2014年09月22日
個人の価値観が経営方針に与える影響について(私のケースを題材に)
以前の記事「私の仕事を支える10の価値観(これだけは譲れないというルール)(1)|(2)|(3)」で、私の(拙い)人生経験に基づいて10個の価値観を書き出してみた。ここで言う価値観とは、絶対的な基準ではなく、あくまでもその人に特有のルールである。だから、私の価値観とは異なる価値観も成立しうる。相手の価値観を無条件に破壊する暴力的な価値観でない限り、社会には様々な価値観が並立する(暴力的な価値観とは、例えば多様性を尊重するという価値観に対して自己の絶対性を主張したり、自由競争社会において自由競争を真っ向から否定したりするような場合である)。
私の10の価値観については、以下のような異なる価値観が考えられる。
(1)努力に惚れるのではなく、成果が出る努力をする。成果が出なければ努力を諦める。
⇔成果が出るまで努力し続ける。成果が出ないのは努力が足りないからである。
(2)自分が愛する製品・サービスを顧客に提供する。
⇔顧客のためであればどんな製品・サービスであっても提供する。
(3)自分の実力を120%出さないとできない仕事を引き受ける。
⇔無謀、不可能だと思えるような仕事でも積極的に引き受ける。
(4)自分の価値を簡単に安売りしない。
⇔競合他社よりも圧倒的に安い価格で勝負する。
(5)直観で人を評価しない。その人の価値観と能力をじっくり見極める。
⇔「この人とは馬が合いそうだ」という自分の直観を大事にする。
(6)信賞必罰に頼らない。相手の成長を見守ることで相手を動かす。
⇔信賞必罰に頼る。人を最も効果的に動機づけるのはアメとムチである。
(7)嘘やごまかしの効かない書き言葉によるコミュニケーションを重視する。
⇔自由度が高い話し言葉によるコミュニケーションを重視する。
(8)模倣されることを恐れない。ナレッジはオープンにして全体の底上げを図る。
⇔重要なナレッジは自分の利益のために徹底的に保護する。
(9)時間は万人に平等に与えられた宝。宝を壊す人を許してはいけない。
⇔時間に神経質になりすぎてストレスを溜めてはならない。
(10)仕事に楽しみを求めない。わずかな楽しみのために多くの苦しみがある。
⇔仕事とは元来楽しいものである。仕事に対する満足度が高ければ成果も上がる。
価値観がなぜ重要なのかと言うと、経営陣の個人的な価値観はその企業の経営方針や戦略、マネジメント、オペレーションに強く影響するからである。組織は、経営陣の個人的な価値観に基づいてデザインされる。組織を構成する各要素が、経営陣の価値観と矛盾なく精密に設計されていればいるほど、強い組織ができ上がる。また、各社員の個人的な価値観が、経営陣の価値観と一致していればいるほど、組織に対するロイヤリティは高まる。
価値観が経営を左右するということは、価値観が異なれば経営の手法も異なるということである。仮に私が経営者になった場合には、価値観(1)に基づいて、どんなプロジェクトであっても撤退条件を厳密に定義することだろう。撤退条件に合致する場合には、それまでどんなに努力を積み重ねてきたとしても、プロジェクトをあっさりと放棄する。
一方、例えば日本電産の永盛氏は、私と逆の価値観を持っている。永盛氏は「私に失敗というのはない。なぜなら、成功するまでやり続けるからだ」といった趣旨の発言をしている(永守重信「持続的エネルギーの源泉は何か 【インタビュー】仕事のストレスは仕事で癒す」(『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2014年9月号))。アフリカのある民族が、「我々が雨乞いをすると100%雨が降る」と言うので観察してみると、実は彼らは雨が降るまで雨乞いを止めないことが解った、という話を聞いたことがあるが、これも私とは対極の価値観であろう。
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価値観(2)と価値観(4)に従えば、自分が「これだ」と思う製品・サービスを厳選し、それに付加価値をつけて販売する、というポジショニングを選択することになる。これに対して、私とは逆の価値観を持つ人は、幅広い製品・サービスのラインナップを揃え、低価格で大量に販売する、という戦略を選択するに違いない。これはどちらがいい・悪いという話ではない。どちらも現実にありうる選択肢である。ただし、私自身は低価格路線の企業で働くことは難しいだろう。
価値観(5)(6)(10)は、人材マネジメントに影響を与える。私が人事の責任者であれば、採用プロセスは応募者の能力を多角的に評価するために、非常に長いものになる。現場の社員も面接官に任命して、何度も何度も面接を繰り返すに違いない。グーグルやゴールドマン・サックスは採用面接の回数が多いことで有名だが、私も同じような方法をとると思う。また、現場のマネジャーには、信賞必罰に頼らずに部下を動機づけるよう要請する。さらに、社員満足度を重視せず、むしろ「多少不満だが、モチベーションは高い」状態を作り出す仕組みを構築する。
私とは反対の価値観を持つ人は、直観に依存した採用を行う。面接官は、「この人と一緒に働きたいと思えるかどうか?」を大切にするだろう。部下に対してはアメとムチを駆使する。また、社員満足度が上がるよう、職場環境を整えたり、福利厚生を充実させたりする。個人的にはあまり賛同しないが、こういう人材マネジメントもありうることは認める。
私は価値観(7)に基づいて、組織に散らばる様々な知を形式知化し、全社員で積極的に共有するだろう。そのために、マニュアルや成功・失敗事例など、膨大なドキュメントを整備する。これは官僚主義的と言われるかもしれない。しかし、「官僚組織こそ理想の組織」という意見もある。良品計画には、店舗用の「MUJIGRAM」と本部用の「業務基準書」という2つのマニュアルがある。両方合わせると2,000ページにも上る。私はこういう運営方法をお手本にするかもしれない。
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価値観(7)とは逆に、話し言葉によるコミュニケーションを重視する、という方針もありうる。良品計画とは違って、スターバックスには決められたマニュアルがなく、店舗スタッフは見よう見真似でオペレーションを学んでいく。しかし、私は社員の間で業務品質にバラつきが生じるのが怖いので、この手法はとらないだろう。また、部下育成を口伝に頼るような、暗黙知が中心で、昔気質の職人気質が根強い企業も苦手である。
私が掲げる高付加価値路線と官僚主義は、相容れないと感じる方がいらっしゃるかもしれない。高付加価値路線では、顧客の複雑なニーズを汲み取ってソリューションを設計するため、業務をマニュアル化しにくい。マニュアル化は、画一的な手法で横展開を効率的に繰り返すことが必要な低価格路線でこそ威力を発揮する、と思われるだろう。
しかし、高付加価値路線でも官僚主義的なマネジメントをすることは可能だと考える。例えば、世界で最も高いコンサルティングフィーを請求するマッキンゼー・アンド・カンパニーには、世界中のプロジェクトの成果物を格納したデータベースが存在する。コンサルタントは、戦略立案で使用する様々なフレームワークを参照することができる。フレームワークという”思考の枠”だけは全世界で共通にし、その枠にどんな情報を入れてどのような示唆を導くかは各プロジェクトに委ねることで、それぞれの顧客企業の実態に即した戦略の形成を可能にしている。
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価値観(8)は、研修業界の特質に立脚している(旧ブログの記事「研修業界はまだまだ未熟な業界かもしれない」を参照)。研修業界は市場も各プレイヤーの規模もまだまだ小さい。よって、ナレッジをオープンにしたところで、競合他社がすぐに自分を潰しにかかることは考えにくい。それよりも、ナレッジの公開を通じて業界全体のレベルが上がり、市場が大きくなった方が私としては嬉しい。もっとも、これは研修業界だから成り立つ話である。製薬業界でこれをやったら、多額のR&Dを投入した特許が簡単に模倣されて、経営が立ち行かなくなることは言うまでもない。