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『致知』2017年12月号『遊』―「社員満足度がモチベーションを上げる」という理屈にどうも納得できない
DHBR2017年9月号『燃え尽きない働き方』―バーンアウトでうつになったら日記をつけてみよう

プロフィール
谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2017年12月12日

『致知』2017年12月号『遊』―「社員満足度がモチベーションを上げる」という理屈にどうも納得できない


致知2017年12月号遊 致知2017年12月号

致知出版社 2017-12


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 最近、英語の速読力を上げるために、受験生時代に慣れ親しんだ『英語長文問題精講』(中原道喜編)を読み返しているのだが(何となく、目的と手段が一貫していないような気もするのだが、汗)、その中に次のような文章があった。
 Which (* a worker or a laborer) a man is can be seen from his attitude towards his leisure. To a worker, leisure means simply the hours he needs to relax and rest in order to work efficiently. He is therefore more likely to take too little leisure than too much; workers die of heart diseases and forget their wives' birthday. To the laborer, on the other hand, leisure means freedom from compulsion, so that it is natural for him to imagine that the fewer hours he has to spend laboring, and the more hours he is free to play, the better.
英語長文問題精講 新装版英語長文問題精講 新装版
中原 道喜

旺文社 2000-01-01

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 「仕事をする人」にとっては、余暇は仕事のために充電する時間であって、短ければ短いほどよいのに対し、「労働をする人」にとっては、余暇は苦役からの解放の時間であるから、長ければ長いほどよい、といった趣旨の文章である。『致知』2017年12月号の特集は「遊」であり、この「仕事をする人」に関する記事が多かったように思う。彼らにとっては、仕事が遊びのようなものである。だから、どれだけ長い時間働いても苦痛ではない。

 「仕事」と「遊び」が二項対立の関係にあるならば、本ブログでしばしば日本流の「二項混合」の重要性を説いている私などは、「仕事をする人」のような態度を支持するのではないかと思われるかもしれない。しかし、こと「仕事」と「遊び」に関しては、私はきっちりと分けた方がよいと考える。仕事と遊びが混合すると、結局のところ遊びが仕事によって浸食されてしまう。この傾向は、ITの発達によってより加速している。せっかく長期休暇を取得したのに、旅行先に会社のPCと携帯電話を持っていかなければならず、休暇中も電話やメールに対応しているビジネスパーソンが増加していることは、早くも2000年代初頭のアメリカで指摘されていた(ジル・A・フレイザー『窒息するオフィス―仕事に強迫されるアメリカ人』〔岩波書店、2003年〕)。最近、JALが「ワーケーション」を提唱しているが、アメリカと同じような状態になるであろうことは容易に予想がつく。

窒息するオフィス 仕事に強迫されるアメリカ人窒息するオフィス 仕事に強迫されるアメリカ人
ジル・A・フレイザー 森岡 孝二

岩波書店 2003-05-28

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シリコンバレー式 よい休息シリコンバレー式 よい休息
アレックス・スジョン-キム・パン 野中 香方子

日経BP社 2017-05-25

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 アレックス・スジョン-キム・パンの『シリコンバレー式 よい休息』(日経BP社、2017年)では、仕事と遊び、休暇をはっきりと分けた人物の例として、ドワイト・アイゼンハワーとウィンストン・チャーチルが紹介されている。アイゼンハワーは、1942年6月に欧州戦域連合国最高司令官に任命されると、1日に15~18時間働き、様々な問題のせいで夜中もずっと起きていることが珍しくなかった。彼はホテル暮らしをしていたが、息抜きをするための”隠れ家”を探すように側近に命じた。側近はロンドン各地を探した末に、森の中にある小ぢんまりとした目立たない家を見つけた。彼は夏と秋、暇さえあればこの隠れ家でゴルフをし、西部劇小説を読み、時にはただ田舎暮らしを楽しんだ。このような息抜きを社会学者は「分離(デタッチメント)」と呼ぶ。

 また、ただ楽しいだけでなく、幾重もの意味と個人的な重要性を持つ遊びのことを「ディープ・プレイ」と言う。チャーチルにとっては、絵を描くことがディープ・プレイであった。1915年、ガリポリの戦いに敗れ、責任を問われて海軍大臣を辞した後、彼は絵を描き始めた。彼は『娯楽としての絵画』という本で、忙しい人は十分な休息を取る必要があるが、そういう人は性格的に何かをしないではいられないものだと書いている。そして、「いつも関心を向けている領域を照らすライトのスイッチを切るだけでは不十分だ」と続ける。「興味をそそる新たな領域の明かりをともさなければならない」。幸いなことに「心の疲れた部分は、単に休むことによってではなく、他の部分を使うことによって休まり、強化され得る」とも述べている。

 ディープ・プレイとは、言わば”真面目に遊ぶ”ことである。普段使わない心の部分を使うことによって、かえって普段使っている心の部分が刺激され、創造的になることができる。アーティストはしばしば、独創的なアイデアは作品作りに真剣に向き合っている時ではなく、ふと息を抜いた瞬間に突然降りてくると証言している(私が好きなMr.Childrenの桜井和寿氏は、趣味のサッカーをしている時に、歌詞やメロディーが突然浮かぶことがあるとインタビューで答えている)。仮に仕事と遊びに二項混合が成り立つとしたら、私はこのことを指して言うだろう。

 一般に、仕事と遊びが一緒になっているような人は、満足度やモチベーションが高く、その結果高い成果につながると考えられている。ここで思い出すのが、インターナル・マーケティングの分野で取り上げられる、「社員満足度を上げると顧客満足度が上がり、企業の収益が上がる」という説である。私も昔は無批判的にこの説を信じており、旧ブログでは「「ES向上⇒CS向上⇒利益向上」の自己強化システムについての考察-『バリュー・プロフィット・チェーン』」という記事を書いてしまった。だが、この説では、社員満足度とモチベーションが混同されている。

 社員満足度は「過去に対する評価」であるのに対し、モチベーションは「これから仕事をしようとする意欲」のことであり、時間軸が異なっている。「これまでがよかったから、これからも頑張ろう」という因果関係、さらに「これからも頑張ろうという社員が実際に頑張った結果、顧客が満足する」という因果関係が成り立つならば、「社員満足度の向上⇒モチベーションの向上⇒顧客満足度の向上」という図式を認めてもよいだろう。

 「顧客満足度が上がると企業の収益が上がる」という部分も注意が必要である。顧客が満足してしまうと、もう次の製品・サービスを購入しないケースもあるからである。ソーシャルゲームに飽きてしまったユーザーが課金しなくなるのが解りやすい例であろう。企業の収益につなげるためには、顧客に対して「これまでの製品・サービスに満足しているから、これからも製品・サービスを購入しよう」と思わせなければならない。つまり、顧客に再購入の意欲(モチベーション)を持たせなければならない。だから、「顧客満足度が上がると企業の収益が上がる」という説は、正確には「顧客満足度の向上⇒顧客の再購入意欲の向上⇒企業の収益向上」と記述するべきである。これを先ほどの図式とつなげると、「社員満足度の向上⇒モチベーションの向上⇒顧客満足度の向上⇒顧客の再購入意欲の向上⇒企業の収益向上」となる。

 「顧客満足度の向上⇒顧客の再購入意欲の向上⇒企業の収益向上」の部分に関しては、今回の記事ではこれ以上踏み込まない(これはこれで非常に興味深いテーマであり、今後も追求していきたいと思う)。個人的には、「社員満足度の向上⇒モチベーションの向上」という関係について疑問を抱いている。社員満足度とモチベーションの関係はこんなに単純ではない。我々は、仕事に不満足でもモチベーションが上がることがあることを知っている。ライバルである同僚に負ければ「なにくそ」と思うし、上司に叱られれば「あの上司を見返してやろう」と思う。

 極端な話をすれば、「仕事内容」に関しては不満足であった方が、モチベーション向上につながりやすいのではないかというのが私の考えである。ただし、いたずらに社員を不満足に追い込めばよいというわけではない。社員を取り巻く「職場環境」については、社員を十分に満足させる必要がある。職場環境は社員個人の力ではどうにもできないから、企業が責任を持つのである。他方で、社員が自分の能力で何とかしなければならないことについては不満足を感じさせる。つまり、「会社がこれだけお膳立てをしてくれているのに、なぜ自分は仕事ができないのだろう?会社がこれだけお膳立てをしてくれているのだから、もっといい仕事ができるはずだ」と思わせることが、社員のモチベーション向上につながる。「職場環境に対する満足&仕事内容に対する不満足⇒モチベーションの向上」というのが私の仮説である。

 ここで、「職場環境に対する満足」と「仕事内容に対する不満足」を構成する代表的な要素として、私は以下を想定している。

 <職場環境に対する満足>
 ①仕事に対する裁量や権限が与えられている。
 ②仕事を進める上でのマニュアル、ツール、設備などが整っている。
 ③十分な研修、トレーニングを受けられる機会がある。
 ④必要に応じて同僚や他部門からの支援を受けられる。
 ⑤福利厚生制度が充実している。

 <仕事内容に対する不満足>
 ①仕事の量が多くて忙しい。
 ②企業が求める能力と自分の現在の能力との間にギャップがある。
 ③部下や後輩を十分に育成できない。
 ④顧客や上司から公正かつネガティブなフィードバックを受けている。
 ⑤今の仕事の先にどのようなキャリアがあるのか描けない。

 これでアンケートを作成して、モチベーションとの因果関係を調べたら、面白い結果が得られるのではないかと思う。「職場環境に対する満足/不満足」と「仕事内容に対する不満足/満足」の2軸でマトリクスを作成すると、以下の4パターンが考えられる。

社員満足度とモチベーションの関係

 「職場環境には満足しているが仕事内容には不満足である」という右上の象限が、最も健全なモチベーション向上につながる。逆に、「職場環境には不満足だが仕事内容には満足である」という左下の象限は、職場環境が未熟な中で自分だけがそれなりに仕事をこなしている状態であり、孤立や忠誠心の低下を招く。左上の「職場環境にも仕事内容にも満足している」という象限に該当する社員は、ややもすると現状肯定に流れがちであり、さしたるモチベーションもなく会社にぶら下がる恐れがある。右下の「職場環境にも仕事内容にも不満足である」という象限では、最もモチベーションが失われている。中にはこれだけ不利な状況でも一生懸命頑張るという特異な社員もいるだろうが、そう遠くない将来に燃え尽き症候群に陥るであろう。

 企業が社員のモチベーションを上げるには、職場環境を整えることを前提として、社員に仕事面で不満足を感じさせるように、以下の施策を打つことが有効である。①敢えて本人のキャパシティを超える仕事量を与える、②本人にとってチャレンジングな仕事を与える、③本人にとって扱いづらい部下や後輩を担当させる(これは決して扱いづらい社員を積極的に採用せよということではない。どんな人でも、性格や価値観が合わない人というのはいる。その人にとって相性があまりよくない部下や後輩を敢えてつけるという意味である)、④顧客や上司が厳しい評価を伝える(決して理不尽であってはならない。公正な目で見た評価でなければならない)、⑤企業が社員に示すキャリアパスに敢えて余白を残す、社員にキャリアを自分で考えさせる。

 先日の記事「DHBR2017年11月号『「出る杭」を伸ばす組織』―社員の能力・価値観を出発点とする戦略立案アプローチの必要性」で、伝統的な外部環境アプローチ(以前の記事「【戦略的思考】SWOT分析のやり方についての私見」を参照)に対して、内部環境アプローチによるビジネスプロセスの設計方法の一端を示してみたが、上記の5つの施策も踏まえて組織やプロセスを作り込むとなおよいのではないかと思う。

2017年09月19日

DHBR2017年9月号『燃え尽きない働き方』―バーンアウトでうつになったら日記をつけてみよう


ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 09 月号 [雑誌] (燃え尽きない働き方)ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2017年 09 月号 [雑誌] (燃え尽きない働き方)

ダイヤモンド社 2017-08-10

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 『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2017年9月号の特集は「燃え尽き症候群」。私は医学的なことは詳しく解らないのだが、燃え尽き症候群には大きく分けて2つのタイプがあると思う。1つは、「野心的な目標を掲げてそれを達成した後、次の目標が見えなくてモチベーションを失ってしまう」というタイプであり、スポーツ選手や企業経営者に多い。もう1つは、「自分では精一杯努力しているつもりなのに、一向に小さな成果さえも出せず、ついには何をやっても無駄だという無力感に襲われる」というタイプである。社会が成熟し、かつてのような高い成長が見込めなくなった現代では、後者のタイプの方が多いのではないかと思う。

 後者の燃え尽き症候群は、「心のエネルギーが枯れ果てて、ガス欠車のようにアクセルを踏んでも動かない状態」であり、うつ病との共通点が多い。燃え尽き症候群もうつ病も、「献身的な人、使命感の強い人、頑固で意思が強く思考や感情の切り替えが柔軟でない人、対人関係に不調和がある人、上昇志向が強く能力が高い人」、あるいは「感受性が強く周囲に気を遣いすぎる人、物事の受け止め方の柔軟性に乏しく、几帳面で神経質な人、責任感は強く何事も完璧にこなそうとするが、不器用で一つの物事に過剰にこだわりやすい人」がかかりやすいと言われる。ただし、うつ病の人は、昔のことをくよくよと思い出しては悔んだり、自分1人が犠牲になっていると感じたりする自責的な傾向が強いのに対し、燃え尽き症候群の場合は、他責感が強く表れ、怒りや嫌悪などの攻撃的な感情が他者に対して表れる。

 以前の記事「双極性障害で入院したところ40日の予定が1週間で退院してしまった事の顛末」でも書いたように、私自身もうつ病⇒非定型うつ病(後で知ったことだが、非定型うつ病という病名は医学的に確立されていない)⇒双極性障害Ⅱ型とコロコロと病名が変わってもう9年も治療を続けている。私の場合、双極性障害と言っても、自責的なうつ病の症状が現れるというよりも、前職のベンチャー企業で経験したひどい事柄を思い出しては「あの会社のせいでこうなった」と思うことが多々あり、他責的になりやすいという燃え尽き症候群の方に合致する。

 ただ、病気が発症した時は確かに長時間労働だったものの、燃え尽きるほどの長時間労働ではなかったから、燃え尽き症候群と言うには無理があると自分でも思っている。最近では、先ほどの記事でも書いたように、自分がどういう病気なのかはどうでもよくなっていて、これは私の性格の一部なのだと受け止めて、上手くつき合っていくしかないのだろうと腹を括っている。

 私は医療の専門家ではないので、燃え尽き症候群に関して何かを書くことはできない。しかし、まがりなりにも9年間、うつ病に関連する治療を受けてきたから、ここからはうつ病に関して私の思うところを書いてみたい(本号の特集からは外れるが・・・)。うつ病は一般的に、「脳のエネルギーが欠乏した状態であり、憂うつな気分や様々な意欲(食欲、睡眠欲、性欲など)の低下といった心理的症状が続くだけでなく、身体的な自覚症状(全身倦怠感、頭痛など)を伴う病気」とされるが、一義的な定義は学術的にも確立されていない。つまり、うつ病の症状は患者によってバラバラである。そのため、製薬会社はありとあらゆる抗うつ薬、抗不安薬、抗精神病薬を販売している。うつ病の患者の中には、複数種類の薬を服用している方も少なくないだろう。

 しかし、これらの薬には問題もある。通常、新薬販売の認可を得るためには、被験者を2つのグループに分け、一方のグループには新薬を、もう一方のグループにはプラセボ(偽薬)を投与し、新薬を投与したグループのみに効果があったことを証明しなければならない。だが、一部の薬については、この試験に問題があったことが告発されている。
 2002年には複数の厳密な調査によって、製薬会社が薬の認可を得るためにFDAに提出したのと同じデータが再検討され、パキシル、プロザック、ゾロフト(※いずれも、現在主流の抗うつ薬)を初めとするSSRIにはプラセボ〔偽薬〕と比べてほんのわずかな効果しかないということがわかった。
(クリストファー・レーン『乱造される心の病』〔河出書房新社、2009年〕)
乱造される心の病乱造される心の病
クリストファー・レーン 寺西 のぶ子

河出書房新社 2009-08-22

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 私は今年に入ってから「光トポグラフィー検査」というものを受けた。これは、脳活動に伴う大脳皮質の血中ヘモグロビン濃度変化を計測することで、うつ病かどうかを判定する検査である。その結果、私は「典型的な双極性障害である」と言われたのだが、それ以上に衝撃を受けたのは、「抗うつ薬の効果があるのは、うつ病患者のうち全体の3割ほどにしかすぎない」という医師の言葉であった。前述の通り、抗うつ薬の中には効果が怪しいものがある。「薬が効かないのだが・・・」という患者の訴えを聞いた精神科医は、患者を放っておくわけにもいかず、何か手を打たねばとの思いから、新たな薬を次々と追加する。こうして、患者は薬漬けになっていく。

 さらに困ったことに、抗うつ薬などの効果は限定的なのに、服用を止める時には「離脱症状」と呼ばれる副作用を伴う。詳しい説明はこちらに譲るが、具体的には頭痛、倦怠感、眠気、めまい、吐き気、ふらつき、ふるえ、冷や汗、血圧低下などの症状が出る。私も今年8月の入院中に、それまで服用していた抗うつ薬を医師から一度に止めさせられた結果、ひどい離脱症状に苦しんだ。以上のことから言える1つ目の教訓は、「薬に頼りすぎてはならない」ということである。

 抗うつ薬などの薬の効果が限定的である場合、次に選択されるのは認知療法である。人は成長するにつれて固定的なスキーマが形成され、それに基づいて歪んだ思考方法や考えが自然に浮かぶ自動思考が起こる。これがうつ病などの精神病の引き金となる。そこで、そうした認知の歪みに焦点を当て、認知を修正することで症状の改善を目指すのが認知療法である。しかし、この認知療法は、薬による治療よりも難しい。というのも、回復プロセスが患者によって実に多様であるからだ。間違った薬を投与しても効果が出なかったで済まされるが、間違った認知療法を施すと、患者の認知の歪みをさらに強化してしまうことになりかねない。患者の多様性に対応できる医師が日本にどれだけいるのか、私には解らない。このことから言えるもう1つの教訓は、残念なことだが「医師に頼りすぎてもいけない」ということである。
 うつ病の治療に当たってきた臨床医は長い間、認知療法(心理学の一般的な治療法)を受けている患者は、回復に至るまで標準的な経路をたどると想定していた。その経路は、多くの患者が回復した経験を平均して確認されたものだ。ところが2013年、平均ではなく個人が回復する結果に注目した研究者チームは、回復までの標準的な経路が患者の30%にしか当てはまらない事実を発見したのだ。
(トッド・ローズ『平均思考は捨てなさい―出る杭を伸ばす個の科学』〔早川書房、2017年〕)
平均思考は捨てなさい──出る杭を伸ばす個の科学 (早川書房)平均思考は捨てなさい──出る杭を伸ばす個の科学 (早川書房)
トッド ローズ 小坂 恵理

早川書房 2017-05-25

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 それでも私は一応、7年ほど同じかかりつけの医師にお世話になっている。ただし、これはあくまでも気休めであって、結局のところ、「自分の精神病に責任を持つのは自分しかいない」というのが私の正直な実感である。うつ病と向き合うということは、自分の感情と向き合うということである。そのための有効なツールとして、私は「日記」をお勧めしたい。もちろん、繰り返しになるがうつ病の症状は多様であるから、日記が万能な解決策になるとは私も思っていない。私の場合は日記が役に立ったというだけにすぎない。

 日記には、「自分が何で苦しんだか、悲しんだか、腹が立ったか」ということをつらつらと書いていく。とりとめのない文章でも構わない。うつ病の人は几帳面なのできちんとした文章を書かなければならないと思いがちだが、そういうことは全く気にする必要はない。日記を書くと、自分の中に溜め込んでいた負の感情を外部化することができる。それだけでも、心理的な負担は随分と軽くなる。ちなみに、私が「【シリーズ】ベンチャー失敗の教訓」という記事をわざわざ1年かけて書いたのも同じ理由である。一部の人からは、「前職の企業から訴えられるかもしれない」と批判も受けたものの、私はあくまでも自分の治療の一環として行ったまでである。前職の企業の名誉を守るのと自分の健康を守るのとを比べれば、後者の方がはるかに重要である。

 また、日記をつけるという習慣を持つことにも意義がある。定年退職した人が認知症にならないようにするためには「きょういく」と「きょうよう」を持つことが効果的であると言われる。これは、「今日行くところ」と「今日の用事」を持つことが大切であるという意味である。同じようなことはうつ病の人にもあてはまる。さすがに、うつ病の人は外出するのもおっくうになりがちであるから「きょういく」までは要求できない。しかし、「きょうよう」の一環として日記をつけることは、とかく乱れがちな日常生活にリズムをもたらす効果があると考える。

 私は2012年夏に入院した際、治療期間がまだ長引きそうだと感じたため、途中から「5年日記」に切り替えた。これは、中小企業診断士の大先輩から教えてもらったものである。5年日記では、1ページに5年分の日記をつけることができる。この日記の利点は、例えば2017年9月19日の日記を書く時には、2016年、2015年、2014年、2013年の9月19日の日記を読み返すことができ、そこから新たな気づきが得られるということである。そこには、過去の自分が何で苦しんだか、悲しんだか、腹が立ったかが書かれている。それを読み返すと、意外とちっぽけなことで悩んでいたのだと思うことが多い。つまり、自分の感情を客観的に直視できる。すると、少しずつだが自分の心理的な成長が感じられ、うつ病の改善に効果がある。参考までに、私の5年日記の写真を掲載しておく。赤線が、私が過去の日記を読み返した時に気づきを得た箇所である。

5年日記
 (※)画像はモザイク処理してある点をご了承いただきたい。

デザインフィル 日記帳 ミドリ 日記 5年連用 洋風デザインフィル 日記帳 ミドリ 日記 5年連用 洋風

デザインフィル

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 なお、今回の記事を書き始めた時、本当は「バーンアウトでうつになった人には、他者からのフィードバックが効果的である」という内容を書くつもりであった。冒頭で述べた通り、燃え尽き症候群の人々の大半は、自分では精一杯努力しているのに、一向に成果が出ず、ついには何をやっても無駄だという無力感に襲われている。彼らは、何をしても周囲から認めてもらえないと感じている。そこで、周囲の人が積極的なフィードバックを与えることが重要ではないかと考えた。

 しかし、以前の記事「【議論】人材マネジメントをめぐる10の論点」で、企業内の人、特に上司は基本的に部下を動機づける理由がないと書いた。というのも、上司は部下に対して給料を支払う立場である。お金を払う立場の人がお金をもらう人を動機づけることが不自然であることは、企業に対して代金を払う顧客がわざわざ企業のことを動機づけようとはしないことを考えれば自明である。読者の皆さんも、企業で何か製品・サービスを購入した時、形式的に「ありがとうございました」と言うだけでなく、「いやぁ、この製品・サービスは本当に役に立ったよ。特にこの点がとてもよかったね」と踏み込んだフィードバックをする機会が何度あるだろうか?もちろん、こういう評価が企業内でも盛んに行われることに越したことはない。しかし、そういう機運が期待できない以上、うつ病には結局のところ本人が責任を持つしかないという見解に至ったわけである。




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