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上原春男『成長するものだけが生き残る』―日本企業は適度に多角化した方がよい
【ベンチャー失敗の教訓(第4回)】何にでも手を出して、結局何もモノにできない社長

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2015年07月18日

上原春男『成長するものだけが生き残る』―日本企業は適度に多角化した方がよい


成長するものだけが生き残る成長するものだけが生き残る
上原 春男

サンマーク出版 2005-02

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 旧ブログの記事「上原春男の名言」で取り上げた『成長するものだけが生き残る』を約10年ぶりに読み返してみた。上原春男氏は「海洋温度差発電」の研究者である。「海洋温度差発電」とは、文字通り海面と深海の温度差を利用して発電するシステムのことである。ただ、海面と深海は温度差が小さく、電力を取り出すことができないというのが定説であった。それでも上原氏は研究を積み重ねて、独自の「ウエハラシステム」の確立に成功したことが本書で語られている(技術的なことは、結局私には理解できなかったのだが・・・)。

 率直に言うと、本書の前半はあまり共感できる内容ではなかった。
 最近の消費者が心地よさを求める度合いはものすごく高度化、多様化しています。(中略)衣類などはその典型で、冬のコートにしても、寒さがしのげればそれでいいという時代はとっくに過去のもの。いまは色、デザイン、生地、さらには流行、ブランド価値など、心地よさを構成する要素は、どんどん多様化し、また洗練されています。どれだけ高いレベルで自分の心地よさを満たしてくれるか。それが最大の購買動機となっているのです。
 GDPは経済の成長度を示す、もっともポピュラーな指標です。その国の国民1人当たりのGDPは、国民1人当たりのエネルギーの使用量に比例することがわかっています。そのことから、その国の国民が多くのエネルギーを使用すると、その国民の知識や教育度が促進され、その国の経済成長を促進することになるのです。
 仮にそうだとすると、企業は顧客の好みが頻繁に変わるように仕掛け、マイクロソフトがやった「計画的廃棄」というものをどんどんと行えばよいことになる。企業が次から次へと新しい製品を製造・販売すれば、消費するエネルギー量が増大し、それに伴ってGDPも成長することになる。だが、そのような経済に持続性がないことは明らかであろう。

 以前の記事「竹内洋『社会学の名著30』―「内部指向型」のアメリカ、「他人指向型」の日本、他」では、まだアイデアの域を出ないが、企業は生産資本、労働資本、消費資本という3つの資本をバランスよく蓄積しなければならないと書いた。消費資本という言葉は、「消費」と「資本」という、相矛盾する言葉の組み合わせであるが、要するに「長く使用できる財」ということである。
 私は若いときから、高いスーツをオーダーメードしてきました。給料の1カ月分ぐらいの値段のスーツをつくったこともあります。(中略)30年も前につくったスーツを、私はいまでも着ています。デザインや色などは少し現代的ではありませんが、そのスーツを着ていくと、秘書や学生たちは「いいスーツですね」と言ってくれます。私が「これは30年前につくったスーツだよ」と言うと、みなびっくりします。
 若い時の給料の1か月分であるから、30万円ぐらいだろうか?最近はスーツも安くなって、2着3万円ぐらいで買える。だが、そういうスーツは消耗も激しく、2年ぐらいで買い替えなければならない。とすると、30年間で15回買い替えることになり、スーツ代は合計で45万円に上る。数字だけを見れば、30万円のスーツを30年間使うよりも、2着3万円のスーツを15回買い替えた方が、中長期的に経済が成長したことになる。しかし、著者は高いスーツを長く使うことを勧めている。

 安いスーツは大量生産しなければならないので、素材や機械の消耗が激しい(生産資本の減耗)。また、常に労働コストが安い国を探して生産拠点を転々とするため、労働力も使い捨てになる(労働資本の減耗)。そして、生産されたスーツの寿命は非常に短い(消費資本の減耗)。

 これに対して、何十年も使えるスーツを生産するには、それなりの機械に投資しなければならない。しかし、生産量が少ないので減耗のスピードは緩い(生産資本の蓄積)。また、機械に加えて、高度な縫製技術を持った熟練労働者が必要となる(労働資本の蓄積)。これらの生産・労働資本によって製造されたスーツは、顧客の元に長く保存される(消費資本の蓄積)。どちらの経済がより望ましいか、やや硬い表現を使えば、どちらの経済がより人間の”善”に適っているかと言えば、やはり後者ではないだろうか?(この辺りはもっとロジックを詰めたいと常々思っている)

 本書で私が共感できたのは、後半の部分である。
 この「条件適応の原理」の骨格は、「成長物はその内部に保有する内的条件と、成長物を取り巻く外的条件とが一致したときのみ成長する」というもので、つまり外的条件の変化に内的条件を適応させることで人間は創造を生み出し、成長していくことができるのです。
 イノベーションやリーダーシップに関するアメリカの研究を読んでいると、環境の変化に適応するだけでは不十分であり、自ら変化を作り出す必要があると説かれる。しかし、これは日本人にとって非常にハードルが高い。歴史を振り返れば、日本人は外圧がないと自らを変化させられないようだ。鎖国からの解放も、明治維新も、第2次世界大戦敗戦からの復活も、全て外国からのプレッシャーが契機であった。逆に、日本が世界に対して何か変化をけしかけたことはない。

 そういう日本人にとって、「外的条件に内的条件を適応させればよい」とする上原氏の言葉は大きな救いである。変化を起こすことは、それが得意なアメリカ人などに任せておけばよい。変化が起きた後で、日本人はそれにうまく我が身を適応させていく。

 以前の記事「日本とアメリカの戦略比較試論(前半)(後半)」では、アメリカ企業は「必需品ではない&製品・サービスの欠陥が顧客の生命・事業に与えるリスクが少ない」分野をイノベーションで開拓するのに強い(逆に日本は苦手である)、日本企業はアメリカのイノベーションがやがて人々の必需品になり、かつ顧客の要求水準が高まって欠陥が許されなくなった時に、その分野に参入すればよいと書いた。アメリカ企業にとっては、日本企業の行動は卑怯に見えるかもしれない。しかし、そのくらいのしたたかさがなければ、日本人は生き残っていけないのである。
 一つの製品、一つのやり方、一つの成功体験に寄りかかっていると、限界点突破の時期を逃して下降カーブを描かざるをえなくなってしまうのです。企業は、この原理をもとに、多品種製造や、多角化経営、異業種参入をする必要があるということです。そんなことは企業経営のイロハだというかもしれません。しかし単線思考に凝り固まって、あるいは複眼の視点をもてないために、成長を継続できなかったというケースはじつに多いのです。
 本当の企業経営のイロハは、「多角化はリスクが高いから本業に集中せよ」である。これに対して上原氏は、多角化を奨励する。これも極めて日本的な発想だと思う。以前の記事「『投資家は敵か、味方か(DHBR2014年12月号)』―機関投資家に「長期的視点を持て」といくら言っても無駄だと思う、他」でも書いたように、本業への集中はアメリカの一神教的な発想である。

 アメリカ企業は明確なビジョンを設定し、唯一絶対の神と契約を結んでそのビジョンを正当化し、ビジョンの実現=契約の履行にまい進する。ビジョンが実現したら、つまり契約が履行されたら、後は事業を縮小させる。具体的には、自社株買いや配当で株主に報いる。内部留保がたまっており、次の投資先もないのであれば、株主に還元せよというのがアメリカの理屈である。

 他方、日本は多神教文化であり、神も絶対的な存在ではない。日本企業は自らに宿る神の正体を完全に知ることはできない。それでも、神に近づく必要がある。そのために有効な手段が、異質から学ぶことである。つまり、自社と同じ神を宿している(と思われる)顧客とばかり取引をするのではなく、自社とは異なる神を宿している(と思われる)顧客との取引へと手を広げるわけだ。アメリカの投資家は、日本企業が無駄に多角化しているために収益性が低いと批判する。しかし、日本企業は多角化しなければ自分を保てないのである。

2013年02月10日

【ベンチャー失敗の教訓(第4回)】何にでも手を出して、結局何もモノにできない社長


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 Z社のC社長は非常に移り気の激しい人で、戦略コンサルティング以外にも様々な分野に手を出そうとしていた。本業の戦略コンサルティングが軌道に乗っていれば、多角化する意義もまだ理解できるというものだが、私が入社した頃は、C社長が個人的にやっていた投資事業(「【ベンチャー失敗の教訓(第2回)】営業活動をしない社長」を参照)が前年度に稼ぎ出した利益のおかげで、何とか会社が持っているような状態であった。

 C社長が最初にやろうと言いだしたのは、当時民間企業の参入が相次いでいた介護分野であった。しかし、C社長には介護事業に関する知見も経験もなく、スタッフにも介護分野に詳しい人はいない。にもかかわらず、介護事業のHPを立ち上げて、「我々は介護事業のエキスパートです」などといった嘘八百を並べ立て、転職サイトに介護事業スタッフの募集広告を出していたことが解った時には、入社したばかりの私もさすがに驚いた。幸いなことに(?)、応募してくる人は誰もおらず、数か月もするとC社長の熱も冷めてしまったので、この話は立ち消えになった。

 次にC社長が目をつけたのは飲食業であった。C社長は社内のコンサルティングスタッフを集めて、業務時間の合間に事業計画を作らせていた。コンサルタントが作っただけのことはあって、資料だけは立派だった。精緻な市場動向分析から始まって、ポジショニングマップで競合他社をマッピングし、ブルーオーシャン戦略に登場する戦略キャンバスを使って自社が提供しようとしている顧客価値を定義していた。しかし、立地はどこにするのか?内装はどうするのか?材料はどこから調達するのか?店舗のオペレーションはどうするのか?店舗スタッフはどうやって採用し、教育するのか?見込み客にはどのようなプロモーションをかけるのか?などといった肝心の議論が抜けており、まさに文字通り画餅に終わってしまった。

 介護事業も飲食業も、非常に泥臭い労働集約型のビジネスであり、かつ利益も出しにくい。言い換えれば、苦労の多いビジネスである(他のビジネスは苦労が少ないというわけではないが・・・)。C社長にはおそらく、その苦労を自ら背負う覚悟はなかったのではないか?なぜならば、C社長は介護事業に対しても飲食業に対しても、「私が前職のコンサルファームで儲けたお金がある。そのお金を出すから、後は君たちでやってくれ」というスタンスを常に崩さなかったからである。大企業の新規事業であれば、経営陣が資金のバックアップを約束し、実行部分は部下に権限移譲する、ということも考えられるであろう。しかし、人手不足のベンチャーにあって、お金(と口)を出すだけの傍観者など全く不要なのである。

 その後もC社長はいろんな分野に手をつけようとした。サービスマネジメントがブームになると「サービスマネジメントのコンサルティングをやる」と言い出し、日本のメーカーはデザインが弱点だと言われ始めると「デザインのコンサルティングをやる」と言い出し、海外の優れた法人営業研修のコンテンツを見つけてくると「それを使って営業力強化のコンサルティング」をやると言い出し、ソーシャルメディアの登場で新しいWebマーケティングが出てくると「Webマーケティングのコンサルティングをやる」と言い出し、民間企業の農業への参入が話題になると「農業のコンサルティングをやる」と言い出すありさまだった。

 どのコンサルティングをとってみても、深い知見と確かなノウハウが必要なものばかりである。しかも、Z社のような無名のベンチャーがコンサルティングをやるからには、よっぽど優れたメソドロジー(方法論)を持っているか、その分野での実務経験が豊富なスタッフを抱えていなければ競合他社と勝負できない。しかし、そういう武器を持たないZ社は、結局のところ、

 C社長が「これをやる」と言ってお金を出す
⇒コンサルティングスタッフがメソドロジーを考える
⇒コンサルタントにとっても未知の分野なので、メソドロジーの確立に時間がかかる
⇒クライアントに提案してもメソドロジーの曖昧さゆえに相手にされない
⇒コンサルティング実績が積めないので、メソドロジーに磨きがかからない
⇒ますますクライアントからの受注が困難になる
⇒やがてC社長が出したお金が底をついて、C社長がその事業に飽きる

というサイクルを繰り返すばかりであった。

 C社長は、とりあえず見込みがありそうなものには何にでもお金を出しておき、どれかが当たってリターンが上がればそれでOKという考え方の持ち主であった。これはひとえに、C社長の経歴も影響していると考えられる。C社長は前職のコンサルティングファームで、コンサルタントとしてキャリアを踏んだ後、最後はファーム内の投資部門で働いていたそうだ。投資部門の役割は、有望な事業家を見つけ、ポートフォリオを組んで投資を行うことである。その時のクセが、Z社を立ち上げた後にも抜けきっていなかったのであろう。

 投資家であれば、リスク低減のために分散投資をするのは理に適っている。しかし、経営者、しかも中小企業の経営者の仕事は、大きなリスクを取って限られた経営資源を特定の事業に全集中させることでなければならない。この点をC社長は解っていなかったのだと思う。

 余談だが、X社、Y社、Z社の各社長は、お互いの会社の株式を持ち合っていた。私が入社してから4年ほど経った頃、ずっと業績低迷にあえいでいたY社がグループから離脱することになった。Y社の大株主であったC社長は、保有するY社の株式を全て、Y社の新しい社長に譲渡することで話がついていた。ところが、譲渡手続に入る直前になって、C社長が「やはり過半数は持っておきたい」などと言い出し、交渉が難航したことがある。どうしても株主として振る舞いたいC社長の一面が、ここでも垣間見えた格好となった。
(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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