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【数学Ⅰ】x^2+y^2+z^2=xyz(x、y、zは正の整数、x≦y≦z)を満たす(x, y, z)の組は無数に存在することを示せ(東京大)
【ドラッカー書評(再)】『乱気流時代の経営』―高齢社会に必要な新しい戦略的思考
相澤理『東大のディープな日本史2』―架空の島・トカラ島の謎

プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2013年06月14日

【数学Ⅰ】x^2+y^2+z^2=xyz(x、y、zは正の整数、x≦y≦z)を満たす(x, y, z)の組は無数に存在することを示せ(東京大)


チャート式 基礎からの数学1+A 改訂版チャート式 基礎からの数学1+A 改訂版
チャート研究所

数研出版 2007-01-30

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 久しぶりに数学ネタ。昨年の数学ⅢC(黄チャート)に続いて、今年は数学ⅠA(青チャート)に取り組んでいるのだが、東大の入試問題を1問解くことができた(嬉しい)。
 nを正の整数とする。実数x、y、zに対する方程式
   xn+yn+zn=xyz ・・・ ①
を考える。
 (1)n=1のとき、①を満たす正の実数の組(x,y,z)で、x≦y≦zとなるものをすべて求めよ。
 (2)n=3のとき、①を満たす正の実数の組(x,y,z)は存在しないことを示せ。
 方程式の整数解を求める問題。x≦y≦zという条件をうまく利用して、与えられた等式を不等式に持ち込み、値の範囲を絞り込むのがポイントとなる。(2)は背理法で証明する。

東大入試問題_数学Ⅰ(方程式の整数解)(1)

 では、n=2の時はどうなるのか?と気になるのが人間の性というもので、調べてみたら2006年度の入試問題(理系)にちゃんとあった。さすが東大。ぬかりないな。
 次の条件を満たす組(x,y,z)を考える。
   条件(A):x、y、zは正の整数で、x2+y2+z2=xyz および x≦y≦zを満たす。
 以下の問いに答えよ。
 (1)条件(A)を満たす組(x,y,z)で、y≦3となるものをすべて求めよ。
 (2)組(a,b,c)が条件(A)を満たすとする。このとき、組(b,c,z)が条件(A)を満たすようなzが存在することを示せ。
 (3)条件(A)を見たす組(x,y,z)は無数に存在することを示せ。
 (1)については、y≦3かつx≦yであるから、(x,y)の組が自然と定まる。その1つ1つについて、zの2次方程式を解けば力技で解ける。だが、力技でもよしとする京大の入試問題とは違って(以前の記事「【数学C】行列~京都大学らしい1次変換の入試問題」を参照)、力技を嫌うのが東大の伝統であるから、<別解>のように説くのが望ましいだろう。すなわち、与式をzの2次方程式と見なして、実数解を持つための条件からxとyの値を絞り込む。

 実は、<別解>のように解かないと、(2)のz-c>0を示すところで b≧3 という発想が出てこずに行き詰まってしまう((3)も同じ)。よくできた問題だ(感心)。

東大入試問題_数学Ⅰ(方程式の整数解)(2)
東大入試問題_数学Ⅰ(方程式の整数解)(3)


2013年04月18日

【ドラッカー書評(再)】『乱気流時代の経営』―高齢社会に必要な新しい戦略的思考


「新訳」乱気流時代の経営 (ドラッカー選書)「新訳」乱気流時代の経営 (ドラッカー選書)
P・F. ドラッカー Peter F. Drucker 上田 惇生

ダイヤモンド社 1996-06

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 本書は1980年に発表された"Managing in Turbulent Times"の邦訳である。ドラッカーは、人口構造から将来の社会的変化を予測することを得意としていた。本書でも先進国の少子高齢化に着目し、定年の延長や定年制そのものの廃止、ビジネスパーソンにとっての第二のキャリアの必要性など、まさに現在議論になっていることを、30年以上も前にすでに取り上げている。
 先進国では、1995年までに、定年、つまり働くことをやめる年齢を、日本の55歳はもちろん、現在欧米で一般的となっている65歳でさえなく、72歳近くにまで引き上げる必要があるということである。(中略)

 私は『見えざる革命―来たるべき高齢化社会の衝撃』において、アメリカでは、強制的な退職年齢が、1980年代の半ばまでに65歳から70歳に延長されるであろうと予測した。そのとき、ほとんどの識者が、この予測をありえないこととした。当時は誰もが、アメリカでは定年が急速に下がるはずだといった。(中略)

 しかるに、私の本が出て1年後には、カリフォルニアの州議会において、定年制そのものを禁止する法律が成立した。さらに、その後間もなく、連邦議会においても、あらゆる識者の組織的な反対にもかかわらず、連邦政府職員の定年を撤廃し、すべての労働者の定年を70歳に延長することを法制化した。連邦議会が、カリフォルニアの州議会と同じように、すべての労働者について、定年制そのものを禁止する日も遠くはない。
 日本でも、55歳で引退はしない。そのような余裕はない。働く場は変えても働き続ける。普通、中小企業に雇われて、前よりもかなり安い賃金で働くことになる。あるいは自分の技能を生かして独り立ちする。あるいは非常勤で働く。

 今日ではあらゆる先進国において、似た現象が見られる。今日でも、制度的には、退職した人たちは働かないものと想定されている。しかし、もはやそのようなことは、むしろますます例外となる。とくにインフレの時代には、ますます多くの人たちが、勤め先を変え、非常勤となり、パートとなって働き続ける。
 さらにそれだけにとどまらず、少子高齢化に伴って先進国で加速する労働力不足に対し、新興国では過剰な労働力が生まれると予想し、労働力ギャップを埋めるために先進国と新興国との間で「水平分業」が進むと主張した。これも現在ではグローバル企業が当たり前のように行っていることであり、ドラッカーの先見性の高さに驚かされる。
 アメリカで売られる男性用の靴は、アメリカ産の牛皮を材料とする。しかし国内で皮をなめすことはできない。ブラジルなどに送られてなめされる。なめしは、きわめて労働集約的な仕事であって、アメリカでは労働力を確保できない。なめされた革は、おそらく日本の商社が仲介してカリブ海諸国に送られる。一部は英領バージン諸島で甲革に加工され、一部はハイチで靴底に加工される。甲革と靴底は、イギリスをはじめECにアクセスを有するバルバドスやジャマイカに送られる。あるいはアメリカの関税圏に入るプエルトリコに送られ、加工されて靴となる。

 それらの靴の原産地はどこか。生皮はコストとしては大きいが、総コストの4分の1程度にすぎない。アメリカにとっては、加工度からするならば「輸入品」であるが、技術からするならば「国産品」である。したがって、まさにそれらの靴こそ「国際品」である。

 労働集約的な加工は、すべて途上国で行われる。逆に、優れて資本集約的であり、オートメ化が進んでおり、高度の技術とマネジメントが必要とされる牛の飼育という工程は、そのための技術や知識を持つ先進国で行われる。全行程のマネジメント、靴のデザイン、品質管理、マーケティングも、それらの仕事に必要な人材と技術を持つ先進国で行われる。
 日本では高齢者(65歳以上)の割合がついに4人に1人となり、2030年にはその割合が3人に1人となる。日本は先進国の中でも真っ先に高齢社会に突入すると言われて久しいが、いよいよ待ったなしの状態となっている。その高齢社会が果たしてどのようなものになるのか、我々はドラッカーの指摘以上に具体的なイメージを描かなければならない段階に来ている。

 だが、高齢社会の踏み込んだビジョンを構想するには、ドラッカーのスタンスとは裏腹に、人口構造の統計ばかりを眺めていては不十分であると思う。戦略論の言葉を使って言えば、外部環境の情報をどんなに緻密に分析しても、有益な示唆は得られないだろう、ということだ。なぜならば、高齢社会は世界中で誰も見たことがないし、我々がずっと依拠してきた「若者中心の社会」という過去の延長線上にもないからである。存在しないものを分析することはできない。それならば、ビジョンのリソースは、「結局のところ、我々はどういう社会に暮らしたいのか?」という、我々の純粋で主観的な希求に求めるべきではないだろうか。

 「ジェロントロジー」(老年学、加齢学)を学部横断的に研究する取り組みを始めている東京大学は、『2030年 超高齢未来 ―「ジェロントロジー」が、日本を世界の中心にする』の中で、理想の超高齢社会を次のように定義している。

 ・高齢者が自由に就業や起業できる社会環境
 ・ずっと健康で元気に暮らせる生活環境
 ・誰もが安心して暮らせる地域生活環境
 ・社会貢献が適正に労われる地域環境
 ・身体の不自由をサポートし自立して暮らせる生活環境
 ・高齢者が充実した暮らしや人間関係が育める生活環境
 ・要介護になっても快適な暮らしと尊厳が保たれる地域環境
 ・若い人が将来に夢を抱いてがんばれる社会
 ・親が要介護になっても安心して仕事を続けられる生活環境
 ・子どもたちが安心して成長できる地域環境

2030年 超高齢未来 ―「ジェロントロジー」が、日本を世界の中心にする2030年 超高齢未来 ―「ジェロントロジー」が、日本を世界の中心にする
東京大学高齢社会総合研究機構

東洋経済新報社 2010-11-26

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 もちろん、これはごく初歩的な社会条件にすぎない。だが、こうした基本合意から出発して、

 ・我々が高齢者になった時、日々どのような生活を送りたいか?
 ・どの辺りを生活圏として、何を購入しようとするだろうか?
 ・どのような組織で、どういう契約形態で、何の仕事をしているだろうか?
 ・余暇はいつ誰とどこでどのように過ごしたいか?
 ・家族や子どもとはどのようにつながっていたいか?
 ・地域コミュニティとはどのように関わりたいか?
 ・どのような医療や介護を望むだろうか?
 ・生活費の不安を減らすために何をするだろうか?
 ・お金以外の生活面の不安を減らすために何をするだろうか?

など、高齢社会の理想形について様々なイメージを飛び交わせることが必要になるだろう。そして、そのような理想社会を実現するためには、どのような製品やサービスが必要か?どのような制度が必要か?と問うことで、高齢社会を構成する新しい市場や社会的インフラが具体化されていくはずだ。重要なのは、データによる根拠をすぐに求めようとすることではなく、あらゆる可能性を排除せずに、曖昧なものも含めて多様アイデアを歓迎する姿勢である。端的に言えば、外部環境の分析力ではなく、「たくましい創造性」である。

 同じく東京大学が発表している『2030年超高齢未来破綻を防ぐ10のプラン―ジェロントロジーが描く理想の長寿社会』では、2030年までに対策が必要=ビジネスチャンスが見込める10の分野が列挙されている。その10分野とは、(1)生きがい就労、(2)ライフデザイン、(3)住まい・住環境、(4)移動・交通システム、(5)情報通信技術(ICT)、(6)生活支援、(7)食生活、(8)介護予防、(9)医療・介護連携、(10)医療・介護のICT・機器開発である。これらの提言が理想社会の全てではないが、イメージを膨らませる参考にはなる。

2030年超高齢未来破綻を防ぐ10のプラン―ジェロントロジーが描く理想の長寿社会2030年超高齢未来破綻を防ぐ10のプラン―ジェロントロジーが描く理想の長寿社会
東京大学ジェロントロジーコンソーシアム

東洋経済新報社 2012-09

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 戦略立案における内部環境分析も、大きく様変わりするだろう。従来の戦略論では、内部環境の分析対象は基本的に自社の経営資源のみであった。そして、自社の強みと弱みが、戦略を実現する上でアドバンテージとなるのか制約となるのかを検討し、制約となる場合には足りない分だけを外部から調達して補完する、というアプローチをとるのが一般的であった。

 これに対して、高齢社会における内部環境分析は、最初から自社以外の様々な組織を取り込んだものとなる。それは「分析」というよりも「実験」に近い。なぜならば、高齢社会に登場する新市場は社会システムの変化を伴うことが多く、1社単独ではそのような変化を起こすことが困難だからだ。例えば、『2030年超高齢未来破綻を防ぐ10のプラン―ジェロントロジーが描く理想の長寿社会』に登場する「パーソナル・モビリティ(高齢者向けの小型移動車)」を考えてみよう。

 パーソナル・モビリティの実現は、自動車メーカー単独ではおそらく無理だ。従来の自動車とはデザインや部品構成が全く異なるため、部品メーカーとの幅広いネットワークを活用した緊密な連携が戦略段階でこれまで以上に重視されるに違いない。あるいは、パーソナル・モビリティに近い移動手段であるオートバイや自転車(?)など、隣接業界のメーカーを技術研究に巻き込むことが効果的かもしれない。時には、競合他社との共同研究も有効となるであろう。

 また、販売チャネルも従来のディーラー網にとらわれずに、高齢者の生活圏内にある異業種のチャネル(例えば家電量販店)などとタイアップした新しいチャネルを構築する可能性も考えうる。さらには、パーソナル・モビリティと従来の自動車が混合する交通システムを円滑に機能させるために、交通ルールを変える必要性も出てくるならば、行政との連携も欠かせない。加えて、交通ルールの変更に伴い道路などの物理的インフラも変わることが予想されるならば、建設業者とのコラボレーションも視野に入れなければならないかもしれない。

 自動車メーカーは、協業の可能性がありそうな、あるいは利害関係がありそうなありとあらゆるプレイヤーを洗い出して、それぞれの組織能力や経営資源をくまなく洞察する必要がある。競合他社ですら、内部環境の一部としてとらえるべきなのかもしれない。このように、これからの内部環境分析は、自社以外の様々なプレイヤーを初めから取り込み、各プレイヤーの強みを様々に組み合わせることから見えてくるポテンシャルを追求する探索的な活動となるだろう(それをどのようなフレームワークで検討すればよいのか、まだ十分なアイデアがないのだが・・・)。

 >>シリーズ【ドラッカー書評(再)】記事一覧へ


 《2013年11月16日追記》
 このように書いてみたが、実際のところ、来るべき高齢社会がどんな社会になるか、そしてその社会ではどんな市場が生まれるかを想像することは、日本人にはおそらく難しいだろうと悲観するもう一人の自分がいることを、私は正直に告白しなければならない。日本人は三現主義(現地、現場、現物)という言葉に代表されるように、目で見えるものをあれこれ分析することは得意である反面、目に見えないものを空想することは非常に苦手だ。

 よって、いざ高齢社会が本格的に到来した頃(2030年頃?)になってようやく、やれこういう製品がほしい、こういうサービスが必要だという具体的なアイデアが出てくるようになる。さながら、夏休みの終盤になって、慌てて宿題に取りかかる小学生のようである。

 しかし、日本にとって1つ朗報がある。それは、日本より急速に高齢化が進む国はないということだ。だから、諸外国の企業が高齢者向けのイノベーションを起こす前に、高齢社会が必要とする新しい製品・サービスをじっくりと開発すればよい。そして、諸外国が日本と同じように高齢化した暁には、日本企業は先行するノウハウに基づいて、優位に競争を展開できるはずだ。


2013年02月22日

相澤理『東大のディープな日本史2』―架空の島・トカラ島の謎


歴史が面白くなる 東大のディープな日本史2歴史が面白くなる 東大のディープな日本史2
相澤 理

中経出版 2012-12-26

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 『東大のディープな日本史』の続編。前回は本全体の内容を俯瞰した記事を書いたが、今回はピンポイントで1つの設問を取り上げてみたいと思う。
 次の文章(1)(2)は、1846年にフランス海軍提督が琉球王府に通商条約締結を求めたときの往復文書の要約である。これらを読み、下記の設問A・Bに答えなさい。

(1)[海軍提督の申し入れ]北山と南山の王国を中山に併合した尚巴志と、貿易の発展に寄与した尚真との、両王の栄光の時代を思い出されたい。貴国の船はコーチシナ(現在のベトナム)や朝鮮、マラッカでもその姿が見かけられた。あのすばらしい時代はどうなったのか。
(2)[琉球王府の返事]当国は小さく、穀物も産物も少ないのです。先の明王朝から現在まで、中国の冊封国となり、代々王位を与えられ属国としての義務を果たしています。福建に朝貢に行くときに、必需品のほかに絹などを買い求めます。朝貢品や中国で売るための輸出品は、当国に隣接している日本のトカラ島で買う以外に入手することはできません。その他に米、薪、鉄鍋、綿、茶などがトカラ島の商人によって日本から運ばれ、当国の黒砂糖、酒、それに福建からの商品と交換されています。もし、貴国と友好通商関係を結べば、トカラ島の商人たちは、日本の法律によって来ることが禁じられます。すると朝貢品を納められず、当国は存続できないのです。
(フォルカード『幕末日仏交流記』)

【設問】
 A.15世紀に琉球が、海外貿易に積極的に乗り出したのはなぜか。中国との関係をふまえて2行(60字)以内で説明しなさい。
 B.トカラ島は実在の「吐喝喇(とから)列島」とは別の、架空の島である。こうした架空の話により、琉球王府が隠そうとした国際関係はどのようなものであったか。歴史的経緯を含めて、4行(120字)以内で説明しなさい。(06年度第3問)
 沖縄の歴史は、教科書ではごく簡単にしか記述されていないのに、それを1つの大問にしてしまうあたりがすでにいやらしい。その上、資料から琉球王府が「隠そうとした国際関係」を読み取らせようとするのだから難問である。だが、よく考えてみると、沖縄は日本の米軍基地の4分の3が集中する日米同盟の要であり、尖閣諸島をめぐる中国との衝突を抱えるなど、日本にとっては非常に重要な土地である。その沖縄のことをもっとしっかり勉強しなさい、という東大教授陣のメッセージが込められているのかもしれない。

 さて、まず設問Aについてだが、時の中国は明王朝である。洪武帝は周辺諸国の王に朝貢させ、爵位・称号を授けるという、中国中心の伝統的な国際秩序=冊封体制の回復を目指した。一方で、中国沿岸で猛威をふるっていた倭寇を禁圧するため、中国人商人の海外渡航を禁止する海禁政策をとった。その結果、明は海外の商品の入手ルートを自ら断つことになった。

 そこで明が目をつけたのが、海上の要所に位置する琉球であった。明は、琉球王国に朝貢させる形で中継貿易を行わせようとした。文章(1)にある「コーチシナ(現在のベトナム)や朝鮮、マラッカでもその姿が見かけられた」船とは、この朝貢船のことである。

 しかし、16世紀に入って東アジアにポルトガルが進出し、中国人密貿易商と結びついて貿易を始めると、琉球の優位性が低下した。そこに日本人の侵攻が始まり、1609年に島津家久に軍を送られると、さしたる抵抗もできないまま首里を占領されてしまった。その後、江戸時代には薩摩藩を介して幕府に、将軍の代がわりごとに慶賀使が、琉球国王の代がわりごとに謝恩使が遣わされた。と同時に、見かけ上は独立国として中国との冊封関係が維持されたため、江戸時代の琉球王国は、日中両属の状態に置かれた。

 次に設問Bであるが、予備校界で流通する解答例はこうした日中両属関係について指摘して終わっており、何か腑に落ちないとして、著者はさらなる考察を進めている。仮に琉球王府が日中双方からの独立を望んでいるならば、列強からの使節はホワイト・ナイトであって、それを「隠そう」とする必要などない。裏返せば、琉球王府は日中両属関係を維持したいと考えているのであって、そう考える理由にこそ本当に隠したいものがあるということになる。

 文章(2)で語られているトカラ島とは、実は薩摩のことだ。19世紀前半になると、薩摩藩は琉球ルートを利用した中国(清)との密貿易に乗り出す。薩摩藩は、松前産の俵物や奄美産の黒砂糖を、長崎出島を通さずに取引し、利益を上げようとした。また、琉球にとっても、米などの必需品の入手に薩摩は欠かせない存在であった。琉球王府は、列強と友好通商関係を結べば、こうした貿易が途絶えて存続できないと訴えているのである。

 以上を踏まえて著者は、次のような解答例を載せている。
 A.明が倭寇禁圧のため海禁政策をとるなかで、朝貢形式で中継貿易を行うことで、海外の産品を入手するルートとしての期待に応えた。
 B.琉球王府は近世初頭に島津氏に征服されて以降、薩摩藩の支配を受け幕府に使節を送る一方、中国の冊封関係も維持するという日中両属関係にあった。近世後期には、この関係を利用して薩摩と清との密貿易の窓口となるとともに、必需品も薩摩から入手した。
 ここまでが本書における著者の解説である。だが、この琉球王府の応答は、個人的にどうも腑に落ちない。中国(清)への朝貢が不可能になって琉球王国が存続できないことを訴えるのであれば、特段トカラ島の話を持ち出すまでもないと思うからだ。

 つまり、フランスと友好通商条約を結ぶと、本来清に持っていくはずの朝貢品がフランスに流れてしまい、朝貢ができなくなる。すると、怒った清は、琉球を滅ぼそうと攻めてくるに違いない、と言えば十分なのである。フランスも、琉球王国との貿易によって琉球王国自体がなくなってしまえば本末転倒であるから、おとなしく引き下がっただろう。それなのに、トカラ島という名前を出すことで、清以外にも琉球王国の弱みを握っている存在を匂わせるのは、あまりにも危険な賭けではなかっただろうか?フランスがちょっと本気を出してトカラ島の実態を調べ、薩摩の存在を暴いてしまったら、琉球王府はどうするつもりだったのだろうか?

 一方のフランスも、押しが足りなかったような気がする。フランス提督が条約を申し入れた1846年と言うと、アヘン戦争(1840~42年)の直後である。イギリスが清を破ったという情報は、フランスも当然知っていたはずだ。弱体化している清をフランスが叩くことも容易だったに違いない。仮に条約締結によって琉球王国が清に攻め入られても、フランスが琉球王国を支援すれば、清を撃退できたであろう。また、薩摩の存在がばれて薩摩藩や江戸幕府とフランスが戦うことになったとしても、当時の戦力差を考えれば、フランス優位は変わらない。フランスがあっさり手を引いたのは、仮にフランスが清を破ると、将来的に英仏の間で利害が衝突する危険性があると見通していたためかもしれない、というのは行き過ぎた推測だろうか?




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