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エリン・メイヤー『異文化理解力―相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養』―アジア人の部下を日本方式で叱ってはならない
『人材育成(DHBR2017年4月号)』―人事考課は不要かと聞かれれば「それでも必要だ」と私は答える、他

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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(城北支部執行委員、青年部長を務めています)

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2018年04月06日

元井弘『目標管理と人事考課―役割業績主義人事システムの運用』―言葉の定義にこだわる割には「役割業績給」とは何かが不明なまま


目標管理と人事考課―役割業績主義人事システムの運用目標管理と人事考課―役割業績主義人事システムの運用
元井 弘

生産性出版 2007-08-01

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 本書の著者からは、人事制度をめぐる様々な言葉の定義を明確にしようという姿勢がよく伝わってきた。「期待基準主義と実績主義」、「基準主義と審議主義」、「要点主義と範囲主義」、「絶対考課と相対考課」、「加点主義と減点主義」、「期待値主義と時価主義」、「画一主義と複線主義」、「仕事ベースと人ベース」、「役割と職務」、「役割等級と職能等級」、「目標と計画」といった言葉の違いが丁寧に記述されている。本書の帯には「『評価』と『考課』の違いは?」とあったのだが、恥ずかしいことに私は答えられなかった。著者によれば、「評価」とはある期間の勤務実績について、特定の基準に基づいて判断することであるのに対し、「考課」とは個々の事実の評価を総合して、ある期間の勤務実績を集団内における成績として判定することである。

 通常、評価はまずは対象者の上司が行い(1次評価)、さらに上司の上司が行う(2次評価)。評価とは、期初に設定した目標が達成できたか否かという評価であるから、自ずと「絶対評価」になる。一方、2次評価が終わると、全社員の評価結果を持ち寄って、経営陣と人事部との間で最終的な判定が下される。この場合、例えばSは全社員の10%、Aは25%、Bは40%、Cは20%、Dは5%程度を目安にしていれば、各社員の判定はこの範囲内に収まるように調整される。絶対評価で同じAを得た甲と乙という2人の社員について、経営陣と人事部による議論の結果、甲の方がより優れていると判断されれば、甲の評価がSに変わることがある。このように、最終段階では社員間の比較によって結果が変わるため、「相対考課」であると言える。

 ただし、本書を読んで色々な疑問も出てきた。以下、突っ込んだ話になるが列記していく。

 ①本書のサブタイトルには「役割業績主義人事システム」とある。職能資格制度における給与が職能給であるのと同様に、役割業績主義人事システムにおける給与は「役割業績給」(p60)ということになる。ところが、この役割業績給というのが一体何なのか、実は明らかにされていない。役割給や業績給と何が違うのかという素朴な疑問が生じる。

 ここで、給与の性質について整理しておきたい(旧ブログの記事「功ある者には禄を、徳ある者には地位を-『人事と出世の方程式』」を参照)。給与は、大きく分けると基本給と賞与から構成される。基本給とは、「このぐらいの仕事をする人にはこのぐらいの給与を支払おう」という企業側の意志の表れであり、社員に対する投資である。経営陣は、事業計画の中で売上高や利益の目標を設定し、その目標を達成するためには社員にいくら投資すればよいのかを考えて、人件費を予算化する。あるいは逆に、現在の社員の人件費(投資)を踏まえると、このぐらいのリターンを獲得する必要があると考えて、事業計画を作成する場合もあるだろう。

 「このぐらいの仕事」の中身を詳細な職務分析を通じて明らかにし、職務の内容や難易度に応じて給与を支払うとすれば役割給、職務給となる。一方、そこまで詳細な分析は行わず、「このぐらいの能力を持っている人は、このぐらいの仕事が期待できるから、このぐらいの給与を支払おう」というのが職能給、能力給である。欧米企業は前者を、日本企業は後者を採用することが多い。いずれにしても、基本給のポイントは、「投資型」であるということである。

 これに対して、賞与とは、過去半年間ないし1年間の利益の一部を社員の貢献度合いに応じて還元しようとするものであり、「精算型」である。最初から賞与も予算化している企業もあるが、多くの企業は利益の見通しが立ってから、賞与をいくらにするか決めている。賞与の額は、社員の貢献度合いに左右される業績連動型である。実力で高い成果を上げた社員も、たまたま運がよかっただけの社員も関係ない。あくまでもその社員がその期間内に上げた成果に応じて利益が配分される。ただし、このルールを厳密に適用すると、中長期的な取り組みを行った社員や、難易度の高い仕事にチャレンジして失敗した社員が報われないため、ルールが多少調整されることはある。とはいえ、賞与の性質は「精算型」であるという点には変わりがない。

 以上を踏まえて「役割業績給」という言葉を考えてみると、p60の図を見る限り、賞与とは別立てになっていることから、基本給に相当すると著者は位置づけているのだろう。だが、役割業績給という言葉からは、役割給と業績給の混合型が想起される。しかし、既に述べたように役割給は投資型、業績給は精算型であり、性質の異なる2つの給与が混同されていることに違和感を感じる。役割業績給の定義がなされていないため、当然のことながら役割業績給をどのように決定し、給与制度をどうやって運用するのかについては一切触れられていない。

 ②p67以降では、「ダブルラダー人事制度」というのが提案されている。職能等級と役割等級の2本立てで運用する人事制度らしい。職能等級の場合、能力は線形的に成長するものとされているため、通常は時間の経過とともに等級が上がっていく。他方、役割等級については、p61で野球の投手の例が挙げられている。その例では、投手に4つの等級を設けている。
 P4等級=勝敗に直結する役割。
 P3等級=試合の流れを維持し勝敗に間接的に貢献する役割。
 P2等級=勝敗にあまり関係なく主要ピッチャーの戦力消耗を回避する役割。
 P1等級=試合には登場しない練習時における役割。
 P4は先発ローテーションの投手や勝利の方程式を担うリリーフ陣、P3は大量リード時に登板する中継ぎ陣、P2は敗戦処理の中継ぎ陣、P1はバッティングピッチャーといったところであろう。監督は各投手の能力や適性を見極めて、どの投手がどの等級に属するかを決定する。職能等級との違いは、降格があるという点である。例えば、先発投手(P4)として長く結果が出ない場合は、一時的に負担の軽い中継ぎ(P2)として起用するといったケースである。

 だが、このダブルラダー制度も、どのように運用していけばよいのかが述べられていない。人事考課の結果がどのように職能等級と役割等級に反映され、翌期の職能等級と役割が決まるのかが不明である。仮に、職能等級は上がっていくが役割等級が上がらないことがあるとすれば、結局は現在の多くの日本企業が運用している職能資格制度と変わらないように思える。日本企業は、ポスト不足という問題を解消するために、例えば役職は課長のままで昇進できないが、職能等級は部長相当にまで上げて昇給だけは実現させていることが多い。

 ③目標管理制度(MBO:Management by Objects)と言うと、すぐに人事考課と紐づけて考えてしまうのだが、著者は次のように述べて注意を喚起している。
 目標管理の狙いは、社員個々人が経営目標を分担し、各人が自己の目標に対してオーナーシップを持ち、各人の目標を達成することによって経営全体の目標を達成することである。(中略)目標管理は業績考課のため、賞与のためのものではないのである。ただし、目標達成度や業績貢献度には個人差が出ることから、人事考課(業績考課)に評価結果を反映させる。(p80)
 確かに、経営学者のピーター・ドラッカーが初めて目標管理を提唱した時、"management by objects and self-control"という表現を使っていた。現代の経営で重要な地位を占める知識労働者に対して、自らの成果と目標を明確に設定し、仕事を自ら適切にマネジメントせよというのがドラッカーのメッセージであった。私はこの点をすっかり忘れていたことを反省した。

 引用文にあるように、著者は目標管理を人事考課の全部ではなく一部だととらえている。まず、目標管理の結果は「実績考課」で見る。その際の注意点を次のように述べている。
 業績としての目標達成度の評価は、目標を担当する個人および組織を単位とした「目標の達成度の評価」と、個人が所属する組織および組織が所属する上位組織の業績に対する「組織業績への貢献度」の両面から把握する必要がある。(p146)
 だが、「組織業績への貢献度」を敢えて評価する必要性がいまいち理解できない。例えば営業部門において、Aさんは「売上目標4,000万円、実績6,000万円」、Bさんは「売上目標2億円、実績1億5,000万円」だったとしよう。Aさんは目標は達成しているがBさんに比べると営業部門への貢献度が低い。一方、Bさんは目標未達だが営業部門への貢献度は大きい。ここで著者は「目標の達成度の評価」と「組織業績への貢献度」の両方を考慮せよと言うわけだが、AさんとBさんで目標にこれだけの違いがあるということは、AさんとBさんの職能や役割がそもそも大きく異なっているわけである。期初に設定される目標は、職能や役割の違いに応じて、組織に対してどの程度貢献してほしいかという上司の意図を反映している。よって、「目標の達成度の評価」のみを評価すれば十分であり、「組織業績への貢献度」まで見る必然性を感じない。

 目標管理に基づく実績考課は人事考課の一部であるとして、著者はそれ以外に、「役割行動考課(業務推進考課)」、「意欲行動考課」、「マネジメント考課」、「部門業績貢献度考課」を行うべきだと書いている(p233)。しかし、なぜこの4つなのかが不明であるし、それぞれの考課も耳慣れたものではなく、具体的にどんな考課を行えばよいのか解説がない。さらに、人事考課には昇給、給与更改、賞与、昇格、昇進、異動配置、指導育成・能力開発、業績向上対策といった目的があるとした上で、それぞれの考課が各目的とどの程度強く関連しているのかをまとめた表がp217にある。これを見ると、実績考課は確かに多くの目的と強い関連を示しているものの、意欲行動考課や役割行動考課(業務推進考課)も全ての目的と一定の関連を持つとされている。これほど重要な考課の具体的な中身にほとんど触れられていないのが残念である。

 ④最後にもう1つだけ、細かい点に触れておく。
 例えば、組織業績として前年対比で110%であった場合において、本人の業績が年対比で110%であった場合の考課成績は「B:普通」となる。

 また、組織業績を目標達成度の観点で見た場合、組織の目標達成度が残念ながら90%であった場合において、本人の目標達成度が90%であった場合の考課成績も「B:普通」となる(本人の目標の達成度からすれば、「不十分」なのであるが、組織全体の中では「普通」となる)。(p259)
 前半は納得である。問題は後半である。業績連動で考課を行っているから、賞与の決定場面だと考えられる。①で述べたように、賞与は企業の利益を精算する性質を持っている。組織の目標達成度が90%であった場合、原資となる利益もその分減る。よって、本人の目標達成度が90%(つまり目標未達)であれば、「B:普通」ではなく、「C:不十分」としなければならない。これを「B:普通」としてしまうと、個人目標が未達なのに考課結果が釣り上がる社員が増え、減少した賞与の原資では賄えない恐れがある。単純な例として、社員全員の個人目標達成度が90%の場合を考えると解りやすい。企業の利益は減少し、賞与の原資も減っているのに、社員全員の評価を「B:普通」としてしまうと、賞与が足りなくなるだろう。


2017年08月04日

エリン・メイヤー『異文化理解力―相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養』―アジア人の部下を日本方式で叱ってはならない


異文化理解力――相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養異文化理解力――相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養
エリン・メイヤー 田岡恵

英治出版 2015-08-22

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 以前、ブログ別館の記事「エリン・メイヤー『異文化理解力―相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養』」で取り上げたが、改めて本ブログでも紹介したいと思う。

  《参考記事》
 (メモ書き)人間の根源的な価値観に関する整理(1)―『異文化トレーニング』(2)
 人間の根源的な価値観とマネジメントの関係をまとめてみた―『異文化トレーニング』(以上は旧ブログ)
 トロンペナールス&ターナーによる「文化の基礎次元」の補足

 各国の文化の特徴を研究したものとしては、上記の参考記事でも挙げたように、トロンペナールス&ターナー、クラックホルン&ストロッドベック、ヘールト・ホフステードなどが有名である。本書は「カルチャーマップ」という形で、文化に関する新しい視点を提供してくれる。

カルチャーマップ

 カルチャーマップでは、各国の文化を8つの視点で分析する。①コミュニケーションは、「ローコンテクスト」か「ハイコンテクスト」かという軸でとらえられる。コンテクストとは「文脈」という意味で、ローコンテクストとは、文脈を共有していないことを表す。別の言い方をすると、価値観、規範、文化、経験などを共有していないということである。一般に、西洋はローコンテクストの文化である。多様な価値観を持つ人々が集まる地域であるから、何でもかんでも言葉で表現しないとコミュニケーションが成立しない。これに対して、ハイコンテクストとは、文脈を共有している、つまり価値観、規範、文化、経験などを共有していることを指す。日本は典型的なハイコンテクストの国であり、いわゆる阿吽の呼吸で意味が通じてしまう。

 ②評価は、「直接的なネガティブ・フィードバック」か「間接的なネガティブ・フィードバック」かという軸でとらえられる。面白いのは、ローコンテクストの西洋の国々は否定的な評価を直接的に伝えるかというと、必ずしもそうではないという点である。西洋の中でも、アメリカやイギリスは、否定的な評価を間接的に伝える傾向がある。言葉の上ではそれほど怒っていないようでも、心の中でははらわたが煮えくり返るような思いをしていることがある。これを知らない他の西洋の国々の人々は、アメリカ人やイギリス人の言葉を額面通りに受け止めてしまい、彼らの本音をつかみ損ねる。例えば、イギリス人が「もう少し考えてみてください」と言う時、心の底では「悪いアイデアです。やめてください」と思っている。ところが、これをオランダ人が聞くと、「いいアイデアなんだな。もう少し掘り下げてみよう」と受け止めてしまう。

 ③説得は、「原理優先」か「応用優先」かという軸でとらえられる。原理優先とは、演繹的な思考と言い換えることができる。原理優先の国の人々は、「まず、一般的な原理としては○○である。この原理を今回のケースに当てはめると○○となる。したがって、結論は○○である」というロジックの組み立て方をする。結論が最後に出てくるため、応用優先の国の人からすると非常にまどろっこしく聞こえる。その応用優先の国では、結論が最初に述べられる。「今回の結論は○○である。なぜならば、A、B、Cという事実があるからである」というのが彼らの論理構成である。

 ④リードは、「平等主義」か「階層主義」かという軸でとらえられる。平等主義の国では、フラットな組織が好まれる。これに対して、階層主義の国では、ヒエラルキー型の組織が採用される。⑤決断は、「合意重視」か「トップダウン式」かという軸でとらえられる。通常、平等主義の国では合意重視、階層主義の国ではトップダウン式になるのだが、いくつかの例外がある。例えば、ドイツや日本は階層主義の国であるのに、意思決定は合意重視で行われる。一方、アメリカは平等主義の国であるのに、意思決定はトップダウン式で行われる。

 ⑥信頼は、「タスクベース」か「関係ベース」かという軸でとらえられる。タスクベースとは、仕事上の人間関係を通じて信頼を醸成することである。逆に言えば、仕事上の関係が全てであるという非常にドライな関係である。他方、「関係ベース」の国においては、仕事上の関係だけではなく、プライベートでの関係も重視される。会社での人間関係がプライベートにも介入してくるような、非常にウェットな関係である。⑦見解の相違は、「対立型」か「対立回避型」かという軸でとらえられる。意見が異なる時に、敢えて対立を扇動するのが対立型である。私はドイツ人と一緒に働いたことがある何人かの人から話を聞いたことがあるが、皆一様に「ドイツ人はずけずけ物を言うし、頑固で絶対に自分の意見を曲げない」と言っていた。対立回避型はその名の通り、対立をできるだけ避けようとするタイプであり、日本人はまさにこれにあたる。

 ⑧スケジューリングは、「直線的な時間」か「柔軟な時間」かという軸でとらえられる。直線的な時間とは、別の言い方をすれば時間厳守である。一方、柔軟な時間とは、乱暴な言い方をすると時間にルーズということである。例えば、今ある人と商談をしているとしよう。30分後には別の商談があり、そろそろ移動しないと時間に間に合わなないとする。この場合、日本のように時間を直線的にとらえる国の人々は、次のアポに間に合うよう、今の商談を何とか上手く切り上げようとするだろう。だが、時間を柔軟にとらえる国の人々(中東に多い)は、次の商談の時間を気にしない。今目の前にいる人との関係が重要であり、話が終わるまでは絶対に席を立たない。仮に商談が長引いて次の商談に遅れても、悪びれる様子はないし、相手も遅刻を咎めない。

 上記のカルチャーマップを見ると、フランスとドイツ、日本と中国は比較的近い文化であるように思える。ところが、両国の間には大きな違いがいくつかある。フランスとドイツに関しては、ドイツよりフランスの方がハイコンテクスト寄りであり、意思決定がトップダウン式であり、人間関係がウェットであり、時間に対する意識が柔軟である。日本と中国に関して言うと、中国の意思決定がトップダウン式であるのに対し、日本の意思決定は合意重視であるという決定的な違いがある。また、時間に対する意識も、中国は柔軟であるが、日本人は時間厳守の意識が強い。西洋人だから、東洋人だから皆同じだと一括りに考えるのは、ミスコミュニケーションの元となる。

 同じアジアでも、日本と他のアジアの国で決定的に違うのが、「部下の叱り方」ではないかと思う。先ほどのカルチャーマップを見ると、②評価のところで、日本は「間接的なネガティブ・フィードバック」に寄っていることが解る。この点については少し補足が必要であろう。つまり、日本人が否定的な評価を間接的に伝えるのは、会議などの場に限られるということである。日本人は、会議では波風を立てたくないと考えるため、反対意見をあまりはっきりと言わない(⑦見解の相違とも関連)。ところが、部下と1対1になると、突然高圧的な態度に出ることがある。「お前、ちっとも仕事ができていないじゃないか!」、「このバカヤロー!」など、他の社員が見ている前で、特定の部下を名指しして大声で怒鳴ることがある。

 この日本式の部下指導を、他のアジアの国に持ち込むと危険である。特に、中国、フィリピン、タイ、インドネシアでは気をつけた方がよい。これらの国の人々は面子やプライドを非常に重視する。そのため、人前で叱られると面子やプライドを傷つけられたと感じる。部下はその場で会社を辞めてしまうかもしれない。会社を辞められるだけならまだましな方で、最悪の場合、その社員の家族や親族から復讐(物理的な攻撃)を受けることがある。こういう国々の人に対して否定的な評価を伝えるコツとして、本書では5つのポイントが挙げられている。

 ①グループの前でフィードバックしない。
 ②メッセージをぼかす。
 ③フィードバックをゆっくりと、長い時間をかけて行い、徐々に浸透するようにする。
 ④好ましくないメッセージをぼかすために、一緒に食事などをしながら話す。
 ⑤よいことを言い、悪いことは言わない。

 最後の「⑤よいことを言い、悪いことは言わない」とは、次のようにフィードバックすることである。例えば、部下に3つのドキュメント作成を依頼し、2つのドキュメントはよくできていたが、残りの1つのドキュメントの出来がひどかったとする。この場合、日本人なら「お前、この最後のドキュメントは何だ!?全然できていないじゃないか!」と怒り出すところだが、アジアにおいては出来がよかった2つのドキュメントに着目しなければならない。そして、「最初の2つのドキュメントはよくできていたよ」とだけ言う。すると、部下は「最後のドキュメントについては何も言ってくれなかったから、ひょっとしたら上司の期待水準を満たしていなかったのではないだろうか?」と思ってくれるかもしれない。その可能性に賭けるしかないのである。

 部下に対して否定的な評価を伝えなければならないのが人事考課面談である。こんな状況を考えてみよう。皆さんは、ある情報システム会社のインドネシア支社で部長を務めているとする。部下であるプロジェクトマネジャーに対して、人事評価の結果を伝える面談を行うことになった。事前に手元に用意した紙には次のように書かれている。

 <よかった点>
 (ⅰ)顧客企業の中でシステム導入に反対していたA課長を粘り強く説得したこと。
 <悪かった点>
 (ⅱ)自社で開発できない機能まで安易に引き受けて、部長である自分に承諾を取らないまま外注先を使った結果、プロジェクトのコストがかさんだこと。
 (ⅲ)前任の部長がプログラムの品質管理に厳しかったためか、必要以上に細かいプログラムテストにこだわりすぎて、バグが一向に減らなかったこと。
 (ⅳ)マネジャーなのに部下の仕事を手伝いすぎている。そのせいで、顧客とシステムの仕様を擦り合わせたり、プロジェクトの進捗を報告したりする時間が十分に確保できていない。
 ⇒総合評価はA(よい)~E(悪い)の5段階のうち、「D」。

 (※私がIT業界出身で、コンサルティングでもIT業界のクライアントが多いため、すぐに作成できるケースがIT業界のものになってしまう点はご容赦いただきたい)

 部下が日本人であれば、上記で書かれている内容をそのまま伝えるだろう。よかった点はよかったと言い、悪かった点は悪かったとはっきり言ってあげるのが部下のためと考えられている。しかし、相手がアジア人(このケースではインドネシア人)の場合は一工夫必要である。ネガティブなことをそのまま伝えると、相手のプライドを傷つける恐れがある。よって、ネガティブな事実の中からできるだけポジティブな要素を見出し、それを伝えるように努めなければならない。

 例えば、(ⅱ)の「自社で開発できない機能まで安易に引き受けて・・・」という箇所は、肯定的にとらえれば「顧客のニーズをきめ細かく吸い上げて対応した」ということになる。よって、まずはその点を強調する。その上で、「顧客のニーズに追加対応する際には、自社で本当にできるのか、コストはどのくらいかかるのかをもう少し慎重に検討した方がよい」と、やんわり改善点を伝える。(ⅲ)に関しては、「前任の部長のやり方に引きずられなくてもいい。君がいいと思う方法でやってみなさい」と言うのも1つの手であろう。(ⅳ)にある「マネジャーなのに部下の仕事を手伝いすぎている」という箇所は、肯定的にとらえれば「マネジャーとして部下の支援を十分に行っている」ということになる。それを強調した上で、「部下を支援する時間と同じくらいの時間を、顧客とのコミュニケーションにも費やしてほしい」と提案する。

 ただし、これだけ肯定的な点を見出して部下にフィードバックしても、総合評価の「D」は変更できない。上記のようにできるだけ肯定的にフィードバックした結果、部下から「なぜ自分はDなのですか?」と聞かれたら、こう答えるとよい。「今期は他のプロジェクトマネジャーが君以上にすごく頑張ったから、相対評価でDなんだ」。おそらく、これでは部下は十分に納得しないかもしれない。また、上司の側も、本当はプロジェクトマネジャーとしてもっとこうしてほしいと思うところがたくさんあるだろう。その場合は、前述した「否定的な評価を伝えるコツ」の「④好ましくないメッセージをぼかすために、一緒に食事などをしながら話す」に従うとよい。部下を何度か食事に誘い、食事をしながらプロジェクトマネジャーのあるべき姿を何回かに分けてゆっくりと伝えていく。

 アジアで事業展開をしている企業から話を聞くと、どの企業も人事労務管理で非常に苦労されている。現地の法制度や行政とのやり取りの仕方が日本とは全く異なるのも理由の1つであろうが、日本式の部下指導・部下育成のやり方がアジアでは通用しないという点が非常に大きいのではないかと思われる。決めつけはよくないが、アジアの人々は必ずしも日本人と同等の能力を持っている人ばかりとは限らない。彼らに対して、日本人は、恐らく自分が昔日本国内で上司からされたように、厳しく指導をしたくなる。だが、アジアではそれを我慢して、可能な限り部下のプラスの面を見出し、部下が自然と育っていくのをじっくりと見守る懐の深さが求められる(ただし、不正は別問題である。不正に対しては毅然とした態度をとらなければならない)。


2017年03月27日

『人材育成(DHBR2017年4月号)』―人事考課は不要かと聞かれれば「それでも必要だ」と私は答える、他


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 04 月号 [雑誌] (人材育成)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 04 月号 [雑誌] (人材育成)

ダイヤモンド社 2017-03-10

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 CEBが2014年に行った推計によると、米国企業の12%が年次の人事査定を完全に廃止したという。ウィリス・タワーズワトソンの推計値は8%だが、このほかに、廃止を検討ないし計画中の企業が29%に上るとされる。デロイトは2015年に、業績評価制度を再検討する予定のない企業は、全体のわずか12%だとする報告を出している。この傾向は米国以外にも広まっているようだ。
(ピーター・カッペリ、アナ・テイビス「業績評価から人材育成へ 年度末の人事査定はもういらない」)
 アメリカでは人事考課、人事査定が廃止される傾向にあるそうだ。旧ブログで「GEの「9Blocks」というユニークな人事制度」という記事を書いたが、そのGEもCEOがジェフリー・イメルトに交代してから、人事制度を見直しているという。私の前職の企業は、人材・組織関連のコンサルティングと教育研修サービスを提供するベンチャー企業であった。日本の場合、賞与を年2回支給する関係で、人事考課を年2回実施する企業が大半であろう。私は前職の企業に5年半在籍していたから、単純に考えれば11回人事考課の機会があったはずだ。

 ところが、私が実際に人事考課を受けたのはわずか2回だけである。しかも、そのうちの1回は面談で昇給額を告げられただけだった。人材・組織関連のコンサルティングを提供する企業がこのありさまなのだから笑い話にもならない。最近、その企業が「日本企業にはもう人事考課はいらない」といった内容の書籍やコラムを発表しているらしいが、全くバカげている。人事考課をさんざんやってきた結果、その限界に気づいて人事考課はいらないと主張するならいざ知らず、人事考課をさぼってきた企業が人事考課はいらないと言ったところで、何の説得力もない。

 次の点を誤解してはならないのだが、人事考課を廃止する企業は、人材の評価を放棄しているわけでは決してない。上司が部下の仕事に関して、頻繁にフィードバックを行うというやり方に改めているのである。こうすることで、人事考課の際に、直近の業績が過大に評価され、期初の業績が過小評価されるというエラーを回避することができる。

 そもそも、人事考課には4つの目的があると私は考える。その4つとは、①給与の額を決定する、②仕事ぶりについてフィードバックする、③能力開発計画を策定する、④昇進・配置転換を決定する、である。このうち、②については、前述の通り、人事考課を廃止しても、代わりに日常業務の中で頻繁に部下にフィードバックすることで、人事考課と同様、あるいはそれ以上の効果を期待することができる。また、①に関しては、私は今のところ年功制こそが最も公平な給与体系だと信じているため、人事考課を続けようと廃止しようと関係がない(以前の記事「『戦略人事(DHBR2015年12月号)』―アメリカ流人材マネジメントを日本流に修正する試案」を参照)。残った③と④のために、私は依然として人事考課は必要であると考える。

 究極的に理想的な企業とは、外部環境の変化に応じて、あるいは外部環境の変化を先取りして、常に柔軟にビジョンを変化させ、ビジョンとリンクした戦略を短期間で何度も立案する。そして、戦略を変更するたびに自社のビジネスプロセスを再構築し、どのプロセスにどういう能力を持った社員を何人紐づけるのか、どこからどこまでのプロセスをひと塊として組織を分けるのか、それぞれの組織内ではどのようにビジネスプロセスのマネジメントを行うのか、そのマネジメントのために、どのようなマネジメント能力をもったマネジャーを何人必要とするのか、などといったことを決めていく。そして、その構想に合わせて全社員の配置をドラスティックに変える。いわば、ミスミの「ガラガラポン」を常にやり続けているという状態である。

 しかし、この曲芸的な経営ができる企業はまず存在しないであろう。よく、「走りながら考える」と言う人がいるが、そういうことを言う人に限ってろくずっぽ考えないものである。常に走っている企業では、社員の誰もが大量のメールやSNSのメッセージに溺れ、上司や同僚からの度重なる介入によって仕事を中断されている。こういう状態をカル・ニューポートは「シャロー・ワーク」と呼んでいる。シャロー・ワークのせいで、我々は新しい戦略を立てるといった、深い考察によって上手くいく大きな取り組みをバラバラに寸断してしまい、質を低下させている。

 大きな取り組みを行うためには、「ディープ・ワーク」が必要である。それは通常一定のまとまった時間を必要とし、認識能力を限界まで高め、注意散漫のない集中した状態でなされる活動である。最近では、ビル・ゲイツが年に2度、「考える週(Think Weeks)」を設け、その間は湖畔のコテッジに引きこもり、本を読んだり大きな構想を練ったりしているそうだ。つまり、ビジョンや戦略のように高度な知的活動を必要とする場面では、喧騒を離れ、一度立ち止まってじっくりと考える時間が必要なのである(以前の記事「『リーダーシップの神髄(『致知』2016年1月号)』―リーダーはもっと読書をして机上の空論を作ればいい」を参照)。

大事なことに集中する―――気が散るものだらけの世界で生産性を最大化する科学的方法大事なことに集中する―――気が散るものだらけの世界で生産性を最大化する科学的方法
カル・ニューポート 門田 美鈴

ダイヤモンド社 2016-12-09

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 ディープ・ワークで策定されたビジョンや戦略によって、望ましい組織の姿が見えてくる。すると、誰を昇進させ、誰を異動させるべきかが決まる。新しいポジションは、その人が既に有する能力を発揮しさえすれば成果が上げられるというものではない。もちろん、新しいポジションが要求する能力のうち、一定の割合をカバーしているから新しいポジションに移すわけだが、同時に、新しいポジションで新たに身につけてほしい能力もある。その能力をどのように開発するのか、入念に計画を立てなければならない。ビジョンや戦略の構想をディープ・ワークで行う限り、ディープ・ワークのタイミングに合わせて、前述の③と④の目的で人事考課を行う必要がある。

 そもそも、シャロー・ワークによって前述のような曲芸的な経営ができる能力が人間に備わっているのであれば、おそらく1年365日という概念は存在しなくてもよかったであろう。有史以来、朝日が昇る回数を単純にカウントしていけば済む話である。それをわざわざ1年365日と決めたのは、1年単位など、一定のタイムスパンで強制的にディープ・ワークを行った方が、その後の活動で大きな成果を上げられることを知っていたからではないだろうか?
 MEP事業部に新たに着任したゼネラルマネジャーは、この高コストなプログラム(※リーダーシップ研修のこと)の成果を評価することを要求した。そして、それを実行したところ、プログラム自体が啓発的なものだったとはいえ、最終的にほとんど変化を生み出していないと判断した。マネジャーたちは、チームワークやコラボレーションに関する学習を実施したところで、その内容を現場で応用するのは不可能だと悟っていたのだ。それは、社内にマネジメントや組織の面で数々の障壁が存在するためである。
(マイケル・ビア、マグヌス・フィンストローム、デレク・シュレーダー「変化を阻む6つの障壁を乗り越えろ リーダー研修はなぜ現場で活かされないのか」)
 前職でリーダーシップ研修を開発・販売していた身としては、非常に耳が痛い話である。以前の記事「鈴木克明『研修設計マニュアル―人材育成のためのインストラクショナルデザイン』―研修をデザインするのがIDではなく、組織的な学習をデザインするのがID」でも書いたように、研修を現場で機能させるためには、研修で学習する内容を現場の業務プロセスや、プロセスを支えるIT、人事評価制度などの仕組みにも反映させる必要がある。ところが、営業や生産管理などのように、一定の技術的・技能的なプロセスがある分野とは異なり、リーダーシップというのはプロセスを持たない極めて曖昧なものである。これを研修でどう扱えばよいかは難題である。

 ここからは、まだ十分にまとまっていないが私見を述べたいと思う。リーダーシップの役割は「アジェンダ(課題)設定」と「ネットワーキング」の2つだと言われる。「アジェンダ設定」はさらに、①ビジョンの策定と②課題解決の技法に、「ネットワーキング」は③プレゼンテーション(リーダーの考えを発信する)、④傾聴(メンバーの考えを聞く)、⑤交渉(利害関係者と調整する)、⑥動機づけ(energize=motivate以上の強烈な動機づけ)に分けることができる。これらはリーダーの基礎作法とでも呼ぶべきものであり、まずはベーシックな研修で押さえておく。

 ただし、リーダーシップ研修がここで止まっている場合、その研修は十中八九失敗する。研修の参加者には、半年ないし1年程度の長い時間をかけて、実際にリーダーシップを発揮して解決したい課題を設定してもらうべきだ。そして、その課題解決のために、前述の①~⑥を活用して、変革プログラムを実行する。さらに、研修の参加者は、1か月に1回、難しい場合は3か月に1回ぐらいのペースで定期的に集まり、変革プログラムの進捗状況を共有する。リーダーシップには定型のプロセスがないから、各人のやり方や進捗度合いがバラバラであっても構わない。リーダーは現場では孤独である。定期的に”同志”が集まることで、違う視点から有益なアドバイスがもらえるかもしれない。あるいは、顔を合わせるだけで癒しの効果が得られるかもしれない。

 引用文にあるように、変革プログラムを実行する途中で組織やマネジメント上の障壁に直面することがある。その場合は、その障壁を取り除くことも変革プログラムに盛り込めばよい。ただし、明らかに研修参加者の権限や責任範囲を超える行動が必要になる場合には、研修参加者の上司や経営陣などがサポートに回れるよう柔軟に調整しておくことが重要である。リーダーシップ研修は、前述の①~⑥の能力の習得をゴールとするのではなく、変革プログラムの完遂そのものをゴールとするべきであるというのが私の考えである。



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