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『致知』2018年4月号『本気 本腰 本物』―「悪い顧客につかまって900万円の損失を出した」ことを「赦す」という話
『行動観察×ビッグデータ(DHBR2014年8月号)』―利害関係者全員とまともにつき合う必要はない、他
【ベンチャー失敗の教訓(第36回)】「この人とは馬が合いそうだ」という直観的な理由で採用⇒そして失敗

プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2018年03月07日

『致知』2018年4月号『本気 本腰 本物』―「悪い顧客につかまって900万円の損失を出した」ことを「赦す」という話


致知2018年4月号本気 本腰 本物 致知2018年4月号

致知出版社 2018-03


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 その4つとは「一に勤行(ごんぎょう)、二に掃除、三に追従(ついちょう)、四に阿呆」です。(中略)最後の阿呆が難しい。お師匠さんも「人間は相手から嫌なことを言われるかもしれない。嫌な仕事を与えられるかもしれない。けれども、すべてのことに捉われてはいけない。すべて忘れ切り、捨て切り、許し切り、阿呆になり切る。これがなかなかなれんのや」と言われました。
(塩沼亮潤「人生生涯、一行者の心で生きる」)
 比叡山延暦寺で千日回峰行を成し遂げた塩沼氏に比べれば、私の悟りなど塵にも満たないだろうが、今日の記事では私の「阿呆」の体験談を書いてみたいと思う。誰しも、嫌な経験というのはなかなか忘れることができない。私も以前の記事「『致知』2018年3月号『天 我が材を生ずる 必ず用あり』―素直に「感謝」ができない私は人間的にまだまだ未熟」で過去に受けたひどい仕打ちを許そうと試みたものの、完全に許し切ることはできていない。

 ただ、「許す」ことはできなくても「赦す」ことはできるのではないかと思う。「赦す」とは、「手放す」ということである。手放すためには、一度その出来事を自分事としてとらえ直さなければならない。相手から不快な思いをさせられたとしても、自分の側にも原因があったのではないかと反省する。そうしてその出来事をまずは自分で完全に掌握した後に手放す。手放すとは、その出来事を世間一般の人の所有物にするということである。言い換えれば、自分と同じような辛い経験を味わう人が1人でも減るように、反省から得られた教訓を広く人々と共有することである。

 私は、2016年4月から2018年2月まで、ある資格学校(以下、X社とする)で講師を務めていた。この資格学校はe-Learning方式で講義を提供しており、私の仕事とは、e-Learningで配信する動画の収録と、講義で使用する資料(パワーポイント)の作成であった。X社との間で締結した業務委託契約書には次のようにある。
 第1条2項 X社は、谷藤氏に対し、X社が谷藤氏に実施を依頼した講義、講座、レジュメ、その他の資料(以下まとめて「本件講義等」という。)を提供(以下「本件委託業務」という。)することを委託し、谷藤氏はこれを受託する。
 この業務に対する報酬は、次のように定められていた。
 第2条1項 X社は、谷藤氏に対し、本件委託業務の対価として、谷藤氏が行った本件講義等による売上のうち15%(消費税別。以下「本件対価」という。)を支払うものとする。同一の資格又は科目について谷藤氏以外の講師が本件講義等を提供した場合、本件対価のパーセンテージについては、原則としては講義の時間数割にて計算するものとする。

 3項 X社は、本件対価について、本事業のウェブサイトにおいて本件講義等が一般に公開された後、毎年7月末日及び1月末日限り、該当日の前月までの半年分の本件対価の算出根拠及び金額を記載した書面(電子メールによる通知を含む。以下「本件精算通知」という。)を谷藤氏に提出するものとする。

 4項 X社は、谷藤氏に対し、本件対価の全部ないし一部の支払いとして、講義の収録を開始した月以降、毎月末限り、1時間当たり7,000円(消費税別)を谷藤氏の指定する銀行口座に振り込んで支払うものとする。また、本件精算通知に記載された本件対価から当該講義対価の支払を控除した差額分(当該差額分がマイナスである場合には0とする)について、X社は、谷藤氏に対し、本件精算通知を提出した月の翌月末限り、谷藤氏の指定する銀行口座に振り込んで支払う。
 整理すると、まず講義収録時間に対して、第2条4項に従い、1時間あたり7,000円の報酬が発生する。私は前述の約2年間で、①ITパスポート、②情報セキュリティマネジメント、経営学検定(③初級、中級〔④マネジメント、⑤人的資源管理/経営法務、⑥マーケティング/IT経営、⑦経営財務〕)、ビジネス実務法務検定(⑧3級、⑨2級)、中小企業診断士(⑩企業経営理論、⑪経営情報システム、⑫経営法務、⑬中小企業経営・中小企業政策)の13科目を担当し、約130時間分の講義を収録したので、約91万円の報酬をいただいた。問題は第2条1項の扱いである。これはいわゆるレベニューシェアの規定であり、半年ごとに売上高の一定割合を私の報酬とし、既に支払済みの講義収録に対する報酬は除外して、残りを私に支払うことを定めている。

 勘のよい方はお気づきになったかもしれないが、私が受託した業務は講義の収録と講義用資料の作成の2つである。講義収録の報酬については契約書に明記されているのに対し、講義用資料作成の報酬については位置づけが曖昧になっている。私は、第2条1項のレベニューシェアに含まれるのだろうと解釈し、先行投資だと思って講義用資料を作成してきた。ところが、2016年7月に、第2条3項に従ってレベニューシェアの金額を確認したところ、0円との回答が返ってきた。この時は、講義開始からまだ半年だから売れていなくても仕方ないかと思ったのだが、2017年1月に金額を確認しても、2017年7月に金額を確認しても、2018年1月に金額を確認しても0円との回答であった。この時点で、私が作成した講義用資料は約2,600枚に上っていた。

 約2,600枚もパワーポイントの資料を作って1円にもならないのでは、さすがに私も我慢の限界である。しかも、契約書では私が作成した資料の著作権はX社に属することになっている。約2,600枚もの講義用資料をタダで作らせておいて、著作権だけはちゃっかりもらおうというのはあまりにも虫がよすぎる。私は、契約書の第17条「本契約に定めのない事項及び疑義が生じた事項についてはX社と谷藤氏が協議のうえ誠意を持って解決する」という規定に従って、講義用資料作成の報酬についてX社と交渉することにした。

 私は、ランサーズでパワーポイント資料の作成案件の報酬がいくらぐらいに設定されているかを調べてみた。すると、幅はあるものの、2,000円~20,000円程度であることが解った。私はこのレンジの中央値を取って、1枚3,500円とし、3,500円×約2,600枚=約910万円を支払ってほしいとX社にお願いした。同時に、今まで「レベニューシェア-講義収録の報酬=半年ごとの報酬」となっていたところを、「レベニューシェア-(講義収録の報酬+講義用資料作成の報酬)=半年ごとの報酬」と修正してほしいとも依頼した。

 だが、X社は私の要求を頑なに拒否した。「そのような報酬を他の講師に支払ったことがない」というのが理由であった。業務委託契約は就業規則ではないのだから、他の講師との契約内容に縛られる言われはないのだが、X社があまりにも一点張りの主張を繰り返すので、アプローチを変えることにした。第2条4項には「X社は、谷藤氏に対し、本件対価の全部ないし一部の支払いとして、講義の収録を開始した月以降、毎月末限り、1時間当たり7,000円(消費税別)を谷藤氏の指定する銀行口座に振り込んで支払うものとする」とある。実は、ここには「講義時間1時間当たり7,000円」とは書かれていない点に着目した。

 この「本件対価」とは何かを遡って見ると、第2条1項に「X社は、谷藤氏に対し、本件委託業務の対価として、谷藤氏が行った本件講義等による売上のうち15%(消費税別。以下「本件対価」という。)」とある。さらに「本件委託業務」とは何かを遡って見ると、第1条2項に「X社は、谷藤氏に対し、X社が谷藤氏に実施を依頼した講義、講座、レジュメ、その他の資料(以下まとめて「本件講義等」という。)を提供(以下「本件委託業務」という。)」とある。つまり、第2条4項は「X社は、谷藤氏に対し、X社が谷藤氏に実施を依頼した講義、講座、レジュメ、その他の資料の対価の全部ないし一部の支払いとして、・・・1時間当たり7,000円・・・を支払う」と読み替えることができる。よって、講義用資料についても、作成時間1時間あたり7,000円を請求することにした。

 2016年4月から2018年2月の間、私は基本的に、土日まる2日をかけて6回分程度の講義用資料を作成し、火曜日に収録するというスケジュールで動いていた。当初は、2016年4月から2018年2月のうち、私が病気で休んでいた2か月間を除いた20か月について、稼働率40%で講義用資料を作成したわけだから、8人月分の報酬を請求しようとした。ただ、これではあまりにも計算が雑なので、講義用資料の最終更新日を全てチェックして、資料作成に何日費やしたかをカウントしてみた。例えばA、B、C、D、E、Fという6個のファイルがあったとすると、A、B、Cの最終更新日が土曜日、D、E、Fの最終更新日が日曜日であれば、2日間とカウントした。

 ただし、私の場合、収録の途中で資料の誤りなどに気づいて資料を上書き修正することがある。仮に、D、E、Fの最終更新日が日曜日ではなく、収録を行った火曜日になっていれば、この3つのファイルを日曜日に作成したことを証明できないので、カウントからは泣く泣く除外した。こうすると実際の作成日数よりも少なくなってしまうのだが、致し方がない。カウントの結果、講義用資料の作成には104日費やしていたことが判明した。よって、請求金額は104日×8時間/日×7,000円/時間=5,824,000円となる。最初の約910万円に比べれば、大幅な譲歩である。しかも、契約書に書いてある内容に従った請求である。これならさすがにX社も呑むだろうと思った。だが、期待した私が愚かであった。X社はあくまでも、講義用資料作成の報酬は第2条4項ではなく、第2条1項に従って支払うとの姿勢を最後まで崩さなかった。

 訴訟を起こすという手段も考えられたものの、私は前述の通り先行投資と思って講義用資料を作成した結果、貯金をほぼ全て切り崩してしまったため、訴訟のためのお金を用意することができなかった。また、ブログを昔から読んでくださっている方はご存知のように、私は双極性障害を患っているので、訴訟のようにストレスのかかる行為はどうしてもはばかられた(事実、3月には1か月間入院している)。私はやむなく、自分の主張を取り下げることにした。その後、X社から、2017年7月から12月のレベニューシェアを再計算したところ、約10万円という結果になったという知らせが来た。相変わらずほとんど講座が売れていない。それに、最初0円と言っていたのに、再計算したら10万円になったとは、X社の計算もいい加減である。約2,600枚の講義用資料の作成報酬が10万円。つまり、1枚あたり38円である。これではカラーコピー代と変わらない。

 ここからは、今回の件を「赦す」ために、私がこの出来事から学んだ教訓を7つ列記する。
 ①ベンチャーキャピタル(VC)から資金調達を受けたり、ビジネスコンテストで優勝したりしているからと言って、優秀な企業であるとは限らない。
 X社はVCからそれなりの額の資金調達を受けていた。だが、VCはポートフォリオを組んでベンチャー企業に投資しており、99社が失敗しても1社が大化けすればOKと考えている存在である。よって、VCから出資を受けていても、その企業が優秀だと評価されているわけではない点に注意しなければならない。また、VCから投資を受けたことが、スタートアップ企業にとってかえって足枷になることもある。私はX社の社長とも何度か話をしたことがあるが、いつも「株主総会対策をしなければならない」、「VCへの説明資料を作らなければならない」とこぼしていた。売上高がたかだか数億円のX社にとって、VC対策は荷が重く、本業が阻害されているようであった。

 似たようなことはビジネスコンテストにも言える。ビジネスコンテストの審査員は、審査対象者のビジネスに何の責任も負っていないため、事業の実現可能性よりも、話題性が高いものを選ぶ傾向がある。だから、ビジネスコンテストは、経営者のプレゼンが上手なら優勝できてしまう。しかし、元々フィージビリティが厳密に審査されているわけではないから、事業計画の詰めが甘かったり、事業を実行する社員の能力が足りていなかったりすれば、事業は簡単に失敗する。

 ②委託された業務と報酬がきちんと対応しているか確認する。
 これは既に述べた通りである。私が受託した業務は、講義用資料の作成とe-Learningの講義の収録という2つであったが、それぞれに対応する報酬が契約書の中できちんと明確に定義されていなかった。X社の担当者は、他の資格を担当している講師との契約内容も同じようなものだと言っていた。だが、X社の提供している講座の中心は司法試験であり、弁護士の講師も含まれている。私は、彼らからは私のような要望は出ないのかとX社の担当者に聞いてみたのだが、そういう話は聞いたことがないとのことだった。こんな曖昧な契約内容でよしとしている弁護士は、ひょっとしたらバカ(直球)なのかもしれない。

 ③成果報酬は、こちら側が成果をコントロールできる場合に限定する。
 レベニューシェアは成果報酬の一種であるが、こういう形態を取る場合には、こちら側が成果創出の主導権を強く握ることができる場合に限定するべきである。本件において、私にできるのは品質の高い講義を納品するところまでであり、その講座が実際に売れるかどうかはX社のマーケティングや販促活動次第であった。しかし、私が調べた限り、X社は私の講座が公開されてもプレスリリースを打った形跡がないし、GoogleのAdWordsにも出稿していなかった。ビジネス実務法務検定は、元々別の行政書士の先生が担当していたのだが、受講者からのクレームがひどくて私が撮り直すことになった講座である(大して売れていないのにクレームがすごかったというのだから、よほどひどい内容だったのだろう)。私は、通常4か月以上かかるところを2か月で無理して収録したのに、X社は未だにWebサイトに前任者の顔写真を載せている。

 ④低価格を売りにしている企業には注意する。
 X社は、予備校に比べて運営コストを引き下げることで低価格を実現していると謳っていた。だが、今回の一件で、私は低価格戦略を掲げる企業にはよほど注意をしなければならないと感じた。低価格戦略であっても社員の生産性が高ければ問題ないのだが、私が経験したように、単に外注先を安く買い叩いてコストを下げているようであれば、そんな企業とはつき合うべきではない。その企業がどういう理屈、ストーリー、バリューチェーン、ビジネスモデルで低価格を実現しているのかをよく観察しなければならない。以前の記事「私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(1)(2)(3)」で、「自分を安売りしない」と書いたのに、結果的に自分を相当安くX社に売ってしまったことを後悔している。

 ⑤問題を長期間放置しない。
 私が2年近く問題を放置したことで、損害が大きくなってしまったことも敗因の1つであると考える。せめて、1年経った時点で交渉していれば、まだ請求金額も大きくなかったから、X社も交渉のテーブルに着いてくれたかもしれない。その際、担当者レベルではなく、社長を引っ張り出すべきであっただろう。2年近く経って900万円以上の金額をいきなり提示したものだから、X社は態度を硬化させた恐れがある。ただ、社員が10数名しかいないX社が、いきなり900万円以上の金額を請求された場合、それを拒絶しようとするならば、最初から社長が出てきて火消しに走りそうなものである。今回の交渉では、終始X社の担当者しか出てこなかった。思うに、X社の担当者は私のような要望は受けたことがないと言っていたが、実は他の講師から似たような要求を何度かされており、社長が末端の担当者レベルで揉み消すことに慣れていたのかもしれない。

 ⑥生産性の高い人ほど損をする契約にしない。
 仮に、講義資料作成時間1時間あたり7,000円という契約が認められ、5,824,000円の支払いを受けたとしても、これは私にとって不利である。私は一般の人よりもパワーポイント資料の作成スピードが速いと思っている。私と同じ30代半ばの社員を採用して、13科目を勉強させ、2,600枚の講義用資料を作成させたとしたら、間違いなく1年以上かかるに違いない。その間の採用費、教育費、人件費、福利厚生費、管理者の人件費、管理部門の間接費などを合計すれば、1,000万円は軽く超えるだろう。その仕事を、生産性の高い私がやると約600万円になってしまう。だから、報酬は時給単位ではなく、成果物単位にするべきである。

 余談だが、私は2013年7月から2017年2月まで、ある中小企業向け補助金の事務局に勤めていた。補助金の採択を受けた中小企業の伝票類をチェックして、補助金を支払うのが仕事である。出勤日数は週3日以上というのが条件であった。私は他の仕事もあったので週3日の出勤だったが、高齢の事務局員の多くは週5日びっしりと出勤していた。だが、それぞれの事務局員が担当する中小企業の数は皆同じである。つまり、多くの高齢の事務局員が週5日かかってやっていた仕事を、私は週3日でこなしていたわけだ。それなのに、事務局の評価は、私よりも週5日出勤する高齢の事務局員の方が高かった。お役所は生産性よりも稼働率を評価するらしい。

 ⑦顧客の担当者の情熱に騙されない。
 X社の担当者から最初にこの仕事の話をいただいた時、「当社は現在司法試験が収益の柱だが、これからは新規事業を強化していきたい。その中心に中小企業診断士を位置づけている。谷藤先生には、診断士の講座を引っ張ってもらいたい」と随分熱っぽく言われたのを覚えている。しかし、担当者が新規事業に熱を入れているからと言って、会社全体としてその新規事業に本気になっているとは限らない。私は担当者の熱意だけではなく、X社の全社戦略をもっとよく見極めるべきであった。X社の新規事業に対する態度を感じ取れるサインは確かに存在した。

 それは、私を担当するX社の社員が3回交代し、3人とも退職していたことである。2年弱の間に新規事業の担当が3人も交代するのは異常事態である。しかも、3人とも、私に対して何の挨拶もなしに突然退職していた。X社にとって、新規事業とはその程度の位置づけだったのだろう。X社としては、収益の柱はあくまでも司法試験であり、診断士などはWebサイトを訪れる潜在顧客に対して、メニューの豊富さを印象づけることができれば十分だったのではと思われる。

2014年08月15日

『行動観察×ビッグデータ(DHBR2014年8月号)』―利害関係者全員とまともにつき合う必要はない、他


Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2014年 08月号Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2014年 08月号

ダイヤモンド社 2014-07-10

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 (前回の続き)

○成長には何が必要か 新規事業が頓挫する6つの理由(ドナルド・L・ローリー、J・ブルース・ハレルド)
 この論文で挙げられている6つの理由は以下の通りである。

 (1)経営陣が新規事業に対して正しい監督・監視を行わない。
 (2)新規事業を最も優れた、経験豊かな人材に任せない。
 (3)チーム編成を誤り、すぐに人員を増やす。
 (4)既存事業と同じ方法でパフォーマンスを評価する。
 (5)新規事業の運営と予算管理の方法を知らない。
 (6)既存事業のケイパビリティを活用できない。

 新規事業のマネジメントをめぐってよく問題になるのは、「新規事業は既存事業から切り離すべきか?」、「新規事業と既存事業は別の指標で評価すべきか?」である。ドラッカーは一貫して、イノベーションのための新規事業は既存事業から切り離し、評価指標も全く別物にすべきだと主張していた。一方、P&Gのように、イノベーションの立ち上げ期には既存事業から切り離したプロジェクトチームとするが、一定のレベルにまで達したら既存事業に統合する、というケースもある。

イノベーションと企業家精神 (ドラッカー名著集)イノベーションと企業家精神 (ドラッカー名著集)
P.F.ドラッカー 上田 淳生

ダイヤモンド社 2007-03-09

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ゲームの変革者―イノベーションで収益を伸ばすゲームの変革者―イノベーションで収益を伸ばす
A.G.ラフリー ラム・チャラン 斎藤 聖美

日本経済新聞出版社 2009-05-23

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 結局のところ、新規事業のパターンに応じて考えないから、こうした混乱が起きてしまうのだと思う(自分で勝手に混乱していただけだが・・・)。アンゾフの有名な「成長ベクトル」をベースに整理すると、次のようになるだろう。まず、新規事業が「既存製品×新市場」に該当する場合は、例えば関東で販売していた製品・サービスを関西でも販売する、というパターンであるから、新規事業を既存事業から切り離す必要性はほとんどない。ケイパビリティも評価指標も既存事業のものをそのまま使うことができる。ただし、地理的に離れているという理由で別組織にすることはある(関東本社に対して関西支社を立ち上げる、など)。

 新規事業が「新製品×既存市場」に該当する場合は、新製品と既存製品で製品ライフサイクルのステージが異なり、R&Dやマーケティング、生産などに対する注力度合いも異なるので(成熟期にある既存製品はリテンション・マーケティングに注力するが、導入期にある新製品はR&Dに注力しなければならない、など)、組織も評価指標も分けた方がよい。ただし、例えばA製品事業部とB製品事業部が同じ顧客に対して個別にアプローチするのは非効率であるとの理由で、営業部門だけは統合する、という方法も考えられる。

 新規事業が「新製品×新市場」に該当する場合は、既存事業と重なり合う部分がほとんどないため、ドラッカーが主張するように組織も評価指標も完全に切り離した方がよいだろう。ただし、「新製品×新市場」型であっても、既存のケイパビリティと全く無関係な領域に進出することは考えにくい。どんなに異質な新規事業であっても、何かしら既存事業とシナジーがあるはずだ。よって、新規事業が既存事業のケイパビリティを活用できる仕組みを整備する必要があるし、新規事業に対する既存事業の貢献を適切に評価する制度も作らなければならない。

○いかにして指揮統率と権限委譲を両立させたか チリ落盤事故の奇跡:33人を生還させたリーダーシップ(ファイザ・ラシッド、エイミー・C・エドモンドソン、ハーマン・B・レオナード)
 協力者の確保にはもう一つの側面がある。戦力となりえる人々や手法を迎え入れるのと同時に、戦力外の人々や手法を排除することも重要なのだ。混沌とした状況下ではリーダーみずから線引きをして、労力を割いても無意味と思われる人々を積極的に排除しなければならない。ソウガレット(※救出活動の責任者)はサンホセ鉱山の現状を把握すると「立入禁止」区域を設置し、技術的な専門性や実行可能なアイデアの持ち主にだけ、出入りを許可した。
 より多くのイノベーションを迎え入れるため、リーダーたちが外部へと手を伸ばしたのと同様、作戦が成功する可能性を高めるには内部の守備固めも必要である。境界線を明確に引くことにより、人々が考え、計画し、実験し、振り返って分析するための余裕がもたらされる。そう認識していたので、作業員の家族や報道陣が救助隊に直接接触することを禁じた一方、最新情報を毎日みずから彼らに伝えた。
 2010年8月に起きたチリ鉱山の落盤事故を題材にした論文。落盤事故には作業員の家族、鉱山企業とその協力会社、事故に関する専門家、報道陣、チリ政府、協力してくれる諸外国の企業や政府など、様々な利害関係者が関与している。こうした多種多様な利害関係者とのつき合い方について、1つヒントを得ることができた。

 以前の記事「利害関係者は自分の想定の”2倍”いると覚悟しておいた方がよさそう」で、どんな仕事でも自分が思っている以上にたくさんの利害関係者が関与しているものだと書いた。しかし、この論文で追加的に学んだのは、「利害関係があるからと言って、全ての利害関係者と交渉する必要はない」ということである。利害関係があることは認めつつも、むしろ交渉を断った方が賢明な利害関係者もいる。具体的には、目指すゴールの実現にあたって、実質的な影響力を及ぼすことができない利害関係者である。

 チリ落盤事故の場合、作業員の家族や報道陣は、「33人の作業員を無事に救出する」というゴールの実現には何ら貢献することができない。家族がどんなに心配したところで、また報道陣がどんなに熱心に現場の様子を伝えたところで、救出の成功確率が上がるわけではない。だから、ソウガレットは敢えて彼らとの接触を限定した。とはいえ、彼らも事故に強い関心を持つ利害関係者であることは間違いないから、彼らに対する説明責任だけは果たすことにした。

 企業経営にも様々な利害関係者が関わっているが、チリ落盤事故における作業員の家族や報道陣にあたる利害関係者、言い換えれば、「持続的に利益を上げる」という企業のゴールに対して実質的な影響力を及ぼすことができない利害関係者は誰かと言えば、それは株主ではないかと思う。確かに、株主は議決権を持っており、取締役の選出など重要事項を決定することができる。しかし、企業の利益の大半は、株主の影響力が及ばないところで決まる。よって経営陣は、株主が経営に介入する余地をできるだけ小さくし、説明責任だけはきちんと果たすという関係を構築するべきであろう。全ての利害関係者との交渉に自ら首を突っ込む必要はないのだ。

2013年09月22日

【ベンチャー失敗の教訓(第36回)】「この人とは馬が合いそうだ」という直観的な理由で採用⇒そして失敗


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 前回の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第35回)】人材育成がテーマの企業なのに人材育成の仕組みがない」では、人事考課や教育研修などの育成の仕組みが整っていないことに触れたが、3社は採用に関しても一貫した方針がなかった(その方針の下で採用された私がとやかく非難する資格はないのかもしれないが・・・)。そのため、「なぜこの人が採用されたのだろうか?」と社員が疑問に思うことも少なくなかった。特にZ社のC社長は、場当たり的な採用をする傾向が強く、直観的に人員を増やしている節があった。

 ある時、C社長が社員の親睦を深めるために、「日本酒同好会」を主催した。同好会には、社外の知り合いを連れてきてもよいことになっていた。その中に、Z社のシニアマネジャーの知り合いで、JRで雑誌『WEDGE』の編集に携わっていた人がいた。当時、Z社の本業とは別に、京都の町家を改装した旅館に個人的に出資していたC社長は、日本文化に造詣が深かったその彼と妙に馬が合ったようだ。C社長は「是非我が社に来てほしい」と彼を口説き落とし、十分な選考プロセスも踏まないままに、Z社に入社させてしまった。

 Z社は戦略コンサルティングの会社である。Z社に入社した彼が最初に任された案件は、ある情報通信業のM&Aに関するコンサルティングプロジェクトであった。しかし、JR出身の彼には、当然のことながらコンサルティングの経験などないし、雑誌の編集に求められるスキルとコンサルティングに求められるスキルには共通項も少ない。せいぜい、情報を収集する能力が共通する程度で、アウトプットを創出する思考プロセスも異なれば、アウトプットの表現方法も全く違う。プロジェクトマネジャー(その人はマッキンゼーの出身であった)は、彼の能力が十分でないと見るや、結局彼の仕事を全部巻き取って、自分でやるハメになってしまった。

 そのプロジェクトが終了してしばらく経った頃、C社長は副業で京都の町家風旅館に投資するだけでなく、Z社の本業のビジネスとして、日本の伝統文化をテーマとした新規事業を立ち上げようと考えた。そこで、日本文化に詳しいJR出身の彼に白羽の矢が立った。C社長はZ社の子会社という形で新会社を立ち上げ、資本金を提供した。ところが、事業経営と雑誌の編集は、コンサルティングと雑誌の編集以上に共通項がない。それに、日本文化に造詣が深いことと、日本文化をテーマとした事業をマネジメントできることは全くの別物である。

 事業経営の重責に耐えられなくなったのか、彼はいつの間にか会社に顔を出さなくなった。Z社では一応自宅勤務が認められていたため、しばらくはC社長も様子を見守っていた。しかし、いつまで経っても進捗の報告が上がってこないことにC社長も業を煮やし、一体今どうなっているのかと彼を問い詰めた。すると彼は、C社長の知らない間に転職活動をして、別の企業から内定をもらっていた。ポケットマネーで新会社の出資金を出していたC社長は怒り狂った。C社長は「あいつを詐欺罪で訴えてやる!」と息巻いていたが、詐欺罪の要件を満たさないし、元を正せば、1回会っただけで採用を決めてしまったC社長自身の軽率さに原因があった。

 C社長は他にも採用で失敗を繰り返している。ある時は、医学部出身で脳科学に詳しく、社会人になってからも時々脳科学の実験に携わっているという人を、「これは面白い人だ」ということで採用してしまった。彼に任せたのは、C社長がZ社の本業の傍らでやっていた投資ファンド事業であった。脳科学における科学的な研究方法と、投資ファンド事業に求められる数理処理能力の間には何らかの共通項があるのかもしれないが、少なくともC社長はそのような能力の関連性を検証することなしに、単に馬が合うという理由で彼を採用した。案の定、スキルの不適合が明らかになって、1年ほどしてから彼は退職に追い込まれた。

 またある時は、Z社で採用コンサルティングの事業を立ち上げることになり(自社の採用すらまともにできていない企業がコンサルティングを行うというのもおかしな話だが・・・)、外部から採用コンサルティングに詳しい人を探すことになった。候補者の中には、国会議員の秘書を務め、全国規模でボランティア事業を展開したこともあるという異色の経歴を持つ人がいた。C社長と彼の波長がたまたま合ったようで、またしても「これは面白い人だ」という理由で採用してしまった。

 ただし、この時は厳密は雇用契約を結ばず、個人事業主として独立していた彼の意向を尊重して、Z社と彼との間で業務委託契約を締結することになった。しかし、彼はC社長から事細かく指揮命令を受けていたため、事実上は雇用契約にあたると言っても過言ではなかった。彼の能力をよく調べずに契約を結んでしまったことが災いし、彼はC社長が求める水準の成果を上げることができなかった。さらに悪いことに、彼は秘書時代に公職選挙法違反で連座制を適用されていた、簡単に言えば前科持ちであることが後から解った。C社長は業務委託契約の破棄を言い渡したが、彼は今回の契約は事実上の雇用契約であり、契約の破棄は不当解雇にあたるとしてZ社を訴えた。その後、泥沼の裁判が続き、C社の業務が裁判対応で少なからぬ影響を受けた。

 ヒト、モノ、カネ、情報、知識という主たる5つの経営資源のうち、ヒトを除く4つの経営資源は、間違って調達してしまったとしても、使わなければ済む。機械装置や原材料を誤って買ってしまったならば売却すればよいし、最悪の場合全部廃棄すればよい。不要な情報を量産する情報システムを導入してしまったならば、社員にそのシステムを使わないよう告げればよい。知的財産のライセンスを購入したが使い道がなかった場合には、他社にそのライセンスを販売すればよい。カネを間違って調達したというのは、あまり問題にならない。カネは、ありすぎるとそれはそれで問題になるものの(以前の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第16回)】かえって逆効果だった「豊富な資金源」」を参照)、通常はないよりもあるに越したことはない。

 ただし、ヒトだけは間違って調達すると取り返しがつかない。仕事ができないからといって、簡単に首を切ることはできない。とはいえ何もさせずに放置しておくと、「なんであいつはろくに仕事もしていないのに給料をもらっているのだ?」と社員の間に不信感が広ガリ始める。そしてその間も、年間何百万というお金がコストとして出ていってしまう。だから、採用に関する意思決定は、慎重に慎重を重ねて下さなければならない。GEの元CEOであるジャック・ウェルチは、「経営には時に直観が必要だが、人事だけは直観で決めてはならない」と述べている(※清水勝彦『経営の神は細部に宿る』〔PHP研究所、2009年〕)。この言葉を3社の経営陣にも教えてやりたかった。

経営の神は細部に宿る経営の神は細部に宿る
清水 勝彦

PHP研究所 2009-05-21

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(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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