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山本七平『日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条』―日本組織の強みが弱みに転ずる時(2/2)
山本七平『日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条』―日本組織の強みが弱みに転ずる時(1/2)
『腹中書あり(『致知』2016年7月号)』―私の腹中の書3冊(+1冊)

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京23区、神奈川県川崎市・横浜市を中心に活動する中小企業診断士・コンサルタント。

 専門領域は、(1)経営ビジョン・事業戦略の策定、(2)ビジョンや戦略とリンクした人材育成計画の立案・人事評価制度の構築、(3)人材育成計画に沿った教育研修プログラムの企画・開発。

 モットーは「日々改善、日々成長」、「実事求是」、「組織のためではなく知識のために働く」、「奇策は定石より先に立たず」、「一貫性(Consistency)」、「(無知の知ならぬ)無知の恥」

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

 ブログタイトルに、oasisの往年の名曲『Whatever』を入れてみた。

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マネジメント・フロンティア
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◆個人事務所「シャイン経営研究所」◆ シャイン経営研究所ロゴ


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2016年11月07日

山本七平『日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条』―日本組織の強みが弱みに転ずる時(2/2)

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日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)
山本 七平

角川グループパブリッシング 2004-03-10

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 前回の続き。本書は、小松真一の『虜人日記』に書かれていた「敗因21か条」をベースに、山本七平自身の体験も交えながら、太平洋戦争の敗因を分析したものである。

虜人日記 (ちくま学芸文庫)虜人日記 (ちくま学芸文庫)
小松 真一

筑摩書房 2004-11-11

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 太平洋戦争は東アジアを西欧の植民地支配から解放するための戦争だったと主張する右派は多い(こういう右派は、戦後にアメリカが名づけた太平洋戦争という名前ではなく、大東亜戦争という言葉を用いるのが常である)。しかし、山本七平は右派でありながら、自ら陸軍将校としてフィリピンの戦場に立っており、耳元を敵の弾丸が通り過ぎるような経験もしている。その山本は、日本軍のトップに明確なビジョンがなく、現場は十分に訓練されておらず、白が黒となるような無茶な命令が乱発されていたことを知っている。だから、山本の文章を読むと、日本がアジアのヒーローであったかのような右派の言説に加担するのは、私としてははばかられる。

 前回の記事「山本七平『日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条』―日本組織の強みが弱みに転ずる時(1/2)」では、日本社会・組織の理想的な姿を整理したつもりである。逆に言えば、その理想が崩れたから日本は戦争に負けた。その具体例を順に見ていく。
 一体、われわれが、最低とはいえ衣食住を保障され、労働から解放され、一切の組織からも義務からも解放され、だれからも命令されず、一つの集団を構成し、自ら秩序をつくって自治をやれ、といわれたら、どんな秩序をつくりあげるかの「実験」の場になっていたわけである―別にだれも、それを意図したわけではないが。

 一体それは、どんな秩序だったろう。結論を簡単にいえば、小松氏が記しているのと同じ秩序であり、要約すれば、一握りの暴力団に完全に支配され、全員がリンチを恐怖して、黙々とその指示に従うことによって成り立っている秩序であった。
 理想的な日本の理想社会は、天皇(厳密に言えば、さらにその上に神がいる)を頂点とするピラミッドであり、垂直方向と水平方向に細分化されている。それぞれの日本人や組織はピラミッドの一角を占めるにすぎず、上からの命令に従って行動する。時には上に向かって「下剋上」したり、下に対して「下問」したり、水平方向に協業したりするが、その行動範囲は極めて限定的である。こう書くと、日本社会は非常に息苦しく見える。しかし、逆にその制約を取り払うと、日本の場合は自由ではなく暴力性が出現してしまう。日本人にとって、自由とは西欧流の「権力からの自由」ではない。日本人が自由を発揮できるのは、権力構造に埋め込まれている時である。
 これらの事件(※現地のゲリラなどによる日本軍への反乱を指す)の背後には、現地における対日協力者への、あらゆる面における日本側の無責任が表われており、この問題の方が、私は、戦後の反日感情の原因になっているのではないか、とすら思われるからである。
 日本は多神教文化の社会であり、それぞれの日本人には異なる神が宿っている。人生とは、自らに宿る神の正体を知る旅であると言える。ところが、多神教文化の神は唯一絶対、完全無欠の一神教の神とは異なり、不完全な存在である。その不完全性を認めながらも、なおより完全に近い形で自らに宿る神を知覚するためには、自分とは異なる神を宿しているであろう他者との交流が欠かせない。この辺りについては、以前の記事「『関を越える(『致知』2016年6月号)』―日本人の「他者との相互学習」の方法について」などでも書いた。

 だから、日本人は元来は外向的であるはずだ。ところが、その外向性が急激に反転して、極度の人見知りに陥ることがある。おそらく、自分の弱さを他者に悟られたくないと思うからであろう。他者との交流を失うということは、学習の機会を失うことでもある。自分に宿る神の姿をまだ的確に把握できていないのに、もう十分解ったと思い込む。そして今度は、自分の弱さを隠すように、自分の考えが絶対に正しいのだと強がり、他者に自分の考えを押しつける。

 引用文の通り、日本軍は東アジアに進駐した際、現地住民の理解を怠った。アジアも基本的には多神教文化の地域である。多神教文化における望ましい振る舞いをせずに、日本はアジアの解放者だと叫ぶのは、全くもって独善的な態度である。山本は本書以外にも、日本がアジアを帝国主義から解放するという明確な理念を持っていたかどうかは疑わしいと書いている。
 その原因は、歴史的には、前記のような「模倣の対象」の違いに求めうるであろうが、根本的には、日本の「タテ社会」に基因する、陸海に共通する決定的な「タテ組織」にあったであろう。これは単に陸海の不協力だけではなく、陸軍内の空地・歩砲の協力すら行なわせないほど徹底していた。そのよい例がノモンハンである。
 理想的な日本社会においては、前述の通り、ある程度の制約はあるものの、上下左右に比較的自由に動くことができる。「タテ社会」と「ヨコ社会」がいい塩梅で交錯する社会と言ってもよい。だが、「タテ社会」と「ヨコ社会」ではどうやら前者の方が力が強いようであり、放っておくと「タテ社会」が勝る、現代風に言えばタコツボ化する、セクショナリズムがはびこるようである。

 前回の記事でも書いたが、明治時代の初期には、省庁を超えた人事異動が頻繁に行われていた。ところが、明治末期になって社会が成熟してくると、そのような人事異動は見られなくなった。また、経営合理化のために事業部制を導入したある中堅製造業では、ラインで何か問題が起きた時に他部署から社員がさっと集まって問題を解決するというそれまでの風土が失われ、かえって業績が悪化してしまったという例も紹介した。

 組織のタテ割り化を防ぐためには、一個人、一部門だけで完結する仕事、役割にはせず、必ず他の社員や部門と協業しなければ達成できないような目標を与えることが有効ではないかと考える。別の言い方をすれば、個人の職務定義書や部門のミッションステートメントに、いい意味での曖昧さを残すことである。これは、経営の合理化には完全に逆行する。欧米の組織では到底受け入れられないだろう。しかし、日本のよさを活かすためにはその方が得策である。
 ”当時”の人間は非科学的であったから、”芸”による超能力が存在しうると信じ、小銃・機関銃・手榴弾の存在する現在の戦闘において、その殺傷効力が1メートル余しかない日本刀を戦場で使い、その”芸”を活用して、バッタバッタの百人斬りをやって、刀も折れねば本人が負傷もしない、ということを信じ得たとしても、あるいは不思議でないかもしれぬ。これはいわば武”芸”絶対化の世界である。そして絶対化されれば現実には、日本刀にはこれだけの強度はなく、実戦の武器としては、大坂の陣で、宮本武蔵ですら、これを活用できなかったという事実は、無視されても致し方がない。そしてこれが極限までいけば、竹ヤリで原爆に対抗できるという発想になって当然である。
 上からの命令に従い、上の人間のお眼鏡にかなうような存在になろうと自己鍛錬を積むわけであるが、上からの命令を絶対視し、自己鍛錬そのものが目的化してしまうと、武”芸”の絶対化が起きる。通常であれば、上の人間は環境の変化に応じて命令の内容を変えていく。

 欧米であれば、「いつまでにこれを達成する。だから、このタスクを実行せよ」といった具合に、将来の目標をまず設定し、そこから逆算して行動計画を策定する。別の表現をすると、将来⇒現在という時間のとらえ方をする。目標が変われば命令もガラリと変わる。だから、下の人間も命令の変化に気づきやすい。ところが、日本人の時間は現在⇒将来へと流れる。つまり、現在から徐々に将来に向かって変化していくと考える。そのため、上の人間を注意深く観察していないと、変化に気づくことができない。もし、本ブログの読者の皆様の仕事内容がここ数年ほとんど変わっていないとすれば、知らず知らずのうちに武”芸”の絶対化に陥っている可能性がある。
 そしてさらにわからないのが、この西南戦争の原因である。それは、太平洋戦争の発端となった日華事変のように、原因不明、戦争目的不明、作戦計画不明、といわねばならない。
 山本は、西南戦争が失敗に終わった原因を分析し、後世の教訓としておけば、太平洋戦争のような失敗は起きなかったのではないかと記している。西南戦争も太平洋戦争も、目的が不明であり、従って作戦計画の立てようがなかった。「何事をやるにも目的をはっきりさせるべきだ」という手垢のついた表現でこの問題を片づけられるかと言うと、そうはいかない難しい事情がある。

 日本社会は天皇を頂点とするピラミッド構造である。下の階層は上の階層の命令に従って動く。では、頂点に立つ天皇は誰の命令を聞いているのだろうか?実は、ピラミッド構造を厳密に描写すると、天皇の上にはさらに神々がおり、神々もまた多層化している。その神々の層を上へとたどっていけば、究極的な命令を出す神に突き当たるはずである。西欧は、一神教と多神教という違いはあれど、同じような理屈で絶対的な神の存在を証明してきた。ところが、日本の場合は、究極的な神を想定していない。そんなことを考えること自体が野暮である。何となく、どこからか命令が下されて、それが巨大なピラミッドの下層へと徐々に浸透していくのが日本である。

 この話から得られる教訓は、「日本は何か大きな目的を世界で果たそうと野心を抱いてはいけない」ということである。日本人には、そのような内発的な目的を設定する適性がない。外部環境の変化に応じて、漸次的に姿を変えていく。これしか日本人が生き延びる道はない。だから、間違っても戦争を起こそうとしてはいけないし、グローバル経済でリーダーシップを発揮するとか、世界市場を牽引するイノベーションを連発することを目指すのは無理と言わざるを得ない。

 最後に、小松と山本が日本の目指すべき道を述べている箇所を引用する。
 確かにこれ(※国際主義)以外に生きる道はあるまい。しかしこの言葉は、「みんな仲よく、お手つないで」式の、うわついた国際主義ではない。(※小松)氏は「国際主義的な高度」の文化・道徳の保持を考え、それを「大東亜戦によって得た唯一の収穫」と考えておられるが、同時にその基盤となるべき日本の自立は、日本という独特な位置・風土・伝統に基づく発想、いわば本当の「思想」に基づくものでなければいずれは破綻し、いわゆる国際性も成り立たないことを、知っておられた。氏は、「再軍備論者」の考えを、その考えが出てくる10年も20年も前にはっきりと否定し、また最近になってはじめて問題とされている食糧問題、水の問題、農業問題等にも、目を向けている。


2016年11月04日

山本七平『日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条』―日本組織の強みが弱みに転ずる時(1/2)

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日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)
山本 七平

角川グループパブリッシング 2004-03-10

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 欧米、特にアメリカは唯一絶対の神との直接的な関係を重視する。そして、神と契約を結ぶことができた一部のカリスマリーダーが、その他大勢に対してトップダウンでリーダーシップを発揮する(この点については、以前の記事「飯田隆『クリプキ―ことばは意味をもてるか』―「まずは神と人間の完全性を想定し、そこから徐々に離れる」という思考法(1)(2)」を参照)。

 これに比べると、日本の場合はかなり複雑である。日本社会は垂直方向に重層的であると同時に、水平方向にも細分化されている。ただし、かつてのイギリスの階級社会や現在のインドのカースト制度のように、ある階層から上の階層への移動が制限されているわけではない。比較的自由に上の階層に移動できるし、時には下の階層へ移動することもある。また、上下への移動に加えて、左右にも移動する。ある組織に所属しながら、別の組織と連携することが推奨される。時には、自分が所属する組織とライバル関係にあたる組織とも協業する。

日本社会の構造

 これを非常に簡単な図にすると上のようになる。日本人は、垂直方向と水平方向にきめ細かく区切られた社会の一角に身を置き、そこを拠点として上下左右に影響力を及ぼす。日本にはトップダウン型のリーダーは存在しない。それぞれの日本人が各々の持ち場において、アップダウン(+水平方向の)のリーダーシップを発揮する。特に、下の階層から上の階層に向けて、ボトムアップでリーダーシップを発揮するのが日本の特徴とされる。このボトムアップ型は、トップダウン型に慣れている欧米人にはなかなか理解できない。彼らは、リーダーシップは上から降りてくるものだと考えている。だから、「サーバント・リーダーシップ」なる新しい概念が登場すると、組織図を上下逆さまにして、現場を一番上に持ってこなければ説明ができない。

 欧米流の「神―人間」の考え方では、神と人間の間に何らかの組織が介入することを嫌う。仮に組織が介入してきた場合は、その正統性が問われる。神と人間を結ぶ場である教会ですら、この尋問を逃れられない。ましてや政府、企業、家族といった組織単位は、さらに厳しく詰問される。これに対して、日本社会は多重構造である方が安定することは、以前の記事「北川東子『ハイデガー―存在の謎について考える』―安直な私はハイデガーの存在論に日本的思想との親和性を見出す」などで書いた。大雑把にスケッチすると、日本では「(神?)⇒天皇⇒立法府⇒行政府⇒市場/社会⇒企業/NPO⇒学校⇒家族⇒個人」という階層構造が成り立つ。

 なぜこういう階層構造になるのか、なぜ多重構造の方が安定するのかについては、正直なところ今の時点で明確な答えを提示することができない。この点は今後の私の課題である。とにもかくにも、日本では多重構造が当たり前のものとして受け入れられている。先ほどの大雑把なスケッチをもう少し詳しく見ていくと、さらに細かい多重構造があることに気づく。例えば、日本の製造業は最終メーカーを頂点とする多重下請構造に組み込まれている。では、その最終メーカーは市場に直接アプローチしているかというと、必ずしもそうではない。1次卸、2次卸、・・・小売といった具合に、流通構造も多層化されている。日本の流通経路は、欧米に比べると長い。

 日本の社会は、放っておくと自然と階層が増える。国会議員は政党内で派閥に所属するだけでなく、国会を離れて私的な勉強会を頻繁に開いている。勉強会の中には超党派のものもあり、国会での立法作業に影響を与える。これは、立法府と行政府の間に1つ階層が増えたと見ることができる。また、内閣は重要な問題に関して有識者会議を開く傾向が強い。行政府の中は「内閣―各省庁」と分けられるが、有識者会議は、内閣の下に挿入された階層であると言える。

 下の階層は上の階層の命令を受けて行動する。上の階層はさらにその上の階層から命令を受ける。このルートをずっと上へたどれば、命令の根源に突き当たるはずである。先ほどのスケッチに従うと、天皇を生み出した神が原点であるかのように見える。しかし、日本では神自体も多重構造化している(以前の記事「和辻哲郎『日本倫理思想史(1)』―日本では神が「絶対的な無」として把握され、「公」が「私」を侵食すると危ない」を参照)。その神の階層をさらに上へ上っていけば、究極の原点があるに違いない。しかし、そういう究極の原点を追求するのは、神に唯一絶対性を求める西洋的な発想である。日本の場合は、究極の原点を問わない。何となく、誰かが命令しているということで話を丸く収める。こう考えるうちは、全体主義に陥ることがない。

 日本人は、上の階層からの命令に従うだけでなく、時に上の階層に対して意見することがある。日本の稟議的経営や提案制度、QCサークル運動などは、欧米ではなかなか理解されないものである。現場からいいアイデアが上がってくるならば、上司の存在意義がなくなってしまうと考えられるからだ。ところが、日本ではそれが許容される。ただし、下の階層は、上の階層の人間を脅かそうとか、蹴落とそうとしているわけではない。あくまでも、下の階層にとどまりながら、自分が思いついたアイデアを自由に実行したいと主張しているのである。

 これを山本七平は「下剋上」と呼んだ。一般的な下剋上とは違い、上の階層を打倒しない点に特徴がある(以前の記事「山本七平『帝王学―「貞観政要」の読み方』―階層社会における「下剋上」と「下問」」を参照)。理解のある上司は、部下からいいアイデアが上がってくると、「よしわかった。やってみろ。責任は自分が取る」と言ってくれる。上司は、権限は部下に渡して責任だけを負う。欧米流の組織論では、権限と責任を一致させるのが原則である。ところが、日本社会では、下の階層になればなるほど「権限>責任」であり、逆に、上の階層になればなるほど「権限<責任」となる。下の階層の人間ほど、大きな自由を手にする。ただし、その自由は、西洋で言う「権力からの自由」ではなく、「権力構造が保たれているがゆえに担保される自由」である。

 上の階層は下の階層に命令するだけでなく、「あなたが私の期待する成果を上げられるようにするために、私に何か手伝えることはないか?」と尋ね、下の階層に降りてくることがある。これが「下問」である。上司は部下をこき使うだけでなく、部下を大切に扱う。ここに、日本的な家族的経営が成立する。顧客も、企業に対して「これがほしい」と要求するだけでなく、「御社が成果を上げられるために、私には何ができるか?」と下問する。マーケティングのトレンドは、プロダクトアウトからマーケットインへと変遷し、近年は共創型マーケティングへと移っている。共創と言うと、顧客と企業が仲良く協力して少しずつ製品・サービスを形作るイメージがあるが、実際には、顧客からの下問と企業からの下剋上によって相当の緊張を強いられる関係だと思う。

 日本社会は垂直方向に多層化されているだけでなく、水平方向にも細分化されている。組織内もそうだし、業界自体もそうである。日本の組織は水平方向に細分化されているがゆえに、欧米企業に比べるとマネジャー1人あたりの部下の数が少ないと感じる。また、業界に目を向けると、企業が過剰に市場に参入し、供給過多になっているケースも少なくない。

 ただし、組織内では水平連携が推奨される。同期入社の絆は退職まで(時に退職後も)続くと言うし、部門を超えたジョブローテーションが頻繁に行われる。また、何か重要な問題が起きると、各部署から人がさっと集まって解決する。ある中堅製造業は、部長にマネジメント責任を負わせ、経営の合理化を行うために事業部制を導入した。だが、事業部制を導入した途端に業績が悪化してしまった。その原因を分析したところ、この企業の強みは、製造ラインで何かトラブルが発生した時に、他のラインから柔軟に社員をアサインできることだと解った。事業部制になると簡単には人を移動させられず、強みが失われてしまったというわけだ。

 組織間でも水平連携が頻繁に行われる。明治維新直後の日本では、各省庁を超えた人事異動が普通に行われていた。ところが、明治末期になると、次第に縦割り化が進み、そのような人事慣行は消えてしまったそうだ。市場に過剰に参入した企業が簡単には淘汰されない要因の1つは、日本に固有の業界団体の存在であると考えられる。もちろん、アメリカにも業界団体は存在する。ただし、彼らの主たる目的はロビー活動である。また、業界標準を策定するために同業他社が集まるものの、ルールが完成した途端に仲違いを始めるケースも少なくない(ブログ別館の記事「『負けない知財戦略(『一橋ビジネスレビュー』2016年SPR.63巻4号)』」を参照)。

 日本の業界団体の目的は、競合他社の動向も含めてお互いに情報交換を密に行うことである。これが、どの企業も似たような製品・サービスになる1つの要因である。そして、どの企業も似たような製品・サービスを販売しているがために、どの企業も簡単には潰れないのである。また、よりよい製品・サービスを開発するために競合他社と提携することもあるし、苦境に陥っている企業があると、競合他社がその救済に乗り出すことも頻繁に見られる。業界団体自体は何か具体的な成果を生み出すわけではない。そういう意味では非常に非効率な存在である。しかし、業界内のプレイヤーの共存共栄を図り、利益を広く配分するという重要な役割を果たしている。

 以前の記事「『一生一事一貫(『致知』2016年2月号)』―日本人は垂直、水平、時間の3軸で他者とつながる、他」でも書いたように、日本人は垂直、水平方向で他者とつながると同時に、時間軸でも他者とつながっている。私の身体は、先祖代々の魂が集まる天からの借り物であり、私は昔の人々の伝統を背負って生きている。また、「財を残すは下、業を残すは中、人を残すは上」という言葉がある。私は、単に伝統に従って生きていればよいのではなく、そこに価値をつけ加えなければならない。ただし、私が死んだ途端にその価値が無に帰すようでは意味がない。私が作り出した価値を受け継ぐ人を残す必要がある。これが人生における至上の命題である。

 以上のように、日本人が各々の持ち場を保ちつつも上下左右に移動し、さらに伝統と未来を重んじるうちは、日本社会は安定する。しかし、強みというのは容易に弱みに転ずるものである。野村克也氏は独自の配球論で各打者の強みと弱みを分析したが、往々にして、その打者が強みとするコースのすぐそばに弱みが存在することを見抜いた。次回の記事では、太平洋戦争中の日本社会がどのように瓦解していったのかを、本書を基に見ていきたいと思う。

2016年07月25日

『腹中書あり(『致知』2016年7月号)』―私の腹中の書3冊(+1冊)

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致知2016年7月号腹中書あり 致知2016年7月号

致知出版社 2016-07


致知出版社HPで詳しく見る by G-Tools

 河野:私ね、時々隊員に講演をするんですけど、その時に言うのはやっぱり「本を読め」ってことなんですよ。なぜ読めと言うか。その理由は2つありまして、1つは常識が身につく、もう1つは渡部先生もおっしゃっていたように、人間に厚みができるということです。

 我われの仕事のみならず、誰にでも人生において何か大きな決断をせんといかん場合ってありますよね。その時に、本を読んでいる人間とそうでない人間では、絶対に差が出ると思っているんです。切羽詰まった時にいかに正しい決断ができるか。それは知識ではなく、教養が影響する。質の高い本でなければ、教養が積み上がっていかないんです。
(河野克俊、渡部昇一「腹中書ありて人生の万変に処してきた」)
 以前の記事「中小企業診断士を取った理由、診断士として独立した理由(1)【独立5周年企画】」で、学生時代の最初の頃は、教科書以外の本をほとんど読んでいなかったと書いた。さらに言えば、大学に入る以前も読書は全くしておらず、有名どころの小説などは一切読んだことがなかった(小学生の時は、夏休みに読書感想文を書くのが苦痛だった)。そんな私が、友人の言葉をきっかけに、真面目に読書をするようになった。2005年以降は、読んだ本のタイトルを記録している。それによれば、少なくとも2005年以降だけで1,100冊ほど読んだ計算になる。

 ただ、私の読書法はあまりに粗雑であり、歴史的価値の高い古典や小説などはほとんど未着手のままである。さらりと読めそうな簡単な本、仕事で必要に迫られて読んだ本、本の冊数を稼ぐために読んだ薄い本などが1,100冊の中には数多く含まれている。そのため、私の読書の質は極めて悪い。『致知』2016年7月号を読むと、どの人も古典、歴史書、哲学、小説などを深く読み込んでおり、「腹中の書」なるものを持っている。私が自宅の本棚を見渡して、自分の「腹中の書」は何だろうかと思案した時、すぐには答えが出せなかった。何度も本棚とにらめっこをして、これがおそらく私の「腹中の書」だろうと結論づけたのが、次の3冊である。

ドラッカー名著集1 経営者の条件ドラッカー名著集1 経営者の条件
P.F.ドラッカー

ダイヤモンド社 2006-11-10

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 【1冊目】
 私がピーター・ドラッカーの名前を初めて知ったのは、大学4年生の時に『ネクスト・ソサエティ―歴史が見たことのない未来がはじまる』という本を読んだ時であった。その内容に感銘を受けた私は、ドラッカーの著書を片っ端から読破してみようと思い立ち、数年かけて30冊ほど買い込んだ(ただし、これでもドラッカーの著書の全てを網羅しているわけではない)。ドラッカーを読み始めて最初に大きな衝撃を受けたのが、この『経営者の条件』である。

 ドラッカーがマネジメントを体系化する以前は、マネジメントと言えば企業、とりわけ大企業のトップマネジメント(経営陣)という「人」のことを意味していた。ところが、ドラッカーはマネジメントを「社会的機関」と位置づけた。社会的機関としてのマネジメントとは、社会の目的を達成するために、組織を構成し、人々に地位と役割を与え、彼らに最高の成果を出させる仕組みのことである。それまでは、人々にとってマネジメントとは雲の上の存在であった。しかし、社会的機関としてのマネジメントは、彼らを次々とシステムに組み込んでいく。しかもドラッカーは、人々に対して、社会的機関からの要請に単に応答するだけでなく、「自らマネジメントする」ことを要求した。

 「自らマネジメント」するとは、まずは目標とする成果を定め、仕事のやり方を決定し、必要な資本を投入する。結果が判明したら、それが目標に達したのか否か評価し、未達の場合は改善策を施す、ということである。19世紀の経済学では、資本とは土地と労働力を指した。しかし、土地は資本家が握っており、人々が制御できるものではない。また、労働力についても、問題になるのは質ではなく量であった。だから、人々にできることと言えば、長く働くことだけであった。

 ところが、20世紀に入って大きな変化が訪れた。それはつまり、知識が新しい資本として重要な位置を占めるようになったことである。人々は労働者であると同時に資本家になった。資本家であるならばなおさら、成果にコミットしなければならない。こうして、ドラッカーは人々に対して高い自己規律を要求する。人々はもはや単なる労働者ではない。彼らがいかなる職務を行い、いかなる職位に就いているかは問わない。自社の経営に重要な影響を与える意思決定を行い、自社の経営にとって重要な成果を提供するならば、誰もがエグゼクティブ(経営者)として責務を果たさなければならない。これが『経営者の条件』のエッセンスである。

 日本にはQCサークルのように、現場社員が経営に貢献する改善活動を自発的に行う文化がある。また、当時の私は、中間管理職や現場社員が自分に与えられた職分で満足するのではなく、ワンランク上の視点、つまり経営的な視点に立って仕事をすべきだと考えていた。だから、『経営者の条件』はまさに日本と私のために書かれた本であるかのように思えた。

 ドラッカーの著書の売れ行きは、アメリカよりも日本の方がよいと本人が認めていた。最近のアメリカのビジネススクールでは、「ドラッカーなんてもう古い」などという声も聞かれるようだが、日本に限って言えば、ドラッカーの経営思想はまだまだ十分に示唆的である。

 ①アメリカのイノベーションは、「自ら変化を起こす」ことを目指す。そして、カリスマリーダーにその役割を期待する。フォロワーは、強力なリーダーの権力の下で、指揮命令通りに働く。一方、ドラッカーのイノベーションは「既に起きた変化を利用する」。あまり適切な表現ではないかもしれないが、ドラッカーのイノベーションは受動的である。しかし、日本企業にはその方がフィットしている。ドラッカーは、日本企業がイノベーションに後から参入し、組織力を活かして猛スピードでキャッチアップして、ついには当初のイノベーターを打ち負かすことを「起業家的柔道」と呼んだ。

 ②1990年代にキャプランとノートンが提唱したBSC(バランス・スコア・カード)は、ドラッカーが提唱したMBO(目標管理制度)と何が違うのかと考えることがある。BSCは4つの視点でバランスよく経営指標を管理するものだが、その根底には、ビジネスを成功に導くには少数の重要な要因に注目すればよいという考え方がある。その要因をCSFと呼び、CSFの度合いを測定する指標をKPIと言う。因果関係は簡潔に把握すべきというアメリカ人の思考特性がよく表れている。

 一方、MBOはトップの目標を下位の部門、さらにその下位の部門へとブレイクダウンしていく。目標の体系はどうしても複雑になる。しかも、アメリカ(ドラッカー)から日本に輸入されたMBOには、日本流のアレンジが加えられている。それぞれの社員には、部門の目標に直結する業績目標の他に、同僚や他部門への協力を促す目標や、自己啓発に関する目標も含まれている。こうなると、目標全体の関係を正確につかむことは不可能である。日本の場合、望ましい行動を数多く積み重ねれば、(どういう過程をたどるかは判然としないが、)自ずと望ましい結果が導かれると信じている。MBOは、日本流の目標管理制度の下敷きとして機能するには十分だった。

 ③①とも関連するが、アメリカはリーダーとフォロワーの直線的な関係を重視する。必然的に組織はフラット化する。ところが、ドラッカーはフラット化には反対している。代わりに、分権化せよと主張する。これは、ドラッカーがGMの戦略や組織構造、企業風土を研究した1940年代から全く変わっていない。フラット化すると、エグゼクティブがいきなり責任の重い仕事を背負わされることになり、潰れてしまう。そうではなく、組織に階層を残し、それぞれの階層に権限を分散化することで、エグゼクティブが昇進とともに徐々に大きな仕事を行う能力を学習できるようにすべきだというわけである。こういう話には、日本企業は「全くその通りだ」と膝を叩くに違いない。

 ④ドラッカーは組織設計の原則として、「人に仕事を割り当てるのではなく、仕事に人を割り当てるべき」であると述べている。だが、仕事がなくなったら社員の首を切ればよいとは一言も書いていない。仕事がなくなって社員が余ったら、彼らのために仕事を作り出すのがトップマネジメントの責務だとしている。かつてIBMが苦境に陥った時、IBMがリストラをせずに、経営陣が努力して新規顧客を獲得し、社員のために仕事を作り出したことをドラッカーは称賛している。

 日本企業の特徴は、社員を大切にする点にある。「今いる社員の強みを活かすと何ができるか?」、「社員を成長させるにはどんな事業に挑戦すべきか?」と、組織内部の視点から発想する。これは、「市場はどのような製品・サービスを求めているか?」、「その製品・サービスを製造・提供するためにはどのくらいの人材が必要なのか?」といった具合に、外部環境の視点から発想する一般的な戦略立案プロセスとは大きく異なる。だが、残念なことに、最近の日本企業は、前者のような問いを発する機会が減っているように思える。

ドラッカー名著集10 産業人の未来 (ドラッカー名著集―ドラッカー・エターナル・コレクション)ドラッカー名著集10 産業人の未来 (ドラッカー名著集―ドラッカー・エターナル・コレクション)
P・F・ドラッカー 上田 惇生

ダイヤモンド社 2008-01-19

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 【2冊目】
 啓蒙思想とフランス革命、および今日の理性主義のリベラルにいたるその弟子たちは、自由にとって許すべからざる敵の役割を果たした。基本的に、理性主義のリベラルこそ、全体主義者である。

 過去200年の西洋の歴史において、あらゆる全体主義が、それぞれの時代のリベラリズムから発している。ジャン・ジャック・ルソーからヒトラーまでは、真っ直ぐに系譜を追うことができる。その線上には、ロベスピエール、マルクス、スターリンがいる。
 2冊目もドラッカー。『産業人の未来』で最も衝撃的だったのがこの部分である。私が高校生の時の世界史の授業では、フランス革命が自由、平等、基本的人権といった、現代において普遍的価値と見なされているものを実現させる契機になったと習った。そして、その思想的基盤を提供したのがルソーらの啓蒙主義であると教わった。これに対して、スターリン、ヒトラーの全体主義(ファシズム)は、自由を破壊する凶悪な存在として対比された。ところが、ドラッカーによれば、ルソーとスターリン、ヒトラーは一直線につながっているというのである。

 20代半ばで初めて本書を読んだ時は、その衝撃が大きすぎて、なぜそのように言えるのかまで踏み込んで考えられなかった。だが、今年に入って約10年ぶりに本書を読み返してみると、ドラッカーの意図が何となく理解できるようになった気がする(以前の記事「【ドラッカー書評(再)】『産業人の未来』―機能する社会は1人1人の人間に「位置」と「役割」を与える」、「【ドラッカー書評(再)】『産業人の未来』―人間は不完全だから自由を手にすることができる」を参照)。

 一般的には、アメリカ独立運動はフランス革命に刺激されて実現したと説明される。しかし、ドラッカーはこの説をきっぱりと否定する。アメリカ独立運動が目指したのは、フランス流の自由の否定であった。代わりに、イギリス流の自由の実現を目指した。フランスの自由は、理性万能主義に基づく無制限の自由である。これに対し、イギリスの自由は、伝統的(非理性的)な階級社会を前提とし、歴史が蓄積した社会構造の中において発揮される自由である。また、イギリス本国と連邦諸国との間の上下関係の中において機能する自由である。

 個人的には、トップダウン型のリーダーシップが好まれるアメリカで、どうして連邦制が採用されたのかが不思議であった。しかしながら、アメリカがフランスではなくイギリスに倣ったと考えれば、アメリカが単純な共和制を選択しなかった理由も多少は腑に落ちる(もちろん、この辺りはもっと厳密にロジックを積み上げていく必要があると感じている)。

存亡の条件存亡の条件
山本 七平

ダイヤモンド社 2011-03-11

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 【3冊目】
 私が山本七平を読み始めたのは30歳を過ぎてからだ。山本七平、小林秀雄、丸山眞男あたりは、10年早く読み始めるべきだったと後悔している。山本七平の『存亡の条件』は、私が本ブログでしばしば用いている「二項対立」、「二項混合」という言葉の基礎になった1冊である(以前の記事「『「慰安婦」戦、いまだ止まず/台湾は独立へ向かうのか/家族の「逆襲」(『正論』2016年3月号)』―朝鮮半島の4つのシナリオ、他」などを参照)。

 大国(現代の大国は、アメリカ、ドイツ、中国、ロシアの4か国)は二項対立的に振る舞い、敵と味方をはっきりと区別する。かつては資本主義VS社会主義という対立であったが、冷戦が終結した現在は、自由主義(アメリカ、ドイツ)VS専制主義(中国、ロシア)という構図でとらえることができる。大国は自らの味方を増やすために、周辺の小国を自国陣営に引き込もうとする。小国は、対立する双方の陣営のうち、一方に味方することを選択することができる。

 ところが、仮に自国が味方していた大国が二項対立で敗れると、その小国は崩壊してしまう。なけなしの資金をフルレバレッジで投資したのに、完敗して大損したような状態である。一方の大国は、二項対立で外国と対立すると同時に、実は自国の内部も二項対立させている。そのため、国家が全壊することはない。せいぜい半壊にとどまる。そして、大国には元々資本とパワーがあるから、再び自国内に二項対立を抱えることができるほどに国力を回復させることが可能である(ソ連が崩壊してもロシアはなくならなかった。むしろ、近年ロシアの脅威は増している)。

 日本のような小国、とりわけ「和」の精神を重んじるような国から見れば、そんなに激しく対立せずに、もっと協調路線を歩めばよいのにと考えてしまう。しかし、二項対立は大国にとって本質であり、大国から二項対立を取り除いてしまえば、大国は自らを維持できないのである。だから、大国は常に対立していなければならない。世界から戦争がなくなることは全く期待できない。ましてや、一部の左派が未だに信じている世界同時的市民革命など起きるはずもない。

 小国が生き残る道は、対立する大国の双方から「自国の味方にならないか?」と接触された時に、のらりくらりとその誘いをかわし、大国のいいところだけを都合よく摂取して、自国を複雑化させることである。これを「二項混合」、「ちゃんぽん戦略」と呼んだ(以前の記事「千野境子『日本はASEANとどう付き合うか―米中攻防時代の新戦略』―日本はASEANの「ちゃんぽん戦略」に学ぶことができる」を参照)。その小国は複雑すぎて、大国が容易には手を出せなくなる。

 『旧約聖書』によると、ノアの3人の息子であるセム、ハム、ヤフェトが現在の人間のルーツになっているという。セムは黄色人種(ユダヤ人、アラブ人、日本人、中国人、朝鮮人などアジア有色人種)、ハムは黒色人種(エジプト人、エチオピア人、パレスチナ人などのアフリカ系の黒人)、ヤフェトは白色人種(アーリア人、アングロサクソン人、ペルシア人、インド人など)の祖である。一般に、二項対立は西欧人によく見られる傾向である。また、中国人にも二項対立の伝統がある可能性は、以前の記事「リチャード・E・ニスベット『木を見る西洋人 森を見る東洋人』―西洋人と東洋人は確かに違うが、中国人と日本人も大きく違うと思う」で触れた。

 ところが、山本七平は本書の中で、二項対立はセム系に特有であると述べている。セム系にはアラブ人が含まれる。しかし、現在の中東は、どの国も二項対立の一方に過度に肩入れし、その結果激しい戦闘を引き起こして、国家を疲弊させている。中東諸国はどうして西欧の大国のように二項対立を上手く処理することができないのか?この点は今後の私の研究課題である。

パフォーマンス・コンサルティング~人材開発部門は研修提供から成果創造にシフトする~パフォーマンス・コンサルティング~人材開発部門は研修提供から成果創造にシフトする~
デイナ・ゲイン・ロビンソン/ジェームス・C・ロビンソン 鹿野尚登

ヒューマンバリュー 2007-07-25

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 【おまけ】
 実務系の本で最も役に立ったと感じるのがこの本である。私は前職のベンチャー企業で、企業向けに集合研修サービスを提供していた。現在も、中小企業診断士として、研修やセミナーの講師をすることがある。当然のことながら、教育研修にはお金がかかる。経営陣は、研修にお金をかけて一体どのくらいの効果があったのかを知りたがる。しかし、非常にお粗末なことに、教育研修の投資対効果を真面目に計算している人事部は皆無に等しい。たいていは、研修後の受講者アンケートで満足度が高ければ、効果があったと言い張るケースがほとんどである。

 本書は、研修の成果をビジネスの成果に結びつける方法を解説している。一般的に、研修を企画する時には、「○○力の向上」といった能力の強化を目的として掲げる。これに対して、本書ではまず、あるべき業務の姿をデザインする。必要に応じて、研修に先立って業務プロセスの改善も行う。そして、新しい業務の成果を測定する指標を設定する。研修では、新しい業務を円滑に遂行するための練習をロールプレイ、ケーススタディ、グループワークなどで行う。受講者が現場に戻った後は、上司が新しい業務の遂行を後押しする。研修から一定期間が経過した後は、最初に設定した指標がどう変化したかを測定する。この指標の変化が研修の成果となる。

 こういう手順を踏めば、「我が社のマネジャーにはコーチング力が足りない」、「よし、○○社のコーチング研修を導入しよう」という短絡的な発想で紋切り型の研修を導入することはなくなる。


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