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DHBR2018年4月号『その戦略は有効か』―前職のベンチャー企業の戦略が有効でなかった7つの理由
山本七平『「孫子」の読み方』―日本企業は競争戦略で競合を倒すより、競合との共存を目指すべきでは?
伴野朗『朱龍賦』―兵站軽視がせっかくの戦略を台無しにする

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2018年03月28日

DHBR2018年4月号『その戦略は有効か』―前職のベンチャー企業の戦略が有効でなかった7つの理由


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2018年 4 月号 [雑誌] (その戦略は有効か 転換点を見極める)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2018年 4 月号 [雑誌] (その戦略は有効か 転換点を見極める)

ダイヤモンド社 2018-03-10

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 「戦略転換点」の見極め方については、インテルのCEOであるアンドリュー・グローブの著書『パラノイアだけが生き残る―時代の転換点をきみはどう見極め、乗り切るのか』(日経BP社、2017年)の方が詳しいので、そちらの内容を記載しておく。

パラノイアだけが生き残る 時代の転換点をきみはどう見極め、乗り切るのかパラノイアだけが生き残る 時代の転換点をきみはどう見極め、乗り切るのか
アンドリュー・S・グローブ 小澤 隆生

日経BP社 2017-09-14

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 ①「主要なライバル企業」、「自社の重要な補完企業」の入れ替わりがあるか、自問する。
 まず、次のような問いを発してみる。「主要なライバル企業の入れ替わりがありそうか?」。普通、自社のライバル企業の名はすぐ答えられるものだが、その答えが明快でなくなったり、以前はどうでもよかったような競争相手が出てきたりする場合には、注意を払わなければならない。重要視するライバルの序列が変わる時は、何か重大なことが進行している兆候であることが多い。また、「今まで大切な補完企業と見なしてきた相手が入れ替わろうとしていないか?」ととも問うべきである。かつて自社にとって一番大切な企業だったのに今は違うとしたら、産業内の力関係に変化が起きている兆候なのかもしれない。

 ②変化を素早く察知する人材”カサンドラ”の声を聞く。
 カサンドラは「トロイの陥落」を予言した女司祭のことである。社内には、彼女のように、迫り来る変化にいち早く気づき、警告を発する人々がいる。こうした人たちは中間管理職で、営業職であることが多い。彼らは近づきつつある変化について、経営陣より多くのことを察知している。社外で動き回り、現実世界の風を肌で感じているからだ。カサンドラは向こうからやって来て、心配事を伝えてくれる。その時は彼らの話に耳を貸し、理解するよう最善を尽くすべきだ。

 ③新技術の登場時には「初期バージョンの罠」に注意し、重要度を慎重に見極める。
 新しく出てきたものは、たいていは評判通りではない。とはいえ、注視を怠るべきではない。例えば、ウィンドウズの初期バージョンは長い間二流とされていたが、その後ウィンドウズは周知の通り業界全体を大きく変える力となった。こうしたことがあるから、初期バージョンの質だけを見て、その重要度を早計に判断してはいけない。

 ④あらゆる関係者を集めてディスカッションする。
 ある変化が戦略転換点なのかを見極めるために重要なことは、広く意見を集めてディベートすることである。その際、色々なレベルの幹部が議論に参加させる。また、顧客、協力会社といった社外の人々も巻き込むべきだ。あらゆる関係者の知恵を総動員することが大切である。

 ⑤常に「恐怖感」を持って事に当たる。
 経営幹部の最も重要な役割は、社員が夢中になって市場での勝利を目指せるような環境を作ることである。「恐れ」という感情は、そのような情熱を生み出し、維持する上で重要な役割を担っている。敗北を恐れることは、強い動機になる。では、どうすれば社員の心に敗北への恐怖感を培うことができるのか?それには、まず経営陣が恐れを感じることだ。いつか経営環境の何かが変わり、競争のルールも変わってしまうかもしれないと経営陣が恐れていれば、社員もやがて共感するようになる。そうすれば警戒心を持ち、常にシグナルに注意を払うはずである。

 せっかく戦略転換点に気づいても、新しく立てた戦略が有効でなければ成功することはできない。私の前職は、企業向けの教育研修と組織・人事コンサルティングを提供するベンチャー企業であったが、約10年前にはちょうど、「自律型人材」というキーワードが流行し、キャリア開発の重要性が高まりつつある頃であった。前職の企業はこの変化を先取りして、新入社員、若手社員、ミドル、シニアという全世代に対応したキャリア研修を提供するという戦略を選択した。当時、キャリア研修を実施していたのは一部の大企業のみであったから、この戦略は新しい市場を切り開くイノベーションであった(当時の推定市場規模については、以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第30回)】ターゲット市場がニッチすぎて見込み顧客を発見できない」を参照)。

 本来、経営資源に限りのあるベンチャー企業は、既に需要がある程度存在する市場において、競合他社との差別化によって市場への参入を図るというマーケティング戦略を取るのが安全策である。前職の企業の中にも、管理職向けのマネジメント研修や、営業職向けの営業研修など、競合他社は多いが多くの企業で実施されている研修を提供するべきだという声があった。ただ、そうは言っても、世の中にはイノベーションから成功したベンチャー企業も存在するから、私も前職の企業のイノベーションを完全には否定しない。しかし、百歩譲って前職の企業のイノベーションを認めるとしても、それでもやはりその戦略には7つの欠陥があったと思う。

 《参考記事》
 【ベンチャー失敗の教訓(全50回)】記事一覧

 ①キャリア研修の導入は、顧客企業にとって+αの負担となるのに、それを上回るメリットを提示することができなかった。
 前職の企業だけでなく、当時の研修会社が考えていたキャリア研修は、一般的な集合研修とは異なり、集合研修の後に、それぞれの受講者と個別にキャリアコンサルティング(キャリアカウンセリング)を実施することとなっていた。ただでさえ新しい研修を導入することは人事部にとって負担であるのに(人事部というのは保守的な部門で、一度決めた研修体系をなかなか変えようとしないものである)、受講者と研修会社との間でキャリアコンサルティングを設定するという手間が増える。それに、いくらキャリアコンサルティングが個人的なものとはいえ、企業としてお金を払ってやってもらっている以上、キャリアコンサルティングの結果がどうであったか研修会社から報告を受けなければならない。その結果、何かしらの問題が見つかれば、人事部全体で議論したり、場合によっては経営陣にまで報告したりする必要も出てくるだろう。

 以前の記事「DHBR2018年3月号『顧客の習慣のつくり方』―「商店街に通う」という習慣を作るためにはどうすればよいか?、他」でも書いたが、イノベーションを受け入れてもらうには、顧客の習慣を変えなければならない。その際、顧客の行動を簡便化するように働きかけることが肝要である。簡単な例だが、電子メールが普及したのは、電話よりコミュニケーションが楽になったからである。仮に、イノベーションが顧客にとって新しい行動を要求する場合には、顧客が負担するコストを上回るメリットを提供しなければならない。またしても簡単な例だが、facebookはユーザが日常の一コマをわざわざWeb上にアップするという一手間がかかる。それでもfacebookが世界中に広がったのは、友人と広くつながることで日常生活の楽しみが増えるからだ。

 前職の企業は、キャリア研修の導入による効果を明確に示すことができなかった。「社員のモチベーションが上がる」、「組織が活性化される」、「自社に対するロイヤルティが上がる」といった、定性的で抽象的な効果ばかりを見込み顧客に訴求していた。仮に、「○○名に対してキャリアコンサルティングを実施すると、平均的に○○名の潜在的な転職希望者が見つかり、彼らのリテンションによって○○万円の中途採用コストが節約できる」、「平均的に○○名が現在の職場と自分の能力にギャップを抱いていることが判明し、人事異動を通じた適材適所を実現することで、組織の生産性が○○%上昇する」などといった定量的な効果を示すことができれば、もっと人事部の関心を引きつけることができたのではないかと思う。

 ②自分で開発したキャリア研修のことを自社が愛していなかった。
 以前の記事「『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)」でも書いたように、イノベーションとは、イノベーターが「自分がこれだけほしがっている製品・サービスなのだから、世界中の人も同じようにほしがるに違いない」と考えているものである。つまり、イノベーターは自分が創り出したイノベーションを心から愛していなければならない。だが、前職の企業では、社長が本当にキャリア研修を愛しているのか最後までよく解らなかった。

 仮に、社長がキャリア研修に強い思い入れを抱いているのであれば、まずは自社の社員を顧客に見立てて、社内でキャリア研修を実施してもよさそうなものであった。だが、私の在籍中にキャリア研修を受講する機会はなかった。当然、キャリアコンサルティングも実施されなかった。そもそも、半期に1度の人事考課ですらまともに行われていない企業であったから、キャリアコンサルティングが行われることを期待することはできなかった。前職の企業の社長は、大手コンサルティングファームでパートナーまで上り詰めた人である。だが、往々にしてコンサルタントという人種は、顧客企業に提案する施策を自分ではやらない(やれない)ものである(だから、コンサルタントが独立起業しても成功するとは限らない)。その悪癖が出てしまったと考えられる。

 ③競合他社の分析ができていなかった。
 これは自社のマーケティングを兼務していた私の反省点である。キャリア研修はイノベーションであったが、既にいくつかの競合他社が存在していた。私はもっと人脈を活用して、競合他社がどんな営業資料を用いて見込み顧客に提案をしているのかを調査するべきであった。そして、競合他社との差別化ポイントを明確にして、プロモーションに反映する必要があった。

 また、営業担当者とも連携して、競合他社の情報収集に努めるべきであった。営業担当者には、もし失注したら、「なぜ失注したのか?競合他社のどの点がよかったのか?」を聞くように強く念を押せばよかった。営業担当者は時々、「価格が折り合わなかった」と報告してきたが、こういう場合はたいてい、価格を下げたとしても受注できないものである。価格を持ち出すのは方便で、見込み顧客の本音は必ず別のところにある。「あの会社のキャリア研修はこの点が全然ダメだ」と心の奥底で思っている。その本音を引き出すよう、営業担当者をプッシュすればよかった。それが足りなかったので、ある営業担当者が、「我が社の研修テキストはA4ヨコだが、競合他社はA4タテである。だから、我が社のテキストもA4タテにするべきだ」と強弁して、社内の講師にテキストのレイアウトを変更させているのを見た時には呆れるしかなかった。

 ④成果をモニタリングする中間指標も、撤退基準も設定されていなかった。
 前職の企業では、大まかに「HPでコラムを読んでもらう⇒無料セミナーに参加してもらう⇒セミナー参加者にアプローチして商談化する⇒価格交渉する⇒受注する」というマーケティング/営業プロセスを想定していた。だが、HPのコラムの目標PV数も、無料セミナーの参加者数も、商談の件数も、受注の件数も(!)目標が設定されていなかった。目標を設定していないので、データも収集していない。よって、HPのコラムを読んだ人が無料セミナーに参加する割合、無料セミナーに参加した人に営業担当者がアプローチして商談化に至る割合、商談から価格交渉に至る割合、価格交渉から受注に至る割合も不明であった。だから、目標受注件数を設定した場合に、逆算して何件の価格交渉案件が必要か、何件の商談が必要か、何名の無料セミナー参加者が必要か、どのくらいのHPのコラムのPV数が必要なのかも明らかにすることができなかった。

 中間指標の不在も大きな問題だが、それ以上に私が問題視しているのは撤退基準がなかったことである。イノベーションはリスクが大きいため、思うように利益が出ず、損失が続くことがある。仮に損失が続いた場合、どれくらいの損失なら耐えられるのか、いくら以上/何年以上赤字を出したら撤退するのかという撤退基準をが必要である。そうでないと、いつまでもイノベーションにだらだらと投資し続けることになる。特に日本人は、「努力すれば必ず成功する」という価値観を強く信じている節があるので、イノベーションの失敗に見切りをつけるのが下手である。

 キャリア研修も長く赤字が続いていたが、撤退基準がなかったために、ずるずると開発や営業活動を続けてしまった。あだとなったのは、社長の資金である。社長は前に所属していた大手コンサルティングファームでパートナーになった時にストックオプションを獲得しており、その行使によって相当の資産を持っていたらしい。キャリア研修が大幅な赤字を出して期末に債務超過状態になるたびに、社長が自分の資金を注入して債務超過を解消するということを何年も続けていた。クレイトン・クリステンセンは著書『破壊的イノベーション』の中で、ホンダのスーパーカブがアメリカで成功したのは、資金が不足しており退路が絶たれていたからだと書いていたが、前職の企業はそれとは全く正反対のことをやってしまったわけだ。

 ⑤プロモーションへの投資が不足していた。
 これもマーケティング担当の私の反省点である。以前の記事「『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)」でも書いたように、イノベーションは新しい需要を喚起するために、時に強引で押しつけがましいプロモーションを行わなければならない。しかも、大々的に、集中して行う必要がある。それが前職の企業ではできなかった。私がやったことと言えば、自力で自社HPのSEO対策をすることと、無料セミナーを企画して細々と続けることでしかなかった。私に与えられた予算はたった月7万円であり、それは全て自社HPの運用・保守に消えていた。

 「モチベーション・マネジメント」を人事部に広めた株式会社リンク・アンド・モチベーションの小笹芳央氏は、耳慣れないそのコンセプトを売り込むプロモーションが上手だったと思う。『モチベーション・マネジメント』という著書を出し、ビジネス誌や人事の専門誌に頻繁に登場してその重要性を説いて回った。他方、私の前職の企業では、社長はキャリア開発とは関係の薄い本の執筆に忙しく、また、リスクヘッジをするためなのか、キャリア研修以外にも、メンタリング研修、ダイバーシティ・マネジメント研修、リーダーシップ研修など、様々な研修に手を伸ばしていた。そのため、資源が分散してしまい、キャリア研修に資金を集中投下することができなかった。

 リンク・アンド・モチベーションがモチベーション・マネジメントを提唱した時は2000年代前半であったため、まだインターネット広告が発達しておらず、雑誌中心のプロモーションになっていたと思われる。だが、私が前職の企業にいた約10年前には、インターネット広告が随分と発達していた。私は、月20万円の予算があれば、リスティング広告などを駆使してもっとまともなプロモーションができたはずだと後悔している。少なくとも、ほとんど自前で更新ができる自社HPの運用・保守に月7万円も払うくらいならば、Web制作会社と交渉してその金額を下げ、リスティング広告用の資金を捻出するぐらいのことはやるべきだった。

 ⑥戦略を実行するための経営資源(特に人材)が不足していた。
 「日本企業には戦略がない」と言ったのはアメリカのマイケル・ポーターであるが、以前ある人が「日本企業は戦略があったとしても兵站がない」と言ったのを記憶している。兵站とは、戦争において後方に位置し、前線の部隊のために必要な物資を送り届ける機能のことである。経営に置き換えると、戦略の実行に必要な経営資源(人・モノ・カネ・情報・知識)を、適切な品質を維持しつつ、必要なタイミングで、必要な量だけ供給することと言える。日本の歴史を振り返ると、戦闘では必要な物資を現地調達するのが原則であったがゆえに、兵站という概念が発達しなかった。その弊害が露呈したのが、太平洋戦争におけるインパール作戦であった。兵站軽視の傾向は、現在の日本企業にも見られる。私の前職の企業もそうであった。

 私の前職の企業は、社員数1,000人以上の企業をターゲットとすると決めていた。これは、前述の通り、キャリア研修を実施しているのが一部の大企業に限られていたからだという事情がある。ただ、社員数が1,000人の場合、10年に1度キャリア研修を受講するとすれば、毎年の対象者は100人となる。人事部は同じ研修は同時に開催したいと考えるため、仮に1クラス15名とすると、7名の講師が必要である。社員数が増えれば、当然のことながら必要な講師数はもっと増える。ところが、私の前職の企業には自前の講師が4人しかいなかった。そのため、人事部からは「御社には研修のデリバリ能力がない」と判断されて失注するケースもあった。これは明らかにビジネスモデル、ビジネスプロセスの設計ミスである。

 ⑦社員の「できない」という批判を経営陣が「できる」に変えようとしなかった。
 イノベーションに成功した企業の経営者のインタビューを読んでいると、「社員は全員反対した。だから、成功すると確信した」といった発言を目にすることがある。無論、社員が全員反対した通りに失敗したイノベーションもあるだろうから、あくまでも結果論だと言ってしまえばそれまでである。だが、イノベーションを成功させるためには、誰よりもそのイノベーションの可能性を信じている経営者が、社内の壁を1つずつクリアしていく努力が必要であることは間違いない。

 私の前職の企業では、キャリア研修が全く売れなかったので、毎週の営業会議は沈滞したムードが漂っていた。社員からは、「○○だからできない」、「○○だから売れない」という声が社長に向けられた。だが、社長はそのように主張する社員を1人ずつ粘り強く説得するのではなく、「じゃあどうすればいいの?」と聞き返すありさまであった。「どうすればいいか解らない」から現場が音を上げているのであって、そこに「どうすればいいの?」と畳みかけるのは残酷である。②とも関連するが、社長がこのイノベーションの価値を本当に信じているのか疑いたくなった。

 DHBR2017年12月号『GE:変革を続ける経営』で、GEの前CEOであるジェフリー・イメルトのインタビューが掲載されていたが、彼は変革を推進するにあたって、「最後の1人までドアを開けて説得する」姿勢を崩さなかったそうだ。これを額面通りに受け取ってよいかは議論があるだろうが、社員数約30万人の企業の経営者がそこまでやっているのに、社員数がたかだか10数名のベンチャー企業の経営者がそれをできなかったのは恥ずかしいことだと思う。

2015年01月14日

山本七平『「孫子」の読み方』―日本企業は競争戦略で競合を倒すより、競合との共存を目指すべきでは?


「孫子」の読み方 (日経ビジネス人文庫)「孫子」の読み方 (日経ビジネス人文庫)
山本 七平

日本経済新聞社 2005-08

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 山本七平が孫子の『兵法』を解説した一冊。山本の著書は「山本学」と呼ばれるほど独特の論調がある(それゆえに、浅学の私には少々読みづらいと感じてしまう)のだが、本書は『兵法』の1文1文を比較的オーソドックスに解釈している(と思う)。

 山本らしさが表れている点と言えば、中国の古代思想の研究者である天野鎮雄に言及していることだろう。天野による『孫子』の厳密な本文批判によれば、『孫子』は一個人の著作ではなく、同時代もしくは後代の多くの注釈的敷衍が加わっているという。その上で、天野は「原(ウル)孫子」とも言うべき骨子を抽出した。山本は本書で、『孫子』の本文に加えて、「原孫子」も併記している。ただし、天野の説は山本以外、全面的に賛成している研究者は非常に少ないらしい。

 孫子はまず、敵国と自国を十分に分析して、相手と戦うべきか否かを判断せよと説く。
 両国の次の点を比較してみる。(1)君主はどちらが有徳か。この場合の「徳」は、人格的な統合能力の意味としてよいであろう。(2)将帥はどちらが有能か。この将帥には、前述のように宰相などの文官も含める、というよりその方が中心になるべき問題であろう。(3)天の時と地の利はどちらが有利か。(4)法律・制度はどちらが完備しかつ徹底し、よく守られているか。(5)士卒はいずれが精強か。(6)また、いずれが戦技に熟達し規律ある統一的行動ができるよう訓練されているか。(7)賞罰は、どちらが公正に行われているか。私は、この計算によっていずれが勝つかの勝敗を知ることができる。
 これらの観点から自国と相手国を分析した結果、自国の方が勝っていれば相手国に勝つ確率が高くなる。逆に、相手国の方が勝っていれば自国にほとんど勝ち目はない。その場合、相手国に攻め込まれないようにするために、優秀な将帥を抜擢したり、法律を整備したり、軍隊を訓練したりして、自国の組織的能力を高めることが最善の策となる。

 それでも自国と相手との間で戦争が生じた場合はどうすればよいか?孫子は「絶対にだらだらと長期戦をしてはいけない。一刻も早く決着をつけよ」と主張している。
 ここで、孫子が言っていることを簡単に要約すれば、戦争にならざるを得なくなったら、「一日も早く切り上げろ、決して泥沼の長期戦に持ち込んではならない。たとえ少々まずくとも拙速で終止符を打て」ということであって、個々の戦闘を「速戦即決でやれ」と言っているのではない。それを誤解すると「速戦即決」は日本軍の標語であり、「長期持久」は蒋介石国民党軍の標語であって、孫子の教訓は日本側が実行していたように見える。(中略)これは「原孫子」を踏まえず、自分のやっていることをその一語句の恣意的な引用で正当化しているわけで、全く「生兵法は大けがのもと」である。
 本書の他の記述と合わせて考えると、戦争でカギを握るのは、双方の軍事力とそれを支える物資量、政府と軍部の能力といった諸々の「組織能力」と、その組織能力の組み合わせによって取りうる様々な「戦術」の集合体であるようだ。

 戦争においては、最初に自国にとっての「ゴール」を設定する(相手国の元首や主要人物を拘束する、相手国の首都を占領する、相手国の軍事施設を破壊する、など)。同時に、相手国が設定しているであろう戦争のゴールを推測する。そして、自国のゴールを達成するために、どのような組織能力を用いてどんな戦術を展開するのかを多面的にシミュレーションする。当然、相手国も相手国自身のゴールを達成するために様々な戦術を展開するから、そうした動きも踏まえた上で、どのような戦術が有効なのかを検討しなければならない。

 ただ、結局のところ戦争とは物質的な戦いであるから、シミュレーションの精度が高ければ、戦う前から勝敗が決することが多い。それでも無謀な戦争に突入してしまうのは、精神面が物質面をカバーできるはずだという不思議な理屈が唱えられるからである。事実、太平洋戦争では、事前にどんなにシミュレーションをしてもアメリカに勝つ見込みはなかった。それでも戦争に突入したのは、精神論が勝ったからに他ならない。

 そもそも、日本人は将来のある地点にゴールを設定し、そこから逆算してゴールを達成するための手段を構築するという、「将来⇒現在」型の思考が苦手である。こういう思考に向いているのは、この世には終わりがあるという終末観を持ち、その終わりに向かってどう生くべきかを中長期的な視点から考えるキリスト教圏の人たちだ。一方、日本人にあるのは「現在」だけであるため、今この時をどう生きるかという刹那的な発想にならざるを得ない。日本人にも将来という観念はあるものの、将来のある一点を指すのではなく、漠然としたイメージでしかない。その将来に向かって今を一生懸命生きれば、自らを少しずつ高めていける。これが、いわゆる「道」である。

 もちろん、日本にも太古の昔から合戦はあった。ただ、日本の合戦は「戦力や兵士の食料などを現地で調達し、短期間で決着がつく」という特徴がある。語弊を恐れずに言えば、「場当たり的」なのである。「将来⇒現在」型の思考で、合戦のゴールを設定し、持てる組織能力をどう活かして戦術を仕掛けるかという発想に乏しい。合戦が短期間だったのは、孫子の教えに従った結果ではなく、日本の国土が狭くたまたま大規模な合戦にならなかったためにすぎない。天下分け目の合戦と言われた関ヶ原の戦いも、わずか6~8時間で終了している。

 山本は、物資の現地調達について、日本人が孫子の教えを誤解していたと指摘している。
 「故に智将は務めて敵に食(は)む。敵の一鐘(約50リットル)を食むは、吾が二十鐘に当る。キ(草かんむりに「忌」)カン(禾へんに「干」)(牛馬の飼料)一石(30キロ)は吾が二十石に当る」ということになる。だが、これはあくまでも「兵は拙速」を前提とした話、その前提のもとにさらに戦利品を鹵獲して活用せよということで、現地の住民を搾取することは決して「務めて敵に食む」ではない。

 太平洋戦争中フィリピンの砲兵隊本部にいた私は、内地からの補給は皆無で、大本営から送られてくるのは「現地自活」の通達ばかりだったので、全くうんざりした。しかも、それを「孫子の兵法だ」などと称する参謀もいた。これは大変なまちがいで、現地自活は「遠く輸(おく)れば」より、もっと悪い。
 戦争では、単に兵士を前線に送り込めば足りるわけではない。兵士が使用する武器や、兵士の食料などを適切に補給することが非常に重要で、それらの補給部隊は時に前線部隊と同じぐらいになる。前線に武器や食料などの物資を補給する機能を兵站と呼ぶが、日本は前述したような歴史的経緯があるから、兵站を重視するという発想が生まれなかった。兵站軽視が招いた悲劇の例が、太平洋戦争におけるガダルカナル島での戦いであり、インパール作戦であろう。この2例では戦術と兵站のバランスが完全に崩れていた。

 繰り返しになるが、日本人はゴールを設定して、そこから逆算方式で手段を導き出すことが苦手である。また、それぞれの手段を制約することになる手持ちの資源とのバランスを踏まえて、手段と資源を最適化することも不得手である。以上を踏まえると、日本人は安易に相手と戦ってはならない、ということを示唆しているのではないだろうか?

 「将来⇒現在」型の思考に慣れているアメリカ企業は、競合他社を徹底的に叩きのめそうとする。顧客に直接働きかけるマーケティングに加えて、「競合他社を市場から締め出す」というゴールを設定し、戦術を繰り広げる。競争戦略の父であるマイケル・ポーターは「戦略とは、いかにして競合他社と戦わない状態を作り出すかである」と主張しているが、彼の唱えたファイブ・フォーシズ・モデルなどを見ると、実際には競合他社を排除しようとしているように私は感じる。

 日本企業がアメリカ企業と同じように競合他社を攻撃するとどうなるか?日本企業は終着点を想定せず、場当たり的に戦術を打ち出す。解りやすい例が、牛丼チェーン業界や家電量販業界の価格競争であろう。各社には、競合他社を打ちのめすというゴールがあったのか不明である。本来、値下げ戦略は、自社が規模の経済を生かして、競合他社が利益を出せない水準まで価格を下げ、競合他社を弱体化させるのが狙いである。よって、各社には、どんな価格を、いつまで続けるのか?という構想が必要だった。ところが、実際には各社ともゴール地点がなく、だらだらと値下げ合戦を続けた。その結果、業界全体が不振に陥ってしまった。

 日本企業は競合他社との対決よりも、共存を目指すべきではないだろうか?ポーターが言った「競合他社と戦わない状態」は、日本こそが実現すべきだ。競合他社の動向を見ながら、自社のポジショニングを少しずつ変えて、最も居心地のよいポジショニングを探し当てる。そうすれば、顧客の多様なニーズに対して、多様な企業が製品・サービスを提供する豊かな業界になるだろう。一神教文化圏に属するアメリカ企業が、自社こそNo.1だと自負して競合他社を駆逐しようとするのに対し、多神教文化圏に生きる日本人は、「和」の精神を重んじなければならない。

 『孫子』は多くのビジネスパーソンが今でもよく読んでいるが、以上のことを踏まえると、実はそっくりそのまま企業経営に活かすのはむしろ危険なのではないか?という疑問が湧いてくる。事実、著者は本書の冒頭でこのように述べていることを見過ごしてはならないだろう。
 軍隊の存在理由または軍事行動の目的は敵の戦力を破砕することにある。しかし、企業はそうではない。企業は何かを破砕するために存在するのではなく、あくまでも生産をして利潤をあげつつ存続するのが目的だから、存在理由と機能の目的が軍事行動とは全く違うはずだ。いわば両者は基本が全く違うのだから、軍事はそのまま経営の指針もしくは参考にならないはずだ。


2013年01月11日

伴野朗『朱龍賦』―兵站軽視がせっかくの戦略を台無しにする


朱龍賦 (徳間文庫)朱龍賦 (徳間文庫)
伴野 朗

徳間書店 1995-11

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 中国・明王朝を建てた朱元璋(洪武帝)の物語。元王朝の末期、各地で起こった紅巾の乱をきっかけとして、全国に朱元璋、陳友諒、張士誠、方国珍という4つの勢力が現れた。朱元璋は、三国時代の名参謀・諸葛孔明と並び評される天才軍師・劉基を三顧の礼を尽くして迎え入れ、宿敵・陳友諒を打つべくハ陽湖の戦い(1363年、ハは「番」に「おおざと」)に挑む。結果は朱元璋の勝利に終わったわけだが、勝敗を分けたのは戦力の差ではなく、兵站(物資の配給や整備、兵員の展開や衛生、施設の構築や維持などの後方支援活動)の差だった。陳友諒は、朱元璋よりも強大な戦力を持っていながら、持久戦に耐えられるだけの兵站を整備していなかった。

 不十分な兵站は、戦争において文字通り命取りとなる。中国から日本に目を向けると、日本は兵站軽視の風潮があると言われる。国土が狭い日本では、兵站の整備が必要なほど広範囲に及ぶ戦争がほとんど起こらず、戦争に必要な物資や食糧は現地で略奪すればよいという考え方が、古くは南北朝時代からあったそうだ。戦国時代になって武田信玄が「棒道」と呼ばれる軍用通路を整備し、各所に兵站基地を設置した例はあるものの、あくまでも自国勢力圏内に限定されていた。そのため、街道が整備されていない敵地においては、信玄は着実に他国を制圧しながらじわじわと自領を拡大していく路線を採らざるをえなかった(※1)。

 こうした兵站軽視が最も災いしたのが、太平洋戦争におけるガダルカナル島の戦いの敗北であり、インパール作戦の失敗であろう。1941年12月8日の真珠湾攻撃以降、太平洋戦争を有利に進めていた日本だったが、翌年6月5~7日にかけてのミッドウェー海戦に敗れてからは、アメリカとの形勢が逆転した。1942年8月7日、アメリカ軍は日本軍が飛行場を建設していたガダルカナル島へ部隊を送り込み、日本初の地上戦が始まった。アメリカ軍の規模を過小評価していた日本軍は大量の戦死者を出したが、その多くは実は戦闘ではなく飢えや病気で死亡している。ガダルカナル島に上陸した日本軍の兵士は、「食糧はアメリカ軍から奪えばよい」と教えられていたため、わずかな食糧しか携帯していなかった。よって、食糧はわずか1週間で尽きた。

 ガダルカナル島の戦いでの戦死者は2万1,138人、そのうち飢餓や病気で死んだのは1万5,000人前後と言われる。しかし、インパール作戦では、作戦参加者の約8割にあたる数5万から6万人もの命が、たった1人の司令官の愚かさのために奪われた。日本軍が1942年5月に占領したビルマに、翌年2月になって約3,000名の英印軍が進入した。この部隊は、イギリス軍の基地があるインド領インパールを根拠地にしていた。その進入部隊は撃退したものの、再び進入できないようにインパール自体を奪おうというのが作戦の発端である。

 インパール進出の難しさは初めから解っていた。乾期でも300メートルも幅があるチンドウィン川を渡り、標高2,000メートルから3,000メートルもあるアラカン山脈を踏破するのには、補給が続かないことは明白だった。しかし、ただ一人、牟田口廉也中将は作戦を強引に進めた。牟田口は補給問題の解決策を牛に求めた。牛の背に米や爆弾などを乗せて運び、最終的にはその牛を食糧にしてしまおうというのである。1944年3月8日に始まった進撃から2週間もすると、案の定食糧がなくなった。しかし、肝心の牛はチンドウィン川でほとんどが溺れ死に、残った牛もアラカン山脈を越えることはできなかった。7月に完全撤退命令が出るまで大量の餓死者と病死者を出し、その遺体が続く道は白骨街道と呼ばれた(※2)。

 企業経営においても、戦略を実現するために、ヒト・モノ・カネ・情報・知識といった経営資源を十分に補給し続ける仕組みを構築することが極めて重要である。ここで、企業経営における兵站とは何だろうか?すなわち、ややもすると見過ごされがちだが実は非常に重要な経営資源とは何か?と考えてみると、それは「時間」であるような気がする。あまりに当たり前すぎる話だが、どんなに戦略が優れていても、あるいはどんなに潤沢で良質なその他の経営資源があっても、時間がなければ戦略は実現されない。

 よくあるパターンとしては、業績に危機感を持つ経営層が新しい戦略を立案して、現場に様々な施策を命じる。しかし、ただでさえ忙しい現場は施策を実行する暇がない。すると戦略が実現化せず、経営陣が期待する効果が得られない。ならば別の戦略をと、経営陣はまた新しい施策を現場に投げかける。ところが、またしても現場はそれを消化できない。そしてまたまた業績が滞る、という負のスパイラルである。時間の確保という兵站を軽視する経営陣は、成果の上がらない管理職や現場社員にしびれを切らして、「成果が出るまで働け」と、長時間残業を強いるかもしれない。しかし、こうしたハッパのかけ方こそ、現地でその都度必要な資源を調達すればよいという、日本軍の悪しき風習である兵站軽視の表れとは言えないだろうか?

 経営陣は、新しい戦略や施策をブチ上げればそれで仕事をした気になってしまうのかもしれない。だが、現場にとっては「これまでの仕事+新しい施策」となるわけだから、過剰な負荷がかかることになる点を考慮してやらなければならない。新しい戦略や施策を現場でやってもらおうとするのならば、代わりに何か別の活動を止めて、現場の時間を捻出してやる必要がある。「何かを始めること」は「何かを止めること」とセットでなければならないと思うのである。


 (※1)海上知明「日本戦史発掘 兵站軽視の源流」(ダイヤモンド社『歴史に学ぶ』2010年11月号)
 (※2)太平洋戦争研究会編著『オール図解 30分でわかる太平洋戦争』(日本文芸社、2005年)

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