2016年03月30日
【城北支部国際部セミナー】「中小企業診断士による国際展開支援事例から、支援のあり方、診断士の役割を学ぶ」を開催
私が所属する(一社)東京都中小企業診断士協会 城北支部国際部で、「中小企業診断士による国際展開支援事例から、支援のあり方、診断士の役割を学ぶ」というテーマで、診断士向けのセミナーを開催した。ここ数年、国際部では、「海外ビジネスを検討・推進している中小企業を診断士がどのように支援することができるか?」というテーマでセミナーを実施している。今回もその一環である。講師には、神谷俊彦先生(株式会社ケービーシー代表取締役)、坂口到先生(ISコンサルティング株式会社代表取締役)をお招きした。以下、セミナー内容のメモ書き。
(1)JETROは、海外進出成功のポイントとして、①進出目的を明確にする、②信頼できる現地パートナーを見極める、③事前調査を入念に実施する、という3つを挙げている。だが、この3つをしっかり守っている中小企業はそれほど多くない。取引先から海外に来てくれと言われて何となく進出してしまった、現地を2~3回視察しただけで進出地域を決めてしまった、という例は多い。しかも、困ったことに、①~③が不十分でもある程度成功してしまう、運のいい企業もいる。
だから、海外事業で赤字を垂れ流しても、「まだ海外に慣れていないから」、「これは授業料だから」などと言って赤字を正当化してしまう。そして、自社も辛抱強く事業を続けていれば、先行する他社のようにいつか成功すると信じてしまう。しかし、これはやはりよくない。だから、JETROが掲げる3つの成功要因には、④撤退条件を明確にする、というのをつけ加える必要がある。何年後に市場シェア○○%を達成できなかったら、顧客企業を○○社獲得できなかったら、月産○○台に乗らなかったら、原価率が○○%まで下がらなかったら撤退する、とあらかじめ決めておく。
(2)海外ビジネスには、日本では考えられないようなリスクがつきものである。外国人もしくは現地にいる日本人に騙されたという話は、日本にいながらでもたくさん入手することができる。そういう話を聞くたびに、「自分は絶対そんな目には遭わない」と、自分のリスク回避能力を過信する人がいる。そして、そういう人に限って、まんまと海外で騙される。
この話を聞いて、私は日本における不動産詐欺の話を思い出した。不動産詐欺に最も引っかかりやすい人は誰かと言うと、実は法学部出身者である(そして、私も法学部出身だ)。法律に関する知識があるから騙されないとは限らない。逆に、なまじ法律の知識があるだけに、詐欺師はそこにつけ込みやすいのだという。専門知識があればあるほど、自分の知識を過信せず、詐欺に引っかからないよう用心しなければならない。
(3)中小企業はニッチ戦略で生き残るべきだとよく言われる(私はこれに対しては必ずしも同意しないのだが)。だが、海外で成功する企業を観察すると、核となる独自製品を持つと同時に、周辺製品やサービスでも収益を上げている。例えば、海外に進出したとあるネジの製造会社は、ネジを作るだけでなく、治具の製作や、ネジ製造用機械の修理サービスも行っている。日本の製造業は、自分で治具を作る、機械が壊れたら自分で直す、機械を分解して自分で掃除するのが普通である。しかし、海外の製造業はそこまでやらない。だから、日本企業が当たり前と思ってやっていたことが、海外では強みになることがある。
他の製品分野に進出する際、コンサルタントはアンゾフの成長ベクトルを思い浮かべる。4つの象限のうち、新しい顧客に新しい製品を提供する多角化戦略は、中小企業にとってあまりにリスクが高すぎるので禁じ手とされる。ところが、ある日本の金型メーカーは、マレーシアでカフェを経営している。外部の人間が見たら意味不明である。だが、そのメーカーの社長曰く、よく解らないマレーシアでいきなり金型の製造ラインを立ち上げるのは難しすぎる。それよりも、手っ取り早く商売ができるカフェをまずはやってみて、マレーシアという国がどういうところなのか理解しようと思った、ということであった。なるほどそういう多角化もあるのかと考えさせられた。
(4)ASEANでは昨年末にASEAN経済共同体(AEC)が発足し、単一市場・単一製造拠点ができ上がると期待が高まっている。ところが、実際のところ、日本企業にとってのASEAN人気は若干下がっている。なぜならば、TPPができたことによって、ASEANで製造しなくても、日本から直接アメリカなどに輸出すればよくなったからである。また、アメリカの労賃が意外と安くなっているという現状もある。アメリカの大統領選で各候補者が揃って格差を問題にしているのは、アメリカ国内の労賃が相当下がっていることの表れである。
(5)コスト削減を目的に海外進出する製造業は非常に多いが、コストを下げるのはそう簡単ではない。労務費は確かに下がるものの、製造原価に占める労務費の割合はそれほど高くない(この点については、かなり昔に旧ブログの記事「製造業が海外生産をする理由」で触れた)。原価を下げるには、原材料を現地で調達しなければならない。ところが、ネジ1本でも現地で調達するのは容易ではない。現地のよく解らない企業から調達したネジが原因で不具合が発生したら大問題である。だから、進出直後はどうしても日本から部品を輸入することになる。同時に、現地の調達先を少しずつ発掘・育成する努力が求められる。
取引先からの要請で海外に進出した企業にとっての盲点は、顧客企業から「海外で製造しているなら、日本国内の製品も安くなりますよね?」と言われることである。確かに海外では、コストが下がって安価になった製品を、取引先の現地法人に納入している。一方、日本国内では、従来通りのコストの製品を国内の取引先に納入するという流れは変わっていない。ところが、取引先はこの点を無視して、国内でも原価が下げられると考えてしまうのである。だから、海外進出計画を策定する際には、海外進出が国内の既存事業に与える影響も考慮する必要がある。
(6)東京商工会議所では、年間延べ100社以上の中小企業の経営相談を行っている。そのうち、海外関連は3~4割だという。東商には総合商社出身の海外展開担当コーディネーターが数名在籍している。海外関連の相談を持ちかけると、コーディネーターが経営課題を整理・深掘りし、課題解決に最適な専門家をアレンジしてくれる。
ところが、中小企業には商社が嫌いな人が多いそうだ。相談に来る中小企業も、商社を介さずに直接海外に輸出したいと言う。しかし、コーディネーターが話を聞くと、社内に貿易経験者はおろか、英語を話せる人もいないという。これでは海外展開は無理である。確かに、商社は高いコミッションを取ることがある。だが、商社は世界中のネットワークを活かして顧客を探してくれる、貿易実務をお任せできる、クレームの初期対応をしてくれるなど、メリットも多い。コーディネーターが総合商社出身だからというわけではないが、商社を上手く活用するのも手である。
商社側の立場に立つと、商社が既にカバーしている顧客に対して販売可能な製品である方が、ビジネスが進めやすいという。また、商社も全ての製品に詳しいわけではないから、製品知識などの面でメーカーが協力してくれると大変ありがたいそうだ。
(7)日本にいる時は冷静に判断できるのに、海外となると途端に冷静さが失われるケースは本当によくあるようだ。ある輸入卸売業の企業は、台湾からの製品を日本国内で販売していた。だが、輸入事業が先細りになったため、新規事業を検討することとした。すると、輸入元の台湾企業から台湾の大手飲食業を紹介され、「日本のいい食材があれば是非購入したい」と言われた。そこで、この企業は台湾への輸出事業に本格的に乗り出すこととした。
この企業は、「台湾の大手飲食業から『引合』があったので輸出事業を始めることにした」と語っていた。しかし、「いい食材があれば購入したい」、つまり「安くて品質のいものがあれば買いたい」というのは誰でも簡単に口にすることであり、引合でも何でもない。仮に、日本の大手飲食業から同じことを言われたら、この企業の社長はおそらく社交辞令程度にしかとらえなかっただろう。ところが、舞台が海外となった途端に、何かおいしい話のように感じてしまうのである。
別のセミナーで、シンガポールに飲食店を開こうとしている中小企業の話を聞いた。シンガポールに視察に行った社長は、現地の不動産会社から物件を紹介され、ろくに内覧もしないうちに、「今日中にお金を払ってくれたらあなたに売る。だが、今日払ってくれなければ、別の人に売ることが決まっている」と言われた。この機会を逃したらシンガポールにお店を持つことができないと考えた社長は、いつも相談に乗ってもらっていたコンサルタントに電話でこの話を伝えた。当然、コンサルタントは支払いを止めさせようとした。しかし、社長はコンサルタントのアドバイスを振り切って入金してしまった。その後どうなったかは、読者の皆様のご想像にお任せする。
(8)坂口先生のコンサルティングのスタンスは、中小企業がこういう風にしたいという考えを持っている場合、まずは可能な限りその考えを尊重する。その上で、こういう別の方法もあるがどうかと柔軟に軌道修正するのだそうだ。私もこのやり方には賛成である(昔は私も理想論を振りかざしていたが、最近は止めた。年配の診断士には自分の経験を押しつけるようなアドバイスができない人が少なからずいるようで、中小企業との間でトラブルになることがあると聞く)。
坂口先生はとても穏やかな方なのだが、稀に中小企業の社長に対して厳しいことを言うことがある。その一例が、ブログ別館「ニアム・オキーフ『あなたは最初の100日間に何をすべきか―成功するリーダー、マネジャーの鉄則』」で書いた中小企業だ。坂口先生とはセミナー後の懇親会でもじっくり話をさせてもらったのだが、坂口先生が厳しく当たったのは、「利益を上げて事業を継続する」という企業側の本源的な目的と、「何か成果を上げて周りの役員にいいところを見せたい」という社長の個人的動機が両立不能だったからである。コンサルタントの仕事は、その企業にとって何が最善かを考えることであり、社長を個人的に満足させるのは二の次である。
《お知らせ》
誠に勝手ながら、4月は1か月間ブログをお休みさせていただきます。
5月にまたお会いしましょう!