2014年11月25日
日本政策金融公庫総合研究所『中小企業を変える海外展開』―日本企業の海外展開とその影響に関するアンケート
中小企業を変える海外展開 日本政策金融公庫総合研究所 同友館 2013-07-03 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
本書は、日本政策金融公庫総合研究所が2012年8月に実施した「日本企業の海外展開とその影響に関するアンケート」の結果を分析したものである。冒頭で、経済産業省の「企業活動基本調査」(社員数50人以上かつ資本金3,000万円以上が対象)の結果が紹介されており、日本企業の海外展開の実態を知ることができる。それによると、海外に子会社・関連会社を保有する企業数は、1997年の3,505社から、2010年には5,081社へと増加している。輸出を行っている企業の数も、5,159社から6,409社へと増えている。また、同調査では、2009年から海外への製造委託についても尋ねており、2009年が1万2,938社、2010年が1万3,043社となっている。
安倍総理は、「平成26年度中小企業・小規模事業者政策」の中で、政策の柱の1つとして「今後5年間で新たに1万社の海外展開を目指す」と宣言している。私は、本当に1万社が海外に出て行ってしまったら、国内の売上高も雇用も減ってしまうから、政府としては困るのではないか?と思っていた。以前の記事「平成26年度経済産業省予算案 中小企業関連政策のポイント」では、海外展開支援が政策の柱になっているにもかかわらず、予算が少なかったことから、政府は本気ではないのではないか?とも書いた。
ただ、本書のアンケートを見ると、私の認識は間違っていたようである。海外展開企業と非展開企業で、最近3年間の国内事業の売上高、採算、社員数の増減を尋ねた結果、いずれの設問についても、増加傾向と答えた企業の割合は海外展開企業の方が高かった。いわゆる産業空洞化というキーワードは、実態には即していないようである。
本書によれば、このアンケート結果は先行研究の内容と一致しているという。
たとえば、樋口・松浦(2003)は、「企業活動基本調査」のデータをもとに製造業を対象とする分析を行い、①海外に製造子会社をもつ企業では、労働生産性や付加価値額が増加していること、②製造業全体で雇用が減る中でも海外に製造子会社をもつ企業では雇用の減少率が小さいことを指摘している。ただ、海外展開をするとなぜ業績がよくなるのか、とりわけ、なぜ雇用が増えるのかまでは、本書を読んでもよく解らなかった。単にコスト削減のために工場を海外に移転したり、製造業務を海外委託したりするならば、売上高・利益率は上がるとしても、社員数は減少するはずである。となると、雇用が増えるのは、コスト削減ではなく、海外の需要獲得を目的としたケースに限られる。
また、若杉ほか(2008)は、「企業活動基本調査」と「海外事業活動基本調査」のデータを使い、①輸出や海外直接投資を行っている企業は、それらを行っていない企業に比べて、雇用者数、付加価値、賃金、資本集約度、技術集約度が上回っていること、②輸出や海外直接投資を開始した企業はそうしていない企業に比べてもともと労働生産性が高いが、輸出や海外直接投資後にその差がさらに拡大することを明らかにしている。
輸出の場合、国内よりも大きな海外市場を狙うことで国内工場の拡張が必要となり、製造部門の人員増が見込めるであろう。また、貿易業務に携わる人材や、海外の販売パートナーをマネジメントする責任者も採用しなければならない。しかし、輸出を続けているうちに、相手国との貿易摩擦が問題になるケースがある。相手国は生産拠点を自国に移すよう圧力をかけてくる(かつての自動車産業のように)。また、経営的な視点からしても、製造拠点が市場から遠く離れた国内にあるよりも、市場に近い現地にあった方が、市場ニーズを製品に素早く反映させやすい。
したがって、最初は輸出から始まったとしても、やがては生産拠点を国内から海外に移転し、それに伴って販売拠点も海外に移すことになる。その結果、国内の製造・販売部門の人員は減少するに違いない。頭で考えるとそうなるのだが、現実にはそれでも国内雇用が増えるのはなぜなのか?また、どのような戦略を描けば、国内の雇用を増やしながら海外展開をすることができるのか?この辺りをもっとよく考えていかなければならない。
本書では、海外進出の目的別に事業の成果との関係を分析したデータが興味深かった。調査では、先ほど述べたコスト削減、海外需要の獲得という2つの目的に加えて、後者の派生形として、既往取引先への対応という目的を追加している。顧客企業から「海外に進出するので、一緒に海外に来ないか?」と要請されるケースである。この3つの目的別に、進出後の事業の成果との関係を調べたところ、コスト削減、海外需要の獲得を目的とした場合は成果が上がりにくかったのに対し、既往取引先への対応を目的とした場合は成果が上がりやすいという結果になった。
確かに、初めから顧客が決まっている方がビジネス的には成功しやすいことは感覚的にも理解できる。国内で起業したり新規事業を立ち上げたりする場合には、顧客がいる状態で事業を興すべきというのが鉄則になっている。逆に、顧客がいないのに事業を始めるのは無謀である。海外事業でもこの鉄則は通用するようだ。
ただし、取引先に要請されて海外に出て行ったのに、蓋を開けてみたら取引先からの注文が全く入って来ず、海外工場が稼働しなかった、という話をしばしば耳にする。取引先の1社、2社と事前に話がついていると、「進出後も顧客がいるから安心だ」と思ってつい有頂天になってしまう。しかし、取引先とて急に戦略の方向性が変わるのであり、自社との取引は必ずしも確約されたものではない。特定の取引先に過度に依存することなく、現地で他の日系企業にアプローチするなど、新規顧客を開拓する努力を怠ってはならない。
製造業は低賃金の国を求めて製造拠点を転々とする傾向がある。数年前までは中国が一番人気だった。しかし、経済成長に伴って賃金が急上昇し、また日中関係の悪化もあって、今度はタイが注目された。ところが、タイも政治や自然災害のリスクがあるということで、今は別の国が模索されている。ニュースではミャンマーがアジア最後のフロンティアとして持ち上げられているけれども、海外に詳しい知り合いの話によれば、現在最もホットなのはインドネシアだという。
グローバル経済を信奉するリベラルな経済学者は、その時点で最も低コストで生産できる国を探して、製造拠点をどんどん移転させるべきだと主張する。しかし、個人的にはこれはあまり現実的ではないと思う。製造拠点はそう簡単に他の国に移動させることができない。海外工場での勤務経験がある方の話によると、工場の建設に1年、工場責任者や現場のリーダーを現地で採用・育成するのに1年、現地のワーカーを採用・育成するのに1年ぐらいかかるらしい。だから、海外進出を決めてから最初の3年間は、事業として芽が出ないと思った方がよい。3年でようやく形になり、事業としてモノになるにはやはり5年、10年という長い時間がかかる。
5年も10年も経てば、現地ワーカーの賃金が上がってしまい、コスト削減の効果がなくなってしまうのではないか?と言われるかもしれない。しかし、賃金が上がるということは、それだけワーカーの生活水準も上がるということである。そうなれば、その工場をコスト削減のための工場としてではなく、今度は現地市場向けの製品を製造する工場として位置づける。賃金が上がったので賃金が安い別の国に移ろうとすると、また一から工場をやり直さなければならない。そうではなく、最初はコスト削減を目的とした進出であっても、将来的には経済成長を見越して現地の需要獲得を目指すといった、長期的な展望を持つことが重要ではないだろうか?