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エドガー・H・シャイン『キャリア・ダイナミクス』―今だったら「キャリア研修」のカリキュラムをこう設計する
【ドラッカー書評(再)】『断絶の時代―いま起こっていることの本質』―知識労働者の「知識」とは何か?

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京から実家のある岐阜市にUターンした中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。ほとんど書評ブログ。たまにモノローグ。双極性障害Ⅱ型を公表しながら仕事をしているのは、「双極性障害(精神障害)の人=仕事ができない、そのくせ扱いが難しい」という世間の印象を覆したいため。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2018年08月14日

DHBR2018年9月号『発想するチーム』―トップマネジメントチームにしかできない7つの仕事(1)


DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年9/号 [雑誌]DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年9/号 [雑誌]
ダイヤモンド社 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部

ダイヤモンド社 2018-08-10

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 20代の初めにピーター・ドラッカーの著書を読んだ時、「トップマネジメントはチームで仕事をしなければならない」という記述を見て、社会人経験の浅い私は、「トップマネジメントと言えば社長もしくはCEO1人なのではないか?」と素朴な疑問を持ったものである。もちろん、今ではトップマネジメントはチームでなければ機能しないことを十分に理解している。CEOの他にCFO、CIO、CISO(最高セキュリティ責任者)、CMO、CDO(最高デジタル責任者)、CHRO(最高人事責任者)、CTO(最高技術責任者)、CKO(最高知識責任者)、CPO(最高購買責任者)、CSRO(最高社会的責任担当者)など、様々なCスイート人材がチームを組んで経営にあたっている。

 トップマネジメントチームの仕事は、一言で言えばもちろんマネジメントなのだが、マネジメントに関する業務を全て引き受けていてはチームがパンクする。ミドルマネジメントや現場社員に権限移譲できる仕事はどんどん委譲し、トップマネジメントチームはトップマネジメントチームでなければ遂行できない業務に注力するべきである。では、トップマネジメントチーム固有の仕事とは一体何であろうか?ドラッカーは、経営者が答えるべき問いとして、①我々のミッションは何か、②我々の顧客は誰か、③顧客にとっての価値は何か、④我々の成果は何か、⑤我々の計画は何か、という5つを挙げたが、この5つの質問に答えることだけが仕事ではないと思う。

 本号には、競争戦略論で有名なマイケル・ポーターと、ハーバード・ビジネス・スクール学長であるニティン・ノーリアによる「延べ6万時間のデータ分析から見える理想と現実 CEOの時間管理」という興味深い論文が掲載されていた。ポーターは近年、経済的価値と社会的価値の創出を両立させる「CSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)」という概念を提唱しているのだが、その傍らで、2006年から大企業のCEOの時間の使い方を調査していたようだ。

 ドラッカーも、「時間の使い方をマネジメントするのが経営者である」と述べていたもののの、実際にCEOがどのように自らの時間をそれぞれの業務に配分しているのかという点に関する研究は少ない。ポーターによれば、ヘンリー・ミンツバーグが5人のCEOに5日間密着した研究と、ラファエラ・サドゥンが114人のCEOに1週間にわたって毎日電話をかけて実施した研究があるぐらいだそうだ(ただ、私の記憶によれば、変革リーダーシップ論で知られるジョン・コッタ―も、若い頃にCEOの仕事に密着した研究を実施したことがある。その研究結果は、1984年の『ザ・ゼネラル・マネジャー』の復刊本にあたる『J. P. コッター ビジネス・リーダー論』〔ダイヤモンド社、2009年〕で知ることができる)。ポーターの調査は、27人のCEOに3か月間密着した研究であり、調査期間の長さに特徴がある。収集したデータは延べ6万時間分に上る。

J. P. コッター ビジネス・リーダー論J. P. コッター ビジネス・リーダー論
ジョン P.コッター 金井 壽宏

ダイヤモンド社 2009-03-13

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 調査結果の具体的な中身は論文に譲るとして、この調査から明らかになったCEOの時間の使い方、すなわちCEOが実際に行っている仕事の種類をベースに、私がトップマネジメントチームにしかできないと考える仕事を7つ挙げてみたい。

 (1)企業文化の醸成
 私は、トップマネジメントチームが真っ先に取り組まなければならないのは、次に述べる戦略の立案よりも、この企業文化の醸成であると思う。具体的には、自社がよりどころとする価値観を定め、それを組織の隅々まで浸透させる。とはいえ、価値観は決して普遍・不変ではなく、トップマネジメントチームから現場社員に対して一方的に伝達されるものではない。トップマネジメントチームは価値観について社員と積極的に対話し、価値観に対する理解を深め、時に価値観を修正する必要がある。言い換えれば、価値観は組織的な学習プロセスを通じて進化する。

 価値観とは、自社が意思決定を下さなければならない時に判断の基準となるものである。ブログ別館の記事「稲盛和夫『生き方―人間として一番大切なこと』―当たり前の道徳を実践することの重要性」で書いたように、人間として当然守らなければならない基本的な道徳・倫理を価値観としている企業もあれば、もう少し複雑な価値観を持っている企業もあるだろう。重要なのは、価値観を組織の中に埋もれたままにするのではなく、全て可視化することである。トップマネジメントチームが我が社の価値観はこれで十分だろうと思っても、細かい価値観が業務慣行や職場環境などの中に埋め込まれていることがある。そのような価値観を発掘し、価値観同士の間で矛盾がないようにするのがトップマネジメントチームの仕事である。

 そして、その価値観を企業文化へと昇華させなければならない。つまり、価値観を戦略や製品・サービスといった企業の基本的要素、研究開発、マーケティング、購買、製造、物流、営業、販売などの各種業務プロセス、組織構造、人事制度、予算制度、情報システムといった企業のインフラに浸透させ、それぞれのコンポーネントが自社の価値観を完全に体現するものにすると同時に、各コンポーネント間で価値観をめぐる矛盾や対立がないようにする必要がある。これは非常に重要であるが、価値観が首尾一貫している企業は少ない。例えば、マスコミにとっては、国民の生命を守るための情報を提供することが重要な価値観の1つである。だが、NHKはニュースで「熱中症の危険があるため、日中の運動は避けよ」と呼びかける一方で、灼熱の甲子園で試合をする高校野球を放映して視聴率を稼いでいる。これは大きな矛盾である。

 (2)戦略の構想
 戦略にはマーケティング戦略とイノベーション戦略の2つがある。マーケティングとは、既存市場のパイを奪い合う行為である。これに対してイノベーションとは、新しい市場を創造するか、既存市場の産業構造やビジネスモデルを抜本的に破壊する行為である。トップマネジメントチームは常にこの2つの戦略を意識する必要がある。

 ただ、ブログ別館の記事「河合忠彦『複雑適応系リーダーシップ―変革モデルとケース分析』―複雑系の理論を取り入れたことで論理展開がカオスに」で述べたように、マーケティングに関しては、既に事業構造やビジネスモデルが確立しているから、現場への権限移譲を積極的に進めるべきである。既存の市場・顧客に関する情報は、トップよりも現場の方がたくさん持っている。もし、現場社員が生の情報に基づいて、製品・サービスの改良、価格の改定、販売チャネルの再構築、プロモーションの改善を思いついた場合には、そのアイデアをトップマネジメントチームが吸い上げ、マーケティング戦略を改善する。

 その過程で、トップマネジメントチームも受動的になっていてはダメであり、普段から定期的に重要顧客に会いに行き、ニーズを汲み取っておく必要がある。現場社員が個別の顧客から得た局所的なアイデアと、トップマネジメントチームが重要顧客から得た大局的なアイデアを突き合わせて、マーケティング戦略を高度化させる。ポーターの調査によれば、CEOが重要顧客のために費やす時間はわずか平均3%であり、これでは少なすぎるであろう。

 トップマネジメントチームがより注力すべきなのは、イノベーション戦略である。だが、これも非常に難しい。以前の記事「【戦略的思考】事業機会の抽出方法(「アンゾフの成長ベクトル」を拡張して)」で書いた「新市場開拓戦略」は、既存市場に新たな市場を付加するものであるからそれほど問題は起きない。だが、「代替品開発戦略」は、既存事業の製品・サービスに取って代わる非連続的な技術を用いた製品、顧客のニーズを別の形で満たす新製品・サービス、あるいは破壊的イノベーションなど、既存事業を脅かすものである。トップマネジメントチームのメンバーは、基本的に既存事業で成功を収めたことで現在の地位に上り詰めた人たちばかりである。イノベーション戦略は、彼らに自らの過去の成功を否定せよと迫るわけである。

 しかし、トップマネジメントチームがイノベーション戦略から目を逸らし、既存事業のマーケティング戦略に安住していれば、やがて新興企業がゲームのルールを破壊しながら参入し、自社を窮地に追いやるであろう。そして、トップマネジメントチームは業績不振の責任を取らなければならない。だとすれば、裏を返せば、自社が新興企業のイノベーションによって業績不振にならないよう、自ら能動的にイノベーション戦略に着手し、自社の構造を抜本的に刷新して経営の維持、業績の拡大を図ることは、トップマネジメントチームの責任に他ならない。

 (3)コア人材の育成
 日本企業も経営幹部の後継者育成に着手し、Aクラス人材を選抜して集中的に教育するプログラムを展開しているところが増えている。だが、後継者育成プログラムの対象となる社員数は、せいぜい数十人程度であろう。エド・マイケルズらの『ウォー・フォー・タレント―人材育成競争』(翔泳社、2002年)によると、海外の企業のトップマネジメントは、自社の300~500程度の重要なポジションについて、現在そのポジションについている社員(マネジャー)を育成し、彼らのその後のキャリアパスを想定すると同時に、彼らの後継者として誰を据えるかについて、事業部門のトップ、人事部門などを巻き込みながらかなりの時間をかけて議論をしているという。これらのポジションは、価値観を組織内に浸透させ企業文化を醸成するとともに、戦略の立案・実行において重要な役割を果たすから、トップマネジメントが育成に注力しているわけである。

 (※)『ウォー・フォー・タレント―人材育成競争』は、そのタイトルからして、労働市場において優秀な人材を奪い合う方法について書かれた本なのだろうと勝手に思い込んでいた。最近、アメリカではGoogleやApple、Facebookなど一部の強力な企業が優秀な人材を囲い込んだ結果、ますます企業間の競争力の差が拡大し、それが賃金格差の広がりにつながっているとして問題になっている。だが、本書を読んでみると、実際には内部人材をいかに育成するかに焦点が当てられているように感じた。だから、副題が「人材”獲得”競争」ではなく、「人材”育成”競争」になっているのであろう。本書については、ブログ別館でも取り上げる予定である。

ウォー・フォー・タレント ― 人材育成競争 (Harvard Business School Press)ウォー・フォー・タレント ― 人材育成競争 (Harvard Business School Press)
エド・マイケルズ ヘレン・ハンドフィールド=ジョーンズ ベス・アクセルロッド マッキンゼー・アンド・カンパニー

翔泳社 2002-05-18

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 アメリカの場合、元々本社の人事部門の力が弱く、給与計算や福利厚生、全社共通の基礎的な研修の運営などが中心である。採用、配置、異動、評価の権限は、それぞれの事業部門の中に配置された人事部が持っている。だから、全社的に人材育成を行おうとすると、本社の人事部門に頼ることはできずに、各地に散らばっている事業部門のトップや人事部を一堂に集めて議論しなければならない。そのため、どうしても時間がかかる(トップマネジメントチームが重要顧客に会う時間が少ない要因の1つになっているかもしれない)。逆に、日本の場合は、本社の人事部に強大な権限がある。よって、トップマネジメントチームがコア人材の育成を行うには、本社人事部の力を大いに借りるとよい。本社人事部は、各社員の能力・経歴・キャリア志向などに関する情報をたくさん集めている。トップマネジメントチームはその情報を活用して、数百名のコア人材を育成する。そうすれば、アメリカ企業ほど時間はかからないであろう。

 (続く)


2018年06月27日

エドガー・H・シャイン『キャリア・ダイナミクス』―今だったら「キャリア研修」のカリキュラムをこう設計する


キャリア・ダイナミクス―キャリアとは、生涯を通しての人間の生き方・表現である。キャリア・ダイナミクス―キャリアとは、生涯を通しての人間の生き方・表現である。
エドガー・H. シャイン 二村 敏子

白桃書房 1991-02-01

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 キャリア開発と組織文化に関する研究の第一人者であるエドガー・シャインの著書。以前の記事「横山哲夫編著『キャリア開発/キャリア・カウンセリング』―今までが組織重視だったからと言っていきなり個に振り子を振り過ぎ」で、日本のキャリア開発の現場では組織よりも個人の方が過剰に重視されていると書いたが、シャインも本書の中で同様の警告を発している。
 個人のキャリア計画が立てられようと立てられまいと、このような組織の計画は組織の有効性のために立てられなければならないと、初めから強調しておくことが重要である。キャリア計画の焦点が、最近、個人の計画を助けることにおかれすぎ、主要かつ本質的な組織活動としての人間資源の計画には、十分な注意が払われてきていない。
 実際のところ、あまりにも多くの人間資源計画が、長期目標の観点から効果的に機能したいとする組織の要求に関わるよりは、むしろシステムにいる現従業員たちの欲求に対する計画に関わりすぎるようになって、失敗している。
 私の前職は組織・人事関連のコンサルティングと企業向け教育研修サービスを提供するベンチャー企業であった。サービスのラインナップの中に「キャリア研修」があったのだが、シャインが提唱した「キャリア・アンカー」のアセスメントは著作権の問題で使えないという理由で、エニアグラムで代替的に自己理解を行い、研修参加者を取り巻く環境の理解については、手軽なフレームワークであるSWOT分析でお茶を濁して、結局はマインドマップで自分のやりたいことを自由に描いてみましょうという、非常に中身の薄いものであった。これではとても売れるはずがない。当時のマネジャーたちにはグーパンチをお見舞いしてやりたいものだ。

 今回の記事では、今だったら、私だったらキャリア研修のカリキュラムをこういうふうに設計するという案を披露したいと思う。ただし、読んでいただければお解りのように、キャリア開発は決してキャリア研修だけで完結するものではない。

 【研修前の準備】
 (1)組織文化を踏まえた戦略の立案と人員計画の策定
 企業が人的資源に関するニーズを明らかにするためには、まずは戦略を立てなければならない。しかも、以前の記事「DHBR2018年5月号『会社はどうすれば変われるのか』―戦略立案プロセスに組織文化の変革を組み込んで「漸次的改革」を達成する方法(試案)、他」で述べたように、戦略は組織文化と整合性が取れている必要がある。組織文化とは、価値観の集合体である。価値観とは、重要な意思決定を迫られた時の判断基準となるものである。自社の組織文化がどのようなものかを知るには、自社のこれまでの社史を紐解き、成功、あるいは失敗した事業・製品・サービス・施策・プロジェクト・取り組みなどを分析し、重要な意思決定のよりどころとなった価値観、あるいはよりどころとすべきだったと後から学習した価値観を記述する。

 組織風土と整合性の取れた戦略が立案できたら、その戦略の実現に向けた組織体制を設計する。そして、それぞれの部門の各ポジションに求められる人材要件を定義する。人事部は、社員の現在の保有能力を踏まえ、誰をどのポジションにつけるか計画を立てる。別の言い方をすれば、新しい組織のそれぞれのポジションに割り当てる候補者のプールを形成する。あるポジションの候補者が複数いるということは、社員の側から見れば、キャリア選択肢が複数になる人もいるということである。人事部がこの作業を行う上では、全社員の能力レベルを体系的に管理し、必要な時にすぐに参照できるデータベースを持っていることが前提となる。

 (2)今後のキャリア予定に関する上司と部下の面談
 人事部は(1)の人員計画を上司に伝え、その上司の下にいる部下がどのようなキャリアを歩む予定になっているのかを共有する。それを受けて、上司はそれぞれの部下と個別面談を行い、そのキャリア予定を部下に伝える。「我が社はこれからこのような戦略を実行する予定である。それに伴って、新しく○○という部門ができる。○○部門の○○ポジションには○○という能力が要求される。君が持っている○○という能力は一定のレベルにあり、○○という部門の○○というポジションでその能力を大きく伸ばすチャンスになるだろう」などといった形で部下と面談を行う。部下のキャリア予定が1本に絞り込まれておらず、人事部が複数の選択肢を検討している場合には、それらの選択肢の全てについて正直に部下に話す。

 【キャリア研修】
 (3)参加者を取り巻く環境の分析と自身に期待される役割の理解
 (2)の面談で今後のキャリア予定を伝えられた当事者は、ある程度自分に期待される役割を理解しているが、研修ではさらにその理解を深める。具体的には、自分が配属される予定の部門=外部環境の現況と今後の見通しから機会と脅威を分析すると同時に、内部環境である自分自身の強みと弱みを洗い出し、SWOT分析を行う。例えば、○○製品の営業部門に配属される見込みがある参加者は、○○製品の営業部門という外部環境、具体的には市場、競合他社、技術の動向などといった営業部門を取り巻く事業環境と、営業部門の人材、ノウハウ、IT、制度などといった営業部門の組織環境を分析すると同時に、営業担当者としての自分自身の強みと弱みを洗い出す。当事者に複数のキャリア選択肢がある場合、例えば営業部門か製造部門のどちらかに異動する予定である場合には、両部門についてSWOT分析を実施する。

 ただし、参加者にいきなりSWOT分析をさせるのは難しいため、部門別の外部環境に関する情報はあらかじめ人事部が準備する。参加者は人事部からのインプットに自分が知っている情報を追加し、SWOT分析を行って、自分に求められる役割をより具体的にイメージしていく。そして、グループワークで各々のSWOT分析の結果を共有し、外部環境や自身の強み・弱み、自分に期待される役割に関する認識について第三者からフィードバックを受ける。

 (4)自己の価値観の棚卸し
 (3)までは外部からの要求に対する理解であったのに対し、(4)は自己理解である。シャインは本書で、「自己(個人的な好み、趣味・余暇、社会的活動を想起するとよい)」、「仕事」、「家庭」という3つのキャリアを想定している。(1)で組織の価値観を明らかにしたように、(4)では当事者個人の価値観をあぶり出す。研修の現場では、前述のエニアグラムや「価値観カード」のようなツールが用いられることが多い。しかし、個人的には自己理解はキャリア開発の肝であり、簡易なツールに頼るべきではないと思う。面倒かもしれないが、今までの人生における重要な出来事を振り返って、「自己」、「仕事」、「家庭」それぞれに関する自分の価値観を考える。

 仕事に関する私の価値観は、以前の記事「私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(1)(2)(3)」で書いたことがある。価値観を整理するのが難しいと感じる場合には、リチャード・モリタ『これだっ!という「目標」を見つける本』(イーハトーヴフロンティア、2007年)の巻末についている273(!)の質問が役に立つだろう。価値観を棚卸した後は、参加者同士でその内容を共有する。ひょっとすると、自分は気づいていないが、第三者が感じ取っているその人の価値観というものがあるかもしれない。

 (5)自身に期待される役割と自己の価値観のコンフリクトの整理
 理想的なのは、組織文化と整合性の取れた戦略から導かれた役割が、当事者本人のニーズや価値観とも合致することである。人材要件という表面的なレベルではなく、価値観という深層的なレベルで合致しているから、当事者本人はすんなりと新しい役割へと移行することができるだろう。しかし、このようなケースは稀であることは想像に難くない。

 たいていは、自身に新しく期待される役割は、自分の価値観とコンフリクト(葛藤)を起こす。まず、「自己」、「仕事」、「家族」3つのキャリア全体を見渡して、価値観に優先順位をつける。次に、仮に自身に期待される新しい役割をそのまま受け入れた場合に、マイナスの影響を受ける価値観を特定する。そして、犠牲にしてもよい価値観と、犠牲にはしたくない重要な価値観を峻別する。解りやすい例で言えば、子どもが産まれたばかりで家族との時間を大切にしたいのに、地方への単身赴任を命じられる可能性があるケース(家族に関する価値観が新しい役割とコンフリクト)や、自分は様々な人と会うのが好きなのに、管理部門への異動を命じられる可能性があるケース(仕事に関する価値観が新しい役割とコンフリクト)などが挙げられる。

 (6)組織と個人のニーズの調和の模索
 シャインは本書の中で、企業と社員の間でコンフリクトが生じた場合には、双方のニーズを「調和」させることが重要であると繰り返し述べている。ただ、その「調和」というものが具体的に何を指しているのか、やや判然としない印象を受けた。
 蓄積しつつあるデータベースによれば、人びとは、自分の家族が新しい状況にうまく適応しないなら、あまり高いレベルでは職務を遂行しない。したがって、全体的な家族の態度を調べて、動かされたくない人びとを動かさないことが、明らかに、組織のためである。私は最近、次のように報告する多くの会社に出会った。すなわち、独身者は、配偶者や子どもたちと同じように地域社会に対して他に移せない愛着を抱くため、既婚者よりはるかに移動させにくい、と。組織はこうした問題をめぐって誠実に交渉し、たとえ人びとが移動を拒否しても彼らを不良とみなすのはやめるべきである。
 本書で「調和」の具体的な例として書かれているのはこれぐらいしか見当たらなかったのだが、これは果たして「調和」と言えるだろうか?企業と社員のうち、どちらか一方が自らの要求を100%取り下げ、他方の要求を完全に呑むことは調和とは言いがたい。これではWin-Loseの関係になってしまう。調和とは、双方がともに変化することで、第三の道を創造し、Win-WInの関係を構築することである。先ほど書いた、「子どもが産まれたばかりで家族との時間を大切にしたいのに、地方への単身赴任を命じられる可能性があるケース」では、例えば「出張ベースで仕事が回るように、業務手順やIT環境を変えてもらう」というのが調和の一例になるだろう。研修の最後には、各々が調和の道を模索し、その内容を共有して、相互にアドバイスを行う。

 【研修後のフォローアップ】
 (7)組織と個人のニーズの調和に関するキャリアカウンセリング
 受講者の中には、自分の価値観や、新しい役割と価値観とのコンフリクトがあまりにプライバシーにかかわることであるため、研修の中では明かしたくないという人もいるだろう。よって、(3)~(6)の研修は、あくまでも”練習”である。自分の価値観を棚卸し、新しく期待される役割とのコンフリクトを理解し、調和の道を模索する方法に慣れてもらうためのものである。(7)では、キャリアカウンセリングという、プライバシーが確保された空間の中で、より本音を開示できるようにする。カウンセラーは基本的に聞き役に徹するが、最後には調和の選択肢を示す必要がある。そのためには、組織の業務慣行、職務分掌、権力構造、企業風土、人事制度などに精通し、相談者の役割や相談者を取り巻く環境を柔軟に可変する想像力が求められる。

 (8)組織的課題の取りまとめと経営陣への報告
 カウンセラーは、様々な相談者の様々な調和のパターンに直面することになる。新しい戦略を実行するにあたって、社員側も変化するが企業側にも変化してほしいと思っていることがたくさんある。カウンセラーは、相談者の守秘義務に注意しつつ、調和のパターンから、企業が戦略を実行するにあたって組織的に取り組むべき課題を取りまとめ、経営陣に報告する。例えば、「生産性を上げる代わりに健康に配慮してほしい」という声が多ければ、法律で定められたストレスチェックに加えて独自のストレスチェックを実施する、「新しい戦略で野心的な業績目標を掲げるのはよいが、チームワークのよさを大事にしたい」という声が多ければ、過度に社内競争をあおらず、チームワークを評価する人事制度にする、といったことを経営陣に提案する。

 (9)戦略変更のニーズが強い場合の戦略見直し
 (8)は、企業が当初想定していた戦略を実行するにあたって、当初想定していた戦術を変更するパターンであるが、新しい役割を提示された社員が、自分の価値観に基づいて「もっとこういう製品・サービスを作りたい/売りたい」という強い思いを持っていることがある。それが単なる社員の願望ではなく、冷静な外部環境分析と自身の強みに基づいているのであれば、さらに同じ思いを持っている社員が多数存在するのであれば、経営陣は彼らの声に耳を傾ける価値がある。すなわち、ボトムアップでの戦略立案を認めるということである。この場合には戦略の練り直しになるから、再び(1)に戻って全てのプロセスをやり直さなければならない。

 以上が私の素案であるが、実際にはハードルが非常に高いと言わざるを得ない。第1に、人事部は必ずしも経営陣と十分な連携が取れておらず、従って戦略に十分精通しておらず、戦略とリンクした人員計画を持ってないということである。欠員が出たから中途採用する、現場が何人新人がほしいと言っているから今年は何人新卒を採用する、といったスタイルの人事部では、上記のキャリア開発は出発点でつまずいてしまう。第2に、マーケティング部や営業部が顧客データベースを充実させているのに比べると、人事部は全社員の能力に関するデータベースの構築が遅れている。よって、各社員のキャリアの予定を見通すことが難しい。

 第3に、仮に各社員のキャリア予定を見通すことができたとしても、それを上司を通じて本人に伝えることに多くの人事部は抵抗を示すであろう。ただでさえ人事情報は機密性が高いのに、可能性レベルの情報を伝えることはためらわれるに違いない。特に、本人のキャリア選択肢が複数検討されている場合には、それを本人に伝えることでかえって本人を当惑させてしまう恐れがある。しかし、この情報がないと、例えばある営業担当者がキャリア研修に参加して、本人はこの先も営業部門でキャリアを歩むものだと思ってワークショップに取り組んだのに、実は裏では人事部が彼を製造部門に異動させる予定を立てていたせいで、後になってせっかくワークショップで検討した内容が無に帰すという悲劇が起きることになる。

 第4に、キャリアカウンセラーが社員1人1人の働き方についてアドバイスできるほどに企業の諸事情に精通しており、かつ経営陣と緊密な関係が構築できていなければならない。カウンセラーが社内の人間であればまだよいが、社外の人間となると相当に難易度が上がる。最後に、キャリア開発とは結局のところ、全社員を巻き込んだ組織開発であり、経営陣の強いコミットメントが必要であるということである。キャリア研修がいまいち普及しないのは、そして、前職のベンチャー企業でキャリア研修が売れなかったのは、キャリア開発がこうした大掛かりな取り組みであることを理解せず、前述の(3)~(6)のみで安易に済ませようとしていたからだと思う。

 今までは企業が社員のキャリアパスを作り、社員はそれに従っていればよかった。ところが、企業の競争環境が不確実になったせいで企業がキャリアパスを示すことが困難になったため、社員が自律的にキャリアを開発しなければならない、と説明されることがある(私の前職のベンチャー企業もそう説明していた)。だが、上記で示したように実際には逆で、事業環境が不確実だからこそ企業は戦略を持たなければならないし、かつそれをはっきりと社員に提示する必要がある。欧米人は「私は1年後にはこうなり、3年後にはこうなり、5年後にはこうなる」と明確なキャリア目標を持っていると日本人は称賛する。しかし同時に、欧米人は企業に対して、「我が社は1年後にどうなっているのか?3年後にどうなっているのか?5年後にどうなっているのか?」と厳しく問うているのである。それに答えられない企業は、社員のリテンションに失敗する。

 もう1つ、日本企業に見られる勘違いは、キャリア開発では長期的なキャリアビジョンを持たなければならないと思われていることである(私の前職のベンチャー企業もそう思っていた)。だが、企業でさえ長期的なビジョンを持つことが難しくなっているのに、個人が10年後、20年後のビジョンを持つことはさらに難しい。むしろ、目まぐるしく変わる戦略に対して、自己の価値観から生じる欲求を認識し、企業と個人のニーズを調和させるという短期~中期的な視点が現実のキャリア開発の根幹をなすと考える。だから、ブログ別館の記事「佐藤厚『ホワイトカラーの世界―仕事とキャリアのスペクトラム』―PDCAサイクルからGDSA(Goal⇒Do⇒Support⇒Assess)サイクルへ」では、キャリア開発を次のように定義した。
 まず、一見バラバラに見える、仕事を中心とした過去の様々な経験について、上司、同僚、部下、その他企業や組織の関係者、さらには友人、家族など多様な人物を登場させつつ、自分なりに意味づけをすることによって筋の通った1つの物語を編纂し、自分は何者なのか(自分はどんな価値観を大切にしているのか、自分には何ができるのか、自分は何をしたいのか)という自己認識を持つこと。

 その上で、企業や組織を取り巻く環境の変化を把握し、周囲から中期的に期待されている役割を理解するとともに、個人的な問題や家族の問題との葛藤が生じた時、そこに自己認識の物語を照射し、納得のいく意思決定を下して、仕事を中心とする人生の中期的なビジョンを構想すること。
 キャリア開発で大切なのは、自己の価値観という幹をしっかりと持つことである。視点は未来に向けて長く設定するのではなく、過去に向けて長く設定するべきである。


2016年12月20日

【ドラッカー書評(再)】『断絶の時代―いま起こっていることの本質』―知識労働者の「知識」とは何か?


断絶の時代―いま起こっていることの本質断絶の時代―いま起こっていることの本質
P.F. ドラッカー Peter F. Drucker

ダイヤモンド社 1999-09

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 ドラッカーは早くから「知識労働者」の登場に注目していた。だが、個人的な印象を述べると、ドラッカーが知識労働者と言う時の「知識」は一体何を意味しているのか、やや判然としない。第一義的には、学校で学ぶ知識のことを指しているようである。
 しかし仕事の基盤となるものは、あくまでも知識である。そこで必要とされるものは、徒弟としての訓練よりも、学校での教育である。生産性を左右するものは、学校で学ぶコンセプトや考え方や理論である。
 この文章を額面通りに受け取れば、学校教育、特に高等教育を受けた人はすぐに知識労働者になれるようにも思える。しかし、これは我々の実感とはあまりにもかけ離れている。実際、ドラッカーは20歳そこそこの若者には大した期待をかけていない。
 この学校教育の延長が、仕事に知識を適用することを必然とした。18歳や20歳まで学校に行ったからといって、大したことは学んでいない。
 ドラッカーは、仕事を長く続けるうちに、必要となる知識の内容が変化するから、新しい知識を学ぶことができるように、学校が継続教育の場になる必要があると説いた。
 知識が仕事に不可欠になった時代にあっては、継続教育、すなわち経験と実績のある成人を何度も学校に帰らせることが必要となる。そしてそのとき、将来必要となるものをすべて学ばせるという今日の学校の意図が意味をなさなくなる。
 では、知識労働者が継続的に学習する必要がある知識とは一体何なのだろうか?私は、3つの次元に分けて考えることができると思う。1つ目は、純然たる専門知識である。システムエンジニア、医師、弁護士、会計士、デザイナー、教師など、その職業に固有の知識である。専門知識については、深く知る必要がある。元東京大学総長である小宮山宏氏によれば、知識とは領域を区切ることと、区切られた領域における原理を明らかにすることである(『知識の構造化』〔オープンナレッジ、2004年〕より)。優れた専門家は、複雑な事象をシンプルな原理で説明することができる。専門知識を深めるとは、扱うことができる現象を広げることと、現象を説明する原理を単純にすることという、相反する要求を両立させることに他ならない。

知識の構造化知識の構造化
小宮山 宏

オープンナレッジ 2004-12-24

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 かつては知識は教養人の飾りであったが、現代の知識は実用的でなければならない。現実世界の具体的な課題に対して解を提示し、成果を上げる必要がある。ここで、先ほど述べたことと矛盾するようだが、現実の問題は単独の専門家による単独の専門知識だけでは解決できないケースが増えている。どんなに専門家が専門知識を深め、説明可能な現象を広げたとしても、社会の問題は常にその現象を上回る広がりを持つ。ドラッカーは次のように述べている。
 今日では、知識とその探究は、専門分野別ではなく、応用分野別に組織されることが多くなった。学際研究が急速に発展している。研究組織も、アフリカ問題、ソ連問題、都市問題など応用分野別となっている。それらの組織には、経済学、精神病理学、農学、美術史にいたる多様な専門分野から人が集められる。今日では、学際研究が、大学に活力を与え、その方向を決めている。
 よって、知識労働者に求められる2つ目の知識は、自分の専門外の分野を理解するための知識である。これは非常に難しい。小宮山氏によれば、ナノテクノロジーという分野1つをとっても、その中は分子機械、ナノ光触媒、ナノカーボンチューブ、量子通信、ナノワイヤ、近接場光、ナノガラス、分子線エピタキシー、ナノダイヤモンド、ナノリソグラフィなど様々な分野に分かれており(『知識の構造化』ではさらにたくさんの分野が列挙されている)、それぞれが単独の専門知識を形成しているという。そして、専門分野が異なると研究者同士で話が通じないということが頻繁に起こる。ナノテクノロジー1つを見てもこんな具合であるから、経済学、精神病理学、農学、美術史の専門家同士の会話がカオス状態になるのは想像に難くない。

 ところが、優れた研究者の中には、専門外の分野の知識をすぐに理解できる人がいる。小宮山氏は「マニア」という言葉を使って次のように述べている。
 マニアは、複雑な人工物を幾つかの原理に分解し、原理間の相互関係を理解するという方法で、その構造を理解しているのである。その結果、マニアは、初めて手にする最新の携帯電話機でも数分でその構造を完全に理解できる。マニアの理解の仕方は知識の構造化であり、人類の希望だ。
 マニアは、専門分野が異なっても、連想、敷衍、援用、関連、創造などの手法を用いて、その分野で通用する基本的な原理を瞬時に見抜く力を持っていると言える。もちろん、その分野の専門家並に精通する必要はない。ベーシックな原理だけを理解できれば十分である。1つ目の知識と2つ目の知識を習得すると、いわゆるT字型の人間になることができる。しかも、T字の縦棒と横棒が長く伸びた、巨大なT字型の人間になれる。

 知識労働者には上記の2種類の知識に加えて、もう1つ知識が必要である。それは、知識労働者が、専門分野を異とする他の知識労働者と協業して成果を上げなければならないことから要請される知識のことである。ドラッカーは次のように述べている。
 学ばなければならない重要なことは、特定の科目ではない。いかにして学ぶかである。個々の技能ではなく、普遍的な能力を身につけること、すなわち技能を手にし、成果を上げ、何ごとかを達成するための基盤としての知識を体系的に習得し、それを適用することである(※太字下線は筆者)。
 端的に言えば、マネジメントのことである。課題解決の対象とすべき領域を定めること、その領域がどのようなサブ領域から構成されているかを見抜くこと、解決すべき課題を設定すること、課題解決に必要な知識労働者を動員すること、チームメンバーが従うべき共通の価値観や行動規範を定めてチームの求心力を高めること、プロジェクト全体のスケジュールと予算を管理すること、メンバーとコミュニケーションを密にし進捗管理をすること、タスクの変更に柔軟に対応しプロジェクトに及ぼす影響を管理すること、チーム内のコンフリクトの解消に尽力すること、などである。これらの知識は、社会学、心理学、組織学、政治学、行動科学、経営工学、ファイナンス理論などの知識を下敷きとしている。よって、第3の知識を習得するには第2の知識が必須となる。

 これらの知識を持つ人材を中長期的に育成するために、大学の変革が必要であるとドラッカーは強く主張している。先ほども述べた通り、大学が継続教育の場となるべきだと言う。ただ、アメリカでは、企業の人事部、特に教育研修部門の力が弱いことを念頭に置く必要があるだろう。それから、アメリカの場合は、一旦企業を離れて大学に戻っても、その後その人を受け入れる企業がちゃんと存在するという事情も考慮しなければならない。日本の場合は、人事部がそれなりに強い力を持って上に、社員が長期間企業を離れることをよしとしない。よって、人事部が主導で、今まで述べてきた3つの知識を有する知識労働者を育成すべきだと考える。

 私も企業に対して教育研修サービスを提供する人間として大いに反省しなければならないのだが、日本の企業研修は極めて場当たり的である。実務でたまたま上手くいったことを全社に展開しようとする。そこには科学性が見られない。だから、教育研修の投資対効果を測定することができない。教育研修には何百万円、時に何千万円とかかるのに、未だに多くの企業では投資対効果を研修終了後の満足度アンケートに頼っている。ビジネス上の成果と教育研修の内容を科学的に結びつけることができていない。その点、大学は科学に強い。よって、人事部(および私)は大学と連携して、研修の科学性を高める努力をしなければならない。

 また、教育研修部門は、研修という狭い世界に閉じこもって、研修運営の専門家になるだけでは物足りない。知識労働者の知識レベルを高め、現場での成果の増大を支援する部門へと変革することが求められる。教育研修部門は現場に出向いて、現場がどのような成果を目指しているのか、その成果を上げるためにはどのような業務を行う必要があるのかを一緒に検討する。そして、その業務を行うためにはどのような知識が要求されるのか、現在の社員にはどんな知識が不足しているのかを分析する。その結果に基づいて、必要な研修をデザインする。

 社員が研修を受けた後、研修で学んだことを現場で実践できるような仕組みを整えることも重要である。まず、必要な知識をいつでも参照できる情報システムを構築する。この点で、教育研修部門は情報システム部門との連携が不可欠となる。研修で使ったテキストが研修後には社員のデスクの奥にしまわれてしまうようなことは避けなければならない。また、社員はどんなに研修でいいことを学んでも、それが現場で評価されなければ絶対に実践しない。そこで、人事制度を変える必要がある。研修で学んだことを現場で実践したら、プラス評価されるような評価体系にする。教育研修部門は、今こそ人事考課部門との垣根を取り払うべきである。



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