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比嘉朝進『最後の琉球王国―外交に悩まされた大動乱の時勢』―中国に太平洋進出の野心を焚きつけたアメリカ?
『中国の尖閣暴挙!日本よ覚悟はあるか(『正論』2016年8月号)』―沖縄県民は米軍基地を追い出したら中国が基地を作ることを理解しているのか?
『非立憲政治を終わらせるために―2016選挙の争点(『世界』2016年7月号)』―日本がロシアと同盟を結ぶという可能性、他

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2016年11月16日

比嘉朝進『最後の琉球王国―外交に悩まされた大動乱の時勢』―中国に太平洋進出の野心を焚きつけたアメリカ?


最後の琉球王国―外交に悩まされた大動乱の時勢最後の琉球王国―外交に悩まされた大動乱の時勢
比嘉 朝進

閣文社 2000-02-20

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 ペリーは1853年、軍艦4隻を率いて浦賀に現れ、フィルモア大統領の国書を提出して日本の開国を要求した。翌1854年には、軍艦7隻を率いて横浜に来航し、条約の締結を強硬に迫った。幕府はその威力に屈して、日米和親条約を締結し、①アメリカ船が必要とする燃料や食糧などを供給すること、②難破船や乗組員を救助すること、③下田・函館の2港を開いて領事の駐在を認めること、④アメリカに一方的な最恵国待遇を与えることなどを取り決めた。

 以上が教科書的な説明であるが、実はペリーが浦賀や横浜を訪れる前に、琉球を訪れていたことを本書で知った。ペリーが琉球に寄港したのは、浦賀を訪れる2日前、横浜を訪れる4日前である。ペリーは、琉球が太平洋航路上の重要拠点であると見なし、要求を呑まなければ琉球を占領するとまで言った。結局、圧力に屈して琉球王府が要求を受け入れたことにペリーは満足し、海軍長官宛てに次のような上申書を送っている。
 那覇は太平洋航路のために最も便利な停泊地である。あらゆる手段を講じて獲得し、各種の施設を造った。琉球王国は日本帝国の最も重要な属国であるが、我々が事実上、琉球の支配権を握っている。本官は琉球を永久に維持しようと考えている。
 琉球に来たのはアメリカだけではない。ロシアからはプチャーチン提督が来ていた。そのプチャーチンに対し、米国士官は「日本政府が米国の要求を拒否したら、琉球を米国の支配下に置くので、他国は琉球に手出しをしないよう要請する」という内容の書簡を手渡した。この書簡は、戦後の「ダレスの恫喝」を思い起こさせるものだ。戦後、北方領土問題でソ連と交渉していた日本は、色丹・歯舞諸島の2島返還で手を打つというところまでソ連と話が進んでいた。だが、アメリカのダレス国務長官が、2島で妥協するならば沖縄を返還しないと”恫喝”したとされる。

 話を元に戻そう。当時の琉球王国は、清と日本との両属状態にあった。琉球にはアメリカ、ロシア以外にも様々な国が訪れ、通商を要求したが、琉球はそのたびに清との関係にひびが入ることを恐れていることが本書の随所から伝わってきた。
 (※琉米修好条約について、)琉球は清国の属国なので、独立国と認定されたら、清国と困難を生ずる恐れがある。ほかの条項に関しては承認しよう。
 琉球はその資力に耐えずまた外人には常に貧乏の小国と言ってあるのに、にわかに大金を支出すれば外人はこれを利として交易を拡大するであろう。それに清朝の意向もわからない。外人から受領した外貨以上に、要求物品を供給して多額の出費をこうむっている。今後、外人の要求もはかりがたいので、その幾分かを残留しておきたい。
 (※フランスとの貿易、フランスからの軍艦・大砲の購入に関して、)西洋の大国と貿易するのは、産物の乏しい小国にはとても無理である。留学生の件は内情が露見すれば不都合が生じるし、清朝関係にも響くおそれがある。座喜味親方は気ままな面があり、人気も離れているので引退してもらう。蒸気船・大砲の購入は異存ない。
 外国人の中には牧志(※通訳)の顔見知りがいて、万一琉薩交流のことが清国に知られたら、朝貢に支障をきたすおそれがある。通訳のことなら長堂朝清を代わりに出せる。
 琉球王府が外国との交易を極度に恐れていたのは、本来清国に対して朝貢品として差し出すべき物品が外国に流出してしまうからである。引用文にあるように、琉球が貧乏の小国であれば、なおさら致命的だ。清国にとってみれば、貧乏の小国である琉球からの朝貢品など、たかが知れていたかもしれない(むしろ清朝は、朝貢品を受けると、何倍にもして返礼するのが常であった)。だが、清国にとって重要なのは冊封体制の維持であり、体制から外れる国が出てくることは、清国のメンツが傷つけられることを意味する。琉球が恐れていたのはこのことだろう。

 ここで、以前の記事「相澤理『東大のディープな日本史2』―架空の島・トカラ島の謎」のことを思い出した。琉球は、清朝との属国関係を心配するだけでなく、日清との両属関係にあることを外国に隠そうとした。日本(薩摩藩)は琉球が清国の属国であることを知りながら、琉球を日本の属国としている。一方、清国は琉球が自国以外の国(日本)の属国になっていることを知らない。仮にそれがバレると、先ほどと同じように清国のメンツが潰れることになる。
(1)[海軍提督の申し入れ]北山と南山の王国を中山に併合した尚巴志と、貿易の発展に寄与した尚真との、両王の栄光の時代を思い出されたい。貴国の船はコーチシナ(現在のベトナム)や朝鮮、マラッカでもその姿が見かけられた。あのすばらしい時代はどうなったのか。

(2)[琉球王府の返事]当国は小さく、穀物も産物も少ないのです。先の明王朝から現在まで、中国の冊封国となり、代々王位を与えられ属国としての義務を果たしています。福建に朝貢に行くときに、必需品のほかに絹などを買い求めます。朝貢品や中国で売るための輸出品は、当国に隣接している日本のトカラ島(架空の国)で買う以外に入手することはできません。その他に米、薪、鉄鍋、綿、茶などがトカラ島の商人によって日本から運ばれ、当国の黒砂糖、酒、それに福建からの商品と交換されています。もし、貴国と友好通商関係を結べば、トカラ島の商人たちは、日本の法律によって来ることが禁じられます。すると朝貢品を納められず、当国は存続できないのです。
(フォルカード『幕末日仏交流記』)
 上の文章(1)(2)は、1846年にフランス海軍提督が琉球王府に通商条約締結を求めた時の往復文書の要約である。以前の記事でも書いた通り、(2)は琉球が日清との両属関係にあることを隠すための答弁だったと解説されている。しかし、改めてこの文章を読んでみても、私の国語力が足りないせいか、どうもそういうふうには解釈できない。(2)の答弁は1回の回答ではなく、海軍提督とのやり取りをまとめたものであろう。そのやり取りは、次の通りであったと推測される。

 琉球王府「当国は小さく、穀物も産物も少ないのです。先の明王朝から現在まで、中国の冊封国となり、代々王位を与えられ属国としての義務を果たしています」
 海軍提督「中国には何を納めているのか?」
 琉球王府「必需品のほかに絹などを納めています」
 海軍提督「絹は琉球で作れるのか?」
 琉球王府「(やばい、琉球では絹は作れない。実際には薩摩藩から入手している。しかし、それを正直に答えると、薩摩藩との関係が疑われる。よし、ここは適当なことを言ってごまかそう)絹は琉球に隣接するトカラ島という小さな島(架空の国)で買う以外に方法がありません」

 これでも結構危うい答弁である。海軍提督がトカラ島のことを詮索したらアウトである。幸いにも海軍提督はそれ以上突っ込んだことを聞かなかったので、1つ難を逃れた。しかし、その後に出てくる「もし、貴国と友好通商関係を結べば、トカラ島の商人たちは、日本の法律によって来ることが禁じられます」という言葉はいただけない。この言葉は、琉球と日本の間に何かしらの取り決めがあることを示唆してしまっている。個人的には、上記の琉球王府の回答は、琉球が日清との両属関係にあることをほとんど認めているように感じるのである。

 実は、琉球側の努力も空しく、琉球が日清との両属関係にあったことは、西欧の間では周知の事実であり、清国も知っていたという。
 1840年に「琉球の資本は多くこれを日本に貨とす。国中にて行使するのはみな日本の寛永銭にして、販するところの各貨を日本に運ぶのは十のうち八、九を常とする。たびたび中国に貢するのは、ただに恭順であるだけでなく、その国勢(貧小)がそうさせるのである。(清史稿)」と記している。
 明治時代に入ると、日本の一部となるのか、日清との両属関係を維持するのかで、王国を二分する論争が起きた。両属関係維持派は頑固派と呼ばれたが、彼らの本音はこうであった。
 官禄は世襲なので学識がなくとも、みんな年長にしたがって昇格する。日清両属の関係を持して門閥の資格を保ちたい。もし日本専属に帰すれば世襲の階級は皆無となる。ただ学識がある者が官に昇り、禄を受けるわれらの家門は衰微し、子孫は飢えてしまう。
 要するに、両属関係にあれば、年功序列制で自然と出世できるので、その方がよいというわけだ。自分の家のことを最優先し、国全体のことを考えていないと王府の人間は嘆いた。

 明治時代に入ると、日本の琉球処分をめぐって日清で激しい応酬が繰り広げられた。仲裁に入ったグラント元アメリカ大統領は、次のように忠告した。
 清国は琉球諸国を洋上航路に欠かせない要路とみている。朝貢は問題ではなく、争点は土地である。日清が争えば漁夫の利を得るのは西洋である。琉球諸国の境界を分画し、太平洋に出る航路を清国にあたえれば、承諾するだろう。
 だが、清には元々、太平洋進出の意図はなかったと思われる。清の李鴻章はこう述べている。
 琉球王国の島々は、清国沿岸と東シナ海との間にあって、海上交通要路の海域にまたがっている。琉球は台湾に余りにも近い。琉球王国が日本の手中に落ちるということは、触手が台湾の目前に迫ることであり、その台湾は清国沿岸の近くにある。だから、日本の南進を警戒しているのである。日本の暴挙に対し、対決する決意であり、日本を恐れるものではない。
 つまり、琉球が日本のものになると、太平洋進出の邪魔になるからではなく、日本の勢力が台湾まで迫って来るから困ると言っているわけである。清は、南シナ海は固有の領域と思っていたかもしれないが、太平洋に関してはほとんど関心がなかった。中国は現在、アメリカに対して、「太平洋を中米で二分割して支配しよう」などと発言している。しかし、その元をたどると、実はグラントのようなアメリカ人が入れ知恵したことが原因ではないかと邪推する。以前の記事「マイケル・ピルズベリー『China 2049』―アメリカはわざと敵を作る天才かもしれない」で、世界を二項対立的にとらえるアメリカは、自国の対抗馬をわざと作っておかないと気が済まないと書いたが、アメリカは100年以上前から、中国を将来の敵とすべく動き出していたのかもしれない。

2016年08月12日

『中国の尖閣暴挙!日本よ覚悟はあるか(『正論』2016年8月号)』―沖縄県民は米軍基地を追い出したら中国が基地を作ることを理解しているのか?


正論2016年8月号正論2016年8月号

日本工業新聞社 2016-07-01

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 野田政権が2012年に尖閣諸島を国有化して以来、中国はその報復として、海警局などの公船を頻繁に尖閣諸島の領海に侵入させてきた(念のため補足すると、外国船舶は沿岸国の平和・秩序・安全を害さないことを条件として、沿岸国に事前に通告をすることなく沿岸国の領海を通航することが国際法上認められている。これを「無害通航権」と呼ぶ)。尖閣周辺を中国の公船が自由に行き来するその状態は、もはや常態化したと言ってよいだろう。

 軍艦については、当初は遠方で活動するのみであった。ところが、徐々にその活動範囲を尖閣諸島の近くにまで広げてきた上に、その数も増やしてきた。とはいえ、それでも中国は、尖閣諸島の沿岸から12海里の領海と、その外側12海里に隣接する接続水域に軍艦を入れることは避けてきた(竹田恒泰「君は日本を誇れるか 第27回 間合いを詰めてくる中国を挫く方法」)。

 だが、6月9日未明、初めて中国海軍のフリゲート艦が尖閣諸島の接続水域に入った。6月15日未明には中国海軍情報収集艦が鹿児島県口永良部島沖の領海に侵入し、さらに同日午後2時過ぎ、「海警」3隻が尖閣周辺領海に侵入した。また、16日午後3時には同じ情報収集艦が沖縄県北大東島の接続水域を航行した(本間誠「〔一筆啓誅 NHK殿 特別版 第61回〕日中友好条約があるから・・・「軍艦は絶対に来ない」と発言していたNHK解説委員へ」)。

 中国公船による尖閣近海の領海侵入累積数は、2012年から今年3月までで152日、延べ470隻に及んでいるが、軍艦は一度も侵入したことがなかった。公船の侵入も準軍事力による我が国主権への挑戦であることには違いないが、軍事力そのものである軍艦とは自ずと意味が変わってくる(香田洋二「沖縄全域、鹿児島沖島嶼部もターゲット 孤立化に怯えるも・・・南西諸島の侵略を諦めない」)。中国はこうして少しずつ間合いを詰めてくる。これを「サラミ戦法」と呼ぶそうだ。こんな非常事態の最中でも、事件に関するメディアの反応は悪かった。というのも、メディアは連日舛添要一前東京都知事の資金問題を取り上げていたからである。

 さすがに、沖縄県はさぞ慌てたに違いない。尖閣諸島を含む石垣市の中山義隆市長は報道陣に「非常に危機感を持っている。政府には事態をエスカレートさせないよう、今後とも毅然とした態度を取ってほしい」と語った。さらに、市議会で市長は、「南沙諸島における中国の活動には非常に懸念している。21世紀に自国の領土を拡大しようという国があること自体が非常に危険だ。尖閣でも同じように、力での現状変更を仕掛けてきているという認識を持っている」と批判した。石垣市議会は中国に対し、「東シナ海の安全保障上の均衡を、武力を背景に変更を迫る行為であり、尖閣諸島強奪に向けた動き」とする抗議決議を全会一致で可決した。

 ところが、驚くべきことに、沖縄本土やその他の沖縄地域では、相変わらず「反基地キャンペーン」が展開されていたのである。5月には嘉手納基地に勤務する元米海兵隊員で軍属の男が、ウォーキング中だった沖縄県うるま市の女性会社員を殺害するという事件が発生し、これが反基地ムードをさらに煽ることになった。さらに、沖縄県では6月5日に沖縄県議選が実施され、翁長雄志知事を支える与党が「オール沖縄」を掲げて基地の県外移転を訴えて勝利した。中国軍艦の侵入はその直後に起きたのだが、反基地運動には全く影響せず、19日には大規模な反基地集会が開かれた(仲新城誠「〔対中最前線 国境の島からの報告 特別版 第37回〕中国軍艦もどこ吹く風 米軍属殺人事件の政治利用に狂奔する翁長知事とメディア」)。

 ここからはいきなり話題が変わって稚拙な見解を披露することをお許しいただきたい。日本人は元々、自分の目で観察した事柄に基づいて意思決定することを重視する。製造業では昔から「三現主義(現場、現物、現実)」が大切にされている。マーケティングにおいては、顧客の消費行動をじっくりと観察し、顧客の声に耳を傾け、顧客の繊細なニーズを丁寧に製品・サービスに織り込んでいく(ただし、あまり顧客に共感しすぎると弊害が生じることは、以前の記事「『組織の本音(DHBR2016年7月号)』―イノベーションにおける二項対立、他」を参照)。

 逆に、現場を見ずに意思決定をすると、取り返しのつかない過ちを犯す。以前の記事「山本七平『一下級将校の見た帝国陸軍』―日本型組織の悪しき面が露呈した帝国陸軍」で書いたように、日本陸軍がその典型である。陸軍のトップは現場を無視して過去の成功体験にしがみつく。業を煮やした参謀が、これもまた現場を十分に観察することなく、指揮命令系統を無視して現場に命令を出す(山本はこれを「私物命令」と呼んだ)。現場は命令と実態が食い違っていることを知りながら、実態を命令の方に合わせる(山本は、陸軍の中で「員数(=物資や人の数)を計画に合わせよ」という言葉がよく使われたと述べている)。こうして陸軍は硬直状態に陥った。

 逆に、アメリカ人は、現場を見なくとも、入手した情報のみに基づいて適切な意思決定をする能力に長けている。アメリカ企業はITに莫大な投資をして顧客の情報を多面的に取得し、それらを統計的に解析して様々な指標を計算する。経営者は社長室の椅子に座って指標の推移を眺めながら、必要な決断を下す。デルの社長室にはありとあらゆる経営指標がリアルタイムで表示され、社長はそれを見ながら意思決定を行うので、まるで飛行機のコックピットに座っているようだという話を聞いたことがある。日米のこの差は、事業のグローバル展開のスピードに影響を与える。日本企業は現場を見なければ進出するかどうかを決められないため、どうしてもスピードが遅い。他方、アメリカ企業は情報さえあれば決断してしまうので、一気に多国展開できる。

 アメリカでは、企業だけでなく、政府もインテリジェンスに莫大な投資をしている。各国の政府、公的機関、企業その他各種団体、個人に関する公開情報(※)はくまなく調査する。加えて、アメリカは絶対にその事実を認めないが、各国の通信を全て傍受しているとも言われる(日本にはエシュロンと呼ばれる通信傍受施設がどこかにあるとされる)。こうした情報が外交・軍事にフル活用される。インテリジェンスを重視するのは、イギリスの伝統を引き継いでいるためだ。つまり、イギリスなどが行った植民地支配の名残である。本国から遠く離れた植民地をコントロールするために、現場をわざわざ見なくても、情報だけで意思決定ができる仕組みを構築したのである。

 (※)インテリジェンスと言うと、私などは極秘にスパイを放って、非公式に重要人物に接触し、非公開情報をかき集めるというイメージを持っていた。ところが、実はインテリジェンスの9割以上は公開情報に基づくと佐藤優氏が語っていた(池上彰、佐藤優『新・戦争論―僕らのインテリジェンスの磨き方』〔文藝春秋、2014年〕)。スパイのイメージが強いロシアで外交官を務めた佐藤氏がそのように言うのだから、おそらくアメリカでもほとんど同じではないだろうか?

 さらに言うと、アメリカ人は全く情報がなくても、イノベーションを起こせる。詳細は以前の記事「森本あんり『反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体』―私のアメリカ企業戦略論は反知性主義で大体説明がついた、他」などをご参照いただきたいが、市場調査で情報が得られない場合は、イノベーターが自分を最初の顧客に見立て、自らが心の底からほしいと思う製品・サービスを形にする。そして、「自分がほしいものは世界中の人もほしいに違いない」というロジックで、全世界への普及を図る。イノベーターはそれを自分の使命と位置づけ、神と契約を交わす。唯一絶対の神との契約であるから、その内容は絶対であり不変である(以前の記事「『しなやかな交渉術(DHBR2016年5月号)』―「固定型」のアメリカ、「成長型」の日本、他」を参照)。

 アメリカ企業は、イノベーションを全世界に普及させる段階でインテリジェンスを活用する。つまり、各国でイノベーションが受け入れられている割合はどのくらいか?各国で普及度合いに差があるのはなぜか?イノベーションの普及が阻害されている要因は何か?その阻害要因を取り除くにはどうすればよいか?これらの問いに答えるために、各国の事業環境に関する情報を幅広く収集する。決して、イノベーションを顧客のニーズごとにカスタマイズするのが主たる目的ではない。イノベーションの中身は唯一絶対の神と契約で決めたわけだから、変えることができない。

 日米の違いは、ビジネスパートナーの探し方にも表れる。販売代理店をやりたいと考えるアメリカ企業は、世界中の商材をインターネットで検索し、その企業の情報を収集する。そして、お目当ての企業が出展している展示会を見つけ出してそれに参加し、ブースに赴いて「御社の製品が気に入った。ぜひ取引がしたい」といきなり持ち掛ける。日本の展示会は、決裁権限のない担当者レベルの人が興味本位で集まるようなものだから、このような光景はまず見られない。情報に基づいて物事を決めるアメリカ人ならではの行動である。

 逆に、日本人は信頼ベースでパートナーを探す。誰かに仕事を依頼しようと検討している人は、まずは自分の知り合いの中から候補を探す。私の仕事である中小企業診断士の世界は、まさにこういう風に動いている。最近は、会員数の増加に伴って、誰がどういう分野に強くて、どのような実績を持っているのかデータベース化したいという声がたびたび挙がる。しかし、データベースで情報を見ただけではその人となりが解らず、結局は自分が普段からよく知っている人に仕事を依頼してしまう。そのため、データベース化の話はいつの間にか立ち消えになる。仮に適任の知り合いがいなかった場合、次は知り合いの知り合いに接触するのが普通である。

 日本人は、現在という時間を重視し、現実を観察して少しずつ改善していく。逆に、アメリカ人は将来を重視し、明確な(固定的な、不変の)ビジョンを掲げて神と契約を結び、インテリジェンスを活用して現実をビジョンの方に近づけていく。日本人の発想は柔軟であり、アメリカ人の発想は固定的である。だが、最近は、アメリカ人的な日本人が増えたと感じる。アメリカ人の固定的な発想が日本人に適用されるとどうなるか?日本人には現在という時間しかないのだから、現在に固定されて身動きが取れなくなる。そう考えると、護憲派が頑なに現行憲法にこだわるのもうなづける。護憲派は、アメリカが主導した憲法を支持しているのだから、硬直的になるのも当然だ。

 そうならないためには、現場を大切にするという基本精神に立ち返ることである。だが、中国の脅威を最も感じているはずの沖縄県民が、教条的に反基地、反米を掲げているのは非常に不可解である。暴力団が町中をうろついているのに、警察に向かってこの町から出ていけと言っているようなものである。沖縄から米軍基地がなくなったらどうなるか?間違いなく、中国は沖縄を狙ってくる。南沙諸島の埋め立て島がハーグの常設仲裁裁判所に否定されようとも、中国には全く関係ない。沖縄を奪い取った中国は、米軍の跡地に基地を作る。いかほどの規模の基地を作るのか、それによって住民の生活はどれほど脅かされるのか、これはちょっと想像がつかない。ただ、そういうリスクがあるのは確実である。このことを沖縄県民は理解しているのだろうか?


 《2016年9月24日追記》
 『正論』2016年10月号より2つの寄稿文を引用。
 矢野:もう一つ、日本人が勘違いしていることなんですが、白旗を上げれば戦争しなくて済むのかといえば、違うんです。嫌でも中国側に立って次の戦争をしなければならなくなります。もし中国が日本列島を押さえたら、第一線に出そうとするのは日本軍ですよ。自衛隊を再編して、自分たちの先鋒として最前線に出して捨て駒にして、次に自分の本土軍が出てくる。支配した国の軍隊をまずすり減らして、次の段階で自分が出てくるというのはどこの国だって考えることです。
(用田和仁、矢野一樹、本村久郎「中国に尖閣を奪われない方法・・・南西諸島はこう守れ」)
 地元では反対派住民が「石垣島の自衛隊配備を止める会」という組織を作り、配備阻止に向けた署名活動などを進めている。沖縄メディアは反対一色だ。しかし極言すれば、現在の国際情勢では「石垣市に自衛隊を配置するか、石垣市の行政区域である尖閣諸島に人民解放軍の基地ができるか」の二者択一ではないかと思う。侵略的な中国が隣国である限り、八重山が軍事基地と無縁な平和な島々であり続けることは不可能だ。
(仲新城誠「「南シナ海」化が進む尖閣 大漁船団の次は・・・」)
月刊正論 2016年 10月号 [雑誌]月刊正論 2016年 10月号 [雑誌]
正論編集部

日本工業新聞社 2016-09-01

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2016年07月18日

『非立憲政治を終わらせるために―2016選挙の争点(『世界』2016年7月号)』―日本がロシアと同盟を結ぶという可能性、他


世界 2016年 07 月号 [雑誌]世界 2016年 07 月号 [雑誌]

岩波書店 2016-06-08

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 (1)
 日本政府は、G7サミットを意識でもしたのか、「ヘイトスピーチ対策法案」の今国会での成立を急いだ。だが、この法案は罰則を含まず、保護の対象を「適法に居住する」「本邦外出身者とその子孫」に限定したため、沖縄出身者やアイヌ、在留資格のない外国人が保護されない可能性を残した。
(神保太郎「メディア批評」)
 2008年以降、国連からは日本に対して複数回に渡り、沖縄県民を先住民族として扱うべきだという勧告が出ている。2008年の自由権規約委員会においては、「日本国は国内法によって琉球、沖縄の人々を先住民族として明確に認め、彼らの文化遺産および伝統生活様式を保護し、保存し、促進し、彼らの土地の権利を認めるべきである」と勧告された。これを受けて、仲村覚氏は、「今現在、沖縄に住んでいる県民、そして、県外を含む沖縄県出身者とその子や孫に対する侮辱である」、「国連からヘイトスピーチを受けていると言っても過言ではない」と憤っている(中村覚「沖縄発―「先住民族」勧告撤回運動の行方」〔『正論』2016年7月号〕)。

正論2016年7月号正論2016年7月号

日本工業新聞社 2016-06-01

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 冒頭の引用文で、「沖縄出身者やアイヌ」がヘイトスピーチ対策法で保護されないとあるのは、神保太郎氏が沖縄出身者を先住民族として自覚しているからこそ発生する危惧である。別の言い方をすれば、神保氏など沖縄左派の人々にとって、沖縄出身者は元々「本邦外出身者」であって、現在は日本国内に「適法に居住している」存在なのである。アイヌに関しては、日本政府は先住民族として認めている。これに対して、当然のことだが、沖縄県民については政府はそんな認定をしていない。しかしながら、現在の沖縄では、自らを先住民族と見なす動きが広まりつつある。その先にあるのは、言うまでもなく沖縄の独立である。

 沖縄の独立運動の裏では、中国共産党が暗躍している。中国共産党は沖縄左派のプロ市民を導入し、アメリカ軍基地の撤退運動を支援している。運動員には、中国共産党から日当が出ているという話もある(そうでなければ、仕事をせずに毎日基地の前に座り込んでいる人たちは生活できないだろう)。中国は沖縄からアメリカを駆逐し、江戸時代に琉球王国が中国に朝貢した関係を取り戻そうとしている。いや、そんな生ぬるい関係ではなく、中国はアメリカと対峙し、自らの海洋戦略を拡大するために、沖縄そのものを奪取するに違いない。

 アメリカが沖縄から手を引き、沖縄が中国のものとなった時、容易に想像できるのは、アメリカ軍基地跡に中国軍が進出することである。しかも、アメリカよりもはるかに乱暴なやり方で基地の建設を進める。最近、米兵による沖縄人女性殺害事件を受けて、沖縄では大規模な反米デモが起きているが、中国が沖縄に進出してくれば、この程度の事件では絶対に済まない。そのことを理解している沖縄県民は、果たしてどのくらいいるのだろうか?

 私は最近、東アジアにおける最悪のシナリオとは何かを考えることがある。それはつまり、以下の事象がほぼ同時期に起きることである。

 ①北朝鮮を見限った中国が、左傾化した韓国を突き動かし、韓国主導で朝鮮半島に新たな共産主義国家を建設する。韓国の莫大な資金は北朝鮮の核に注入されて、凶悪な核保有国ができ上がる(以前の記事「『「慰安婦」戦、いまだ止まず/台湾は独立へ向かうのか/家族の「逆襲」(『正論』2016年3月号)』―朝鮮半島の4つのシナリオ、他」を参照)。
 ②台湾で親中派の政権が登場し、中国が一国二制度を破棄して台湾を中国に統合する。
 ③沖縄が日本から独立し、さらに中国の統治下に入る。
 ④アメリカで共和党のトランプ氏が大統領となり、日本からの米軍撤退を進める。

 これら全てが現実のものとなった時、日本には戦後直後よりもはるかに激しい共産主義化の波が押し寄せるに違いない。しかも、戦後とは異なり、日本を守ってくれるアメリカはもう当てにならない。こうなった場合、日本は日米同盟を破棄し、代わりにロシアと同盟を結んでロシアの核の傘に入るという選択肢が現実味を帯びてくる。日本の米軍基地跡はロシアに使わせる。中朝を牽制するために合同軍事演習を行う。代わりに、北方領土を全部返せと交渉するのである。

 あまりに支離滅裂で一貫性がないと思われるかもしれない。しかし、元々吹けば飛ぶような小国である日本には、大国のようにエレガントな原理や理想を貫き通す外交を展開する力がない。その時々の時流を見極め、恥も外聞も捨てて生き残るための最善策をあちこちから調達して組み合わせるのが小国のやり方である。例えば、インド(インドが小国なのかという議論はあるが)の「全方位外交」(ブログ別館の記事「山田剛『知識ゼロからのインド経済入門』」を参照)、ベトナムの「八方美人外交」(ブログ別館の記事「福森哲也『ベトナムのことがマンガで3時間でわかる本―中国の隣にチャンスがある!』」を参照)に学ぶところは大きいのではないかと思う。

 (2)
 ここで明白なのは、自民党への支持が回復したから政権復帰したのではない、ということである。実際、衆議院選挙における得票数ベースでも、自民党は麻生政権末期の惨敗の際の得票率を2012年・2014年の2回とも下回ったままなのに、政権復帰を果たしたばかりか、公明党と合わせて3分の2を超える議席を獲得している。
(中野晃一「憤りはどう具現化されるか 2016年参議院選挙の政治史的意味」)
 中野氏は、衆議院選挙でも参議院選挙でも、得票数すなわち民意が各政党の議席数に適切に反映されていないと言いたいようである。暗に、自民党は獲得した投票数以上の議席を占めていると示唆している。だが、ここでこんな分析をしてみよう。表①は、2003年11月の衆議院選挙から2014年12月の衆議院選挙までの国政選挙について、自民党、民主党、その他の政党が獲得した議席数をまとめたものである。1行目のカッコ内の政党名は、各選挙で勝利した改選第1党である。これに、NHKが毎月実施している政治意識月例調査を組み合わせる。それぞれの選挙が実施された月の政党支持率のデータを抽出した。

 《表①》
自民党・民主党の議席数・支持率推移

 表①をグラフ化したものが図①である。それぞれの年の左側の棒グラフは、選挙で自民党、民主党、その他の政党が獲得した議席数の割合である。右側の棒グラフは、各政党に対する支持率を表している。これを見ると、国民の支持率以上に議席数を獲得しているのは、実は自民党ではなく民主党なのではないかと言いたくなる(もちろん、自民党も2012年12月の衆議院選挙では、政党支持率をはるかに上回る議席数を獲得しているのだが)。

 《図①》
自民党・民主党の議席数・支持率(グラフ)

 ただ、表①や図①では「支持なし」層が存在するため、分析としてはまだ十分ではない。そこで、非常に機械的ではあるが、「支持なし」層が選挙の際にはいずれかの政党を支持するものと考えて、調整を加えてみた。「支持なし」層はいわゆる浮動層であり、多くは改選第1党の支持に回ると考えられる。そこで、「支持なし」層の5割は改選第1党を支持すると仮定した。残り半分のうち、3割は野党第1党を、2割はその他の政党を支持すると仮定した。

 2003年11月の衆議院選挙、2005年9月の衆議院選挙、2012年12月の衆議院選挙、2013年7月の参議院選挙、2014年12月の衆議院選挙では、自民党が改選第1党であったので、同月の政治意識月例調査で「支持なし」と回答した割合のうち50%を自民党の支持率に、30%を民主党の支持率に、20%をその他の政党の支持率に加えている。2004年7月参議院選挙、2007年7月参議院選挙、2009年8月衆議院選挙、2010年7月参議院選挙では、民主党が改選第1党であったので、同月の政治意識月例調査で「支持なし」と回答した割合のうち50%を民主党の支持率に、30%を自民党の支持率に、20%をその他の政党の支持率に加えている。

 《表②》
自民党・民主党の議席数・支持率推移(調整後)

 調整後の表②をグラフ化したものが図②である。これを見ると、政党支持率と獲得議席数の割合はそれほど大きくかい離していないことが解る。むしろ、2009年8月衆議院選挙で、民主党が政党支持率以上に議席を獲得しているのが目立つぐらいだ。よって、中野氏が言うように、現在の選挙制度は民意を適切に反映しておらず、制度的に欠陥があるとは必ずしも言い切れない。もっとも、民意が得票数の割合と一致していないにも関わらず、結果的にはほぼ民意に沿った結果に落ち着くというのはなぜなのかという、選挙制度の謎を紐解く必要はある。

 《図②》
自民党・民主党の議席数・支持率推移(調整後)(グラフ)


 《2016年8月13日追記》
 『世界』2016年9月号を読んでいたら、2016年7月の参議院選挙において、無党派層の投票先が自民党22.3%、民進党22.3%(共同通信調べ)と書かれていたため、「「支持なし」層の5割は改選第1党を支持すると仮定した。残り半分のうち、3割は野党第1党を、2割はその他の政党を支持すると仮定した」というのは極端すぎると反省した。そこで、各選挙において無党派層がどの政党に投票したのか、可能な限り過去の新聞記事から拾ってきた。ただし、2007年以前については記事が見つからなかったため、自民党と民主党のうち、勝利した方が30%、敗北した方が20%を獲得し、残りの50%はその他の政党に流れたものと仮定して計算をやり直した。

政党支持率と調整後得票率(表)

 例えば、直近の2016年7月の参議院総選挙時には、自民党の政党支持率は40.3%、「支持なし」は36.5%であった。無党派層のうち、自民・民進がそれぞれ19%を獲得し、残りの62%はその他の政党に流れた。よって、自民党の調整後得票率は、40.3%+19%×36.5%=47.2%となる。民進党、その他の政党、また他の年の選挙についても同様に計算している(もっとも、この計算でも、自民党の支持者が全員自民党に投票することを前提としているため、欠陥はある)。この計算によって、獲得議席数と調整後の得票率の関係をグラフ化したものが下図である。

政党支持率と調整後得票率(グラフ)

 グラフの解釈は色々あるだろうが、少なくとも左派がしばしば言うように、「自民党は全体の20%ぐらいしか票を集めていないのに、過半数の議席を獲得している」という批判はあてはまらないと思う。どういう理由かよく解らないものの、選挙結果は案外民意を反映している。


 (3)
 当選こそかなわなかったものの、市民の力、野党共闘の力を示し、全国にその可能性と希望をもたらしたことは、一つの成果と言える。
(池田真紀「市民の政治のつくりかた」)
 2016年4月24日に行われた衆議院北海道5区補欠選挙は、全国で初めて野党共闘が実現した選挙であった。著者の池田真紀氏は統一候補として立候補した。当選には至らなかったが、「市民選挙」、「市民政治」の可能性を感じた選挙であったと振り返っている。

 左派がよく使うこの「市民」という言葉には、地位も権力も持たないひ弱な個人であっても、協力して積極的に政治に参加すれば、自らの力で政治を変えることができる、という意味合いが込められているように思える。それが世界レベルにまで広がれば「世界市民」、「コスモポリタン」となり、国家という枠組みを取り払って世界中の人々が平等に連帯することを目指す。

 ところで、市民=civilという言葉の語源をたどって行くと、「礼儀正しい」という意味に行き着く。ここから、civility(英語)、civilité(フランス語)、Zivilitat(ドイツ語)といった名詞が派生し、いずれも「礼儀正しさ」や「礼儀作法」を表す。では、ここで言う「礼儀正しさ」とは一体何であろうか?ドイツ語には、Zivilitatの同義語としてhöflichkeitという語がある。これはhöflich(礼儀正しい)という形容詞の名詞形で、この形容詞の語源をさらにたどると、Hofという名詞に行き当たり、これは「宮廷」を意味する。これらのことを踏まえると、civilという言葉は、宮廷社会の中で礼儀正しく振る舞う人々を指しており、必然的に中世以来の身分制を前提としていることになる。

 ルソーは、civilが前提とする身分制を攻撃し、身分制によって生じる不平等を糾弾した。ルソーの著書『不平等論』の中には、「様々な階級を支配している、教育と生活様式の驚くべき多様性」を肯定しているかのように見えるところがある。しかし、実際には全くの逆で、その多様性を不平等の原因であり結果であるとして告発しているのである(ここまでの内容は、市野川容孝『社会』〔岩波書店、2006年〕を参照)。今の日本で「市民政治」や「市民選挙」を実現しようと声を上げている人々が、このような歴史的背景をどこまで理解しているのか、はなはだ疑問である。

社会 (思考のフロンティア)社会 (思考のフロンティア)
市野川 容孝

岩波書店 2006-10-26

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 (4)
 大澤:客観的に見れば、もちろん神ではなく唯物論的に説明できるような現象を、人びとが、神に関わる出来事のように受け取ったときに、歴史が動くのではないかということです。
 柄谷:フロイトがいう「死の欲動」とは何かというと、それは、有機体が無機質に戻ろうとする衝動を指します。無機質とは、社会の次元でいうと、葛藤、戦乱、経済的成長がないような定常的状態です。それが徳川時代にあった。(中略)憲法9条を支える超自我は、無機質に戻ろうとする「死の欲動」であり、それは徳川の「文化」の回帰であった、といっていいわけです。
 柄谷:マルクスは、社会主義革命は世界同時革命でしかありえないと考えていました。一方、カントもルソー的な市民革命を支持しながら、それが一国だけでは成り立たないと考えた。周囲の国から妨害されるからです。そこで、彼は諸国家連邦を考えた。それが平和論となっていったわけですが、もともと市民革命論なのです。(中略)戦争をもたらすのは、資本と国家です。それらを揚棄しないなら「永遠平和」などありえない。要するに、世界同時的市民革命が必要です。
(以上、柄谷行人、大澤真幸「9条 もう1つの謎 「憲法の無意識」の底流を巡って」)
神・人間の完全性・不完全性

 この記事を読んでいて私はとても恐ろしくなった。上図の説明は以前の記事「【ドラッカー書評(再)】『産業人の未来』―人間は不完全だから自由を手にすることができる」に譲るが、引用文の発言は全て、右上の象限に該当し全体主義につながる発想である。大澤氏は、人間の完全な理性が神の絶対性・無限性を手に入れる時、歴史は動くと述べている。

 ただ、厳密に言えば、「歴史が動く」という表現は(左派にとっては)正しくない。完全無欠の神に似せて創造された人間は、生まれた時点で既に完成している。だから、生まれた瞬間という現在の1点が時間の全てであり、現在が時間を無限に覆い尽くしている。過去や将来という時間軸が入り込む余地はない。教育によって人格を改良するなどもってのほかである。また、どの人間も神の分身であるから、1人であると同時に、神という全体性に等しい。これが、柄谷氏の言う「定常的状態」である。左派はしばしば革新だの進歩だのと言うけれども、実際にはその場から全く動かない。左派が重視する個性や多様性も、単なる幻想である。

 現在が時間の1点であると同時に無限の時間の全てである、私という存在が1人の人間であると同時に完全な神=人類の全体である―この2つを前提とするならば、柄谷氏が述べるように「世界同時革命」しかあり得ない。順次的な革命は考えられない。革命が順番に起こるということは、時間の流れを想定していることになるからだ。また、革命によって実現される姿は、世界共通である必要がある。そうでなければ、神=人類の全体が完全・無限であることに反する。

 しかし、左派は世界同時革命を一体どのように引き起こすつもりなのだろうか?卑近な例だが、あれだけ世界中で影響力を持つマイクロソフトが、Windows10にアップデートするのでさえ四苦八苦している。私には、世界同時革命のシナリオが全く見えない。また、左派は戦争をなくすために世界同時革命を行うと主張している。しかし、その革命手法が非武力的である保証はどこにもない。そもそも、マルクスも革命は暴力革命によると主張していた。世界同時革命に反対する者が武力で攻撃してきた時、左派は一体どのような行動に出るのだろうか?

 (5)
 山口:4月に「報道の自由度ランキング」が発表され、日本は世界72位までランクを下げたことが話題になりました。第2次安倍政権下でメディア攻撃の嵐が吹き荒れ、表現の自由が露骨に抑圧されていることは大きな問題ですが、なぜジャーナリスト、学者など、表現活動にかかわる人間が強い抵抗を示すことができないのでしょうか。
(山口二郎、森達也、西谷修「自発的隷従の鎖を断ち切る「小さな揺らぎ」」)
 安倍政権が、とりわけ安保法制をめぐってメディアに露骨に介入したことが「報道の自由度ランキング」を下げたと言いたいようだ。しかし、一般社団法人日本平和学研究所は、2015年9月14日~18日における各局の安保法制をめぐるTV報道の時間を集計した結果によると、反対が89%(11,452秒)、賛成が11%(1,426秒)だったという(小川榮太郎「亡国前夜或いは自由の喪失」〔『正論』2016年7月号〕。同記事には、TV局別に賛成、反対の報道時間を分析した詳細な結果が掲載されている。ワールドビジネスサテライトだけが唯一、賛成・反対をほぼ半分ずつの時間で報じたのに対し、その他のTV局は約7割~9割の時間を反対に割いている)。

 安倍政権が露骨にメディア介入をしているならば、こんなに各局揃って安保法制反対キャンペーンを張ることはできないはずだ。むしろ、偏向報道を繰り返したと表現した方が正しい。その偏向ぶりは、当時の世論とも温度差を生じている。安保法制の成立を受けて実施された世論調査によれば、朝日新聞では賛成30%、反対51%毎日新聞では賛成33%、反対57%読売新聞では賛成31%、反対58%であり、概ね賛成:反対=1:2弱となっている。反対の報道時間が約7~9割にも上るのは、明らかにやりすぎである。

 確かに、安倍政権が多少はメディアに注文をつけたことはあるかもしれない。しかし、実際には、メディアは安倍政権の意に反する報道を続けた。しかも、そのやり方は度を過ぎていて、世論からも離れてしまった。私は、「報道の自由度ランキング」で日本がランキングを落としたのは、民意に寄り添いながら多様な視点・意見を提供するというメディアの役割を放棄し、一方的な報道を展開したメディア側に原因があるのではないかと考える。

 そもそも、各界の論者が『世界』に自由に投稿をし、私がこうして『世界』を簡単に購入できる時点で、日本では表現の自由は何の制約も受けていない。本当に言論統制が敷かれているならば、私は地下組織の伝手をたどって、必死の思いで『世界』を入手しなければならないはずだ。




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