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冨山和彦『なぜローカル経済から日本は甦るのか』―城北支部青年部での読後感想のまとめ

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2015年01月08日

冨山和彦『なぜローカル経済から日本は甦るのか』―城北支部青年部での読後感想のまとめ


なぜローカル経済から日本は甦るのか (PHP新書)なぜローカル経済から日本は甦るのか (PHP新書)
冨山 和彦

PHP研究所 2014-06-14

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 著者の冨山和彦氏は、産業再生機構の創立メンバーの1人である。現在は、経営共創基盤というコンサルティング会社の代表取締役CEOを務めている。著者はオムロンの社外取締役を務める傍ら、みちのりホールディングスという東北地方のバス会社に出資をしている。冨山氏は、双方の経営に携わる中で、両者を動かす経済原理が全く異なることを発見したという。

 オムロンなどが属するのは「グローバル経済圏(Gの世界)」である。Gの世界は製造業やIT産業が中心で、経済特性で言うところの「規模の経済」が効く。製造業が扱うモノはグローバルマーケットで一斉に競争が始まるため、比較優位がないモノは瞬く間に淘汰される。

 一方、みちのりホールディングスなどが属するのは「ローカル経済圏(Lの世界)」である。Lの世界の産業としては、公共交通、飲食業、小売業、宿泊施設、医療・介護などが挙げられる。Lの世界は「密度の経済性」が効く世界であり、地域の顧客との密着度合いが経済効率を決める。よって、下手に事業を拡大するのは逆効果となる。普段マスメディアに取り上げられたり、政府の経済政策に影響を与えたりするのはGの世界の企業であるが、Lの世界の産業は、実はGDPや雇用の約7割を占める。彼らは日本経済を語る上で無視できない存在である。

 私は(一社)東京都中小企業診断士協会・城北支部の青年部で副部長をしている。青年部では、2か月に1回のペースで定例会(勉強会)を開き、診断士活動に役立ちそうな情報を共有する場を設けている。先日、とある先生から「この本のことを皆で勉強したい」というリクエストを受けた。そこで、(1)読後感想を共有し、(2)とりわけLの世界での仕事が多い診断士が、この本の内容を現場で活かすにはどうすればよいか?という観点から議論を行う定例会を実施した。

 (1)以下、定例会の出席者から上がった主な感想を列記する。

 (a)著者は、Lの世界でゾンビのように生き延びている企業には、緩やかに退出していただくと主張している。だが、本当にそんなことができるのか?という意見が最も多かった。また、企業の退出に伴い退職を余儀なくされた労働者の転職活動も容易ではないだろう、という指摘もあった。中小企業の主な借入先は信用金庫・信用組合である。ところが、信金・信組はもともと地場の企業から寄付を受けて成立したという背景があるため、中小企業を潰すことが難しい。潰すぐらいならば、利息だけでも払って存続させたいというのが信金・信組の本音のようである。

 この話を聞いて、私は中小企業の事業再生に詳しい別の先生の話を思い出した。中小企業の事業再生の現場では、金融機関の他に、弁護士、公認会計士・税理士、中小企業診断士などがチームを組んで仕事をする。ところが、弁護士は清算・整理の方向に持って行こうとするし(その方が弁護士の仕事になる)、公認会計士・税理士は事業譲渡やM&Aの方向に持って行こうとするし(2社の財務デューデリジェンスが必要になるため仕事が2倍になる)、中小企業診断士は独力での再生を目指そうとする。ゾンビ企業の退出は一筋縄ではいかなさそうである。

 (b)Lの世界の企業は「労働生産性(=付加価値額÷従業員数)」を上げなければならないとのことであったが、具体的な方策に乏しい印象を受けた。Lの世界の大半はサービス業であり、日本のサービス業の労働生産性がアメリカに比べて著しく低いという指摘は10年以上前からある。そこから議論があまり進展していないように感じた。従業員数を減らせば労働生産性は上がるが、Lの世界が日本の雇用を下支えしているという著者の論調にはそぐわないはずだ。

 となると、付加価値額を増やすしかない。付加価値額を上げる方法は、価格を上げるか、業務を効率化するかのどちらかである。確かに、Lの世界の業務効率化は大いに余地があるだろう。他方で、価格はどうであろうか?前述のように、Lの世界の産業は公共交通、建設、医療、介護、教育、農業など、厳しい(複雑な?)規制の下で価格や製品規格、サービス内容などが固定されている分野が多い。それを、いかにして顧客にとって最適な規制へと変えていくか?それと同時に、いかにして自社が利益を確保できる価格水準へと誘導するか?そういう政治力を発揮することも、Lの世界の中小企業には必要なのかもしれない。

 (c)アベノミクスはGの世界しかカバーできていないという意見があった。安倍総理は総理官邸の執務室に日経平均株価のボードを掲げているというらしいが、政府が注視している株価と為替レートはGの世界にしか関係がない。政府はGの世界からLの世界へのトリクルダウンを期待しているのだろう。しかし、著者の主張に従えば、Gの世界とLの世界は経済原理が全く異なる別世界であるから、トリクルダウンは起こりえない。政府は、Lの世界に効く経済政策と、その効果を測定する独自の指標を持つ必要がある。

 (2)読後感想の共有の後に、Lの世界の将来を予測するという目的で、ある商店街を題材にしたワークショップを行った。城北支部は練馬区・板橋区・北区・荒川区・台東区を管轄エリアとしていることから、私の独断で荒川区の「おぐぎんざ商店街」を取り上げた(関係者の皆様には、勝手にワークショップの題材として使わせていただいたことをお許しいただきたい)。おぐぎんざ商店街の商圏は下図のようになっている。

おぐぎんざ商店街商圏

 この商圏の人口ピラミッドを作成すると以下のようになった。この人口ピラミッドと、日本全体の人口ピラミッドを参考に、10年後の商圏の人口構成を予測して、商店街にどんな店舗が必要になるか?商店街はどんな機能を果たすべきか?を議論してもらった。もっとも、商店街の個店の特徴や顧客ニーズ、商圏内の競合他社などに関する分析を一切せず、この人口ピラミッドだけをインプット情報として議論をしたため、非常に粗い内容である点はご容赦いただきたい。

人口ピラミッド(おぐぎんざ商店街商圏―日本全体)

 私自身、この人口ピラミッドを作ってみて、非常にいびつな構成であることに驚いた。20歳以上と19歳以下の部分に大きな断絶がある。これは、都内で働くために他地域から多くの人が流入していることと、その反面極めて少子化が進んでいることの表れであろう。ただ、荒川区は子育て支援に力を入れており、そのためか5~9歳の人口に比べて0~4歳の人口が多くなっている。さらに、今後10年間で子どもを持つであろう20~29歳の層が比較的厚いことも踏まえ、「子どもに優しい商店街」を目指してはどうか?という意見が多かった。

 具体的には保育園やキッザニアのような施設を作るという案が出た。また、おぐぎんざ商店街の飲食店はどちらかというと大人向けの店が多いため、子ども連れでも入りやすい飲食店があるとよいとの声もあった。さらに、いわゆる「インビジブル・ファミリー」(以前の記事「野村総合研究所2015年プロジェクトチーム『2015年の日本』を2015年の到来を前に読み返してみた」を参照)が増えることから、高齢者と子どもが一緒に参加できるイベントを提案する参加者もいた。

 では、高齢者向けにはどうすればよいだろうか?著者は、高齢化が進む地方の商店街では、高齢者が歩いて回れる範囲内で、日常生活の用が全て足せるように商店街をデザインしなければならないと説いている。おぐぎんざ商店街でも、現在はほとんどないクリニックが必要となるだろう。特に、在宅診療を行うクリニックが不可欠になるとの指摘があった。

 高齢者向けのイベントとしては、商店街のイベントの企画支援を頻繁に行っている参加者から、カラオケ大会がよいとの意見があった。その方の話によると、他にもいろいろとイベントを企画したが、3年続いているのはカラオケ大会だけだという。確かに、カラオケ好きの私は昼間にカラオケボックスに行くこともあるのだが、最近は高齢者が非常に増えた印象がある。おぐぎんざ商店街にも、カラオケチェーン店を誘致できれば一番望ましいだろう。

 商店街はカラオケに限らず、商店街の空き店舗にチェーン店が入ることを極端に恐れているようだ。既存の店舗は、チェーン店との競争では勝てないと思い込んでいるのだろう。しかし、個人的には、一定割合のチェーン店に入ってもらい、彼らのブランド力・集客力にうまく便乗して、顧客獲得を狙うぐらいのしたたかさがあってもいいと思う。イギリスなど海外の商店街には、有名ブランドショップが数多く入っている。そういう店舗と地場の企業がうまく共存関係を構築している。

 ただ、商店街は、ショッピングセンターと違って、自由にテナントミックスを変えられないのが悩みどころだ。各店舗が一国一城の主であり、彼らの意向を取りまとめるのは容易ではない。高松丸亀町商店街のように、まちづくり株式会社が商店街の用地を取得し、商圏のニーズに合った店舗を誘致してテナントミックスを最適化している例は、例外中の例外であるに違いない。




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