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『人材育成(DHBR2017年4月号)』―人事考課は不要かと聞かれれば「それでも必要だ」と私は答える、他
【人材育成】能力開発はジグソーパズル、キャリア開発はレゴの組み立て
起業・創業をめぐる3つの勘違いをまとめてみたい

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

◆旧ブログ◆
マネジメント・フロンティア
~終わりなき旅~


◆別館◆
こぼれ落ちたピース
所属組織など
◆個人事務所「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ


(一社)東京都中小診断士協会一般社団法人東京都中小企業診断士協会
(城北支部執行委員、青年部長、および国際部員を務めています)

NPOビジネスサポート特定非営利活動法人NPOビジネスサポート
(監事を務めています)

企業内診断士フォーラム(KSF)企業内診断士フォーラム
(独立診断士の立場から、企業内診断士の活動を応援しています)

Experian海外企業信用調査 海外企業信用調査(Experian)
(一緒にお仕事をさせていただいている「コンサルビューション株式会社」は、世界最大の信用調査会社Experianの正規代理店です)

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(以下の資格の講師をしています。
 ―ITパスポート
 ―情報セキュリティマネジメント
 ―経営学検定(初級・中級)
 ―中小企業診断士(企業経営理論、経営情報システム、中小企業経営・中小企業政策)
 谷藤友彦と株式会社サイトビジット代表取締役・鬼頭政人氏の対談動画(1)(2)(3)
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2017年03月27日

『人材育成(DHBR2017年4月号)』―人事考課は不要かと聞かれれば「それでも必要だ」と私は答える、他

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ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 04 月号 [雑誌] (人材育成)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 04 月号 [雑誌] (人材育成)

ダイヤモンド社 2017-03-10

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 CEBが2014年に行った推計によると、米国企業の12%が年次の人事査定を完全に廃止したという。ウィリス・タワーズワトソンの推計値は8%だが、このほかに、廃止を検討ないし計画中の企業が29%に上るとされる。デロイトは2015年に、業績評価制度を再検討する予定のない企業は、全体のわずか12%だとする報告を出している。この傾向は米国以外にも広まっているようだ。
(ピーター・カッペリ、アナ・テイビス「業績評価から人材育成へ 年度末の人事査定はもういらない」)
 アメリカでは人事考課、人事査定が廃止される傾向にあるそうだ。旧ブログで「GEの「9Blocks」というユニークな人事制度」という記事を書いたが、そのGEもCEOがジェフリー・イメルトに交代してから、人事制度を見直しているという。私の前職の企業は、人材・組織関連のコンサルティングと教育研修サービスを提供するベンチャー企業であった。日本の場合、賞与を年2回支給する関係で、人事考課を年2回実施する企業が大半であろう。私は前職の企業に5年半在籍していたから、単純に考えれば11回人事考課の機会があったはずだ。

 ところが、私が実際に人事考課を受けたのはわずか2回だけである。しかも、そのうちの1回は面談で昇給額を告げられただけだった。人材・組織関連のコンサルティングを提供する企業がこのありさまなのだから笑い話にもならない。最近、その企業が「日本企業にはもう人事考課はいらない」といった内容の書籍やコラムを発表しているらしいが、全くバカげている。人事考課をさんざんやってきた結果、その限界に気づいて人事考課はいらないと主張するならいざ知らず、人事考課をさぼってきた企業が人事考課はいらないと言ったところで、何の説得力もない。

 次の点を誤解してはならないのだが、人事考課を廃止する企業は、人材の評価を放棄しているわけでは決してない。上司が部下の仕事に関して、頻繁にフィードバックを行うというやり方に改めているのである。こうすることで、人事考課の際に、直近の業績が過大に評価され、期初の業績が過小評価されるというエラーを回避することができる。

 そもそも、人事考課には4つの目的があると私は考える。その4つとは、①給与の額を決定する、②仕事ぶりについてフィードバックする、③能力開発計画を策定する、④昇進・配置転換を決定する、である。このうち、②については、前述の通り、人事考課を廃止しても、代わりに日常業務の中で頻繁に部下にフィードバックすることで、人事考課と同様、あるいはそれ以上の効果を期待することができる。また、①に関しては、私は今のところ年功制こそが最も公平な給与体系だと信じているため、人事考課を続けようと廃止しようと関係がない(以前の記事「『戦略人事(DHBR2015年12月号)』―アメリカ流人材マネジメントを日本流に修正する試案」を参照)。残った③と④のために、私は依然として人事考課は必要であると考える。

 究極的に理想的な企業とは、外部環境の変化に応じて、あるいは外部環境の変化を先取りして、常に柔軟にビジョンを変化させ、ビジョンとリンクした戦略を短期間で何度も立案する。そして、戦略を変更するたびに自社のビジネスプロセスを再構築し、どのプロセスにどういう能力を持った社員を何人紐づけるのか、どこからどこまでのプロセスをひと塊として組織を分けるのか、それぞれの組織内ではどのようにビジネスプロセスのマネジメントを行うのか、そのマネジメントのために、どのようなマネジメント能力をもったマネジャーを何人必要とするのか、などといったことを決めていく。そして、その構想に合わせて全社員の配置をドラスティックに変える。いわば、ミスミの「ガラガラポン」を常にやり続けているという状態である。

 しかし、この曲芸的な経営ができる企業はまず存在しないであろう。よく、「走りながら考える」と言う人がいるが、そういうことを言う人に限ってろくずっぽ考えないものである。常に走っている企業では、社員の誰もが大量のメールやSNSのメッセージに溺れ、上司や同僚からの度重なる介入によって仕事を中断されている。こういう状態をカル・ニューポートは「シャロー・ワーク」と呼んでいる。シャロー・ワークのせいで、我々は新しい戦略を立てるといった、深い考察によって上手くいく大きな取り組みをバラバラに寸断してしまい、質を低下させている。

 大きな取り組みを行うためには、「ディープ・ワーク」が必要である。それは通常一定のまとまった時間を必要とし、認識能力を限界まで高め、注意散漫のない集中した状態でなされる活動である。最近では、ビル・ゲイツが年に2度、「考える週(Think Weeks)」を設け、その間は湖畔のコテッジに引きこもり、本を読んだり大きな構想を練ったりしているそうだ。つまり、ビジョンや戦略のように高度な知的活動を必要とする場面では、喧騒を離れ、一度立ち止まってじっくりと考える時間が必要なのである(以前の記事「『リーダーシップの神髄(『致知』2016年1月号)』―リーダーはもっと読書をして机上の空論を作ればいい」を参照)。

大事なことに集中する―――気が散るものだらけの世界で生産性を最大化する科学的方法大事なことに集中する―――気が散るものだらけの世界で生産性を最大化する科学的方法
カル・ニューポート 門田 美鈴

ダイヤモンド社 2016-12-09

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 ディープ・ワークで策定されたビジョンや戦略によって、望ましい組織の姿が見えてくる。すると、誰を昇進させ、誰を異動させるべきかが決まる。新しいポジションは、その人が既に有する能力を発揮しさえすれば成果が上げられるというものではない。もちろん、新しいポジションが要求する能力のうち、一定の割合をカバーしているから新しいポジションに移すわけだが、同時に、新しいポジションで新たに身につけてほしい能力もある。その能力をどのように開発するのか、入念に計画を立てなければならない。ビジョンや戦略の構想をディープ・ワークで行う限り、ディープ・ワークのタイミングに合わせて、前述の③と④の目的で人事考課を行う必要がある。

 そもそも、シャロー・ワークによって前述のような曲芸的な経営ができる能力が人間に備わっているのであれば、おそらく1年365日という概念は存在しなくてもよかったであろう。有史以来、朝日が昇る回数を単純にカウントしていけば済む話である。それをわざわざ1年365日と決めたのは、1年単位など、一定のタイムスパンで強制的にディープ・ワークを行った方が、その後の活動で大きな成果を上げられることを知っていたからではないだろうか?
 MEP事業部に新たに着任したゼネラルマネジャーは、この高コストなプログラム(※リーダーシップ研修のこと)の成果を評価することを要求した。そして、それを実行したところ、プログラム自体が啓発的なものだったとはいえ、最終的にほとんど変化を生み出していないと判断した。マネジャーたちは、チームワークやコラボレーションに関する学習を実施したところで、その内容を現場で応用するのは不可能だと悟っていたのだ。それは、社内にマネジメントや組織の面で数々の障壁が存在するためである。
(マイケル・ビア、マグヌス・フィンストローム、デレク・シュレーダー「変化を阻む6つの障壁を乗り越えろ リーダー研修はなぜ現場で活かされないのか」)
 前職でリーダーシップ研修を開発・販売していた身としては、非常に耳が痛い話である。以前の記事「鈴木克明『研修設計マニュアル―人材育成のためのインストラクショナルデザイン』―研修をデザインするのがIDではなく、組織的な学習をデザインするのがID」でも書いたように、研修を現場で機能させるためには、研修で学習する内容を現場の業務プロセスや、プロセスを支えるIT、人事評価制度などの仕組みにも反映させる必要がある。ところが、営業や生産管理などのように、一定の技術的・技能的なプロセスがある分野とは異なり、リーダーシップというのはプロセスを持たない極めて曖昧なものである。これを研修でどう扱えばよいかは難題である。

 ここからは、まだ十分にまとまっていないが私見を述べたいと思う。リーダーシップの役割は「アジェンダ(課題)設定」と「ネットワーキング」の2つだと言われる。「アジェンダ設定」はさらに、①ビジョンの策定と②課題解決の技法に、「ネットワーキング」は③プレゼンテーション(リーダーの考えを発信する)、④傾聴(メンバーの考えを聞く)、⑤交渉(利害関係者と調整する)、⑥動機づけ(energize=motivate以上の強烈な動機づけ)に分けることができる。これらはリーダーの基礎作法とでも呼ぶべきものであり、まずはベーシックな研修で押さえておく。

 ただし、リーダーシップ研修がここで止まっている場合、その研修は十中八九失敗する。研修の参加者には、半年ないし1年程度の長い時間をかけて、実際にリーダーシップを発揮して解決したい課題を設定してもらうべきだ。そして、その課題解決のために、前述の①~⑥を活用して、変革プログラムを実行する。さらに、研修の参加者は、1か月に1回、難しい場合は3か月に1回ぐらいのペースで定期的に集まり、変革プログラムの進捗状況を共有する。リーダーシップには定型のプロセスがないから、各人のやり方や進捗度合いがバラバラであっても構わない。リーダーは現場では孤独である。定期的に”同志”が集まることで、違う視点から有益なアドバイスがもらえるかもしれない。あるいは、顔を合わせるだけで癒しの効果が得られるかもしれない。

 引用文にあるように、変革プログラムを実行する途中で組織やマネジメント上の障壁に直面することがある。その場合は、その障壁を取り除くことも変革プログラムに盛り込めばよい。ただし、明らかに研修参加者の権限や責任範囲を超える行動が必要になる場合には、研修参加者の上司や経営陣などがサポートに回れるよう柔軟に調整しておくことが重要である。リーダーシップ研修は、前述の①~⑥の能力の習得をゴールとするのではなく、変革プログラムの完遂そのものをゴールとするべきであるというのが私の考えである。

2017年02月18日

【人材育成】能力開発はジグソーパズル、キャリア開発はレゴの組み立て

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レゴ

 2016年4月1日より「改正職業能力開発促進法」が施行され、「労働者は職業生活設計を行い、その職業生活設計に即して、自発的な職業能力の開発及び向上に努める」という基本理念の下、事業主は「労働者が自ら職業能力の開発及び向上に関する目標を定めることを容易にするために、業務の遂行に必要な技能などの事項に関し、キャリアコンサルティングの機会の確保その他の援助を行う」ことが定められた(指針第2)。また、「労働者は、職業生活設計を行い、その職業生活設計に即して自発的な職業能力の開発及び向上に努めるものとする」(3条)という規定もある。要するに、社員は自らのキャリア開発に責任を持たなければならないし、企業はそれを支援する必要がある、ということである。

 ただ、企業がキャリア開発の支援を行うと言っても、多くの場合は、半年ないし四半期に一度行われる目標設定面談や人事考課面談において、面談の一部として部下のキャリアに関する相談に乗っているにすぎないのではないかと思われる。つまり、能力開発の延長線上にキャリア開発が位置づけられている。確かに、能力開発とキャリア開発の違いを明確にすることは難しい。そこで、今回の記事では、両者の違いに関する私見を述べてみたいと思う。

 まず、能力開発は、企業の事業戦略とリンクしている。企業がどういう戦略を実行するのか、別の言い方をすれば、どの顧客層をターゲットとし、どのような顧客価値を、競合他社とどのように差別化しながら提供するのかという構想を練り、売上高、利益、市場シェアなどに関する目標を設定する。その上で、その戦略や目標を実現するためのあるべきビジネスプロセスや組織体制をデザインする。それが決まると、そのビジネスプロセスや組織を支えるために、どのような能力を持った社員が部門・階層ごとに何人必要なのかが見えてくる。人材戦略とは、戦略の実現に必要な社員を質・量の両面から確保するための戦略であり、能力開発はその一環である。

 戦略のライフサイクルの短期化が指摘されるようになって久しいが、戦略の短期化に伴って人材戦略も短期化している。よって、自ずと能力開発は短期視点となる。それぞれの社員はどのような能力を身につけるべきなのか、それに対して現状の能力レベルはどの程度であるか、能力ギャップを埋めるためにどのようなトレーニングを実施するのか、といった能力開発計画を短期で回していく。通常、社員に求められる能力は複数あるだろう。社員はそれらの能力を1つずつ習得していく。例えるならば、完成図が見えているジグソーパズルにおいて、能力を1つ習得するたびにパズルのピースを1つ獲得し、パズルを順番に完成させていく、といったイメージである。

 ジグソーパズルであるから、1つ1つのピースは矛盾なく埋め合わせることができる。つまり、パズルは客観的に設計されている。しかも、そのパズルの全体像を設計するのは、事業戦略と人材戦略、能力開発計画をリンクさせる企業側の責任である。これを実践している具体例として、トヨタの「星取表」を挙げることができるだろう。トヨタでは、仕事の処理に必要な技能や、仕事に取り組む姿勢を表現する態度能力の一覧を「星取表」で表示する。それぞれの社員について、習得できた能力は白丸、まだ習得できていない能力を黒丸で示して社内に掲示する。すると、まるで相撲の星取表のように、各社員の能力レベルが「○勝△敗」といった形で見える化される。

 ここからキャリア開発の話に入っていくわけだが、そもそもキャリアという概念は非常に曖昧である。ここでは、金井寿宏教授の「キャリアとは、長期的な仕事生活における具体的な職務・職種・職能での経験と、それら仕事生活への意味づけや、将来展望のパターン」という定義を用いたいと思う。この定義には、これまで蓄積されてきた経験に対する意味づけという過去志向と、将来展望のパターンを描くという未来志向が同居している。昔、ある大学の准教授の先生から教えてもらったのだが、産業心理学の分野では過去志向が重視され、経営学の分野では未来志向が重視されるのだという。学術的な論争はさておき、過去の意味づけから将来をデザインするというのは至って自然の流れであるから、私は金井先生の定義を支持する。

 これでもまだ曖昧だと感じる方のために、ダグラス・ホールによるキャリアの4分類も紹介しておこう。まず、1つ目が「昇進・昇格の累積としてのキャリア」である。通常、我々がキャリアという言葉で最初にイメージするのはこれであろう。「キャリアアップした」という言葉を使う時、まさしくキャリアをこの意味で用いている。だが、ホールはこれ以外にも3つの類型を提示している。

 2つ目は「プロフェッションとしてのキャリア」である。これは、短期~中長期のスパンで特定の専門領域を追求した結果として生まれる職業意識のことである。3つ目は、「生涯を通じて経験した一連の仕事としてのキャリア」である。非常に長い目で見れば、一生涯に渡って1つの仕事・職種しか経験しない人は稀である。異動、配置転換、昇進、出向、転籍、転職などを通じて、様々な仕事を経験する。これらの職務経験を横串で通す認識が3つ目のキャリアである。

 最後にホールは、「生涯を通じた様々な 役割経験としてのキャリア」を挙げている。我々は人生においてビジネスパーソンとしての役割だけを演じるわけではない。ある時は配偶者として、ある時は父親・母親としての役割を果たす。また、人によってはNPOなどに属し、地域社会でボランティア活動を行っていることもあるだろう。さらに、誰かの重要な友人としての役割を果たすこともある。そうした仕事以外の役割も総合的にとらえた場合のキャリアがこの類型に該当する。

 ホールが人間の一生をキャリアの対象としていることからも解るように、キャリア開発は、能力開発とは違い中長期的視点で行われる。我々がキャリア開発をする場合、まずは過去の経験の棚卸をする。能力開発における能力が企業側の論理で客観的に設計されていたのに対し、キャリア開発によって棚卸される経験は、本人の主観と固く結びついており、不定形である。例えば、上司に毎日怒られながら製品設計の仕事をしたという経験があったとしよう。仕事の直後には、「あのクソ上司が!!」と怒り心頭であったかもしれないが、一定の時間が経って冷静になってみると、あの時上司が厳しくしてくれたからこそ、マネジャーとなった今、部下が作成する設計図の勘所がよく解るようになったと思えることがある。

 また、ある役割における経験は、別の役割の経験の影響を受けることがある。例えば、40代の脂が乗りきった時期に部長となったものの、突然父が脳梗塞で倒れ、父の介護をしなければならなくなった。部長の激務と父の介護を両立させることが難しくなり、離職を余儀なくされた。新しい仕事では年収が大幅に下がったけれども、父の介護を通じて、相手を思いやる心が身につき、新しい職場でそれが役に立った。あのまま前の会社で部長を務めていたら、部下の気持ちも解らずに身勝手なマネジメントをしていたかもしれない、といったケースもあるだろう。

 繰り返しになるが、キャリア開発で棚卸しされる過去の経験は、非常に長い時間をさかのぼるものであり、本人の主観的な影響を受けた不定形なものである。そして、これらのパーツを基に、金井教授の言う「将来展望のパターン」を構築する。手持ちのパーツはどれも不揃いで、能力開発のジグソーパズルのようにぴったりと埋め込むことができない。不揃いのパーツを組み合わせるという意味では、キャリア開発はパズルよりもレゴに似ている。ただし、レゴの場合は、完成形が最初から決まっているパズルとは違い、自由度が高いという利点もある。本人が手持ちのパーツをどのように組み合わせて、どんな形を作るかは本人次第である。パーツが上手く組み合わせられない場合は、パーツ=経験に対する解釈を変えて、パーツの形を変更すればよい。

 そういう試行錯誤を繰り返しながら、手持ちのパーツをできるだけ全て使い切って1つの形を完成させていく。1つ1つのパーツは不恰好で、それだけを見ているととても統一性がないようであっても、パーツを組み合わせれば何かしら整合的な形を作ることができる。つまり、これまでの様々な経験に一本の横串を通し、その人なりのストーリーを構築することができる。ここにキャリア開発の醍醐味がある。そして、でき上がった形は、私が何者であるかを示すと同時に、私が将来どういう方向に向かえばよいのかを示す象徴となる。ある人は森を作るかもしれないし、建物を作るかもしれない。動物を作るかもしれないし、幾何学的な模様を作るかもしれない。何ができ上がってもよい。それがその人のキャリアなのだから。

 ただし、能力開発と違って、キャリア開発の責任は本人にある。今回の職業能力開発促進法の改正で決まったことは、企業が社員によるレゴの組み立てを支援してくれるということにすぎない。この点を勘違いしてはならないと思う。

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2015年07月06日

起業・創業をめぐる3つの勘違いをまとめてみたい

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 日本は1991年以降、廃業率が開業率を上回る状況が続いている。特に、2000年代に入ってからは廃業率と開業率の差が大きくなっており、その結果として、中小企業の数が急激に減少している。2009年には約420万社あった中小企業は、その後たった3年間で約30万社も減少し、約390万社となった。これに危機感を抱いたのか、安倍首相は日本の開業率を現在の5%台から、アメリカやイギリス並の10%台に引き上げる目標を打ち出している。その影響で、我々中小企業診断士も、起業・創業を支援させていただく機会が増えた。今回の記事では、そういう仕事をする中で感じた、「起業・創業をめぐる3つの勘違い」をまとめてみたいと思う。

(1)競争戦略
 競合他社と明確に差別化するために、新規性のある分野へ参入しなければならないと考える人は多い。これは、起業を目指す人だけでなく、起業を支援する行政側にも見られる。例えば、国の補助金である「創業補助金」(起業時や起業直後の経費の一部を補助)では、審査ポイントの1つに「新規性」が掲げられている。安倍首相の方針に合わせて、都道府県や市区町村も独自に創業補助金を設けるケースが増えているが、やはり新規性が審査基準に入っている。

 確かに、競合他社と全く異なる戦略で成功すれば、シンデレラストーリーになる。シンデレラストーリーは解りやすいから、万人受けしやすい。しかし、シンデレラは1人しかいないのと同様に、そこまで明確に差別化された事業を最初から構想できる人はほとんどいない。また、仮にそういう人がいたとしても、アイデアが市場に受け入れられず、事業化しないケースが大半である。事業アイデアの目利きであるベンチャーキャピタルでも、90%以上の案件は失敗している。

 個人的には、そういうハイリスクの案件には責任が持てないので、あまり積極的には支援できない。また、そういう案件に税金を投入することにもやや懐疑的である。それよりも、既に市場があり、競合他社がたくさん存在する領域に参入する事業計画の方が安心する。その場合、大きな差別化を狙うのではなく、ちょっとした差別化をたくさん積み重ねるとよい。競合他社よりちょっとだけ使い勝手がよい、ちょっとだけ品揃えがよい、ちょっとだけ納期が速い、ちょっとだけ安い、ちょっとだけ店員のサービスがよい・・・その「ちょっと」を数多く作るプランを私は推奨したい。

(2)オペレーション
 ベンチャー企業は人手不足である上、早く黒字化しないとつぶれてしまう。そこで多くのベンチャー企業は、製品・サービスを標準化して、少ない人数で多くの顧客を相手にし、効率的に利益を稼ごうとする。製品設計や部品を共通化したり、サービスマニュアルを策定したり、ソリューションをパッケージ化したり、ITで効率的に販売する方法を考えたりする。

 ここで、標準的な製品・サービスを受け入れやすいのは大企業や一般人に限られること、さらに大企業や一般人は、信用度のないベンチャー企業を選択しないことに注意する必要がある。大企業は、自社業務を効率化するために、様々な企業から標準的な製品・サービスを導入する。その際、自社の業務が変な方向に標準化されることがないように、名もないベンチャー企業を避け、既に実績のある有名企業に頼る。一般人も同様である。一般人は自分の購買意思決定を効率化したいと考えるが、よく解らない企業から製品・サービスを購入しようとはしない。

 ベンチャー企業が相手にできるのは、中堅・中小企業や、新しい物好きの消費者が中心となる。こうしたターゲットは、標準化とは無縁である。中堅・中小企業は独自の価値観で経営されているし、新しい物好きの消費者は自分らしさを追求している。彼らに対して、標準化された製品・サービスというのは無力である。中堅・中小企業の経営のやり方に合わせたソリューションを組み立て、新しい物好きの消費者の特殊なニーズをくみ取って製品・サービスをカスタマイズしなければならない。要するに、ベンチャー企業は最初から楽をしようとするな、ということである。

(3)人材採用
 ベンチャー企業は慢性的な資金不足であるから、できるだけ少ない人件費で優秀な人材をかき集めたいと考える。ここでいう優秀な人材とは、様々なスキルを合わせ持った人材のことである。製品設計も製造も営業もマーケティングもクレーム対応もできる人がいたら、ベンチャー企業はもろ手を挙げて歓迎するだろう。しかし、そんな人が転職市場に出てくることはまずない。それほどまでに優秀な人を、既存企業が手放すわけがないからだ。

 ややトゲのある言い方になるが、ベンチャー企業に転職したいと申し込んでくる人の大部分は、既存の中堅・大企業には拾ってもらえなかった、何らかの”ワケあり”人材である。一部の業務はそれなりにこなせるが、それ以外の大半の業務については能力がないと考えた方がよい。

 例えば、法人営業担当を採用する場合、飛び込み営業には全く心理的抵抗はないものの、飛び込んだ後商談化する能力がない人が応募してくるかもしれない。また、商談までは持ち込めるけれども、自分で提案書が書けない人が応募してくるかもしれない。本当は、法人営業担当を1人採用すれば十分であるところを、飛び込みをする人、商談化する人、提案書を書く人といった具合に、3人採用しなければならない。ベンチャー企業はこの現実を受け入れた上で、飛び込みしかできない人が商談化や提案書作成ができるよう、採用後に根気強く育成する必要がある。

 起業する時には、将来の目標売上高に合わせて人員計画を立てるが、想定よりも多くの人材を採用しなければ、企業の業務は回らないと思った方が賢明である。当然のことながら、その分だけ人件費が必要となる。その人件費をカバーできる事業計画になっているかが重要だ。また、限定的な能力しかない社員を中長期的に訓練し、能力の幅を広げる計画も合わせて立案しなければならない。これらの点をおろそかにすると、経営者は社員に足元をすくわれる。

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