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『長の一念(『致知』2014年6月号)』―社員を動機づける目標は「手垢のついた泥臭い目標」かもしれない

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2014年06月19日

『長の一念(『致知』2014年6月号)』―社員を動機づける目標は「手垢のついた泥臭い目標」かもしれない


致知2014年6月号長の一念 致知2014年6月号

致知出版社 2014-06


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 常盤木学園高等学校の女子サッカー部を創部以来19年率いて、8度の日本一に導いた阿部由晴氏のインタビューが「ハインリッヒの法則」を利用した目標管理を実施しており、なるほどそういう考え方もあるのかと参考になった。

 ハインリッヒの法則とは、 アメリカの損害保険会社で技術・調査部の副部長をしていたハーバート・ウィリアム・ハインリッヒが1929年に発表した法則のことである。彼は、ある工場で発生した労働災害5000件余を統計学的に調査し、次のような法則を導いた。すなわち、「重傷」以上の災害が1件あったら、その背後には29件の「軽傷」を伴う災害が起こり、さらにその背後には300件もの「ヒヤリ・ハット」(傷害はなかったが、危うく大惨事になるところだった災害)が起きていた、ということである。阿部監督はこれを逆にして次のように考えたという。
 高校選手権で優勝する、これが1つの大きな目標だとしたら、29の小さな目標を達成すればいい。その29の目標を達成するためには、300の細かい、小さなことをきちんと積み重ねていけばいいんじゃないか。300の項目を書き出して、徹底していきました。

 (具体的には、)挨拶をする、食事の前にいただきますと言う、喧嘩をしない、隠し事をしない、嘘をつかない、そういう普段の生活の細かいことやサッカーの約束事がほとんどかな。やっぱり毎日の積み重ねって大事ですよね。そうすることで心が整えられていく。
 目標管理においては、組織の目標をどのように個人の目標とリンクさせ、個人を動機づけるかが非常に重要となる。そのための手法はこれまでもいくつか考えられてきた。例えば、社員に自社の財務諸表を公開して、社員の日常業務が財務諸表の数字とどのように関連し、影響しているのかを考えさせる「オープンブック・マネジメント」はその1つである。

 ただし、大企業においては1人1人の日常業務と財務諸表との”距離”があまりに遠すぎて、単に財務諸表の読み方を学ぶだけに終わってしまう、という課題が残った。では、大企業よりは日常業務と財務諸表の”距離”が近い中小企業においては有効かというと、必ずしもそうとは言えない。なぜならば、財務会計と聞くだけで「難しそうで自分には関係ない」とアレルギー反応を起こしてしまう社員が出てくるからだ。

 王道的な手法は、組織全体として達成したい目標を、部、課、個人レベルへと順番に落とし込んでいく方法だろう。例えば、企業全体の目標が「生産性を向上させ、売上高200億円、営業利益率10%を実現」だとすると、それを受けて営業部は「1人あたり売上高10%向上、新規顧客開拓数20%増」、製造部は「生産リードタイム20%短縮、納期順守率5%向上」、総務部は「間接業務の効率化率10%」などを目標とし、さらにそれを各社員の目標へと細分化していく。

 確かに、この方法は非常に合理的・論理的であり、個人の貢献が組織の目標と緊密にリンクしている。しかし、業務面の定量的な目標ばかりにこだわりすぎるのもよくないようだ。というのも、社員が数値目標を上から強制されているように感じてしまい、かえってモチベーションを低下させてしまう危険性があるからだ。営業担当者の中には、こういう数値目標に燃えるタイプが多いけれども、全ての社員がそういう性格の持ち主ではない。

 それに、この方法では、阿部監督が300個の目標の中に掲げた「挨拶をする」、「隠し事をしない」などといった「当たり前すぎる目標」を導き出すことが難しい。生産リードタイムを20%短縮するためには何をすればよいか?さらにそれを実現するためにはどうすればよいか?という問いをいくら重ねても、「そのためには挨拶をすることが重要だ」という解にはたどり着かない。

 しかし、こういう「当たり前すぎる目標」が、実は組織全体の目標を達成する上で不可欠であることは、成果主義の失敗から日本企業が学んだことである。成果主義によって数字ばかりを追い回すようになった社員は、挨拶をする、困っている社員を助ける、重要なことはメールではなく対面で話をするといった、職場の雰囲気を良好に保つための当たり前の行動をおろそかにするようになり、「不機嫌な職場」を生み出す結果となってしまった。最近は成果主義の見直しとともに、こういう小さな行動を再評価するようになってきている。

 当たり前すぎる「手垢のついた泥臭い目標」は、社員を動機づける上でも効果的だ。アメリカの経営学者はしばしば、社員を動機づけるには「野心的な目標」を設定すべきだと主張し、それに感化された日本の経営者も少なくない。しかし、スタンフォード大学のケリー・マクゴニガルによると、現在の自分と将来の自分像があまりにかけ離れている場合、その目標設定は効果を失うという。目標はむしろ、現在の自分と近い方がよい。いきなり大きな目標を目指すのではなく、現在の自分と近い小さな目標をコツコツと積み重ねる。その結果、いつの間にか大きな目標が達成できていた、という状態に持っていく方が理想なのである。

 ケリー・マクゴニガル『スタンフォードの自分を変える教室』―経営に活かせそうな6つの気づき(その1~3)
 ケリー・マクゴニガル『スタンフォードの自分を変える教室』―経営に活かせそうな6つの気づき(その4~6)

 では、阿部監督が300もの目標を設定したように、当たり前すぎる手垢のついた泥臭い目標を設定するにはどうすればよいのだろうか?それには3つの切り口があると思う。すなわち(1)創意工夫行動、(2)支援行動、(3)勤勉行動の3つである。これは、『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2014年6月号の論文「3つの行動をマネジメントする 「関わり合う職場」が生み出す力」(鈴木竜太)からヒントを得た。

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2014年 06月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2014年 06月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2014-05-10

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 ここで言う現場での小さな行動とは、職場で困っている仲間を助けたり、後輩たちにわからないことを教えたりするような支援行動、やるべきことをきっちり行ったり、職場でのルールや秩序を守るような勤勉行動、そして自分なりに仕事を工夫したり、自分の仕事における能力を伸ばしたりするような創意工夫行動のことを指す。

 これらの行動の一つひとつはそれほど大きな価値をもたらすものとはいえない。しかし、こうした小さな行動の文化を積み重ねることは、組織の大きな力の土台となっていくのではないだろうか。そのような行動が起きている組織や職場は、そうでないところと比べて業績に大きな違いが表れるのだ。
 ここまでの内容をまとめると次のようになる。社員を動機づける目標を設定するためには、2つのアプローチを組み合わせるとよい。まずは、トップダウン方式によって組織全体の目標をブレイクダウンし、各個人の日常業務と結びついた業務目標にギリギリまで細分化する。仮に、「製造リードタイム20%短縮」という目標を掲げている製造部の社員であれば、自分が担当する工程について、「○○というサブ工程にかかっていた時間を△△分短縮する」、「段取り替えの回数を○○回から△△回に減らす」などといった目標を設定する。

 しかし、先ほど述べたように、これだけでは手垢のついた泥臭い目標が出てこない。そこで、今度はボトムアップ的に、自分の業務を見回して、(1)創意工夫行動、(2)支援行動、(3)勤勉行動という3つの観点から、当たり前すぎるが重要だと思う行動目標を設定する。(1)であれば、「積極的に工程改善案を出す」、「能力アップのために新しい加工方法を身につける」、(2)であれば、「自分の手が空いている時は、他の工程の担当者を助ける」、「営業担当者に納期について早く回答してあげる」、「若手社員から教えを請われたら進んで教える」、(3)であればそれこそ「挨拶をする」とか、5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)に沿った目標が考えられる。

 手垢のついた泥臭い目標は、当たり前すぎるという理由で社員に受け流されてしまう可能性がある。そこで、社員をより効果的に動機づけるために、ゲームの要素を取り入れるのも1つの手ではないだろうか?例えば、(2)支援行動について言うと、「サンクスカード」という制度を導入している企業がある(JAL、リッツカールトン、武蔵野など)。これは、誰か他の社員に助けてもらった時には、感謝の意を込めてメッセージカードを贈るというものである。メッセージを受け取る側としては、カードを集めるという行為にゲーム性があり、動機づけの効果がある。

 また、これは完全なアイデアベースであるが、営業担当者向けにこんなゲーム性のあるSFA(営業管理システム)を導入するのはどうだろうか?通常、営業担当者が新規開拓をする際には、顧客リストを片手に上から順番に電話をかけ、終わったところはマジックで横線を引いて消す、という作業をしているだろう。その代わりに、新しいSFAでは、各営業担当者に割り振られたエリアの地図が表示される。そして、アポイントが取れた見込み顧客の情報を入力すると、住所に基づいてその地域の色が変わる。すると、担当エリア内でどのくらいアポイントが取れているか視覚的に解るため、空白地帯の色を何とか変えてやりたいという心理が働くに違いない。




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