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『正論』2018年10月号『三選の意義/日本の領土』―3選した安倍総裁があと2年で取り組むべき7つの課題(1)
『正論』2017年11月号『日米朝 開戦の時/政界・開戦の時』―ファイティングポーズは取ったが防衛の細部の詰めを怠っている日本
『躍進トランプと嫌われるメディア(『正論』2016年7月号)』―ファイティングポーズを見せながら平和主義を守った安倍総理という策士、他

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京から実家のある岐阜市にUターンした中小企業診断士(コンサルタント・トレーナー)。ほとんど書評ブログ。たまにモノローグ。双極性障害Ⅱ型を公表しながら仕事をしているのは、「双極性障害(精神障害)の人=仕事ができない、そのくせ扱いが難しい」という世間の印象を覆したいため。

 中長期的な研究分野は、
 ①日本の精神、歴史、伝統、文化に根差した戦略論を構築すること。
 ②高齢社会における新しいマネジメント(特に人材マネジメント)のあり方を確立すること。
 ③20世紀の日本企業の経営に大きな影響を与えたピーター・ドラッカーの著書を、21世紀という新しい時代の文脈の中で再解釈すること。
 ④日本人の精神の養分となっている中国古典を読み解き、21世紀の日本人が生きるための指針を導くこと。
 ⑤激動の多元的な国際社会の中で、日本のあるべき政治的ポジショニングを模索すること。

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2018年09月24日

『正論』2018年10月号『三選の意義/日本の領土』―3選した安倍総裁があと2年で取り組むべき7つの課題(1)


月刊正論 2018年 10月号 [雑誌]月刊正論 2018年 10月号 [雑誌]
正論編集部

日本工業新聞社 2018-09-01

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 9月20日、自民党総裁選は実施され、安倍晋三首相が石破茂・元幹事長を破って連続3選を決めた。任期は2021年9月までの3年間である。今回の総裁選が過去の総裁選と異なるのは、安倍首相の4選は絶対にないということである。つまり、安倍政権はどうあがいても2021年9月までしか続かず、期限つきの内閣となる。しかも、アメリカ大統領が2期目の最後の方になるとレームダック状態になるように、安倍政権も最後はレームダック化が避けられないと思う。とりわけ、2020年夏の東京オリンピック・パラリンピック後は反動で景気が落ち込むことが目に見ているだけに、2021年9月までの残り1年ほどで有効な手を打とうというインセンティブは働かないだろう。だとすると、安倍政権にとって勝負となるのは2019年、2020年の2年となる。安倍政権がこの2年間で解決するべき優先課題を7つ示したいと思う。

 (1)憲法改正
 憲法改正は自民党の党是であり、安倍首相の悲願である。私は以前の記事「『世界』2018年1月号『民主政治の混迷と「安倍改憲」/性暴力と日本社会』―「安保法制は海外での武力行使を可能にする」はミスリード、他」や「『致知』2018年2月号『活機応変』―小国は国内を長期にわたって分裂させてはならない。特に日本の場合は。」で9条の試案を示してきた。

 だが、国民投票にかける新憲法案は解りやすいものでなければならない。100ページの冊子を国民に配らなければ説明ができないような案では、到底国民には受け入れられない。だから、安倍首相は9条3項加憲案を思いついたのだろう。安倍首相は、内心ではもっと優れた案を持っていたはずである。それに、はっきり言って、加憲案は日本の憲法学界の悪しき伝統である神学的論争を加速させる恐れがある。それでも加憲案に着地したのは、改正憲法案をシンプルにし、かつ国家を命がけで守っているのに憲法学者の8割から違憲だと言われて人権侵害を受けている自衛隊の尊厳を一刻も早く守るための現実策であろう。理想を追いかけすぎずに、時にリアリストになることができるのが、第2次安倍政権の大きな特徴である。

 問題は、改憲のスケジュールである。来年は5月に新天皇の即位を控えており、これだけで日程がかなり詰まっている。さらに、4月には統一選挙、6~7月にかけては参議院議員選挙が行われる。加えて、ネックとなるのが、10月に消費税10%への増税が控えていることである。過去に消費増税を実施した政権は、皆悲惨な末路をたどっている。盤石な政権基盤を持っていた竹下登は長期政権になると期待されていたのに、消費税を導入すると内閣支持率が下落し、そこにリクルート事件が重なって、わずか1年半で退陣した。橋本龍太郎は1997年4月に消費税を3%から5%に引き上げたが、翌1998年7月の参議院選挙で大敗を喫し、退陣を余儀なくされた。菅直人は2010年6月、参議院議員選挙の直前になって消費税を10%に引き上げると宣言し、案の定選挙で敗北した(菅直人の場合は、消費税だけが敗北の要因ではないと思うが)。

 いくら現在の野党が弱体化していると言っても、来年の参議院選挙で自民党が苦杯をなめるのは間違いない。改憲勢力3分の2を失うのは確実だろう。だとすると、それまでに改憲の国民投票を実施したいところである。問題は、国民はある政治家のことを個別の政策ごとに評価しないということである。本号で橋下徹氏が述べていたが、国民は政治家の性格を総合的に評価する(橋下徹「安倍さん、さあ憲法改正でしょ」)。国民は、「この人のこの政策は評価できるが、あの政策は評価できない」とは考えない。「あの人が言うことなら全て信用しよう。あの人が言うことなら全て信用しない」と考えるのである。よって、近い将来に消費増税という負債を国民に突きつけようとしている安倍晋三という政治家を、国民は信頼しない可能性がある。その時点で、安倍首相の改憲構想は頓挫する。だから、本当ならば、改憲は今年中にやっておくべきであった。それなのに、低レベルのモリカケ問題で1年間を空費してしまった。このツケは大きい。

 (2)皇位継承問題
 来年の新天皇即位と合わせて検討したいのが、皇位継承問題である。秋篠宮家に若宮がお生まれになったことで、皇位継承問題は棚上げ状態になっているが、1世代分時間稼ぎをしただけで問題の本質的な解決にはなっていない。民主党政権は一時期、女性天皇や女系天皇の議論をするべきだと言っていた。しかし、女性天皇と女系天皇は全くの別物である。

 今、天皇Aと皇后の間に、男の子と女の子がいらっしゃったとする。次の天皇の第一候補は男の子であるが、女の子が天皇になったとしよう。この天皇は天皇Aの血統に属する女性天皇であり、過去8方10代の例がある。次に、この女性天皇が一般の男性と結婚して男の子を授かり、この男の子が天皇になったとしよう。この場合、この男の子は天皇Aの血統には属さず、女性天皇の血統に属する天皇となる。よって、女系天皇と呼ばれる。皇室にあまり関心のない人だと、天皇家が途絶えないならば女系天皇でもいいではないかと言うかもしれない。だが、日本とは何かという議論を突き詰めていくと、究極的には「万世一系の男系の天皇が継承してきた国家」であり、これ以外にないのである。アメリカが建国の理念である自由と平等、中国が共産党を失えば国家を失うのと同様に、日本がこれを失えば国家を失うに等しい。

 では、なぜ男系にこだわるのか?これについては、竹田恒泰氏が別の号でこんな解説をしていた。男系天皇を維持するには外部から女性を、女系天皇を維持するためには外部から男性を招き入れる必要がある。ところが、男性の場合は、どんな危険な思想を持った人物が入ってくるか解らない。もちろん、皇室側でも慎重に身体検査はするものの、本人がそれを隠し通すことに成功してしまったら皇室としてはアウトである。その点、女性はそのような危険な思想に染まる危険性が低いので、男系天皇を選択しているというわけである。ここで一部のフェミニストは、男系天皇の考え方は、女性が自分で物事を判断する力がないという前提に立っているとヒステリックになるだろう。しかし、実際には逆である。女性の方が事理弁識においては男性よりもはるかに理性的であるととらえられているのである。

 本号で竹田氏は、一定数の男性後続を確保するために、旧宮家を活用する方法を提案している(竹田恒泰「旧宮家復活なくして日本の存続なし」)。旧宮家とは、終戦後に占領軍の圧力によって廃止された11の宮家を指す。旧宮家の男子は、終戦までは皇位継承資格を保持する皇族であった。現在でも、旧宮家には歴代天皇の男系の血筋を受け継ぐ者が多数いる。彼らを活用しない手はない。旧宮家を活用する方法とは、具体的に2つある。1つは、旧皇族一族から若干名を皇族に復帰させる方法である。もう1つは、現存の宮家が旧皇族一族から養子を取って宮家を存続させる方法である。現行の皇室典範では、皇族は養子を取ることができないため、皇室典範を改正する。同時に、旧皇族一族を復帰させる案については特別立法で進める。新天皇が即位するというタイミングだからこそ、前向きに検討したい課題である。

 (3)経済
 安倍首相は8月12日、山口県下関市で行われた長州「正論」懇話会5周年記念会で講演を行った(安倍晋三「憲法改正案 提出宣言 新聞が報じきれなかったその”全て”」)。その中で、「人口が減少するなかで、名目GDPは11.8%成長し、58兆円増加し、過去最高を記録しました」と述べている。具体的な期間が述べられていないが、2012年の名目GDPが495兆円、2018年の名目GDPが556兆円(予測、プラス61兆円)であるから、この期間、つまり自身の在任期間中のことを指していると思われる。だが、果たして安倍首相の在任期間中に、日本国内で何か新たな産業が生まれ、新たな消費が刺激されたであろうか?

 周知の通り、日本のGDPの6割を占める個人消費は、アベノミクスによって賃金が上昇しているにもかかわらず、一向に日本銀行のインフレ目標を達成することができていない。ついに、日銀は目標を引っ込めてしまった。これは消費増税の影響が大きい。

 だとすると、GDPを押し上げているのは個人消費以外ということになる。まず考えられるのが、企業による設備投資の増加である。2012年第4四半期には約72兆円であったが、2018年第2四半期には約91兆円と、約19兆円増加している。これは、国内の需要が拡大したからというよりも、異次元金融緩和によって円安になったため、海外生産が国内に回帰したと見るのが自然である。次に考えられるのは、その異次元金融緩和によって作り出された円安・株高、さらに近年の外国人観光客増による経常収支の増加である。2012年の経常収支は約6兆円であったのに対し、2018年の経常収支は約19兆円(予測)と、約13兆円増である。そして、GDPの増分を分析する上で見過ごせないのが、2016年から研究開発費がGDPに算入されるようになった点だ。これにより、約15兆円の研究開発費がGDPに加わった。単純にこの3つを足すだけで約47兆円の増加となり、名目GDPの増加分の大部分を説明することができてしまう。

 内需を拡大するには、イノベーションを起こさなければならない。だが、行政がイノベーションを主導すると、たいていロクなことにならない。行政は決められた事柄を決められた手順で実行し、絶対に成功させるのが仕事である。しかし、イノベーションは無秩序、実験、試行錯誤、失敗こそが本質であり、行政とは対極に位置する。よって、行政にイノベーションを任せることはできない。さらに日本の場合、行政が既存の大企業を集めてコンソーシアムを結成することが多いが、行政特有の「公正さ」を確保するという名目のために企業間の利害調整に時間が取られ、肝心の顧客や市場の方を見ていないという事態が往々にして起こる。

 私は、行政は口は出さずに金だけ出している方が無害だと考える。ただし、お金を出す先をもっとよく考えなければならない。安倍政権になってから空前の補助金バブルが到来し、中小企業向けの補助金が大幅に拡充された。その中でも最大規模なのが、安倍首相が演説の中でも言及しているものづくり補助金であり、平成24年度補正予算から平成29年度補正予算まで、6年間で約6,000億円、延べ8万6千社の中小企業に対して補助金が交付された。だが、ものづくり補助金の交付要領や公募要領を読めば解るのだが、この補助金は中小企業の新製品・サービス開発を支援するものであり、したがって波及効果が小さく、短期的なカンフル剤にすぎない。

 凡庸な結論になってしまうけれども、行政がお金を出すのであれば、大きな波及効果が見込まれる分野にお金を出すべきである。特定の製品・サービスに特化した企業よりも、様々な製品・サービスに転用可能な技術を研究する応用研究、さらには産業横断的に拡張可能な技術を研究する基礎研究に投資をしてほしい。経済産業省「日本の研究開発費総額の推移」によると、研究者1人あたりの研究費は、日本はアメリカやドイツに大きく差をつけられている上に、OECD平均を下回っている。また、主要国の研究開発費の政府負担割合を見ると、多くの国が2~3割台であるのに対し、日本は1割台にとどまる。

 もちろん、どの研究が将来的に大きな波及効果を実現できるかを事前に見極めることなど、ほとんど誰にもできない。日本の行政は無謬性へのこだわりが人一倍強いので、よく解らない分野への投資を控えるに違いない。しかし、どれがものになるか解らないからこそ、幅広く投資する姿勢が重要であると考える。ある研究によると、1,000億円の予算があった場合、10のプロジェクトに100億円ずつ投資するよりも、1,000のプロジェクトに1億円ずつ投資した方が、ノーベル賞を輩出する確率が上がるという。安倍首相の任期中に基礎・応用研究への投資が実を結ぶことは考えにくいが、投資の仕方を変えることは可能なはずである。

 せっかくイノベーションによって新しい産業が生まれても、それを購入する顧客がいなければ意味がない。つまり、国民の所得が上がらなければ意味がない。安倍首相は経済界に対して毎年賃上げを要求している。演説の中では、中小企業にも賃上げが波及していると述べている部分もあった。しかし、国民の消費は、消費増税の影響もあって伸び悩んでいる。国民は、賃上げは安倍首相が政権に就いている間の暫定策であり、政権が変わればまた賃金が減少するのではないかとおびえている。だから、思い切った消費に踏み切ることができない。

 私は、アメリカ経営を無条件に礼賛して、成果主義や雇用の柔軟化などを政権に提言してきた経団連の意見など蹴り飛ばして、日本経営のよさであった年功制を復活させるように企業に強く迫るべきだと考える。以前の記事「【戦略的思考】企業の目的、戦略立案プロセス、遵守すべきルールについての一考察」でも書いたように、企業の第一目的は顧客の創造であるが、その目的を達成するためにいくつかのルールを守らなければならない。社員が加齢とともに増加する生活費を賄えるだけの給与を支払うこともルールの1つである。ルールを無視して、顧客の創造という目的だけ達成するのは、スポーツでルール違反を犯して1位を狙うようなものである。それらのルールを守りながら、顧客を創造し、かつ将来の投資に回すための利益を残すようなビジネスの仕組みを構想することが経営陣の仕事である。利益が減るからという理由で、生活費の高い中高年社員の給与をカットするなどというのは、経営IQの低さを露呈している。

 (続く)


2017年11月21日

『正論』2017年11月号『日米朝 開戦の時/政界・開戦の時』―ファイティングポーズは取ったが防衛の細部の詰めを怠っている日本


正論2017年11月号正論2017年11月号

日本工業新聞社 2017-09-30

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 以前の記事「『天皇陛下「譲位の御意向」に思う/憲法改正の秋、他(『正論』2016年9月号)』―日本の安保法制は穴だらけ、他」、「『北朝鮮”炎上”/日本国憲法施行70年/憲法、このままなら、どうなる?(『正論』2017年6月号)』―日本はアメリカへの過度の依存を改める時期に来ている」、「『愚神礼讃ワイドショー/DEAD or ALIVE/中曽根康弘 憲法改正へ白寿の確信(『正論』2017年7月号)』―日本は冷戦の遺産と対峙できるか?」で、アメリカは北朝鮮がアメリカ本土に届く核兵器(ICBM)を完成させるのを待っている、北朝鮮が核兵器を完成させれば、かつてアメリカが旧ソ連と行ったのと同様に核軍縮に向けた対話が始まると書いたが、これは実に甘い見通しだったと反省している。

 冷戦時代にアメリカと旧ソ連、NATOと旧ソ連の間で核軍縮に向けた対話が実現したのは、双方が核に関する条件を出すという交渉の対称性があったからである。同じ土俵の上で対話を行っているため、相手が譲歩すればこちらも譲歩する、あるいはこちらが譲歩すれば相手も譲歩することが期待できた。ところが、現在の米朝間の問題は、これとは性質が異なる。アメリカは北朝鮮に対し核兵器の放棄を要求する。一方の北朝鮮は、在韓米軍の撤退を要求するに違いない。つまり、交渉が非対称である。そして、双方の立場を比べると、明らかに北朝鮮の方が有利である。仮にアメリカが北朝鮮の要求を呑んだ場合、北朝鮮は通常兵器でやすやすと韓国を併合するだろう(左傾化している韓国も、北朝鮮に併合されることを望んでいるかもしれない)。

 だから、非常に危険な賭けではあるが、交渉の対称性を取り戻すためには、韓国に核兵器を持たせるという選択肢もあり得るのではないだろうか?南北双方が核兵器を保有することで、交渉を米朝間から南北間へと移行させる。そして、冷戦時代の交渉と同様に、徐々に核軍縮を進めていき、最終的には朝鮮半島から核を取り除く。この場合、米韓同盟は保たれ、在韓米軍もそのままであるから、北朝鮮は韓国に手出しをすることができない。朝鮮半島は現状維持のままで非核化されるわけだから、アメリカ、中国、日本にとっても最高のシナリオとなる。

 さて、以前の記事「『躍進トランプと嫌われるメディア(『正論』2016年7月号)』―ファイティングポーズを見せながら平和主義を守った安倍総理という策士、他」では、安保法制によって、日本はいざとなれば自国を守る意思があるというポーズを安倍首相が示したと書いたが、このポーズは空元気であって、実際には以前の記事「『天皇陛下「譲位の御意向」に思う/憲法改正の秋、他(『正論』2016年9月号)』―日本の安保法制は穴だらけ、他」で書いたように、国防の細部が詰められていない。本号でも、現在の日本に存在する穴がいくつか指摘されていた。

 ・米韓両国は最悪の事態には実力で北朝鮮の核やミサイルを防ぎ、破壊する能力を有している。ところが、日本は北朝鮮がミサイルを発射するたびに、「断じて容認できない」と繰り返し、アメリカや韓国、加えて中国やロシア、さらには国連と連携して対処することばかりを強調している。つまり、日本独自の措置が出てこない(古森義久「戦えない国家日本でいいのか」)。

 ・韓国には3万8千人の日本人が在住しており、いざという時には彼らをどのようにして避難・脱出させるのかを想定しておく必要がある。国民の中には、「安保法制が整備されたのだから、現地の日本人は自衛隊が救い出せるのではないか?」と考える人もいるが、実は自衛隊による邦人救出は相手国の同意がなければ実行することができない(薗浦健太郎「インタビュー 北朝鮮に核を放棄させる安倍官邸の国家戦略」)。それにもかかわらず、いわゆる駆けつけ警護は安保法制で可能になっている。日本人よりも外国人の生命を先に守ろうというのだから、日本も随分とお人好しな国だと思う。ちなみに、北朝鮮の拉致問題が一向に解決しないのは、法律上、自衛隊が北朝鮮の邦人救出をすることができないことも一因である。

 ・第1次安倍政権の2004年6月14日に有事法制諸法が成立したが、それ以前は外国の武力攻撃があっても国土交通省、総務省などが所管する法令が自衛隊に厳格に適用され、その行動に大きな制約をかけていた。例えば、敵の攻撃で狙われやすい空港を守ろうと、自衛隊が管理下に置きたくても、法律の壁があって実現不可能であった。では、有事法制の成立によって自衛隊が空港を自由に使えるようになったかと言うと、全くそんなことはない。

 日本には軍民共用の空港が多い。無論、海外にも軍民共用の空港はあるものの、多くは輸送機などを装備する兵站基地であり、領空侵犯対処と防空の第一線にある飛行場を軍民共用にしている例は滅多にない。その軍民共用空港で危機が高まった場合、空港にいる民間人を退去させ、土産店やレストランなどを閉鎖させ、航空会社にも民間航空機の乗り入れを自粛(場合によっては禁止)させなければならない。乗客を的確に避難させ、駐機している航空機を撤去させる場合もある。命令に従わない者の身柄拘束も想定しておかなければならない。だが、こうした手順や法的権限を整理・明記したものはない(樋口恒晴「これでは日本は守れない」)。

 ・北朝鮮が何らかのミサイルを日本に向けて発射した場合、果たして本当に迎撃できるのかどうかが問題となる。大気圏外で迎撃するイージス艦からのSM3ミサイルは1発20億円で、その数には限りがある。北朝鮮が大量のミサイルを撃ち込んだ場合には、SM3ミサイルでは撃ち漏らしが生じる可能性がある。その場合は、地上から迎撃するPAC3ミサイルがあるが、迎撃に成功してもミサイルの破片が落下して被害が出る。破片の大きさは数十キロから百キロに達する可能性がある。(麻生幾「麻生幾が語る 日本が核武装する日」)。

 SM3/PAC3ミサイルによる迎撃については、古是三春「北朝鮮の核とミサイル 徹底検証」でより具体的なシミュレーションがなされていた。やや長くなるが、要点は以下の通りである。

 ・地下サイロからなる弾道ミサイル発射用固定基地は、米韓軍がその正確な位置を把握しているため、衝突が始まれば精密誘導爆撃でたちどころに破壊される。問題は、自走発射台から発射されるミサイルである。米軍の推定では、50基の自走発射台が運用下にある場合、ローテーションを考慮するならば、1日に最大40発程度が発射される。この40発は、半分が朝鮮半島の米韓軍拠点に、残り半分が日本で最大の米軍兵站基地である横田基地に打ち込まれる。

 日本海に展開する6隻の海自イージス艦のうち、2隻はローテーション運用のために待機しているため、迎撃にあたるイージス艦は4隻となる。各イージス艦はSM3ミサイルを8発ずつ搭載しており、弾道ミサイルを8発×4隻=32発で迎撃する。1発の目標ミサイルに対して2発の迎撃ミサイルで対処するので、全て命中すれば16発の弾道ミサイルを大気圏外で破壊できる。残る4発は、PAC3ミサイルが高度10キロ、有効射程20キロで捕捉を図る。同様に1ミサイルに対し2発のミサイルを差し向けたとして、8発を要する。現在、PAC3ミサイルは二個高射群が運用しており、これらは有事が想定されれば、重要施設にそれぞれ配置される。横田基地周辺に配置されるのは一個高射群にとどまるはずで、それが持つ迎撃ミサイルは32発である。

 問題は2日目以降である。1日目と同様、20発が横田基地に差し向けられた場合、洋上では前日にSM3ミサイルを撃ち尽くしたイージス艦4隻に代わって、待機中だった2隻が計16発のSM3ミサイルで迎撃を図る。これらが撃墜できる弾道ミサイルの最大数は8発である。残り12発に対して、横田基地付近に配備された高射特科群が前日に使わずに残した24発を差し向ける。幸運ならこれで飛来した弾道ミサイルを全て破壊できるが、翌日から使用できるPAC3ミサイルはない。洋上の6隻のイージス艦でもSM3ミサイルは枯渇している。そうなると、攻撃3日目からは、北朝鮮の弾道ミサイルは何ら迎撃されずに日本に着弾することになる。

 安倍首相は安保法制でファイティングポーズを見せたまではよかったが、それ以来、上記の穴を放置したままにしている。北朝鮮がICBMを完成させるまでに残された時間は少ない。山積する諸問題を早期に解決する政治的決断が必要とされている。同時に、国民の生命を守るために最大限の措置を講ずることも不可欠である。その際に参考となるのが、永世中立国・スイスである。スイス政府は『民間防衛』という冊子をまとめており、その中に次のような記述がある。

民間防衛ーあらゆる危険から身をまもる民間防衛ーあらゆる危険から身をまもる
原書房編集部

原書房 2003-07-07

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 深く考えてみると、今日のこの世界は、何人の安全も保障していない。戦争は数多く発生しているし、暴力行為はあとを絶たない。われわれに危険がないと、あえて断言できる人がいるだろうか。
 最小限度言い得ることは、世界がわれわれの望むようには少しもうまく行っていない、ということである。危機は潜在している。恐怖の上に保たれている均衡は、十分に安全を保障してはいない。それに向かって進んでいると示してくれるものはない。こうして出てくる結論は、我が国の安全保障は、われわれ軍民の国防努力いかんによって左右される。
 日本国憲法の前文に「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とあるのとは対照的である。現在の日本の周囲には、「平和を愛する諸国民」がどれだけいるだろうか?この点、スイスは徹底的なリアリズムを貫いている。

 同書の中には、有事に備えて家庭で備蓄しておくものとして、家族1人につき米、麺類、砂糖各2キロ、食用脂肪1キロ、食用油1リットル、他にスープ、ミルク、果物、肉、魚などの缶詰、石鹸や洗剤、冬の燃料などが挙げられている。また、スイスの核シェルターは有名で、1970年代の後半、10万人を収容可能な核シェルターが工事中で話題になったことがある。200~800人程度を収容する一般シェルターなら公共の設備として至るところに設けられている。内部には医療設備、調理室や食堂、子どものための遊び場や通信施設なども用意され、万一貯水池に毒物を混入された場合は地下水をくみ上げて利用するために削岩機やコンプレッサまで備えている。

 北朝鮮の弾道ミサイル発射によってJアラートが発動した時、「地下に隠れてくださいと言われてもそんな地下はない」という声が各地から聞かれた。日本の技術力をもってすれば、政治的決断さえあればわずか2年で核弾頭つきの弾道・巡航ミサイルを配備できるそうだ(麻生幾「麻生幾が語る 日本が核武装する日」)。だが、日本では核武装に対して世論の壁が大きく立ちはだかるのは間違いない。それならば、同じ政治的決断力をもって、せめて国民を守るための地下シェルターを急ピッチで整備することが重要ではないかと思う(公共工事にあたるため、景気対策としても有効である)。そうすれば、Jアラートに対して「朝からうるさい」とか「戦争への恐怖を煽り立てる」とか文句を言うくせに、本当に北朝鮮のミサイルが日本に着弾したら「政府は何もしなかった」と批判するに違いない理不尽な国民を黙らせることができるであろう。

 《参考》占部賢志「連載・第52回 日本の教育を取り戻す 比較検証・スイスと日本 平和をいかに守るのか」(『致知』2017年11月号)

致知2017年11月号一剣を持して起つ 致知2017年11月号

致知出版社 2017-11


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2016年07月14日

『躍進トランプと嫌われるメディア(『正論』2016年7月号)』―ファイティングポーズを見せながら平和主義を守った安倍総理という策士、他


正論2016年7月号正論2016年7月号

日本工業新聞社 2016-06-01

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 (1)
 天皇家は、権力を志向せず、祈りに専念されるやうになつた。その過程で祈りの道が特に自覚されたのは元寇の時でした。これらを通じて、日本の深い宗教性、それも排他的な一神教ではなく、誰ともぶつからず、祈りを通じて自然、先祖、神社の祭神と繋がり、さうした祈りが同時に国を守る祈りともなるといふ非常にユニークな日本独自の神の道が拓かれます。(中略)

 かうして歴史的に形成された天皇の制度は、非合理的な時代遅れどころか、風通しのよい自由社会を維持する上で、世界史上でも稀な程、有効な手立てと言つていい。
(小川榮太郎「亡国前夜或いは自由の喪失」)
 以前の記事「和辻哲郎『日本倫理思想史(1)』―日本では神が「絶対的な無」として把握され、「公」が「私」を侵食すると危ない」では、日本は神を頂点とし、その次に天皇を配置する超多重構造であると書いた。また、別の記事「『一生一事一貫(『致知』2016年2月号)』―日本人は垂直、水平、時間の3軸で他者とつながる、他」では、前述の垂直的な多重構造の他に、同一の階層内における水平方向の協業と、過去から未来への伝統の受け渡しという2軸を加えることによって、日本が時空を超えて非常に複雑な「網」を形成していることを指摘した。

 一見すると、日本人は縦にも横にも制約を受け、さらに伝統という縛りを受ける不自由な存在のように見える。ところが、引用文にある通り、日本人はこの構造の中にある時こそ最も自由であり、結果的に社会全体が安定化する。現在の日本は、基本的人権を普遍的価値と見なしているが、個人的には天賦人権論なるものに疑問を感じる時がある。日本人が自由であるのは、生まれながらにしてではなく、上記の社会構造に埋め込まれた時である。つまり、日本人の自由は外発的・後天的なのである。この辺りを論理的にどう説明するかが今後の私の課題である。

 小川榮太郎氏は別の記事で、日本の社会構造は多様性に対して寛容であるとも述べている。そして、その象徴が天皇という存在であるという。冒頭で紹介した以前の記事の中で書いた、非常にラフな日本の多重構造「(神?)⇒天皇⇒立法府⇒行政府⇒市場/社会⇒企業/NPO⇒学校⇒家族⇒個人」を見てみると、確かに天皇以外は多様なプレイヤーに満ちている。ところが、天皇だけは万世一系である。天皇は1人しかいらっしゃらないのに、どうして社会は多様性を確保することができるのか?天皇制における血縁主義は、社会の多様性をどのように担保しているのか?こういった疑問にも私は答えていかなければならない。

 (2)
 北朝鮮は4月15日、IRBMムスダンを発射した。発射は失敗に終わったが、日本の安全保障上、死活的な意味を持つ。(中略)(ムスダンは)グアムなどに着弾する蓋然性があり、それを日本政府が「存立危機事態」と認定すれば、いわゆる集団的自衛権の限定的な行使(防衛出動による武力行使)も可能となる。今回は空中爆発し、新法制の出番はなかったが、法的には初の適用となる可能性があった。その事実が持つ意味は重い。だが「憲法違反」「解釈改憲」と批判してきた護憲派メディアを含め、以上の点を新聞もテレビも追及しなかった。
(潮匡人「「第四権力」の転落」 そして誰もマスコミを信じなくなった」)
 私もこのことには全く気づいていなかった。というのも、4月14日と16日には熊本大震災が発生し、そちらに注意が向いていたためである。ただ、引用文にあるように、仮にムスダンがグアムに着弾しても、「存立危機事態」と認定することは非常に困難であろうと考える。

 存立危機事態とは、「日本と密接な関係にある他国が武力攻撃され、『日本の存立が脅かされる明白な危険』がある事態」と定義されている。「日本の存立が脅かされる明白な危険」とは、経済的なダメージだけでは不十分とされる。かつての日本は、アメリカから経済封鎖を受けて太平洋戦争に突入していったが、今回の安保法制の下ではそのようなことは認められない。実際、イランがホルムズ海峡を封鎖して日本に石油が入ってこなくなったとしても、それだけをもってイランを攻撃することはできないと政府は答弁している。

 「日本の存立が脅かされる明白な危険」とは、日本の領土、領空、領海が脅かされ、それによって多数の日本国民の生命に危険が及ぶ可能性がある場合に限定される。この段階で初めて集団的自衛権が行使できるというわけだが、この場合の集団的自衛権はほとんど個別的自衛権に等しい。だから、日本が言う集団的自衛権は、国際通念としての集団的自衛権と異なり、個別的自衛権に毛の生えた程度でしかない。毛の生えた程度とはつまり、次のようなことである。

 例えば、日本の領海を巡回中のアメリカ艦隊が中国から砲撃されたとする。中国の砲撃が続けば、日本の存立が脅かされる。こういう場合、従来の個別的自衛権に基づいて、自衛隊は中国に攻撃ができる。しかし、日本がわざわざ自衛隊を出動させて中国を攻撃するよりも、攻撃を受けているアメリカ艦隊の近くにいる自衛隊がアメリカ艦隊に武器を供給し、彼らに中国を攻撃させた方が即効性がある。集団的自衛権(による後方支援)はそれを可能にする。

 安保法制反対派は、集団的自衛権よりも、「重要影響事態における後方支援」に強く反対している。重要影響事態の定義が広がり、自衛隊が戦争に巻き込まれるリスクが高くなるというわけである。ところが、法律の構成を見ると、どうやら簡単には後方支援ができないようになっている。安倍首相はシームレスな防衛を目標としたが、実際には相も変わらずぶつ切り状態だというのだ。これは安保法制を推進した右派だけでなく、反対派の左派も指摘していることである。

 一例を挙げると、自衛隊が後方支援を行う際は、国会の事前承認が必要である。重要影響事態とは、「放っておいたら日本への武力攻撃の恐れがあるなど、日本の平和と安全に重要な影響を与える状況」である。日本が危険にさらされる可能性は、存立危機事態に比べると低い。しかし、実際に戦闘が行われている現場は生きるか死ぬかの世界で、時々刻々と戦況が変化する。そんな状態で、国会が後方支援の計画を長々と審議し、仮に可決されたとしても、その頃には計画が通用しないほどに局面が変化しているに違いない。従来の非戦闘地域における後方支援は、時間をかけて審議すればよかった。だが、重要影響事態においてはそうはいかない。

 《2016年9月14日追記》
 安保法制の具体的な「穴」については、「『天皇陛下「譲位の御意向」に思う/憲法改正の秋、他(『正論』2016年9月号)』―日本の安保法制は穴だらけ、他」にまとめておいた。


 私の見解には大いに批判があるだろうが、私は安倍総理を相当な策士だと考えている。日本の戦略的地位の向上を求めるアメリカと、年々軍事力を増強し続ける中国に対して、「いざとなれば日本だって立ち上がる準備はあるんだぞ」というファイティングポーズは見せた。だが、蓋を開けてみると、複雑怪奇なルールで自らを縛り、結局は今までと大して変わらない(今までよりも制約が強い?)状態にした。結果的に、日本の平和主義は守られた。国防という最重要にして最難関の問題をこのような形で決着させられたのは、安倍総理以外にいなかったであろう。

 (3)
 ドイツで今から30年前の1980年代、ナチズムと共産主義をめぐって「歴史家論争」という大論争が繰り広げられたことがあった。この論争での重要な焦点は、ナチズムと共産主義が全体主義という点では同じではないかということだった。特にエルンスト・ノルテや、フランス人で共産主義から転向したフランソワ・フュレらは、思想的脅威、謀略的手法、極端な軍事力重視と共にはなはだしい人命軽視という武断的な姿勢も含めて共産主義から影響を受けたのがナチズムであり、ナチズムと共産主義は双子の関係、少なくとも「シャム双生児」の関係にあると提起した。
(中西輝政「共産主義と日米戦争―ソ連と尾崎がやったこと(上)」)
 私の理解不足もあるのかもしれないが、以前の記事「【ドラッカー書評(再)】『産業人の未来』―人間は不完全だから自由を手にすることができる」で書いた通り、私の中ではナチスと共産主義は同じ全体主義である。極右のナチスと極左の共産主義は、唯一絶対の神しか認めず、人間は神に似せて創造された完全な理性を持つ存在であるという前提から出発している点で共通する(もっとも、本来の共産主義は無神論なので、私の考え方にはまだ大きな穴が開いたままなのだが)。だから、両者は親和性が高い。本号には、「ナチスの権力掌握に「協力」した共産党 憲法「緊急事態条項」批判論の虚妄(中)」(福井義高)という記事も収録されていた。

 私は、神も人間もどちらも不完全な存在と見なす日本の考え方が、最も平和的、寛容、柔軟であると信じている(冒頭で紹介した小川榮太郎氏の考えの影響も受けている)。ところが、世界の宗教人口を見ると、キリスト教とイスラームで半分以上を占める。彼らに神の不完全性を理解させることはまず不可能であろう。だから、人間がいかに不完全な存在であるかを認めさせることが、全体主義が世界を恐怖の底に突き落とすのを防ぐことにつながると考えられる。

 いや、「認めさせる」という表現は、あまりに傲慢で不適切だったかもしれない。「認めさせる」ということは、「人間が不完全である」というロジックが完全であることを前提としており、自家撞着に陥っている。我々は彼らに対し、「人間は不完全である」と訴え続ける。彼らが我々の考えを100%理解しなくてもよい。ただ何となく、「そう言われてみると、確かに人間は不完全なのかもしれない」と感じ、彼らなりの方法で我々の主張を咀嚼してくれればそれでよい。



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