2012年12月14日
カレル・ヴァン・ウォルフレン『誰が小沢一郎を殺すのか?画策者なき陰謀』―事実の裏づけなき検証
誰が小沢一郎を殺すのか?画策者なき陰謀 カレル・ヴァン・ウォルフレン 井上 実 角川書店(角川グループパブリッシング) 2011-03-02 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
Amazonのレビューは高評価が多いみたいだけど、個人的にはうーんという感じ。
Q.誰が何のために小沢氏を殺すのか?
A.官僚組織が既得権益を守るために小沢氏を殺す。官僚組織にとっての既得権益とは、「日米同盟の下で安全保障をアメリカに丸投げし、自らは自国の経済発展(とそのおこぼれとしてもらえる利権)のみに集中すればよい」という、戦後から現在まで続く体制そのものである。政治主導を掲げて既得権益に踏み込もうとする小沢氏は反乱分子であるため、検察とタッグを組み、マスコミを利用して”人物破壊”を行っている。
本書の内容をまとめればこのぐらいで収まる。ウォルフレンの著書は、昔読んだ『人間を幸福にしない日本というシステム』や『怒れ!日本の中流階級』などの方が切れ味が鋭かった気がする。思い出補正がかかっているのかなぁ?
人間を幸福にしない日本というシステム カレル・ヴァン ウォルフレン Karel Van Wolferen 毎日新聞社 1994-11-01 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
怒れ!日本の中流階級 カレル ヴァン・ウォルフレン Karel Van Wolfren 毎日新聞社 1999-12-01 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
本書は、先日紹介した『約束の日 安倍晋三試論』ほどの細かい分析がなされておらず、前述の結論だけを最後まで強引に押し通した印象を受ける。日本に政治主導の政治が根づかず、官僚機構が非公式な権力を持つに至った歴史的背景も、またマスメディアがどのように小沢氏を攻撃したかについても、具体的な事実や新聞記事がほとんど取り上げられず、著者の主張だけがどんどん進んでいってしまう。
意地悪な見方をすれば、確かに政治家主導によって官僚の仕事は多少減るかもしれないが、現代国家の構成要件の1つとも言える官僚機構そのものがなくなることは絶対にない。しかも小沢氏は、「官僚が経済だけに集中していてはダメだ。これからは軍事力の増強も考えなければならない」と主張しているわけであり、むしろ官僚の役割は増える可能性が高い。しかも、軍事産業という、これもまた利権が生まれやすいビジネスを、官僚にもたらしてくれるかもしれないのだ。その小沢氏を、官僚がみすみす殺そうとする意図が不明である。
現在の内外の情勢を踏まえると、日本の政治のあるべき姿はこうである。そして、小沢氏の発想はまさにその方向性に合致しており、小沢氏の理想が実現されれば、官僚をはじめとする既得権益はこういう点で大きなダメージを受ける。したがって、官僚がマスコミ・検察を利用して小沢潰しにかかっている、という話の展開であれば、非常に納得感がある。ところが、一貫して官僚が悪い、マスコミが悪い、のオンパレードであり、最後の方は食傷気味になる。
小沢氏はなぜ、普天間基地問題をめぐって日米関係が最も深刻な危機を迎えていた2009年末に訪中を行ったのか?小沢氏が賛同する「日米中正三角形論」を実現させる具体的な算段は、この時構想されていたのだろうか?
あるいは、そもそもなぜ小沢氏が「右派と左派の玉石混合状態の政党」である民主党に身を置いたのか?民主党は先の衆院総選挙のマニフェストで、国民にたくさんのアメをちらつかせておきながら、政権交代が実現するや外国人参政権法案、人権救済法案など左寄りの法案を通そうとしていた。また、EUに倣った「東アジア共同体」構想では、政治的価値観や国家規模が近いヨーロッパ諸国と、体制や規模が全く異なるアジア諸国との違いを無視して、安易に「国家主権を共同体に委譲する」などと憲法草案に盛り込もうとした集団である。
小沢氏は、こうした政党で活動をしながら、1993年の『日本改造計画』で掲げた「新しい保守主義」をどうやって実現させるつもりだったのだろうか?そこに実現可能性の高い戦略や戦術はあったのだろうか?そして、小沢氏の打ち手はどのようにして既得権益によって握りつぶされたのか?こういった論点に踏み込んだ内容ならば、もっと面白い本だっただろう。