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【戦略的思考】企業の目的、戦略立案プロセス、遵守すべきルールについての一考察
新雅史『商店街はなぜ滅びるのか』―競合他社を法律で排除した商店街は、競争力を鍛える機会を自ら潰した
『万事入精(『致知』2014年9月号)』―致知が大事にしている3つの価値観

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

 好きなもの=Mr.Childrenサザンオールスターズoasis阪神タイガース水曜どうでしょう、数学(30歳を過ぎてから数学ⅢCをやり出した)。

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2018年05月22日

【戦略的思考】企業の目的、戦略立案プロセス、遵守すべきルールについての一考察


アイデア

 《参考記事》
 (a)【戦略的思考】事業機会の抽出方法(「アンゾフの成長ベクトル」を拡張して)
 (b)【戦略的思考】SWOT分析のやり方についての私見
 (c)DHBR2017年12月号『GE:変革を続ける経営』―戦略立案の内部環境アプローチ(試案)
 (d)DHBR2018年1月号『テクノロジーは戦略をどう変えるか』―伝統的な戦略立案プロセスを現代的な要請に従って修正する素案(議論の頭出し程度)
 (e)DHBR2018年5月号『会社はどうすれば変われるのか』―戦略立案プロセスに組織文化の変革を組み込んで「漸次的改革」を達成する方法(試案)、他

 今回の記事は、上記の参考記事の内容をまとめ直したものである。企業の目的は何かと問われれば、私はピーター・ドラッカーの「顧客の創造」という説を真っ先に支持する。ここで言う顧客の創造とは、顧客の人数を量的に増加させることと、顧客に対する提供価値(顧客価値)を質的に増大させることの両方を含む。アメリカ人であれば、企業の目的は株主価値を増大させることだと即答するだろう。しかし、私はこの考え方を採用しない。なぜならば、株主価値の増大が目的であればその手段は何でもよいことになり、極端なことを言うと株主から預かった資金を全て投資に回して大きなリターンを得ることでも正当化されてしまう。仮に、全ての企業がこのような行動を取ったら、経済が回らなくなるのは目に見えている。

 企業の目的は顧客、社員、取引先、株主、金融機関、教育・研究機関、地域社会などステークホルダーの利益を最適化することだという立場もある。昨今、欧米から株主至上主義が流れ込んできても、日本企業にはこうした考え方が根強い。多様なステークホルダーのバランスを取ろうというわけだ。ただ、この場合、例えば顧客の利益を犠牲にして社員や取引先など他のステークホルダーの利益を調整することが正当化されてしまう。私はこうしたやり方にも与しない。

 企業にしかできないことは、経済を機能させるために顧客を創造することである。だから、企業の目的は顧客の創造という1点に尽きる。しかしながら、企業には様々なステークホルダーが関わっているのも事実であり、彼らは彼らなりの目的を持ち、存続を願っている。その点に配慮することが、企業が遵守しなければならないルールである。つまり、企業は、ステークホルダーを存続させるという要請から発生するルールを守りながら、顧客の創造という目的を達成しなければならない。例えて言うならば、100m走の目的は「他のランナーよりも速く走ること」という1点であり、スターティングブロックを使うこと、ラインの内側を走ることなどは絶対に破ってはならないルールであるのと同じである。これは、ステークホルダー間の利害を調整することとは全く異なる。

 以下、戦略立案プロセスを概観しながら、企業が守るべきルールを整理してみたい。

 ①事業機会の抽出
 外部環境アプローチに従う場合は、参考記事(a)で示したように、アンゾフの成長ベクトルを拡張したフレームワークを活用して事業機会を網羅的に洗い出す。内部環境アプローチに従う場合には、マクロの視点とミクロの視点の2つがある。マクロの視点に立つ場合は、資源ベース理論を活用して自社のコア・コンピタンスを特定し、それを活用し得る事業機会を考案する。ミクロの視点に立つ場合は、参考記事(c)で示したように、社員に対するキャリアコンサルティングの結果を活用して、社員の「『価値観―できること(能力)―やりたいこと』セット」を摘出する。

 ②事業機会の評価
 ①で抽出した事業機会のうち、どの事業機会に取り組むかを決定する。外部環境アプローチで用いられるPEST分析と、内部環境アプローチで用いられるVRIOフレームワークを用いる(ただし、参考記事(b)で書いたように、PEST分析はS(Society)を省略してPET分析としてもよい)。外部環境アプローチで抽出した事業機会についてはVRIOフレームワークによる分析を、内部環境アプローチで抽出した事業機会についてはPE(S)T分析を特に重点的に行う。

 ③競合他社の特定とその戦略の変化の予測
 ②で事業機会を絞り込んだら、競合他社を特定する必要がある。競合他社には、ⅰ)全く同じカテゴリに属する製品・サービスを提供する企業(例:ビールならばビール会社)、ⅱ)類似の製品・サービスを提供する企業(例:ビールならばチューハイ、カクテル、日本酒、焼酎、ワインなどの会社)、ⅲ)顧客が同じニーズを満たすことのできる別の製品・サービスを提供する企業(例:ビールを飲むのがストレス発散のためであれば、ストレス発散のためのカラオケ、レジャー施設、スポーツクラブなどが競合他社にあたる)の3種類がある。この3種類のカテゴリについて主要な競合他社を数社ずつピックアップした上で、その競合他社を取り巻く環境変化を分析し、競合他社がどのように戦略やポジショニングを変更してくるかを予測する。

 ④差別化要因・ポジショニングの決定
 ③の予測に基づいて、自社は②で選択した事業機会において、競合他社とどのような点で差別化を図るのか、どのようなポジショニングを取るのかを決定する。競合他社の戦略も変化する点はしばしば見落とされるので注意が必要である。現在の競合他社のポジショニングを参考に自社のポジショニングを決定した場合、競合他社が環境変化に伴って将来的にポジショニングを変更したら、自社のポジショニングが無効になってしまう。

 ⑤戦略的目標の決定
 ②で市場規模を、③で競合他社の数を把握しているので、その数値を基に、④のポジショニングに従って戦略を実行した場合の目標売上高、利益、市場シェアといった目標を設定する。

 ⑥CSF(Critical Success Factor:重要成功要因)の特定
 ①の分析で外部環境・内部環境に関する情報はある程度収集できているが、参考記事(b)で書いたように、改めてクロスSWOT分析を用いてその情報を整理し直す。クロスSWOT分析は、「機会×強み」、「機会×弱み」、「脅威×強み」、「脅威×弱み」といった具合にクロスで見ることが重要であり、この4つの視点から、新しい事業を成功させるための要因(CSF)を導き出す。

 ⑦ビジネスモデルのデザイン
 ビジネスモデルとは利益創出の図式であるが、ヒト・モノ・カネ・情報・知識といった経営資源がどのように流通するのかも図式化した方がよい。一時期「ビジネスモデルキャンパス」が流行ったものの、要素間の関係が不透明で、ビジネスが筋の通った物語になっているかを検証できないという弱点がある。やはり、自社をはじめとする各プレイヤーと、プレイヤー間の関係を丁寧に図に落とし込んでいくのがよい。その際、モノを供給する取引先を描くことはもちろんのこと、ヒトを供給する家族、カネを供給する株主・金融機関、知識を供給する教育・研究機関も描くのが望ましい。描かれたビジネスモデルは、⑥で特定したCSFが達成されていなければならない。

 ⑧ビジネスプロセスのデザイン
 ビジネスモデルは新しい事業に関与するあらゆるプレイヤーを描き込んだ全体像であるが、今度は自社の具体的なビジネスプロセス(業務プロセス)を設計する。ここでも、⑥で特定したCSFを達成することができるビジネスプロセスをデザインする必要がある。まずは、マイケル・ポーターの「バリューチェーン」のフレームワークを使って、各部門の大まかな機能を列記する。次に、それぞれの部門の機能を具体的な業務プロセスへと落とし込んでいく。

 ⑨目指すべき企業文化の定義
 参考記事(e)で述べたように、新しい戦略の実行には、企業文化の変化を伴うものである。ただし、企業文化は組織や社員に深く根を下ろしており、一気に変えることは大きな困難を伴う。企業文化は漸次的に変化させるしかない。まず、⑦のビジネスモデルや⑧のビジネスプロセスを実現することができる企業文化とは何かと問う。次に、現在の自社の企業文化を分析する。両者のギャップが小さい場合には、簡単な行動変容プログラムを策定すれば十分であろう。しかし、両者のギャップが大きい場合には、せっかくの戦略も実行段階で頓挫する恐れがある。その場合には、⑦のビジネスモデルや⑧のビジネスプロセスを実現するプロセスに段階(フェーズ)を設け、徐々に企業文化を変革するように配慮する必要がある。

 ⑩課題解決のための戦略的打ち手の導出
 ⑦のビジネスモデルを実現するための課題、⑧のビジネスプロセスを実現するための課題、⑨の企業文化を実現するための課題を整理し、これらの課題を解決するための戦略的打ち手を定義する。課題は、例えば単に「営業力の強化」と抽象的に掲げるのではなく、「既存顧客の購買履歴を活用するITの構築」といった具合に具体化する必要がある。課題を掘り下げるコツは、ビジネスモデルやビジネスプロセスに経営資源を投入する際の「仕組み」に着目することである。ヒト・知識であれば組織編成や人事・教育制度、モノであれば調達制度や物流の仕組み、カネであれば資金調達の仕組みや予算配分の制度、情報であればITの切り口から検討する。

 ⑪戦略的打ち手の優先順位づけ
 ⑩で出てきた複数の戦略的打ち手に優先順位をつけるには、「投資対効果の大小」と「導入の難易度の高低」という2軸でマトリクスを作り、それぞれの打ち手をマッピングするとよい。投資対効果が大きく、導入の難易度も低い打ち手があれば最優先で取りかかるべきだ。逆に、投資対効果は小さいのに導入の難易度が高い打ち手は思い切って捨てる。多くの打ち手は、「投資対効果が大きいが導入の難易度も高い」ものであるか、「投資対効果が小さく導入の難易度も低い」ものである。優先すべきは前者であるが、前者は効果が出るまでに時間がかかり、変革の取り組みが途中で息切れすることがある。そこで、後者の打ち手を適切に織り交ぜることで、早期に変革の効果を演出することがある。後者のような打ち手をクイックウィンと呼ぶ。

 ⑫実行スケジュールの策定とプロジェクトチームの結成
 戦略的打ち手に優先順位がついたら、その優先順位に基づいて実行スケジュールを作成する。同時に、新しい戦略の実現に向けたプロジェクトチームを結成し、誰がどの打ち手に責任を持つのか、誰がその責任者の下で実務的な作業を担うのかを決定する。

 ⑬将来の損益計算書、貸借対照表の試算
 ⑪でそれぞれの戦略的打ち手の投資対効果を試算し、⑫で実行スケジュールを策定しているので、これらの情報を踏まえて、将来(向こう5年程度)の損益計算書、貸借対照表を作成する。その際、新しい戦略を実行しなかった場合(既存事業をそのまま続けた場合)の損益計算書と貸借対照表も作る。両者を見比べて、新しい戦略を実施した方が累積利益が大きくなることをチェックする(稀に、新しい戦略を実行すると、初期投資がかさむ関係で、既存事業をそのまま経営した方が累積利益が大きくなるということがあるため要注意である)。また、⑤で設定した戦略的目標(売上高、利益、市場シェアなど)が達成できることも合わせて確認する。

 ⑭競合他社のアクションに対するリアクション
 新しい戦略を実行すると競合他社もそれに反応して新しい戦略を仕掛けてくる。競合他社の反応が③で想定した範囲内に収まっていれば問題ないが、想定と大きく異なる場合には、④のポジショニングをやり直す必要がある。さらに、競合他社が思いのほか強力で、とても勝ち目がない場合には、①に戻って事業機会の抽出からやり直さなければならないかもしれない。

 ⑮新入社員の入社に伴う組織学習
 新しい戦略の実行に伴って、新入社員(新卒・中途)が入社してくる。彼らは自社の価値観と一致し、自社が要求する能力を身につけていることが前提で入社してくるが、自社の価値観からははみ出る価値観や意外な能力を持っている可能性がある。よって、①に戻ってミクロ視点での内部環境アプローチにより、再び事業機会の探索を始めなければならない。

 ここからが企業が従うべきルールの話。従来の企業は、「経済的なニーズ」を「経済的な方法」で充足していれば十分であった。ところが、企業の社会的責任が強調されるに従って、「経済的なニーズ」を「社会的な方法」で充足しなければならないという流れになった。近年は、マイケル・ポーターがCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)というコンセプトを提唱しており、企業は「社会的なニーズ」の充足を事業化する方法を模索する必要性に迫られている。つまり、21世紀の理想の企業とは、「社会的なニーズ」を「社会的な方法」で充足する企業である。

 よって、まずは②で特定した事業機会が、私が「社会的ニーズのテスト」と呼ぶものに合格するかを問わなければならない。具体的には、新しく生み出そうとしている製品・サービスが、

 (1)顧客の健康をサポートするものであるか?
 (2)顧客の生活の衛生面を保つものであるか?
 (3)顧客の安全・安心な生活の実現に資するものであるか?
 (4)顧客が貧困から脱却するのを助けるものであるか?
 (5)顧客の自尊心を支えるものであるか?
 (6)顧客が他者との人間的な絆を構築するのに役立つか?
 (7)顧客の人間的・精神的成長を支援するか?
 (8)顧客に有意義な時間の使い方を提供するものであるか?
 (9)人的資源・地球資源の節約に貢献するものであるか?
 (10)顧客の人生を社会的規範・道徳的価値観と合致せしめるものであるか?

などと問う必要がある。もちろん、これら全てを満たすことは難しい。だが、できるだけ多くの項目に該当する社会的ニーズに企業は取り組む必要がある(参考記事(d))。

 社会的ニーズのテストを経た後は、その社会的ニーズを社会的な方法で実現するビジネスを設計する。⑦でビジネスモデルを、⑧でビジネスプロセスを設計する際、単に⑥で特定したCSFを反映させるだけでなく、社会的要請も汲み取る必要がある。1つのヒントとなるのが「SDGs(Sutainable Development Goals)」である。SDGsとは国連が地球規模の社会的課題について17の目標と169のサブ目標を設定し、2030年までに解決を目指すというものである。17の目標は、下図の通りである。企業はこの中から、自社で取り組めそうな課題を選択し、ビジネスモデルやビジネスプロセスに反映させる(参考記事(d))。

SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)

 ⑧のビジネスプロセスの設計においては、社員のモチベーションにも配慮する必要がある。本来、社員は企業からお金をもらう立場であり、企業にモチベーションを上げてもらうのはおかしな話である。企業に対してお金を払う顧客が企業のモチベーションを上げようとはしないことを考えれば自明である。ただし、顧客はその企業が気にくわなければ別の企業に乗り換えれば済むが、企業の場合は社員に問題があっても簡単に首を挿げ替えることができない。今いる社員に頑張ってもらうしかない。ここから、社員のモチベーションに配慮すべき理由が生まれる。

 とはいえ、社員のモチベーションを上げることは、社員を甘やかしたり、社員におもねったりすることではない。社員が自分の力ではどうしようもできない職場環境については社員を満足させる必要があるが、社員の力が及ぶ範囲においては逆に不満足を感じさせた方が、かえって社員のモチベーションが上がるのではないかというのが私の考えである。ここから、職場環境と仕事の内容について次のようなルールが導かれる。

 <職場環境>
 (1)本人に裁量や権限を与える。
 (2)仕事を進める上でのマニュアル、ツール、設備などを整える。
 (3)十分な研修、トレーニングの機会を与える。
 (4)必要に応じて同僚や他部門からの支援を受けられるようにする。
 (5)福利厚生制度を充実させる。

 <仕事の内容>
 (1)仕事の量を多くして忙しくさせる。
 (2)企業が求める能力と自分の現在の能力との間にギャップを感じさせる。
 (3)難しい部下や後輩の育成を任せる。
 (4)顧客や上司から公正かつネガティブなフィードバックを与える。
 (5)今の仕事の先にどのようなキャリアがあるのか描くことを難しくさせる。

 ⑤に戻るが、⑤で設定した戦略的目標は企業の人員数の増加をカバーできるものになっているかも点検しなければならない。普通に考えれば、3~5年後には昇進によって管理職が増加し、新入社員も入ってくるため、企業の人員数や人件費は増える。彼らに対して十分な仕事やポスト、給与を支払うことができる戦略的目標になっているかどうかを確かめる必要がある。もちろん、以前の記事「平井謙一『これからの人事評価と基準―絶対評価・業績成果の重視』―「7割は課長になれない」ことを示す残酷な1枚の絵」でも書いたように、全員を昇進させ、無制限に新入社員を受け入れることは現実的に不可能であることは私も重々承知している。

 私は年功制は支持するが終身雇用は支持していない。企業は一定のルールに従って、一部の社員を退職させなければならない。以前は子会社が退職する社員の受け皿になっていたのだが、連結決算で子会社の業績が親会社の業績にも影響するようになると、子会社を単なる余剰人員の受け皿として使うことが難しくなった。そこで私は、一定の年齢に達した一部の社員を退職させる代わりに、彼らが起業や転職をする際の資金を提供する仕組みを作ってはどうかと考えている。具体的には、業界の各企業が資金を出し合って基金を組成するイメージである。もちろん、企業が解雇権を濫用することがあってはならない。今後は、企業の合理的な成長スピードを設定し、それでもなお仕事やポストをあてがうことができない社員は、公正な手続きの下に退職してもらうことになるだろう(この点だけは企業にとって有利なルールである)。

 ⑬の損益計算書、貸借対照表の作成まで終わったら、新事業の全体を総チェックする。

20180523_企業の目的と遵守すべきルール

 これからのビジネスは、1社単独で全てをまかなうことが難しくなり、他社(異業種の他社や時に競合他社)と水平連携する局面が増える。また、企業が社会的ニーズを充足するためにNPOとも水平連携する機会も出てくるだろう。他社やNPOも自社と同様に、「顧客の創造(量的・質的)」を目的としている。自社は他社やNPOから必要な時に必要な協力を仰ぐだけでなく、他社やNPOの事業にも貢献し、Win-Winの関係を構築しなければならない。具体的には、「他社/NPOの顧客増に貢献すること(顧客の量的創造)」、「他社/NPOの顧客価値の増大に貢献すること(顧客の質的創造)」というルールが課されることになる。

 自社にヒトを供給する家族、モノを供給する取引先、カネを供給する株主・金融機関、知識を供給する教育・研究機関に関しても、企業はルールを課される。家族の目的は、家族構成員の健康を保つことと家計を維持することである。よって、企業は家族の目的達成を支援するために、「社員の健康に配慮すること」、「生計を維持できるだけの給与を支払うこと」というルールに従う必要がある。取引先の目的は、顧客の創造である。取引先の顧客とは自社のことである。よって、取引先の目的達成を支援するために、「取引先との取引量を増やすこと(量的創造)」、「取引先の顧客価値(=自社にとっての価値)向上を支援すること(質的創造)」というルールに従う必要がある。親会社が下請会社の品質向上・人材育成を支援するのは一例である。

 株主・金融機関の目的は、投資に見合ったリターンを得ることと、社会的に責任ある投資家となることである。よって、企業は株主・金融機関の目的達成を支援するために、「資本コストを上回るリターンを上げること」、「経営資源の調達から顧客価値の創造に至るプロセスを透明・公正に保つこと」というルールに従う必要がある。最後に、教育・研究機関の目的は、有益な知を社会に提供することと、有益な人材を社会に輩出することである。よって、企業は教育・研究機関の目的達成を支援するために、「企業の知をフィードバックすること」、「教育・人材育成の取り組みを支援すること」というルールに従う必要がある。これらのルールは、産学連携をしている企業にとってはとりわけ重要な意味合いを持つ。

 上図のように、ヒトを供給する家族、モノを供給する取引先、カネを供給する株主・金融機関、知識を供給する教育・研究機関を自社よりも1つ下のレイヤーに位置づけている(欧米ならば株主を自社よりも上のレイヤーに位置づけるだろうが、私は株主は他の経営資源を供給するプレイヤーと同列に扱うべきだと考える)。自社はこれらのプレイヤーの上に位置するのだから、彼らに対して自由に要求すればよいように思える。しかし私は敢えて、下位に位置するプレイヤーの目的達成を支援することをルール化している。これを山本七平の言葉を借りて「下問」と呼んでいる。「あなた方の目的を達成するために我が社が支援すべきことは何か?」と問うことである。結局のところ、下位のプレイヤーの目的(アウトプット)=自社のインプットであり、下位のプレイヤーの目的達成を支援することは、自社にとってメリットとなって跳ね返ってくるのである。

2014年09月24日

新雅史『商店街はなぜ滅びるのか』―競合他社を法律で排除した商店街は、競争力を鍛える機会を自ら潰した


商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道 (光文社新書)商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道 (光文社新書)
新 雅史

光文社 2012-05-17

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 『致知』2014年9月号を読んでいたら、筑波大学名誉教授・村上和雄氏(遺伝子工学)と、國學院大學名誉教授・小林達雄氏(縄文研究)の対談記事に、興味深い箇所があった。
 村上 本州の日本人というのは、DNA的に縄文人と弥生人の混血であることに加えて、温暖で、四季が豊かで、海に囲まれてといった独特の環境によって、ますます個性が磨かれたのでしょうね。それから、多様なDNAが残っているということは、弱い民族の皆殺しがなかったせいであると聞いたことがあります。先ほど先生は、縄文時代にも戦争はあったとおっしゃいましたが、民族を皆殺しにするような激しい戦争はなかった、そういう意味で比較的平和な時代であったという解釈でよろしいんでしょうか。

 小林 それはそのとおりだと思います。

 村上 つまり、普通なら弱い民族は強い民族に淘汰されるけれども、日本には先生がおっしゃるように戦争はあったけれども、ある強い民族が弱い民族を皆殺しするということがなかった。そういう歴史によって、日本人のDNAが極めて多様性に富んだものになり、いまの日本人が形づくられたと考えられるわけですね。
(村上和雄、小林達雄「生命のメッセージ 日本の源流 縄文からのメッセージ」)
致知2014年9月号万事入精 致知2014年9月号

致知出版社 2014-09


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 私は、敵を潰さない、競合を徹底的に攻撃しないというのは、日本人の美徳の1つだと考えている。日本人が優しいからということもあるが、一番の大きな理由は、日本人は敵が存在することで自らのアイデンティティを確認し、敵と共存することで自らを鍛えようとする民族だからだと思う。その源流が縄文時代にあるというのは面白い発見であった。

 以前の記事「日本とアメリカの「市場主義」の違いに関する一考」でも書いたが、一神教のアメリカは敵を徹底的に排除する文化である。市場で競争する各プレイヤーは、「自分こそが神の意思を正しく体現している」と信じ、自社の製品・サービスを市場に押しつける。そして、競合他社がいなくなるまで、市場の全ての顧客が自社製品を受け入れるまで、激しい戦いを繰り広げる。

 以前、ペプシがコカ・コーラとペプシのコーラをラベルを隠して消費者に飲ませ、どちらがおいしいか投票で決める、というCMがあった。両社の戦いは100年戦争と言われるほど激しく、どちらも自分が一番だと主張して譲らない。日本では競合他社を直接攻撃するCMを流すことは考えられないので、ペプシのCMは新鮮であったが、アメリカではこういうCMは日常茶飯事である。4年に1度の大統領選挙では、共和党も民主党も、相手候補の欠点やスキャンダルを暴くネガティブキャンペーンに必死になる。

 日本は多神教の文化であり、多様なプレイヤーが共存することを許容する。かつては護送船団方式という言葉があったように、市場の多様性を法律で保護しようとさえする。各プレイヤーは、表向きは激しい競争を繰り広げているように見せかけて、実は裏で部品を融通し合ったり、技術提携を結んだり、お互いの戦略や戦術を共有したりと、協力関係にあることが少なくない(だから、ある企業が新しい製品・サービスを発表すると、競合他社がすぐに追随する)。

 先日、久しぶりに鳥山明氏の『ドラゴンボール』を読んだのだが、孫悟空は自分より強大なパワーを持った敵が現れても、その敵を徹底的に排除しようとはしない。ベジータにもピッコロにも、悟空はとどめを刺さなかった。その後、悟空とベジータはよきライバルとなり、ピッコロは悟空の子・悟飯の師匠となった。魔人ブウを消し去る時には、「いいヤツに生まれ変われよ」と願った。その願いは、10年後の天下一武道会で、魔人ブウの生まれ変わりであるウーブと出会うことで果たされた。悟空がウーブを連れて新しい修行に出るところでこの漫画は完結する。

 悟空が単に敵をなぎ倒していくだけの漫画だったら、ドラゴンボールはここまで面白くならなかっただろう。悟空はライバルの存在を糧にして修業を積み、より高みを目指していく。ライバルがいるからこそ、悟空は「より強くありたい」という純粋な思いに裏打ちされた自分のアイデンティティを強化することができる。悟空の考え方は非常に日本的であるように思える。

 アメリカ企業は、自社の製品・サービスを上市した時点で、それが神の意思を十分に反映させた完全版だと思い込んでいる。だから、顧客の要望に応じて多少はファインチューニングすることはあっても、基本的には仕様を大きく変えることはない。どの企業も、自社が最初に決めた仕様に顧客が従うことを要求する(デファクトスタンダードとは、まさにこのことである)。アメリカにおける市場競争とは、どの企業が最も早く市場全体に自らの仕様を強制できるか?という競争である。だから、アメリカ企業にとって競合他社とは、自社の市場制覇を邪魔する厄介者でしかない。

 一方、日本企業は、競合他社の出方を常にうかがっている。「あの会社がこういう手に出るのならば、我が社はこういう手を打とう」と考える。潜在的な競合他社も含めれば、ほぼ無限に競合他社の存在が想定されることから、日本企業は常に自社の製品・サービスを改善し続けることになる。日本企業は、顧客に対する自社の提供価値を洗練させるために、競合他社の存在を必要とする。仮に自社の経営の方向性に迷いが生じても、それほど心配はいらない。なぜなら、競合他社が方向性のヒントを与えてくれるからだ。

 前置きがずいぶん長くなってしまったが、本書のタイトルにもなっている「商店街はなぜ滅びるのか?」という問いに私なりに答えるならば、「競合他社と共存するという日本的な価値観に反して、競合他社を法律で排除しようとしたから」ということになる。

 関東大震災後、それまで高級品を扱っていた百貨店が日用品も販売し始め、商店街を圧迫するようになった。そこで、商店街は結託して政治家に働きかけ、百貨店の営業を規制する「百貨店法」を成立させた。ところが、戦後になると、百貨店法の規制の穴をくぐってスーパーマーケットが出現した。商店街は再び政治と結びつき、より厳しい規制を含む「大店法」を成立させた。

 しかし、近年はアメリカからの圧力で大店法の規制が緩和されている。また、コンビニが商店街の地主を取り込んで商店街内への出店を加速させており、Web通販の拡大も商店街にとって脅威となっている。もはやこの流れは止められないと思うが、政治力だけはやたらと大きい商店街のことだから、コンビニやWeb通販を何とか規制しようと悪知恵を働かせるかもしれない(※1)。

 だが、仮にその試みが成功したとしても、商店街はかえって自らの首を締めるだけであろう。商店街は、競合他社との接触を拒んだために、競合他社を利用して自社の競争力を磨くという日本人的な作業を怠ってきた。商店街はよく、「郊外にスーパーマーケットやショッピングセンターができたから商店街が衰退した」と言う(※2)。しかし、日本人の本来の価値観に従えば、新たな競合他社の出現はピンチなどではなく、むしろチャンスとなるはずであった。そのチャンスを自ら潰しておいて、自身の苦境を外部環境のせいにしている商店街に、未来はない。

(※1)全国商工団体連合会によれば、コンビニの深夜営業を地球温暖化対策として規制する動きが出ているという。既に、埼玉県、神奈川県、京都市などが検討を始めているが、当然のことながら日本フランチャイズチェーン協会は反発している。「地球温暖化対策」とは言っても、実際には商店の保護が目的であることは明白である。誰も反論できないようなきれいごとを利用して一部の利益を守ろうとしているのだから、非常にたちが悪い。

 これはコンビニの深夜営業に限った話だが、コンビニの進出そのものを阻止しようというのが、たばこ販売の規制強化の動きである。何でも、既存のたばこ専売店を守るためだそうだ。百歩譲って、消費者の利益を守るためであれば理解できるが、たばこ専売店にどのような”守るべき利益”があるのか全く解らない。どこからともなく競合他社が現れるのは市場経済の宿命であり、どうすれば競合他社と全面的な競争にならずに済むか、戦略やポジショニングを必死で考えるのが経営である。たばこ専売店は、その経営努力を放棄して甘えているだけである。

(※2)仮にこのロジックが正しいのならば、秋田駅前商店街からイトーヨーカドーが撤退した結果、秋田駅商店街が壊滅状態になった、というのは全くもっておかしな話になる。商店街の栄枯盛衰は、ショッピングセンターや大型スーパーとは無関係である。

《追記1》
 足立基浩『イギリスに学ぶ商店街再生計画』では、郊外の大型店と商店街の共存を目指すイギリスの政策が解説されている。商店街再興の事例もいくつか紹介されているのだが、商店街の衰退を決して大型店のせいにするのではなく、商店街自体に魅力がないからだと自己分析して、魅力を取り戻す取り組みを積極的に行っている点も興味深い。

イギリスに学ぶ商店街再生計画―「シャッター通り」を変えるためのヒントイギリスに学ぶ商店街再生計画―「シャッター通り」を変えるためのヒント
足立 基浩

ミネルヴァ書房 2013-10

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《追記2》
 先日の記事「久繁哲之介『商店街再生の罠』―補助金漬けにされている商店街の実態」の最後で触れた香川県の高松丸亀町商店街では、百貨店との共存共栄を図るユニークな取り組みが行われている。以下、『致知』2014年10月号より引用する。
 百貨店が増床する際には大店法の関係でものすごく大変なんですが、三越さんには商店街の施設にテナントとして入っていただくことで、投資なしに増床していけるようにしました。ホールやカルチャーセンターなど、商店街のいろいろな施設も活用していただくのです。その代わり三越さんを通じて、コーチやグッチといった世界のスーパーブランドのお店が、僕らの商店街には軒を並べているんです。

 それから、三越さんの北側に大きな自走式駐車場がありましてね。三越さんのお店に合わせた外装にしてあるんですが、実は僕らのほうで建設した駐車場なんです。駐車場の収益は商店街でいただいていますが、三越さんもただで駐車場が手に入る上に、毎月地代が入りますから、お互いにウィン-ウィンなんですね。地元の百貨店と商店がビジネス・ライクにコラボしているのは、全国でも珍しい例だと思います。
致知2014年10月号夢に挑む 致知2014年10月号

致知出版社 2014-10


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《2014年10月12日追記》
 『致知』2014年11月号に、本居宣長に関する記事が載っていた。本居宣長といえば、生涯をかけて古事記や源氏物語を研究して国学を確立し、日本人の心の源流を探求した研究者である。
 宣長のもとで13歳の時から学問を教わり養子に迎えられた大平が、ある人から「宣長先生は何によってあのような偉い方になられたのですか」と問われた時に見せたのが、宣長が書いた「恩頼図(みたまふのず)」というものでした。恩頼とは「お蔭」のことで、この図には宣長が学恩を受けた人と、その学問に連なる人たちの名が記されています。

 そこには両親や契沖、(賀茂)真淵、若い頃に儒学を教わった堀景山、紫式部、孔子などの名が記されていますが、驚くことにライバルである太宰春台などの名も記されているんです。そこにはライバルがいてくれたお蔭で、いまの自分があるという感謝の思いがあったのだと思います。
致知2014年9月号魂を伝承する 致知2014年11月号

致知出版社 2014-11


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2014年09月13日

『万事入精(『致知』2014年9月号)』―致知が大事にしている3つの価値観


致知2014年9月号万事入精 致知2014年9月号

致知出版社 2014-09


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 今年に入ってから『致知』の定期購読を始めたのだが、この雑誌が大事にしている日本人の3つの価値観がだんだんと解ってきた。

(1)その日その日を一生懸命に生きる
西端 きょうのテーマは「万事入精」と伺いました。この言葉を聞いて頭に浮かんだのは、仏教の諸行無常という教えです。先ほど嘉納先生もおっしゃったように、人生この先何が起こるか分かりませんが、だからこそ1日1日を大切に、感謝の心で生きていきたいですね。

嘉納 それは真心を込めて生きるということね。私も毎日一所懸命、真心を込めて生きています。まだ満足していないの。私の歌はもっと上手になるはずだし、私にできることもあるだろうにって。
(真宗大谷派浄信寺副住職・西端春枝、声楽家・嘉納愛子「老ひてこそ味わいふかし友の味」)
 『致知』には企業経営者のインタビュー記事もよく載っているのだが、目の前の仕事を一生懸命にやり抜くことが重要というスタンスが多い。組織のトップともなると、明確なビジョンや戦略を掲げて、それを達成するための計画を未来から逆算して立案する、というやり方をとりそうなものだ。ところが、そのようなタイプの人は『致知』にあまり登場しない。それよりも、「いま、ここ」を真摯に積み重ねていくことで、未来を切り開いていこうとする。これは、以前の記事「果たして日本企業に「明確なビジョン」は必要なのだろうか?(1)(2)」で述べたこととも一致する。

(2)礼儀作法を大事にする
 武士道は神棚に飾っておくものではありません。自分の生活に生かしてこそ価値があります。日々小さな実践を積み重ねていくことによって、大事な局面で大きな力を発揮することができるのです。それはつまるところ、挨拶の仕方であり、食事の仕方であり、人様との接し方であり、姿勢、表情、言葉遣いといった、一つひとつの些事にも心を込めること、万事入精の心懸けによって武士道は生きてくると私は考えます。あの人は内側から輝いている、と世間で称賛される人は、例外なく見えないところで自分を厳しく律し、努力されているものです。
(文筆家・石川真理子「武家の娘の心得 祖母に学んだ武士道」)
 以前の記事「『焦点を定めて生きる(致知2014年5月号)』―掃除とあいさつは経営の基本」、「『一刹那正念場(『致知』2014年8月号)』―勝つためには守りを固めよ」でも確認した価値観である。経営において単に勝つ=一時的に大きな利益を上げるためであれば、海外のマネジメントの手法が役に立つだろう。しかし、勝ち続けるためには、逆説的なことだが、一見利益につながるとは思えない人間としての基本所作をいかに大切にできるかがポイントとなる。

 私の前職の会社には、大手コンサルファームの出身者も多く集まっていた。彼らは確かに地頭はいいのだが、人間としては見過ごすことのできない欠陥が多かった(例えば「【ベンチャー失敗の教訓(第8回)】常識知らずで社員を唖然とさせる社長」、「【ベンチャー失敗の教訓(第41回)】自分の「時間単価」の高さを言い訳に雑用をしない」など)。だからという理由で片づけるのは短絡的すぎるかもしれないが、組織が一丸となって苦境を乗り越えなければいけないという局面で社員が結束できず、坂を転がり落ちるように業績が悪化してしまった。

 礼儀作法は、コミュニティにおいて他者を不快にさせないための最低限のルールである。それを軽視して他者を不快にさせる人に、どうして顧客のことを喜ばせることができるだろうか?先日、ある中小企業をアポなしで訪問したことがあった。ちょっと社長にお願いしたいことがあって、たまたまその企業の近くまで別件で来ていたので、ついでに立ち寄った。あいにく社長は不在だったのだが、オフィスに入っても社員は誰もあいさつをしてくれず、社員たちが机の上に座って大声で談笑していた。顧客はこういう企業に仕事を頼みたいと思うだろうか?

(3)不条理なことにも耐える
 困り果ててパリの日本大使館に駆け込むと、ある日本料理屋を紹介してくれたんです。そこで数か月働かせてもらいましたが、食器を投げつけられたり、油をひっくり返されて火傷したり、引っ叩かれたり・・・まあ、不条理なことがいっぱいありました。僕は何も悪いことはしていないのに。すごく辛かった。ただ、僕はその人のことを一度たりとも恨んだことはないんです。(中略)

 そういった理不尽なことも一流の職業人になるための試練と捉えて受け入れなきゃいけないと思っていました。やはり辛いからといって簡単に逃げるようではいけない。理不尽なことを耐え忍ぶ中で、自分という人間がつくられていくのだと思います。
(オーボンヴュータン オーナーシェフ・河田勝彦「作り手の気持ちが熱くないと美味しいお菓子は生まれない」)
 西欧的な合理主義を貫けば、絶対にこんな価値観は出てこない。だが、日本人には理不尽なことを自己成長の糧にできる強さがある。善を理解するためには善を知るだけでは不十分である。悪を知らなければ、善の完全な把握はできない。

 西欧は誰かが合理的だと考えたことを他の人にも強制する社会であるから(以前の記事「日本とアメリカの「市場主義」の違いに関する一考」を参照)、基本的には皆同じように合理的な考え方をする。一方、多様性を尊重する日本では、様々な価値観が並立する。これは、誰かにとって合理的なことは、他の人にとって非合理的であることを意味する。だから、日本社会で生きる以上、非合理との戦いは宿命なのである。そこから逃げていては、日本で生きることはできない。非合理を受け入れることで他者を理解し、ひるがえって自己を鍛えなければならない。

 昔の私は不条理が許せないタイプで、組織と軋轢を生みだすタイプであった。大学生の時にやっていた塾講師のアルバイトでは、時給が契約時と異なっていたり、生徒に使わせようと思っていた市販のテキストを塾が全然用意してくれなかったりと、不条理なことがあれこれ重なったため、1年ぐらいで辞めてしまった。だが今思えば、あれは契約プロセスをきちんと踏むというビジネスルールを学習する絶好の機会にできたはずであった。また、テキストが届かなかったのは、市販のテキストに頼らずに、自分でテキストを作れという塾側のメッセージだったのかもしれない。

 前職の会社も非常に理不尽だった。しかし、学生時代のように1年ぐらいで辞めはしなかった。結果的には退職したものの、他の何十人という社員が1~2年ぐらいで会社を去ったのに対し、私は約5年半在籍し続けた。これは全社員の中で、5本の指に入る長さであったと思う。おかげで「シリーズ【ベンチャー失敗の教訓】」という記事をまとめることができたし、今の中小企業診断士の仕事で理不尽なことがあっても(苦笑)、多少は我慢できる耐性が身についたと思う。




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