2013年04月21日
【ベンチャー失敗の教訓(第14回)】目的なきIPO(Initial Public Offering:株式公開)
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Z社のC社長は、私が入社した当初から、将来的に3社を上場させるつもりでいた。上場準備の経験がある人をわざわざ雇い入れていたぐらいだ。しかし、改めて言うまでもないことだが、株式公開とは戦略を実現するための資金を調達する手段である。したがって、その資金によってどのような戦略を実現したいのか?いくらぐらいの利益が出る見込みなのか?株主は出資額に見合ったリターンが得られるのか?ということをはっきりさせておかなければならない。
だが、これまでの連載記事を読んでいただければ察しがつくように、とにかく形から入りたがるC社長の「上場したい」という想いだけが先行してしまい、上場準備は全くと言っていいほど進まなかった。上場準備のために雇われた社員は、上場が断念された途端、退職してしまった。
上場準備には最低でも3年はかかると言われている。先日、ある化粧品会社で上場準備に携わった経験がある方からお話をうかがったのだが、その企業は上場するのに実に10年かかったそうだ。上場までには、以下の図にあるような様々なタスクを乗り越えなければならない。
(※「株式公開したいなら!IPOポータルサイトの上場ドットコム」より。それぞれのタスク詳細については同HPを参照)
上場準備にはお金も必要である。上場準備にかかる期間にもよるが、おおよそ7,000万円から1億7,000万円ほど用意しなければならない。その内訳は以下の通りである。
・上場審査・手数料=500万~1,500万円
・年間上場料=50万~200万円
・株券・有価証券届出書・目論見書・IR等印刷=1,000~2,000万円
・証券事務代行費用=400万円程度
・会計監査費用(監査報酬)=600万~1,500万円/年
・証券会社コンサルティング=500万円程度/年
・外部コンサルタント(委託範囲で幅がある)=100万円~1,000万円/年
・J-SOX法対応(監査法人・外部コンサルタントの費用)=2,000万円~5,000万円
(※「株式公開入門Navi」より)
よって、上場準備にかかる費用をカバーできる事業計画をあらかじめちゃんと練っておかないと、上場準備のコストで事業が圧迫されて上場できなくなるという、本末転倒な事態になりかねない。当時、3社の合計売上高は約2億円、変動費率は約10%だったが(3社とも労働集約型のビジネスであったため、固定費=人件費が大半であり、変動費はほとんど発生しなかった)、上場準備のコスト7,000万円を捻出するには、7,000÷(1-0.1)=約7,778万円の売上増が必要になる。2億円の売上高に対し、実に30%以上の成長を遂げなければならない計算であった。
だが、上場準備のコストをカバーすればそれで十分というわけではない。上場後もコーポレートガバナンスの体制構築やディスクロージャー(情報公開)、コンプライアンスの強化などにコストがかかる。そして何よりも、株主からは上場前よりももっと多くの利益を上げるようプレッシャーをかけられる。先ほどの上場準備コストに、上場維持コストと株主から要求される利益水準を加えた上で、必要となる売上高を計算すれば、30%の成長でさえ生ぬるいということになるだろう。ところが、3社の経営陣の中には、売上高成長の明確なシナリオがあったとは到底思えない。
そもそも、3社の業界では上場自体が必要なのかどうかも、私は個人的に疑問に思っていた。ぱっと思いつく限り、X社のような教育研修サービス会社で上場しているのはリンクアンドモチベーション、Y社のような人材紹介会社で上場しているのはインテリジェンスぐらいである。コンサルティング会社に至っては、上場している企業が思いつかない(システム構築とコンサルティングを同時にやっている企業ならば、アメリカで上場しているアクセンチュアなどがあるが、純粋なコンサルファームで上場しているところはないはずだ)。
3社の業界では、特に大規模な設備投資も研究開発も必要ない。また、労働集約型ではあるものの、人材を大量に採用してビジネスを展開するようなビジネスモデルでもなかった(それをやると、人材やサービスの品質の維持が難しくなる)。その意味では、3社とも株式市場から資金を調達する大義などなかったのである。経営陣は、単にキャピタルゲインがほしいという個人的な動機だけで動いていたような気がしてならない。
(※注)>>シリーズ【ベンチャー失敗の教訓】記事一覧へ
X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング