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インドネシア・マレーシア・ベトナムにおける人材採用&人事労務最新動向
「起業セミナー」に参加された方にアドバイスした3つのこと

プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2016年06月27日

インドネシア・マレーシア・ベトナムにおける人材採用&人事労務最新動向


インドネシアのガルーダ

 (※)写真はインドネシアの「ガルーダ」。ガルーダはインド神話に登場する伝説上の鳥で、ヴィシュヌ神の乗り物と言われる。インドネシアの国章にも用いられている。国章に描かれるガルーダは、翼の羽毛を左右それぞれに17枚、尾の羽毛を8枚、尾の着け根の羽毛を19枚、首の羽毛を45枚有する。これは、独立宣言をした1945年8月17日の数字を表している。インドネシアはイスラームの国であるのに、ヒンドゥー教の神話に登場する動物を国章に採用しているところが、いかにも多様性を重んじる国らしいところである。

 日本アセアンセンターが主催する「ASEANにおける人材採用&人事労務最新動向セミナー」に参加してきたので、その内容のメモ書き。私は午後のインドネシア、マレーシア、ベトナムの部に参加した。講師はいずれも株式会社パソナの現地駐在員の方であった。パソナは日本企業のアジア進出を人材面でサポートしたり、アジアに進出した日本企業に対して人材派遣や人材紹介を行ったりしている。そのためか、会社設立やビザの取得といった手続き面や、現地人材の職種別・役職別賃金の推移については詳しかった反面、規制のグレーゾーンへの対処方法や現地人材の具体的なマネジメント方法にはあまり強くない印象を受けた(あくまで主観)。

 【Ⅰ.インドネシア】
 (1)製造業のスタッフレベルの賃金は最低賃金に近いが、それ以外の職種・役職は賃金が高騰している。転職者はだいたい、前職の給与の+20%を希望するケースが多い。ただ、最低賃金そのものも急上昇しており、ジャカルタの2016年の最低賃金は310万ルピア(約2万5千円)で、4年前の2倍となっている。海外で事業を行う上で通訳は不可欠な存在だが、通訳の給与も高騰している。これは、フリーランスの通訳が集団で賃金交渉をしている影響であり、日本語検定1級レベルの通訳を1,500万ルピア(約12万円)以下で採用するのは難しい。そこで、資格はなくても日本語ができる人材を正社員として採用すると、人件費を抑えることができる。

 (2)日本企業がインドネシアで大学生を採用する場合、日本語が可能で、かつエンジニアが専門であるなど、特殊な知識・能力を持つ人材を求めることが多い。しかし、インドネシアは大学の卒業時期がバラバラであり、進路窓口の支援にも限界があるため、優秀な大学生を採用することは難しい。製造分野の技術職に関して言えば、大学卒でなく日本で言う高専レベルでも優秀な人材がおり、日本企業の中には直接高専に赴いて青田買いをしているところもある。

 (3)インドネシアでは、人事のポジションに外国人を就けることができない。また、いわゆる「3:1ルール」というものがあり、外国人を1人採用したら、インドネシア人を3人以上採用しなければならない。2015年に「10:1ルール」、つまり、外国人1人に対してインドネシア人10人以上の雇用を義務づける動きがあったが、これはさすがに外資企業の強い反発で見送られた(インドネシアで働く外国人はインドネシア語の語学能力を必須にするという方針も撤回された)。

 (4)インドネシアには「THR(Tunjangan Hari Raya)」というボーナスがある。これは、各宗教の最大の祝祭日に、その信徒に与えられるボーナスであり、各宗教の祝祭日の7日前までに支給しなければならない。従来、THRの受給資格があるのは勤続3か月以上の社員であったが、2016年労働大臣規則第6号により勤続1か月以上の社員にまで対象が広げられた。THRの金額は勤続期間に応じて決まり、勤続12か月以上の者は一律賃金の1か月分である。従来は正社員のみが対象であったが、新大臣規則により、雇用関係にある全ての社員に対して支給することが義務となった。つまり、期間を限定した契約社員も支給対象となる。

 (5)インドネシアの就労ビザを取得するためには、大卒が絶対条件であり、かつ、3年以上の職歴が必須である。外国人がインドネシアに来る以上は、インドネシア人に移転可能な技術や知識を持っているべきだという考え方が根底にある。ただし、最近では高卒でも1社で10~15年程度の勤務経験があると、就労ビザが下りるケースがあるという。こればかりは、「申請してみないと解らない」というのがパソナ担当者の本音である。

 【Ⅱ.マレーシア】
 (1)マレーシアは人口が約3,000万人と少なく、外国人労働者への依存度が高い。マレーシアの労働人口は約1,200万人だが、そのうち約208万人が外国人労働者である。非合法労働者も含めると約400万人とも言われる。主な内訳は以下の通り。

 -インドネシア:約82万人(⇒製造業に従事)
 -ネパール:約43万人(⇒製造業に従事)
 -バングラデシュ:約27万人(⇒建設業に従事)
 -ミャンマー:約14万人(⇒レストラン・サービス業に従事)

 マレーシア政府は2020年までに先進国入りするという目標を掲げており、労働集約型から高付加価値型の産業への転換を図っている。ところが、多くの企業は技能も賃金も低い外国人労働者に依存し、工場の生産性を向上させるための投資を怠っていると政府は認識している。そのため、外国人労働者を半分にして投資を促進するとともに、社会保障を拡充して女性・高齢者を活用し、不足する労働力を補うという方針を打ち出した。しかし、政府は外国人労働者の新規受け入れを凍結したかと思ったら、企業からの反発を受けて凍結を解除したりと、方針を二転三転させており、現場では混乱が生じている。

 マレーシアはイスラームの国であり、労働は身分が低い人がすることだと考えられている。主に製造・建設業で働く外国人労働者を締め出せば、代わりにマレーシア人がその仕事をしなければならない。すると、優秀なマレーシア人は国外に流出する恐れがある。この点について政府は、中華系が国外に出ていくことはむしろ歓迎している。マレーシアはブミプトラ政策と呼ばれるマレー系優遇策をとっており、理想は人口の100%をマレー系にすることである。ただし、優秀なマレー系人材をどうやって製造・建設業に定着させるかが今後の課題となるだろう。

 (2)パソナによれば、マレーシアの人材マーケットは以下の通りである。

 -マレー系(67%)=事務系、技術エンジニア職に多い。営業は苦手であり皆無。また、業界によってはマレー系優遇の規制がある(物流など)。
 -中華系(24%)=営業、販売、経理、マネジメント層に多い。数字に強く、パソナでは最も問い合わせが多い。マレー系よりも10%前後給与が高い。
 -インド系(7%)=営業、テクニカル職に多い。

 求人案件は、営業と経理で全体の50%を超える。上記の通り、これらに強いのは中華系である。しかし、中華系は24%しかおらず、少ないパイを皆で奪い合っているのが現状である。

 (3)マレーシアはTPPに参加したことで、TPPが要求する社会保障対策を実現する必要に迫られている。具体的には、「労働者の能力開発機関の設立」、「労務に関する情報の共有と透明性の維持」を実施しなければならない。これらは、従来マレーシアが締結したFTAにはなかった項目である。また、現在マレーシアでは7名以上で労働組合を結成する自由が認められているものの、政府への登録義務があること、また使用者の承認が必要であることから、事実上組合活動の自由は存在しない。この点も、TPPを受けて改善しなければならないポイントである。

 (4)マレーシアの労働法は独特である。1955年雇用法が日本の労働基準法に相当するが、同法は西(半島)マレーシアにおいて、月額賃金2,000リンギ(約5万2千円)以下の労働者、もしくは賃金にかかわらず肉体労働に従事する労働者に適用される。それ以外の場合、全ての雇用条件は従業員と雇用主の個別の合意(雇用契約書)で決まる。したがって、仮に休日なし、毎日の労働時間は9:00~21:00、時間外手当なし、といった無茶苦茶な内容であっても、従業員と雇用主の双方が合意すれば雇用契約として立派に成立する。

 【Ⅲ.ベトナム】
 (1)ベトナムに進出している主な日本企業の数は、ハノイが631社、ホーチミンが804社、ダナンが94社である(2016年3月時点)。ダナンはベトナム中部の都市だが、ベトナム最大のIT企業であるFPTが存在し、2020年までに1万人体制を目指している。これを受けて、日本からもIT企業がダナンへ進出するケースが増えている。ただし、ベトナム中部には日本語学科のある大学が少ないため、日本語ができるベトナム人を採用することは難しい。

 (2)日本からベトナムへの大型投資案件は2012年で一服した。代わりに、近年は韓国・台湾からの大型投資が増えている。特にサムスンの投資はすさまじく、ベトナムのGDPの7%はサムスンが生み出していると言われる。サムスンは今後、ホーチミンに白物家電の工場を建設する計画があるという。ただ、サムスンに限らず韓国企業は、一度に大量に採用をして、社員同士を激しく競争させ、生き残る人だけ残ればよいという考え方で経営をする。そういうスタンスがどこまでベトナム人に受け入れられるかは不明である。

 ハノイには約8,000人、ホーチミンには約7,000人の日本人がいるが、韓国人はその10倍いるらしい。それだけ韓国人が働いている企業も多いわけで、パソナの担当者によると、日本企業の中では、彼らと営業のやり取りができる韓国人へのニーズが高まっているという。

 (3)ベトナムでは、2013年5月施行のベトナム改正労働法(2012年6月18日付No.10/2012/QH13)において、初めて「労働者派遣制度」が認められた同一の派遣労働者を連続して派遣できるのは12か月までであり、12か月を超えて就労させる場合は正社員契約に切り替える必要がある。ただし、法律が施行される前から、工場に対する労働者派遣は行われていたのが実態のようだ。派遣会社はローカル企業であるため、派遣社員の質や派遣会社のマネジメントに問題があるケースも少なくないという。パソナは2015年8月31日付で労働派遣ライセンスを取得した。同社は工場のワーカーではなく、ホワイトカラーの派遣に特化している。

 (4)ベトナムも他のアジア諸国と同じく、ジョブホッピングの傾向が強い。ベトナムの雇用契約では、まず試用期間(2か月程度)を設け、その後有期雇用契約(12~36か月)を2回結ぶ。2回目の有期雇用契約が終了すると無期雇用契約に切り替えるというのが一般的である。そのため、有期雇用契約の更新のタイミングで転職するケースが多い。優秀な社員とは、有期雇用契約を経ずにいきなり無期雇用契約を結びたいところだが、現実にはなかなか難しい。

 ベトナム人は家族的な経営を好む傾向がある。社員食堂を充実させたり、運動会、誕生日会、社員旅行などを行ったりすると、社員のロイヤリティが高まる。また、社員だけでなく、社員の家族も大切にしているというメッセージを発信することが大切である。

2015年12月02日

「起業セミナー」に参加された方にアドバイスした3つのこと


venture_business

 今年は色々と起業セミナーの企画・運営をやらせていただいた。先日の起業セミナーでは、参加者が各々のビジネスプランを発表し、僭越ながら私が中小企業診断士の立場でアドバイスをさせていただいた。その時の内容のまとめ。

 (1)製品・サービスを絞ると、かえって多様な仕事が舞い込んでくる
 1人目は中堅・中小企業向けの経営コンサルティングで起業したいという方だった。私とガチンコで競合になると思いながら(苦笑)、ビジネスプランを聞いていた。全体的に、サービス内容が総花的であったため、「フォーカスを絞った方がよい」というアドバイスをさせていただいた。

 私の周りの独立診断士を見ると、儲かっていない人ほど「私は何でもできます」とアピールする傾向がある(私も他人のことは言えないが)。顧客企業に対して間口を広げるためであっても、顧客企業側からすると、その診断士を使った場合に一体どんな成果が期待できるのか解らず、仕事を発注しづらい。これは、コンサルティングに限らず、事業一般に言えることである。以前の記事「採点審査に困る創業補助金の事業計画書(その1~5)」では、「誰にでも効果がある製品・サービス」や「あれもこれも手広くやろうとする事業」は低く採点したという話を書いた。

 逆に、儲かっている診断士は、サービス内容のエッジが効いている。海外工場運営、海外リスクマネジメント、融資・資金繰り、事業再生などといった特定分野の専門性を持っていたり、建設業、IT業界、韓国系飲食店(単なる飲食店ではなく、韓国系であることがポイント)、パチンコ店、水商売(キャバ嬢に対して、「もっと髪をアップにせよ」などとアドバイスしているらしい)などといった特定業種に強かったりする。「そんなニッチなコンサルティングを一体どんな中小企業が望んでいるのか?」とこちらが心配になるが、実はそんな心配は全く無用で、かえって成功しやすい。

 さらに言えば、ニッチなサービスを提供していると、それをトリガーとして仕事の幅が広がっていく。韓国系飲食店に強いとある診断士は、新しいおもちゃの企画・開発を支援するなど、飲食店とは必ずしも結びつかない仕事までしているという。顧客企業は、「先生の専門分野に直接関係しないかもしれないが、実はこういうことで悩んでいる」といった感じで、その先生に相談するようである。端から手広くやることを狙うのではなく、最初は狭く入り込んで、そこから様々な仕事を派生させ、結果的には多様な製品・サービスを提供するようになるのが理想的である。

 こう書くと、以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第30回)】ターゲット市場がニッチすぎて見込み顧客を発見できない」の内容と矛盾しているように思われるかもしれない。私の前職のベンチャー企業は、「キャリア開発研修」というニッチな教育研修サービスを展開しようとしていた。前述の通り、ニッチ市場を狙うという戦略自体は必ずしも間違いではない。問題は、前職の企業は既に高コスト体質になっており、キャリア開発研修の売上高ではコストをカバーできそうになかったことにある。すなわち、ニッチ市場の選択が誤っていたというわけだ。

 (2)組織の価値観はたえざる解釈と発信を必要とする
 2人目は、母親の子育てを支援するITサービスを立ち上げたいという方であった。ビジネスモデルはまだ曖昧だが、組織の価値観だけは最初に確立されているのが印象的であった。価値観とは、不確実性が高い状況において様々な選択肢が想定され、そのいずれも一定の妥当性・合理性があるような時に、損得などの定量的な基準を超えて特定の選択肢を絞り込むための判断基準のことである。能力は可変的であるのに対し、価値観は一度形成されると変化しにくい。

 こう書くと抽象的だが、例えば私自身の価値観は以前の記事「私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(1)(2)(3)」で書いた。もちろん、これとは異なる価値観も十分に成立する。例えば、1つ目に掲げた「努力に惚れるのではなく、成果が出る努力をする。成果が出なければ努力を諦める」については、「成果が出るまで努力する」という価値観もありうる。だが、私の場合は、最初に撤退基準を決め、成果が出る見込みがないと解ったら、たとえそれが大化けする可能性が残っていたとしても、スパッと諦めることをよしとする。

 価値観は、社員の採用時に非常に重要となる。通常は能力重視で採用するものだが、ベンチャー企業の場合そうはいかない2つの事情がある。1つ目は、ベンチャー企業の戦略は流動的であり、戦略の変化に伴って別の能力が必要になることが多いからだ。能力重視で採用をすると、入社後の戦略変更に伴ってその能力が不要になった途端に、社員は「私はこの会社にとって必要な人材ではない」と感じ、離職してしまうリスクが高まる。

 一方で、戦略が変わっても、組織の価値観が変わることは稀である。価値観は組織のアイデンティティそのものであり、それが変わるということは組織の放棄に他ならない。だから、戦略がいかに変化しようとも、その根底に流れる価値観はほぼ不変であるし、そうでなければならない。ベンチャー企業は、変化しにくい自社の価値観をテコに、価値観で組織と心理的に強くつながる社員を採用する。そうすれば、仮に戦略が変わっても社員が組織に残ってくれる可能性が高まる。

 もう1つの理由は、そもそもベンチャー企業には、企業側が求める高い能力を持った人は応募してくる可能性が低い、ということである。ベンチャー企業は資金も人も足りないので、あれもこれもできる人材を採用したくなる。ところが、それが高望みであることは以前の記事「起業・創業をめぐる3つの勘違いをまとめてみたい」でも書いた。極論すれば、能力は採用後でも何とかなる。しかし、価値観は固定的であり、組織の価値観と矛盾する人を採用してしまうと取り返しがつかなくなる。だから、ベンチャー企業の採用は価値観重視でなければならない。

 『ビジョナリー・カンパニー』の著者であるジェームズ・コリンズは、「最初にバスの行き先を決めるのではなく、バスに乗る人を決めよ」と説いた。戦略は不確実でも構わないが、間違った価値観を持つ人を絶対に選んではならない、という意味である。また、GEは「9 Blocks」という人事制度で、社員の価値観がGEの価値観と合致しているかどうかを評価していた。価値観が合わない社員は、たとえハイパフォーマーであっても最悪の場合解雇される(ただし、GEは現在、9 Blocksに代わる新しい人事制度を構築中のようである)。

 2人目の人は、明石家さんまさんの「生きているだけで丸儲け」という言葉を組織の価値観に据えていた。ここで重要になるのは、この言葉を起業家自身が何度も解釈し、その意味を折りに触れて社員に伝える必要がある、ということである。「生きているだけで丸儲け」という文言だけを表面的に繰り返しても意味がない。この言葉がどのような意味を持つのか?具体的にどういうシチュエーションでこの価値観が活かされるのか?そのシチュエーションでこの価値観に従った結果どうなったか?などといったことを伝え、時に社員とともに議論しなければならない。

 私はこの言葉の意味を、「毎日目の前のことに必死に取り組んでいれば、お金は後からついてくる」というふうに解釈した。明治時代の実業家・渋沢栄一の「金は働きのカスだ。機械を運転しているとカスがたまるように、人間もよく働いていれば、金がたまる」という言葉と同じ意味であるととらえたのだ。しかし、人によっては、拝金主義のことだと受け取る人もいるだろう。こういう齟齬が生じないよう、経営者はメッセージを発信し続けるべきである。

 稲盛和夫氏は、「経営者は壊れたレコーダーのように同じことをしつこく社員に伝えよ」と主張した。ただし、レコーダーのように本当に毎回同じ話をするのはあまりよくないと思う。経営者はあれこれと言葉を変え、様々なバリエーションで価値観を語るのが望ましい。ボキャブラリーが多いということは、それだけ深く考え抜かれているということであり、社員の心に響きやすい。逆に、いつも全く同じ話しかしない経営者は、社員から底の浅さをバカにされる。

 (3)「知っていることを知らない人とやる」または「知っている人と知らないことをやる」
 3人目の人は、コワーキングスペースの運営を企画されていた。自分一人ではできることに限界があるため、パートナーとなる人を探したいとのことであった。この方に限らず、ベンチャー企業は経営資源の不足を補うために、外部パートナーの力を借りる局面が多々ある。私は、ある総合商社出身の診断士から聞いた話をお伝えした。総合商社は日々世界中のパートナー企業と一緒に取引をしている。その中で得られた教訓は、「知っていることを知らない人とやる」か、「知っている人と知らないことをやる」のが望ましい、ということであった。

 「知っている人と知っていることをやる」のがベストであることは言うまでもない。だが、どちらか一方が要件不足でも、それは構わない。しかし逆に言えば、どちらか一方は絶対に要件を満たす必要がある。最悪なのは、「知らない人と知らないことをやる」ことである。言われれば当たり前なのだが、知らない人と知らないことをやろうとする人は意外と多い。

 私の前職はまさにそんな感じだった(以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第4回)】何にでも手を出して、結局何もモノにできない社長」を参照)。また、独立後に創業補助金の審査員を務めた際、応募者が未経験の分野で起業しようとしているケースがたくさんあることに気づいた(以前の記事「採点審査に困る創業補助金の事業計画書(その6~10)」を参照)。知らない人と知らないことをやるのは高リスクなのに、それでもやりたくなるのは、自分がよく解っていないがゆえに成功時の収益を大きく見積もってしまうという認知の歪みのせいだろう。加えて、「自分ならそのリスクを上手く回避できる」という過信や楽観主義も影響しているのかもしれない。

 私の前職は大手コンサルファーム出身者が作った企業なのに、なぜこんな当たり前のことが解らなかったのか考えてみた結果、彼らが長年クライアント企業に提供してきた戦略立案のパッケージが問題だったのではないかと思うようになった。彼らの方法論では、まず環境分析を通じて戦略機会(平たく言えば、儲かりそうなビジネスチャンス)を洗い出す。その中から最も魅力的なものを選択し、ビジネスモデルを設計する。その際、自社が担いきれない役割・資源に関しては、外部企業との協業を検討する。そして、パートナー候補をリスト化し、順番に交渉する。

 今になって振り返ると、この戦略検討プロセスは、選択した戦略機会は自社が知見を持っている分野か?パートナー企業は自社が知っている企業なのか?という点が軽視されていたと感じる。だから、知らない戦略機会を過大評価し、知らないパートナー企業でも自社のビジネスモデルが魅力的なら自然と協業に応じてくれると思い込んでしまっていた。




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