2017年07月17日
『韓国新政権と東アジアの未来/住宅保障 貧困の拡大をくいとめるために(『世界』2017年7月号)』―びっくりするほど呑気なリベラル、他
世界 2017年 07 月号 [雑誌] 岩波書店 2017-06-08 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
以前の記事「『トランプ大統領/進まぬ憲法改正/「生前退位」でいいのか/「死刑廃止」宣言(『正論』2017年1月号)』―朴槿恵問題は一歩間違えば朝鮮半島の”革命”を引き起こしていた、他」でも書いたが、アメリカにとっては、朝鮮半島が南北に分裂したままの方が都合がよい。アメリカと中国・ロシアという大国が直接対立せず、代理戦争を朝鮮半島という狭い領域に閉じ込めておくことができるからだ。だが、最近は、アメリカがどう動いても(あるいは動かなくても)、朝鮮半島が社会主義国家として統一されることは避けられないような気がしてきた。そして、アメリカもこのことに気がついているはずである。
まず、アメリカが動かない場合であるが、北朝鮮は国際社会の警告を無視して核兵器の開発を進める。以前の記事「『愚神礼讃ワイドショー/DEAD or ALIVE/中曽根康弘 憲法改正へ白寿の確信(『正論』2017年7月号)』―日本は冷戦の遺産と対峙できるか?」でも書いたように、北朝鮮がアメリカ本土にまで届く核兵器を開発する目的は、北朝鮮が韓国を侵略して韓国を奪取する際に、アメリカに邪魔されないようにするためである。これにより朝鮮半島が北朝鮮主導で統一された場合、韓国の財閥が握っている大量の資金が北朝鮮の核兵器に流れ、日本の隣に巨大な核兵器保有国家が誕生する恐れがある。ただ、北朝鮮としても、この作戦で犠牲になる人々があまりにも多すぎるので、実行には慎重にならざるを得ない。
現在、アメリカは中国と協力して北朝鮮に圧力をかけている。この場合に起こりうるシナリオを以前の記事「『愚神礼讃ワイドショー/DEAD or ALIVE/中曽根康弘 憲法改正へ白寿の確信(『正論』2017年7月号)』―日本は冷戦の遺産と対峙できるか?」で書いたが、最も可能性が高いのは、金正恩政権が倒れ、親中政権が誕生するというものである。中国のおかげで北朝鮮の核武装は解除されるであろう。しかし、北朝鮮に誕生するのは中国の傀儡政権である。そして、これで喜ぶのは韓国である。文在寅大統領は生粋の親北・親中派であり、現在の韓国の世論も親北に傾いている。韓国はいきなり南北統一とはいかなくとも、連邦制など統一の道を模索するに違いない。現に、文在寅は南北の文化交流から始めることを検討しており、早速、平昌オリンピックの一部を北朝鮮で開催するとか、南北合同チームを送るなどと言っている。
では、トランプ大統領が金正恩党委員長と交渉する場合はどうであろうか?まず、トランプは北朝鮮に対し、アメリカの方を向いている核兵器の縮小を迫る。金正恩は、その条件を呑む代わりに、アメリカ国内で北朝鮮の方を向いている核兵器の縮小を求める。ただ、米朝間交渉では、北朝鮮の方がアメリカよりもパワーを持っているため、交渉はこれだけにとどまらない。金正恩はトランプに対し、金正恩体制の承認を要求する。これに対しアメリカは、金正恩体制を承認する代わりに、北朝鮮がアメリカの同盟国である韓国に手出しをしないことを約束させる。さらに金正恩は、在韓米軍の縮小もトランプに求めるだろう。トランプはその要求を受け入れる代わりに、現在北朝鮮国境付近でソウルの方を向いている何千もの大砲を削減することを要求する。
これによって、北朝鮮は、アメリカから核兵器で攻撃されることを心配せず、韓国の在韓米軍を恐れることなく、南北統一に向かうに違いない。「北朝鮮は韓国に手出しをしない」という約束を金正恩が破り、さらに韓国もアメリカを裏切ったことになるが、アメリカは韓国の大統領が文在寅になった時点で、ある程度覚悟を決めたのではないかと思われる。ただ、この場合も、一気に南北統一が実現するというよりは、まずは連邦制から始まると予想される。というのも、統一後の国家において、北朝鮮と韓国の政権のどちらを正統とするかという問題があるからだ。
社会主義政権としては金正恩に分があるが、韓国民が金一族による支配をどれだけ受け入れるかは未知数である。一方の韓国政権については、韓国憲法の前文に「大韓国民は3・1運動で成立した大韓民国臨時政府の法統」を継承するとあるものの、「大韓民国臨時政府」とは1919年の3・1運動後、海外で朝鮮の独立運動を進めていた活動家によって、上海で結成された亡命組織であり、実は国際的に正統性が認められた政権ではない。内紛が絶えなかったことから国際的な評価を下げ、枢軸国・連合国双方からいかなる地位も認められず、国際的承認は得られなかったのである。その亡命政権の理念を受け継いでいるという韓国憲法の前文には無理がある。となると、現存の南北政権とは異なる第三の政権を新たに創造するしかない。
「韓国新政権と東アジアの未来」という特集タイトルから、今後の東アジアの動静について、リアリスティックな分析を期待していたのだが、左派は拍子抜けするほど呑気であるというのが正直な印象であった。自国の北部に猛スピードで核兵器開発をする国がある中で行われた韓国大統領選挙について、「変化への熱望を集中できる革新的議題がない」(李南周「新政権が時代転換に貢献する道」)と述べられていたのには驚いてしまった。
朝鮮半島がこのような状況にある時、日本には何ができるであろうか?私の個人的な見解は「何もしない」ということに尽きる。大国同士の対立にどっぷりと巻き込まれている小国同士の対立に、日本のような小国が安易に近づくのは危険である。というのに、左派はアメリカがキューバと国交を回復したのに倣って、日本も北朝鮮と国交を回復せよと進言する。
現状を基本的に維持したままということは、日本は経済制裁を維持したまま、北朝鮮は核兵器を保有したまま、拉致問題の従来の回答を維持したままで、国交を樹立して、その新しい基盤の上で、一切を国交のある国同士の交渉で前進をはかるということである。自国民を拉致して殺害したかもしれず、凶悪な核兵器を持つ国とまずは国交を樹立せよと言うわけだ。例えるなら、自分の家族を誘拐して殺害した疑いがあり、現在もなお凶器を振り回す隣人とまずは仲良くせよと言っているようなものであり、無茶苦茶である。よしんば南北統一が実現して、中国寄りの国家になったとしても、その新国家が日本のような二項混合的な発想によって国創りをする、あるいはしようとしているのであれば、日本は新国家に支援の手を差し伸べる準備がある。そうではなく、中国にべったりで反米・反日を掲げ、現状と変わらないなら、古田博司氏が唱える「助けない、教えない、関わらない」という非韓三原則に従うのが賢明である。
(和田春樹「北朝鮮危機と平和国家日本の平和外交」)
本号では、NHKスペシャル『憲法70年 ”平和国家”はこうして生まれた』への言及もあった。憲法9条の「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」という文言はGHQ案にはなく、日本人が独自に入れた文言である。よって、平和憲法は日本人によって作られたものだ、というのが番組の趣旨であった。しかし、これは重大な事実誤認を含んでいる。
終戦後、憲法改正に着手した日本政府は大日本帝国憲法の一部条項を修正し、陸海軍をまとめて「軍」とする、軍事行動には議会の賛成を必要とする、という規定のみを盛り込んで済ませるつもりであった。1946年(昭和21年)2月8日に憲法問題調査委員会(松本烝治委員長)がGHQに提出した「憲法改正要綱」(松本案)では、次のような条文となっている。
憲法改正要綱この草案には、平和主義の要素など全くない。これに対して、GHQでは戦争と軍備の放棄の継続が画策されていた。その意思は、憲法草案を起草するに際して守るべき三原則として、最高司令官ダグラス・マッカーサーがホイットニー民政局長(憲法草案起草の責任者)に示した「マッカーサー・ノート」に表れている。その第二原則には次のようにある。
五
第十一条中ニ「陸海軍」トアルヲ「軍」ト改メ且第十二条ノ規定ヲ改メ軍ノ編制及常備兵額ハ法律ヲ以テ之ヲ定ムルモノトスルコト(要綱二十参照)
六
第十三条ノ規定ヲ改メ戦ヲ宣シ和ヲ講シ又ハ法律ヲ以テ定ムルヲ要スル事項ニ関ル条約若ハ国ニ重大ナル義務ヲ負ハシムル条約ヲ締結スルニハ帝国議会ノ協賛ヲ経ルヲ要スルモノトスルコト但シ内外ノ情形ニ因リ帝国議会ノ召集ヲ待ツコト能ハサル緊急ノ必要アルトキハ帝国議会常置委員ノ諮詢ヲ経ルヲ以テ足ルモノトシ此ノ場合ニ於テハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ報告シ其ノ承諾ヲ求ムヘキモノトスルコト
国権の発動たる戦争は、廃止する。日本は、紛争解決のための手段としての戦争、さらに自己の安全を保持するための手段としての戦争をも、放棄する。日本はその防衛と保護を、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる。日本が陸海空軍を持つ権能は、将来も与えられることはなく、交戦権が日本軍に与えられることもない。9条の制定過程の紆余曲折はここでは省くが、9条の「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」という文言は、第90回帝国議会の衆議院帝国憲法改正小委員会での審議過程において、芦田均によって第9条に加えられた修正(いわゆる芦田修正)であり、マッカーサー・ノートにおける「日本はその防衛と保護を、今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる」が復活したものである。だから、9条は日本人の手によるものとは到底言い難い。
小西豊治『憲法「押しつけ」論の幻』(講談社現代新書)のように、日本国憲法の「国民主権」の概念が、日本人憲法学者鈴木安蔵の発案であることを以て、日本国憲法は日本人によって作り上げた憲法だ、などと主張する向きもある。だが、これは、「憲法制定権力」の問題を無視した暴論であり、自身の主張そのものが「幻」である。日本国民から「憲法制定権力」が奪われ、全く日本国民の与り知らぬ間に憲法が強制されていた。これが歴史の真実であり、だからこそ、戦後一貫して保守派は、憲法の改正、あるいは自主憲法の制定を訴えてきたのである。
(岩田温「どうしてそうなるの?左曲がりの憲法改正論」)
月刊正論 2016年 10月号 [雑誌] 正論編集部 日本工業新聞社 2016-09-01 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
上記引用文にあるように、日本国憲法は自主憲法とはとても呼べない。右派は国防をアメリカに依存しつつ、憲法はアメリカからの押しつけだと批判する。右派は基本的に現実的でいいところ取りのスタンスであるから、こうした矛盾、アメリカに対するあべこべな態度が成立する。ところが、左派は論理的に筋が通っていないと許せないタイプなのだろう。平和主義をうたった憲法は是が非でも守りたい。しかし、それがアメリカからの押しつけであるというのでは具合が悪い。そこで、どうにかして日本人の手によるものであると言おうとしているように見える。
NHKは以前にも重大な誤報をしている。2016年8月6日に放送された『決断なき原爆投下』がそれである。詳細は『正論』2017年2月号の有馬哲夫「驚くべきNHK特番はここにも・・・ トルーマンは原爆投下を決断していない?」をご参照いただきたいが、NHKはトルーマン大統領が原爆投下の意思決定をしていないと放送した。だが、実際には、
①アメリカ、イギリス、カナダの間ではケベック協定が結ばれており、原爆の開発と使用について3か国が同意していた。
②原爆の使用について討議し、大統領に諮問する「暫定員会」が設置されていた。
③トルーマンの日記には「私ほど原爆の使用に心を痛めている人間はいません」とあるが、トルーマンの日記には偽善的・自己弁護的な言葉が多く、現に「けだものと接するときはそれをけだものとして扱わなければなりません」という記述もある。
④皇室維持条項の入ったポツダム宣言を出せば日本が降伏すると知っていたにもかかわらず、トルーマンは敢えて皇室維持条項を削除した。
というのが事実である。
正論2017年2月号 日本工業新聞社 2016-12-28 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
衆議院においては結果において429人のうち421人でありましたが、とにかく殆ど全員に近きものをもって可決せられ、まして貴族院においてももとより深い議論はありましたが、結局において300人のうち2人を除いて298人によって可決させられたのであります。本号の別の箇所では、憲法大臣として連日国会の答弁に立った金森徳次郎の日記への言及もあった。帝国議会では、衆議院、貴族院のいずれにおいても、圧倒的多数の賛成によって憲法が成立したことが記されている。この事実をもって、日本国憲法は、国民が選挙で選んだ代表者によって制定された国民の手による憲法であると言いたいのだろう。しかし、実際にはこの選挙はGHQによって操作されていたことを指摘しておかなければならない。
(桐山桂一「「文一道」でゆく 憲法大臣・金森徳次郎の議会答弁(中)」)
国会で議論されたことが重要なことであるかのように池上氏は主張しているが、これも重要な事実を隠蔽したうえでの主張に過ぎない。確かに、国会で憲法について議論がなされたのは事実だが、この国会議員の選び方にもGHQは関与していた。すなわち「公職追放」という形で、自分たちに都合の悪い政治家の立候補を不可能にしたうえでの選挙であったことを指摘しておかねば、「真実」とは言えないであろう。
(岩田温「シリーズ第10回 日本虚人列伝「池上彰」 中立を装った左翼 底の浅さが目に余る」)
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