことは、まずは近隣の小国と精神分裂症的な外交を通じて一定の信頼関係を構築することである。そして、対立する両大国に関しても、第一に、政治、経済、社会、軍事制度をめぐり両国の対立を生み出す要因となっている双方の両極端な養分を摂取・混合して、自国の文化、伝統の上に独自で多義的な制度を構築する。第二に、その多義的な制度の価値を、双方の大国に訴求する外交を展開する。特に、その大国に欠けている価値、別の言い方をすれば、対立する相手国側が包摂している価値を訴求する。

 もちろん、大国は教条的なイデオロギーにしがみついているから、小国ごときが何かを提案したとしても簡単に態度を変えるとはおよそ考えにくい。まして、大国同士の溝が埋まることは期待できそうにもない。しかし、小国が大国に”訴求し続ける”という事実こそが重要である。大国にとっては、その小国は対立する相手国の情報を運んできてくれる使者となるからだ。こうして、どちらの大国にとっても、日本が自国の味方であるかのように見える状況を作る。これを私は「ちゃんぽん戦略」と呼んでいる(以前の記事「『トランプと日本/さようなら、三浦朱門先生(『正論』2017年4月号)』―米中とつかず離れずで「孤高の島国」を貫けるか?」を参照)。

 日米、日中の関係について、解りやすい経済と社会から考えてみる。経済に関しては、アメリカの株主至上主義と、中国の国営企業中心経済をちゃんぽんにする。アメリカに対しては、企業が株主至上主義に代えて顧客第一主義を掲げると同時に、中国が必ずしも成功しているとは言えないが、行政が業界のため、あるいは格差の縮小・是正のために適度に介入する修正された自由市場経済のあり方を示す。一方、中国に対しては、多くの日本人がアメリカから吸収し、長い年月をかけて現場で培ってきたマネジメントの重要性=民の力を訴求する。

 社会に関しては、アメリカの自由・平等の理念と、中国の統制主義をちゃんぽんにする。どんなに平等を貫いても現実には権威主義的な階層社会(≠階級社会)を免れることはできず、内部における役割の大小が生じる。しかも、日本の場合は本ブログで何度も書いたように”多重”階層社会であるから、役割の大小の差は大きい(ただし、これが直ちに経済格差につながるわけではない)。アメリカに対しては、価値の異なる役割の配分の正統性を、中国に対しては、権威の影響下にあっても、役割をテコに自由を発揮する余地があり、権力からの自由でも権力への自由でもない、権力の中での自由とでも呼ぶべき自由が存在することを証明する。

 政治に関しては、アメリカの2大政党制民主主義と、中国の一党独裁をちゃんぽんにしたいところであるが、どちらも政治の多元主義化という現実に上手く適応できていない。一方、日本政治の特徴は、表面上は自民党の一党支配でありながら、党内に右から左まで様々な派閥があり、かつ派閥の中では当選回数を問わず自由闊達な議論が認められる点にある(最近はこの特徴が薄らいでいるのが危惧される)。そこで、アメリカに対しては、政治の多元主義化に組織的に適応する方法を示す。他方、中国に対しては、下の階層からの諫言を歓迎する真の意味での権威主義を提示する。これは元々は古代中国にあったものであり、諫言を抹殺するのは権威主義ではなく強権主義にすぎないと訴える。まずはここから始めてはどうか?

 軍事についても、以前の記事で上手に書けなかったのだが、1つの方法としては、対立する双方の国へ武器を販売するという手がある。かつて日本陸軍は、昭和通商という企業を通じて中国などに武器を輸出していた。日本に対する武器の依存度が高まれば、中国との間で疑似的に軍事同盟が成り立つだろうというのが陸軍の考えであった。しかし、結局日本は中国と戦争になってしまったので、今はこの考えを採用することはできない。それに、国民全体が武器の輸出に対してナイーブになっている現代では、現実的な選択肢ではないだろう。

 もう1つの方法は、逆に、対立する両国の国から武器を購入するというものである。ベトナムはアメリカとロシアの双方から武器を購入している。お互いの軍事機密が相手国に漏れるのではないかと思うのだが、ベトナムはこれを上手くやっている。ベトナムに学ぶ点はありそうだ。だが、いずれの方法もかなりのリスクを伴う。ちゃんぽん戦略という観点で単純に考えれば、日本がアメリカ、中国の双方と軍事演習を行うことができれば一番よい。しかし、お互いの軍事機密が相手国に対して露骨に漏洩するため、実現可能性は低いだろう。よって、現実的には、今行われているように、アメリカとは軍事演習を実施する一方で、中国とは軍事危機に備えた連絡メカニズムを構築するという点に落ち着くに違いない(あるいは、将来的には中国と軍事演習を行い、アメリカとは軍事危機に備えた連絡メカニズムを構築する、という逆の道があるのかもしれない)。ゆくゆくは、軍事演習なしで、双方の大国と連絡メカニズムだけを構築できるのが望ましい。

 ちゃんぽん戦略を徹底すると、日本を通じてアメリカの情報が中国に、中国の情報がアメリカに渡るから、日本はアメリカにとっても中国にとっても重要な国となり、双方の大国はそう簡単には日本に手出しができなくなる。さらに、日本が近隣の小国と神経分裂症的な外交でもって一定の信頼関係を築き、その小国もまた日本と同様にちゃんぽん戦略を採用するならば、なお一層、両大国は日本を含む小国に代理戦争を演じさることが難しくなる。

 近年、日本のマンガやポップカルチャーが世界中で人気を博し、日本文化に好意的な国は「こういう文化を持っている国は攻撃してはならない」と考えるようになっている。これを「文化による安全保障」と呼ぶそうだ。しかし、私は、文化による安全保障とはもっと深い意図を帯びたものであり、前述のように、政治、経済など多元的なレベルでちゃんぽん戦略を実行し、対立する両大国に対して独自の価値を訴求することで成立するものである。

 同盟関係は、複数の国で共通の仮想敵国を設定できた時代には有効であった。しかし、現代はある国とある国が時と場合に応じて接近と離反を繰り返す時代である。前述の通り、小国に代理戦争をさせようとしていた両大国が突然手を結んで、小国からはしごを外すことも考え得る。手を結んだ両大国は、別の大国と新たな対立を始める。これは、常に二項対立的な発想でしか物事をとらえることができない大国の性であると言える。

4大国の特徴(これから)

 以前の記事「『致知』2017年11月号『一剣を持して起つ』―米朝対話が成立するとはアメリカが韓国を捨てることを意味する(ことを左派は解っていない)、他」で、私は上図を用いた。私が考える現在の大国とは、アメリカ、ロシア、中国、ドイツの4か国である。アメリカはドイツと同じグループ、中国はロシアと同じグループである。だが、実際には、ドイツは日本から物理的に遠く、またロシアは冷戦で国力が疲弊していたから、あまり意識する必要がなかった。事実上、アメリカ対中国という構図でとらえておけば十分であった。だから、これまで述べてきたちゃんぽん戦略も、アメリカと中国の両国に対して発揮することを想定していた。

 しかし、ここに来ていくつかの変化が見られる。アメリカとロシアは相変わらず強い敵対関係にある。一方で、アメリカとドイツの間には隙間風が吹き始めている。さらに、繰り返しになるが、アメリカは中国とあれだけ激しい貿易戦争をやっておきながら、突然手を結ぶ可能性がある。ドイツの動向が読みづらく、今はロシアと中国の双方に接近して、どちらの国から得られる経済的価値が大きいか天秤にかけているようである。だが、最終的には、かつての東ドイツ―ソ連という政治上の密接なつながりを理由に、ロシアが選択される可能性が高いと予測する。すると、二項対立の構図は、「アメリカ&中国」VS「ロシア&ドイツ」に変質する。その時日本は、両陣営をそれぞれ貫く新たなイデオロギーを見抜き、ちゃんぽん戦略を再考しなければならない。この新時代では、日米同盟はおそらくほとんど意味を持たなくなっていることだろう。

 最後に、大国の恐ろしさについて書いておきたい。前述の通り、大国Aは小国aを、大国Bは小国bを支援するというのが基本的関係である。だが、大国は二項対立的な発想を拡大して、大国Aが小国aと小国bの双方を支援することがある。大国A内の親B派が大国B内の親A派と結びついて、大国Bが支援する小国bを大国Aも支援するというパターンである。

 レーガン政権下の「イラン・コントラ事件」を取り上げてみよう。まず、アメリカはイラクを扇動してイランを攻撃させた。この時、サウジアラビアはイランのホメイニ師を支援した。サウジアラビアとイランは元々仲が悪いのだが、ここまでは小国同士の神経分裂症的な外交として何とか理解できる。不可解なのは、アメリカがあろうことかホメイニ師に武器を販売して、その代金をニカラグアの親米反政府組織に渡していたことである。ホメイニ師は典型的な反米であり、太平洋戦争でアメリカが日本に原爆を落としたことを強く批判していた。そのホメイニ師をアメリカは支援して、ニカラグアの親米政権樹立を目指していたのである。このように、大国は自国の利益のために手段を選ばないことがある。いくら同盟を結んでいても、最終的に優先されるのは同盟国の利益ではなく、アメリカの利益である。この点を忘れてはならない。


2018年02月05日

『致知』2018年2月号『活機応変』―小国は国内を長期にわたって分裂させてはならない。特に日本の場合は。


致知2018年2月号活機応変 致知2018年2月号

致知出版社 2018-02


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 2005年5月にブログを始めて約13年、経営やマネジメントについてはそれなりのことが書けるようになったと思うのだが、政治、社会、宗教のこととなるとまだまだからっきしダメである。それでも書かなければ上達しないので、今回も未熟な内容だが政治の記事に挑戦したいと思う。

 江戸幕府第15代将軍・徳川慶喜と言うと、「政権を投げ出した」、「戦いを放棄して江戸に逃げ帰った」、「決断力や責任感が薄い」、「変わり身が早い」、「意志薄弱な最高司令者」などという評価がつきまとうが、水戸史学会会長・宮田正彦氏の「最後の将軍 徳川慶喜の決断」という記事には次のように書かれている。まず、大政奉還については、
 慶喜は、このまま幕府と倒幕派の対立が激化すれば、国内が分裂し、西洋列強の介入の危機を招いてしまう。だから、ここは政権を朝廷にお返しして、聖断を仰ぎ、共に心を合わせ力を尽くしましょうと言っているのです。
 慶喜は、倒幕派(倒幕派の中にも色々あった)と幕府が長期にわたって対立し国内が混乱すると、倒幕派と幕府の双方に西洋列強の諸国がついて、日本国内の動乱に乗じて日本を分割してしまう恐れを感じていたわけである。大政奉還の後、新政府軍と旧幕府軍の間に鳥羽・伏見の戦いが勃発するが、緒戦で幕府軍が敗戦すると、大坂城にいた慶喜は、京都警備の要職にあった会津藩主の松平容保と桑名藩主の松平定敬を手招き、そのまま数名の家来を伴い、軍艦で江戸に帰ってしまった。この慶喜の行動について、宮田氏は次のように分析している。
 慶喜公が江戸に連れ帰った松平容保と定敬は、いわば京都・大坂における軍の大将です。大将がいない軍は動けません。つまり、慶喜公は逃げ出したのではなく、京都・大坂の軍の動きを封じ、これ以上は絶対に戦わない、という明確な意思表明を行ったのです。そして慶喜公の一意恭順の決断の背景には、先に見たような、幕府に人材がいないこと、徹底抗戦すれば深刻な内戦となり、西洋列強に介入の口実を与えてしまうなど、様々な理由があったと思います。
 ここでも、国内対立の早期収束を図り、諸外国による圧力から日本を守ろうとする慶喜の意図が感じられる。一言で言えば、慶喜は「和」を重視したということだ。この「和」の精神が凝縮されているものの1つに「忍術」を挙げることができるというのが、甲賀伴党21代宗師家・川上仁一氏の「忍術の神髄は和の心にあり」という記事である。
 『秘伝書』では、日の丸のような赤い円の中央に「忍」の1字を置いて、忍術の極意を表しますが、丸はリングの輪、平和・調和の和、異質なものが交わる「和える」にも通じます。つまり、和を実現するには、できるだけ争わず、お互いに忍耐して仲よくすることが大事だということです。
 日本人には、古来から和を尊ぶ精神性や、争いを避けムラの平和を維持する知恵がずっと蓄積されており、それが「総合生存技術」にまで高められたのが忍術なのである。『致知』2018年1月号に、刀匠・松田次泰氏の記事(「一筋の道を極める生き方」)があったが、日本の国宝約1,100点のうち約1割は刀であり、その大半は刃こぼれしていない、つまり使われていないのだそうだ。ここにも日本人の戦わない精神、「和」の精神が現れていると思う。

致知2018年1月号仕事と人生 致知2018年1月号

致知出版社 2018-01


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 「和」の精神の例外として、私は戦国時代と太平洋戦争の2つを挙げたいと思う。戦国時代は、1467年から1477年までの約11年間にかけて京都を混乱に陥れた応仁の乱の結果として到来した時代である。日本全土には戦国大名が群雄割拠し、熾烈な勢力争いを繰り広げた。当時、西洋からはキリスト教が伝来し、九州を中心にキリシタン大名も登場した。宣教師の目的は、単に日本にキリスト教を布教させるだけでなく、それを通じて日本人を精神的に支配し、日本を植民地支配下に置こうとするものであった。つまり、戦国時代とは、日本がその混乱の隙を突かれて、西洋列強によって分割統治される危険性が高まった時代である。奇跡的に、キリスト教は勢力を封じられ、戦国大名の対立は安定した徳川幕府の誕生によって終息したわけだが、この奇跡のメカニズムは今後もっと掘り下げて探究したいテーマの1つである。

 一方、「和」の精神が発揮できず深刻な被害を出したのが太平洋戦争である。太平洋戦争においては、アメリカとの戦争を優先したい海軍と、中国・東南アジアでの戦いを優先したい陸軍の対立によって、日本は両面戦争を強いられた。やや余談になるが、「和」を重んじる日本人は、伝統的に決戦を短期間(数日~数か月)で終わらせる傾向があった。そのため、戦いに必要な物資は現地調達するのが一般的であった。逆に言えば、兵站という考え方が発達しなかったので、戦争が長期化した太平洋戦争では兵站が機能せず、インパール作戦などで多大な犠牲者を出すことになった。両面戦争によって敵を増やしてしまった日本は、戦後はドイツのように分割統治されてもおかしくなかった。だが、ここでも奇跡的に日本は分割統治されず、いわゆる国体が維持された。この辺りの外交プロセスも、一体どうなっていたのか勉強したいと思っている。

 私は本ブログでしばしば、大国は二項対立的な発想をすると書いてきた。大国は常に敵を必要としており、その敵国と二項対立の関係になる。現代は、アメリカ・ドイツという自由主義国家と、ロシア・中国という独裁的国家が二項対立の関係にある。ただ、大国は、敵国とまともに正面衝突すると破滅的な結果をもたらすことを知っているため、大国同士の対立を小国に代理させる。具体的な方法としては、1つには双方の大国の同盟国となっている小国同士を対立させるケース(例:北朝鮮対韓国)があり、もう1つには国内が分裂している小国に内政介入するケース(例:シリア)がある。小国にとっては、いかに大国同士の対立に巻き込まれないようにするかがポイントとなる。特に、争いを嫌い、「和」を重んじる日本にとっては重要な課題である。

 「和」を重んじるというのは、換言すると「情理が論理を超える」ということである。RIETI・岩本晃一氏の「個人では超優秀な日本人が、企業体になるとなぜ世界に負けるのか;日本企業の極めて低い生産性の背景に何があるのか」という記事に興味深い記述があった。
 日本人もドイツ人も、考えることはほとんど大差はない。だが、ドイツ人は成果を出すまで最後までやり遂げる、という点が違う。ドイツ人は理論どおりにやれば、理論どおりの成果が出る筈だと「真面目」「愚直」に実行し、そして理論どおりの成果を出している。一方、日本人は、「確かにそれが正論かもしれないが現実には難しい」という意見が「現実をわかっているやつだ」と評価されて会議を通ったり、新しいプロジェクトには熱心だが、一旦プロジェクトが開始すると多くの人が関心を無くしてうやむやになり、やがて次の新しいプロジェクトに熱中するという現象がよく見られる。例えれば、「子供のサッカー」に見える。みんなでボールを追いかけているのだ。(※太字下線は筆者)
 近年の日本には、世論を二分するような政治的課題が多い。2年前には天皇陛下の生前退位が問題となった。皇室典範に摂政の規定が置かれているにもかかわらず生前退位を認めるならば皇室典範を改正しなければならず、それをせずに生前退位を認めることは皇室典範を空文化し、さらに皇室典範に言及している憲法の規定をもないがしろにすることになりかねない。だから、論理的に考えれば皇室典範を改正するか、もしその法改正作業が大変だというのであれば別の恒久法を立てるかのどちらかしか考えられない。ところが、実際に選択されたのは特措法の制定という一時しのぎの策であった。論理よりも情理が優先した結果である。

 天皇陛下の生前退位を認めるか否かという問題は、直ちに諸外国の介入を招くような類のものではないが、憲法、核、沖縄の基地問題は、下手をすると外国、特に中国の介入を招く可能性がある。昨年の衆議院議員総選挙で改憲勢力が3分の2以上を占めたが、NHKの世論調査を見て私は驚いた。2017年の世論調査によると、憲法を「改正する必要があると思う」は43%、「改正する必要はないと思う」は34%でかなり拮抗しているのである。しかも、「改正する必要があると思う」は、2002年の世論調査から15ポイントもマイナスとなっている。

 安倍総理は、公約で掲げた憲法改正を今年中に行うだろう。最大の焦点は9条であるが、以前の記事「『正論』2018年1月号『非礼国家 韓国の自壊/「立憲民主」という虚構』―日本の左翼の欺瞞」で書いたように、論理的に考えれば、現在の2項を削って代わりに自衛隊のことを書き込むのが筋である。だが、これだと平和主義が崩れると言って反対する国民が多数出ることが想定される。中国も2項削除には強く反発するだろう。すると、2項削除反対派が親中派になびく。中国にとっては、日本の左派を活性化させる絶好のチャンスとなる。日本は親米派と親中派で引き裂かれる。国内分裂を防ぐという意味では、結局のところ現在の憲法解釈で認められている自衛隊の存在を明文上で追認するという9条3項加憲案が無難なのかもしれない。

 ただ、そうは言っても、現在の専守防衛、すなわち「相手から武力攻撃を受けた時初めて防衛力を行使し、その防衛力行使の態様も、自衛のための必要最低限度にとどめ、また保持する防衛力も自衛のための必要最低限度のものに限られる」というのでは、緊迫する東アジア情勢を乗り切れない恐れがある。よって、「相手の武力攻撃を思いとどまらせる程度の攻撃」を認める憲法解釈のロジックを構築する必要はあると思う。2項の「交戦権の禁止」との関係でこれをどのように認めるか、相当頭を使わなければならない(神学的論争に発展するリスクはあるが)。

 北朝鮮の核に対しては、日本も核を持つべきだという意見が右派を中心に見られる。日本が核を保有して東アジアに核の傘を提供せよという過激な主張もある。一方、穏健な提案としては、NATOの核シェアリングのような仕組みを日本に導入するというものもある。アメリカは、かつては絶対に日本に核を持たせないという立場であったが、近年は軟化している。論理的に考えれば、核の脅威に対しては核で対抗するのがベストである。お互いの核の脅威がどうしようもなく高まり、このままでは惨劇がもたらされるという段階に至って初めて、両国間で対話がスタートし、核軍縮に向けた取り組みが始まる。これは冷戦時代に米ソが経験したことであり、また、ソ連の核に対してドイツを中心とするNATOがNPT条約を成立させた手順でもある。

 だが、唯一の被爆国(しかも2回被爆した)である日本が核を保有するとなれば、国民から凄まじい抵抗を食らうと容易に予想できる。そして、先の憲法改正の時と同じように、中国が核反対派を取り込もうと猛烈な働きかけをしてくるに違いない。だから、日本人の情理として、核を保有するのは不可能である。とはいえ、北朝鮮の核の脅威に対して無防備でいるわけにもいかない。日本は迎撃ミサイルシステムを充実させるべきだし、永世中立国であるスイスに倣って、公共の場に十分な数の核シェルターを用意する必要がある。

 憲法、核に関してはまだ国民の分裂が顕在化していないが、沖縄の基地をめぐっては既に分裂の様相を呈している。沖縄県民は「オール沖縄」というスローガンの下、辺野古移設に反対し、さらに国土面積のわずか0.6%にすぎない狭い沖縄県に、在日米軍専用施設面積の約74%が集中しているのはおかしいとして、沖縄県から全ての米軍基地を追い出すことを目標にしている。そのバックには中国がついており、辺野古移設に反対する運動家に対して資金援助をしているという噂もあるが、真偽のほどは定かではない。最近では、沖縄は本土とは独自の文化を持つ独自の民族であると言い出して、沖縄独立論なるものすら登場している。独立した沖縄は琉球時代のように中国の属国となるから、日本としては中国の脅威が一気に増すことになる。

 ここでも、論理的に考えれば、地政学的観点から見て沖縄は中国の太平洋進出を阻止する極めて重要な拠点であるから、沖縄に米軍基地を集中させるのは理に適っている。ところが、沖縄に基地を集中させることで、かえって沖縄が反米・親中に傾いてしまうのでは本末転倒である。よって、ここでも情理を働かせて、沖縄以外の地域を活用しながら中国の軍事的野心を牽制するやり方をそろそろ真面目に検討する時期に来ているように思う。沖縄対本土の対立を長期化させて中国の介入を許し、日本を米中の代理戦争の場にするようなことがあってはならない。


2017年06月05日

『寧静致遠(『致知』2017年6月号)』―日本が編み出した水平・垂直方向の「二項混合」について


致知2017年6月号寧静致遠 致知2017年6月号

致知出版社 2017-06


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 特集タイトルの「寧静致遠」とは、誠実でコツコツした努力を続けないと、遠くにある目的に到達することはできないという意味である。諸葛孔明が自分の子どもに遺した言葉に、「淡泊にあらざればもって志を明らかにするなく、寧静にあらざればもって遠きを致すなし」(私利私欲におぼれることなく淡泊でなければ志を持続させることができない。ゆったりと落ち着いた状況にないと遠大な境地に達することはできない)とあるそうだ。
 岡村:私たちの社会は一人ひとりの集まりですが、全体を数として見るのではなく、一人を見ることが同質のすべての人を見ることに繋がるという発想が東洋にはあったわけです。ですから、西洋でいう宗教という言葉自体が東洋には必要なかったのかもしれません。
(岡村美穂子、上田閑照「鈴木大拙が歩いた道」)
 鈴木大拙の「1が全体であり、全体が1である」という考え方は、全体主義に通じる危険性があるのではないかということを以前の記事「鈴木大拙『禅』―禅と全体主義―アメリカがU理論・マインドフルネスで禅に惹かれる理由が何となく解った」で書いた。
 岡村:人間は他の生物と比べて一足先に意識が変化しました。そこで何が起きたかというと、物事を主観と客観に分けて捉えるようになったんです。(中略)半面、自我をも発達させてしまったことで「自分はあなたじゃない」「あなたは自分ではない」という分離を生んでしまったんです。(中略)そこに生じるのが対立であり競争であり戦争です。
(同上)
 「1が全体であり、全体が1である」社会は、私とあなたという区分がない社会である。さらに言えば、この考え方の根底には汎神論(一切の存在は神であり、神と世界とは一体である)があり、その神は唯一絶対であるという前提がある。我々は皆、生まれながらにして絶対的な神と等しい完全な存在である。そこには、自分とは異なる他者の存在を容認する余地はない。

 私は、これを修正したのが「二項対立」という発想であると考えている。世の中の全ての事象を対立構造で把握する。確かに両者は激しく衝突し、引用文にあるように時に戦争にまで至るが、少なくとも、自分とは異なる立場を取る者が存在することを是認している。こうした修正に関しては、以前の記事「【現代アメリカ企業戦略論(2)】アメリカによる啓蒙主義の修正とイノベーション」で書いた。そして、現代の大国はおしなべて二項対立的な発想をする。この点については以下の参考記事を参照していただきたい。引用文にある岡村氏は、2つ目の引用文が1つ目の引用文より進んだ考え方だとしているが(そして、それが鈴木大拙の言う禅の思想だとしているが)、私は逆に、2つ目の引用文の方が進んでいるのではないかと感じる。

 《参考記事》
 アメリカの「二項対立」的発想に関する整理(試論)
 岡本隆司『中国の論理―歴史から解き明かす』―大国中国は昔から変わらず二項対立を抱えている

 ただし、二項対立的な発想ができるのは大国に限定される。二項対立は非常に大きなエネルギーを扱うことになるため、日本のような小国では手に負えない。そこで日本人が編み出したのが「二項混合」という手法である。これにより、対立する二項のエネルギーを減殺する(以前の記事「山本七平『存亡の条件』―日本に「対立概念」を持ち込むと日本が崩壊するかもしれない」、「齋藤純一『公共性』―二項「対立」のアメリカ、二項「混合」の日本」を参照)。

 二項混合には、水平方向の混合と垂直方向の混合の2種類がある。まずは、水平方向の今号から説明したい。水平方向の混合にはいくつかのレベルがある。最もプリミティブな混合は、対立する2つの事柄について、ある時は一方を用い、別の時はもう一方を用いるという使い分けをすることである。経営で言えば、マーケティングとイノベーション、マネジメントとリーダーシップは対立関係にある。アメリカのビジネスでは、マーケティング部門とイノベーション部門(R&D部門)は激しくいがみ合い、変革に挑戦するリーダーは既成勢力のマネジャーから猛烈な反発を食らうというストーリーがしばしば描かれる。日本の場合は、マーケティングとイノベーション、マネジメントとリーダーシップの「スイッチを切り替える」ことで、対立を回避しようとする。

 2段階目の混合は、スイッチの切り替えの頻度を上げることである。以前の記事「『構造転換の全社戦略(『一橋ビジネスレビュー』2016年WIN.64巻3号)』―家電業界は繊維業界に学んで構造転換できるか?、他」で、野中郁次郎氏の知識創造理論はマインドフルネスやU理論に触れたことがないと書いた。野中氏のSECIモデルでは、SECIのサイクルを回す中で、主観と客観、物質と精神、身体と心、感覚と論理、個人と集合、部分と全体、過去と未来、形式知と暗黙知といった対立軸の間を頻繁に移動する。例えるならば、対立する二項の間で高速の反復横跳び運動をするようなものである。運動者は一種の酩酊状態に陥る。主観の中に客観を見、物質の中に精神を見る(あるいはそれらの逆)といった現象が生じる。

 3段階目の混合は、対立する二項を文字通り混ぜ合わせて、新しい事象を創造することである。政治の世界では、一方に独裁政治、もう一方に民主主義政治がある。日本の政治は両者の混合型である。すなわち、自民党が戦後のほとんどの期間において政権を握っていながら、自民党の内部が多様な派閥に分かれていることで、疑似的に多党制の民主主義が実現されていた(この点、小泉純一郎氏が派閥をぶっ壊してしまい、現在の自民党が派閥の弱い一党独裁のようになっている点が心配である)。また、経済の世界では、一方に資本主義、もう一方に社会主義がある。日本の戦後の高度経済成長は、日本株式会社とも呼ばれたように、国家が自由な市場経済や企業活動を牽引するという特殊型で成し遂げられたものであった。

 4段階目の混合は、もはや対立を二項に限定しない。多神教の影響を受けている日本人は、物事には様々な見方があることを知っている。そして、それぞれのいいところを都合よく取捨選択する。ここまで来ると、もはや二項混合ではなく多項混合である。明治時代の日本はまさに多項混合で近代社会を作り上げた。法律、金融、通信、軍隊など様々な社会制度は、ヨーロッパ諸国の制度のちゃんぽんである。私は、このちゃんぽん戦略こそが、日本が対立する大国の間に身を置きつつ、周囲の小国と連携しながら自国を守る術であると考えている(以前の記事「千野境子『日本はASEANとどう付き合うか―米中攻防時代の新戦略』―日本はASEANの「ちゃんぽん戦略」に学ぶことができる」を参照)。

 ここで、私が思い描いていた鈴木大拙の世界観について、少し修正しなければならないと思うようになった。「1が全体であり、全体が1である」という世界には、名前がない。名前をつけようがない。どんなに言葉を尽くしても、神が放つ強烈な輝きによって言葉は意味を失う。だからこそ、全体主義は恐ろしい。だが、鈴木大拙は、西洋に禅を紹介した書物の中でこう述べている。
 「花紅にあらず、柳緑にあらず。」―これも禅のもっともよく知られた言葉の一つであるが、「柳は緑、花は紅」という肯定と、同じものと考えられている。これを論理的な方式に書き直せば、「AはAであって、同時に非Aである(A is at once A and not-A.)」となろう。そうなると、われはわれであって、しかも、なんじがわれである。
禅 (ちくま文庫)禅 (ちくま文庫)
鈴木 大拙 工藤 澄子

筑摩書房 1987-09

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 つまり、対立や矛盾が平然と存在するのが禅における全体である。禅に対する私の理解がまだ十分に追いついていないのだが、禅には二項混合的な発想があるのかもしれない。その複雑な世界を、修行者はあらゆる角度から考察する。彼らが語る言葉には矛盾や否定が多く含まれる。一般人には意味不明に聞こえる。だから、禅問答などと呼ばれる。以前の記事「鈴木大拙『禅』―禅と全体主義―アメリカがU理論・マインドフルネスで禅に惹かれる理由が何となく解った」では、禅問答では言葉が表面的な意味を失って意味を無制限に拡散させているから、全体主義につながっていると書いてしまった。しかし、禅問答は混合的な世界を複眼的に描写しようとする修行者の苦労の跡であると解釈するのが公平な見方ではないかと考えるようになった。

 日本では、水平方向の二項混合だけでなく、垂直方向にも二項混合が見られる。通常、階層社会においては、上の階層と下の階層は対立関係でとらえられることが多い。ところが、日本の場合、下の階層が上の階層の権限を侵食し、より大きな影響力を行使することがある。ただし、ここで重要なのは、下の階層は決して上の階層を打倒しようとはしないということである。こうした現象を、山本七平は「下剋上」と呼んだ(一般的な意味での下剋上とは違うので注意が必要である)。マルクス社会主義が唱えた階級闘争とは異なる。

 日本の歴史を振り返ると、下の階層が上の階層の権限を侵食するという例は数多く見られる。平安時代の摂関政治は、藤原家が摂政・関白という地位を利用して強い政治力を発揮した現象である。日本で長く続いた朝幕二元支配は、幕府(武士)が天皇の執政権の大部分を担ったものである。その幕府の中でも下剋上が起きたことがある。鎌倉時代には、将軍の力が弱く、代わりに執権である北条氏が実権を握っていた。明治時代に入ると、大日本帝国憲法によって天皇に強大な行政権が与えられるようになったが、内閣総理大臣(実は帝国憲法に定めがない)の任命は、天皇の下にいる元老(これも帝国憲法に定めがない)の助言に従って行われていた。

 私は、究極の二項混合は、神仏習合であると思う(以前の記事「義江彰夫『神仏習合』―神仏習合は日本的な二項「混合」の象徴」を参照)。大陸から仏教が伝わった頃、信仰の内容がはっきりしない神祇信仰は、教義が明確な仏教に比べると圧倒的に不利であるように見えた。事実、日本の八百万の神々は、様々な仏が化身として日本の地に現れた権現であるとする本地垂迹説が唱えられたり、日本書紀に登場する神々が仏の名前によって書き換えられたりもした。ところが、仏教はついに神社を破壊しなかったし、天皇から祭祀の機能を取り上げることもなかった。明治時代に入って廃仏毀釈が起き、神道と仏教が分離して現在に至るものの、初詣は神社で、葬式はお寺で行うという習慣の中に、弱い神仏習合が見られると言えるのかもしれない。

 下の階層が1つ上の階層に対して下剋上するだけではなく、2つ以上上の階層に対して下剋上をする場合もある。本ブログで何度も書いているように、(非常にラフなスケッチだが)日本社会は「神⇒天皇⇒立法府⇒行政府⇒市場/社会⇒企業/NPO⇒学校⇒家族」という多重階層構造になっている。ここで、企業は単に顧客の要望に忠実に従うだけでなく、「お客様はもっとこうした方がよい」と提案することがある。これが1つ目の下剋上である。さらに進んだ企業は、市場に対して公正な資源配分を命ずる行政府に対して、「もっとこういうルールにした方が、市場が効果的に機能する」と提案する。いわば、企業による二階級特進である。ヤフーには政策企画部という部門があり、行政に対して様々な提案を行っていると『正論』2017年6月号に書かれていた。

正論2017年6月号正論2017年6月号

日本工業新聞社 2017-05-01

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 企業の内部には、経営陣⇒部長⇒課長⇒係長⇒現場社員といった階層構造がある。論理的に言えば、市場の大まかなニーズを経営陣が把握し、それを部長⇒課長⇒係長⇒現場社員の順に具体化して、製品・サービスを製造・提供する。ここで、下剋上が進んだ企業では、顧客と直に接する現場社員が上司である係長、課長、部長、経営陣の意向をすっ飛ばして、自らの判断で製品・サービスを提供することがある。二階級特進どころか、三階級、四階級特進である。こういう企業では、現場に対して大幅な権限移譲がされている。私は、時にこのような下剋上が起きる企業こそが強い企業だと思う。逆に、弱い企業というのは、担当者と話をしても、いつも「上と相談してからでないと回答できない」と言われてしまうような動きの鈍い企業である。



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