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DHBR2018年2月号『課題設定の力』―「それは本当の課題なのか?」、「それは解決するに値する課題なのか?」、他
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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2018年02月19日

DHBR2018年2月号『課題設定の力』―「それは本当の課題なのか?」、「それは解決するに値する課題なのか?」、他


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2018年 2 月号 [雑誌] (課題設定の力)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2018年 2 月号 [雑誌] (課題設定の力)

ダイヤモンド社 2018-01-10

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 (1)特集の論文ではないが、クラウディオ・フェルナンデス=アラオス、アンドリュー・ロスコー、荒巻健太郎「現在のコンピテンシー水準とのギャップを埋めよ 潜在能力を開花させる経営リーダーの育成法」が個人的には非常に参考になった。

 現在でも多くの企業で運用されている職能資格制度では、職能を10程度定義し、例えば4~5級が係長、6~7級が課長、8~9級が部長、10級が経営陣といった具合に、役職と職能を紐づけている。そして、7級で要求される能力を習得すれば、8級に昇格し、部長に昇進できる権利を取得するという、いわゆる「卒業方式」が採用されている。だが、課長として優れているからと言って部長として優れているとは限らないし、部長として優れているからと言って経営陣として優れているわけではない。この点が職能資格制度の1つの弱点である。以前の記事「鈴木康司『中国・アジア進出企業のための人材マネジメント』―職能資格制度に関する一考」でも、オペレーション能力とマネジメント能力を完全に分けて考えたため、一般社員からマネジャーに昇進する際にはどうしても能力の断絶が生じてしまう(それでも人事コンサルかと言われそうだが・・・)。

 本論文では、経営トップに求められる能力として、①成果志向、②戦略性、③協働能力、④チームリーダーシップ、⑤組織育成力、⑥変革のリーダーシップ、⑦市場理解力、⑧多様性対応力の8つを指摘している。経営トップの候補がこれらの能力をあらかじめ習得しているに越したことはないが、たいていの場合は経営トップの候補がこれらの能力をどの程度身につけているのか、あるいはこれらの能力の伸びしろがどれくらいあるのかを事前に知ることは困難である。そこで、論文の著者は、(ⅰ)好奇心、(ⅱ)洞察力、(ⅲ)影響力、(ⅳ)胆力という4つの潜在能力を挙げ、それぞれの潜在能力と前述した経営トップの8つの能力との関係を明らかにしている。8つの能力の事前評価は難しくても、4つの潜在能力の評価を通じて、それぞれの経営トップ候補者が実際に経営トップになった場合のパフォーマンスを予想しようというわけだ。

 顕在能力だけでなく、潜在能力も合わせて評価することで、本当に上の階層の人材にふさわしいかを判断するというやり方は、是非取り入れてみたいと思う。一方で、ただでさえ大変な能力評価がさらに煩雑になるという懸念があり、どうすれば人事部や現場の運用負荷を軽くすることができるかも同時に検討する必要があるだろう。

 (2)本号の特集は「課題設定の力」である。課題解決のカギは、いかに上手に課題を解決するかではなく、いかに正しい課題を設定するかにあるとされる。正しい課題を設定することができれば、課題解決の90%は完了したも同然とさえ言われる。本号では、「リフレーミング」の方法(トーマス・ウェデル=ウェデルスボルグ「リフレーミングで問いを再定義せよ そもそも解決すべきは本当にその問題なのか」)や、「社会システムデザイン」の方法(横山禎徳「ロジックツリーの限界を超えて 課題設定は意思から始まる」)などが掲載されている。私のブログでは、課題を適切に再設定したことで、課題解決の方法ががらりと変わった事例を紹介したいと思う(いずれも、先輩のコンサルタントから聞いた話であり、事例は簡略化してある)。

 1社目はある製品を販売する企業である。このクライアントは、全国に販売店を多数抱えていた。クライアントの販売店側の担当者が最初に相談に訪れた時、本社から販売店に対して販促情報などありとあらゆる情報が五月雨方式に降ってくるので困っているとのことであった。そこで、コンサルタントは、本社と販売店とを結ぶイントラネットを改善すればよいと考えていた。

 ところが、このクライアントの事業を分析すると、取り扱っている製品に際立った特徴があることが解った。クライアントの製品は大きく3つに分類することができた。1つ目は競合他社と差別化されているユニークな製品A、2つ目は製品Aに次ぐ収益を上げている製品B、3つ目は成熟期に突入しており製品競争力が低く、撤退も検討しているという製品Cであった。

 今まで、全国の販売店は製品A~Cを全て取り扱っていたが、コンサルタントは製品別に販売店を再編成することを提案した。つまり、下図のように、製品Aだけを扱う販売店を軸として、製品Bだけを扱う販売店、製品Cだけを扱う販売店(この販売店は将来的に縮小する)に再編するのである。すると、本社からの情報は、製品Aに関するものは製品Aを扱う販売店に、製品Bに関するものは製品Bを扱う販売店に、製品Cに関するものは製品Cを扱う販売店にだけ届くようになり、情報が五月雨式に降ってくるという当初の課題は自然と解消する。つまり、課題は「どうすれば本社から五月雨式に降ってくる情報を効率化できるか?」ではなく、「どうすれば自社製品の強みを活かして市場に効果的にアプローチできるか?」ということであったわけだ。

本当の課題は何か?①

 2社目はやや古い事例になるが、中堅の保険会社である。このクライアントは、下図の左側にあるように5か年の中期経営計画を作成していた。売上高、利益の目標はそれほど無理のあるものではなかった。クライアントは、この中期経営計画を確実に達成するための方策について、コンサルタントに相談してきた。だが、コンサルタントはこの中期経営計画を鵜吞みにしなかった。というのも、ちょうどその頃、日本では保険業界の規制緩和が予定されていたからである。コンサルタントは、先行して保険業界の規制緩和を実施したアメリカを調査した。すると、中堅の保険会社は軒並み業績を大幅に落としていたことが判明した。このことを踏まえて、非常にラフではあるが、クライアントの2~3年後の業績を予測し、下図の右側のようなグラフを作成した。

 すると、当初は比較的楽に達成できると思われた中期経営計画が、非常にチャレンジングなものであることが判明した。規制緩和によって、売上高と利益は一旦大きく落ち込む。そこから5年後の目標値に向けて大きくジャンプアップしなければならない。当然、中期経営計画を達成するための施策もドラスティックなものが要求される。このクライアントの課題は、「過去の延長線上で中期経営計画を達成するためにはどうすればよいか?」ではなく、「規制緩和を挟んで業績をV字回復させるためにはどうすればよいか?」ということであった。

本当の課題は何か?②

 このように、課題解決では、出発点の課題をどう設定するかが重要である。しかし、それと同様に、あるいはそれ以上に大事なのが、「その課題は解決するに値するものであるか?」ということだと思う。旧ブログの記事「【2011年最後の記事】「問題を解決する気がない人」の問題解決にいつまでもつき合うな」でも書いたが、私は前職の教育研修&コンサルティングのベンチャー企業で、キャリア研修を売るためにマーケティング担当として様々な打ち手を展開していた。だが、社長から一般社員に至るまで、打っても響かない人たちに悩まされ、一向にキャリア研修の売上が上がらなかった(もちろん、彼らを動かすことができなかった私の実力不足も認める)。

 今になって考えてみると、キャリア研修は、社長が頭の中で描いているだけの「理想の人材開発体系」の1ピースになることが目的であり、マーケットインの発想で開発されたものではなかった。それに、社長の本音としては、単価が安いキャリア研修よりも、営業力強化研修のような高単価のビジネススキル研修を売りたがっているようでもあった。さらに、後から気づいいたことだが、以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第30回)】ターゲット市場がニッチすぎて見込み顧客を発見できない」でも書いたように、キャリア研修の市場規模は、実は非常に小さかった。だから、「キャリア研修をいかにして売るか?」という課題は、解決するに値しない課題であった。

 以前の記事「『致知』2018年4月号『本気 本腰 本物』―「悪い顧客につかまって900万円の損失を出した」ことを「赦す」という話」では、資格勉強のe-Learning講座を提供するベンチャー企業で、新規事業の一部として中小企業診断士の講座を提供することになり、私が講座を担当したという話を書いた。しかし、この企業の収益の柱は依然として司法試験であり、この企業にとって新規事業とは、新しい収益源を作ることではなく、メニューの豊富さを潜在顧客に印象づけることができれば十分であるということに気づくことができなかった。つまり、この企業にとって、「どうすれば新規事業が成功するか?」という課題は存在しなかったのである。ベンチャー企業絡みで2度も似たような失敗をした私は全くの愚か者である。

 (3)最近、柄にもなく日本の課題というものを考えることがある。1つ目は超高齢社会にいかに対応するかである。旧ブログの記事「高齢社会のビジネス生態系に関する一考(1)―『「競争力再生」アメリカ経済の正念場(DHBR2012年6月号)』(2)(3)」では下図を用いた。

<年齢5階級別人口(平成42年)>
年齢5階級別人口(平成42年)

 これからはネットワーク社会になるとか、フリーランス中心の社会になるなどと言われるが、日本は伝統的に儒教の影響を受けた階層社会である。その伝統が今後数十年の間に完全にひっくり返るとは思えない。もう1つの日本の伝統が年功制である。私は過去の記事で様々な切り口から業績給を計算する手法を試してみたものの、どれをとってみても企業の業績を完全に個人の給与に反映させることはできない。だからと言って、さらに意固地になって業績給を厳密に計算しようとすれば、人事制度がますます複雑になり、社員の理解が得られなくなる。人事制度はシンプルでなければならない。結局、不公平さは残るが最も単純な人事制度とは年功制である。年功制は、年々生活費が上昇する社員の生活を保障する役割も果たす。給与を業績給や役割給ではなく生活給とするのも、社員を家族のように大切にする日本のよき伝統である。

 上図を見ると、20代を底辺とし、60代を頂点とする従来型の階層組織に加えて、40代を底辺とし、70代、80代を頂点とする新しい階層組織が生まれると予想される。新しい組織は、従来型の組織ではポスト不足により昇進が見込めない人が起業・転職することで誕生する。私は年功制は支持するが、終身雇用は支持していない。以前の記事「【ドラッカー書評(再)】『現代の経営(下)』―「雇用の維持」は企業の社会的責任か?」でも書いたように、終身雇用の下では深刻なポスト不足をもたらすからだ。事実、現在の大企業を中心に、バブル期に大量採用した社員が課長職あたりに滞留し、それ以降に入社した社員の昇進を阻止してしまっている。

 私が考えている課題とは、いずれのタイプの階層組織も年功制を維持しながら、かつ企業としての持続的な成長も達成するためにはどのような戦略を実行すればよいのか?ということである。また、40代以降の人々が新しいタイプの階層組織にスムーズに移行するためにはどうすればよいか?40代以降に期せずして起業・転職をした人が高いモチベーションを保って働き続けるためにはどうすればよいか?さらに、増加し続ける後期高齢者の医療や年金を支えるために、企業活動を医療・年金システムの中にどのように組み込めばよいのか?も考えなければならない。上図は2030年の予想図であり、この課題を解決するために残された時間は意外と短い。

 もう1つの課題は、国際社会における日本のポジショニングである。先日の記事「『世界』2018年2月号『反貧困の政策論』―貧困を解決するには行政がもっと市場に介入して消費者にお金を使わせればよい、他」でも書いたように、朝鮮半島はそう遠くない将来に、社会主義国として統一される可能性が高いと考える。これまでは、冷戦の遺産を朝鮮半島という狭い空間の中に閉じ込めておき、日本は日米同盟に守られながら朝鮮半島を傍観していればよかった。ところが、朝鮮半島が赤化すれば、冷戦の遺産は朝鮮半島の新国家対日本という構図に引き継がれることになる。相手は強烈な反日であり、もしかしたら核を保有しているかもしれない。

 だからと言って、いたずらにこの新国家と対立すれば、東アジアは米中対立の代理戦争の舞台となり、米中の思うつぼである。日本も朝鮮半島の新国家も深刻なダメージを受けるだろう。本ブログでたびたび書いてきたが、小国には大国同士の二項対立に巻き込まれないようにするために、二項混合という受け身を取ることができる。対立する大国のいいところ取りをすることで、独自の体制を築くわけである(タグ「二項混合」の記事を参照)。

 日本の場合は、資本主義・自由主義に軸足を置きつつも、社会主義の長所を取り入れる。その結果、正面から見ると何の絵か解らないが、右側から見ると資本主義が、左側から見ると社会主義が浮かび上がるような絵を描き上げる。そして、朝鮮半島の新国家に対しては、社会主義に軸足を置きつつも、資本主義・自由主義の長所を取り入れるように働きかけ、日本と同じように見る角度によって異なる絵が浮かび上がるような国家の形成を支援する。以上はまだ理想論・概念論にとどまっており、これを実務レベルにまで落とし込むことが私の課題である。

2015年06月18日

坂本光司『日本でいちばん大切にしたい会社2』―給与・採用に関する2つの提言案(後半)


日本でいちばん大切にしたい会社2日本でいちばん大切にしたい会社2
坂本 光司

あさ出版 2010-01-21

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 《本書で紹介されている企業》
 株式会社富士メガネ(北海道)
 医療法人鉄蕉会亀田総合病院(千葉県)
 株式会社埼玉種畜牧場「サイボクハム」(埼玉県)
 株式会社アールエフ(長野県)
 株式会社樹研工業(愛知県)
 未来工業株式会社(岐阜県)
 ネッツトヨタ南国株式会社(高知県)
 株式会社沖縄教育出版(沖縄県)

 (前回の続き)

 (2)樹研工業(愛知県)と未来工業(岐阜県)の給与体系が特徴的であった。正確に言うと、日本では両社のような制度が当たり前だったのだが、海外から色んな人事給与制度が入ってきたために、両社の制度がかえって異色に見えるようになった。
 現在、同社の最高齢の社員は68歳ですが、樹研工業ではその人が一番給料をもらっているのだそうです。残業手当もつきますが、年齢で決まる本給が9割以上を占めるといいます。

 30年ほど前までは、樹研工業も、評価をして給与に多少差をつけていました。しかしある年、みんながよく働いたのでどうしても差をつけられなかったそうです。そのときは、「今回は評価できないけれど勘弁してくれ。次はちゃんと評価するから」と謝ったのですが、その次もやはり評価できませんでした。それで、今日に至っているのです。
 未来工業の給料は、能力主義や実力主義ではなく、完全な年齢序列です。同じ年齢、同じ役職で差がついたとしても、1年でせいぜいプラス・マイナス20万円ほどだそうです。
 対極にあるのがいわゆる成果主義で、企業の業績に対する各社員の貢献度を特定して給与を算出する。だが、社員の貢献度をどのように測るかがいつも議論の的となる。私も旧ブログでこの問題を部分的に取り上げたが、どうやってもしっくりこないので途中でやめてしまった。

 マネジャー(管理職)の評価方法に関する素案
 「イノベーションに失敗した人」の評価方法に関する素案
 個人の貢献度に応じた業績給の算出方法は永遠の課題―『「競争力再生」アメリカ経済の正念場(DHBR2012年6月号)』

 成果主義を設計するにあたっては、評価の公平さ・公正さを担保するために、できるだけ多面的な評価指標を取り入れる。しかし、指標をどのように設定しても、社員からは「なぜあの指標は評価対象になっていないのか?」と不満が出る。そして、その不満に真面目に答えていくと、複雑怪奇な給与モデルになってしまい、今度はその複雑さに対して文句が出るようになる。結局のところ、企業の業績を厳密に社員個人の給与に還元することは無理なのである。そういう厄介な問題を回避するために生まれたのが日本的な年功制なのではないか?と思うようになった。

 だから、今後私のもとに給与体系構築のコンサルティングの話が来たら、迷わず年功制を勧めるかもしれない。逆に、過去に業績給を提案したクライアントに対しては、ソリューションが不十分だったとお詫びするしかない(私のように、こういう”寝返り”をするならず者がいるから、世間がコンサルタントに対して抱いている不信感・胡散臭さがいつまでも消えないのかもしれない)。

 成果主義を批判し、年功制の復活を提言した書籍に、高橋伸夫氏の『虚妄の成果主義』(日経BP社、2004年)がある。約10年ぶりに読み返してみた(ちなみに、約10年前のミニ書評>>「【ミニ書評】高橋伸夫著『虚妄の成果主義―日本型年功制復活のススメ』」 10年前はこの程度の文章力だったことを考えると、我ながらこの10年あまりの間によく成長したと思う(笑))。

虚妄の成果主義虚妄の成果主義
高橋 伸夫

日経BP社 2004-01-17

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 人事労務管理の分野では、「動機づけ要因」と「パフォーマンス」の関係に関する研究が盛んである。しかし、両者の間には「関係がある」という立場と「関係がない」という立場があり、見解が錯綜している。議論を整理するためには、「動機づけ要因」と「パフォーマンス」それぞれについて、もっと細かい分類が必要であると著者は指摘する。まず、パフォーマンスについては、ジェームズ・マーチ&ハーバード・サイモンによる、「従業員の意思決定」の分類に従うべきだとする。

 (a)組織に参加するか、あるいは組織を離れるか、という参加の意思決定。
 (b)組織によって要求された率(rate)で生産するか、あるいはそれを拒否するかという生産の意思決定。

 (a)は「退出の意思決定」である。(a)が高いということは、欠勤率や離職率が高くなり、組織のパフォーマンスが低下する。これに対して、(b)は「効率的に生産するかどうかの意思決定」であり、これが高ければ組織のパフォーマンスは向上する。

 次に、動機づけ理論には様々なものがあるが、本書では主にフレデリック・ハーズバーグの「動機づけ要因・衛生要因理論」、ビクター・ブルームの「期待理論」、エドワード・デシの「内発的動機づけ理論」が取り上げられている。

 ハーズバーグの理論は、約200人のエンジニアと経理担当事務員の職務満足度を研究したものである。動機づけ要因としては、「達成すること」、「承認されること」、「仕事そのもの」、「責任」、「昇進」があり、これらが満たされると満足感を覚えるが、欠けていても職務不満足を引き起こすわけではない。一方、衛生要因には、「会社の政策と管理方式」、「監督」、「給与」、「対人関係」、「作業条件」があり、これらが不足すると職務不満足を引き起こすと指摘する。

 簡単にまとめると、動機づけ要因は主に仕事そのものに対する周囲と自己の評価であり、衛生要因は給与をはじめとする職場環境に関する要因である。そして、動機づけ要因は(b)効率的に生産するかどうかの意思決定と関連しており、衛生要因は(a)退出の意思決定と関連している。

 期待理論を構築したブルームは、ハーズバーグの研究に対して懐疑的であった。しかし、結局のところブルーム自身は、期待理論が(a)退出の意思決定と職務満足との間の関係を説明するには有効だが、(b)効率的に生産するかどうかの意思決定と職務満足の間の関係を説明するのには向いていないと、その限界を感じていた。(a)には期待理論=外発的な動機づけ理論が向いているものの、(b)に関しては内発的な動機づけ理論が必要ではないかと予想した。

 ブルームの予想を理論化したものが、デシの内発的動機づけ理論である。人は、仕事に対して「自己決定的」であり、「有能さ」を感じていると、内発的に動機づけられ、生産性が向上する。ここでもう1つ重要なのは、内発的に十分動機づけられている人に対して、外発的報酬である金銭を与えると、内発的動機が挫かれるという点である。だから、生産性を上げるためには、成果と金銭を切り離した方がよい、とデシは結論づける。つまり、成果主義は間違いなのである。

 ここまでの議論をまとめると、以下のような関係になるだろう。

 (a)退出の意思決定←衛生要因、期待理論
 (b)効率的に生産するかどうかの意思決定←動機づけ要因、内発的動機づけ

 衛生要因や期待理論は金銭が中心であるから、「経済的動機づけ」と言い換えることができるだろう。動機づけ要因は内発的動機とイコールのように思えるが、実は「達成すること」、「承認されること」のように、周囲からの評価という外発的な動機も含まれている(「達成すること」が外発的であるのは、単に個人が内心で設定した目標を個人的に達成するだけではなく、組織によって設定された目標を達成し、それを周囲の人から認められることが重要であるためだ)。これに名称をつけるのは難しいが、「社会的動機づけ」とでも呼べるだろうか?

 以上を踏まえると、パフォーマンスと動機づけ要因の関係は、次のようにシンプルになる。

 (a)退出の意思決定←経済的動機づけ
 (b)効率的に生産するかどうかの意思決定←社会的動機づけ、内発的動機づけ

 以前、「人事担当者やマネジャーは内発的動機づけを重視する傾向があるが、金銭的な外発的動機づけを軽視してはならない。試しに、『明日から皆さんの給与をゼロにします』と社員に告げてみるとよい。それでも出社してくる人は果たしてどれだけいるだろうか?」といったことを本ブログで書いたのだが、ちょっと脇が甘かったと反省した。

 金銭的報酬(経済的動機づけ)は、退出の意思決定を軽減する、つまり社員を出社させるには確かに有効である。しかし、ただそれだけのことであり、前述の図式に従えば、仕事の能率を上げ、成果を増やすのには効果がない。とはいえ、人事担当者にとって朗報もある。それは、社員を出社させるには法外な金額を積む必要も、社員によって金額に大きな差をつける必要もない、ということである。だから、日本的な年功制で十分なのである。

 実は、年功制を採用すると、賃金の意味合いも、企業の目的も変わってくる気がする。ここから述べることは、まだ十分に頭の整理がついていないことをあらかじめご容赦いただきたい。一般的には、賃金は仕事(もしくは労働時間)に対する対価と考えられている。また、企業の目的は、ドラッカーが言うように、顧客の創造であるとされる。

 しかし、見方を変えれば、企業とは、社会にとって有益な資本を蓄積する存在である。質の高い生産資本と労働資本を形成し、それらの資本を通じて、人々の生活レベルの向上に資する消費資本(この言葉はあまり適切でないが)(※)を生み出す。ここで、生産資本は地球資源に依存しており、労働資本は家族に依存している点に注意する必要がある。消費資本を大量に生み出そうとすると、生産・労働資本にしわ寄せが行く。具体的には、地球資源が浪費され、家族が犠牲になる。よって、それを防ぐために、企業は3つの資本のバランスを取らなければならない。

 企業が労働資本を蓄積するとは、労働者が自らの能力の維持・向上に投資するだけでなく、労働力を再生産する、つまり子どもを産み育てるのに必要な金銭を提供することである。労働力の維持・向上と再生産に必要な資金は、一般的には労働者の年齢が上がるほど増えていく。よって、企業は年功制を採用する以外に方法がないのである(旧ブログの記事「《要約》『戦略サファリ』―ミンツバーグによる戦略の10学派(2.プランニング・スクール)」で、企業が複数の目的を同時に追求するのは無理があるといったことを書いたが、この点は修正が必要かもしれない)。

(※)資本という言葉には、それを元手にして何かを継続的に創出する、という意味合いがある。消費資本とは、それによって顧客に対し継続的に効用を生み出し続ける財のことである。この言葉の意味からすれば、顧客が中長期的に使用・蓄積できる財こそが望ましい財であって、刹那的に消費されるもの、すぐに修理・交換が必要になるものはあまり望ましくない、と言える。

 《2017年4月12日追記》
 出光佐三『人間尊重七十年』(春秋社、2016年)より引用。
 私は開店当初から俸給を発表しなかったのであります。十年間ぐらい発表しなかったのであります。別に理屈もなかったのであります。ただ発表する気持になれなかったのであります。人格を金で評価することのいかに非礼であるか、評価されるほうも嫌だが、第一、評価するほうの心持は、何にも換えられない嫌なものがあります。人間尊重を主義とする私としては、当然の処置だと思います。

 俸給は生活の保障であって店員を待遇する方法ではない。店員を待遇するの道は、仕事を楽しましむることである。その才能に応じて適当の仕事を与えることである。適材を適所に配して、仕事に興味をもたせ、人生を楽しましむることである。俸給の多寡は家庭の事情を標準としたいのであります。妻帯と同時に昇給し、家族手当、住宅手当を支給し、さらに子供手当を支給するのは、この方針から出ているのであります。
人間尊重七十年人間尊重七十年
出光 佐三

春秋社 2016-03-08

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