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『構造転換の全社戦略(『一橋ビジネスレビュー』2016年WIN.64巻3号)』―家電業界は繊維業界に学んで構造転換できるか?、他
【ベンチャー失敗の教訓(第11回)】シナジーを発揮しない・できない3社

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2017年01月29日

『構造転換の全社戦略(『一橋ビジネスレビュー』2016年WIN.64巻3号)』―家電業界は繊維業界に学んで構造転換できるか?、他


一橋ビジネスレビュー 2016年WIN.64巻3号一橋ビジネスレビュー 2016年WIN.64巻3号
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2016-12-09

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 (1)
 事業立地が重要なのは、その初期選択が収益ポテンシャル、すなわち利益率の上限値を規定するからである。だとすると、われわれは事業立地の優劣を事前に論じるすべを手に入れなければならないし、優劣が固定的なのか否かも知る必要がある。
(三品和広「事業立地の戦略論―最新形」)
 この論文で言う「事業立地」とは、企業が工場や店舗を構える物理的な立地のことではない。そうではなく、企業が戦うべき業界・市場・フィールドのことを指している。事業立地が収益性を規定するという考え方は、マイケル・ポーターと共通する。ポーターは、市場構造(Structure)が企業行動(Conduct)を規定し、企業行動が成果(Performance)を決定するというSCPモデルに基づき、様々な業界を分析した。その結果、業界によって収益性に大きな差があることを発見した。その差を生み出している要因をまとめたものが、有名な「ファイブ・フォーシズ・モデル」である。

 収益性が高い魅力的な業界にいるならば問題ない。問題は、自社が収益性の低い業界にいると解った時である。この場合、まずは、5つの力(①競合他社との競争関係、②供給者の力、③買い手の力、④新規参入の脅威、⑤代替品の脅威)を弱める施策を打つことで、収益性を改善することができる。だが、ポーターはそれよりももっと簡単な処方箋を用意した。すなわち、コスト・リーダーシップ戦略、差別化戦略、集中(ニッチ)戦略という3つの基本戦略のうち、どれか1つを選択すればよいというわけである。このシンプルさが世界的に受けた。

 ポーターは、様々な業界について、横軸に売上規模、縦軸に利益率をとって各企業をプロットした結果、「売上高も利益率も大きい企業群」と「売上高は小さいが利益率が大きい企業群」という魅力的な企業群に挟まれるような形で、「売上高はそこそこあるのに収益性が低い企業群」が見られることを突き止めた。さらに分析を進めると、「売上高も利益率も大きい企業群」はコスト・リーダーシップ戦略か差別化戦略を、「売上高は小さいが利益率が大きい企業群」は集中戦略を採用していることが解った。一方で、基本戦略のうち複数を追求しようとする欲張りな企業は「売上高はそこそこあるのに収益性が低い」という状態に陥ると指摘した。
 残念なことにポーターは、せっかくフレームワークを作りながら捨て置いて、その先のポジション取りに突き進んでしまった。事業立地を所与としたまま、そこで何ができるのかを考えに行ったのである。そのため、5つの力が強すぎて利益の出ない事業立地に取り残されてしまった企業がどうすればよいのかについては、何も書いていないに等しい。(同上)
 三品氏は上記のように指摘するが、私はポーターは一応前述のような方策を用意してくれていると思う。そもそも、最初から収益性が高い魅力的な業界にいるのであれば、どんなポジショニングを取っても関係がないわけであって、多くの企業は収益性がそれほど高くない業界にいるからこそ、ファイブ・フォーシズ・モデルや3つの基本戦略が意味を持つ。

 三品氏からすれば、わざわざ収益性の低い業界で戦う戦略を論じるよりも、もっと高収益で魅力的な業界にシフトした方がよいということなのだろうが、本論文では具体的にどうすれば事業立地を変えられるのかまでは触れられていないと感じた。確かに、高収益企業の大半は、現在の主力企業が祖業と異なることが定量的に示されているものの、これらの企業がどのようにして祖業からの脱却を図ったのかという点になると、トップ・マネジメントの長期間に渡る強力なリーダーシップによる、といったありがちな主張にとどまってしまう。

 戦略論には、大きく分けると外部環境アプローチと内部環境アプローチがあり、三品氏やポーターは外部環境アプローチに所属する。三品氏は論文の中で、内部環境アプローチに対して、次のような手厳しい批判を浴びせている。
 リソース学派は、事後の説明として魅力的であるが、事前の処方となると無力である。どうしてA社がB社より優れたリソースを有すると判断できるのかと問われて、A社がB社に対して優位に立つからと答えるしかないとしたら、これはトートロジーに終わってしまう。それなのに、リソースの優劣を測定してみせた研究は皆無に近いのである。(同上)
 ただし、面白いことに、本号の別の論文には次のような記述がある。
 もちろん、「基本戦略」や「ファイブフォース分析」そのものが悪いわけではありません。しかし、こうしたフレームワークやコンセプトこそが戦略の中核だと思ってしまった瞬間、企業のなかでは「コンテンツ」つまり「数字」「分析」「効率」が幅を利かせ、目に見えるもの、数値化できるものこそがすべてであると勘違いされます。(中略)

 戦略の実行こそプロセスが大切です。立派な戦略を(本社が、あるいはコンサルタントが)作ったから、あとは現場が実行するだけ、ということはまずなく、それがどのようにしたら現場に浸透・共有されるのか、あるいは、すでにこれまでやってきた戦略と乖離がある場合は(環境が変われば当然なのですが)、どのようにしてその乖離を埋め、組織を動かしていくか。こうした問題は、「正しいアウトプット」とはまた別次元の話です。そもそも「正しいかどうか」も、実行してみない限りわからないことが多いのです。
(清水勝彦「良い失敗とコミュニケーション―今、私たちが本当に考えなくてはならない戦略へのアプローチ」)
 著者の言葉を借りれば、戦略論にはコンテンツ重視派とプロセス重視派がある。コンテンツ重視派は外部環境アプローチに、プロセス重視派は内部環境アプローチに対応していると言ってよい。外部環境やコンテンツが戦略や収益性を規定するというのは、あまりにも決定論的すぎて、大半の企業にとって救いがない。総合的に見れば収益性が芳しくないけれども、企業の努力次第で、つまり内部環境を適切に充実させることで競合他社よりも高い収益を達成できるという戦略論の方に、個人的には賭けてみたい。やや話が逸れるが、倒産した企業の原因を分析した研究によると、外部環境が4割、内部環境が6割だという。もちろん外部環境は重要だが、企業を存続させるためにはそれ以上に内部環境を重視しなければならないことを示唆している。

 (2)
 欧州勢は半導体、テレビ、通信機器などの事業を売却、もしくはスピンアウトし、一方で医療機器、重電機器、照明関連の会社を買収して、業界再編によって欧州市場を集約した。この結果、収益性は大きく改善し、一度売り上げ規模は小さくなったが成長を遂げている。
(佐藤文昭「抜本的構造転換の企業戦略―大手電機メーカーの栄枯盛衰から学ぶ」)
 三菱電機も日立製作所も国内では成功組と言われる。ともに社会インフラ、産業機器、自動車関連などをコア事業にしている。これら事業は品質、信頼性、安全、安心に加え、長期安定供給することが求められる。(同上)
 (1)で事業立地の変更について触れたが、現在、日本の産業界の中で事業立地の変更の必要性に最も迫られているのは家電業界であると言えるだろう。(1)では、基本的に収益性が低い業界でも、内部環境を充実させることで高収益事業になりうる可能性を示した。そのことと矛盾するようだが、例外的に家電業界は日本企業にとってもはや適切な事業立地とは言えない。

 私が本ブログで頻繁に用いている下図によると、家電業界は<象限①>の「必需品だが、製品・サービスの欠陥が顧客の生命・事業に与えるリスクが小さい」に該当する。こう書くと、「家電製品も欠陥があれば消費者の生命を脅かす」と反論する人もいるだろう。しかし、私に言わせれば、家電製品が消費者の生命を脅かすのは、メーカーが過剰な機能を製品に詰め込んで製品を複雑にしたためである。消費者が本当に必要とする機能に集中すれば、リスクは低減する。この象限は、新興国がコスト優位性を武器に強みを発揮するか、先進国内の雇用の受け皿として機能する(飲食・小売店が典型である)。日本企業がいつまでも拘泥すべき象限ではない(この点で、私も多少は決定論的な外部環境アプローチの影響を受けていることを認める)。

製品・サービスの4分類(修正)

製品・サービスの4分類(修正)

 (※上図については「【シリーズ】現代アメリカ企業戦略論」を参照)

 家電業界が事業立地を変更するにあたって参考にすべきは、かつて日本が世界で圧倒的に優位性を保っていたが、その後急速に新興国に取って代わられた繊維業界であると思う。その意味で、本号に東洋紡のケーススタディ(藤原雅俊、青島矢一「東洋紡―抜本的企業改革の推進」)が掲載されているのは、何か編集者側の意図を感じる。

 東洋紡は1990年代後半から事業改革に着手し、全社の売上高に占める繊維事業の割合を徐々に減少させながら、非繊維事業の割合を増加させてきた。結果的に、1990年代に5,000億円を超えていた売上高は、2015年には約3,500億円へと縮小したものの、営業利益率は大幅に改善している。ここでポイントとなるのは、東洋紡が繊維事業の縮小、具体的には工場の閉鎖・売却を10年単位の長いスパンで実施していることである。欧米企業であれば、不採算工場をスパッと切ることもできただろう。しかし、日本の場合、1つの工場を閉鎖するだけでも、工場が立地する自治体との調整や労働組合との交渉、工場に勤務する社員の次の仕事の探索など、手間のかかるプロセスを1つ1つ踏まなければならない。

 シャープや東芝がかつてのように巨大な企業規模を保つことはもはや難しいだろう。ただし、東洋紡のように粘り強く構造転換を行えば、優良な高収益率企業に生まれ変わるかもしれない。それにはおそらく10年以上の時間がかかると思われる。(1)で述べた、プロセス重視の戦略を息切れすることなく続けられるかどうかが成否を握るに違いない。家電メーカーの再生は、長い目でウォッチし続ける必要がありそうである。

 (3)以前の記事「【現代アメリカ企業戦略論(4)】全体主義に回帰するアメリカ?」で、アメリカのU理論やマインドフルネスと、日本の知識創造理論の違いについて触れた。両者は、「個人の意識が全体の意識へと昇華されていく」という表面的な部分では共通する。
 このプロセスは、現象学の「相互主観性(intersubjectivity)」の概念で裏づけられる。相互主観性とは、複数の主観がそれぞれの独自性を維持したまま、共同で築き上げる「われわれ(we)」の「共同主観」すなわち「共観」である。つまり、相互に他者の主観と全人格的に向き合い、受け入れ合い、共感し合う時に成立する、自己を超える「われわれ」の主観である。
(野中郁次郎「知的機動力を練磨する―暗黙知、相互主観性、自律分散リーダーシップ」)
 しかし、U理論やマインドフルネスにおいては、「宇宙」という絶対性(物理学者デイビッド・ボームの言葉を借りれば「内蔵秩序」)と個人が同化し、1がすなわち全体と等しくなって全体主義へと傾倒していく恐れがある。これに対して、知識創造理論は「共通善」を追求するとあるものの、そこで得られた解は他の全ての人々に通用するものではない。
 それは個別具体の文脈で「ちょうど(just right)」の解を見つける能力であり、個別と普遍、細部と大局を往還しつつ、熟慮に基づく合理性とその場の即興性を両立させる能力である。「行為のただ中の熟慮(contemplation in action)」を行い、「文脈に即した判断」と「適時・絶妙なバランス」を同時に実現し、矛盾や対立を総合する弁証法の知である。(同上)
 知識創造理論においては、組織の成員が個人と集団、部分と全体、現在と未来、感覚と論理、暗黙知と形式知、身体と心、行動と思考の間を高速で何度も行き来しながら「ちょうど」の解を導出すると私は考える。その解は個別文脈においてのみ意味を持つものである。さらに言えば、個別文脈は絶えず変化するから、両軸の間の高速振り子運動を常に続けることによって、最善の解を更新していかなければならない。よって、全体主義に陥ることは絶対にない。

2013年03月31日

【ベンチャー失敗の教訓(第11回)】シナジーを発揮しない・できない3社


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 前職の会社が3社に分かれて3つの事業を行っていたのは、3社がシナジーを発揮し、クライアントとの太いパイプを構築するためであった。具体的には、まずはZ社が戦略コンサルティングという最上流工程を担当する。そこから見えてきた組織・業務・人材面の課題を、X社の組織開発・人事コンサルティングで解決する。コンサルティングの結果、教育研修のソリューションが必要となればX社の研修サービスを、要となる人材が不足していることが判明すればY社の人材紹介サービスを提供する、という流れであった。ITベンダーはしばしば社内にコンサルティング部隊を持ち、コンサルティングからシステム構築までを一貫して行うビジネスモデルを採用しているが、3社が目指したビジネスモデルはその人事版と言えるだろう。

 だが、実際にこのようなシナジーが発揮された案件は、私の5年半の在籍中1件もない。人事制度構築コンサルティングから研修サービスの提供に限定しても、おそらく私ぐらいしかやったことがない(営業人材の評価・教育制度構築のコンサルティングを行い、教育制度に従って営業研修を3年ほど継続受注した)。その原因は、3社とも事業が未成熟で、シナジーを発揮するどころではなかったことにあると考える。Z社のコンサルティングとX社の研修サービスは、以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第4回)】何にでも手を出して、結局何もモノにできない社長」で述べたようにかなり迷走しており、大部分のサービスが中途半端に終わっていた。

 また、X社にはそもそもコンサルティング部隊が決定的に不足していた。X社とZ社は、お互いのサービスの未熟さ、そして収益性の悪さをめぐって頻繁に対立していた。だが、論争になると口が立つのはたいていコンサルタントの方であるから、Z社のコンサルタントがX社の講師陣をやり込めてしまうことが多かった。こうして両社の社員が反目し合ううちに、X社の社員の中にコンサルタントを毛嫌いする傾向が生まれ、X社はコンサルタントの新規採用を止めてしまった。

 Y社の人材紹介事業は、自社をプラットフォームとして、求職者と求人企業という2種類の顧客ネットワークを構築する事業である。この手のビジネスは、ネットワークの拡大に伴って飛躍的にビジネスが拡大する。つまり、求職者が増えれば、「あの会社に登録している人が多いから」という理由で新たに求職者が増えるとともに、求職者のプールに魅力を感じる求人企業も増加する。同様にして、求人企業が増えれば、「あの会社を使っている企業が多いから」という理由で新たに求人企業が増えるとともに、求人企業の多さに魅力を感じる求職者も増加する。

 しかし、裏を返せば、求人企業や求職者が少ない状態では、ネットワークが全く魅力を持たず、ビジネスとして成立しないという難しさがある。名もないベンチャー企業の場合、まずは求人企業と求職者の双方に対して、自社が信頼できる企業であることを証明する必要がある。普通の企業が普通に顧客を開拓するのでも大変なのに、Y社は2種類の顧客を同時に開拓しなければならないという”ハンデ”を背負っていた。そのハンデを克服する決定的な施策も仕組みなく、何年経ってもY社の事業はほとんど物にならなかった。

 さらに、X社とY社の間でシナジーが発揮できないビジネスモデル上の致命的な欠陥があった。それは、X社のキャリア開発研修に原因がある。キャリア開発研修の導入を検討している企業の人事担当者は、「この研修を受けると、キャリア意識が高まった自社の社員が転職してしまうのではないか?」と心配することが多い。もちろん、X社は「御社の中でどうやってキャリアをアップさせるかを考えてもらう研修だ」と答えるわけだが、X社の関連会社にY社があることで、「キャリア意識が高まった社員をY社の転職サービスで転職させようとしているのではないか?」という疑いをかけられることも非常に多かった。だから、X社の提案書のグループ企業紹介ページやX社のHPには、関連会社としてY社の名前を載せない、という事態になってしまった。

 シナジーは1+1以上の成果を目指すものだと言われる。だが、個人的には、シナジーは足し算ではなく掛け算で考えるべきだと思う。したがって、未熟な事業、つまり1.0未満の事業が1つでもあれば、かえって足を引っ張られる結果になる。全てが未熟な事業ならば、どんなに集まっても1.0すら超えられない。3社はまさにそういう事態に陥っていたように思える。

 戦国の武将・武田信玄の家には、「三四十二、三四七つ」という秘伝がある。これは、「3と4は掛け合わせれば12になるが、足せば7にしかならない」という意味である。信玄は、シナジーを足し算ではなく掛け算で考えていたわけだ。信玄の下には、馬場美濃守、内藤昌豊、山県昌景といった歴戦の勇将に加え、軍師として名高い山本勘助と、傑出した才能を持つ人材が多く集まっていた。信玄は合議制によって、こうした1.0を超える優れた人材からアイデアを募って掛け算のシナジーを実現し、当時最強と呼ばれた武田軍を指揮していた(惜しむらくは、信玄が徳川家康を討つ途中、病死してしまったことだ)。信玄の秘伝に学ぶところは大きいと思う。
(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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