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『ベンチャーとIPOの研究(一橋ビジネスレビュー2014年AUT.62巻2号)』―経営者持ち株比率と企業価値の関係、他

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2014年11月17日

『ベンチャーとIPOの研究(一橋ビジネスレビュー2014年AUT.62巻2号)』―経営者持ち株比率と企業価値の関係、他


一橋ビジネスレビュー 2014年AUT.62巻2号: ベンチャーとIPOの研究一橋ビジネスレビュー 2014年AUT.62巻2号: ベンチャーとIPOの研究
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2014-09-05

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 安倍政権が2014年6月に閣議決定した「日本再興戦略 改訂2014」で、「産業の新陳代謝とベンチャーの加速化」を政策の柱の1つに位置づけたことを受けての特集である。「IPO後の高成長企業と低成長企業」(忽那憲治)という論文では、5つのパラメータについて、IPO後の業績との関係を分析している。その結果は以下の通りである。

 (1)経営者の年齢
 社員数の増加率に対してはマイナスで有意であり、年齢の高い経営者の雇用創出に対する効果は小さい。売上高成長率や長期株価パフォーマンスに対してもマイナスで有意であり、年齢の高い経営者のパフォーマンスが低い傾向にある。

 (2)企業年齢
 社員数の増加率、売上高成長率、長期株価パフォーマンスに対してはマイナスで有意であり、会社設立からの年数が長い企業のパフォーマンスが低い。

 (3)IPO直前期の企業規模(総資産)
 社員数の増加率と売上高成長率に対してはマイナスで有意であり、大規模な企業のパフォーマンスが低い一方で、長期株価パフォーマンスに対してはプラスで有意となっており、大規模な企業のパフォーマンスが高い傾向にある。

 (4)IPO時の公募比率(公募株数÷(公募+売出し)の株数)、資金調達の規模
 売上高成長率に対してプラスで有意であり、資金調達を積極的に実施する傾向にある新規公開企業において成長率が高い。しかし、収益性指標に関してはマイナスで有意であり、逆の傾向がみられる。資金調達の規模に関しても、社員数の増加率や売上高成長率に対してはプラスで有意である一方で、株価パフォーマンスに対してはマイナスで有意である。

 (5)保証機能
 IPOでは、実績のある(名声の高い)金融仲介機関(アンダーライター)がかかわる発行においては、彼らの高い審査能力や価値付与能力に裏づけられて、IPO時の適正な価格形成やIPO後の高いパフォーマンスが期待される。これを保証機能と呼ぶ。ベンチャーキャピタル投資は、全体として明確な傾向をうかがうことができない。また、大手証券会社3社が主幹事を務めることについては、売上高成長率に対してのみプラスで有意となっているが、それ以外については明確な関連性は見られない。

 ベンチャーキャピタルや大手証券会社がアンダーライターを引き受けようと引き受けまいと、IPO後のパフォーマンスにはあまり影響がない、つまり保証機能が働いていないというのは興味深い結果であった。上記の内容を総合すると、IPO後も成長を続けるためには、経営者および企業の年齢が若いうちにIPOをしなければならないと言えるだろう。さらに、売上高成長率を重視するならば公募比率を高め、収益性や株価パフォーマンスを重視するならばIPO直前の総資産を抑制することが有効であると思われる。

 「高成長企業における経営者持ち株比率と企業価値」(渡邉佑規)という論文は、経営者の持ち株比率と企業価値との関係を分析したものである。特に、創業経営者に着目している点に特徴がある。分析の対象は、東証マザーズに上場している企業の2007年~2011年度の株価/財務データと、2006~2011年度の株式所有に関するデータである。また、全体の分析とは別に、「成長機会」に絞った分析も行われている。成長機会が豊富な企業とは、R&D、広告宣伝、CAPEX(設備投資額÷期末総資産額)のいずれかが平均以上の企業である。

 結果をまとめると、次のようになる。要するに、起業したばかりの成長スピードが速い段階では、創業者の持ち株比率を高めて、創業者の強いリーダーシップの下で経営を進めるのがよい。ただし、企業規模が大きくなるにつれて徐々に成長スピードが落ちてくるので、創業者は他の経営者にも株式を付与して自らの持ち分比率を下げる必要がある、ということになるだろう。

 (1)全体
 ・経営者持ち株比率と企業価値の間には正の線形関係があり、経営者持ち株比率が高くなると企業価値も高くなる。
 ・創業経営者は企業価値を引き下げる弱い可能性が示唆される。分析期間は市場の停滞期にあたる。Fahlenbraach(2009)は、創業経営者はリスクに対する特異な姿勢を持ち、アクティブな成長戦略を追求する傾向があること、それらの戦略は特に景気拡大期にはうまくいくかもしれないが、そうでない時期には企業価値を傷つける可能性があると主張しており、その見解と整合的な結果と考えることもできる。

 (2)成長機会
 ・経営者持ち株比率が高まるほど企業価値は高まるという関係は見られるが、両者間の関係には限界があり、経営者持ち株比率がある閾値を超えると企業価値が低下する。
 ・創業経営者は企業価値を引き上げる弱い可能性が示唆される。Gao and Jain(2011)は、創業者のリーダーシップがパフォーマンスを高めるかどうかの問題は成長ステージなどの企業特性に依存する可能性が大きいと示唆しており、今回の実証結果はその見解と整合的である。

 安倍総理は、現在4%台の開業率を米英並みの10%台に引き上げる目標を掲げており、起業しやすい環境の整備に力を注いでいる。だが、全ての企業がベンチャーキャピタルを利用するわけでも、IPOを目指すわけでもない。実際のところ、ベンチャーキャピタルが発達しているアメリカでも、ベンチャーキャピタルからの投資を受けている起業家は全体の0.03%しかない(以前の記事「神永正博『不透明な時代を見抜く「統計思考力」』―統計が教える不都合な7つの真実」)。アメリカの上場企業数はニューヨーク証券取引所とNASDAQを合わせて約6,000社であり、全企業数4,000万社のうち0.015%にすぎない。

 だから、ベンチャーキャピタルやIPOを前提とするのではなく、むしろそれらを利用しないことを前提に政策をデザインする必要があるのではなかろうか?また、研究者側も、ベンチャーキャピタルやIPOに頼らない企業にもっと着目して、その成功・失敗要因を調査することが今後の課題になると思う。その研究は必然的に、株式市場の公開データに基づく定量的な分析ではなく、未公開企業1社1社から定性的な情報を丁寧に拾い上げるフィールドワークが中心となるだろう。

 (続く)




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