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DHBR2017年11月号『「出る杭」を伸ばす組織』―社員の能力・価値観を出発点とする戦略立案アプローチの必要性
『チームの力(DHBR2016年12月号)』―多様性を理解するための「5つの会話」に自分で答えてみた
『願いに生きる(『致知』2016年3月号)』―私のブレブレの人材マネジメント論を反省した、他

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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2017年11月14日

DHBR2017年11月号『「出る杭」を伸ばす組織』―社員の能力・価値観を出発点とする戦略立案アプローチの必要性


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 11 月号 [雑誌] (「出る杭」を伸ばす組織)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 11 月号 [雑誌] (「出る杭」を伸ばす組織)

ダイヤモンド社 2017-10-10

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 事業戦略から人事戦略へと落とし込む一般的なアプローチは次の通りである。

 ①自社の外部環境を分析し、自社にとって魅力的な事業機会を抽出する。
 ②その事業における市場・顧客と競合他社を分析し、自社のポジショニングを決定する。
 ③中長期的な戦略目標(売上高、利益額、利益率、市場シェアなど)を設定する。
 ④③を達成するためのCSF(Critical Success Factor:重要成功要因)を特定する。
 ⑤CSFを織り込んだビジネスモデル、ビジネスプロセスを設計する。
 ⑥⑤のビジネスプロセスを実現するために必要な社員の数と能力を明らかにする。
 ⑦⑥の人材要件と現状の社員の実力とのギャップを分析し、ギャップを埋めるための施策(教育、配置転換、採用など)を立案する。

 ①~⑤については、以前の記事「【戦略的思考】SWOT分析のやり方についての私見」をご参照いただきたい。⑥⑦がいわゆる人事戦略に相当するものである。①~⑦は、企業の外部環境を検討の出発点としているから、「外部環境アプローチ」と呼ぶことができる。ただし、このアプローチの問題点は、企業側の都合に社員を合わせているという点にある。企業と社員の方向性がぴったり重なっていれば問題ないのだが、多くの場合はそうではない。そして、両者のベクトルが異なる時、悲劇が起こる。本号では、特に、優秀で将来を有望視されたリーダーが凡庸な社員に成り下がってしまうケースが報告されている。
 企業が優秀な人材の獲得合戦を繰り広げている時代に、人によっては、有能さを認められることが呪縛になると認識するのは難しい。ところが、それは現実なのだ。リーダー志願者は、他者の期待に応えようと一生懸命に仕事に励む。すると、彼らをもともと際立たせていた資質―他者より優れ、仕事に熱心に取り組んでいると感じさせた能力―は埋もれる傾向にある。みんなと同じように振る舞うようになり、エネルギーと野心が削がれていく。職場で単に仕事をするふりを始めたり、(中略)逃げ出すきっかけを探し始めたりするかもしれない。
(ジェニファー・ペトリグリエリ、ジャンピエロ・ペトリグリエリ「『理想化』と『同一化』の葛藤を乗り越えられるか 逸材を襲う組織人の呪縛」)
 本号の特集テーマは「『出る杭』を伸ばす組織」である。言い換えれば、どうすれば社員の尖った能力を企業の戦略に活かすことができるか、ということである。冒頭の「外部環境アプローチ」に対して、社員を出発点とする戦略立案は「内部環境アプローチ」と呼ぶことができるだろう。

 私はしばしば本ブログで、下の階層の者が上の階層の者に対して、「もっとこうすればあなた(=上司)は高い成果を上げられるのではないか、企業全体がよくなるのではないか、顧客のためになるのではないか」と提案する「下剋上」(山本七平からの借用)の重要性を説いてきた。内部環境アプローチとは、言い換えれば、この下剋上が活性化された状態である。ただ、以前の記事「『一橋ビジネスレビュー』2017年AUT.65巻2号『健康・医療戦略のパラダイムシフト』―抜本的改革ではなく「できるところから」着手するBCGの病院改革に共感した、他」でも告白したように、私は外部環境アプローチに関してはいくつかのフレームワークを持っているものの、内部環境アプローチについてはこれといった方法論をまだ持ち合わせていない。人材育成が専門だと公言している者としては、誠に恥ずかしい限りである。

 そこで、大まかだが、内部環境アプローチの手順について考えてみた。

 ①社員の職歴、人生を振り返って、大切にしている価値観や習得した能力を棚卸しする。
 ②社員の価値観や能力を下地として、社員がやりたいと思っていることを構想する。
 ③社員のやりたいことを集約して、企業としての方向性を打ち出す。
 ④社員の価値観を総合して、社員が従うべき共有価値観を構築する。
 ⑤それぞれの社員の価値観や能力をどのように組み合わせれば③の方向性を実現できるのかを検討し、ビジネスプロセスを設計する。

 ①②はキャリアデザインのことである。①②は本来、社員の能力を知り尽くしているはずの人事部が行うのがふさわしい。だが、人事部は従来型の外部環境アプローチに慣れ親しんでいるため、いきなり①②を行うのは難しいかもしれない。また、社員としても、仕事の話が中心だった人事部との面談で、パーソナルな面を打ち明けるのはためらわれるかもしれない。そこで、キャリアコンサルタントという第三者の力を借りることとなる。2016年4月に「改正職業能力開発促進法」が施行され、企業は社員に対し、「キャリアコンサルティングの機会の確保その他の援助を行うこと」(第10条の3第1項)が義務化された。キャリアコンサルティングとは、「労働者の職業の選択、職業生活設計又は職業能力の開発及び向上に関する相談に応じ、助言及び指導を行うこと」(第2条第5項)と定義されている。

 平たく言えば、企業が社員のキャリア形成を支援することが法的に要請されており、キャリアコンサルタントに大きな期待が寄せられているということである。一般的に、キャリアコンサルティングと言うと、社員が上司や人事部には直接言いづらい仕事上、あるいは私生活上の悩みを相談したり、職場で起きている問題点を指摘したりする場だと考えられている。もちろんこれはこれで重要な側面であり、キャリアコンサルタントは被面談者の話を受けて、個人情報保護の観点から個人が特定できないように情報を編集し、組織全体の課題と対応策をまとめて人事部や経営陣に報告する組織開発的な役割が求められている。加えて私は、戦略立案の内部環境アプローチという観点からは、自社の社員のキャリア性向を踏まえて、企業としてどういう方向に向かうとよいのかを積極的に提案する戦略コンサルタントのような役割が上乗せされると考える。

 キャリアコンサルティングを通じて社員個々の能力や価値観を活かすと言っても、個人がてんでバラバラに動くようでは組織としての体をなさない。そこで、④にある共有価値観を定める必要がある。これはその企業で働く社員として、最低限守らなければならないルール集のようなものである。どのくらいの数のルールを設ければよいのかは難しい問題であるが、社員に大幅な権限移譲をしているリッツカールトン(例えば、社員は上司の決裁を仰がずに、2,000ドルまでを顧客のために自由に使うことができる)では、300もの決まりが定められているそうだ(フランチェスカ・ジーノ「同調圧力が生産性を低下させる 『建設的な不調和』で企業も社員も活性化する」)。意外とルールの数は多いのだという印象を受けた。

 共有価値観に関しては、海外の軍隊の考え方が参考になる。軍隊は、戦闘現場で状況に応じて柔軟な対応が求められる。そこで、「絶対にやってはいけないこと」だけを定めて、それ以外のことは現場の自由にやらせるという考え方を取っている。これを「ネガティブリスト方式」と呼ぶ。逆に、日本の自衛隊の場合は、法律で「やってよいこと」を列挙しており、「ポジティブリスト方式」と呼ばれる(この方式は制約が多く、現場では葛藤が生じていると聞く)。共有価値観、すなわち、「我が社の社員は○○しなければならない」というルールは、裏返しに読めば、「我が社の社員は○○してはならない」というルールになる。そして、そのルールに抵触しない限りは自由に振る舞うことを社員に許可することが重要である。日本の場合、共有価値観に従っていさえすればよいと考えて、ルールの枠内に収まろうとする傾向がある。この傾向を打破しなければならない。

 ⑤は、「仕事に人を割り当てる」のではなく、「人に仕事を割り当てる」、「人に合わせて仕事をデザインする」という意味であり、従来の発想からの転換が要求される。ピーター・ドラッカーは常々、「仕事に人を割り当てる」ことの重要性を強調していたが、実は大昔にIBMが深刻な業績不振に陥った際、時の社長であったトーマス・ワトソン・Jrが、社内で手持無沙汰にしている社員のために仕事を創り出した(つまり、社員を解雇しなかった)という逸話を好んで使っていた。「人に仕事を割り当てる」ことは、やり方次第で十分に可能なのである。

 ①~⑤は大まかな段階を示したにすぎない。私の喫緊の課題は、①~⑤に資するフレームワークやツールを作成することである。さらに言えば、上記の「内部環境アプローチ」は、自分で書いておきながらこんなことを言うのもおかしな話だが、1つ重大な欠陥を抱えている。それは、既存の社員の能力や価値観にしか注目していないということである。非社員、つまり労働市場にいる潜在的な労働力(女性やシニアなど)、さらには、まだ労働市場に出てきていない潜在的な労働力(障害者など)に着目して戦略を練るにはどうすればよいか、という難題が待ち受けている。彼ら・彼女らの能力や価値観を事前に把握し、戦略に反映させることは可能なのだろうか?

 だが、これができなければ、本当の意味での「ダイバーシティ・マネジメント」は実現しないと思う。本号では、「ニューロ・ダイバースな人材」(自閉症、統合運動障害、失読症、ADHD、社会不安障害など)を活用した経営についての論文があった(ロバート・D・オースティン、ゲイリー・P・ピサノ「自閉症、ADHD・・・人材を活かす7つの施策 ニューロダイバーシティ:『脳の多様性』が競争力を生む」)。SAPやヒューレット・パッカード・エンタープライズなどは、ニューロ・ダイバースな人材の採用に積極的であるそうだ。よく知られているように、例えば自閉症の人は、コミュニケーションに多少難があるものの、アーティスティックな仕事で高いパフォーマンスを上げることができる。彼ら・彼女らの能力を活用できれば、企業の戦略に豊かな幅が生まれるに違いない。

 最後になるが、「外部環境アプローチ」と「内部環境アプローチ」は、戦略立案プロセスの両極である。実務面で本当に有益な戦略論を構築するならば、両者のアプローチを統合しなければならない。つまり、「中庸」を取らなければならない。これが私にとって最大の難問である。


2016年12月09日

『チームの力(DHBR2016年12月号)』―多様性を理解するための「5つの会話」に自分で答えてみた


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2016年 12 月号 [雑誌] (チームの力 多様なメンバーの強さを引き出す)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2016年 12 月号 [雑誌] (チームの力 多様なメンバーの強さを引き出す)

ダイヤモンド社 2016-11-10

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 《参考記事》
 (メモ書き)人間の根源的な価値観に関する整理―『異文化トレーニング』(1)(2)
 人間の根源的な価値観とマネジメントの関係をまとめてみた―『異文化トレーニング』
 年明けということで、改めて自分の価値観を棚卸ししてみた
 私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(1)(2)(3)
 エリン・メイヤー『異文化理解力―相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養』

 他者と一緒に仕事をする場合、相手と自分の価値観を十分に理解し、それらができるだけ一致する方向に持って行くこと、価値観が衝突しそうな時には事前に対立解消のメカニズムを確立しておくことが大切であることは言うまでもない。価値観とは、「重要な意思決定が求められる局面において、判断を下すための基準」と言い換えられる。ただし、そのように言い換えたとしても、価値観という概念は非常に曖昧で、相手や自分の価値観を知ることは容易ではない。

 価値観については、異文化コミュニケーションの分野で研究が行われている。冒頭の参考記事では、トロンペナールス&ターナー、クラックホーン&ストロッドベック、ホフステードの古典的な研究、そして、エリン・メイヤーの最近の研究を紹介した。彼らは価値観を示す指標を開発し、各国の国民がどんな傾向を示すか定量的に調査している。ただし、これらの研究は、国ごとの大まかな傾向を知る手がかりにはなるものの、今目の前にいる相手や自分自身のことを理解するには十分ではない。研究結果を鵜呑みにしすぎると、よからぬステレオタイプを抱きかねない。

 個人の価値観を深く探求するためのツールは、私の知る限りほとんどない。冒頭の記事で私自身の価値観を整理したものがあるが、いずれも発散的な書き方にとどまっており、およそ体系的とは言えない。その点、本号のギンガ・トーゲル、ジャン=ルイ・バルスー「仕事開始前の「5つの会話」で摩擦の芽をつむ 多様なメンバーの「違い」に気づく技術」という論文では、個人の価値観を深掘りする5つの視点が提供されており、興味深い。
 我々は、メンバーの人の見方、行動の仕方、話し方、考え方、感じ方という5つの領域に重点を置いた方法論を開発し、テストした。チームリーダーは20~30分の会話の進行役を務めながら、メンバーに対して、それぞれの領域における嗜好や期待を表明し、不整合や摩擦が最も起きやすい領域を特定し、異なる期待を持った人々が上手くやっていくための提言を考えるよう促す。お互いを批判しない形でアイデアやフィードバックの交換を行うことにより、チームは信頼・理解の基礎を築き、効果的な協力のための基本ルールを定めることができる。
 ということで、論文中の問いに従って、私の価値観を整理してみた。今から述べる内容は、いわば私という人間を扱うためのトリセツである(「トリセツ」と言ってみたかっただけ)。

トリセツ(初回生産限定盤)(DVD付)トリセツ(初回生産限定盤)(DVD付)
西野 カナ

SME 2015-09-09

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 【①人物の見方】
 Q.第一印象のよさ、悪さは何で決まりますか?
 はっきりと挨拶をしてくれること。こちらの目を見て話してくれること。(直接対面した場合)名刺を両手で渡してくれること。(電話で初めて話した場合)最初に「もしもし」と言わず、「お世話になっております」と言ってくれること。(メールの場合)長文を改行せずにダラダラと書くのではなく、要件を整理してこちらが読みやすいように改行して書いてくれること。

 Q.他人のどこにまず目が行きますか?(服装、話し方、態度)
 目に力があるか?年齢相応のしわが顔に表れているか?服装のサイズが体形に合っているか?服装やカバンがきれいすぎないか?話し方が乱暴ではなく、ゆとりが感じられるか?私が年下だからという理由ですぐに敬語を放棄するようなことがないか?椅子にドカッと座らず、姿勢正しく座っているか?鼻毛や耳毛が処理されているか?

 Q.それによってその人のことをどう思いますか?(厳格、押しが強い、怠け者)
 目に力がなく、年齢相応のしわが顔に表れていない人は、仕事で大変な経験をしたことがない人、楽な人生を送ってきた人だと判断する。服装のサイズが体型に合っていない人は、見た目に無頓着だと判断する。かといって、きれいなスーツやカバンを使っていればよいというわけではない。新品をアピールする人は見た目でごまかそうとしている人だと感じる。スーツやカバンは使い込まれているが、丁寧に手入れされているのが望ましい。話し方が乱暴だったり、敬語が使えなかったりする人は、相手に対する敬意がなく、相手を道具のように使い倒す傾向があると警戒する。鼻毛や耳毛が処理されていない人は論外である。

 Q.目に見えないどんな資質を重視しますか?(教育、経験、人脈)
 日本に関する教養があること。欧米流のビジネスのやり方を表面的に真似するのではなく、それを日本の歴史・伝統・文化・風土・人間観などに照らし合わせて再解釈し、自分なりの理論へと昇華することができていること(経営者のインタビュー記事を読むと、その人が単なる欧米かぶれなのか、日本のことを真剣に考えて経営しているかがよく解る)。

 Q.地位の差をどう考えますか?
 地位が高いから偉いとは考えない。地位はその組織が内部の評価で定めた結果であり、私がその人間をどう評価するかということとは別だからである。

 【②行動の仕方】
 Q.時間厳守や期限はどの程度大切ですか?
 非常に重要である。時間は万人に平等に与えられた経営資源である。ドラッカーは『経営者の条件』の中で、時間の使い方について意思決定する者をエグゼクティブ(経営者)と呼んだ。時間や期限を守れない人は、時間という私の貴重な経営資源を浪費する攻撃者である。

 Q.遅刻や納期遅れの影響がありますか?
 影響がある。遅刻や納期遅れによって、私の別の仕事が押したり、本来できるはずだった仕事ができなくなったりする。後者は明らかに私にとって損失であり、損害賠償を請求したい。

 Q.職場で他人とやり取りをするのに心地よい物理的距離はどれくらいですか?
 エドワード・ホールは、動物と人間との観察に基づき、人間が次のような対人距離の意識を持つと主張している。(1)密接距離(intimate distance)=15~45cm。愛撫、格闘、慰め、保護の意識をもつ距離、(2)個人的距離(personal space)=45cm~1.2m。相手の気持ちを察しながら、個人的関心や関係を話し合うことができる距離、(3)社会的距離(social distance)=1.2~3.6m。秘書や応接係が客と応対する距離、あるいは、人前でも自分の仕事に集中できる距離、(4)公衆距離(public distance)=3.6m以上。公演会の場合など、公衆との間にとる距離。

 私の場合、最低50cmは離れてほしいと思う。それ以内に入られると、不躾な人だと感じる。

 Q.仕事に志願すべきですか、任命されるのを待つべきですか?
 しばしば、「私はこういう仕事がしたい」と周囲に宣言すると、そういう仕事が舞い込んでくると主張する成功者(?)がいるが、私の場合は自分がやりたいと思った仕事がその通りに入ってくることはまずない。むしろ、意外なオーダーの方が圧倒的に多い。「自分にはこういう強みがあるからこういう仕事ができるはずだ」と私が思っていることと、周囲の人が私に対して「あの人はこういう強みがあるからこういう仕事を任せたい」と考えていることは異なる。そして、正しいのは後者である。仕事に志願する場合は、私の考えている枠内でしか自己成長できない。一方、任命されるのを待っていると、予想外の方向へと自分を成長させてくれる可能性がある。

 Q.どんなグループ行動が尊重されますか?(他人を助ける、不平を言わない)
 上からの命令に唯々諾々と従うだけでなく、創意工夫を凝らしてよりよい方法を模索すること。問題を早期に発見し、自主的に解決すること。チーム内の仕事を標準化・効率化するようなルールや仕組みを構築すること。チームで守ると決めたルールからの逸脱を容易には認めないこと。どうしても逸脱が必要な場合、ルールが現実に合致していないのではないかと考え、ルールの方の変更を検討すること。仕事以外のことも含めて頻繁に顔と顔を合わせたコミュニケーションをとること。ネガティブな発言や問題行動でチームの雰囲気を壊さないこと。

 【③話し方】
 Q.「約束する」という言葉は抱負ですか、それとも保証ですか?
 「約束する」は保証である。だから、軽々しく口にしてはいけない。

 Q.率直な物言いと他人との調和、どちらが大切ですか?
 チームや特定の個人に問題が生じた場合、他人との調和を気にしてそれを指摘しないことはチーム全体にとって損失である。だから、率直に指摘する。その際、感情的にならず、事実を淡々と指摘することが重要である。また、犯人捜しや個人攻撃をするのではなく、どうすれば問題が二度と起きないかという創造的な議論に集中する。

 Q.皮肉や風刺は理解されますか?
 私は皮肉や風刺を全く理解しない。言いたいことはストレートに表現すべきである。皮肉や風刺を考える余裕があるならば、その脳のエネルギーを問題解決の方に注いだ方がよい(旧ブログの記事「部下にだって「上司に物申す時の流儀」ってものがある」を参照)。

 Q.話をさえぎるのは関心の証ですか、無礼な振る舞いですか?
 無礼な振る舞いである。こちらがまだ言いたいことを全部言い終わっていないのに話を差し挟んでくるということは、こちらの話の全体像をとらえずに、部分を捕まえているにすぎない。この状態で論理的なコミュニケーションが成立するはずがない。以前、ある病院に私の家族が脳の病気で入院した際、院長が家族に対して「あなたの脳は死んでいる」、「頭がバカになっている」などとひどいことを言ったというので、私がクレームの電話を入れたことがある。しかし、院長が私の話を何度もさえぎるから、全く話がかみ合わなかった(それで余計に腹が立った)。

 Q.沈黙が意味するのは熟考ですか、やる気のなさですか?
 (この質問は難しい・・・)本当に相手にやる気がない場合もあるのだろうが、多くの場合は熟考だと考える。だから、相手が再び話し始めるまで我慢するべきだと思う。ある人から、沈黙に耐えるための効果的な方法を1つ教えてもらった。それは、1対1で話し合う時には、必ず双方に飲み物を用意するというものである。沈黙状態になると、お互いに飲み物に手を伸ばす。不思議なことに、飲み終わると会話が再開されることが多いという。

 Q.反対意見は公表すべきですか、個別に話し合うべきですか?
 チーム全体の方針や仕事の進め方に関する反対意見については、その人が勇気を持って反対の意を表明してくれたことに賛辞を示した上で、チーム内での議論を促す。仮に反対意見が通らなくても、全体の場で取り上げてくれたという事実をその人は評価してくれるはずだ。一方、メンバー間の個人的なトラブルについては、個別に話し合う。そのような問題は、他のメンバーが自分の業務を進める上で知る必要がないからだ。個人的なトラブルについては、他のメンバーに知られないように十分注意する。他のメンバーが知ると噂になり、チーム運営に悪影響が出る。

 Q.一方的なフィードバックは歓迎されますか?
 前述の通り、時間や納期の厳守については私は厳しいので、もし納期遅れなどが生じたら一方的に否定的なフィードバックをする。それ以外のケースでは、その問題について私が感じたことを率直に述べると同時に、相手はその問題についてどう考えているのかを聞くようにする。

 【④考え方】
 Q.「不確かさ」は脅威と見なされますか、それともチャンスと見なされますか?
 不確かさは「やむを得ないもの」である。コンサルティングの仕事をしているとよく解るが、プロジェクトの終盤になって、クライアント企業から「我々が望んでいるのはこういう成果物ではない」とちゃぶ台返しを食らうことがよくある。コンサルティングは、目に見えないサービスを売り物にしている。そして、これは日本人の特性だが、目に見えないもののよしあしを事前に評価することが非常に苦手である。成果物という形で目に見えるようになって初めて、クライアント企業は自社の本当の要求が解るようになる。コンサルティングのこういう特性を理解しない人、特に、当初の計画通りに進まないと気が済まない人とは、一緒に仕事をすることが難しい。

 Q.全体像と細部のどちらが重要ですか?
 どちらも重要である。コンサルティングの報告書では、全体のストーリーが論理的でなければならない。私がパワーポイントで報告書を作成する際には、各スライドのメッセージラインに書いた文章だけを順番に読んでいけば、報告内容が解るように気を配っている。一方で、細部も重要である。パワーポイントの図で、テキストボックスの大きさが違う、位置が等間隔に揃っていない、フォントサイズがバラバラになっている、色使いに一貫性がないなどといった点は、私には許せない。製造業は、1ミクロンの公差の世界で勝負をしている。それなのに、コンサルタントがミリ単位でずれた図を使っていては、いい笑い者である。

 Q.信頼性と柔軟性のどちらが大切ですか?
 英語の「信頼性」は、日本語では「確実性」と言った方が適切である。前述のように、コンサルティングという仕事には不確かさがつきものであるから、柔軟性が重要である。

 Q.失敗に対してはどんな考え方がされますか?
 考えた結果生じた失敗であれば責めない。当初、どんな前提を置いて計画を立てたのか、実際にはどんなことが起きたのか、前提と現実の間にはどのような差が生じたのかを検証する。そして、今回の失敗から教訓を導き出す。一方で、考えずに起きた失敗は厳しく叱責する。

 Q.計画からのズレはどの程度許容されますか?
 私の場合、端から計画通りに進むとは思っていないため、計画からどれだけずれようと構わないと考える。ただし、繰り返しになるが、計画当初はどのようなことを前提としていたのか、それに対して実際には何が起きたのか、具体的にはどのような予期せぬ成功と予期せぬ失敗が起きたのかをチームで振り返る。計画の精度を上げるよりも、こういう議論を大切にしたい。

 【⑤感じ方】
 Q.ビジネスの場でどんな感情(ポジティブ、ネガティブ)を表に出してよい、あるいは出してはいけないとされていますか?
 チームメンバーの成功に対してはポジティブな感情を表に出す。一方で、チームや個々のメンバーが失敗したり問題を起こしたりしても、(時間や納期を守らなかった場合は例外として)基本的には感情を表に出さない。ネガティブな感情は他のメンバーに伝染して、チーム全体を沈没させるからである。落合元中日監督のように、ベンチに黙って座っていたい。

 Q.人々は怒りや情熱をどのように表現しますか?
 (※この設問の「人々」は「私」と解釈した)今までの話を総合すると、私が怒るのは、時間や納期を守らなかった時と、考えずに行動した結果失敗した時の2つだけである。それ以外は、何が起きようとも感情を表に出さないようにしている。ネガティブな感情もそうだが、ポジティブな感情もほとんど表に出さない。チームメンバーが成功すれば私も一緒に喜ぶが、例えば私が何かいいアイデアを相手に提案する時、決して熱心には勧めない。こちらが熱心になると、相手がその熱意に引いてしまうことがある。逆に、こちらの熱意が相手に伝染したとすると、今度は相手が熱狂のあまり合理的で冷静な意思決定ができなくなってしまう。私としてはそれは避けたい。

 Q.チームメートにいら立った時、どのように反応しますか?(沈黙、ボディランゲージ、ユーモア、第三者経由)
 昔の私は、同僚に対してすぐに苛立つ傾向があり、それが私の精神を蝕んでいた。その原因を分析した結果、私は同僚に対して「これぐらいはできて当然だろう」と勝手な期待をかけており、その期待が裏切られるから苛立つのだと思うようになった。そこで私は、「相手にあれこと期待しない」という戦略をとるようになった。それ以来、前述の例外を除いて、ちょっとやそっとのことではイライラしなくなった。こういう私は相手に甘いと思われるかもしれないが、逆に厳しくしたからと言って、相手が簡単に変わるとも思えないのである。


2016年03月04日

『願いに生きる(『致知』2016年3月号)』―私のブレブレの人材マネジメント論を反省した、他


致知2016年3月号願いに生きる 致知2016年3月号

致知出版社 2016-3


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 (1)
 それからよく覚えているのが、ある時担任の先生が黒板いっぱいに大きな字で「公」と書いて、そのすぐそばに「私」という字を小さく書かれたんです。(中略)私事は小さくするのが国民の誉れであり、それが国家と国民のあるべき精神だと教えていただいたんですよ。
(楊素秋「心に秘めたる日本への思い」)
 日本統治を経験した台湾人・楊素秋氏による記事である。滅私奉公という当時の社会的風潮をよく表している。ただ、太平洋戦争においては、公VS私という対立の中で、公が私を食いつぶしてしまったと思う。その結果が一億総玉砕であった。戦後はその反省から、アメリカ的な個人主義を導入したものの、今度は私が公を食いつぶしつつあるように感じる。

 卑近な例で申し訳ないが、個人的にスマートフォンは史上最悪のイノベーションだと考えている。電車でもカフェでも平気で電話をする人が増えた。口に手をあてながら小声で電話をしている人を見ると、公共の場で電話をしてはならないことを解った上で電話をしている確信犯に見える。電車の中では、多くの人がスマホで漫画を読んだりゲームをしたりしている。本を読む人が明らかに減った。レストランでパシャパシャと写真を撮る音も非常に耳障りだ。コンビニやスーパーのレジで、マイク付きイヤホンで電話をする人もよく見かける。店員に対して非常に失礼である。

 本ブログでも何度か書いたが、日本人は二項対立的な発想が苦手で、どちらか一方に肩入れすると自滅する傾向がある(以前の記事「山本七平『存亡の条件』―日本に「対立概念」を持ち込むと日本が崩壊するかもしれない」を参照)。それを回避するのが、二項混合という知恵である。歴史を振り返れば、共有財産を前提とし、現世の利益を対象とする神道と、私有財産を前提とし、来世の利益を対象とする仏教を融合させたのが「神仏習合」であった(以前の記事「義江彰夫『神仏習合』―神仏習合は日本的な二項「混合」の象徴」を参照)。

 現代に目を向けると、一般的に国家と市場/企業は対立すると言われるが、日本の場合は「日本株式会社」という言葉があったように、社会主義的に市場や企業を運営してきた。企業の内部においては、欧米では労働組合が経営陣と激しく対立するのが普通であるのに対し、日本は労使協調路線が基本であった。海外では社外取締役を多く入れて経営陣の働きをモニタリングする一方、日本では社員が内部昇格して取締役となるのが普通である。政治の世界では、一党独裁か多党制(二大政党制を含む)かで対立する。日本は長らくの間、事実上自民党の一党支配という形をとりながら、内部に派閥を抱えることで多様性を確保するという手法が取られた。

 話を公VS私に戻そう。これを二項対立的に把握する限り、日本はどちらに肩入れしてもやがて自滅するに違いない。解決策は、公と私を融合することである。公を大きな字で書いて、その横に私を小さく書くのではなく、公と私が同じ大きさで重なり合うように書くことである。ただ、それが具体的にどのような事態を指すのか、私自身もまだよく解っていない。一つのヒントは、左派がよく口にする「市民社会」にあるのかもしれない。左派は、国家/行政という公と、市場/企業という私の間に、緩衝材として市民社会を設置する。これが公と私の混合形なのかもしれない。

 《2016年3月13日追記》
 「日本を美しくする会」で掃除活動を全国に広めている鍵山秀三郎氏と、「志ネットワーク」代表の上甲晃氏も、日本人の「私」が大きくなりすぎて、「公」が侵食されていることを危惧している。
 上甲:日本人の心の原点は、公心ではないかと思います。それを失って、自分のことしか考えないところに問題があると思うのですが。
 鍵山:公心を失ったというより、公私という壁を自分の中につくっているのだと私は思います。それによって公はどんどん小さくなり、私ばかり肥大化してしまっているわけです。
(鍵山秀三郎、上甲晃「明日に託す思い」〔『致知』2016年4月号〕)
致知2016年3月号夷険一節 致知2016年4月号

致知出版社 2016-4


致知出版社HPで詳しく見る by G-Tools

 (2)
 私はむしろ、この百年足らずの短い人生で何を成し遂げるかという、いわば命の使い方、志を教えることこそが大切だと思います。その上で、世の中には自分の命を懸けてでも守るべきものがあるという価値観があることを教えていく。
(服部剛「感動の歴史が子供たちの道徳心を育む」)
 私は中小企業診断士の世界ではまだまだ若い方なのだけれども、世間的には中堅クラスであり、いつまでも若さを理由に甘えてばかりもいられなくなった。私は今年35歳になる。医療関係の本によると、人間の身体的・生理的機能は70歳を境に急激に衰える。また、3大疾病の発症率が最も高いのは65~70歳らしい。仮に健康寿命を70歳とすれば、私はちょうど折り返し地点を迎えることになる。私は昔から、90歳を超えても大学の教壇に立ち続けたピーター・ドラッカーを目標にしてきたのだが、非常に低い可能性にいつまでも賭けるのは、あまりよくないかもしれない。

 それよりも、残り30年ほどの健康寿命の中で何ができるかを考えることにした。こういう心境の変化は初めてだ。何せ、今までは若いから何でもできると思っていたのだから。ひとまず、今年に入っておぼろげながら人生の目標を1つ立てた。それは、毎年1つテーマを決めて(事業戦略、人材マネジメント、財務会計、事業承継など)、それを1年間かけて研究し、100枚程度のパワーポイントの資料にまとめるというものだ。1年1テーマで30年続けると、30テーマ3,000枚の資料が完成する。このぐらいやれば、この世界に私が生きたというひっかき傷ぐらいは残せるだろう。

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 土光もまた、いかに周囲から不良社員だというレッテルを貼られた社員に対しても、そんな社員こそ自分の部下にしたいということを述べている。作物と同じように早く芽が出る人間もいれば遅く出る人間もいる。どんな人間であろうとも、人を切らない登美の姿勢は土光にも受け継がれていた。
(出町譲「正しきものは強くあれ 土光敏夫の母・登美の一生」)
 普通は、言うことを聞かなければクビにして終わりなのかもしれません。けれどもうちは、そうやって一所懸命に育ててきた従業員が毎年何人もいるんです。私も声を嗄らし、汗と涙にまみれ、全身全霊で研修をやってきましたから、従業員一人ひとりがみんな可愛いですし、愛情を込めて心を磨いてあげたら、人は必ず光り始めるというのは確信を持って言えるんです。
(渡邊直人、福地茂雄「信念を抱いて願うことは必ず実現する」)
 私は一応、人事制度・人材育成が専門ということになっているが、私の中の人材マネジメント論は結構ブレブレである(汗)。私は「信賞必罰に頼らない。相手の成長を見守ることで相手を動かす」というのを自分の価値観としている反面(以前の記事「私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(1)(2)(3)」を参照)、短気なところもあって、「「できるヤツでも組織の価値観に合わなければクビ」のGE流」、「プロフェッショナルの条件とは「辞めさせる仕組み」があること」(いずれも旧ブログ)という記事を書いたことがある。

 旧ブログの記事「戦時には戦時の人事制度ってものが必要だ」では、昇格と降格を柔軟に運用するインテルの人事制度を紹介したが、最近は「『戦略人事(DHBR2015年12月号)』―アメリカ流人材マネジメントを日本流に修正する試案」という記事で年功序列制度を支持している。旧ブログの記事「マネジャー(管理職)の評価方法に関する素案」、「「イノベーションに失敗した人」の評価方法に関する素案」などで、社員の成果、企業に対する貢献度を厳密に計算して報酬に反映する方法はないかと考えたのだけれども、複雑すぎて無理だと諦めてしまった。

 私は、年功序列は支持するが、終身雇用には懐疑的である。毎年若者を採用し、組織を大きくしていっても、実は中高年社員に十分な管理職のポストを用意することができない。だから、中央官庁がよくやるように、一定の年齢を過ぎたら退職勧奨をすべきだと考えている。とはいえ、単に退職させるのではあまりに冷たすぎるので、転職を支援したり、その人が起業するための独立資金を援助したりする。この辺りは、旧ブログの記事「高齢社会のビジネス生態系に関する一考―『「競争力再生」アメリカ経済の正念場(DHBR2012年6月号)』(1)(2)(3)」で書いた。

 先ほど紹介した「私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(1)(2)(3)」という記事には、「直観で人を評価しない。その人の価値観と能力をじっくり見極める」という価値観もある。中途採用時には応募者の能力を見極める。新卒は能力がまだ十分ではないので、基盤となる価値観を見極めるというのが従来の考え方であった。

 ところが、日本企業で養われる能力はその企業に固有であるため、転職後もそれが役立つとは限らず、結局は2~3年程度訓練する必要がある。よって、面接では、能力より一歩手前の価値観を評価するべきだと思い直した。ただ、この価値観も、あまりこだわりすぎるのはよくない。

 価値観については、一時期非常に重視していたことがあり、組織内の価値観を統一することはもちろんのこと、外部の協力企業とも価値観を等しくすべきだと書いたことがある(その例として、旧ブログの記事「【シリーズ】水曜どうでしょう論」を参照)。しかし、価値観は決して固定的ではないし、組織で共通する価値観よりも、共通しない価値観の方が圧倒的に多いことに最近気づいた。だから、面接においては、共通価値観を浮かび上がらせることも重要だが、組織の価値観と応募者の価値観が相容れない場合に、応募者がどんな行動をとるかに注目する必要がある。

 新卒に関しては、人生経験が豊富ではないから、価値観すらまだ形成されていない可能性が高い。よって、価値観よりさらに一歩手前の、基本的な性格を判断すべきではないかと考えるようになった(以前の記事「『戦略人事(DHBR2015年12月号)』―アメリカ流人材マネジメントを日本流に修正する試案」を参照)。例えば、素直であるとか、責任感があるといったことである。

 引用文と関係ない前置きが長くなってしまったが、この文章を引用したのは、最近は問題社員をすぐにクビにするなど、無駄を極限まで切り詰める傾向が強いと言いたかったためだ。収益を上げない製品はすぐに市場から引き上げる、数字にならない顧客とはすぐに取引を中止するのもそうだ。こういうことを我々は合理化と呼ぶ。だが、先日哲学の本を読んでいたら、我々が一般に合理性と呼んでいるのは、能率のことだと書いてあった。合理性とは、理性が対象をつかまえ続けることであり、そこには効率性の入る余地はない。場合によっては、非効率に見えることも抱え込む。しかし、そのような合理性こそが、将来的に大きな創造性を生むこともあるのである。

 (続く)



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