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『致知』2018年3月号『天 我が材を生ずる 必ず用あり』―素直に「感謝」ができない私は人間的にまだまだ未熟
『致知』2017年10月号『自反尽己』―上の人間が下の人間に対してどれだけ「ありがとう」と言えるか?、他

プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2018年02月21日

『致知』2018年3月号『天 我が材を生ずる 必ず用あり』―素直に「感謝」ができない私は人間的にまだまだ未熟


致知2018年3月号天 我が材を生ずる 必ず用あり 致知2018年3月号

致知出版社 2018-02


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 感謝をする―「ありがとう」と口先で言うだけなら簡単だが、心の底から気持ちを込めて「ありがとう」と言うことは意外と難しい。幼少期に散々しつけられたはずなのに、なぜか大人になるとできなくなる。ただ、常日頃から感謝の気持ちを抱くことは、人生において極めて重要である。カリフォルニア大学デイヴィス校のロバート・A・エモンズ教授は、常に感謝の心を持っている人はそうでない人に比べて幸福な上、より人助けをし、寛大で、物質偏重主義に走りにくいと言う。

 エモンズ教授の研究に、1,000人以上と面談して、一部の人に「感謝の日記」をつけてもらうという有名な実験があるそうだ。被験者は週に1回のペースで、「ありがたい」と思ったことを書き留めていく。その結果、感謝の気持ちを持つと、心理的、身体的、社会的な効果を及ぼすと判明した。具体的には、感謝の日記をつけた人は、以前よりも前向きになり、快眠でき、体調もよくなって、周囲に対して気を配ることが増えたと話している。「感謝することで、人はしばし立ち止まって考え、自分が持っているものの価値を理解することができる」とエモンズ教授は述べている(マイク・ヴァイキング『ヒュッゲ 365日「シンプルな幸せ」のつくり方』〔三笠書房、2017年〕より)。

ヒュッゲ 365日「シンプルな幸せ」のつくり方 (単行本)ヒュッゲ 365日「シンプルな幸せ」のつくり方 (単行本)
マイク・ヴァイキング ニコライ・バーグマン

三笠書房 2017-10-13

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 私は、感謝には次の4段階があると考える。

 (1)してもらったことに対して「ありがとう」と言う。
 これは最も簡単な感謝の方法である。人類学者の中根千枝氏が指摘するように、日本は特にタテ社会の傾向が強いが、下の階層の人が上の階層の人から報酬や恩恵、名誉などを与えられたら、上の階層の人に対して感謝をするように我々は教え込まれている。顧客から代金を支払ってもらったら感謝する。会社から給与を支払ってもらったら感謝する。学校で先生から教育を受けたら感謝する。親に育ててもらったら感謝する。これはそれほど難しいことではない。もっとも、最近は会社が給与を支払うのは当然であるかのような態度をとる社員が増えたり、先生や親に対して敬意を払わない子どもが増えたりしているのは由々しき問題である。

 (2)してあげたことに対して「ありがとう」と言う。
 以前の記事「『致知』2017年10月号『自反尽己』―上の人間が下の人間に対してどれだけ「ありがとう」と言えるか?、他」でも書いたが、下の階層の人が上の階層の人に感謝するだけでなく、上の階層の人が下の階層の人に感謝することも大切ではないかと思う。顧客は企業に対し、製品やサービスの対価を払うと同時にありがとうと言う。企業は社員に対し、給与を支払うと同時にありがとうと言う。教師は子どもに教育を施すと同時に、勉強を頑張ってくれてありがとうと言う。親は子どもを育てると同時に、元気に育ってくれてありがとうと言う。

 上の階層の人は、下の階層の人のためにわざわざ骨折って何かを与えたのに、それに加えてさらに下の階層の人に対してなぜ感謝までしなければならないのかと疑問に思う人もいるに違いない。その問いに対する1つの答えが、『致知』2018年3月号に示されていた。
 佐藤:人を輝かせようと頑張るほど、周りから見ると、「やっぱり、あいつは自分が目立ちたい、輝きたいだけじゃないか」となってしまう。それで、なぜ人を輝かせたいと思っているのに、自分が輝いてしまうのだろうかと考えた時、僕の中で出た答えが、「人は誰かを輝かせようと思った瞬間に、一番輝く」ということでした。
(佐藤仙務、恩田聖敬「絶望を乗り越えた先に見えてきたもの」)
 下の階層の人は上の階層から報酬や恩恵、名誉などをもらうことで輝くことができる。では、報酬などをあげた上の階層の人は輝くことができないのか?否、上の階層の人は下の階層の人に報酬などを与え、下の者を輝かせることによって自らも輝くことができるというわけである。そして、自らを輝かせてくれたことに対して、下の階層の人に感謝をしなければならない。

 この第2段階の感謝ができない人は、「くれない病」にかかる。自分は相手のためにこれだけ精一杯やってあげているのに、相手は何もしてくれないと憤る。義理の両親が重度の障害を持ち、子どもも自閉症を抱えているという島田妙子氏(児童虐待防止機構オレンジCAPO理事長)は、一時期この「くれない病」に陥っていたと言う。相手にしてあげたことで自分が輝くことができているのに、そのことを忘れてしまう。くれない病の副作用には気をつけなければならない。
 子供が言うことを聞いてくれない。旦那は手伝ってくれない。誰も分かってくれない。本当はそんなことはないのに、悲観的になるとすべてがマイナスになってしまうのです。そして、くれない病の一番恐ろしいところは、感謝力が低下してしまうことです。以前であれば素直に「ありがとう」と言えていたことでさえ、感謝できなくなってしまいました。
(島田妙子「虐待を生き抜いた私だからできること すべてを肯定して生きる」)
 人間的に未熟な私などは、この2段階目の感謝でもうつまずいてしまう。飲食店で会計を済ませた後になかなか「ごちそうさまでした」と言えない。居酒屋などでそれなりの額を使った時にはさすがに店員に対してごちそうさまと言えるようになったが、例えばドトールなどで1杯200円程度のコーヒーを飲んだ際にいちいち店員に謝意を示すことを面倒だと感じてしまう(お客さんの中には店員にごちそうさまと言える人がいて、人間的によくできた人だと感服する)。最近、私の家の近所に大戸屋ができたのだが、この大戸屋はIT化が進んでいてセルフレジが用意されている。本当は店員に直接代金を支払ってごちそうさまと言うのが筋なのだが、面倒くさがりの私はついセルフレジを使ってしまう。こういうところに、自分の未熟さが出てしまい恥ずかしくなる。

 (3)ひどい仕打ち・不幸な出来事に対して「ありがとう」と言う。
 3段階目から一気に難易度が上がる。他人からひどい目に遭わされた時、怒り、憎しみ、悲しみを隠せないのが普通である。しかし、どんな不幸の中にも幸せの種は植わっている。その種を見つけ出して感謝をするというのがこの第3段階である。

 私の幼少期、父親の収入がそれほど多くなく、マイホームを持つことができなかったため、私の両親と弟は母親の実家に暮らしていた。ところが、母親と祖母の仲が非常に悪く、年中喧嘩が絶えなかった。母親からは、祖母と口を利かないようにと頻繁に言われた。祖父母は1階に暮らし、私の両親と弟は2階に暮らしていたが、私は祖父母と会話を交わした記憶がほとんどない。母親の祖母嫌いは徹底していた。我が家では祖母が最初に風呂に入る順番になっていたが、祖母が風呂から出ると、母親は湯船のお湯を抜いて、風呂を掃除し直し、新しいお湯を張るぐらいの徹底ぶりであった。さらに、母親は、別の場所で暮らしている妹の家族とも犬猿の仲だった。盆や正月に妹家族が実家に遊びに来ると、私と弟はその妹家族から隔離された。母親と妹が口喧嘩をしているのを何度も耳にしたことがある。

 ある日私は、2階の本棚の中から1冊のノートを発見した。そこには、母親が祖母や妹に対する不満をびっしりと書き込んでいた。多感な当時の私を動揺させるのには十分すぎるぐらいの罵詈雑言が並んでいた。そのぐらい母親と祖母は不仲だったため、一時期私の両親は私と弟を連れて家出をし、実家の近くにアパートを借りて暮らしていたことがある。当時の母親は家を買うことを考えていたようで、電話で祖父に対して頭金の300万円をよこせとよく叫んでいた。

 母親のヒステリーは、私が結婚する際にも発揮された。私と妻は当初、両親から私たちの好きなように結婚式を挙げてよいと言われていた。そこで、私たちが知り合った京都で挙式をすることにした。ところが、準備がある程度進んだ段階になって、やっぱり私の実家のある岐阜で、親戚も交えた結婚式にしなければ許さないと言い出し始めた。さらに、結納代わりに両家の顔合わせの食事会に両親を招いた時には、結納代わりであることを事前に説明していたにもかかわらず、結納をしないのはおかしいと騒ぎ立てた。挙句の果てに、いきなりあのような食事会に呼ばれたのは、まるで石坂浩二が浅丘ルリ子と離婚の記者会見をした時に、浅丘ルリ子が記者会見の当日になって、これが離婚の記者会見であることを知らされたかのようなものだなどと、許しがたいことを言い放った。結局、私たちは結婚式を挙げることはできなかった。

 それ以来、私は実家とは絶縁状態である。両親が実家を飛び出して近くに新居を建てたらしいということは聞いたが、私は新しい実家の住所を知らない。また、弟が今どこで何をしているのか、結婚をしているのか否かも知らない。祖母に至っては、生きているのか死んでいるのかさえ解らない(祖父は11年前に他界している)。もっとも、祖母が死んでも私のところには連絡が来ないのではないかと思っている。かろうじて両親と弟の携帯の電話番号は把握しているものの、もし電話番号を変更していたら、私には連絡を取る手段がない。

 感謝の第1段階で親への感謝ということを書いたが、私の実家はこのような状態であったので、両親に感謝するのは、個人的には非常に難しいことである。ただ最近は、2つだけ両親に感謝していることがある。1つ目は小学校から中学校にかけて珠算と書道を習わせてくれたこと、もう1つは大学まで卒業させてくれたことである。幼少期に珠算と書道をやっていたおかげで、私は平均的な人に比べると脳が鍛えられたと思うし、上手な字が書けるようになった。また、父親の収入がそれほど多くなかったにもかかわらず、京都の大学に通う私に毎月8万円(家賃5万円+食費3万円)の仕送りをし、授業料も払ってくれた。最近の大学生の約5割は奨学金を受けているという実態からすると、かなり恵まれていたと言えるだろう。ただ、この2つ以外に感謝することが今は見つからない。未熟な私が両親に心の底から感謝することができる日はまだ遠い。

 前職のベンチャー企業で散々な目に遭ったことは、「【シリーズ】ベンチャー失敗の教訓」や「【シリーズ】中小企業診断士を取った理由、診断士として独立した理由」で書いたので、ここでは繰り返さない。私は双極性障害を患ってもう10年近くになるが、その原因を作った前職の会社とその社長を許すことはできていない。社長は元々あるコンサルティングファームのパートナーを務めていて、たまたまストックオプションで一山当てた人であり、数億円の資産があると噂されていた。前職の会社は赤字続きで社会に対して全く貢献できていなかったから、私は、とっととこんな会社は倒産し、社長は死んで相続税を払った方が社会貢献になるのではないかと本気で思っていた。そのぐらい、私はこの社長のことを憎んでいた。

 その憎しみを晴らすために、私は前述のシリーズものを書き、とある中小企業診断士の先生から教えてもらった「5年日記」を書き始めて、自分の感情を正直に吐露することにした(以前の記事「DHBR2017年9月号『燃え尽きない働き方』―バーンアウトでうつになったら日記をつけてみよう」を参照)。トラウマと向き合うと、最初は苦痛を伴うため幸福感が低く、血圧が高くなるのだが、一定期間トラウマについて書き続けるうちに、心身ともにかえって良好な状態になる。このことは「ジャーナリング効果」と呼ばれているそうだ(シェリル・サンドバーグ、アダム・グラント『OPTION B―逆境、レジリエンス、そして喜び』〔日本経済新聞出版社、2017年〕より)。

OPTION B(オプションB) 逆境、レジリエンス、そして喜びOPTION B(オプションB) 逆境、レジリエンス、そして喜び
シェリル・サンドバーグ アダム・グラント 櫻井 祐子

日本経済新聞出版社 2017-07-20

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 前職の会社に対する気持ちは完全には清算し切れていないが、最近は少し感謝の気持ちも芽生えてきた。双極性障害になったおかげで、私は前職の会社を退職し、診断士として本格的に活動を始めた。診断士としての仕事は、本業のコンサルティングに加えて、執筆、講演、信用調査、補助金関連の仕事など、前職の会社では経験できないような様々なものであった。人脈作りが苦手だった私があちこちの会合に積極的に顔を出し、色々な専門家と知り合うことができた。その専門家に刺激されて、経営学以外の本をたくさん読むようになり、知見も増えた。もしあのまま勤め続けていたら、アメリカのコンサルティングの流行をすぐに日本に持ち込みたがる社長の下で、アメリカの成果をコピペするだけの薄っぺらいコンサルタントになっていただろう。

 5年日記は昨年で1冊目が終了し、今年から2冊目に突入した。1冊目は私の感情のはけ口になっていたため、半ばデスノート化していたのだが(だからとても公開できない)、2冊目は冒頭で触れた「感謝の日記」へと少しずつ移行することができればよいと思っている。

 (4)ただ生きていること、ただあることに対して「ありがとう」と言う。
 最終段階はさらに難しい。これは、ただ生命があることに対して感謝をするというものである。12歳まで米沢藩士の末裔である祖母中心の家で育った文筆家の石川真理子氏は、『致知』2014年9月号の中で次のように述べている。
 例えば、朝起きて挨拶に行くと、祖母は、「きょうも命がありましたね。ありがたいですね」と言うことがありました。きょうも命があったということは、明日は生きているかどうか分からない。子供心にとても怖い思いをしたことを鮮明に覚えています。祖母の言葉によって、どこか遠くに漠然と思い描いていた死というものが、自分のすぐそばにやってきたのです。そうした原点があったために、何事も明日死んでも構わなないような心掛けで、精いっぱい取り組むことが私の信条となったのです。
(石川真理子「武家の娘の心得 祖母に学んだ武士道」)
致知2014年9月号万事入精 致知2014年9月号

致知出版社 2014-09


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 朝起きて、ただ「今日も生命がありました。ありがとう」と言うだけでは不十分である。今日も生命があったという奇跡に心から感謝するとともに、その奇跡を与えてくれた天(神でも仏でもよい。つまり何か人知を超えたもの)に畏怖し、奇跡を無駄にしないように今日という一日を力の限り生きることを決意しなければならない。これは祈りである。それを毎朝バカがつくほど真面目に続けることは難しい。だからこそ、私は感謝の4段階目にこれを位置づけたのである。

 4段階目の感謝を続けていると、時にこんな奇跡が起きる。『致知』2018年3月号には、19歳で肝臓がんを発症し、余命半年と宣告されながら、25歳の現在も活動を続けている山下弘子氏のインタビューが掲載されていた。
 そういえば、体に薬疹ができた時、不思議なことがあったんです。近々友人とトルコ旅行に行くことになっていて、「それまでには絶対に治す」と決めました。旅行に行きたいという邪な気持ちでしたけど、いろいろなものに感謝していた気がします。食事に感謝して胃で消化されて栄養として全身に行き届く様子をイメージしてみたり、母が近くで見守ってくれることにも感謝、生きていられることにも感謝。そうしたら40日ほどして本当に薬疹が引いてしまったんです。皆からは奇跡だと驚かれました。
(山下弘子「病が私に人生の意味を教えてくれた」)
 国際コミュニオン学会名誉会長の鈴木秀子氏も、似たような話を紹介していた(どの号か忘れてしまったので、時間ができたら調べておく)。ある末期ガン患者で、医師からは絶対に治らないと言われていた人が、余命を宣告された日から毎日、自分の身体に向かって感謝をするようにしたのだと言う。臓器をさすっては「いつも動いてくれてありがとう」と言い、腕や足をさすっては、細胞の1つ1つに対して「いつも動いてくれてありがとう」と感謝し続けた。すると、驚くことに、ガン細胞がきれいさっぱり消えてしまったそうだ。感謝には人知を超えた不思議な力が宿っている。

2017年10月10日

『致知』2017年10月号『自反尽己』―上の人間が下の人間に対してどれだけ「ありがとう」と言えるか?、他


致知2017年10月号自反尽己 致知2017年10月号

致知出版社 2017-10


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 本号には、山田方谷の「至誠惻怛」(何事にも真心を持って接すれば物事が上手くいく)という言葉をはじめ、他者に尽くし、個人よりも全体を優先させることの重要性が説かれた箇所がいくつか見られる。ただ私は、特に日本において「私」が「公」に完全に吸収されることには危険を感じている。事実、日本人はそれによって全体主義に陥り、太平洋戦争に敗れた痛ましい過去を背負っている。このことは以前の記事「和辻哲郎『日本倫理思想史(1)』―日本では神が「絶対的な無」として把握され、「公」が「私」を侵食すると危ない」でも書いた。

 アメリカの2年目教員400人超(担当は未入園児から高校生まで)を対象とした興味深い研究がある。教師には幾何学の先生になったつもりという前提で、次の質問に回答してもらった。「ある日あなたは、放課後の時間を使って、アレックスという生徒の習熟度向上を助けることにした。アレックスからは、『友達のジュアンも指導してもらえませんか』と頼まれたが、ジュアンはあなたの担当する生徒ではない。さて、どうするか?

 ①ジュアンが何に困っているかをよりよく把握するために、放課後に個別の補修を行う。
 ②アレックスの補習にジュアンを招く。
 ③『ジュアンの力になろうとするのはよい心がけだが、まずは自分が授業についていけるよう、勉強に専念しなさい』とアレックスを諭す。
 ④アレックスに、ジュアンは担任に助けを求めるべきだと伝える。」

 教師は生徒の力になるのが仕事であるため、「役に立とう」という意識の強い人が多いことは容易に推測される。ところが、教員が①のような選択をすると、生徒の成績は悪化することが判明した。①は、生徒に際限なく手を差し伸べる「滅私」である。このような対応をする教員の場合、自分をいたわる教員と比べ、担当生徒の学年末標準テストの成績が著しく悪かった。一方、②を選択した教員は、滅私タイプの教員とは異なり、成績を悪化させずに済んだ。

 「滅私」と「寛容」の混同はよくある過ちである。寛容の精神を上手く発揮する人は、誰にでもむやみに尽くしたりはしない。他者を助けるための犠牲が過大にならないよう、注意を払っている(アダム・グラント、レブ・リベル「いつ、誰を、どのように支援するかを工夫する 『いい人』の心を消耗させない方法」〔『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2017年9月号〕より)。

ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 09 月号 [雑誌] (燃え尽きない働き方)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 09 月号 [雑誌] (燃え尽きない働き方)

ダイヤモンド社 2017-08-10

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 心を込めて他者に貢献することは重要であるが、自分をすり減らしてはならない。他者貢献をしながら自己の利益もしっかりと確保することが重要である(以前の記事「『闘魂(『致知』2016年11月号)』―「公」と「私」の「二項混合」に関する試論、他」、旧ブログの記事「人間は利他的だとしても、純粋な利他的動機だけで富は生まれぬ―『自分を鍛える 人材を育てる(DHBR2012年2月号)』」を参照)。個人的には、本号の次の言葉がしっくりくる。
 田口:東洋思想では、他者に尽くすことで初めて自分も生きてくる。自利と利他はイコールですが、そういうところから説いていけばよいということですか。
(野口智義、田口佳史「いま、なぜ世界のエリートたちは東洋思想に惹かれるのか」)
 さて、本ブログでは、非常にざっくりとした形ではあるが、日本の重層的な階層社会を「神⇒天皇⇒立法府⇒行政府⇒市場/社会⇒企業/非営利組織⇒学校⇒家庭」と描写してきた。ここで、企業にフォーカスを当てて細かく観察すると、その内部はさらに多重化している。製造過程は「親会社⇒子会社⇒孫会社⇒・・・」という形を、流通過程は「(市場⇒)小売⇒・・・⇒2次卸⇒1次卸」という形をしている。両者をつなぐと、「(市場⇒)小売⇒・・・⇒2次卸⇒1次卸⇒親会社⇒子会社⇒孫会社⇒・・・」という形で業界全体のバリューチェーンが形成されていることが解る。

 さらに、1つの企業の内部をとってみても、「経営トップ⇒本部長⇒事業部長⇒部長⇒課長⇒係長⇒リーダー⇒・・・」という多重構造が見られる。20年ほど前、欧米から組織のフラット化の手法が日本にもたらされたが、日本ではミドルマネジャーが減少するどころが増加していることは、以前の記事「【ドラッカー書評(再)】『現代の経営(上)』―実はフラット化していなかった日本企業」でも書いた。企業だけに注目しても、これだけ多重化しているのが日本の特徴である。他の要素に関しても、おそらく一定の多重化が見られると推測される。その構造がどのようになっているのかを解きほぐすのが、今後の私の課題である(ただし、天皇だけはお一人であり多重化しない。一方で、日本の神々は多重化していることは、冒頭の和辻哲郎に関する記事で書いた)。

 以前の記事「【議論】人材マネジメントをめぐる10の論点」では、「企業において上の階層の者(マネジャー)が下の階層の者(現場社員)を動機づけるのはおかしいのではないか?」ということを書いた。人材マネジメントの分野で、社員のモチベーションは重要な研究テーマであるにもかかわらず、それを真っ向から否定しようという挑発的な問題提起であった。私がそのように書いたのは、お金をもらっている人(現場社員)が、お金を払っている人(マネジャー、企業)から動機づけられることを期待するのは不自然だと感じたからである。例えば、顧客が企業から製品・サービスを購入する時、お金を払う顧客はお金をもらう企業を動機づけようとはしない。

 階層社会においては、上の階層の指揮命令に従うことが下の階層の者の絶対的な役割であり、動機づけは下の階層の者が自分自身の責任において行わなければならない。それでも、企業において社員の動機づけを問題にしなければならないとすれば、顧客と企業の関係においては、顧客がある企業の製品・サービスが気に入らない場合は容易に他社に乗り換えることができるのに対し、企業においては、上司が部下のことを気に入らないからと言って、簡単に部下を切り捨てることができないという事情があるためだと考える。新たに人を採用するにはコストも時間もかかる。上司は、まずは現有戦力で何とかやりくりしなければならない。つまり、今の部下に頑張ってもらわなければならない。よって、部下のモチベーションを上げる必要がある。ここに私は、企業における動機づけ理論の限定的な意義を認める。

 こう書くと、「基本的に、上司は部下のモチベーションのことは考えなくてもいいのだ」と思う方もいらっしゃるかもしれない。誤解してほしくないのだが、私が上記のようなことを書いたのは、昨今の「現場社員の態度」を問題にしているからである。日本企業の社員は、世界的に見ても恵まれている。日本企業の多くの経営者には、「社員を大切にする」というマインドが染みついている。また、欧米に比べると一長一短はあるものの、福利厚生制度もそれなりに整っている。それなのに、国際的な調査によれば、日本人社員のモチベーションは非常に低い。日本人社員はことあるごとに、「会社が自分のモチベーションを上げてくれない」と愚痴をこぼす。私は彼らに対して「甘えるな」と言いたい。前述の通り、モチベーションの管理責任は第一義的には本人にある。

 では、「経営者の態度」や「マネジャーの態度」はどのようなものであるべきだろうか?経営者やマネジャーは、企業組織の階層の上位にあって、下位の社員に指揮命令をする立場にある。だが、指揮命令とは、言い方を変えれば「お願い」である。しかも、昨今は技術進歩が加速しているため、上司自身が過去に経験したことのない仕事を部下に依頼する局面が増加している。非常にプリミティブなことだが、自分がお願いしたことをやってくれた人に対しては、素直に「ありがとう」と感謝の意を伝えるのが人間というものではないだろうか?

 京セラの創業者であり、JALの経営再建にも成功した稲盛和夫氏は、昔から役員の仕事をくそみそにこき下ろすことがあるらしい。それでも自分について来てくれる役員には感謝していた。ある時、稲盛氏は役員に対して、「何でいつも滅茶苦茶に叱っているのに自分について来てくれるのか?」と尋ねた。すると、役員は「どんなに怒られても、最後は稲盛さんが『ありがとう』と言ってくれるからです」と答えたそうである。もちろん、稲盛氏とそりが合わなくて辞めた役員も少なくないだろうが、稲盛氏が人間観を持って人間を大切にしたからこそ、経営チームが機能し、複数の企業で大きな成果を上げられたのだと思う。

 これはある人から聞いた話だが、ある企業が経営不振に陥っており、倒産直前まで追い込まれていた。社長は倒産を回避するために休日を返上して一生懸命働いている。それにもかかわらず業績が一向に回復しないのは、社員が自分のように頑張って働かないからだと社長は考えていた。社長は、今までの様々な失敗を全て社員のせいにしていた。その社長はある時、コンサルタントからこんなことを言われたそうだ。「そんなにガタガタな会社でも、毎日朝になると社員が皆出勤してくれる。まずはそのことに感謝しなければならない。『今日も会社に来てくれてありがとう』と言わなければならない」。社長は最初反発したものの、助言に従って、社員に感謝の意を表明するようにした。すると、徐々に社内の雰囲気が改善され、業績も回復したという。

 現在、グローバル規模での価格競争に打ち勝つため、あるいは飽和した国内市場に代わる市場を探すために海外に進出する日本企業が増えている。私はいろんな経営者の話を聞いてきたが、海外で事業を成功させている経営者は異口同音に、「我が社はこの国でビジネスをさせてもらっている」と言う。進出先の国に対して感謝をしているわけだ。

 近年は新興国に進出する日本企業が多い。日本企業は、ややもするとローカル社員の能力を過小評価し、上から目線で彼らに接しがちである。また、進出目的がコスト削減であれば、彼らを安い賃金で目一杯働かせようとする(中国や韓国の企業はこの傾向が強く、進出先の国から嫌われていることがある)。しかし、こういうことをする企業はたいてい失敗する。確かに、日本企業から見れば、ローカル社員は階層構造の中で下の立場にある人たちである。しかし、彼らに感謝をしながら、進出先の国の長期的な発展を願うことが、海外における成功の秘訣なのである。

 やや話が逸れるが、登山家も、山に感謝しながら登山をしていると本号にあった。
 どんな山に挑戦する時も、その山のことをしっかり頭に入れて、安易な気持ちでいるのではなく、畏れを持つ。山に登るんだという厚かましい態度ではなく、登らせていただくという気持ちで山と向き合ってきました。山には危険が至るところにあって、いつ何が起こるか分かりません。これまで多くの登山家が命を落としてきただけに、そういった心構えが私は大切だと思っています。
(田村聡「少しの勇気が明日をひらく大きな力になる」)
 日本は元々儒教社会であるから、目上の人を尊敬する文化が根づいている。つまり、下の階層の人が上の階層の人に感謝をすることが当然とされており、幼少の頃からそういう教育を受けている。製品・サービスを買ってもらった企業は顧客に感謝をし、給料をもらった社員は会社に感謝をし、学校に子どもを預けた親は先生に感謝をし、家庭で自分の面倒を見てもらっている子どもは両親に感謝をする。しかし、これからは、上の階層の人から下の階層の人への感謝をプラスしなければならないと思う。顧客は自分のニーズを充足してくれた企業に感謝をし、経営トップは毎日会社に来てくれる社員に感謝をし、学校はよくしつけされた子どもを学校に送り込んでくれる家庭に感謝をし、両親は元気に生きてくれる子どもに感謝をする。この「双方向の感謝」を、私が考える日本社会の階層構造を構成する重要な要素の1つとする必要がある。

 ただ、本号では、寺院の修理・新築を手がける鵤工舎の小川三夫氏が、最近は儒教社会の根本である、下の階層から上の階層への感謝が薄らいでいると指摘していた。
 小川:管主のお話を聞きながら感じたことですが、最近の弟子は一昔前に比べて恩を感じるということが少なくなりましたね。何年も一緒に生活をしていながら、独立した途端「いまどこで何をやっています」というような連絡を寄こさないし、そのまま離れてしまう子が多いのは実に残念です。
(小川三夫、村上太胤「人を大成に導くもの」)
 私は小学校から中学校にかけて珠算と書道を習い、そのおかげで現在の知力や精神力があると思っている。しかし、大学生になって実家を離れてからは、一度もその恩師の下を訪れていない。また、学校のOBがよく恩師のところを訪れることがあると言うが、私は小学校、中学校、高校、大学で実に様々な先生にお世話になったにもかかわらず、OB訪問というものを一度もしたことがない。高校の部活の先生からは、毎年新年会の案内をいただいているのに、一度も顔を出したことがない。私は何と恩知らずな人間なのだと顔が真っ赤になった。




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