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『チームの力(DHBR2016年12月号)』―多様性を理解するための「5つの会話」に自分で答えてみた
『願いに生きる(『致知』2016年3月号)』―私のブレブレの人材マネジメント論を反省した、他
『人を巻き込む技術(DHBR2016年2月号)』―リーダーは時々「バカ」になれるか?他

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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マネジメント・フロンティア
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2016年12月09日

『チームの力(DHBR2016年12月号)』―多様性を理解するための「5つの会話」に自分で答えてみた


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2016年 12 月号 [雑誌] (チームの力 多様なメンバーの強さを引き出す)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2016年 12 月号 [雑誌] (チームの力 多様なメンバーの強さを引き出す)

ダイヤモンド社 2016-11-10

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 《参考記事》
 (メモ書き)人間の根源的な価値観に関する整理―『異文化トレーニング』(1)(2)
 人間の根源的な価値観とマネジメントの関係をまとめてみた―『異文化トレーニング』
 年明けということで、改めて自分の価値観を棚卸ししてみた
 私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(1)(2)(3)
 エリン・メイヤー『異文化理解力―相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養』

 他者と一緒に仕事をする場合、相手と自分の価値観を十分に理解し、それらができるだけ一致する方向に持って行くこと、価値観が衝突しそうな時には事前に対立解消のメカニズムを確立しておくことが大切であることは言うまでもない。価値観とは、「重要な意思決定が求められる局面において、判断を下すための基準」と言い換えられる。ただし、そのように言い換えたとしても、価値観という概念は非常に曖昧で、相手や自分の価値観を知ることは容易ではない。

 価値観については、異文化コミュニケーションの分野で研究が行われている。冒頭の参考記事では、トロンペナールス&ターナー、クラックホーン&ストロッドベック、ホフステードの古典的な研究、そして、エリン・メイヤーの最近の研究を紹介した。彼らは価値観を示す指標を開発し、各国の国民がどんな傾向を示すか定量的に調査している。ただし、これらの研究は、国ごとの大まかな傾向を知る手がかりにはなるものの、今目の前にいる相手や自分自身のことを理解するには十分ではない。研究結果を鵜呑みにしすぎると、よからぬステレオタイプを抱きかねない。

 個人の価値観を深く探求するためのツールは、私の知る限りほとんどない。冒頭の記事で私自身の価値観を整理したものがあるが、いずれも発散的な書き方にとどまっており、およそ体系的とは言えない。その点、本号のギンガ・トーゲル、ジャン=ルイ・バルスー「仕事開始前の「5つの会話」で摩擦の芽をつむ 多様なメンバーの「違い」に気づく技術」という論文では、個人の価値観を深掘りする5つの視点が提供されており、興味深い。
 我々は、メンバーの人の見方、行動の仕方、話し方、考え方、感じ方という5つの領域に重点を置いた方法論を開発し、テストした。チームリーダーは20~30分の会話の進行役を務めながら、メンバーに対して、それぞれの領域における嗜好や期待を表明し、不整合や摩擦が最も起きやすい領域を特定し、異なる期待を持った人々が上手くやっていくための提言を考えるよう促す。お互いを批判しない形でアイデアやフィードバックの交換を行うことにより、チームは信頼・理解の基礎を築き、効果的な協力のための基本ルールを定めることができる。
 ということで、論文中の問いに従って、私の価値観を整理してみた。今から述べる内容は、いわば私という人間を扱うためのトリセツである(「トリセツ」と言ってみたかっただけ)。

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西野 カナ

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 【①人物の見方】
 Q.第一印象のよさ、悪さは何で決まりますか?
 はっきりと挨拶をしてくれること。こちらの目を見て話してくれること。(直接対面した場合)名刺を両手で渡してくれること。(電話で初めて話した場合)最初に「もしもし」と言わず、「お世話になっております」と言ってくれること。(メールの場合)長文を改行せずにダラダラと書くのではなく、要件を整理してこちらが読みやすいように改行して書いてくれること。

 Q.他人のどこにまず目が行きますか?(服装、話し方、態度)
 目に力があるか?年齢相応のしわが顔に表れているか?服装のサイズが体形に合っているか?服装やカバンがきれいすぎないか?話し方が乱暴ではなく、ゆとりが感じられるか?私が年下だからという理由ですぐに敬語を放棄するようなことがないか?椅子にドカッと座らず、姿勢正しく座っているか?鼻毛や耳毛が処理されているか?

 Q.それによってその人のことをどう思いますか?(厳格、押しが強い、怠け者)
 目に力がなく、年齢相応のしわが顔に表れていない人は、仕事で大変な経験をしたことがない人、楽な人生を送ってきた人だと判断する。服装のサイズが体型に合っていない人は、見た目に無頓着だと判断する。かといって、きれいなスーツやカバンを使っていればよいというわけではない。新品をアピールする人は見た目でごまかそうとしている人だと感じる。スーツやカバンは使い込まれているが、丁寧に手入れされているのが望ましい。話し方が乱暴だったり、敬語が使えなかったりする人は、相手に対する敬意がなく、相手を道具のように使い倒す傾向があると警戒する。鼻毛や耳毛が処理されていない人は論外である。

 Q.目に見えないどんな資質を重視しますか?(教育、経験、人脈)
 日本に関する教養があること。欧米流のビジネスのやり方を表面的に真似するのではなく、それを日本の歴史・伝統・文化・風土・人間観などに照らし合わせて再解釈し、自分なりの理論へと昇華することができていること(経営者のインタビュー記事を読むと、その人が単なる欧米かぶれなのか、日本のことを真剣に考えて経営しているかがよく解る)。

 Q.地位の差をどう考えますか?
 地位が高いから偉いとは考えない。地位はその組織が内部の評価で定めた結果であり、私がその人間をどう評価するかということとは別だからである。

 【②行動の仕方】
 Q.時間厳守や期限はどの程度大切ですか?
 非常に重要である。時間は万人に平等に与えられた経営資源である。ドラッカーは『経営者の条件』の中で、時間の使い方について意思決定する者をエグゼクティブ(経営者)と呼んだ。時間や期限を守れない人は、時間という私の貴重な経営資源を浪費する攻撃者である。

 Q.遅刻や納期遅れの影響がありますか?
 影響がある。遅刻や納期遅れによって、私の別の仕事が押したり、本来できるはずだった仕事ができなくなったりする。後者は明らかに私にとって損失であり、損害賠償を請求したい。

 Q.職場で他人とやり取りをするのに心地よい物理的距離はどれくらいですか?
 エドワード・ホールは、動物と人間との観察に基づき、人間が次のような対人距離の意識を持つと主張している。(1)密接距離(intimate distance)=15~45cm。愛撫、格闘、慰め、保護の意識をもつ距離、(2)個人的距離(personal space)=45cm~1.2m。相手の気持ちを察しながら、個人的関心や関係を話し合うことができる距離、(3)社会的距離(social distance)=1.2~3.6m。秘書や応接係が客と応対する距離、あるいは、人前でも自分の仕事に集中できる距離、(4)公衆距離(public distance)=3.6m以上。公演会の場合など、公衆との間にとる距離。

 私の場合、最低50cmは離れてほしいと思う。それ以内に入られると、不躾な人だと感じる。

 Q.仕事に志願すべきですか、任命されるのを待つべきですか?
 しばしば、「私はこういう仕事がしたい」と周囲に宣言すると、そういう仕事が舞い込んでくると主張する成功者(?)がいるが、私の場合は自分がやりたいと思った仕事がその通りに入ってくることはまずない。むしろ、意外なオーダーの方が圧倒的に多い。「自分にはこういう強みがあるからこういう仕事ができるはずだ」と私が思っていることと、周囲の人が私に対して「あの人はこういう強みがあるからこういう仕事を任せたい」と考えていることは異なる。そして、正しいのは後者である。仕事に志願する場合は、私の考えている枠内でしか自己成長できない。一方、任命されるのを待っていると、予想外の方向へと自分を成長させてくれる可能性がある。

 Q.どんなグループ行動が尊重されますか?(他人を助ける、不平を言わない)
 上からの命令に唯々諾々と従うだけでなく、創意工夫を凝らしてよりよい方法を模索すること。問題を早期に発見し、自主的に解決すること。チーム内の仕事を標準化・効率化するようなルールや仕組みを構築すること。チームで守ると決めたルールからの逸脱を容易には認めないこと。どうしても逸脱が必要な場合、ルールが現実に合致していないのではないかと考え、ルールの方の変更を検討すること。仕事以外のことも含めて頻繁に顔と顔を合わせたコミュニケーションをとること。ネガティブな発言や問題行動でチームの雰囲気を壊さないこと。

 【③話し方】
 Q.「約束する」という言葉は抱負ですか、それとも保証ですか?
 「約束する」は保証である。だから、軽々しく口にしてはいけない。

 Q.率直な物言いと他人との調和、どちらが大切ですか?
 チームや特定の個人に問題が生じた場合、他人との調和を気にしてそれを指摘しないことはチーム全体にとって損失である。だから、率直に指摘する。その際、感情的にならず、事実を淡々と指摘することが重要である。また、犯人捜しや個人攻撃をするのではなく、どうすれば問題が二度と起きないかという創造的な議論に集中する。

 Q.皮肉や風刺は理解されますか?
 私は皮肉や風刺を全く理解しない。言いたいことはストレートに表現すべきである。皮肉や風刺を考える余裕があるならば、その脳のエネルギーを問題解決の方に注いだ方がよい(旧ブログの記事「部下にだって「上司に物申す時の流儀」ってものがある」を参照)。

 Q.話をさえぎるのは関心の証ですか、無礼な振る舞いですか?
 無礼な振る舞いである。こちらがまだ言いたいことを全部言い終わっていないのに話を差し挟んでくるということは、こちらの話の全体像をとらえずに、部分を捕まえているにすぎない。この状態で論理的なコミュニケーションが成立するはずがない。以前、ある病院に私の家族が脳の病気で入院した際、院長が家族に対して「あなたの脳は死んでいる」、「頭がバカになっている」などとひどいことを言ったというので、私がクレームの電話を入れたことがある。しかし、院長が私の話を何度もさえぎるから、全く話がかみ合わなかった(それで余計に腹が立った)。

 Q.沈黙が意味するのは熟考ですか、やる気のなさですか?
 (この質問は難しい・・・)本当に相手にやる気がない場合もあるのだろうが、多くの場合は熟考だと考える。だから、相手が再び話し始めるまで我慢するべきだと思う。ある人から、沈黙に耐えるための効果的な方法を1つ教えてもらった。それは、1対1で話し合う時には、必ず双方に飲み物を用意するというものである。沈黙状態になると、お互いに飲み物に手を伸ばす。不思議なことに、飲み終わると会話が再開されることが多いという。

 Q.反対意見は公表すべきですか、個別に話し合うべきですか?
 チーム全体の方針や仕事の進め方に関する反対意見については、その人が勇気を持って反対の意を表明してくれたことに賛辞を示した上で、チーム内での議論を促す。仮に反対意見が通らなくても、全体の場で取り上げてくれたという事実をその人は評価してくれるはずだ。一方、メンバー間の個人的なトラブルについては、個別に話し合う。そのような問題は、他のメンバーが自分の業務を進める上で知る必要がないからだ。個人的なトラブルについては、他のメンバーに知られないように十分注意する。他のメンバーが知ると噂になり、チーム運営に悪影響が出る。

 Q.一方的なフィードバックは歓迎されますか?
 前述の通り、時間や納期の厳守については私は厳しいので、もし納期遅れなどが生じたら一方的に否定的なフィードバックをする。それ以外のケースでは、その問題について私が感じたことを率直に述べると同時に、相手はその問題についてどう考えているのかを聞くようにする。

 【④考え方】
 Q.「不確かさ」は脅威と見なされますか、それともチャンスと見なされますか?
 不確かさは「やむを得ないもの」である。コンサルティングの仕事をしているとよく解るが、プロジェクトの終盤になって、クライアント企業から「我々が望んでいるのはこういう成果物ではない」とちゃぶ台返しを食らうことがよくある。コンサルティングは、目に見えないサービスを売り物にしている。そして、これは日本人の特性だが、目に見えないもののよしあしを事前に評価することが非常に苦手である。成果物という形で目に見えるようになって初めて、クライアント企業は自社の本当の要求が解るようになる。コンサルティングのこういう特性を理解しない人、特に、当初の計画通りに進まないと気が済まない人とは、一緒に仕事をすることが難しい。

 Q.全体像と細部のどちらが重要ですか?
 どちらも重要である。コンサルティングの報告書では、全体のストーリーが論理的でなければならない。私がパワーポイントで報告書を作成する際には、各スライドのメッセージラインに書いた文章だけを順番に読んでいけば、報告内容が解るように気を配っている。一方で、細部も重要である。パワーポイントの図で、テキストボックスの大きさが違う、位置が等間隔に揃っていない、フォントサイズがバラバラになっている、色使いに一貫性がないなどといった点は、私には許せない。製造業は、1ミクロンの公差の世界で勝負をしている。それなのに、コンサルタントがミリ単位でずれた図を使っていては、いい笑い者である。

 Q.信頼性と柔軟性のどちらが大切ですか?
 英語の「信頼性」は、日本語では「確実性」と言った方が適切である。前述のように、コンサルティングという仕事には不確かさがつきものであるから、柔軟性が重要である。

 Q.失敗に対してはどんな考え方がされますか?
 考えた結果生じた失敗であれば責めない。当初、どんな前提を置いて計画を立てたのか、実際にはどんなことが起きたのか、前提と現実の間にはどのような差が生じたのかを検証する。そして、今回の失敗から教訓を導き出す。一方で、考えずに起きた失敗は厳しく叱責する。

 Q.計画からのズレはどの程度許容されますか?
 私の場合、端から計画通りに進むとは思っていないため、計画からどれだけずれようと構わないと考える。ただし、繰り返しになるが、計画当初はどのようなことを前提としていたのか、それに対して実際には何が起きたのか、具体的にはどのような予期せぬ成功と予期せぬ失敗が起きたのかをチームで振り返る。計画の精度を上げるよりも、こういう議論を大切にしたい。

 【⑤感じ方】
 Q.ビジネスの場でどんな感情(ポジティブ、ネガティブ)を表に出してよい、あるいは出してはいけないとされていますか?
 チームメンバーの成功に対してはポジティブな感情を表に出す。一方で、チームや個々のメンバーが失敗したり問題を起こしたりしても、(時間や納期を守らなかった場合は例外として)基本的には感情を表に出さない。ネガティブな感情は他のメンバーに伝染して、チーム全体を沈没させるからである。落合元中日監督のように、ベンチに黙って座っていたい。

 Q.人々は怒りや情熱をどのように表現しますか?
 (※この設問の「人々」は「私」と解釈した)今までの話を総合すると、私が怒るのは、時間や納期を守らなかった時と、考えずに行動した結果失敗した時の2つだけである。それ以外は、何が起きようとも感情を表に出さないようにしている。ネガティブな感情もそうだが、ポジティブな感情もほとんど表に出さない。チームメンバーが成功すれば私も一緒に喜ぶが、例えば私が何かいいアイデアを相手に提案する時、決して熱心には勧めない。こちらが熱心になると、相手がその熱意に引いてしまうことがある。逆に、こちらの熱意が相手に伝染したとすると、今度は相手が熱狂のあまり合理的で冷静な意思決定ができなくなってしまう。私としてはそれは避けたい。

 Q.チームメートにいら立った時、どのように反応しますか?(沈黙、ボディランゲージ、ユーモア、第三者経由)
 昔の私は、同僚に対してすぐに苛立つ傾向があり、それが私の精神を蝕んでいた。その原因を分析した結果、私は同僚に対して「これぐらいはできて当然だろう」と勝手な期待をかけており、その期待が裏切られるから苛立つのだと思うようになった。そこで私は、「相手にあれこと期待しない」という戦略をとるようになった。それ以来、前述の例外を除いて、ちょっとやそっとのことではイライラしなくなった。こういう私は相手に甘いと思われるかもしれないが、逆に厳しくしたからと言って、相手が簡単に変わるとも思えないのである。


2016年03月04日

『願いに生きる(『致知』2016年3月号)』―私のブレブレの人材マネジメント論を反省した、他


致知2016年3月号願いに生きる 致知2016年3月号

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 (1)
 それからよく覚えているのが、ある時担任の先生が黒板いっぱいに大きな字で「公」と書いて、そのすぐそばに「私」という字を小さく書かれたんです。(中略)私事は小さくするのが国民の誉れであり、それが国家と国民のあるべき精神だと教えていただいたんですよ。
(楊素秋「心に秘めたる日本への思い」)
 日本統治を経験した台湾人・楊素秋氏による記事である。滅私奉公という当時の社会的風潮をよく表している。ただ、太平洋戦争においては、公VS私という対立の中で、公が私を食いつぶしてしまったと思う。その結果が一億総玉砕であった。戦後はその反省から、アメリカ的な個人主義を導入したものの、今度は私が公を食いつぶしつつあるように感じる。

 卑近な例で申し訳ないが、個人的にスマートフォンは史上最悪のイノベーションだと考えている。電車でもカフェでも平気で電話をする人が増えた。口に手をあてながら小声で電話をしている人を見ると、公共の場で電話をしてはならないことを解った上で電話をしている確信犯に見える。電車の中では、多くの人がスマホで漫画を読んだりゲームをしたりしている。本を読む人が明らかに減った。レストランでパシャパシャと写真を撮る音も非常に耳障りだ。コンビニやスーパーのレジで、マイク付きイヤホンで電話をする人もよく見かける。店員に対して非常に失礼である。

 本ブログでも何度か書いたが、日本人は二項対立的な発想が苦手で、どちらか一方に肩入れすると自滅する傾向がある(以前の記事「山本七平『存亡の条件』―日本に「対立概念」を持ち込むと日本が崩壊するかもしれない」を参照)。それを回避するのが、二項混合という知恵である。歴史を振り返れば、共有財産を前提とし、現世の利益を対象とする神道と、私有財産を前提とし、来世の利益を対象とする仏教を融合させたのが「神仏習合」であった(以前の記事「義江彰夫『神仏習合』―神仏習合は日本的な二項「混合」の象徴」を参照)。

 現代に目を向けると、一般的に国家と市場/企業は対立すると言われるが、日本の場合は「日本株式会社」という言葉があったように、社会主義的に市場や企業を運営してきた。企業の内部においては、欧米では労働組合が経営陣と激しく対立するのが普通であるのに対し、日本は労使協調路線が基本であった。海外では社外取締役を多く入れて経営陣の働きをモニタリングする一方、日本では社員が内部昇格して取締役となるのが普通である。政治の世界では、一党独裁か多党制(二大政党制を含む)かで対立する。日本は長らくの間、事実上自民党の一党支配という形をとりながら、内部に派閥を抱えることで多様性を確保するという手法が取られた。

 話を公VS私に戻そう。これを二項対立的に把握する限り、日本はどちらに肩入れしてもやがて自滅するに違いない。解決策は、公と私を融合することである。公を大きな字で書いて、その横に私を小さく書くのではなく、公と私が同じ大きさで重なり合うように書くことである。ただ、それが具体的にどのような事態を指すのか、私自身もまだよく解っていない。一つのヒントは、左派がよく口にする「市民社会」にあるのかもしれない。左派は、国家/行政という公と、市場/企業という私の間に、緩衝材として市民社会を設置する。これが公と私の混合形なのかもしれない。

 《2016年3月13日追記》
 「日本を美しくする会」で掃除活動を全国に広めている鍵山秀三郎氏と、「志ネットワーク」代表の上甲晃氏も、日本人の「私」が大きくなりすぎて、「公」が侵食されていることを危惧している。
 上甲:日本人の心の原点は、公心ではないかと思います。それを失って、自分のことしか考えないところに問題があると思うのですが。
 鍵山:公心を失ったというより、公私という壁を自分の中につくっているのだと私は思います。それによって公はどんどん小さくなり、私ばかり肥大化してしまっているわけです。
(鍵山秀三郎、上甲晃「明日に託す思い」〔『致知』2016年4月号〕)
致知2016年3月号夷険一節 致知2016年4月号

致知出版社 2016-4


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 (2)
 私はむしろ、この百年足らずの短い人生で何を成し遂げるかという、いわば命の使い方、志を教えることこそが大切だと思います。その上で、世の中には自分の命を懸けてでも守るべきものがあるという価値観があることを教えていく。
(服部剛「感動の歴史が子供たちの道徳心を育む」)
 私は中小企業診断士の世界ではまだまだ若い方なのだけれども、世間的には中堅クラスであり、いつまでも若さを理由に甘えてばかりもいられなくなった。私は今年35歳になる。医療関係の本によると、人間の身体的・生理的機能は70歳を境に急激に衰える。また、3大疾病の発症率が最も高いのは65~70歳らしい。仮に健康寿命を70歳とすれば、私はちょうど折り返し地点を迎えることになる。私は昔から、90歳を超えても大学の教壇に立ち続けたピーター・ドラッカーを目標にしてきたのだが、非常に低い可能性にいつまでも賭けるのは、あまりよくないかもしれない。

 それよりも、残り30年ほどの健康寿命の中で何ができるかを考えることにした。こういう心境の変化は初めてだ。何せ、今までは若いから何でもできると思っていたのだから。ひとまず、今年に入っておぼろげながら人生の目標を1つ立てた。それは、毎年1つテーマを決めて(事業戦略、人材マネジメント、財務会計、事業承継など)、それを1年間かけて研究し、100枚程度のパワーポイントの資料にまとめるというものだ。1年1テーマで30年続けると、30テーマ3,000枚の資料が完成する。このぐらいやれば、この世界に私が生きたというひっかき傷ぐらいは残せるだろう。

 (3)
 土光もまた、いかに周囲から不良社員だというレッテルを貼られた社員に対しても、そんな社員こそ自分の部下にしたいということを述べている。作物と同じように早く芽が出る人間もいれば遅く出る人間もいる。どんな人間であろうとも、人を切らない登美の姿勢は土光にも受け継がれていた。
(出町譲「正しきものは強くあれ 土光敏夫の母・登美の一生」)
 普通は、言うことを聞かなければクビにして終わりなのかもしれません。けれどもうちは、そうやって一所懸命に育ててきた従業員が毎年何人もいるんです。私も声を嗄らし、汗と涙にまみれ、全身全霊で研修をやってきましたから、従業員一人ひとりがみんな可愛いですし、愛情を込めて心を磨いてあげたら、人は必ず光り始めるというのは確信を持って言えるんです。
(渡邊直人、福地茂雄「信念を抱いて願うことは必ず実現する」)
 私は一応、人事制度・人材育成が専門ということになっているが、私の中の人材マネジメント論は結構ブレブレである(汗)。私は「信賞必罰に頼らない。相手の成長を見守ることで相手を動かす」というのを自分の価値観としている反面(以前の記事「私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(1)(2)(3)」を参照)、短気なところもあって、「「できるヤツでも組織の価値観に合わなければクビ」のGE流」、「プロフェッショナルの条件とは「辞めさせる仕組み」があること」(いずれも旧ブログ)という記事を書いたことがある。

 旧ブログの記事「戦時には戦時の人事制度ってものが必要だ」では、昇格と降格を柔軟に運用するインテルの人事制度を紹介したが、最近は「『戦略人事(DHBR2015年12月号)』―アメリカ流人材マネジメントを日本流に修正する試案」という記事で年功序列制度を支持している。旧ブログの記事「マネジャー(管理職)の評価方法に関する素案」、「「イノベーションに失敗した人」の評価方法に関する素案」などで、社員の成果、企業に対する貢献度を厳密に計算して報酬に反映する方法はないかと考えたのだけれども、複雑すぎて無理だと諦めてしまった。

 私は、年功序列は支持するが、終身雇用には懐疑的である。毎年若者を採用し、組織を大きくしていっても、実は中高年社員に十分な管理職のポストを用意することができない。だから、中央官庁がよくやるように、一定の年齢を過ぎたら退職勧奨をすべきだと考えている。とはいえ、単に退職させるのではあまりに冷たすぎるので、転職を支援したり、その人が起業するための独立資金を援助したりする。この辺りは、旧ブログの記事「高齢社会のビジネス生態系に関する一考―『「競争力再生」アメリカ経済の正念場(DHBR2012年6月号)』(1)(2)(3)」で書いた。

 先ほど紹介した「私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(1)(2)(3)」という記事には、「直観で人を評価しない。その人の価値観と能力をじっくり見極める」という価値観もある。中途採用時には応募者の能力を見極める。新卒は能力がまだ十分ではないので、基盤となる価値観を見極めるというのが従来の考え方であった。

 ところが、日本企業で養われる能力はその企業に固有であるため、転職後もそれが役立つとは限らず、結局は2~3年程度訓練する必要がある。よって、面接では、能力より一歩手前の価値観を評価するべきだと思い直した。ただ、この価値観も、あまりこだわりすぎるのはよくない。

 価値観については、一時期非常に重視していたことがあり、組織内の価値観を統一することはもちろんのこと、外部の協力企業とも価値観を等しくすべきだと書いたことがある(その例として、旧ブログの記事「【シリーズ】水曜どうでしょう論」を参照)。しかし、価値観は決して固定的ではないし、組織で共通する価値観よりも、共通しない価値観の方が圧倒的に多いことに最近気づいた。だから、面接においては、共通価値観を浮かび上がらせることも重要だが、組織の価値観と応募者の価値観が相容れない場合に、応募者がどんな行動をとるかに注目する必要がある。

 新卒に関しては、人生経験が豊富ではないから、価値観すらまだ形成されていない可能性が高い。よって、価値観よりさらに一歩手前の、基本的な性格を判断すべきではないかと考えるようになった(以前の記事「『戦略人事(DHBR2015年12月号)』―アメリカ流人材マネジメントを日本流に修正する試案」を参照)。例えば、素直であるとか、責任感があるといったことである。

 引用文と関係ない前置きが長くなってしまったが、この文章を引用したのは、最近は問題社員をすぐにクビにするなど、無駄を極限まで切り詰める傾向が強いと言いたかったためだ。収益を上げない製品はすぐに市場から引き上げる、数字にならない顧客とはすぐに取引を中止するのもそうだ。こういうことを我々は合理化と呼ぶ。だが、先日哲学の本を読んでいたら、我々が一般に合理性と呼んでいるのは、能率のことだと書いてあった。合理性とは、理性が対象をつかまえ続けることであり、そこには効率性の入る余地はない。場合によっては、非効率に見えることも抱え込む。しかし、そのような合理性こそが、将来的に大きな創造性を生むこともあるのである。

 (続く)


2016年02月05日

『人を巻き込む技術(DHBR2016年2月号)』―リーダーは時々「バカ」になれるか?他


DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2016年2月号 [雑誌]DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2016年2月号 [雑誌]
ダイヤモンド社 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部

ダイヤモンド社 2016-01-09

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 ○【リーダーシップ】社会・環境面での貢献も加味した 【2015年版】世界のCEOベスト100(『ハーバード・ビジネス・レビュー』編)
 HBR誌が毎年発表している、世界のCEOのランキングである。従来は、そのCEOの在任期間中に、企業のTSR(株主総利回り)と時価総額がどれだけ変化したかに基づいてランキングが作成されていた。だが、今回は環境、社会、ガバナンスにおけるパフォーマンスが加味されている(財務データが80%、環境、社会、ガバナンスにおけるパフォーマンスが20%)。その結果、2014年に1位であったAmazonのジェフ・ベゾスは、環境、社会、ガバナンスにおけるパフォーマンスの低さが影響して、2015年は87位に急落するなど、ランキングに大きな変化が見られる。

 日本企業からは、10位に御手洗富士夫氏(キヤノン)、35位に柳井正氏(ファーストリテイリング)、78位に孫正義氏(ソフトバンクグループ)、80位に永守重信氏(日本電産)が入っている。ただ、環境、社会、ガバナンスにおけるパフォーマンスの順位を見ると、御手洗氏こそ140位であるが、柳井氏は509位、孫氏は762位、永守氏は718位と低い。本ブログでは、日本企業はCSRという言葉が登場する前から社会と調和してきたとか、渋沢栄一の道徳経済合一説のように経済的価値と社会的価値を区別しないなどと書いてきたのだが、今回の結果はやや残念であった。

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 ○オーセンティック・リーダーシップの罠 「自分らしさ」が仇になる時(ハーミニア・イバーラ)
 たとえば、「本当の自己」を貫くという考え方は、人は経験を通じて進化し、内省するだけではけっして掘り起こせない自分自身の多面性を発見していくという、数多くの研究と矛盾する。
 繰り返しになるが、自分のストーリーを書き直すことは、内省的なプロセスであると同時に、社会的なプロセスでもある。
 自分の価値観を中心に据える欧米型のリーダーシップを反省した論文である。本論文によれば、自分らしさを貫くよりも、環境に応じて変幻自在に自己を変容させるカメレオン人間の方が、昇進スピードが早いという。価値観の重要性は、旧ブログや本ブログで何度も取り上げたし、組織間で協働する場合には同じ価値観で結ばれることが大切だとも書いてきたのだが、あまり価値観で硬直的になってもよくないかもしれないと思い直した。

 価値観が完全に一致する人などまずいない。日頃密に接する家族の間でも、価値観は異なるものだ。それでも家族が成り立つのは、異なる価値観を前提として、双方をできるだけ傷つけないよう折り合いをつけるためには何をすべきかというコミュニケーションが図られるためである。離婚する芸能人夫婦は、価値観の違いを理由に挙げることが多い。だが、離婚の原因は価値観の違いではなく、そのようなコミュニケーションが十分でなかったためと言う方が適切である。

 もちろん、基本的な価値観が共有できていた方が、組織の結束力が高まるのは間違いない。だが、チームメンバー全員の価値観を洗い出した時、重なる価値観よりも、重ならない価値観の方が圧倒的に多いことを忘れてはならないだろう。そして、組織で問題が生じるのは、たいていは重ならない価値観同士が衝突する場合なのである。その価値観はどこまで自分にとって重要なのか?「今回は自分が譲る」という選択肢は考えられないか?今後同じような衝突を防ぐには、自分の価値観をどのように改めればよいか?といったことを、皆が考えることが必要である。

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 ○一人ひとりがリーダーシップを発揮する ピクサーで学んだ創造的チームのつくり方(堤大介)
 相手に興味を持つことの重要性は、ピクサーのリーダーシップトレーニングでも協調された。興味を持つとは、相手の話をただ黙って聞くということではない。耳を傾け、その時に語られる話の内容だけではなく、相手の考え方までを理解するということである。
 こういう話の聞き方を「傾聴」と呼ぶのだろう。以前、コミュニケーションの研修で、傾聴にも2種類あることを学んだ。「内的傾聴」と「集中的傾聴」である。内的傾聴とは、相手の話を自分の記憶、体験、知識に照らし合わせながら聞くことで、途中で相手の話のよしあしを判断したり、相手に意見や質問を述べたりしようとする。これに対して集中的傾聴とは、純粋に相手の話に意識をフォーカスさせ、相手の記憶、体験、知識をそのまま受け止める聞き方である。

 端的に言えば、内的傾聴は何とかして相手の話を理解しようと意識を集中させることである。集中的傾聴は、あまり深いことは考えずに、心をフラットにして相手の言葉を自分の中に流入させる。研修では2人1組になり、一方がもう一人に対して、「最近楽しかったこと」を3分間で話す、というワークをやった。聞き手は内的傾聴と集中的傾聴の両方を演じ分けることとした。

 すると、内的傾聴の場合は、相手の話を理解しようと緊張して構えるせいか、自然としかめっ面になり、腕や足を組んでしまう傾向があった。相手に質問しようと考えるのだが、適当な質問も思い浮かばない。話し手も会話の緊張に耐えられなくなって、3分間話し続けることができない。会話が終了した後、講師から「相手の話をどのくらい覚えていますか?」と尋ねられたが、一生懸命相手を理解しようとしたにもかかわらず、記憶が断片的であることに気づかされた。

 集中的傾聴の場合、相手の話を理解しようと深く考える必要がないので、非常に気が楽である。極端なことを言えば、適当に笑顔を振りまいて、相槌を打っていればよい。すると、不思議なことに、そうしている方が相手の話をよく理解できる。相手への質問もどんどん思い浮かぶ。だから、3分では会話が終わらなかった。それに、会話の後も会話の内容をよく思い出すことができた。一般的に、傾聴と言うと、相手を意識的に理解することばかりが重要視される。しかし、逆説的だが、実は相手を理解しようと気張らない方が、かえって相手の理解が深まるようである。

 《2016年3月13日追記》
 八代京子他『異文化コミュニケーション・ワークブック』を読んで、集中的傾聴が内的傾聴よりも有効であるのは、「エポケー」を伴うからではないかと思うようになった。
 自分が聞いて理解したことを相手の人に返して確認するという行為は、相手のことを決めつけず、同時に自分の考えは留め置くという姿勢を表しています。このように、自分の判断や評価をいったん脇に置いておこうという姿勢でリスニングして物事を認識する方法をエポケー(判断停止または判断留保)と呼びます。アクティブ・リスニングよりもう一段階自分の判断を留めた慎重な聞き方です。
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八代 京子 樋口 容視子 コミサロフ 喜美 荒木 晶子 山本 志都

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 ○変化の激しい時代に必要なエンゲージメントとは 【インタビュー】BCG流21世紀型リーダーシップ(御立尚資、水越豊)
 御立:企業も予定調和なんてありえず、変化の多い時代は会社も変化するために、リーダーは時には意図的に矛盾したことを言ってみることも必要になります。それによって下は右往左往しますが、それでいいのです。
 リーダーに必要な要素はいくつかあるが、その中でも重要なのが「バカになること」だと私は考える。優れた組織やチームでは、上から下への指揮命令系統がしっかりしていることに加えて、下から上に良質な情報が上がる(山本七平流に言えば、「下剋上」である。以前の記事「山本七平『帝王学―「貞観政要」の読み方』―階層社会における「下剋上」と「下問」」を参照)。

 リーダーは大局的に物事を判断するので、簡単に間違ってはいけない。だが、細部については、現場の最前線にいる部下の方がよく知っている。その情報に基づいてリーダーは大局観を修正する必要があるかもしれないし、時には従来の大局を捨てて、新たな現実に対応した大局を描き直さなければならない。リーダーが完全に正しければ、部下はリーダーに何も情報を上げてこない。リーダーが多少バカになって、時々おかしなこと、矛盾したことを言うからこそ、部下は慌てて「いや、それは違います。実際にはこうなっています」と報告してくれる。

 ただし、リーダーが常にバカでは、部下が信用してくれない。時々のバカだから許されるのである。だから、リーダーは可能な限り正しくあるために、日々研鑽を怠ってはならない(関連記事として「『リーダーシップの神髄(『致知』2016年1月号)』―リーダーはもっと読書をして机上の空論を作ればいい」を参照)。また、リーダーのバカが許されるように、日頃から部下との信頼関係に気を配ることが肝要である。信頼関係がなければ、リーダーがバカを見せても、部下は「リーダーの間違った指示の通りにやって、リーダーに恥をかかせてやろう」とよからぬことを企てる。

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 ○リーダーシップと意思決定の要 アドバイスの科学:与える技術・受ける技術(デイビッド・A・ガービン、ジョシュア・D・マーゴリス)
 最終決断を下す立場でないにもかかわらず、助言者の多くは自分の意見がかなりの程度まで受け入れられないと感情を害し、対話を打ち切ってしまう。こうなると、その時だけでなく、長い目で見ても、失うものがある。
 助言をする側、助言を受ける側それぞれが陥りやすい罠を指摘し、双方が良好な関係を構築するための処方箋を示したものである。コンサルタントは企業経営者に助言をする立場であるから、本論文には納得できる箇所が多々あった。特に耳が痛かったのが上記の引用文である。

 私が駆け出しの頃は、「なぜクライアントはこちらの提案をすんなり受け入れてくれないのか?」と憤懣やる方ない気持ちになることがあった。膨大な調査をし、プロジェクトメンバーと半ば喧嘩になりながら議論を重ね、何日も徹夜して報告書を書いたことが報われない気がした。クライアントが提案内容を変更して実行しようとすると、「勝手に中身を変えるなよ」と思うことさえあった。

 私も多少は大人になったので、今はクライアントがこちらの提案をそのまま受け入れることは滅多にないと割り切っている。コンサルティングの成功は、プロジェクト終了後もクライアントが社内協議を継続し、当初の提案とは違う形であってもよいから、何かしら改革を行ってくれることだと考える。つまり、クライアントがプロジェクトをきっかけとして学習を行い、自らの手で新しい知を獲得することである。コンサルタントはその素材を提供するにすぎない。あくまで素材であるから、クライアントがその素材をどのように調理しようと、コンサルタントは文句を言うべきではない。

 何年か前に、ある企業の海外事業戦略立案を支援させていただいた時、経営陣にはインド進出を提案した。ところが、プロジェクト終了後、その企業の中で海外進出の話は立ち消えになってしまったように思われた。それから1年ほど経ったある日、その企業のプレスリリースを見たところ、ブラジルに進出するという記事が出ていた。私は「この企業は1年かけて海外進出を検討してくれていたのだ」と思い、インド進出という当初の提案とは異なるが、海外進出が形になったことを非常に嬉しく感じた。この一件があってから、私の心境は前述のように変化したのである。



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