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『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)
『正論』2018年2月号『本誌に突きつけられた朝日新聞”抗議書”に言論で答える/ワシントンを火の海にする狂気』―「朝日新聞に社是はない」で笑ってしまった

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2018年04月16日

『一橋ビジネスレビュー』2018年SPR.65巻4号『次世代産業としての航空機産業』―「製品・サービスの4分類」修正版(ただし、まだ仮説に穴あり)


一橋ビジネスレビュー 2018年SPR.65巻4号: 次世代産業としての航空機産業一橋ビジネスレビュー 2018年SPR.65巻4号: 次世代産業としての航空機産業
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2018-03-19

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 以前の記事「土屋勉男、金山権、原田節雄、高橋義郎『革新的中小企業のグローバル経営―「差別化」と「標準化」の成長戦略』―共著と中小企業研究の悪癖が両方とも出た1冊」で、技術的に突っ込んだ話がなかったことに不満を表明したが、今月号の『一橋ビジネスレビュー』は東京大学航空イノベーション研究会とタッグを組んで、これでもかと技術的な話をつぎ込んできたため、技術音痴の私の頭には論文の内容があまり入ってこなかった(わがまま)。それでも、従来の私のアイデアを修正するヒントが得られたので、今回はそれを記事にしてみたい。

 前々から、「必需品か否か?」、「製品・サービスの欠陥が顧客の生命(BtoCの場合)・事業(BtoBの場合)に与えるリスクが大きいか否か?」(別の言い方をすれば、「製品・サービスに高い品質基準が要求されるか否か?」)という2軸でマトリクスを作って、世の中の製品・サービスを4つのカテゴリに分類できないかと考えてきた。これまでの最新版は、以前の記事「「製品・サービスの4分類」に関するさらなる修正案(大分完成に近づいたと思う)」で示した図①であったが、本号を読んで図②のように修正することとした。

○図①
製品・サービスの4分類(②各象限の具体例)

○図②
【修正版】製品・サービスの4分類(各象限の具体例)

 <象限④>について、2つの修正を行った。1つ目は<象限②>に位置づけていた「航空」を<象限④>に移動させたことである。@niftyニュース「飛行機についてのアンケート・ランキング」によると、2013年4月~2014年3月の間に1回も飛行機に乗ったことがない人の割合が61%であったため、航空は必需品とは言いがたい。2つ目として、「テーマパーク・遊園地」を<象限④>に追加した。これは今まで全く欠落していたのだが、テーマパーク・遊園地というのは必需品ではないものの、設備トラブルがあれば顧客の生命を脅かすため、<象限④>に入れた。ディズニーランドが重視する4つの価値観のうち、最上位に位置しているのは実は「安全」である。

 (※)この修正に伴い、以前の記事「『顧客は何にお金を払うのか(DHBR2017年3月号)』―USJ、Supership(nanapi)、ユニリーバの戦略比較」でUSJを<象限③>としていたが、今後は<象限④>に位置づけることとする。

 まず、<象限①><象限②>と<象限③><象限④>の違いについて、改めて説明したいと思う。<象限①><象限②>は多神教的世界、<象限③><象限④>は一神教的世界であり、<象限①>は新興国が、<象限②>は日本が、<象限③><象限④>はアメリカが強い。<象限③><象限④>は必需品ではなく、ニーズを一から掘り起こす必要があるイノベーションの世界である。ニーズが存在していないないから、伝統的な市場調査は役に立たない。そこで、リーダーは自分自身を最初の顧客に見立てて、「自分はこういう製品・サービスがほしい」と構想する。そして、「自分がこれだけほしがっているのだから、世界中の人も同じようにほしがるはずだ」と考えて、その製品・サービスを世界中に普及させることを唯一絶対の神と契約する。リーダーがエバンジェリスト(伝道者)となって世界中に布教すると言ってもよい。

 以前の記事「『正論』2018年2月号『本誌に突きつけられた朝日新聞”抗議書”に言論で答える/ワシントンを火の海にする狂気』―「朝日新聞に社是はない」で笑ってしまった」で書いたように、イノベーションとはリーダーがこれだと思うルールを世界に適用する演繹的な取り組みである。リーダーはトップダウンでイノベーションを推進する。イノベーションは必需品ではないため、購入・利用しない人は全く見向きもしないが、熱狂的なファンはその製品・サービスを必要以上に購入・利用する。そのため、市場規模が読みづらい。後者の顧客の存在を前提として、リーダーは野心的な目標を設定する。ただし、契約が正しいかを知っているのは神だけである。契約が正しければイノベーションは全世界で成功し、リーダーは巨万の富を得る。契約が間違っていればイノベーションは静かに死を迎える。そして、間違っている契約の方が圧倒的に多い。

 海外の航空機産業では、国がリーダーとなり、トップダウンで事業を進めているという。
 アメリカにおいては、大統領の決定による、省庁横断の政策文書「国家航空研究開発政策」により、航空研究開発におけるアメリカ政府の役割を明確に定義し、NASA(アメリカ航空宇宙局)は研究開発を実施している。また、欧州においては、「Flightpath 2050」という航空ビジョンに基づいて、戦略研究イノベーション計画が制定され、これにのっとり、DLR(ドイツ航空宇宙センター)、ONERA(フランス国立航空宇宙研究所)ともにトップダウン形式での研究開発を行っている。
(岩宮敏幸、大貫武、白水正男「日本の航空技術と国際競争力」)
 さらに言えば、たとえ成功したとしても、多くのイノベーションは短命である。中には世界中の人々の必需品となって<象限①>や<象限②>に移動するものもあるが、多くは流行が過ぎ去れば急激に市場がしぼんでいく。そうなる前に、リーダーは自社株買いによって株主に利益を還元しながら事業を縮小したり、自社を他の企業に売却してエグジットを図ったりする。いずれにしても、その過程でリーダーは大きな富を手中にし、後は悠々自適な生活を送る(ただし、航空機産業は国家の安全保障とも関連しているから、航空機メーカーが勝手に店じまいすることは国が許さない。航空機メーカーは数十年単位のサイクルで新型機を投入し続ける)。

 イノベーションのプロモーションは、世界中の人々に「この製品・サービスを使え」と迫るような、半ば脅迫的なものである。そしてリーダーは、そのプロモーションに対する市場の反応を数字で追っている。リーダーは、全世界に配置したプロモーション担当から、各種プロモーションに関する情報を報告してもらう。リーダーはそれを分析し、A地域でイノベーションを受け入れてもらうためにはどうすればよいか、B地域で受け入れてもらうにはどうすればよいか、などと考える。つまり、リーダーはインテリジェンスを重視する。A地域やB地域の顧客ニーズの違いを考慮して製品・サービスをカスタマイズしようとはしない。カスタマイズするのはプロモーションの内容の方であり、A地域やB地域の人々の心理的特性に応じて、発信するメッセージを変える。

 リーダーのモチベーションの源泉は、「自分が考案したイノベーションを全世界に広めたい」という「自己実現」の欲求である。そのために自らに高い目標を課す。そして、その目標を達成するのに必要な要件をCSF(Critical Success Factor:重要成功要因)として演繹的に特定し、KPI(Key Performance Indicator:重要業績指標)を紐づける。つまり、成功の条件をごく限られた数の指標に帰結させる(その中には前述のプロモーションに関する指標も含まれる)。イノベーティブな組織の業績管理や人事考課は全て、このCSFやKPIと結びつけられている。

 リーダーは、そのKPIの達成に向けて、世界中から優秀な人材をかき集める。ただし、前述のようにイノベーションは短命であり、リスクが高いので、あまり多くの正社員を抱え込もうとはしない。たいていは外部の優秀なクリエーターたちを集めてプロジェクトを結成する。正社員に関しても、プロジェクトの特性に応じて最高の人員配置を追求するため、上を下への人事異動が頻発する。プロジェクトが終われば外部のクリエーターはその企業を離れて別の企業を探し、正社員はまた乱高下の激しい人事異動を経て別のプロジェクトへと移っていく(航空機に関しては、優秀な開発者は開発が終わるとメーカーを渡り歩くが、メーカーの中には囲い込みのためにそのような渡り歩きを禁止しているところもあるそうだ)。

 競合他社との関係について言えば、最初は市場を創造するという必要性から、協調的であることが多い。普及を妨げる旧来の規制を破壊したり、市場の確立に必要な標準や規格を一緒に構築したりする。ところが、ある程度市場が成長すると、競合他社との関係は敵対的になる。プロモーションでは競合他社のことを公然と攻撃する(日本やEUでは敵対的CMが規制されているため、目にする機会はない)。あるいは、標準や規格に組み込んでもらった自社の標準必須特許をめぐって、法外な使用料を請求したり、差止請求を起こしたりする。

 とはいえ、競合他社がいるからこそ自社が差別化できることを踏まえれば、競合他社は自社のアイデンティティ確立のために必要不可欠な存在だと言える。よって、競合他社を完膚なきまでに叩きのめそうとはしない。その点では、常に敵チームを必要とするスポーツに近い。そう言えば、スポーツもエンタメの一種として<象限③>に位置づけられるものであった。

 <象限①>や<象限②>は、既に市場ニーズが存在している世界であり、マーケティングやマネジメントが武器となる。過去の経験上、こうすれば成功できるという法則がある程度解っているため、一見すると演繹的に事業を行えばよいように見える。しかし、顧客のニーズは時間の経過とともに微妙に、時には急激に変化するから、顧客に密着したニーズの調査が欠かせない。そして、顧客の直接的な観察を通じて得られた知見から、今回はこうすれば上手くいきそうだという仮説を立てる。よって、<象限①>や<象限②>は帰納的であると言える。ただし、帰納的に導かれたルールが全世界で通用するというわけではなく、あくまでもその企業が活動するフィールドや文脈においてのみ有効であるという点に注意しなければならない。

 <象限①>や<象限②>は多神教的な世界であると書いた。この2つの象限は、<象限③>や<象限④>が全世界をターゲットとするのに対し、市場を細かくセグメンテーションする。<象限①>の場合、「○○地域に住んでおり、年収は○○万円ぐらいで、○○という価値観を重視している、○○歳~○○歳ぐらいの女性」に対して日用品を販売する、といった具合だ。そして、この日用品メーカーは、同じ顧客をターゲットとする他の企業、例えば、アパレルや食品スーパー、飲食店などと連携する。特定の顧客に対してあたかも多角化をしているかのように事業を展開するのが<象限①>であり、これが多神教的であることの意味である。この形態はショッピングセンターや商店街に見られる。新興国の場合は、財閥が力を持っており、同じ財閥が日用品メーカー、アパレル、食品スーパー、飲食店などを傘下に収めていることが多い。

 <象限②>の場合、製品・サービス面での多様な広がりではなく、顧客面での多様な広がりが見られる。<象限②>の企業は細かくセグメンテーションしたその全てに対し、各セグメントの特性に応じて異なる製品・サービスを提供しようとする。古い話になるが、トヨタが「いつかはクラウン」というキャッチコピーで若者からシニアに至るまで異なる車種を展開したのが解りやすい例である。つまり、<象限②>では、特定のジャンルの製品・サービスを全ての顧客に合わせて提供するという意味で多神教的である。<象限③>や<象限④>も同じように全ての顧客をターゲットとするが、前述の通り、この2つの象限に属する企業は、顧客ニーズに合わせて製品・サービスをカスタマイズしようとは考えない。この点で<象限②>とは大きな違いがある。

 顧客志向が強いマネジャーのモチベーションの源泉は、「他者貢献」の欲求である。プロモーションも、<象限③>や<象限④>に比べると抑制的である。<象限③>や<象限④>のプロモーションが強烈なプッシュ型であるのに対し、<象限①>や<象限②>はプル型重視へと移行している。利他に徹することで、自分の目の前にいる顧客に何としてでも満足してもらいたいというのがマネジャーの願いである。「自分が考えたイノベーションを全世界に普及(布教)させたい」と「自己実現」を狙っているイノベーターとは対称的である。

 マネジャーは顧客から「こんな製品・サービスを作ってくれて本当にありがとう」と言われるとモチベーションが上がる。同時に、「こんな製品・サービスを作りやがって」とネガティブなフィードバックを受けても、かえって燃え上がるというマゾヒスティックな一面もある。

 <象限①>や<象限②>のマネジャーは現場を重視する。顧客と直接会って話をする、顧客を観察する、工場に足を運ぶ、といった具合だ。こうして得られた情報に基づき、ボトムアップ的に目標を設定する。ここからが<象限①>や<象限②>の不思議なところだが、ボトムアップでトップに上げた目標をトップから再び現場に展開する際、上位階層と下位階層の目標の因果関係が複雑になるという特徴がある。別の言い方をすると、上位階層の目標の達成に必要な目標以上の目標が下位階層には課される。具体的には5Sや挨拶の重視や能力開発の実践といった細かい目標である。一見すると、上位階層の目標の達成には無関係に見える目標でも、重要な目標とされる。<象限①>や<象限②>の目標管理は往々にして総花的である。

 市場ニーズが読めずリスクが高い<象限③>や<象限④>では、フラットなプロジェクト型組織が見られるのに対し、<象限①>や<象限②>では、市場の成長がある程度計算できることから、伝統的な階層型組織が採用されるのが一般的である。<象限③>や<象限④>では上を下への人事異動が頻発すると書いたが、<象限①>や<象限②>ではそのような人事はレアケースである。多くの場合は、段階的に出世の階段を上がっていくことになる(ただし、市場が成熟している場合は、永遠に階層型組織を拡大することができず、全員を昇進させることは不可能になることは、以前の記事「平井謙一『これからの人事評価と基準―絶対評価・業績成果の重視』―「7割は課長になれない」ことを示す残酷な1枚の絵」で書いた)。

 競合他社との関係を見ると、表向きはもちろん激しく競争するが、裏では協調的な行動を取り、共存共栄を図っている。日本は業界団体の数が多く、競合他社の戦略がある程度共有されている。だから、どの企業も似たような新製品・サービスを同時に発表するし、必要とあれば競合他社と組んで新製品・サービスを開発することもある(自動車業界はメーカー間の協業関係が非常に複雑である)。ただし、共存共栄が行き過ぎると建設業界のような談合が起きるし、斬新なアイデアで市場に切り込もうとする新規参入企業をのけ者扱いするという悪癖が出る。

 <象限①>と<象限②>、<象限③>と<象限④>はいずれも競合他者の存在を必要としているが、どれくらい本気で必要としているかは、競合他社が経営不振に陥った時に見えてくる。<象限①>や<象限②>では、その競合他社がいなくなるとその企業から製品・サービスを買っていた顧客が困るから、あるいは業界の輪が乱れて困るから救済に乗り出すことが多い。これに対し、<象限③>や<象限④>では、競合他社の不振につけ込んで、その企業が持っている技術やノウハウを獲得しようという利己的な動機で救済に乗り出す。

 ここからはそれぞれの象限の違いを述べてみたいと思う。まずは、産業のバリューチェーンについてである。<象限①>は、製造の階層が少なく、流通・サービスの階層が多い。例えば、家電には自動車ほどの多重下請け構造はない。一方、流通に関しては、食料品や日用品において多重流通構造が存在する。<象限②>は、製造の階層も流通・サービスの階層も多い。自動車や建設、IT(BtoB)業界は多重下請け構造となっている。工作機械、機械器具の流通は多段階である。<象限③>は、製造の階層も流通・サービスの階層も少ない。映画には主に制作会社、配給会社、映画館という3種類のプレイヤーが存在するだけである。<象限④>は、製造の階層が多く、流通・サービスの階層が少ない。航空機は100万点の部品を必要とする、裾野が非常に広い製品である。一方、フライトに関しては、航空会社という1レイヤーしか存在しない。

 ただ、この産業のバリューチェーンについての記述は、まだ粗い仮説であることをご了承いただきたい。<象限②>の流通・サービスの階層は、実は短い方が多いのではないかと考えている。自動車や金融は販売チャネルが多段階になっていないと思う。「<象限②>は製造の階層も流通・サービスの階層も多い」と言うことができれば、4象限それぞれの違いがはっきりとするのだが、現時点でそのように断言できないのが私の中でもどかしいところである。

 規制に関しては、<象限①>では雇用を守る規制が多い。参入障壁が比較的低く、雇用の受け皿となっているためである。よって、大規模資本の参入は規制されやすい。日本で言えば、かつての大店法(大規模小売店舗法)がそうであった。新興国は、経済発展のために海外からの直接投資を積極的に受け入れているが、小売業に関しては自国民の雇用を守る目的で参入を規制しているケースが多々見られる(例えば、インドは外資の小売業を受け入れる意向がないことを明言している)。<象限②>は、欠陥が顧客の生命・事業に及ぼすリスクが大きいので、顧客を守る規制が多く策定されている。<象限①>や<象限②>ではこうした規制を前提として事業を行う必要があるが、<象限③>のプレイヤーは規制を破壊する。googleは著作権のルールを変えてしまったし、Airbnbも宿泊業の規制に真っ向から対立した。<象限④>は<象限③>のように敵対的ではなく、規制や規格を官民共同で策定しようとする傾向が強い。

 航空機産業では、この規格作りに参加できるかどうかがカギとなる。
 FARでは、安全上重要な要素に関しては10の9乗時間(約11万年)に1回の故障しか認めていない。これを実際の試験で証明するのは不可能に近いため、高度な解析が要求される。実際には、民間の非営利団体(アメリカのSAEやRTCA)において、業界関係者、研究者などがガイドラインを制定し、それをFAAなどの規制当局が引用する傾向にある。さらに、複雑な大規模システムの認証や、ソフトウェアの認証には、その開発プロセスや検証プロセス自体を規定するガイドラインも策定されている。こうしたガイドライン作りに参加しなければ認証方法を理解することが困難委であり、そのためには、その業界の一員でなければならない。
(鈴木真二「航空機産業を俯瞰する」)
 三菱重工業はMRJを開発するにあたって、このようなルールを策定する会議に参加していなかったため、頻繁な設計変更を余儀なくされたと述べられている。
 どういうデザインが許容されるか、あるいはされないのか、どこにも情報は公開されていないが、後述するように、航空局を含む世界の専門家が集まって、基準のドラフト作成、解釈や運用変更を協議する規則制定(ルールメーキング)の場が分野ごとに多数存在する。継続する旅客機開発からの経験の蓄積に加え、これらの会合に出席していれば、背景にある課題認識や適用範囲などに関する専門家の意見や合意事項を的確に理解し、こうした設計変更を最小限に抑えることも可能だっただろう。しかし、こうした協議の場の重要性は、MRJ開発までは明確には認識されていなかった。
(伊藤一彦、佐倉潔、小林真一、田浦伸一郎「MRJの取り組み 課題と展望」)
 最後に、異業種との関係であるが、これは<象限①>と<象限③>、<象限②>と<象限④>で違いが見られる。<象限①>と<象限③>は異業種に対して比較的開かれている。<象限①>が異業種に対して開かれているのは、前述の通り、特定セグメントの顧客に対し、様々な業種と連携して製品・サービスを提供するからである。日常品や食料品のメーカーは、協力しながら小売店を育てていく。<象限③>については、そもそもイノベーションというものが異質の組み合わせによって生じることが関係している。<象限③>では、異業種連携は大歓迎である。それが如実に表れているのが、昨今のオープン・イノベーションブームである。

 これに対して、<象限②>と<象限④>は異業種に対して閉鎖的である。要求される品質基準が高く、特定のジャンルの製品・サービスに高度に特化しなければならないことがその理由の1つだと考えられる。ただし、<象限②>に関して言えば、例えば自動車×IT(自動運転)、金融×IT(Fintech)、医療×ITといった具合に、IT業界が旗振り役となって異業種連携を推進する動きが現れている。<象限②>と<象限④>における新製品開発は、どちらも製造段階の多重下請け構造を特徴とすることから、垂直方向の擦り合わせによってなされる場合が多い。

2018年02月14日

『正論』2018年2月号『本誌に突きつけられた朝日新聞”抗議書”に言論で答える/ワシントンを火の海にする狂気』―「朝日新聞に社是はない」で笑ってしまった


月刊正論 2018年 02月号 [雑誌]月刊正論 2018年 02月号 [雑誌]
正論編集部

日本工業新聞社 2017-12-25

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 旧ブログの記事「マネジメントとリーダーシップの違いを自分なりにまとめてみた(補足)」では、マネジメントやマーケティングが演繹的で、リーダーシップやイノベーションが帰納的であると書いた。だが、『週刊ダイヤモンド』2017年11月13日号を読んでいたら、こんな文章があった。
 多くの既存企業は帰納法的アプローチを取っている。顧客を観察することから共通のニーズを理解することが基本だ。一方、ベンチャー企業、とりわけスタートアップと呼ばれる急成長する企業は、演繹法的アプローチを取る。仮説に基づいて潜在ニーズを想像し、事業設計するのである。
(校條浩「シリコンバレーの流儀(9)スタートアップとどう向き合うか」)
週刊ダイヤモンド 2017年11/18号 [雑誌] (右派×左派 ねじれで読み解く企業・経済・政治・大学)週刊ダイヤモンド 2017年11/18号 [雑誌] (右派×左派 ねじれで読み解く企業・経済・政治・大学)

ダイヤモンド社 2017-11-13

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 また、『一橋ビジネスレビュー』2017WIN.65巻3号では、牛や豚の腱から人口靭帯を作って人間に移植するというイノベーションに注目し、「抽象―具体」、「論理(演繹)―思考(帰納)」という2軸でマトリクスを作成して、イノベーターが「分析(抽象&論理)」⇒「発想(抽象&思考)」⇒「試作(具体&思考)」⇒「検証(具体&論理)」という順番でイノベーションを具現化しているという論文があった(井上達彦「ビジネスモデルを創造する発想法 第6回 大きな「飛躍」をもたらす着実なサイクル」)。つまり、イノベーションは演繹的アプローチからスタートするというわけだ。

一橋ビジネスレビュー 2017年WIN.65巻3号―コーポレートガバナンス――「形式」から「実質」へ変われるか一橋ビジネスレビュー 2017年WIN.65巻3号―コーポレートガバナンス――「形式」から「実質」へ変われるか
一橋大学イノベーション研究センター

東洋経済新報社 2017-12-08

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 確かに、以前の記事「【シリーズ】現代アメリカ企業戦略論」でも書いたように、とりわけアメリカのイノベーターは、全く新しいニーズを喚起し、全く新しい市場を創造しようとしているわけであるから、伝統的な市場調査を重視しない。自分自身を第一の顧客に見立ててて、「自分はこういう製品・サービスがほしい。自分がこれだけほしがっているということは、世界中の人々もきっと同様にほしがっているに違いない」と考え、イノベーションを全世界に普及させることを唯一絶対の神と契約する。自分自身のニーズという極めて限られた事実から、全世界に通用する法則を導き出すことは、演繹法とも帰納法とも異なる第三の思考法「アブダクション」と呼ばれる。

 ただ、イノベーターが「この製品・サービスこそが正しいのであり、世界中の人々はこの製品・サービスに従わなければならない」と、多額の資金をプロモーションに投入してイノベーションを全世界に普及させる(半ば強引に押しつける)ことは、限りなく演繹的アプローチに近い。例えば、Google Homeは、自宅に帰ったらまず「OK, Google!」と呼びかけ、自分がしたいことをGoogle Homeに命令するという新しい生活スタイルを世界中の人々に習得させようとしている。「普及」は「布教」と呼んでもよいだろう。近年のアメリカ企業の中には、イノベーションを全世界に布教させる役割を持つ「エバンジェリスト(伝道師)」と呼ばれる人が配置されている。

 これに対して、マーケティングやマネジメントの世界では、これまでの長年の研究や経験から、何をすれば期待通りの成果が上げられるかということがある程度明らかになっている。私もよく本ブログで、「マネジメントの世界では、やるべきことをしっかりやっていれば、成果はおのずとついてくる」と書いてきた。これだけを見れば、マーケティングやマネジメントは演繹法である。

 しかし、実際には、過去に演繹的に確立された原理原則が、今現在企業が直面している現実にも本当に適用可能なのかどうかは、様々な切り口からあらゆる事実・情報を収集して検証しなければならない。そして、過去の原理原則がもう通用しないと判明したら、新しい原理原則を打ち立てる必要がある。よって、マーケティングやマネジメントは帰納法と呼ぶのが適切である。さらに、厳密に言えば、この帰納法によって得られた原理原則は普遍性を持たない。その企業が置かれた個別のコンテクストにおいてのみ有効に機能するものである。経営学者のピーター・ドラッカーが「唯一絶対のマネジメントの解はない」と主張していた通りである。

 日本人の場合は特に、現実を探索するには、自分自身が実際に見聞きし、測定し、記録した情報、つまり1次情報を重視する必要がある。現地・現場・現物という三現主義が表す通りである。顧客が一体何をほしがっているのかを知りたければ、顧客をじっくりと観察する。近年、ITの進歩によってこうした情報を効率的に収集しようとする傾向が強くなっている。しかし、探索に関してはむしろ時間と手間をかけなければならない。働き方改革に逆行するようにも思えるが、探索に時間をかける半面、探索によって現実を十分に把握し、何をなすべきかが解ったら、それを成果に結びつけるまでの時間を短縮するという形で働き方改革を実現するべきである。

 逆に、日本人は自分自身で見聞きしていない情報に基づく意思決定が極めて苦手である。これを得意とするのが欧米人であり、彼らは他人からヒアリングした情報や他人が編集した書籍・報告書などの2次情報から現実を推測する力に長けている。以前の記事「『一橋ビジネスレビュー』2017WIN.65巻3号『コーポレートガバナンス』―コーポレートガバナンスは株主ではなく顧客のためにある」で、欧米人は海外子会社をガバナンスする際に、海外子会社のトップに欧米人ではなく現地人を置くと書いた。本国にいる欧米人は、現地のトップが現地から上げてくる情報から、現地で実際に何が起きているのかを推測することができる。外交においても、彼らは2次情報を頼る。元外交官の佐藤優氏は、「インテリジェンスの9割は公知情報に基づく」と述べている。つまり、欧米の外交官は、諸外国が公表している2次情報から、その国の実態を解きほぐす力を持っている(どういう思考回路でそれが可能になっているのか、今の私にはまだ解らない)。

 日本人が欧米人の真似をして、2次情報に基づいて意思決定をしようとすると痛い目に遭う。日本人の頭の片隅にはどこか、「所詮2次情報なのだから、こちらの都合のよいように改変しても構わない」という意識があるように思える。太平洋戦争の際、日本陸軍は軍の物資の数が机上の計算の数値と異なっていると、部下が上げてきた報告書を机上の計算の方に合わせるように命じたと言う。これを山本七平は「員数主義」と呼んだ(以前の記事「山本七平『一下級将校の見た帝国陸軍』―日本型組織の悪しき面が露呈した帝国陸軍」を参照)。最近の神戸製鋼や日産、東レなどの品質管理上の問題も、同じような側面を持っていると感じる。

 一般的に、顧客が何をほしがっているかを知るためには、顧客に直接尋ねるのが手っ取り早いと考えられている。だが、顧客は無意識のうちに嘘をつくことがある。日本マクドナルドは、アンケート調査で「ヘルシーなメニューを食べたい」という声が寄せられたため、新商品として「サラダマック」を導入した。しかし、売上が伸びず、ほどなく撤退してしまった。この後、今度はハンバーガーの肉の量を大幅に増やした「メガマック」を発売すると、これが大ヒットした。顧客が求めていたのは、「ヘルシー」とは正反対のものであった。顧客の本当のニーズは、「食べ応えのあるハンバーガーにガブッとかぶりつきたい」というものであったわけだ(大松孝弘、波田浩之『「欲しい」の本質―人を動かす隠れた心理「インサイト」の見つけ方』〔宣伝会議、2017年〕より)。

「欲しい」の本質~人を動かす隠れた心理「インサイト」の見つけ方~「欲しい」の本質~人を動かす隠れた心理「インサイト」の見つけ方~
大松孝弘 波田浩之

2017-11-29

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 顧客にヒアリングして自身のニーズを語らせるという方法は、調査員本人が顧客から直接聞いた情報であるから、1次情報であると思われがちである。ところが、顧客は自分のニーズに無意識のうちに勝手な解釈を加えて情報を変質させることがある。よって、顧客に対するヒアリングから得られる情報は、顧客が編集を加えた2次情報であるととらえた方がよい。本当に顧客のニーズを知りたければ、繰り返しにになるが、やはり顧客を直接観察するしかない。顧客がどのような生活をしているのか、製品・サービスを選択する際にどんな行動に出るのか、競合他社の製品・サービスとどんなふうにして比較を行うのか、何を基準にして購買の意思決定を下すのか、製品・サービスを利用した時にどういった感想を言うのか、利用後にいかなるアクションを取るのかなどを自分の眼で直接見、顧客が発する声を直接聞いて確かめる必要がある。

 顧客のニーズを探る際に、仮説を持つことが重要であると言われる。だが、仮説が決定的に重要なのはリーダーシップやイノベーションにおける演繹法であり、マーケティングやマネジメントにおける帰納法では、あまり仮説をあてにしてはならない。人間は、自分にとって都合のよい情報だけを採用し、都合の悪い情報を却下する傾向がある。これを確証バイアスと言う。多少の仮説を持って、ある程度のあたりをつけることは大切であるが、仮説にこだわりすぎるのは危険である。私は、ノートを見開きにして、左側のページに仮説を支持する情報を、右側のページに仮説に反する情報を書き込むという方法を提案したい。右側のページが全く埋まらないとしたら、観察・洞察が不十分であると思った方がよい。そして、ノートが埋まったら、当初の仮説を修正し、本当の原理原則は何なのかと熟慮する。

 私は、以前の記事「【シリーズ】現代アメリカ企業戦略論」で、アメリカは神と人間が直接契約を結ぶことを是とする社会であり、神と人間との間に何らかの組織・機構が入ることをできるだけ排除しようとすると書いた。また、必需品でなく、かつ製品・サービスの欠陥が顧客の生命や事業に及ぼすリスクが小さい領域におけるイノベーションを得意とするとも書いた。しかし、これらはいずれも仮説である。私は、自分の仮説に反する事実を把握している。

 仮に、アメリカがイノベーションを全世界に普及させることを得意としているのならば、アメリカが巨額の貿易赤字を抱えていることを説明できない。また、アメリカにはGE、ジョンソン・エンド・ジョンソンなどのように、必需品であり、かつ製品・サービスの欠陥が顧客の生命や事業に及ぼすリスクが大きい領域でも巨大なグローバル企業が数多く存在する。さらに、神と人間の直接の関係を重視するならば、アメリカが連邦制を採用しているという事実、保守的なアメリカ人が家族を大切にしているという事実に反する。加えて、人間が人間を支配する人種差別が行われてきた歴史(そして、それが未だに根強く残っていること)とも矛盾する。これらの不整合をどのように解釈し、アメリカ社会をどうやってとらえ直すべきなのかが私の今後の課題である。

 やっと『正論』2018年2月号の話に入るわけだが、国際政治の舞台においても、現実を虚心坦懐に見つめることが重要である。
 いま私たちには経済力があります。軍事力もあります。情報力もあります。しかし、失ったものがあるのではありませんか。それは「現実を見る目」です。厳しい国際社会の情勢をきちんと見る目、見極める心、それに対処する決意、そうしたものが足りないと思います。
(櫻井よしこ「改憲論議に熱意とスピードを」)
と櫻井よしこ氏が発破をかければ、
 日本人の多くは、抗議しても、決議しても、制裁しても変わらぬ北朝鮮の核ミサイル状況に苛立ちつつも、夢想に近い「対話」をかたくなに主張するか、あるいは「米国の軍事力行使を待望」するという両極端に意見が分かれているようだ。両者に共通するのは、当事者意識に欠け、現実の脅威から眼を逸らし、他力本願で思考停止に陥っているところだ。
(織田邦男「破れた核の傘、日本はどうする!」)
と織田邦男氏は警告する。私は右寄りの『正論』と左寄りの『世界』を両方とも定期購読しているが、少なくとも『正論』では北朝鮮有事が起きた際に日本は何をするべきか具体的に論じようとしているのに対し、『世界』はひたすら「対話」一辺倒であり、北朝鮮と何を話すつもりなのかが見えてこない。理想ばかりを教条的に主張するのが左派の特徴のようである。それを端的に観察することができるのが、現在の沖縄である。
 私は2013年、仲間氏(※石垣市議の仲間均氏)の漁船に同乗して尖閣海域に向かい、領海侵犯してきた中国公船の威嚇を目の当たりにした。日本の主権に関わる大事件だったが、帰港後、この件を私が八重山日報で報じても、県紙は1行も後追い記事を書かなかった。そのくせ、こと反基地となると異常なほどのキャンペーンを張る。
(仲新城誠「対中最前線 国境の島からの報告(54)尖閣防衛の訴えには冷淡・・・沖縄県紙”反基地”の狙い」)
 以前の記事「イザヤ・ベンダサン(山本七平)『日本人と中国人』―「南京を総攻撃するも中国に土下座するも同じ」、他」でも書いたように、日本人は理想と現実という二項対立を処理するのが不得手である。通常は理想と現実の間で妥結点を探り、漸次的な変革を目指すものである。ところが、これができない人は理想を強硬に主張するか、現実の前に土下座する。沖縄の例で言えば、沖縄から全ての米軍基地を追い出すまで抵抗運動を続けるか、尖閣諸島が中国に実効支配されたら中国に向かって土下座するかのどちらかとなる。

 現実を直視しない新聞がある。朝日新聞である。『正論』2018年2月号によると、2017年12月号冒頭の高山正之氏のコラム「折節の記」に対して、朝日新聞が抗議書を産経新聞社に送りつけてきたとある。抗議書は全部で15の項目から構成されているが、その中の1つに、コラムの「社是の方は元気一杯で、安倍潰しに燃えて「もり・かけ疑惑」をぶつけてきた」という記述に対して、「弊社に社是はなく、「安倍潰し」が社是であったこともありません」と回答している部分がある。これについて、『徹底検証「森友・加計事件」―朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪』を出版して朝日新聞から損害賠償請求の裁判を起こされた小川榮太郎氏は次のように述べている。

正論2017年12月号正論2017年12月号

日本工業新聞社 2017-11-01

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徹底検証「森友・加計事件」――朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪 (月刊Hanada双書)徹底検証「森友・加計事件」――朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪 (月刊Hanada双書)
小川榮太郎

飛鳥新社 2017-10-18

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 小川:今回、朝日新聞は「安倍叩きは社是ではない」、「うちには社是などない」と抗議してきていますが、よく考えたら基本的理念という意味で社是がないとすれば恥ずかしいことではないですか。産経新聞社の場合は堂々と、「正論路線」が社是ですよと言えるはずです。新聞社に社是がないなんて、自慢できることではなくて無責任なのだと、逆に申し上げたい。
(高山正之、小川榮太郎「あんなもの送ってくる朝日新聞こそ腐敗権力だな(笑)」)
 これには私も思わず笑ってしまった。大手5紙のうち、読売新聞毎日新聞日本経済新聞産経新聞のHPには、社是や企業理念のページが独立して存在する。ところが、朝日新聞だけは、社是や企業理念の独立したページが存在しない。ただし、企業理念そのものが存在しないわけではなく、トップメッセージの中に企業理念が一応書かれている。
 よりよい明日のため、私たちは「ともに考え、ともにつくる」という企業理念を掲げました。声なき声に耳を傾け、健全に、公正に、そして謙虚に。私たちの原点であるジャーナリズムをしっかりと守りながら、人々の興味や関心への感度を高め、暮らしを豊かにするサービスも充実させる。既成概念にとらわれない「総合メディア企業」を目指しています。
 確かに、南京事件の被害者や、強制的に働かされた慰安婦などという、「本当は存在しない人」の声を聞いているという点で、「声なき声に耳を傾け」ている。それに、日米同盟を破壊して日本を中朝に隷属させようとしている点で、「既成概念にとらわれ」ていない。これだけ企業理念を文字通り忠実に実行していながら、それが社会や国家のためになっていない例はそうそう見つからない。だから、企業理念や社是は言語化=形式知化するだけでは不十分であり、以前の記事「【城北支部青年部】元Hondaの企画屋がやってきたコミュニケーション(勉強会報告)」でも書いたように、社員、さらにはステークホルダーを含めた人々との重層的な対話を通じて、形式知の背後に意味=暗黙知を降り積もらせる必要があるのである。

 テレビは視聴者に対する影響が強く、視聴者の思考(嗜好)を左右しやすいため、中立な立場で放送しなければならないと放送法で定められている。逆に言えば、新聞は読者が記事を読み、その内容の是非を判断する十分な時間があるから、ある程度主義主張を展開してもよいということになる。私も新聞にはそのような機能を期待している。ただし、事実と主張は分ける必要がある。私も駆け出しのコンサルタントだった頃、事実と主張を混同して書かないように随分と注意を受けた。「これは事実なのか?君の主張なのか?」と何度も問い詰められたものである。

 朝日新聞の弱点は、事実を2次情報に依存しすぎていることである。だから、吉田清治の従軍慰安婦に関する記述などを盲目的に信じてしまう。我々コンサルタントは、2次情報は1次情報に比べて「弱い」という表現をする。2次情報も貴重な情報ではあるものの、2次情報を入手した際には、可能な限りそれを裏づける1次情報を自力で探さなければならない。1次情報は難しくても、誰かが現実をできるだけ客観的かつ忠実に描写したもの、具体的には写真や記録、統計といった半1次情報、1.5次情報とでも呼ぶべき情報を入手する必要がある。その努力をせずに、2次情報を読者に伝えるだけであれば、新聞は単なる伝書鳩になってしまう。




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