2014年06月11日
『最強の組織(DHBR2014年6月号)』―Aクラス社員だけを選別する好都合な人材マネジメントが日本で可能か?
Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2014年 06月号 [雑誌] ダイヤモンド社 2014-05-10 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
○人を引きつけるための5つの理念 シリコンバレーを魅了したネットフリックスの人材管理(パティ・マッコード)
facebookのCOOシェリル・サンドバーグが「シリコンバレーで公開された文書の中で最も重要なものの1つ」と称賛したファイルが、インターネットで500万回以上も閲覧されているそうだ。それは、動画配信サービス大手ネットフリックスがどのように企業文化を形成し、社員のモチベーションを高めて実績を上げたかを説明したパワーポイント資料である。ネットフリックスは、以下の5つの理念に基づいて人材マネジメントを行っている。
1.一人前の大人だけを雇用し、報い、裁量を与える。1については、論文の中で次のように説明されている。
2.成果に関してありのままを話す
3.優れたチームをつくるのは、マネジャーの仕事だ。
4.企業文化を形成するのは、リーダーの仕事だ。
5.優れた人材管理責任者はまずビジネスマンやイノベーターのように考える。人事責任者として考えるのは最後である。
会社の利益を第一に考え、優れた成果を出せる職場をつくりたいという経営者の望みを理解して支援してくれる人材を見極めて採用してほしい。そうすれば、従業員の97%は正しい行動をする。ほとんどの企業は、残りの3%の従業員が引き起こすおそれのある問題に対処すべく、人事制度や方針を定めて実行に移すことに膨大な時間とお金を浪費している。我々はその代わりに、そんな人材を採用しないように徹底的に努力を重ね、採用したのが間違いだとわかったら、即座にその人を採用した。ネットフリックスの採用・評価基準は本論文では明らかにされていないが、おそらくは、継続的に高い成果を上げることができ、かつ自社の重要な行動規範や価値観に合致する人材を選別していると思われる。いわゆるAクラス社員と呼ばれる社員の中でも、さらに”人間的に優れた”Aクラス社員だけを集めようとしているのではないだろうか?
こうした人材マネジメントは、アメリカの企業にはよく見られる。グーグルやfacebookなどのシリコンバレー企業はたいていそうだし、マッキンゼーなどのコンサルティング・ファームやゴールドマン・サックスなどの金融機関においても、採用は狭き門であり、また採用された後も厳しいプレッシャーが待っている。GEも似たような人事制度を導入していることは、旧ブログの記事「GEの「9Blocks」というユニークな人事制度」で述べた。
だが、選りすぐりのAクラス社員を集めるという手法は、どんな企業でも真似できるものではないと思う。その理由は単純で、この世にはAクラス社員ばかりではなく、Bクラス社員もCクラス社員もいるからだ(むしろ、B・Cクラス社員の方が圧倒的に多い)。それに、Aクラス社員ばかりからなる集団は、深刻な問題を抱える恐れがあることを忘れてはならない。
研究によると、働きバチの集団も、人間の集団と同様に、「2:6:2の法則」が成り立つという。すなわち、2割の働き者と2割の怠け者、そしてその中間にあたる6割の普通のハチに分かれる。ここで、2割の優秀なハチ、つまりAクラスのハチだけを取り出して新たな集団を作るとしよう。すると、驚くべきことに、新しい集団も2:6:2の法則に従って、もともとAクラスだったハチがA~Cの3つのクラスに分化するのだという。また、鶏の集団の中から繁殖能力の高いオスだけを選別したとする。こうすると集団の繁殖能力は高まるように思えるが、実際にはオス同士がメスをめぐって激しい争いを始め、結果的には集団の繁殖能力が落ちる、という研究結果もある。
Aクラス社員だけを選り好みしようとするのではなく、むしろBクラス社員やCクラス社員もいるという前提に立って人材マネジメントを行う方が賢明ではないか?キヤノン電子の代表取締役である酒巻久氏は、自社の社員を「Aクラス=上位20%」、「Bクラス=上位21~50%」、「Cクラス=下位50%」に分けていた(半分がCクラスというのだから、「2:6:2の法則」よりもシビアだ)。その上で、Bクラス社員に対しては、Aクラスレベルの潜在能力がありながら、それまで上司や仕事に恵まれなかったがために、十分に実力を発揮できていない者がいると信じて指導にあたった。
では、Cクラスの人はどうするのか?下位50%の人には、基本的に上位50%の人が効率よく動けるようにサポートに回ってもらうことにした。例えば営業部門の場合、資料集めや伝票整理をやらせる。すると、上位20%の人は外回りに専念できる。酒巻氏は、このような発想で下位50%の人を活かす道を考えた。キヤノン電子では、課長に人事権がある(最終決定権は事業部長)。課長は自らの権限で、部下の能力に応じて役割分担を柔軟に変えることができるのだ。
リーダーにとって大切なことは、すべて課長時代に学べる はじめて部下を持った君に贈る62の言葉 酒巻 久 朝日新聞出版 2012-05-18 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
巨人はかつて、長嶋氏の時代に各球団の4番打者をコレクションしていた。巨人は圧倒的な戦力を誇り、しかも各球団から4番打者を引き抜いて他球団を弱体化させたはずだった。にもかかわらず、投資に見合った成果があったとは言いがたい。これも、Aクラス人材の集団が十分に機能するとは限らないことの一例だろう。それが、原監督になってからは、様々な能力を持つ選手の融合体になった。阪神ファンの私からすると、原監督は個々の選手の能力をよく見極めて、適材適所を実現させようとしているように見える。その結果、2007~2009年にはV9(1965~1973年)以来の3連覇を達成した。V9時代以降、3連覇以上を達成しているのは、西武しかない。
適材適所を実現させるのが上手だった歴史上の人物というと、戦国の武将・武田信玄が思いあたる。有名なのが「臆病者の大蔵左衛門」の話である。大蔵左衛門は大の戦嫌いで、戦と聞くだけで癪を起こしてしまうほどだった。そのため、一度も戦場に立ったことがない。そこで、信玄は大蔵左衛門を呼び出して、城の「隠目付」を任ずることにした。家中で起こる悪事や噂など、何でもいいからよく見聞きして信玄に報告させるようにしたのである。
大蔵左衛門はこれ以降、必死になって家中のあらゆることに聞き耳を立て、様々な情報を信玄の耳に入れた。家臣が密かに話したことまで信玄の耳に入ってしまうので、家中の秩序は引き締まったという。臆病者でも使い道があることを信玄は発見した。酒巻氏のように表現するならば、Cクラスである大蔵座衛門に、Cクラスなりの職務を担当させたということだろう。日本人はこういう話の方が強く共感すると思うし、信玄のような人材マネジメントの方が合っている気がする。