2018年10月15日
『一橋ビジネスレビュー』2018年AUT.66巻2号『EVの未来』―トヨタに搾り取られるかもしれないパナソニックの未来
一橋ビジネスレビュー 2018年AUT.66巻2号: EVの将来 一橋大学イノベーション研究センター 東洋経済新報社 2018-09-14 Amazonで詳しく見る |
旧ブログで随分昔にエルピーダが破綻した原因を分析したことがあるのだが、今振り返ってみると、文量が多い割には大したことを言っていなかったと反省している。下記の参考記事の中では、エルピーダが破綻したのは、顧客に接している川下のメーカーでさえ気づいていないような顧客のニーズを先取りし、そのニーズに合致した製品アーキテクチャを提案するようなことをしなかったがゆえに、川下のメーカーに強い影響力を及ぼすことができず、むしろ川下メーカーの言いなりになって利幅が極端に縮小してしまったことが原因だとしている。
《参考記事》
今さらだけど、エルピーダ破綻の7原因(仮説)を個人的に検証(1)~円高説は違う
今さらだけど、エルピーダ破綻の7原因(仮説)を個人的に検証(2)~シナリオなきPC分野への進出
今さらだけど、エルピーダ破綻の7原因(仮説)を個人的に検証(3)~スマイルカーブの嘘
今さらだけど、エルピーダ破綻の7原因(仮説)を個人的に検証(4)~産活法という縛り
今さらだけど、エルピーダ破綻の7原因(仮説)を個人的に検証(5終)~復活のカギは”インテル化”?
《メモ書き》DRAM、パソコン、ノートブック、タブレットPC、スマートフォン関連の市場規模データなど
だが、実際には、様々な用途に展開できる素材メーカーを除いて、特定の部品を製造する川上のメーカーが川下のメーカーに対して強い影響力を及ぼすことができるというのは稀である。それこそ、(もうこの言葉はすっかり古くなってしまったが)ウィンテル連合ぐらいしかない。それに、川上のメーカーが強くなりすぎると、川下のメーカーの戦略が同質化してしまう。なぜなら、川下のメーカーはどこも、川上のプレイヤーの同じ部品を使い、その部品が想定する製品アーキテクチャに従って製品を製造するからだ。川下のメーカーの戦略が同質化しても構わないのは、最終顧客が皆同じものを所有・消費していても問題ない場合に限られる。
最近で言うと、電子マネーぐらいしか思いつかない。ソニーの子会社がFeliCaチップを製造しており、これが現在ほぼ全ての電子マネーで採用されている。日本は電子マネー大国であり、電子マネーが乱立している。だが、電子マネーのビジネスモデルは、加盟店と消費者を結ぶプラットフォーム型であり、クレジットカードと共通である。通常、プラットフォーム型のビジネスモデルは、小売におけるAmazon、スマートフォンアプリビジネスにおけるGoogleやAppleのように、ごく少数のプレイヤーに収斂する傾向がある。実際、海外では、保有する決済カード枚数が2枚程度以下というところが多い(経済産業省「キャッシュレス・ビジョン」〔2018年4月〕を参照)。私は、JR東日本が本気を出せば、Suicaで電子マネー市場を制覇できると思っていたが、JR東日本に商売っ気がないため、現在のような電子マネー百花繚乱の状態になっている。
話をエルピーダに戻そう。私は、エルピーダが破綻した原因を3つに整理し直した。
①エルピーダは産業活力再生特別措置法(産活法)の適用により公的資金の注入を受けることで、「DRAM市場で世界一になる」という縛りをかけられ、多角化によるリスク分散ができなかった。当時の半導体市場は、NAND型フラッシュメモリ(東芝が強かった)など利益率が高く急成長している分野があったのに、エルピーダが産活法の適用外の分野に進出するためには経済産業省と折衝をしなければならず、手を出すことができなかった(※)。
②PC向けDRAMにせよ、モバイル(スマートフォン)向けDRAMにせよ、需要の伸びが急すぎる上に先行きが不透明であり、適切な設備投資を行うことができなかった。
③エルピーダはNEC、日立製作所、三菱電機の3社のDRAM事業を統合して作られた企業であるが、3社それぞれに設備投資や生産工程に関する”思想”があっていちいち調整に時間がかかり、なお一層設備投資が遅れた(湯之上隆氏は『日本型モノづくりの敗北―零戦・半導体・テレビ』の中で、この思想のことをを「秘伝のタレ」と呼んでいる)。
(※)ちなみに、経営破綻したエルピーダは2013年にアメリカのマイクロンによって買収され、マイクロン子会社のマイクロンメモリジャパンとなったわけだが、マイクロンメモリジャパンはDRAMに加えてちゃっかりNAND型フラッシュメモリも製造している。
ここからがようやく本号の話である。EV(電気自動車)の肝となるのはリチウムイオン電池(LIB、以下「LIB」と表記する場合は車載用リチウムイオン電池を指すものとする)である。トヨタ自動車はパナソニックと提携して、パナソニックの子会社からLIBを調達することにした。個人的には、このトヨタ―パナソニック連合に、かつてのPC/スマートフォンメーカー―エルピーダの関係を重ね合わせてしまうのだが、以下の3つの理由により、パナソニックが直ちにエルピーダの二の舞になる可能性は低いだろうと考えている。
①LIBを製造するパナソニック・オートモーティブ&インダストリアルシステムズ(AIS)社は、コックピットやADASシステムなどを手がけるオートモーティブ事業、電子部品・電子材料・半導体などを手がけるインダストリアル事業、車載用LIBを中心に、産業用蓄電システムや民生用電池などを手掛けるエナジー事業という3グループで構成される。それぞれの2017年度の売上高は、オートモーティブ事業が9,288億円、インダストリアル事業が9,452億円、エナジー事業が5,625億円と、エナジー事業の規模は他の2事業より小さい。当然、パナソニックの連結決算に占めるLIBの割合は非常に低い。DRAM一本足打法であったエルピーダとはまるで違う。
②エナジー事業の2021年度の売上目標は、2017年度比で約2.5倍の1兆4,000億円となっており、AIS社全体の過半数を占める。同じ期間にオートモーティブ事業は10数%増、インダストリアル事業は約30%増の成長率が見込まれていることと比較すれば、エナジーの伸び率は圧倒的である。だが、EVの需要は各国の政策や規制(例えば、アメリカのZEV規制、ヨーロッパのCO2規制、中国のNEV規制など)の影響を強く受けるため、需要の伸びを予測することは、PCやスマートフォンのそれを予測するよりははるかに容易である。
③AIS社は、オートモーティブシステムズ社、デバイス社、エナジー社、マニュファクチュアリングソリューションズ社が合併してできた企業である。これらの企業は全てパナソニックの社内分社であり、NEC、日立製作所、三菱電機という全く異なる3社が合併してできたエルピーダとは違う。もっとも、大企業ともなると、同じグループ会社であっても、会社が違えば別会社のように見えることも少なくない。ただ、AIS社の場合、LIBの製造を含むエナジー事業はエナジー社から引き継がれたものであり、その生産計画や設備投資をめぐって、他の社内分社からの出身者との間で軋轢を生んだり、面倒な調整が必要になったりすることは考えにくい。
とはいえ、パナソニックにもリスクはある。下図は、以前の記事「『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)」で用いたものの再掲である。
○図①
○図②
<象限①>に位置する家電は、今や圧倒的に新興国の企業が優勢であり、日本のメーカーはどこも壊滅的な状況に陥った。そこで、<象限②>に移行することで生き残りを図っている。ただし、日本の家電メーカーは家電事業を完全には捨てていない。少なくとも、日本市場においては、現在も各社が新製品を市場に投入し続けている。
おそらく、日本の家電市場を担当しているのは若手のマネジャーが中心だと思われる。日本市場という成熟した市場は、よく言えば市場規模が読みやすいが、悪く言えばこれ以上の顧客ニーズがどこにあるのかが解りにくい。こうした状況に若手マネジャーを置くことで、顧客ニーズを深耕するというマーケティングの難しさを実感させるとともに、製品企画から設計、製造、販売、アフターサービスまでの一連のマネジメントを経験させる。そして、将来的には家電以外の事業でのマネジメントを任せるというキャリアプランを描いていると推測される。
また、以前の記事「『構造転換の全社戦略(『一橋ビジネスレビュー』2016年WIN.64巻3号)』―家電業界は繊維業界に学んで構造転換できるか?、他」で書いたように、海外に工場を作った場合には、ある事業から撤退すると決めても、現地社員の雇用を維持しなければならないなどの理由から、工場を簡単に閉鎖できるわけではない。繊維業界に倣えば、10年単位という長いスパンで物事を見なければならない。この点も、中国を中心に、製造のほとんどを海外で行っている日本の家電メーカーが依然として家電事業を続けている理由の1つであろう。
多くの家電メーカーは<象限②>に移行した際、IT、金融、原発、インフラ系を選択した。その中で、自動車に注力しようとしているパナソニックは異色である。パナソニックにとっての第一の関門は品質管理である。自動車業界は<象限②>の中でおそらく最も品質管理が厳しく、その自動車業界の中でも最も品質管理に厳しいトヨタをパナソニックは選択した。パナソニックがトヨタの要求する品質レベルにどれだけ耐えられるかがポイントとなる。
もちろん、家電でも品質管理は重要である。しかし、家電と自動車では品質管理の厳しさが段違いである。家電が不良品であっても、せいぜい発火してユーザーが火傷を負う程度である(それでも重大な問題ではある)。たまに家電が爆発するケースが報告されるが、これは経年劣化や、消費者による誤った使い方が原因であることがほとんどである。ところが、自動車が不良品の場合は人の命にかかわる。だから、自動車業界は、不良品率を100万分の3.4以下に抑えるシックスシグマを超えて、「不良品ゼロ」を要求してくる。さらに、自動車がユーザーによって改良されても事故を起こさないというレベルの品質を実現しなければならない。
LIBはEVの心臓部である。仮に、LIBの欠陥が原因で大量リコールが発生すれば、AIS社は巨額の損失を負うことになる。AIS社は、LIBの製造を含むエナジー事業の2021年度の売上目標を、2017年度比で約2.5倍の1兆4,000億円に設定している。もしこの計画が実現するならば、なおさらリコール時の損失リスクは拡大する。パナソニックの2017年度の連結営業利益は3,805億円である。グループ全体で2021年度にどの程度の営業利益を目標としているかは解らないが、4年で大きく伸びる予測を立てているとは考えにくい。よって、急成長したLIBがリコールの原因となった場合、リコールによる損失がパナソニックの連結営業利益を全部食いつぶす可能性すらある。だから、パナソニックの各事業は、収益力を少しずつでもよいから高めて、その積み重ねでリコールのリスクを吸収できる財務基盤を作っておかなければならない。
第2の関門は価格である。トヨタ―パナソニック連合では、AIS社がセル製造を、トヨタがセルのパックを担当する関係にある。東洋経済オンラインの「パナソニックの車載電池がなぜ世界の自動車メーカーに選ばれるのか」という記事では、次のような社員の声が紹介されていた。
「電池開発は、システム全体が最適化するように調整をとりながら進めていく、いわば究極の『すり合わせ工業製品』です。そこに難しさと同時に、『付加価値の源泉』があります。世界の自動車メーカーが電気自動車へと舵を切っていますから、今後ますます車載電池の重要性と市場が高まっていくことは間違いありません(以下略)」だが、トヨタの認識は違う。本号から引用する。
(※太字下線は筆者)
寺師(※トヨタ取締役副社長):1個1個の電池そのものは、たぶん電池会社のほうが強いのですが、これをパックにして車に搭載し、どう制御するかという領域では、自動車会社の技術なしには成り立たないでしょう。効率良く電池を並べつつ、うまく冷却していかに劣化を食い止めるかなど、パックの部分はかなり技術力の勝負になると思います。つまり、トヨタはセルはモジュール化すると見越して外部調達する一方で、セルのパック化は制御系との擦り合わせが必要だと考えている。これは当然と言えば当然で、EVの価格の大部分を占めるのがLIBである。LIBの本体=セルが擦り合わせを必要とするならば、LIBの価格ならびにEVの価格はいつまで経っても高止まりしたままで、EVが普及しない。だから、トヨタをはじめとする自動車メーカーは、セルをモジュール化して価格を下げてほしいと願っている。
(寺師茂樹、米倉誠一郎、延岡健太郎、藤本隆宏「利用シーンに適した電動車で多様なモビリティサービスを展開する」)
こうした事情に、トヨタ特有の取引慣行が加わる。本ブログで何度か書いたことがあるが、トヨタは部品の製造を下請企業に外注する際、いきなり下請企業と交渉には入らない。まずは、自社でその部品を作ってみて、部品の製造にいくらかかるのか計算する。そして、下請企業にはそのコスト以下の価格で作らせる。このやり方がうかがえる記述が本号にあった。
寺師:ある電池を使えと一方的に言われるよりも、「こんな電池をつくると、電動車の燃費がもっと良くなる」と、車側の視点でモノを言うためにも、最初のうちは自分たちで電池をつくらないといけません。(同上、太字下線は筆者)だから、AIS社はトヨタに価格面で相当叩かれているに違いない。トヨタは品質に対して非常に厳しいのと同時に、車の価格が大衆の手の届くものになるかどうかをものすごく気にする。AIS社はこのような厳しい状況の中で利益を確保しなければならない。
ところで、本号の「自動車の電動化を取り巻く業界動向と問われる競争力」(佐藤登)という論文に「スマイルカーブ」が登場し、LIBに関しては電池製造、モジュール化がカーブの底にあたるため最も利益率が低く、パックシステムはカーブの右上にあり利益率が高いという説明があった。だが、このスマイルカーブは恣意的に操作できるため、あまりよいツールではない。LIBを単体で取り上げれば前述のようなカーブになる。しかし、部品製造から最終組立までにフォーカスしてスマイルカーブを描けば、LIBは部品であるからスマイルカーブの左上に位置し、利益率が大きいことになる。自動車メーカーに関しても同様で、部品製造から最終組立までのスマイルカーブにおいては、自動車メーカーは右上に位置するから利益率が高い。ところが、自動車産業全体、すなわち、部品製造からアフターマーケットまでを視野に入れてスマイルカーブを描くと、自動車メーカーはカーブの底に位置し、利益率が低いことになってしまう。
値下げの圧力は海外からもやってくる。注意すべきは中国のCATL(寧徳時代新能源科技)の存在である。AIS社はトヨタにとってのファーストサプライヤであるとともに、ホンダのセカンドサプライヤである(ホンダのファーストサプライヤはBEC〔ブルーエナジー:ホンダとGSY[ジーエス・ユアサ・コーポレーション]の合弁〕)。それ以外の自動車メーカーにもLIBを納入しており、その数は2018年3月時点で12社74モデルに上るという(CarWatch「パナソニック AIS、2021年度には売上高2兆5000億円。自動車部品メーカートップ10へ」〔2018年6月1日〕より)。
一方で、CATLは中国で生産を行う自動車メーカーを中心にLIBを納入している。中国企業だから安かろう悪かろうと侮ってはならない。日産自動車の中国工場もCATLを調達先としている。つまり、CATLの品質は日本企業も認めている。調査会社テクノ・システム・リサーチによると、2018年度のLIBの出荷量シェアは首位のAIS社18%に対して、CATLは17%になる見通しである(日本経済新聞「電池競争、新星は臆さない 中国CATLが台頭」〔2018年3月14日〕より)。今後、両社の激しい競争が予想されるが、AIS社は高付加価値化で差別化するという(電子デバイス産業新聞「車載電池に賭けるパナソニック」〔2018年8月10日〕より)。だが、日産が既にCATLの品質を認めているという現状で、それ以上の高付加価値化が何を意味するのかは定かではない。EVを普及させたい自動車メーカーのニーズは、むしろ低価格化である。
価格を下げるには生産量を拡大する必要がある。しかし、PCやスマートフォンが急速に世界中に普及し、DRAMの生産量も急増して価格が急落したのに比べると、EVは前述の通り各国の政策に強く制約されることから、それほど急速には普及しない。つまり、大量生産でコストを下げるという方法だけでは限界がある。となると、セルの製品アーキテクチャを擦り合わせ型からモジュール型へと抜本的に変更し、コストを大幅に下げるしかない。
怖いのは、東京大学大学院経済学研究科教授の藤本隆宏氏が著書『日本のもの造り哲学』(日本経済新聞社、2014年)で指摘したように、中国企業は擦り合わせ型の製品をモジュール型に換骨奪胎するのが上手いということである。もちろん、中国も全ての擦り合わせ型製品をモジュール型に変換できるわけではない。擦り合わせ型の代表である自動車は、まだ換骨奪胎に成功していない(それでも、中国の自動車市場のうち、地場系は約4割のシェアを占めるに至っている)。だが、仮にCATLがLTBのモジュール化に成功したら、AIB社は行き場を失う可能性がある。AIB社が擦り合わせ型や高付加価値化にこだわって価格を下げようとしなければ、それはかつて本業=家電事業がたどった道であり、再び中国企業に敗北を喫するかもしれない。
日本のもの造り哲学 藤本 隆宏 日本経済新聞社 2004-06 Amazonで詳しく見る |