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『致知』2018年8月号『変革する』―「1年も持たない製品・サービス」よりも「10~15年かけて完成させる製品・サービス」を

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2018年07月13日

『致知』2018年8月号『変革する』―「1年も持たない製品・サービス」よりも「10~15年かけて完成させる製品・サービス」を


致知2018年8月号変革する 致知2018年8月号

致知出版社 2018-07


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 先日の記事「メラニー・フェネル『自信をもてないあなたへ―自分でできる認知行動療法』―私自身の「最終結論」を修正してみた」で、私の最終結論を「私は努力すればすぐに結果が出せる人間だ」と「私は本当は劣った人間である」という2つから、「私は大器晩成型で、回り道もするが中長期的には成果が出せる人間だ」と「私は普通の人並みには優れている人間だ」という2つに変更したと書いた。これに伴って、生きるためのルールを「短期的な成果を求めず、今日が昨日より少し優れているように努力すること(そうすれば、解る人には解る)」へと変更した。簡単に言えば、短期志向に走って思い通りに行かずに悩むのではなく、10年、15年といった中長期的な視点で仕事に取り組んで、最後に成果が出ればよいという考え方にシフトした。

 『致知』の本号には、江戸時代の農政家で、生涯に約600もの復興を成し遂げたと言われる二宮尊徳の言葉が紹介されていた。
 遠きを謀る者は富み、近きを謀る者は貧す。
 中長期的な視点で物事に取り組む人は(最初は成果が出なくて苦しむかもしれないが、最終的には指数関数的に)財を成し、近視眼的に物事に取り組む人は(すぐにちょっとした成果が出るかもしれないものの、まもなくそれを使い果たして)貧乏に苦しむ、といった意味だろう。

 また、本号では、江戸中期に書かれた『葉隠』に関する記事もあった(本田有明「【不朽の名著】『葉隠』に学ぶ変革の要諦」)。『葉隠』は「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」という過激な一文で始まるため、武士の厳しい心構えを説いた本だと思われがちだ。しかし、実際には、人間はどう生きるべきか、リーダーはどうあるべきかといったことについて、万人向けに論じた自己啓発書である。『葉隠』は、自分自身や組織を変革し、大きな仕事を成し遂げるためには、15年先を見据えることが肝要だと書かれている。以下、本号より口語訳を引用する。
 人はみな短気を起こして大きな仕事をしそんじることがある。長く時間がかかってもかまわないと気長にかまえていれば、意外と早く望みをかなえられるものだ。つまり時節が到来するのである。

 15年先のことを考えてみなさい。さぞかし世間の様子は変わっていることだろう。いま役に立っている者たちも、15年先にはいなくなっているかもしれない。(中略)時代の変化とともに人間の能力も下がってゆくことだから、気長にかまえてひと踏ん張りすれば、やがて必ず陽の目を見る。15年などというのは夢の間のことである。きちんと節約して努力を続ければ、ついには本願を遂げてお役に立てるようになる。
 私は、私自身だけでなく、多くの日本人はもっと中長期的な視点に立って仕事をする方が向いている気がする。これは決して、遠い将来における明確なビジョンを樹立し、そこからバックキャスティング的に計画を立てて、それを着実に実行することを意味しない。こういうのはアメリカ人の方が得意である。アメリカ人の思考は「未来⇒現在」へと流れる。他方、日本人は現在を大切にする。今日1日を精一杯生きることを誓う。それを積み重ねていけば、遠い将来には、どんなものができ上がるか想像がつかないけれども、きっと大きな仕事を成し遂げることができると信じている。つまり、時間の流れがアメリカ人とは逆で、「現在⇒未来」となっている。

 最近は、アメリカから成果主義など短期的な施策が日本に入ってきている。アメリカ人はビジョンと現在の間隔を詰めることで対応することができる。しかし、日本人は、そもそも中長期的に何ができるかよく解っていないのだから、時間軸を縮めたら中途半端なものしかできない。

 もちろん、短期的に成功を収めることが可能な分野もある。以前の記事「『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)」で示したマトリクス図のうち、左上に位置する<象限③>の領域である。スマホアプリ、BtoC向けWebサービス、エンタメ、音楽などは、ヒットすれば爆発的に儲かる。ただし、人気がなくなればそれでおしまいである。

 私は、最近の<象限③>に位置する製品・サービスがますます短期志向になっており、その質を劣化させているように感じる。スマホゲームの寿命は半年ほど、演劇の寿命は数か月、音楽の寿命は数週間、Youtuberの動画の寿命はわずか数日しかない。こんな具合なので、手っ取り早く儲ければよいと考える人は、製品・サービスを作り込もうとしない。その結果、なぜこんなゲームアプリがダウンロードされるのか、こんな演劇がヒットするのか、こんな音楽が売れるのかなどと、首をかしげたくなるケースが増えた(いつの時代にもあるような、年寄りが若者に対して抱く違和感にすぎないのかもしれないが)。Youtuberが「・・・をやってみた」といったお気軽動画で100万回以上の再生数を稼いで、一般人よりもリッチな生活を送っているのは、私にはもはや理解できない。私は、<象限③>で勝負する日本人が増えるのは危険信号だと思う。

 左下の<象限①>はどうだろうか?以前の記事「『組織の本音(DHBR2016年7月号)』―「明確なビジョンを掲げ、短期間で成果を出す」というアメリカ流の経営には飽きた」で、LIXILの短期的経営を問題視したことがある。LIXILが扱う製品は<象限①>に該当するとすると私はとらえている。<象限①>の製品・サービスは、消費者の生活に深く密着している。だから、消費者の生活習慣、さらにはその背景にある伝統、文化、社会的文脈を理解することが欠かせない。これは数年でできることではない。インテリジェンスに長ける欧米企業とは異なり、市場調査から得られるデータの解釈が苦手で、現地に行って現物を見ないと現状が理解できない日本人は、ターゲットとする市場に直接出向いて、長期間潜在顧客を観察する必要がある。そして、そこから得られた情報・知見を製品・サービスに丁寧に織り込むことが重要である。

 とはいえ、<象限①>は参入障壁が低く、特に新興国企業の参入を受けやすい。つまり、競争が激化しやすい。だから、あまり悠長に製品・サービス開発をすることもできない。そこで、サムスン電子が取った方法は、大量の若手社員を世界各地に駐在させ、1年間実際に生活させて、現地の消費者のニーズを細かく吸い上げるというものであった。サムスン電子は、人海戦術によって時間を短縮したわけである。ところが、日本企業はと言うと、せいぜい現地法人に数名の駐在員を送り込む程度である。しかも、駐在員は人事総務、生産管理、営業、経理などに忙しいから、マーケティング活動に専念することができない。そんな駐在員から送られてくる貧弱な情報では、日本の本社が勝負できるわけがない。そうでなくても、<象限①>は新興国企業の低コストに分があるわけだから、日本企業がやすやすと勝てる領域ではない。

 私は、日本企業の強みは右下の<象限②>であると思っている。しかも、<象限②>の製品・サービスはどんどん複雑なものになっている。自動車業界では電気自動車や自動運転が注目されているが、これらが実現すると、サプライチェーンは全く異なるものになる。また、交通システムを全般的に見直さなければならない。電力業界では、スマートグリッドが導入されつつある。同時に、再生可能エネルギーへのシフトが進んでいる。加えて、規制緩和により電力小売の自由化が実現している。社会全体でどのようにすればエネルギーを効率的に使うことができるのか、グランドデザインが求められている。医療分野では、医療技術が高度化するとともに、地域医療の徹底、介護との連携などが課題となっている。また、医療システムを支える社会保障制度の抜本的見直しも急務である。これらの諸要素の整合性を取りながら、望ましい医療の姿を描くことが必要とされている。金融分野でも、ブロックチェーンの登場、フィンテックの導入などにより、従来とは全く異なる金融システムを作り上げなければならない。

 これらの仕事は、到底数年では完成しない。10年、15年とかけて完成させるべき大仕事である。多くの日本企業は、アメリカの影響で短期に振れてしまった経営の方針を、日本人本来の精神のリズムに合わせ直し、ミッション、ビジョン、価値観、戦略、ビジネスエコシステム、ビジネスモデル、ビジネスプロセス、組織構造、予算制度、調達制度、人材育成、人事・業績評価制度、情報システム、知的財産、研究開発、組織風土などを構造的に見直す必要がある。

 前述の仕事は、もはやマーケティングの域を超えている。前掲の記事で、<象限③><象限④>は需要を創造するイノベーション、<象限①><象限②>は既存の市場のパイを奪い合うマーケティングであると書いたが、これには少し補足をしたい。イノベーションとは、必ずしも新しい需要を創造する活動だけではない。非連続的な技術や代替品によって、既存市場の構造を抜本的に破壊する行為もあてはまる。このタイプのイノベーションの1つの目安は、異業種からの参入が増えることである。例えば、電気自動車が普及すると、想定外の部品メーカー、組立メーカーが現れる可能性がある。こう考えると、前述の仕事は従来の産業・市場の枠組みを根底から覆し、その結果として異業種参入を招くから、イノベーションに該当すると言える。

 (※)余談だが、<象限③><象限④>にもマーケティングは存在する。リピーターが多い業界は、データに基づくマーケティングに力を入れている。ディズニー、USJ、そして航空業界は、顧客情報を大量に収集し、セグメント別のサービスを開発している(USJについては、ブログ別館の記事「森岡毅、今西聖貴『確率思考の戦略論―USJでも実証された数学マーケティングの力』」を参照)。さらに進んだ企業では、いわゆるOne-to-Oneマーケティングを実践している。リッツカールトンでは、例えばある顧客がアメリカのホテルを利用した時、その人が要望したサービスの情報(熟睡できるように柔らかめの枕を希望した、など)が統合データベースに登録され、彼が次にイギリスのホテルに宿泊した際には、統合データベースの情報に基づいて、アメリカのホテルで受けたサービスと同じサービスを受けることができる。

 アメリカ人が<象限③>で起こすイノベーションは、イノベーター自身の心の軸に従って、利己的に開発されることが多い。「私ならこういう製品・サービスがほしい。しかし、世界にはまだそれがない。だから、私が開発した。私がほしがっているなら、世界中の人も同じようにほしがるはずだ。世界中の人が私のイノベーションを購入すれば、私は大儲けできる」と期待する。<象限③>は必需品ではないため、実際に全世界の人がそのイノベーションを購入するわけではないが、全世界人口のわずかな割合でもそれを購入すれば、イノベーターは短期間で莫大な富を手にすることができる。後は早々にリタイアして、悠々自適の生活を送るだけである。

 一方、日本人の美徳は利他的であることである。よって、イノベーター自身の心の声に耳を傾けるのではなく、社会の声に耳を傾けなければならない。社会にとって何が善なのか、正義なのか、公正なのか、道徳なのか、倫理なのか?これを考え抜くことでイノベーションが生まれる。第二電電(現KDDI)を創業した稲盛和夫氏は、創業にあたり、「動機善なりしか、私心なかりしか」と半年間自問自答したそうだ。そして、動機が善であるという確信を得て初めて第二電電を創業した(通信は、マトリクス図の<象限②>に該当すると考える)。

 もちろん、アメリカの全てのイノベーターが利己心に基づいているとまでは言わない。中には利他心に基づき、社会全体のことを案じているイノベーターもいる。彼らが創造したイノベーションは、<象限③>から出発するものの、やがて本当に全世界中の人々にとっての必需品となり、<象限①>や<象限②>に下りてくる(<象限②>に下りてくるのは、世界中で売れるにしたがって、要求の厳しい顧客に直面し、品質水準が上がる場合である)。マイクロソフトのWindowsは、最初はコンピュータおたくのためのイノベーションであったが、今や世界中の人々に欠かせないソフトウェアとなっている。ビル・ゲイツにどのような動機があったのか、その本音を聞いてみたいものだ。それはともかく、アメリカでは利他心に基づくイノベーターが例外的であるのに対し、日本では利他心に基づくイノベーターが中心でなければならない。

 利己的なイノベーターは初めから利益を最優先している。一方、利他的なイノベーターは利益を二の次にする。幕末に備中松山藩の財政を立て直した山田方谷は、漢の時代の董仲舒の言葉である「義を明らかにして利を計らず」という一節をよく用いた。

 松山藩には10万両(現在の貨幣価値に直すと約600億円)の借金があり、かつ毎年7,000~8,000両の利息が発生していた。これだけの借金があると、普通ならば、毎年の利益を緻密に計算して返済のシミュレーションをするだろう。少なくとも、そうしなければ今の金融機関は認めてくれないに違いない。ところが、山田方谷は「利を計らず」と言って、陽明学の精神に従って財政を再建させた。だからと言って、山田方谷の成果は決して小さいものではなかった。山田方谷は8年かけて借金を完済するだけでなく、逆に10万両の財産を築くことに成功している。義、つまり、人間として正しいことを長期間実践し続けていれば、後から結果はついてくる。これを、<象限②>で戦う現代の日本のイノベーターにも求めたい。




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