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フレデリック・ラルー『ティール組織―マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』―ティール組織をめぐる5つの論点(2)
チャールズ・オライリー、ジェフリー・フェファー『隠れた人材価値』―「価値観重視」の経営は重要だが、ちょっと油断すると簡単に崩壊する
DHBR2018年9月号『発想するチーム』―トップマネジメントチームにしかできない7つの仕事(1)

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2018年09月22日

フレデリック・ラルー『ティール組織―マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』―ティール組織をめぐる5つの論点(2)


ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現
フレデリック・ラルー 嘉村賢州

英治出版 2018-01-24

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 (前回の続き)

 ③ティール組織の場合、伝統的な正社員という概念が崩れる。1日何時間、1週間に何日働き、どこで仕事をするかについて、メンバー間のコミュニケーションを通じて決定する。私はそれはそれでよいと思う。実際、オランダではそのような働き方が認められており、法律にも労働者の権利として明記されている。問題は、ティール組織ではフリーランスを活用する局面が増えるだろうとされている部分である。チャールズ・オライリー、ジェフリー・フェファー『隠れた人材価値』で紹介されている企業が正社員比率を高めているのとは正反対の現象である。

 確かに、経営課題の解決に必要な人材を、ジャスト・イン・タイム方式のように調達できれば、非常に効率的な経営が実現されるかもしれない。だが、企業にとって効率的であるということは、フリーランスにとっては企業に搾取されることを意味する。私も長くフリーランスをやっているので、これは身に染みて解る。もちろん、中には顧客企業との交渉に長けていて、会社員時代よりも高い年収を獲得している人もいる(私も、もう少し営業が上手だったらよかったのにと思ったことが何度もある)。しかし、大半のフリーランスは非常に年収が低いことが中小企業庁の『小規模企業白書』でも明らかにされている。実際、ランサーズなどを覗いてみるとよい。「こんな報酬で生活できるか」と怒りたくなるような案件がごろごろ転がっている。

 日本に限った話になるが、フリーランス(個人事業主)は国民健康保険と国民年金に加入する。国民年金の毎月の保険料はそれほど高くないものの、その反面、老後の年金額は非常に少ない。国民健康保険に関しては、今まで健康保険料が会社と個人で折半されていたものが全額個人負担になるため、保険料が非常に高くなる。しかも、国民健康保険は年金暮らしの高齢者や無職の人の割合が高く、さらに医療費もかさむことから、余計に高い保険料が課される。一方で、雇用保険が存在しない。そのため、万が一病気で仕事ができなくなっても、傷病手当金が給付されない。育児休業給付金も介護休業給付もない。個人事業主が廃業しても、失業手当はもらえない。このように、フリーランスを取り巻くセーフティーネットは非常に脆弱である。

 仮に、このようなセーフティーネットの問題が解消されたとしても、フリーランス頼みの経済や経営は非常に危険であると考える。まず、フリーランスは所詮個人であるから、大きな仕事ができない。現在、政府は働き方改革の一環としてフリーランスを増やそうとしているが、フリーランス中心の経済は、ちまちまとした仕事が集合したつまらないものになるだろう。

 たとえ企業がフリーランスをかき集めて大規模な仕事をするとしても、よほど契約をしっかり結んでおかない限り、プロジェクトの終了とともにフリーランスのノウハウは雲散霧消し、企業に蓄積されない。正社員中心の企業であれば、社員のノウハウは企業に属することになっているから、ノウハウがちゃんと残る。そのノウハウを活かして別の社員が仕事をし、ノウハウを膨らませる。さらに別の社員がそのノウハウを活用して仕事をし、ノウハウを発展させる。この繰り返しによって、強力なコア・コンピタンスが形成される。これが正社員中心企業の決定的な強みであり、社会的に意義のある大規模な仕事をやり遂げる競争力の源泉となる。

 私は、人間が1人では決して携わることができなかったような大型の仕事に加わるチャンスを与えられるという点でも、社員に対して十分な社会保障を与えられるという点でも、現代の会社という形態が最強だと思っている。つまり、会社は資本主義的にも社会主義的にも優れているのである。個人的には、フリーランス社会を歓迎することはできない。

 ④ティール組織は達成型組織と違って、定量的な目標を追っていないと書いた。だが、本書で紹介されているティール組織は皆、通常の組織よりも高い業績と成長率を達成しているという。私は、何だかんだ言っても、ティール組織は成長の幻想を未だに追いかけているのだと思う。以前、「上原春男『成長するものだけが生き残る』―日本企業は適度に多角化した方がよい」などと呑気な記事を書いてしまったが、現代の成熟社会においては、成長に代わる新しい発想が必要とされている。アメリカは日本と違って人口が増加しているからまだ成長が見込めると思われるかもしれない。だが、そのアメリカでも、GDP成長率は2018年で2.93%(予測)にとどまる(ちなみに、日本は1.21%)。成熟社会に適した新しい経営のあり方が必要である。

 経済が順調に成長を続けている時代においては、毎年新入社員を採用し、その数も年々増加させることができた。しかし、以前の記事「平井謙一『これからの人事評価と基準―絶対評価・業績成果の重視』―「7割は課長になれない」ことを示す残酷な1枚の絵」で書いたように、採用した社員から、転職した人や業績不振の人を除いた大半の社員を順調に上のポストに昇進させるには、業績を猛スピードで伸ばす必要があり、どうしても限界がある。企業の規模が大きくなればなるほど、その難易度は上がる。これまでは子会社を作ったり、関連会社に出向させたりして何とか雇用を維持できたものの、最近はその手も使えなくなっている。

 近年、成長という言葉に代わって持続可能な経営という言葉が使われるようになっている。この言葉には2つの意味があって、1つは自然環境に配慮し、自然と共存できる経営を目指すという意味である。もう1つは、これまでの高い成長を諦め、低成長で満足するという意味である。しかし、後者の場合、低成長を続けた結果、ある日突然人員過剰に耐えきれなくなり、大規模なリストラを行うという爆弾が隠されている。私は、そんな爆弾の爆発を将来に先延ばしにするくらいなら、いっそ最初から企業規模の縮小も視野に入れ、経済の成熟度合いに合わせた経営を行うことを社員に対して宣言しておいた方が親切であると思う。

 現在の雇用を守るために、新卒採用を抑制する企業も少なくない。だが、若年層の失業率が高いと社会が深刻な不安に見舞われることはヨーロッパ諸国が証明済みである。新卒採用は続ける。しかし、雇うことができる社員数には限りがある。となれば、後は中高年社員に退出してもらうしかない。以前から主張しているように、私は年功序列は支持するものの、終身雇用は支持していない。だから、今後は解雇権の条件緩和を議論する必要があると考える。

 今までは、成長が見込める事業機会を発見し、その機会を獲得するために最適な組織や人員配置を検討するという手順を踏んでいた。しかしこれは、その事業機会に手を出せば、大部分の既存社員を昇進させ、さらに新卒採用もできるほどに高い成長が期待できることが前提であった。ところが、その前提が崩れて以降、企業は事業機会の期待成長率だけしか見なくなった。そして、数年後に人員過剰が判明すると、慌ててリストラに走るのであった。ひどいコンサルティング会社になると、将来的に人員過剰になることに薄々気づいていながら、さもその事業機会に手を出せば業績が上向くかのように見せかけてまずは事業機会のみを提案しておき、いざ社員が過剰になったら今度はリストラを提案して、同じ顧客企業で2度儲けるというビジネスをしていた。事業会社もコンサルティング会社も、従来のやり方を改める時期に来ている。

 戦略立案に先立って、仮に既存社員の大半を昇進させ、さらにマネジャーやリーダーの数に見合うだけの新卒採用を行った場合の人員構成と人件費総額を明らかにしておかなければならない。その次に、外部環境アプローチでも内部環境アプローチでもよいのだが、成熟社会においてもなお成長が見込める事業機会を必死に探す。その事業機会の候補の中から、できるだけリストラを最小限に抑えることができる事業機会を選択する。

 従前の戦略プロセスでは、事業機会を選択し、結果的に余剰となった社員に対しては、ある日突然「ハイ、サヨナラ」と告げていた。だが、これからの戦略プロセスはもっと温かみのあるものにしなければならない。誰が余剰人員になるのかを慎重に見極めなければならない。特に中高年社員について、本人のキャリア志向、本人と組織の価値観の重なり具合、これまでの経験や知識・能力、過去の人事考課の結果、周囲の社員に与えている影響、周囲の社員から支持されている度合い、モチベーションの高さ、今後のポテンシャル、キャリアの予定などに関して、1人ずつ丁寧に評価する。その評価を踏まえて、どうしても自社から溢れてしまうと判断した社員に対しては、早い段階、できれば退職(解雇)の2~3年前にその可能性を伝える。

 社員には、その2~3年の間に次のキャリアをどうするのか考えてもらう。企業側は、社員の次のステージに向けた準備をバックアップする。異業種へ転職するというのであれば新しい能力の開発や知識の習得を支援し、起業するというのであれば資金の融通や経営ノウハウの提供を行い、Uターン・Iターン転職するというのであれば転居資金の手当てや転居に関わる諸々の手続きのサポートをする。ここまでが、新しい戦略のカバーする範囲である。

 (ちなみに、私はこれから40代のミドル世代の起業が急増すると予測している。ミドルが興した企業は、最初の数十年は順調に成長し、社員数を伸ばすだろう。だが、やがて既存企業と同じように成長が頭打ちを迎える。その際、昇進のポスト数が限られてくる60代ぐらいのシニア社員が退職〔解雇〕の対象となる。一昔前であれば、もうここでリタイアとなるところだが、最近のシニアは元気であるし、また医療費の抑制という社会的な要請もあって、まだまだ働き続けることになる。だから、長い目で見ると、シニア世代の起業も増える。働ける人は80代ぐらいまで働く。この辺りについては、前掲の記事「平井謙一『これからの人事評価と基準―絶対評価・業績成果の重視』―「7割は課長になれない」ことを示す残酷な1枚の絵」で書いた)

 本当は、雇用保険がこうした支援をしてくれればよいのだが、ハローワークの職業能力開発は硬直的であるし、ハローワークが起業支援をするにしても、ハローワークに事業の可能性を評価できる能力があると思えない上、お役所仕事的に大量の書類を要求するだけだろう。だから、こうした取り組みは企業自身が行った方がよい。当然のことながら、これらの取り組みには相応のコストがかかるから、新しい戦略を事業計画に落とし込む際には、そのコストも考慮した予測損益計算書、予測貸借対照表を作成しておかなければならない。企業が単独で対応することが難しければ、産業全体で雇用保険とは別の基金を作ってもよいと思う。

 人口減少によって国内の需要が減るのであれば、国内の供給も減る。過去の日本経済の栄光にすがって、いつまでも成長を追いかける必要はない。これからは、需要と供給の減少に合わせて、企業をダウンサイズすることも選択肢の1つに入ってくるだろう。ここで、国内の需要が減るならば、新たな成長源を求めて海外に進出するべきだという意見も聞かれる。だが、日本企業が海外で売上を獲得するということは、その分現地企業の売上を奪うことに等しい。その国のGDPは増えても、GNPは減ってしまう可能性がある。これは、新しい経済植民主義になりはしないかと私は心配している。現在、安倍政権は中小企業の海外進出を強力にプッシュしているけれども、日本企業がこぞって海外に進出するまでもないと思う。

 幸い、需要が減ると言っても、代わりとなる新しい産業や市場は生まれているし、供給が急激に減りすぎて困窮している産業もある。企業は、余剰社員と簡単に縁を切るのではなく、彼らがそのような産業へとスムーズに移行できるように支援することまでがその責任範囲となるだろう。ただし、退職(解雇)の2~3年前にその可能性を告げられた社員のモチベーションをどうやって保つか、退職(解雇)の妥当性をめぐる法的問題にどのように対処するか、彼らのモチベーション低下が周囲の社員に悪影響を与えないようにするにはどんな策を講ずればよいか、退職する社員が起業という道を選択した場合、今までとは全く能力やマインドセットが要求されることになるが、その習得を具体的にどう後押しするのか、といった問題が想定される。

 ⑤存在目的に向かて経営を行うティール組織は、価値観重視の経営を行っていると言える。価値観重視の経営については、以前の記事「チャールズ・オライリー、ジェフリー・フェファー『隠れた人材価値』―「価値観重視」の経営は重要だが、ちょっと油断すると簡単に崩壊する」でも書いた。だが、肝心の価値観の具体的な中身については深掘りをしてこなかった。旧ブログで「なぜリーダーにはリーダー固有の「価値観」が必要なのか?」などといった記事を書いてきたが、私の怠慢でそれ以来ほとんど進歩が見られていない課題である。

 経営陣は何に関する価値観を重視し、それを「組織に練り込」めばよいのか?まず考えられるのは、顧客や製品・サービスのレベルに関する価値観である。「顧客はこういうニーズを持っているはずだ」、「顧客はこういう暮らし(BtoC)、事業(BtoB)を実現したいと思っているはずだ」、「我が社の製品・サービスはこういう価値を実現しなければならない」などといった価値観である。こうした価値観は、経営陣が実際に顧客に会って個別のニーズを拾い上げ、それをアブダクティブ・アプローチ(仮説的推論)によって一般化することで導かれる。

 しかし、顧客や製品・サービスに関する価値観は、時代や社会の変化に伴って変質する可能性が極めて高い。先ほど紹介した旧ブログの記事では、書籍に対する日本人とアメリカ人の認識の違いを述べた東京電機大出版局長の意見を引用したが、これとて決して固定的なものではない。いつ日本人とアメリカ人の認識がひっくり返るか解らない。また、今まで多くの企業は「安さ」、「早さ」を重視してきたものの、近年は環境意識の高まりや自然災害・企業不祥事の増加を受けて、「自然との調和」、「安全性」を重視する方向へと舵を切る企業も多い。よって、顧客や製品・サービスに関する価値観は、経営のベースとするには柔らかすぎる。

 次に考えられるのは、企業の成長や変化に関する価値観である。「我が社はスピーディーな成長を追求している」、「我が社は常に変革に挑戦しなければならない」といったものである。GEはジャック・ウェルチ時代に「スピード、スピード、スピード」というスローガンを掲げていたことがある。ところが、市場の成長が鈍化すると、この価値観は途端に無効になる。そもそも、こうした価値観は、④で述べたような成長への幻想にとらわれたものであるから、危険をはらんでいる。GEはとうの昔にウェルチのスローガンを捨て去った。現在のGEは、ジョン・フラナリー体制の下で、社員の創造力を重視する人間中心の価値観に転換している。

 事業環境の不確実性が高まると、変革への挑戦という価値観も多く見られるようになる(実は、事業環境の不確実性が高まっているという認識は、既に1970年代の新聞に掲載されていたことを私は確認している。よって、変革への挑戦という価値観も、その当時から存在したと推測する)。だが、価値観重視の経営の目的は、社員が人間としての叡智を結集した結果、自ずと変化に適応できるような強い組織を作ることであり、最初から変革を目的とした組織を作ることではない。目的と結果を混同してはならない。変革への挑戦という価値観は、明らかに変革それ自体が目的と化するリスクを帯びている。もはや笑い話だが、富士通が1990年代後半に、変革する組織への脱皮を目指して成果主義を導入した際、目標管理シートに「今季の目標は、○○部門の組織名を△△へと変えることです」と書いた社員がいたそうだ。

 私は、価値観重視の経営が重視すべき価値観とは、結局のところ働く社員に関する価値観なのではないかと考える。言い換えれば、人間の存在とは何かに関わる価値観である。これは、時代が変化しても簡単には変わらない。「人間は何を得ると安心するのか?逆に、人間を苦しみに追い込む状況とは何か?」、「人間は何を動機として生きているのか?」、「人間は仕事を通じて何を実現したがっているのか?」、「人間はどのような家庭生活を望んでいるのか?」、「人間は総合的にどのような人生を歩みたいと思っているのか?」、「人間は他の人間とどのような関係を構築したいのか?」 ここまでは人間の本源的な欲求に関する問いである。

 同時に、人間の社会性に関する問いも発しなければならない。「人間は社会に受け入れられるためには、どのように振る舞うべきか?」、「人間はどうすれば社会との絆を強められるのか?」、「人間は社会や共同体に対してどのような貢献をすべきか?」、「人間が『人間』、つまり和辻哲郎の言うように人と人との間に生きる社会的動物となるためには、いかなる道徳、規範、倫理に従う必要があるのか?」、「それらの道徳、規範、倫理はどのような社会的背景、人々の合意の下に成立したものなのか?」などといった問いである。これら両面の問いに答えることで、人間の存在に対する理解を深め、人間の欲求とその人間の集合体である組織の規律を調和させながら、組織が目指す成果を上げるためのマネジメントの原理原則を導く。

 これらの問いに答えることは、言わば人間学を極めるということである。現在の日本の経営者で最も人間学を極めているのは稲盛和夫氏だと思うのだが、人間学の極みに達すると、その価値観は非常にシンプルになる。これは、ブログ別館の記事「稲盛和夫『生き方―人間として一番大切なこと』―当たり前の道徳を実践することの重要性」を見るとよく解る。だがここで注意が必要なのは、皆が同じような価値観に到達してしまうと、結局それは普遍的価値となり、せっかくのティール組織も、私が前回の記事で恐れていたような全体主義的な経営論になってしまうということである。それを避けるには、価値観の解釈を多義化することである。そして、多義化された価値観を複数組み合わせることで、多様性を確保することである。

 先ほど挙げたどの問いも、その答えは1つに収斂するとは限らない。前掲の記事「チャールズ・オライリー、ジェフリー・フェファー『隠れた人材価値』―「価値観重視」の経営は重要だが、ちょっと油断すると簡単に崩壊する」でも書いたように、基本的によほどのことがない限り、価値観に善悪はなく、ある価値観とは正反対の価値観が成立することがある。例として、X理論とY理論がある。X理論は、人間は本質的に怠け者なので、飴と鞭を駆使して強制的に働かせなければならないという価値観に立脚している。一方、Y理論は、人間は本来的に成長を志向する存在であり、適切に動機づけをすれば自律的に創意工夫を凝らして仕事を遂行することができるという価値観に立つ。X理論の信奉者は随分減ってしまったものの、途上国で人材の能力がまだ十分に開発されていないような環境では、未だに有効であると言われる。

 ある価値観を思いついた時、それとは正反対の価値観が成立しないか検討することには大きな意義がある。仮に正反対の価値観が発見された時、当初思いついた価値観とどちらが優れているかを慎重に検討する。あらゆる経営者がこのような知的作業を行えば、価値観の選択肢が増え、その組み合わせのパターンも広がり、価値観重視の経営が多様化する。

 人間学を学ぶには、経営者が実際の人間に会い、彼らから学習することが第一の方法である。しかし、経営者個人が会うことのできる人間の範囲には限界がある。そこで、人間学を学ぶ格好の材料となるのが歴史である。歴史には、その時代を生きた人々がどのような価値観に基づいて人生を送ったのかが膨大に記録されている。その記録を読み解き、どういう価値観は上手く機能し、どういう価値観は失敗へと至るのかを自分で考え抜く。歴史は、リアルネットワークの限界を突破する。経営者に歴史好きが多いのは決して偶然ではない。ただ、最近は過去を振り返りもせず、歴史の価値を軽視し、自分がどれだけ儲かったを自慢する世俗的で刹那的な人生に埋没している経営者が増えているような気がしてならない。

2018年09月17日

チャールズ・オライリー、ジェフリー・フェファー『隠れた人材価値』―「価値観重視」の経営は重要だが、ちょっと油断すると簡単に崩壊する


隠れた人材価値 (Harvard Business School Press)隠れた人材価値 (Harvard Business School Press)
チャールズ オライリー ジェフリー フェファー 長谷川 喜一郎 Charles A.,3 O’Reilly

翔泳社 2002-03-20

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 伝統的な経営学やコンサルティングファームのアプローチに従えば、まずは戦略を立案する。事業領域を定め、どのような差別化要因で競合他社と戦うのかを決定する。次に、その戦略を分野別の戦略に落とし込む。マーケティング戦略、製造戦略、ファイナンス戦略、人事戦略などといった具合だ。その後、戦略を成功させるためのCSF(Critical Success Factor)を特定する。CSFが特定されたら、そのCSFが反映された社内慣行や制度を整備する。経営陣は、戦略の妥当性や、戦略と各種制度の整合性、施策の遂行状況を見守る。これが伝統的なやり方である。私も以前の記事「【戦略的思考】SWOT分析のやり方についての私見」(戦略立案の外部環境アプローチ)や、「DHBR2017年12月号『GE:変革を続ける経営』―戦略立案の内部環境アプローチ(試案)」で、これらの方法について書いてきた。

 本書は、「隠れた人材価値」を引き出すために、「企業や組織の価値観」を中心に据えた経営が重要であることを説いた1冊である。だから、伝統的な経営のやり方とは全く異なる方法を採用する。出発点となるのは、企業や組織の基本的な価値観や信念を定めることである。価値観とは、企業や組織、経営陣や社員が何か重要な意思決定を必要とする局面に直面した時に、判断のよりどころとなる基準である。価値観は社会規範として外部から当然に要求されるものもあるし、当事者がこれまでの仕事・人生経験を通じて主体的に獲得したものもある。通常は、両者がミックスされたものが企業や組織の価値観となる。

 次に、価値観に沿って経営慣行を生み出す。人材採用、業績管理、研修や能力開発をどのようなものにするかなどを決定する。その後、コア・コンピタンスを磨く。ゲイリー・ハメル&C・K・プラハラードがコア・コンピタンスという概念を発表した時は、企業や組織の価値観との整合性は特に論じられていなかったように思えるが、ここでは両者の整合性が非常に重要となる。安直な例だが、チャレンジ精神を重要な価値観とする企業は、常にアップデートされる技術の開発能力をコア・コンピタンスとするべきだし、信頼性を重要な価値観とする企業は、徹底した品質管理を通じた高品質の製品の製造能力をコア・コンピタンスとするべきである。

 そして、価値観とコア・コンピタンスの連関を出発点として、ここでようやく戦略を立案する。両者の連関を考えた場合、競合他社から模倣されずに価値を生み出すにはどうすればよいのかを検討する。最後に、経営陣の役割は、伝統的には戦略のモニタリングであったのに対し、本書によれは企業文化のマネジメントとなる。そういえば、私も昔のブログでは「競争優位が戦略からビジョンへ移行しつつあることの再発見―『絆の経営(DHBR2012年4月号)』」、「「その課題を解決できるのは自分だけ」という思いが使命感になる―『MBB:思いのマネジメント』(1)(2)」などといった記事をよく書いていた。私は、両方のアプローチには一長一短があると思う。双方を統合した重厚な戦略論を構築できないものかと思案しているところである。

 価値観を中心とした経営が一体どういうものなのかイメージしにくいという方のために、もう少し補足しておく。基本的に、価値観には善悪はない。「人を殺してもよい」というような、よほど極端なものでない限り、ある価値観が成立すると、それとは正反対の価値観も成立する。例えば、ある企業はチームワークを重視するとしよう。しかし、チームワークは普遍的な価値観ではない。というのも、チームワーク重視とは反対に、社員1人1人が自分の力で仕事を完結させる自律性、個の強さを重視するという価値観も成立しうるからだ。

 重要なのは、これだと決めた価値観を企業や組織の隅々にまで浸透させることである。これを、日本人が好きな「品質を作り込む」という言葉に倣って、「価値観を練り込む」と表現しよう。チームワーク重視を例にとると、①製品・サービスを提供する社員がチームで顧客の課題解決にあたるように業務プロセスが設計されていること、②場合によっては顧客もチームの一員に加え、顧客と一緒になって製品・サービスを完成させるように案件がマネジメントされていること、③マネジャーは単に部下に対して指揮命令をするのではなく、メンバー間の協業を促し、メンバー間の障害を取り除くことに集中するよう職務が定義されていること、④チーム間で積極的にリソースを融通し合ったり、ノウハウを共有したりすることが認められていること、

 ⑤チーム間だけでなく、職能が異なる他部門との連携が推奨されていること(マーケティング部門と営業部門、R&D部門と製造部門など)、⑥全ての研修でチームワークの重要性が強調されていること(例えば、必ずグループワークを取り入れるなど)、⑦メンバー同士で相互評価を行わせること、⑧研修や情報システム、予算の企画には現場部門の意見が反映されること、⑨逆に、人事部、情報システム部、経理部は現場部門の業務を十分に理解し、経営資源の適正な配分のために現場業務の見直しを支援すること、⑩他のチームメンバー、他のチームや他部門への貢献が適正に評価される業績・人事評価制度になっていることなどを実現させなければならない。しかも、組織に埋め込まれた価値観には一点の矛盾もあってはならない。

 よくありがちなのが、チームワーク重視と言いながら、人事評価は相変わらず個人評価になっているといった例だ。わずかなほころびから価値観に対する社員の信頼は崩壊し、企業の業績を転落させる。価値観を完全に貫徹させられる企業はそれほど多くない。以前の記事「DHBR2018年10月号『競争戦略より大切なこと』―当たり前だが戦略もオペレーションもどちらも重要」で、アメリカでは今、オペレーショナル・エクセレンスが再注目されていると書いた。だが、本当に強い企業とは、単に業務の効率化を図っているだけでなく、価値観を基礎とした完璧な組織をデザインし、それを具現化できている企業のことだと思う。

 本書は面白い構成になっていて、そうした価値観重視の経営によって高い業績を上げている7社(サウスウエスト航空、シスコシステムズ、メンズ・ウェアハウス、SASインスティチュート、PSSワールド・メディカル、AES、NUMMI)の事例を紹介した後で、最後に、一見すると価値観重視の経営を取り入れているようでありながら、その取り組みが不十分だったり、あるいは過剰であったりしたがために経営が行き詰まっているサイプレス・セミコンダクターの事例考察が行われている。先ほども書いたように、価値観重視の経営にもデメリットはある。以下では、本書から読み取れる価値観重視の企業の特徴を挙げるととともに、その慣行が不十分だったり行きすぎたりするとどのようなデメリットが生じるかについて整理したいと思う。

 まず、価値観重視の経営を行っている企業が最も重視しているのが顧客中心主義である。顧客中心主義ぐらいであれば、今の時代どの企業でも掲げていると思われるかもしれない。しかし、価値観重視の経営を行っている企業のそれは徹底している。サウスウエスト航空の伝説的な顧客サービスについては、今さら私が述べるまでもないだろう。

 とはいえ、顧客中心主義が行きすぎると、顧客の「ワガママ」、「モンスター化」につながる。前掲の記事「DHBR2018年10月号『競争戦略より大切なこと』―当たり前だが戦略もオペレーションもどちらも重要」の最後でも書いたが、消費者は自由市場経済の中で勝手に振る舞うことができる私人ではないと私は考える。私人という側面を完全には否定しないものの、消費者は国家から「有限の資源を上手に活用して、社会で賢く生きよ」と命じられている公人でもある。この点を理解しない顧客まで招き入れる必要はない。事実、本書から外れるが、サウスウエスト航空では、カウンターで無理難題を突きつける顧客に対しては、アメリカンエキスプレスのチケットを渡して、「あちらのカウンターに行ってください」と誘導しているようだ。

 先ほどから何度か例示しているチームワーク重視も、価値観重視の企業にはよく見られる。目的や機能が異なるチーム同士を協業させることは比較的たやすい。問題は、同じ営業チーム同士や、各地域の製造・販売子会社同士を競わせる場合である。この場合、相手を助けることが自分の業績悪化につながることがあるため、チームワークが発揮されるどころか、逆にお互いの足を引っ張るという事態になりやすい。チームワーク重視を取り入れる場合、自社のビジネスモデルや組織構造がどういう特徴を持っているのかをよく確認する必要がある。また、チームワークを重視する場合、マネジャーはチームメンバーに対して大幅な権限移譲をすることになる。しかし、権力を失うことを恐れるマネジャーが中途半端な権限移譲を行うと、メンバーは自律性が制約される上にマネジャーから干渉を受け、チームが機能不全に陥る。

 財務や人事に関する情報を積極的に公開するのも、価値観重視の企業の特徴である。財務情報を公開するのは、社員に対して、自分の仕事がどのように全社の業績とつながっているのかを意識させ、企業に対する貢献意欲を引き出すためである。人事情報を公開するのは、社員が周囲からどう評価されているのか、どんな役割を期待されているのか、自分の強みと弱みは何か、自分の能力を高めるためには何のトレーニングや職務経験が必要とされているのかを理解してもらい、キャリア開発をサポートするためである。

 しかし、これらの情報の取り扱いには慎重にならなければならない。まず、情報の公開によって社内競争が巻き起こる恐れがある場合は、情報公開を止めた方がよい。人事情報の公開によって、社員の昇進の順番の予定が公にされた結果、社員同士の足の引っ張り合いに発展するケースもある。もう1つは、情報公開は中途半端に行ってはならないということである。公開するならば可能な限り全てを公開する。公開しないならば公開しないという割り切りが必要である。「この情報は公開してもよいが、あの情報は公開してはならない」というルールを作り始めると、情報公開に関するルールばかりが増えて、経営陣に対する社員の不信感が募る。

 価値観重視の企業は、「隠れた人材価値」を引き出すために、人材育成に多大な投資をしている。異動も頻繁に行われる。また、私のように研修サービスを生業としている人間には不利な話なのだが、研修を外注せずに内製化する傾向が強い。私がこんなことを書くと元も子もないのだけれども、研修は内製化できるならば内製化できることに越したことはない。前述のように、研修コンテンツには自社の価値観を十分に埋め込む必要があるし、ブログ別館の記事「ロバート・M・ガニェ他『インストラクショナルデザインの原理』―IDの本なのにこの本自体が全くインストラクティブではなかった」でも書いた通り、研修実施後の業務プロセス、職場環境、評価制度などもセットでデザインしなければならないからだ。外部の研修会社にはこれは難しい。

 しかし、単に人材育成に投資しているだけでは、育った優秀な人材をめぐって、異動が頻繁に行われることをいいことに、部門間で仁義なき争奪戦が勃発する可能性がある。それを防ぐには、何のために彼の育成に投資しているのかをはっきりさせなければならない。彼のキャリア志向や特性は何なのか、一方で企業側が彼に期待していることは何なのか、両者を考慮した結果、企業として彼を将来的にどのような方向へと育成していくのか、どんなキャリアパスを想定しているのか、そのために強化すべき彼の強みは何か、逆に彼に欠けている弱みは何か、こうした点を明らかにした上で、強みを伸ばし弱みを克服するためにこのトレーニングを行っているのだという詳細な人材育成計画を立案し、マネジャー間で共有する必要がある。

 研修に限らず、価値観重視の企業には自前主義を貫いている企業が多い。例外的にシスコシステムズが買収を通じて成長を遂げているが、同社は買収によって技術を買っているのではない。技術に紐づいている人材を買収しているのであって、彼らに逃げられてしまっては買収は失敗だと言う。だから、綿密なPMIプログラムが用意されており、被買収企業の社員にシスコシステムズの価値観を染み込ませている。買収対象企業をシスコシステムズと完全に一体にしてしまうという点では、自前主義の延長線上にあると言ってもよいだろう。

 自前主義は、価値観に基づいた迅速な経営を実現する上でメリットがある。しかし一方で、あまりに価値観が強すぎると、組織が硬直するリスクもある。事業環境が変化しているのに、強すぎる価値観がその変化に関する情報を受けつけないという現象が起きる。これを「過適合」と呼ぶ。先ほど、価値観重視の経営は完璧でなければならないと書いたが、実は、多少穴が開いていた方がよい。それは、価値観に矛盾があってもよいという意味での穴ではなく、異質な価値観を招き入れる余地を残しておくという意味での穴である。

 おそらく、この点を最も強く意識している日本企業は、以前の記事「『トヨタが「現場」でずっとくり返してきた言葉』―トヨタの名言とトヨタの弱み」でも書いたように、トヨタであろう。現在、どの業界でも製品・サービスが複雑化しており、1企業が単独で全てのバリューチェーンを担うことは難しくなっている。垂直方向で見れば様々な取引先や販売チャネルと協業し、水平方向で見れば異業種企業や時には競合他社と協業しなければならない局面が増える。

 私は旧ブログで、マイケル・ポーターの「価値連鎖(Value Chain)」をもじって、「価値観連鎖(Values Chain)」という言葉を使い、共通する価値観を持つパートナーと組むことが重要だと書いた(旧ブログの記事「自社のビジョンに利害関係者も巻き込む「価値観連鎖(Values Chain)」の再発見―『絆の経営(DHBR2012年4月号)』」を参照)。だが、今はこの考えを改めなければならないと感じている。パートナーはパートナーなりの価値観を持っている。パートナーの価値観を自社の価値観と同質化させるならば、シスコシステムズと変わらない。今後は、パートナーの異質な価値観から学ぶ必要がある。「なるほど、我が社は今までこう考えてきたが、そういう考え方もあるのか」という発見から、新たな創造をしなければならない。

 自動車業界の場合、水平方向の関係を見れば、競合他社にエンジンを供給するなど、伝統的に競合他社との連携は盛んである。また、近年はEVの開発をめぐって、異業種との連携も活発になっている。後は、垂直方向の連携をいかに進めるかが問われる。EVが完成すると、今までの部品メーカーとの取引関係はがらりと変わる。また、EVを販売するチャネルも再編されるだろう。新規参入するプレイヤーとどうやって相互学習を行い、顧客に提供する価値に磨きをかけていくのかが、トヨタをはじめとする自動車業界全体の課題である。

 価値観重視の企業は基本的に現場を信頼しているため、本社の規模は非常に小さい。本社のスタッフ部門は現場部門の業務プロセスの円滑な遂行を支援し、必要に応じて最適な経営資源を投入することである。だが、権限が小さくなったスタッフ部門がプレゼンスを発揮するために、現場部門に過剰に介入しようとする誘惑に駆られることがある。現場の業務プロセス整備を支援するという名目で、現場業務の複雑さを無視した過度な標準化を行い、分厚いマニュアルを作成して現場部門に使わせる。このリスクを承知している価値観重視の企業では、経営陣が率先してマニュアルやメモの類を廃止している。ところが、今度は権限移譲された現場部門の社員が好き勝手に動いてしまい、無秩序に陥るというリスクがある。

 どこまでをマニュアル化し、どこからを社員の裁量に任せるかは非常に難しい問題である。フレデリック・ラルー『ティール組織―マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』(英治出版、2018年)では、全ての仕事の進め方を社員の自主経営に任せるというやり方が紹介されている。マネジメントは全てインフォーマルなやり方で行われる。だが、日本企業がこれをそのまま取り入れると、ただでさえ暗黙知中心で「重い」と言われる組織がさらに重くなるリスクがあるのではないかと感じる。「組織の<重さ>」に関する研究でも解っていることだが、日本人はフォーマルな手続きがあった方が組織が効率的に回るという。事業や業務の特性、社員の性向に応じてマニュアル化の範囲を決定し、さらにマニュアルの改変を誰がどのような方法で行うのかを明確に決めておかなければならないとしか、今の段階では言えない。

 最後に、業績・人事評価についてであるが、価値観重視の企業では、解りやすい業績評価制度が導入されている。また、金銭的報酬でモチベーションを上げることの限界に気づいており、非金銭的報酬を積極的に与える。その最たるものは、「職場の人間関係が良好であること」である。だから、価値観重視の企業は、社員同士の人間関係の向上に常に心を砕いている。このように、金銭的/非金銭的報酬を合わせて、トータルで報酬を設計する。

 この点を理解していない企業は、解りやすい業績評価制度を導入しただけでは不安に感じるようである。そもそも業績とは、複合的な要因によって決まる。モチベーションは金銭的報酬によって決まる部分が大きいと考える企業の経営者は、この複合的な要因を解きほぐして、業績を決定づける数式を見つけ出そうとする。その結果、最初は解りやすかった業績評価制度がだんだんと複雑になる。経営陣は、報酬の公平さを実現するためにやっていると主張するのだが、社員はそのように受け取らない。自分の給与が企業にとって都合のよいように操作されていると感じる。すると、経営陣の期待とは裏腹に、社員の間で不公平感が生まれる。

 アメリカ人がどう言うか知らないが、個人的には、金銭的報酬は社員が生活費を十分にカバーできるものであれば十分であるし、それ以上はいらないと考える。世の中、お金は揉めごとの原因になりやすい。それを避けるために、経営陣は知恵を絞って非金銭的報酬を多様化し、あの手この手を尽くすことで、社員に「自分はこの会社からこんなにも大事に扱われているのだ。必要とされているのだ」と、企業との絆を感じてもらう方がよっぽど効果的であろう。

2018年08月14日

DHBR2018年9月号『発想するチーム』―トップマネジメントチームにしかできない7つの仕事(1)


DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年9/号 [雑誌]DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年9/号 [雑誌]
ダイヤモンド社 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部

ダイヤモンド社 2018-08-10

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 20代の初めにピーター・ドラッカーの著書を読んだ時、「トップマネジメントはチームで仕事をしなければならない」という記述を見て、社会人経験の浅い私は、「トップマネジメントと言えば社長もしくはCEO1人なのではないか?」と素朴な疑問を持ったものである。もちろん、今ではトップマネジメントはチームでなければ機能しないことを十分に理解している。CEOの他にCFO、CIO、CISO(最高セキュリティ責任者)、CMO、CDO(最高デジタル責任者)、CHRO(最高人事責任者)、CTO(最高技術責任者)、CKO(最高知識責任者)、CPO(最高購買責任者)、CSRO(最高社会的責任担当者)など、様々なCスイート人材がチームを組んで経営にあたっている。

 トップマネジメントチームの仕事は、一言で言えばもちろんマネジメントなのだが、マネジメントに関する業務を全て引き受けていてはチームがパンクする。ミドルマネジメントや現場社員に権限移譲できる仕事はどんどん委譲し、トップマネジメントチームはトップマネジメントチームでなければ遂行できない業務に注力するべきである。では、トップマネジメントチーム固有の仕事とは一体何であろうか?ドラッカーは、経営者が答えるべき問いとして、①我々のミッションは何か、②我々の顧客は誰か、③顧客にとっての価値は何か、④我々の成果は何か、⑤我々の計画は何か、という5つを挙げたが、この5つの質問に答えることだけが仕事ではないと思う。

 本号には、競争戦略論で有名なマイケル・ポーターと、ハーバード・ビジネス・スクール学長であるニティン・ノーリアによる「延べ6万時間のデータ分析から見える理想と現実 CEOの時間管理」という興味深い論文が掲載されていた。ポーターは近年、経済的価値と社会的価値の創出を両立させる「CSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)」という概念を提唱しているのだが、その傍らで、2006年から大企業のCEOの時間の使い方を調査していたようだ。

 ドラッカーも、「時間の使い方をマネジメントするのが経営者である」と述べていたもののの、実際にCEOがどのように自らの時間をそれぞれの業務に配分しているのかという点に関する研究は少ない。ポーターによれば、ヘンリー・ミンツバーグが5人のCEOに5日間密着した研究と、ラファエラ・サドゥンが114人のCEOに1週間にわたって毎日電話をかけて実施した研究があるぐらいだそうだ(ただ、私の記憶によれば、変革リーダーシップ論で知られるジョン・コッタ―も、若い頃にCEOの仕事に密着した研究を実施したことがある。その研究結果は、1984年の『ザ・ゼネラル・マネジャー』の復刊本にあたる『J. P. コッター ビジネス・リーダー論』〔ダイヤモンド社、2009年〕で知ることができる)。ポーターの調査は、27人のCEOに3か月間密着した研究であり、調査期間の長さに特徴がある。収集したデータは延べ6万時間分に上る。

J. P. コッター ビジネス・リーダー論J. P. コッター ビジネス・リーダー論
ジョン P.コッター 金井 壽宏

ダイヤモンド社 2009-03-13

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 調査結果の具体的な中身は論文に譲るとして、この調査から明らかになったCEOの時間の使い方、すなわちCEOが実際に行っている仕事の種類をベースに、私がトップマネジメントチームにしかできないと考える仕事を7つ挙げてみたい。

 (1)企業文化の醸成
 私は、トップマネジメントチームが真っ先に取り組まなければならないのは、次に述べる戦略の立案よりも、この企業文化の醸成であると思う。具体的には、自社がよりどころとする価値観を定め、それを組織の隅々まで浸透させる。とはいえ、価値観は決して普遍・不変ではなく、トップマネジメントチームから現場社員に対して一方的に伝達されるものではない。トップマネジメントチームは価値観について社員と積極的に対話し、価値観に対する理解を深め、時に価値観を修正する必要がある。言い換えれば、価値観は組織的な学習プロセスを通じて進化する。

 価値観とは、自社が意思決定を下さなければならない時に判断の基準となるものである。ブログ別館の記事「稲盛和夫『生き方―人間として一番大切なこと』―当たり前の道徳を実践することの重要性」で書いたように、人間として当然守らなければならない基本的な道徳・倫理を価値観としている企業もあれば、もう少し複雑な価値観を持っている企業もあるだろう。重要なのは、価値観を組織の中に埋もれたままにするのではなく、全て可視化することである。トップマネジメントチームが我が社の価値観はこれで十分だろうと思っても、細かい価値観が業務慣行や職場環境などの中に埋め込まれていることがある。そのような価値観を発掘し、価値観同士の間で矛盾がないようにするのがトップマネジメントチームの仕事である。

 そして、その価値観を企業文化へと昇華させなければならない。つまり、価値観を戦略や製品・サービスといった企業の基本的要素、研究開発、マーケティング、購買、製造、物流、営業、販売などの各種業務プロセス、組織構造、人事制度、予算制度、情報システムといった企業のインフラに浸透させ、それぞれのコンポーネントが自社の価値観を完全に体現するものにすると同時に、各コンポーネント間で価値観をめぐる矛盾や対立がないようにする必要がある。これは非常に重要であるが、価値観が首尾一貫している企業は少ない。例えば、マスコミにとっては、国民の生命を守るための情報を提供することが重要な価値観の1つである。だが、NHKはニュースで「熱中症の危険があるため、日中の運動は避けよ」と呼びかける一方で、灼熱の甲子園で試合をする高校野球を放映して視聴率を稼いでいる。これは大きな矛盾である。

 (2)戦略の構想
 戦略にはマーケティング戦略とイノベーション戦略の2つがある。マーケティングとは、既存市場のパイを奪い合う行為である。これに対してイノベーションとは、新しい市場を創造するか、既存市場の産業構造やビジネスモデルを抜本的に破壊する行為である。トップマネジメントチームは常にこの2つの戦略を意識する必要がある。

 ただ、ブログ別館の記事「河合忠彦『複雑適応系リーダーシップ―変革モデルとケース分析』―複雑系の理論を取り入れたことで論理展開がカオスに」で述べたように、マーケティングに関しては、既に事業構造やビジネスモデルが確立しているから、現場への権限移譲を積極的に進めるべきである。既存の市場・顧客に関する情報は、トップよりも現場の方がたくさん持っている。もし、現場社員が生の情報に基づいて、製品・サービスの改良、価格の改定、販売チャネルの再構築、プロモーションの改善を思いついた場合には、そのアイデアをトップマネジメントチームが吸い上げ、マーケティング戦略を改善する。

 その過程で、トップマネジメントチームも受動的になっていてはダメであり、普段から定期的に重要顧客に会いに行き、ニーズを汲み取っておく必要がある。現場社員が個別の顧客から得た局所的なアイデアと、トップマネジメントチームが重要顧客から得た大局的なアイデアを突き合わせて、マーケティング戦略を高度化させる。ポーターの調査によれば、CEOが重要顧客のために費やす時間はわずか平均3%であり、これでは少なすぎるであろう。

 トップマネジメントチームがより注力すべきなのは、イノベーション戦略である。だが、これも非常に難しい。以前の記事「【戦略的思考】事業機会の抽出方法(「アンゾフの成長ベクトル」を拡張して)」で書いた「新市場開拓戦略」は、既存市場に新たな市場を付加するものであるからそれほど問題は起きない。だが、「代替品開発戦略」は、既存事業の製品・サービスに取って代わる非連続的な技術を用いた製品、顧客のニーズを別の形で満たす新製品・サービス、あるいは破壊的イノベーションなど、既存事業を脅かすものである。トップマネジメントチームのメンバーは、基本的に既存事業で成功を収めたことで現在の地位に上り詰めた人たちばかりである。イノベーション戦略は、彼らに自らの過去の成功を否定せよと迫るわけである。

 しかし、トップマネジメントチームがイノベーション戦略から目を逸らし、既存事業のマーケティング戦略に安住していれば、やがて新興企業がゲームのルールを破壊しながら参入し、自社を窮地に追いやるであろう。そして、トップマネジメントチームは業績不振の責任を取らなければならない。だとすれば、裏を返せば、自社が新興企業のイノベーションによって業績不振にならないよう、自ら能動的にイノベーション戦略に着手し、自社の構造を抜本的に刷新して経営の維持、業績の拡大を図ることは、トップマネジメントチームの責任に他ならない。

 (3)コア人材の育成
 日本企業も経営幹部の後継者育成に着手し、Aクラス人材を選抜して集中的に教育するプログラムを展開しているところが増えている。だが、後継者育成プログラムの対象となる社員数は、せいぜい数十人程度であろう。エド・マイケルズらの『ウォー・フォー・タレント―人材育成競争』(翔泳社、2002年)によると、海外の企業のトップマネジメントは、自社の300~500程度の重要なポジションについて、現在そのポジションについている社員(マネジャー)を育成し、彼らのその後のキャリアパスを想定すると同時に、彼らの後継者として誰を据えるかについて、事業部門のトップ、人事部門などを巻き込みながらかなりの時間をかけて議論をしているという。これらのポジションは、価値観を組織内に浸透させ企業文化を醸成するとともに、戦略の立案・実行において重要な役割を果たすから、トップマネジメントが育成に注力しているわけである。

 (※)『ウォー・フォー・タレント―人材育成競争』は、そのタイトルからして、労働市場において優秀な人材を奪い合う方法について書かれた本なのだろうと勝手に思い込んでいた。最近、アメリカではGoogleやApple、Facebookなど一部の強力な企業が優秀な人材を囲い込んだ結果、ますます企業間の競争力の差が拡大し、それが賃金格差の広がりにつながっているとして問題になっている。だが、本書を読んでみると、実際には内部人材をいかに育成するかに焦点が当てられているように感じた。だから、副題が「人材”獲得”競争」ではなく、「人材”育成”競争」になっているのであろう。本書については、ブログ別館でも取り上げる予定である。

ウォー・フォー・タレント ― 人材育成競争 (Harvard Business School Press)ウォー・フォー・タレント ― 人材育成競争 (Harvard Business School Press)
エド・マイケルズ ヘレン・ハンドフィールド=ジョーンズ ベス・アクセルロッド マッキンゼー・アンド・カンパニー

翔泳社 2002-05-18

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 アメリカの場合、元々本社の人事部門の力が弱く、給与計算や福利厚生、全社共通の基礎的な研修の運営などが中心である。採用、配置、異動、評価の権限は、それぞれの事業部門の中に配置された人事部が持っている。だから、全社的に人材育成を行おうとすると、本社の人事部門に頼ることはできずに、各地に散らばっている事業部門のトップや人事部を一堂に集めて議論しなければならない。そのため、どうしても時間がかかる(トップマネジメントチームが重要顧客に会う時間が少ない要因の1つになっているかもしれない)。逆に、日本の場合は、本社の人事部に強大な権限がある。よって、トップマネジメントチームがコア人材の育成を行うには、本社人事部の力を大いに借りるとよい。本社人事部は、各社員の能力・経歴・キャリア志向などに関する情報をたくさん集めている。トップマネジメントチームはその情報を活用して、数百名のコア人材を育成する。そうすれば、アメリカ企業ほど時間はかからないであろう。

 (続く)




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