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『中小企業白書』、『小規模企業白書』(2015年度)の概要について(中小機構「虎ノ門セミナー」メモ書き)(1/2)
起業・創業をめぐる3つの勘違いをまとめてみたい
私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(2/3)

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2015年08月10日

『中小企業白書』、『小規模企業白書』(2015年度)の概要について(中小機構「虎ノ門セミナー」メモ書き)(1/2)


 中小企業基盤整備機構(中小機構)が主催する虎の門セミナーで、2015年度の『中小企業白書』(今回が52回目)、『小規模企業白書』(今回が初めて)に関する解説があるというので、参加してきた。以下、気になったデータなどに関するメモ書き。

<<『中小企業白書』>>
①業種別・市場別に見た販路開拓の取組状況
②市場の把握状況別に見た売上目標の達成状況

 (1)何と、販路開拓の取り組みをしていない企業が2~4割程度存在する。また、市場のニーズ、市場の商圏(エリアなど)、市場の規模(金額面)を把握していない企業が、既存市場開拓の場合でも半数以上存在すること、新規市場開拓の場合はさらにその割合が跳ね上がることも驚きであった。市場のことを理解せずに、一体どうやって事業を行っているのだろうか?

 実は、以前、私が関わらせていただいた「荒川区中小製造業調査」でも、販路開拓を行っていない中小製造業が相当数存在していた。そういった企業の多くは、販路開拓を怠っていながら業績が苦しいなどと言う。これが中小製造業の実態なのかと衝撃を受けた記憶がある。

③中核人材の採用手段
④採用手段ごとの利用実績及び採用実現率(中途)

 (2)中途採用、中核人材の採用手段と採用実績を尋ねたものである。中小企業は転職サイトに広告を出す予算がないため、どうしてもハローワークが中心となる。だが、意外にもその次に高いのは「知人・友人の紹介」であった。これには一定の合理性があると思う。知人・友人を紹介する側の社員にとっては「変な人を会社に紹介できない」というプレッシャーになるし、紹介された側の知人・友人も「紹介してもらった知人・友人に迷惑はかかるから、簡単には辞められない」という歯止めがかかる。結果的に、自社にフィットした人材が採用でき、離職率も下がる。

 以前、海外企業の採用に関する記事を読んでいたら、「離職率を下げるには、一度自社を退職した人物を再採用するとよい」とあった。そういう人は既に自社の業務のことを知っているし、さすがに2度も3度も退職するのは憚られるはずなので、再採用後は長く勤めてもらえる、というのがその根拠である。確かに、日本の外資系企業の中には、退職者を「卒業生」という呼び名でネットワーク化し、必要となれば再雇用している企業があるのを私も知っている。

 だが、一般的に転職の理由は職場での人間関係の悪化が原因である。中小企業における人間関係の悪化は、大企業に比べておそらくかなりドロドロしたものであろう。よって、退職した人材を再採用するという手法は、個人的には日本の中小企業にはあまりお勧めできない(私自身も、前職のベンチャー企業にもう一度採用されることを考えたら悪寒が走る)。

⑤従業者数で見た地域の中心産業の変化(市町村単位)

 (3)先日、ある中小企業診断士の先生が、「官公庁というのはとにかく何でも曖昧にしようとする。私は市場調査会社に長く勤めていて、調査レポートにはっきりと結論を書くように訓練されてきたから、官公庁の人たちと仕事をすると戸惑うことが多い」と話していた。その傾向がちょっと垣間見えたのがこのデータに関してである。上図は、業種別(大分類ベース)で従業者数を集計し、最も従業者数が多い業種で市区町村別に描写したものである。これを見ると、製造業に代わってサービス業が増加しているのが一目瞭然である。

 この図をめぐり、中小企業庁の担当者に対して「サービス業が増えているのは中小企業庁としてはよいことだと考えているのか?」という質問が出た。その担当者は、サービス業のよしあしを断言せず、産業構造の一般論をとうとうと述べて、回答をはぐらかした。この担当者に限らず、中小企業白書全体も、結局のところ国/行政は何に注力していくのか判然としない印象を受ける。近年、サービス業の中では観光が注目を集めており、白書でも言及がある。しかし、観光以外にも言及されている産業は山ほどあり、「あれもこれも」やりたがっているように見受けられる。

 何でも日本人の特徴に帰着させる議論は乱暴なのだけれども、お上があいまいな方針しか示さないことは、まさに日本的なのかもしれない。以前の記事「山本七平『山本七平の日本の歴史(上)』(2)―権力構造を多重化することで安定を図る日本人」などで「個人⇒家族⇒学校⇒企業⇒市場⇒社会⇒行政府⇒立法府⇒天皇(⇒神?)」という日本の多重構造(の暫定版)を示した。最上位の天皇からは曖昧な方針しか示されず、それが階層を下るにしたがって徐々に具体化されていく。しかも、下の階層は上の階層の方針に完全に縛られるのではなく、創意工夫を凝らして自由に振る舞うことが許されている。これが、山本七平の言う「下剋上」である。

 だから、お上は多少曖昧なままで、キョロキョロと慌てふためいていた方が、階層社会の下方に属する企業などはかえって自由になれるのである。逆に、お上があまりに明確な方針で下位の階層を締めつけると、いわゆる「一億総玉砕」に陥る。それが日本であり、アメリカのようにトップ(大統領)が強力なリーダーシップを発揮する社会とは決定的に異なる。

⑥企業別花火図(群馬県)
⑦企業別花火図(群馬・埼玉・栃木)

 (4)経済産業省では「地域経済分析システム」の開発を進めており、2015年4月から供用が開始された。このシステムは、公的統計や民間企業が保有する各種データ(企業間取引データや携帯位置情報など)を活用して、地域経済における産業構造やヒト・モノの流れを画的(空間的)かつ時系列に把握することを目的としている。

 例えば群馬県の輸送機械工業の取引を見てみると、群馬県内の取引にとどまらず、埼玉県、栃木県の企業との取引の方が多いことが解る。一般的に、都道府県や市区町村が提供する中小企業向けの補助金は、その都道府県や市区町村内に閉じたものとなっている。そのため、都道府県/市区町村レベルで類似の補助金が重複したり、逆に都道府県/市区町村の境界を超える広域レベルの取引を支援する補助金が存在しなかったりする。「地域経済分析システム」の活用を通じて、より効率的/効果的な中小企業向け施策の立案が期待される。

 (続く)

2015年07月06日

起業・創業をめぐる3つの勘違いをまとめてみたい


 日本は1991年以降、廃業率が開業率を上回る状況が続いている。特に、2000年代に入ってからは廃業率と開業率の差が大きくなっており、その結果として、中小企業の数が急激に減少している。2009年には約420万社あった中小企業は、その後たった3年間で約30万社も減少し、約390万社となった。これに危機感を抱いたのか、安倍首相は日本の開業率を現在の5%台から、アメリカやイギリス並の10%台に引き上げる目標を打ち出している。その影響で、我々中小企業診断士も、起業・創業を支援させていただく機会が増えた。今回の記事では、そういう仕事をする中で感じた、「起業・創業をめぐる3つの勘違い」をまとめてみたいと思う。

(1)競争戦略
 競合他社と明確に差別化するために、新規性のある分野へ参入しなければならないと考える人は多い。これは、起業を目指す人だけでなく、起業を支援する行政側にも見られる。例えば、国の補助金である「創業補助金」(起業時や起業直後の経費の一部を補助)では、審査ポイントの1つに「新規性」が掲げられている。安倍首相の方針に合わせて、都道府県や市区町村も独自に創業補助金を設けるケースが増えているが、やはり新規性が審査基準に入っている。

 確かに、競合他社と全く異なる戦略で成功すれば、シンデレラストーリーになる。シンデレラストーリーは解りやすいから、万人受けしやすい。しかし、シンデレラは1人しかいないのと同様に、そこまで明確に差別化された事業を最初から構想できる人はほとんどいない。また、仮にそういう人がいたとしても、アイデアが市場に受け入れられず、事業化しないケースが大半である。事業アイデアの目利きであるベンチャーキャピタルでも、90%以上の案件は失敗している。

 個人的には、そういうハイリスクの案件には責任が持てないので、あまり積極的には支援できない。また、そういう案件に税金を投入することにもやや懐疑的である。それよりも、既に市場があり、競合他社がたくさん存在する領域に参入する事業計画の方が安心する。その場合、大きな差別化を狙うのではなく、ちょっとした差別化をたくさん積み重ねるとよい。競合他社よりちょっとだけ使い勝手がよい、ちょっとだけ品揃えがよい、ちょっとだけ納期が速い、ちょっとだけ安い、ちょっとだけ店員のサービスがよい・・・その「ちょっと」を数多く作るプランを私は推奨したい。

(2)オペレーション
 ベンチャー企業は人手不足である上、早く黒字化しないとつぶれてしまう。そこで多くのベンチャー企業は、製品・サービスを標準化して、少ない人数で多くの顧客を相手にし、効率的に利益を稼ごうとする。製品設計や部品を共通化したり、サービスマニュアルを策定したり、ソリューションをパッケージ化したり、ITで効率的に販売する方法を考えたりする。

 ここで、標準的な製品・サービスを受け入れやすいのは大企業や一般人に限られること、さらに大企業や一般人は、信用度のないベンチャー企業を選択しないことに注意する必要がある。大企業は、自社業務を効率化するために、様々な企業から標準的な製品・サービスを導入する。その際、自社の業務が変な方向に標準化されることがないように、名もないベンチャー企業を避け、既に実績のある有名企業に頼る。一般人も同様である。一般人は自分の購買意思決定を効率化したいと考えるが、よく解らない企業から製品・サービスを購入しようとはしない。

 ベンチャー企業が相手にできるのは、中堅・中小企業や、新しい物好きの消費者が中心となる。こうしたターゲットは、標準化とは無縁である。中堅・中小企業は独自の価値観で経営されているし、新しい物好きの消費者は自分らしさを追求している。彼らに対して、標準化された製品・サービスというのは無力である。中堅・中小企業の経営のやり方に合わせたソリューションを組み立て、新しい物好きの消費者の特殊なニーズをくみ取って製品・サービスをカスタマイズしなければならない。要するに、ベンチャー企業は最初から楽をしようとするな、ということである。

(3)人材採用
 ベンチャー企業は慢性的な資金不足であるから、できるだけ少ない人件費で優秀な人材をかき集めたいと考える。ここでいう優秀な人材とは、様々なスキルを合わせ持った人材のことである。製品設計も製造も営業もマーケティングもクレーム対応もできる人がいたら、ベンチャー企業はもろ手を挙げて歓迎するだろう。しかし、そんな人が転職市場に出てくることはまずない。それほどまでに優秀な人を、既存企業が手放すわけがないからだ。

 ややトゲのある言い方になるが、ベンチャー企業に転職したいと申し込んでくる人の大部分は、既存の中堅・大企業には拾ってもらえなかった、何らかの”ワケあり”人材である。一部の業務はそれなりにこなせるが、それ以外の大半の業務については能力がないと考えた方がよい。

 例えば、法人営業担当を採用する場合、飛び込み営業には全く心理的抵抗はないものの、飛び込んだ後商談化する能力がない人が応募してくるかもしれない。また、商談までは持ち込めるけれども、自分で提案書が書けない人が応募してくるかもしれない。本当は、法人営業担当を1人採用すれば十分であるところを、飛び込みをする人、商談化する人、提案書を書く人といった具合に、3人採用しなければならない。ベンチャー企業はこの現実を受け入れた上で、飛び込みしかできない人が商談化や提案書作成ができるよう、採用後に根気強く育成する必要がある。

 起業する時には、将来の目標売上高に合わせて人員計画を立てるが、想定よりも多くの人材を採用しなければ、企業の業務は回らないと思った方が賢明である。当然のことながら、その分だけ人件費が必要となる。その人件費をカバーできる事業計画になっているかが重要だ。また、限定的な能力しかない社員を中長期的に訓練し、能力の幅を広げる計画も合わせて立案しなければならない。これらの点をおろそかにすると、経営者は社員に足元をすくわれる。

2014年08月26日

私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(2/3)


 (前回の続き)

(4)自分の価値を簡単に安売りしない。
 以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第33回)】営業担当者任せにしすぎたプライシング」、「中小企業診断士が断ち切るべき5つの因習(+2個追記)」で書いた通りである。前職の企業では、定価50万円の研修を10~20万円で販売するということが横行していた。実に6~8割引である。ブランドショップの在庫処分セールではないのだから、そんなことをすれば大赤字になることは誰の目にも明らかである。また、中小企業診断士の世界も、おかしな単価がまかり通っている世界だ。年金診断士(=主たる収入源が年金で、診断士活動は収入の足しになる程度でよいと考えている診断士)が設定する低価格には、私もほとほと手を焼いている。

 そういう例は枚挙に暇がないのだが、さらに私が苦言を呈したい中小企業診断士の制度を挙げる。中小企業診断士は、資格取得後5年ごとに更新が必要である。その更新要件の中に、「5年間で30日以上、中小企業の診断をすること」というものがある(年平均たった6日で診断能力が維持できるのかという別の問題はある)。この要件を満たすことが難しい診断士向けに、中小企業診断協会は「実務従事」というコンサルティングの機会を提供している。

 だが、驚くべきことに、実務従事に参加すると、診断士が顧客企業からお金をいただくのではなく、診断士が協会にお金を払わなければならない(顧客企業側は無料)。有資格者がわざわざお金を払ってコンサルティングを提供しなければいけないとはおかしな話である。事情を知っている顧客企業はきっと、「診断士の資格など所詮その程度だ」と思うに違いない。

 余談だが、診断士側がお金を払っているせいか、いつの間にか診断士の方が協会の顧客になってしまうケースがあるという。実務従事に参加すると、先輩の診断士が指導員として指導にあたる。指導員はコンサルティングの品質を維持するため、時に参加者を厳しく指導することがある。すると、その指導が厳しすぎると言って協会にクレームを入れる診断士がいるという。そこまで行かなくても、「お金を払って更新要件さえ満たせればよい」と考える人の中には、割り振られた作業を全くしなかったり、途中から仕事に来なかったりする人も結構いる。

 《2016年2月22日追記》
 (4)のような格好いいことを書いておきながら、実際には私の事業はまだまだ不安定で、いただける仕事は選り好みせずに可能な限り引き受けさせていただくことにしている。その中には割に合わないかもしれないと思う仕事もあるのだが、修行の一環としてとらえている。ただし、私が絶対に引き受けない仕事が1つだけある。それが「成功報酬型」の仕事である。

 成功報酬型は、コンサルティングが成功すれば、増加した利益の一部をコンサルタントに支払う反面、失敗した場合はコンサルティングにかかった費用を全てコンサルタントに転嫁する。コンサルティングが失敗する時というのは、確かにコンサルタント側にも責任はある。だが、全責任がコンサルタントにあると言えるだろうか?それに、仮に失敗の全責任をコンサルタントに被せるのだとすると、成功した時には増加した利益の全部をコンサルタントが総取りできなければ筋が通らない。成功報酬型を突き詰めると、コンサルティングが成功しても失敗しても、企業は利益を増やすことができない。この点で、成功報酬型は破綻していると思う。


(5)直観で人を評価しない。その人の価値観と能力をじっくり見極める。
 これも、旧ブログ(「会社を退職しました」、「「やりたいこと」と「得意なこと」のどちらを優先すればいいんだろう―『リーダーへの旅路』」)や、本ブログ(「【ベンチャー失敗の教訓(第36回)】「この人とは馬が合いそうだ」という直観的な理由で採用⇒そして失敗」、「【同(第37回)】最初に「バスに乗る人」を決めなかったがゆえの歪み」)で書いたことの繰り返しである。

 人を採用する、あるいは外部のパートナーと協業関係を結ぶ時には、やりたいこと、熱意、モチベーションをあてにしてはいけない。これらは非常に不安定な要素である。人は簡単にやりたいことを変え、熱意を失い、モチベーションを低下させる。そして、そういう人ほど一緒に仕事をしにくい人はいない。そうではなく、能力という比較的安定した要素に目を向ける必要がある。能力さえあれば、その人を適切に活用することで一定の成果を出すことができる。

 もっと言えば、その能力の土台にある価値観を見定めることも大切だ。価値観とは、まさにこの記事で書いているような内容である。価値観が相容れない人と一緒に仕事をしても、重要な意思決定の局面で必ず深刻な問題を引き起こす。例えば、前述の「(4)自分の価値を簡単に安売りしない」と反する価値観、すなわち安売りを是とするような価値観の人とは、たとえどんなにコンサルティング能力が優れていても私は一緒に働けない。価値観は能力以上に固定的な要素である。よって、一度間違った価値観の人と組んでしまうと、修正が非常に困難である。

 『論語』の「為政篇」に、「其の似す所を視、其の由る所を観、其の安んずる所を察れば、人焉んぞかくさんや」という言葉がある。「その人は何をしているのかを視、その人の動機(何のためにそれをしているのか?)を観、その人の心のよりどころ(満足・安心すること)を察れば、その人の値打ちが解るものだ」という意味である。私はこの言葉を忘れずにいたい。

(6)信賞必罰に頼らない。相手の成長を見守ることで相手を動かす。
 私は大学生時代に塾講師のアルバイトをしており、高校3年生の受験生を教えていた。アルバイトを始めたばかりの頃、先輩の先生から個別指導の生徒2人を引き継ぐことになった。塾内の話では、その2人は相当な勉強嫌いで、成績も芳しくなく(偏差値は30台だった)、宿題をやってこない、前回教えたことをすぐに忘れるといったことは日常茶飯事であった。家庭学習の習慣もついていないので、塾内にある自習室に通うように強制的にスケジュールを組んだりもしたが、全く自習室に来なかったという。引継ぎのために前任の先生がその2人を教える授業を見学させてもらった時、最後の授業だというのにその先生は2人を怒鳴り散らしていた。

 だが、私の目には、先生の怒声が2人にとって全く効果がないように映った。2人は、「また先生がいつものように怒っている」、「今だけ我慢して聞き流せばいい」と思っているようであった。いわば、叱られることに慣れっこだったのである。そこで私は逆の戦法をとることにして、何があっても絶対にこの2人を叱らないと決意した。前評判通り、宿題は忘れるし、同じことを何度も教えなければならないので腹が立つこともあった。それでも私は絶対に叱らなかった。むしろ、授業にちゃんと来てくれたことに感謝するようにしていた。

 毎回80分の授業は、前回出した宿題をその場で解かせるだけで終わることがほとんどだった。極端なことを言えば、私がしたことは、彼らが宿題をするところを見守ったぐらいである。それでも、受験が近づいてきたら、彼らなりに自発的に勉強するようになった。自習室にも時々来るようになった。最終的に、1人は論文試験で美術大学に合格し、もう1人は産近甲龍レベルの大学に合格した。この時は非常に嬉しかった記憶がある。

 この価値観には、「相手に期待しすぎない」という側面もある。過剰な期待をするから裏切られるし、裏切られるから怒りたくなる。怒って事態が好転するなら、私だっていくらでも怒る。だが、たいていは怒ったところで何も変わらない。それならば、最初から相手に期待などしなければよい。ただし、それは見捨てることとは違う。むしろ相手にそっと寄り添い続けることである。人は、「自分のことを見てくれている人がいる」と思うと、思わぬやる気を出す。

 (続く)




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