2015年12月16日
自社の強みを分析するのは難しい
事業戦略を構想する際には、まずは外部環境と内部環境を分析するのが定石であり、フレームワークとしてはSWOT分析を用いるのが定番となっている。とりわけ中小企業診断士はこのSWOT分析が大好きなようで、何かにつけてSWOT分析をやりたがる。そして、S(Strength:強み)には、決まりきったように「社長のリーダーシップが強い」と記入する。だが、社長のリーダーシップという強みは、裏を返せば社長がワンマンであるという弱みに容易に転じるのだから、ほとんど意味がない。そもそも、強みとは顧客にとって価値をもたらす源泉でなければならない(ゲイリー・ハメル、C・K・プラハラードの「コア・コンピタンス」の定義を参照)。
自社の強みというのは、その企業でもよく解らないものだ。東京都で印刷機器の部品を製造する中小企業(A社とする)の事例を紹介したい。東京都は出版社が集中していることもあり、印刷会社が非常に多い。印刷業は東京都の地場産業と言ってもよいくらいだ(東京都の製造業事業所約3.5万所のうち、印刷業は17.1%を占める。全国では、製造業事業所約39.3万所のうち、印刷業は6.6%である)。ところが、周知の通り昨今の出版不況で印刷業界は縮小傾向にあり、A社も売上高が低迷していた。そのため、自社技術を活かして新分野に進出することとした。
ある時、医療分野の展示会に出展したところ、海外の医療機器メーカーがA社の技術に注目した。海外メーカーが評価したのは、「微量の液体を一定の時間間隔で正確に滴下し続けるための穴を空ける技術」であった。A社自身は、その技術に特段強いとは認識していなかった。印刷機器に対して既定のインク量を正確に供給するのは、当たり前品質であったからだ。だが、医療機器メーカーにはそれが新鮮であった。A社はこの医療機器メーカーと共同で、微量薬品の計量用の部品を開発することとなった。A社がここに至るまでには、実は3年ほどかかっている。
強みを自己分析するのが難しいことを示すもう1つの事例として、私が大好きな「水曜どうでしょう」を挙げたい。水曜どうでしょうのエッセンスを一言で表せば、「運任せの旅番組」(1997年『日本全国絵はがきの旅』より)である。番組の始まりとなった「サイコロの旅」は、北海道に帰るまでの移動手段を、全てサイコロの目に従って決めるという、運任せの旅だ。1999年の『ヨーロッパ・リベンジ』で、深夜番組にもかかわらず最高視聴率18.6%という驚異的な数字を叩き出したことに気をよくしたディレクター陣は、同年冬にゴールデンスペシャルを放送することとした。
ゴールデンにふさわしい企画としてディレクター陣が選択したのが、サイコロの旅(『サイコロの旅6』)であった。当時のディレクター陣は、サイコロの旅こそが水曜どうでしょうの醍醐味であると考えたのだろう。出演者の大泉洋氏も、後に発売されたDVDの中で「十八番」と表現している。だが、視聴率は12.5%にとどまり、「惨敗」(2000年『onちゃんカレンダー』より)であった。
水曜どうでしょうの強みは、単なる運任せの旅ではない。最初に旅のゴールは何となく決めておくが、旅をしているうちにゴールはどうでもよくなる。やることを失った一行は、道中で何かネタはないかと血眼になって探し、企画を全て運任せ、出たとこ勝負で現地調達する。結局は、旅そのものよりも、脇でちょこちょことやっていた企画の方が盛り上がってしまい、無事にゴールしたという感動が薄らぐ(もしくはゴールすること自体を放棄してお茶を濁す)という本末転倒に陥る。これが水曜どうでしょうの面白さである。旅そのもののストーリーと、脇の企画で盛り上がる4人のストーリーという物語の二重性を指摘したのが、臨床心理学者の佐々木玲仁氏である。
結局、どうして面白いのか ──「水曜どうでしょう」のしくみ 佐々木玲仁 フィルムアート社 2012-09-13 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
『北極圏突入~アラスカ半島620マイル~』(1997年)では、当初の目的であるオーロラはちっとも見られず、代わりに大泉氏が毎日お見舞いする不味い料理に4人とも撃沈する痛々しい姿がフォーカスされた。『日本全国絵はがきの旅』では、途中からなぜか四国八十八か所を巡拝することになり、これが後の四国シリーズへと結びついた。『ヨーロッパ・リベンジ』では、最初はメルヘンにちなんだ小ネタを用意していたのに、すぐにネタが尽きてしまい、仕方なく立ち寄ったムンク美術館で購入した「ムンクさん」の人形が、ドラマ「フィヨルドの恋人」を生み出した。『原付西日本制覇』(2000年)では、道中で繰り広げた「甘いもの早食い対決」がメインの座を奪った。
『ジャングル・リベンジ』(2004年)では、マレーシアのジャングルにたたずむ粗末な動物観察小屋「ブンブン」に泊まったという事実よりも、ブンブンで脱糞した大泉洋氏の方が強烈なインパクトを残した。『激闘!西表島』(2005年)では、虫捕りを目的に西表島に行ったのに、現地のガイド・ロビンソンさんに「虫はいねぇ」と言われてあっさりと企画を変更し、最後は夜通し魚釣りをする企画に変質した(真っ暗な画面に字幕だけが流れるという編集も衝撃的であった)。
『日本全国絵はがきの旅』は1997年の年末に放送されたが、年末特番の関係で最終夜が深夜の非常に遅い時間に回された。せっかくの最終夜をそんな時間に放送するのはもったいないと考えたディレクター陣は、つなぎの企画として『車内でクリスマスパーティー』を考案した。すると、この1夜限りの企画が思いの外面白くなり、2005年の水曜どうでしょう祭りで実施した人気企画ランキング(第1回どうデミー賞)では、『日本全国絵はがきの旅』を押さえて堂々ランクインした。
1998年にファンのために実施した「東北2泊3日バスツアー」は、ツアーそのものよりも、脇でファンを楽しませようと色々扮装する企画が面白くなってしまった。さらに、扮装よりも深夜の大泉VS藤村Dの紛争がさらに盛り上がり、「僕は一生どうでしょうします」という名言を生み出した(その様子は、1999年に『東北2泊3日生き地獄ツアー』として放送)。1999年『サイコロ6』のゴールデンスペシャルのために、4人は前日から24時間生コマーシャルを打ったのだが、コマーシャルの中身よりも、2畳しかない控室に4人が押し込められて管を巻く様子を収めた『30時間テレビの裏側全部見せます』(2000年)の方が藤村Dのお気に入りである。
水曜どうでしょうの偶然性は、旅そのものに埋め込まれるのではなく、旅のサブストーリー側に埋め込まれている必要がある。サイコロの旅は、旅本体に偶然性が埋め込まれているため、水曜どうでしょう本来の強さが発揮できるわけではない。この点を当時のディレクター陣は十分に認識できていなかったのではなかろうか?強みを自己評価するのは非常に難しいのである。
『サイコロ6』のDVDの副音声で、藤村Dは「今だったらゴールデンで『カブ』をやる」と発言していた。『原付日本列島制覇』の収録を2010年夏に終えたばかりで、撮影に手ごたえを感じていたことも影響しているが、それを差し引いても、カブ企画こそ水曜どうでしょうの醍醐味というのは確かだと思う。『原付日本列島制覇』は、基本的に『原付西日本制覇』をベースとし、道中で甘いもの早食い対決を繰り広げるのだが、それに加えて毎晩宿で繰り広げられるトークも主要部分を構成していた(全12夜のうち、3分の1ぐらいは宿トークではないだろうか?)。
こう考えると、2013年『初めてのアフリカ』がファンの間で酷評された理由も容易に解る。「アフリカに野生の動物を見に行くぞ」と宣言して、その通りに動物を見てしまってはいけないのである。動物を見るというメインストーリーの中にさえ偶然性がないのだから、全く水曜どうでしょうらしくない。最近の記事によると、藤村Dはそろそろ新作をやりたいと意欲を燃やしているようだ。次回作は水曜どうでしょうらしい展開を期待したい(個人的には『試験に出るどうでしょう』シリーズを復活させて、安田顕氏を久しぶりに呼んでほしいと思っている)。
強みとは、顧客が競合他社との比較で評価するものである。自分で「これが強い」と勝手に思い込んではいけない。それを避けるには、顧客に対して「我が社の強みは何であるか?」と率直に聞いてみるのがよい。ちなみに、私は経営コンサルティングがそこそこ得意だと思っているのだが、周囲の評価を聞いてみると、研修コンテンツの開発やケーススタディの作成に強いという声がよく返ってくる。自己評価と周囲の評価が異なるとがっかりすることがある。だが、仕事とは外部から要求されて行うものである以上、外部の声を優先しないわけにはいかない。
(今日の記事は、単に水曜どうでしょうの話がしたかっただけのような気がする・・・)