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神崎繁『フーコー―他のように考え、そして生きるために』―「疎遠なるもの」に自己を変容させて到達する姿勢を経営学にも適用できるか?
ロイ・ポーター『啓蒙主義』―最初の啓蒙主義は全体主義につながる過激なものではなく、もっと穏健だった
【現代アメリカ企業戦略論(1)】前提としての啓蒙主義、全体主義、社会主義

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2018年01月05日

神崎繁『フーコー―他のように考え、そして生きるために』―「疎遠なるもの」に自己を変容させて到達する姿勢を経営学にも適用できるか?


フーコー―他のように考え、そして生きるために (シリーズ・哲学のエッセンス)フーコー―他のように考え、そして生きるために (シリーズ・哲学のエッセンス)
神崎 繁

日本放送出版協会 2006-03

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 最初にこの本を読んだ時は全く理解できなくて、別のフーコー入門書を2冊読んだ後にもう一度チャレンジしたのだが、やはり十分には理解できなかった。120ページぐらいの薄い本なのに、デカルト、カント、ヒューム、サルトル、ハイデガー、フッサール、ニーチェ、メルロ=ポンティ、デリダなど様々な哲学者が登場するため、予備知識に乏しい私にはハードルが高かった。それでも、私なりに整理できたことを記事にしてみたいと思う。

 《参考記事(ブログ別館)》
 重田園江『ミシェル・フーコー―近代を裏から読む』―近代の「規律」は啓蒙主義を介して全体主義と隣り合わせ
 中山元『フーコー入門』―「生―権力」は<悪い種>だけでなく<よい種>も抹殺してしまう

 我々が外界の事物をどのように認識するかについて、哲学者がどう考えたかについて見ていきたい。まずはデカルトである。デカルトは方法的懐疑という手法を用いて、あらゆる認識を疑った。そして、疑っているという自分が存在することだけは疑いようのない事実であることから、かの有名な「われ思う、ゆえにわれあり」という言葉を導き出した。

 デカルトは啓蒙主義の先駆けである。啓蒙主義とは、端的に言えば理性を絶対視する立場であり、先ほどのデカルトの言葉はこれをよく表している。その理性に対して、外界の事物はストレートに飛び込んでくる。理性が事物を表象する時、理性の中に埋め込まれた観念を組み合わせてイメージを形成する。逆に言えば、あらゆる事物は必ずいくつかの基本的な観念に分解できるということである(要素還元主義)。ここで、あらゆる事物の原因となる基本的な観念はどこから来たのかという問題が生じるが、デカルトはそれは神が仕込んだのだと答える。これがデカルトによる神の存在証明である。神がインプットした観念を組み合わせて表象するのだから、誰が(どの理性が)事物を表象しても、必ず同じようにイメージされる(以前の記事「斎藤慶典『デカルト―「われ思う」のは誰か』―デカルトに「全体主義」の香りを感じる」を参照)。

 デカルトの哲学が経験主義を下地とした唯物論であるのに対し、カントの立場は観念論と呼ばれる。デカルトは理性を絶対視したが、カントは経験や理性の限界を認める。デカルトにおいては、事物の無限な観念を人間の理性が持つことの根拠として神の存在が前提とされた。他方、カントにおいては、一方で理性が自らの経験の限界を設定することで自ら従うべき法則を課す自律性を確保しながら、同時にそうした経験を可能にする根拠を自らのうちに持つ必要が生じた。デカルトは認識の主体である身体や感覚まで方法的懐疑によって退けてしまったが、カントは認識の主体である人間を必要とした。そしてこの人間は、事象を見るのと同時に、自分自身を見ている。ただ、限定された理性が対象を見ていると同時に、自分自身も見られているという時の表象が各人にとってどんなものなのか、私もこの文章を書きながらよく理解できていない(汗)。

 デカルトもカントも、外界の事物が理性に飛び込んでくるという点では共通していたが、フッサールはこれとは異なる見解を示した。フッサールは、理性の方が外界の事物に向かって働きかけるというもう1つの矢印を想定した。フッサールは文の成立過程について考察を行っている。例えば私がペンを見た時、まずは「知覚の志向性」が働く。ペンの一部を見て、おそらくこれはペンであろうという認識を持つ(この段階ではまだ文にはなっていない)。部分的な経験から事物全体へと向かうことを可能にするものを、フッサールは「質料」と呼ぶ。次に、「これはペンである(これはペンであれかし)」という「信念の志向性」が現れる。そして最後に、「これはペンである」という文が発せられる(以前の記事「門脇俊介『フッサール―心は世界にどうつながっているのか』―フレーゲとフッサールの違いを中心に」を参照)。

 外界の事物がストレートに理性に飛び込んでくるという点をもっと深く掘り下げたのがメルロ=ポンティとサルトルである。メルロ=ポンティは、外界の世界も意味を持ち、それを再分配するのだと言う。ある時、私が森の中を通って海岸まで通じる道を歩いていたとする。私の周りの木々はどれも真っ直ぐに伸びている。だが、遠方に1本だけ、幹が斜めになり、葉の色が変色しているように見える木がある。おそらく枯れ木だろうと私は考える。しかし、私が海岸に近づくにつれて、枯れ木のように見えていたものが、実は随分昔に座礁した難破船であることが解った。

 通常は、私が最初に難破船を枯れ木と見間違ったのは、私の記憶の中に、私が今まで見てきた枯れ木の映像があり、私が見たものがそれと合致したからだと考える。その見解を改めたのは、私が海岸に近づくにつれ、船のマストらしきものが見え、幹に見えたものが船の先端であったことに気づいたからである。こうして部分的な情報を総合した結果、枯れ木に見えたものが実は難破船だったと判断することになる。ところが、メルロ=ポンティはここで「ゲシュタルト」の概念を持ち出す。ゲシュタルトにおいては、全体は要素の総和ではなく、むしろ各要素の感覚的な値自体が、全体におけるその機能によって規定されており、また、その機能とともに変化する。

 私が枯れ木から難破船へと認識を改めるのは、部分の知覚が総合へと至るからではない。個々の部分が連合され、全体の意味が再構築されるのではない。風景の全体が変容することで、部分の知覚が意味を変える。全体から部分へと意味が再分配されて、全体の意味とともに部分の意味が共変する。連合ではなく、配分が問題なのであり、ここにおいて「世界の相貌」が一変する。これを私なりに解釈すれば、私が風景に対して意味を与えるのではなく、風景自体が全体として意味を持っており、それが時に応じて部分に対して意味を再分配する、ということである。そして、メルロ=ポンティは、意味が流れ出る現場に立ち会う必要があると述べている(以前の記事「熊野純彦『メルロ=ポンティ―哲学者は詩人でありうるか?』―意味は「感覚されるもの」と「感覚する者」の「交流」によって生まれる」を参照)。

 サルトルは、「眼差し」について考察を行っている。他者への眼差しは、その他者を対象化することによって、本来それ自体も「対自存在」、つまり意識的存在として自由なあり方をしているはずの他者を「即自存在」、すなわち事物と変わらない扱いをすることになる。だが、このことは翻って自己自身にも現に生じていることであり、眺めているということは、眺められているということを意味する。こうして、サルトルは、自己の自由というあり方が、他者の眼差しによって不意打ちを受けて逆転することから生じる疎外感や羞恥心を、自己の本質的構成要件と考える。つまり、自己は本質的に「対他存在」である(サルトルの主張も私はまだよく理解できていない)。

 さて、理性との関係でもう1つ問題になるのが、感情の位置づけである。伝統的なストア派は、理性と感情は対立しないという立場をとった。フーコーは(ここでやっとフーコーが出てきた)、デカルトが理性から狂気を排除していると指摘する。だが、デリダは逆に、デカルトは理性から狂気を排除していないと主張をしており、2人の間で論争が繰り広げられている。デカルトにおける感情の扱いが揺れるのは、『情念論』では理性と感情が両立するかのように書かれているのに対し、『省察』では理性から感情が排除されているかのように記述されているためである。

 フーコーは、死、狂気、逸脱、異常といった限界概念を経験の基点とした。自らに疎遠なものに敢えて挑んで自らのものとする、しかも自らを変えずに疎遠なるものを同化するのではなく、自らの変容を通じて、どこまで到達し得るかという限界を見極めようとした哲学者であった。

 私は、経営学やビジネスの現場で用いられる理論が、近代哲学を後追いしていると感じる時がある。例えば、ロジカルシンキングでお馴染みのMECE(Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive:漏れなく、ダブりなく)とは、ニュートンやデカルトの言う要素還元主義のことである。カリスマ的な強いリーダーシップによって組織の価値観を統一し、変革を進めるという手法は、唯物論的な世界観を前提としている。また、意思決定の局面においては、まずは考え得る選択肢を全て洗い出し、冷静に時間をかけて検討を行えば必ず最善の解に行き着くと信じられているが、これはまさに啓蒙主義時代の代表的な考え方そのものである。

 しかし、社会は企業活動だけで成立しているわけではない。企業活動の上には政治が乗っている。そして、政治とは権謀術数の世界である。そこでは褒め殺し、誘惑、媚び諂い、威嚇、恫喝、脅迫、取引などが日々行われている。啓蒙主義が理想とした世界からはほど遠く、とても合理的な意思決定が行われているとは思えない。こうした政治の世界については、マーティ・リンスキー、ロナルド・A・ハイフェッツの『最前線のリーダーシップ』(ファーストプレス、2007年)が詳しい。また、以前には、公務員改革をめぐって「長谷川幸洋『官僚との死闘700日』―抵抗勢力の常套手段10(その1~3)(その4~7)(その8~10)」という記事を書いたこともある。

最前線のリーダーシップ最前線のリーダーシップ
マーティ・リンスキー ロナルド・A・ハイフェッツ 竹中 平蔵

ファーストプレス 2007-11-08

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 政治の世界とは、人間精神の異常が前面に出てくる世界である。啓蒙主義者は認めたくないだろうが、政治の世界がこのように混乱していても、国家は何とか回っている。ということは、啓蒙主義者が考える合理的な意思決定よりも、現実の政治的な意思決定の方が本質に近いのかもしれない。そして、こうした政治世界の傾向は、企業活動にも及びつつあると感じる。従来の企業活動は経済的、量的であったため、近代的な算術で処理することができた。だが、これからの企業は社会的ニーズと多様なステークホルダーに対応する質的な経営が求められる。換言すれば、企業活動が政治化する。ということは、フーコーのように異常からアプローチする必要が生じるに違いない。ここにおいて経営学は、現代哲学に追いつく。これは一見受け入れがたいことだが、我々は「イノベーションは辺境から生じる」というあの格言をここで思い出す必要がある。

2017年02月26日

ロイ・ポーター『啓蒙主義』―最初の啓蒙主義は全体主義につながる過激なものではなく、もっと穏健だった


啓蒙主義 (ヨーロッパ史入門)啓蒙主義 (ヨーロッパ史入門)
ロイ ポーター Roy Porter

岩波書店 2004-12-21

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 以前の記事「【現代アメリカ企業戦略論(1)】前提としての啓蒙主義、全体主義、社会主義」で書いたように、私は人間の理性を唯一絶対の神と同一視する啓蒙主義を警戒し、「【現代アメリカ企業戦略論(4)】全体主義に回帰するアメリカ?」や「鈴木大拙『禅』―禅と全体主義―アメリカがU理論・マインドフルネスで禅に惹かれる理由が何となく解った」で書いたように、アメリカが全体主義的な傾向に流れているのではないかと危惧している。そういう疑いの目で啓蒙主義の歴史に目を向けた時、最初の啓蒙主義は全体主義の源泉となるような過激なものではなく、実はもっと穏健なものであるとの印象を抱いた。

 もちろん、最初の啓蒙主義と全体主義の共通点を指摘することもできる。全体主義においては、人間の理性と神が直線的につながることを重視する。いや、もっと言えば、人間の理性=神である。よって、人間と神の間に何かしらの階層が介在することを極度に嫌う。初期の啓蒙主義者は自らのことを「フィロゾーフ(哲学者)」と呼んだが、彼らは議会、選挙、代議制度、政党制度といった、現代の民主主義の構成要素を拒んだ。議会は貴族の既得権益の牙城となっていた。政党は私的な利益を追求する派閥主義と結びついていた。直接民主政は古代ギリシアの一過性のものとしか見なされなかった。そして、代議制度は腐敗選挙区の温床でしかなかった。

 啓蒙主義に従えば、人間の理性は皆神に等しい。私とあなたという区別はなくなる。1人は全体に等しく、全体は1人に等しい。よって、この考え方を突き進めれば私有財産制は否定され、財産は全人類の共有物となる。また、全人類の叡智に依拠した究極の民主主義を実現することができる。『百科全書』を書いたディドロは、1768年にタヒチを訪れたルイ・ブーガンヴィルの記録を読んで、タヒチの社会が専制主義と私有財産の全ての災いから解放されていると述べた(ただし、全体主義の下では1人の意見が全体の意見に等しくなるわけだから、独裁と民主主義が両立するというカール・シュミットの言説には耳を傾ける必要がある)。

 とはいえ、最初の啓蒙主義には、必ずしも全体主義には直結しないいくつかの特徴があった。第一に、自然に対する態度が挙げられる。啓蒙主義と言うと、自然を科学によって分析可能な物質的対象と見なし、バラバラの要素に還元してしまったかのようなイメージがあるが、全ての啓蒙主義者がそうであるわけではなかった。確かに科学と哲学はキリスト教的な神には疑問を投げかけたとはいえ、天地をつかさどる何らかの神的な存在、一つの超自然的な創造主あるいは設計者、精神が存在すると信じていた。人間は万物の秩序についてじっくり考えることによって、自然を介して自然の神にたどり着く。それは「自然の宗教」である。

 キリスト教から「自然の宗教」に移行すれば、人によってはさらに「自然教」にまで至る。自然そのものの背後に、またそれを超えたところに、意識を持つ知性的な原理、つまり至上の存在ないし創造主が存在しなければならない理由は一つもない。存在するのはただ自然だけであり、聖なるものが存在し、しかも崇敬する必要があるとすれば、それは自然そのものである。17世紀の哲学者スピノザは、神は自然と同じようなものだとしていたが、その影響を受けたものでもある。偉大なる自然をありのままに受け入れるということは、人間の理性が自然には及ばないことを認めることでもある。つまり、啓蒙主義は全くの理性万能主義ではないのである。

 2つ目は教育を重視したことである。究極の全体主義においては、人間は生まれながらにして唯一絶対の神と等しい完全なる理性を備えているから、周囲の人間が下手に教育を施して理性に傷をつけてはならない。だが、現実問題として、生まれたての人間にできることはほとんどない。その数少ない仕事の1つが、人間の最も原始的で根源的な生産活動である農業である。そこで、全体主義者は農業を神聖化する。これが共有財産制と結びつくと農業共産制になる。

 一方、啓蒙主義は人類が進歩すべきものだという前提に立つ。よって、種としての人間も改造可能な存在である。人間の精神はまっさらの白紙の状態から活動を開始し、五感を介してデータを絶えず吸収し、情報を蓄積し、その情報を理念の形に整え、その理念がやがて世界についての経験的な知識となり、我々の道徳的な価値観となる。人間の本性なり能力なり知識とは全て、観念連合を含む過程を通じて経験から学習したその産物である。人間は環境の産物であるが、同時に、その環境を変える能力も獲得する。

 これは1つ目の自然観とも関連している。人間の理性が自然に及ばない、つまり(啓蒙主義者はあまりはっきりとは言わないが)人間の理性が不完全であるという立場に立てば、その不完全や不足を埋めようとして学習が発生する。こうして、逆説的であるが、人間の理性が完全であるとする全体主義においては学習が起きないのに対し、人間の理性に限界を認める啓蒙主義においては学習が促進され、結果的に人類が進歩するという結果になる。

 3つ目に指摘しなければならないのは、啓蒙主義の多様性である。全体主義においては、唯一絶対の神と同じ完全無欠の理性を持った人間の頭の中に、生まれながらにして理念・ビジョンが埋め込まれており、人間が生まれた瞬間にその理念が具現化して革命が成就する。その理念は単一のものであり、全ての人類によって共有されている。ところが本書は、啓蒙主義は1つではないと言う。フィロゾーフはコスモポリタニズムに同調しながらも、それぞれの地域・社会に密着した問題に取り組み、固有の文化の価値観に従いながら、啓蒙的な解決策を展開した。

 時にこうした啓蒙主義の動きは、歴史的な流れを追認することもあった。例えば、オランダ共和国は民族的・宗教的に非常に多様であり、政治的にも雑種な存在であった。元首である総督は君主とはほとんど似ても似つかぬ存在であり、その総督が頼りにする共和政も分権的でしばしば対立していた。それを支配するのは世襲の貴族ではなく、都市民であって、彼らの富は土地ではなく商業から得られた。オランダ共和国は共和国の常識からすると意味不明であった。だが、啓蒙主義者が切実に求めるものが実現されている輝かしい事例と見なされるようになった。専制支配からの自由、宗教上の多元主義と寛容、経済的繁栄、平和的外交がそれである。

 イギリスも、名誉革命のおかげで代議制度、立憲政治、個人の自由、相当程度の宗教上の寛容、表現と出版の自由が勝ち取られていた。個人の権利と自然法に基づく自由主義体制、政府に対する社会の優位、合理的なキリスト教、自由主義的な経済政策の枠内において所有者が教授する財産の不可侵性、教育に対する信頼、そして知識の進歩に対する大胆な経験主義的姿勢―これらをイギリスは先取りしていた。体制を一から抜本的に覆そうとしたフランス革命の方が、むしろ啓蒙主義の例外だったのである。伝統を尊重しながら漸次的な改革を目指すという当時の啓蒙主義の姿勢は、革新的であるというよりもむしろ保守的ですらある。

 最後の特徴として、最初の啓蒙主義は政治において人類全体の叡智を信頼していなかったという点が挙げられる。本来の啓蒙主義に従えば、1人の意見が全体の意見に等しくなるという究極の民主主義を志向するはずである(繰り返しになるが、究極の民主主義は究極の独裁に転じる可能性もある)。冒頭で述べたように、フィロゾーフは、民意を政治に反映させるような議会、選挙、代議制度、政党といった制度を批判した。彼らは確かに、大衆向けのメディアを通じて、啓蒙主義を展開した。だが一方で、共和政は古代の遺物だという認識も持っていた。モンテスキューは、安定した身分制に支えられた君主政を、望ましい独裁支配だと評価した。

 純粋な啓蒙主義、さらには全体主義に従えば、階層社会というのはあり得ない。全人類がフラットな関係に立ち、全人格を政治に没入させる。ところが、最初の啓蒙主義者は、階層社会を繁栄する社会に固有の現象であるととらえた。2番目のところで指摘したように、人間の理性は完全ではない。よって、1人では物事を完遂することができず、役割分担が生じる。役割分担が生じれば、当然のことながら命じる人と命じられる人が分かれ、自ずと階層社会が出現する。

 社会の階層は、大雑把に言えば人々を養うための生産活動、社会を内外の脅威から守るための防衛活動、そしてその両者を俯瞰・コントロールする政治活動の3つに分けられる。この3つの階層に対して、人々はその特性に応じて配置される。つまり、全員が政治活動に携わるわけではないし、そうするべきでもないのだ。だから、フィロゾーフは政治における人類全体の叡智を要求しなかった。ただし、彼らは政治こそが理性を発揮する唯一の場だと考えていたわけではないと思う。そう考えてしまうと、古代ギリシア哲学と同じ罠に陥る(ブログ別館の記事「岩田靖夫『ギリシア哲学入門』」を参照)。そうではなく、各々が自分の能力を活かして、持ち場で役割を果たせば、人類全体が理性を発揮できると希望していたように感じる。

2017年01月19日

【現代アメリカ企業戦略論(1)】前提としての啓蒙主義、全体主義、社会主義


アメリカ

 現代のアメリカ企業の戦略を論じる前に、時代を3世紀ほど遡りたいと思う。18世紀、西洋では啓蒙主義が花開いた。啓蒙主義とは、一言で言えば人間の理性を絶対視する立場である。一般に、啓蒙主義の下では、宗教は因習的であり、理性を束縛するものとして批判されたと考えられているが、実際にはその逆であり、宗教と理性が固く結びついた。厳密に言えば、唯一絶対の神と人間の理性が結合した。それまでは、宗教は人間の手の届かない「あちら側」にあったが、啓蒙主義によって神を「こちら側」に手繰り寄せることに成功した。「あちら側のメシアニズム」が「こちら側のメシアニズム」になったわけだ。ピーター・ドラッカーは、『産業人の未来』の中で、この近代啓蒙思想が後の全体主義や社会主義(いわゆる左派)を生んだと指摘している。

ドラッカー名著集10 産業人の未来 (ドラッカー名著集―ドラッカー・エターナル・コレクション)ドラッカー名著集10 産業人の未来 (ドラッカー名著集―ドラッカー・エターナル・コレクション)
P・F・ドラッカー 上田 惇生

ダイヤモンド社 2008-01-19

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 唯一絶対の神と人間の理性が結びついた世界では、神と人間が直線的につながることが理想とされる。もっと言えば、人間は神に似せて創造されたのだから、神と人間が完全かつ無限なる全体として一体になることが理想である。そのため、神と人間の間に何かしらの組織や機関が介在することを嫌う。組織や機関が介入するたびに、その正統性が厳しく問われる。政府や企業は人々から厳しい目を向けられる。信仰の場である教会ですら、糾弾のターゲットとなりうる。

 共産主義では国家が必要悪とされる。社会主義では、世界中の労働者階級が連帯して資本家階級の打倒を目指す。つまり、そこに国家は存在しない。社会主義に至る過程にあるのが共産主義であり、各国で社会主義者を育成し、プロレタリアートを動員するために、仕方なく国家の仕組みを活用するにすぎない。社会主義者が目下の目的を達成すれば、国家は不要となる。

 社会主義においては、共同体の最小単位とされる家族でさえ不要とされる。レーニンは、子どもが生まれたら国家が面倒を見ればよいと言った。日本の左派の中にも、家族が個人の自由を束縛するとして、家族の解体を主張する人がいる。例えば社民党の福島瑞穂氏は、子どもが成人に達したら「家族解散式」を行うと宣言していた。人間理性を絶対視する立場の人にとって、人間は生まれながらにして完全である。赤ん坊には、その子が将来どのような人間に成長するかが完璧にプログラミングされている。だから、親がしつけをする必要も、学校が知識を教育する必要もない。左派にとって、教育は脅威である。だから、左派は知識層を徹底的に攻撃する。

 繰り返しになるが、唯一絶対の神=人間の理性とする立場においては、人間は生まれながらにして完全である。ということは、人間が時間の流れに伴って成長するという発想がない。つまり、過去から未来に向かって時間が流れるとは考えない。生まれた時点という現在のその1点が全てであり、時間を無限に支配している。左派は進歩派とも呼ばれるが、実際には進歩などしない。だから、右派が新しい技術を開発するたびに、神の道を踏み外していると批判し、技術の危険性を誇張して、進歩を逆戻りさせようとする。極左ともなれば、人間の最も根源的な営みである農業への回帰を強く説く。このような原始共産主義の考え方は、古代ギリシアにも見られる。

 農業は共有財産に基づく営みである。人が神と同じく絶対で無限である時、個人は1人であると同時に全体でもある。1人が所有するものは、すなわち全体が所有するものである。ここに私有財産制は否定され、共有財産制が採用される。1が1であると同時に全体でもあることは、政治の世界にも表れる。全員が等しく同じ考えを表明できるという点では民主主義的である。しかし、別の見方をすれば、ある1人の意見が全体の意見に等しくなるのだから、専制的であるとも言える。カール・シュミットが指摘したように、民主主義と独裁は両立するのである。

 シュミットは、議会主義、民主主義、そして独裁の関係を、次のように整理した。「近代議会主義と呼ばれるものなしにでも民主主義は存在し得るし、議会主義は民主主義なしにでも存在しうる。そして独裁は、民主主義に対する決定的な対立物ではないし、また民主主義は独裁に対する対立物でもないのである」(『現代議会主義の精神史的地位』)。

 ここでは、議会主義と、民主主義および独裁の間に境界線が引かれている。シュミットは、両者を分かつものについて次のように述べている。議会主義を構成するのは「討論」であり、「自由主義」であり、つまりは多元性と異質性の原理である。これに対して、「民主主義の本質をなすものは、第一に、同質性ということであり、第二に―必要な場合には―異質なものの排除ないし絶滅ということである」。この同質性の原理によって、民主主義と独裁は繋ぎとめられるのであり、民主主義の源である「人民の喝采」、すなわち「反論の余地を許さない自明のもの」が、その強度を増していけば、それは独裁へと連続的に移行する(同上)。

現代議会主義の精神史的地位 (新装版)現代議会主義の精神史的地位 (新装版)
カール・シュミット 稲葉 素之

みすず書房 2013-05-17

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 唯一絶対の神=人間の理性という世界では、神の下での自由と平等が説かれる。それぞれの人間の完全なる自由はむき出しで、他者に無制限に向かっていく。我々の通常の感覚であれば、他人の自由を侵害する自由は認められない。しかし、今ここで問題になっているのは、完全なる人間が持つ完全なる自由である。だから、その自由を制限することなどあり得ない。自由に制限がないということは、自由を束縛する法律の存在を許さないということである。共産主義者は国家に対してアナーキズムを持ち出すと同時に、法律に対しても法ニヒリズムを主張する。

 左派はしばしば連帯の重要性を説く。しかし、その実態は実は空虚である。お互いがむき出しの自由をぶつけ合う世界で全員の自由を全て矛盾なく成立させるためには、逆説的だが個々人が孤立するしかない。そもそも、それぞれの個人は単体であると同時に全体でもあるのだから、敢えて連帯する必要がない。オルテガの言うところの「トゥゲザー・アンド・アローン」、つまり「一緒に一人で」いるしかないのだ。社交にのめりつつも内心ではつねにぽつねんとしている。

 このように書くと驚かれるだろうが、極左と極右は同根異種である。唯一絶対の神=人間の理性という世界における平等とは、全ての人間を等質に扱うことである。しかし、現実の人間には様々な差異がある。これに対する対処法は2つある。1つは、差異をなかったものとして扱うことである。非嫡出子に嫡出子と同等の法的地位を与えよとか、同性婚を法的に認めよとか、女性にも男性と同じように社会進出の機会を与えよといった主張はこれに該当する。また、最近の教育現場では、学校の運動会で順位をつけない、演劇発表会で生徒全員に桃太郎をやらせる、体育の時間に男女同じ部屋で着替えさせる、などといったことが行われている。個人の差に意味があることを無視して、全てを同じように扱えと言っているわけであり、これが極左の立場である。

 もう1つは、特定の属性を持つ集団のみを絶対視し、それ以外を徹底的に排除することである。ナチスやISはこれに該当する。世間では極右と呼ばれる存在である。ISはクルアーンを絶対視しており、クルアーンが成立した時点で時間の流れが止まっている。つまり、彼らには歴史という概念がない。だから、中東の各地において、歴史的遺産を平気で破壊することができる。寛容的な極左と暴力的な極右は全く異質なように見える。ところが、個人個人の差異をなかったものとして無理やり同質化することも、立派な暴力である。

 極左と極右は「死」をめぐっても同じ見解に達する。啓蒙主義以前の時代には、神の存在をどのように証明するかが議論となった。人間はある人間を原因として誕生する。その人間はまた別の人間を原因として誕生する。その因果関係をずっと遡っていくと、自分自身を自ら生み出すことができる自己原因的な存在を想定しなければならない。これが神だというわけである。ところが、啓蒙思想によって、唯一絶対の神=人間となった。ということは、人間が人間を生むことができるようになる。ハインツ・ゴルヴィツァーは、「来たるべき人間の生成が自己創造からのみ出現することができる」(『マルクス主義の宗教批判』)と述べている。

マルクス主義の宗教批判 (1967年) (新教新書)マルクス主義の宗教批判 (1967年) (新教新書)
ゴルヴィツァー 松尾 喜代司

新教出版社 1967

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 一方で、人間には死があり、有から無へと帰す。この点についてフォイエルバッハは、死によって「種属の意識」を強め、「われわれの墓のかなた天井の彼岸を、われわれの墓のかなた地上の彼岸と、つまり歴史的未来・人類の未来と置き換える」ことができると言う。死=無によって、現在生きている者の生を絶対化する。今生きている者=有は、死=無によって現在という1点に固定され、革命を目指す。他方で、死んだ者=無は雲散霧消はせず、今度は再び有を生み出す源泉となる。有と無は連環する。ここに革命の”永久機関”が実現する。これは極左的な考え方であるが、太平洋戦争時の日本で見られた極右の一億総玉砕的思想とも共通する。山本七平は、「『死の臨在』による生者への絶対的支配」と呼んだ(『一下級将校の見た帝国陸軍』)。

一下級将校の見た帝国陸軍 (文春文庫)一下級将校の見た帝国陸軍 (文春文庫)
山本 七平

文藝春秋 1987-08

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