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【ベンチャー失敗の教訓(第46回)】上から下まで生産性を上げる努力をしない会社
【ベンチャー失敗の教訓(第21回)】何年経ってもまともな管理会計の仕組みが整わない

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谷藤友彦(やとうともひこ)

谷藤友彦

 東京都城北エリア(板橋・練馬・荒川・台東・北)を中心に活動する中小企業診断士(経営コンサルタント、研修・セミナー講師)。2007年8月中小企業診断士登録。主な実績はこちら

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2014年01月05日

【ベンチャー失敗の教訓(第46回)】上から下まで生産性を上げる努力をしない会社


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 ホワイトカラーの仕事はブルーカラーの仕事とは違って、いちいち誰かが指図してくれたり、明確な指示書があったりするわけではない。だから、自分で作業手順を組み立て、それぞれのタスクのやり方を工夫して、生産性を高める努力を積み重ねなければならない。ましてそれがベンチャー企業ともなれば、先行する競合他社に追いつき、これを追い越すために、非常に高い生産性を実現する必要がある。ところが、3社の社員の多くは自分の生産性に関して無頓着だった。

 Z社では、見かねた経営陣が社員のタイムマネジメントに乗り出した。エクセルのフォーマットを用意し、毎週月曜日になると、1週間で予定されているタスクと、それぞれのタスクに費やす予定の時間を記入させた。そして、毎日仕事の実績を記録させ、予定と実績の乖離を見える化した。しかし、Z社の社員に話を聞くと、エクセルの報告書を提出しても、経営陣から何かフィードバックがあるわけではなかったという。どうやら、経営陣は各社員のエクセルを管理部門の社員に集計させ、それで満足してしまっていたらしい。

 私は、この話には2つの問題点があると思う。1つは、Z社は社員数が10名程度の小さい企業であるにもかかわらず、エクセルに頼っていたという点である。10名程度であれば、経営陣が直接それぞれの社員に仕事の進捗度合いを確認し、その場で生産性向上のための助言をすれば事足りる。そういう対面のコミュニケーションは、経営陣と現場の距離感を縮めるうえで非常に重要である。Z社の経営陣は、エクセルを使うことで、コミュニケーションの機会を放棄してしまった。

 もう1つは、経営陣自身がタイムマネジメントの対象となっていなかったことである。Z社の経営陣は「社員が仕事をしていない」と思ってタイムマネジメントを始めたのだが、現場社員は「経営陣が仕事をしていない」という不満を抱いていた。経営陣はいつもオフィスにいて、クライアントのところにはたまにしか行かないし、コンサルサービスの開発にもあまり協力してくれない、というのが現場社員の目に映る経営陣の姿であった。現場社員からすれば、「経営陣は、自分の生産性のことは棚に上げて、我々のことばかり管理しようとしている」というのが本音であった。

 もし経営陣がこうした現場の意見を聞いたら、「自分の仕事は部下を管理することであるから、自分の仕事のことは公開する必要はない」と反論しただろう。だが、そんなことを言えば、部下のさらなる心理的離反を招くだけである。経営陣は、「我が社は今まで生産性を軽視しすぎていた。これからは生産性を上げるために、お互いの仕事の内容をオープンにしよう。もちろん、私も自分の仕事を可視化するから、社員の皆さんも仕事の透明化に協力してほしい。そして、生産性向上のために、忌憚なく意見を言い合ってほしい」と言うべきだった。部下に何か負担になる作業をお願いする時には、上に立つ者が率先垂範してその負担を受け入れなければならない。

 一方のX社は、Z社に比べれば多少はましであった。エクセルのようなツールを使わず、毎週月曜日に経営陣と開発・講師チームが集まって、各個人のその週のタスクと予定工数を確認する会議を開いていた。その会議では、経営陣のタスクも公にされた。

 ところが、営業チームはこの会議の参加メンバーから外れていた。もともとこの会議は、「開発・講師チームは仕事が遅いから何とかしてほしい」という営業チームの要請で開かれたものであった。しかし、私はマーケティング担当という立場で、両方のチームと接点があった経験から言えば、数字が目標通りに上がっていない営業チームも生産性に何らかの問題があるはずであり、会議に加わるべきであった。実際、提案書の作成に何時間もかけている担当者や、自分とは関係のない会議に入り込んで時間をつぶしている担当者を何度か見かけた。

 営業チームの生産性に具体的にどのような問題があるのかは、結局のところ突き止めることができなかった。だが、開発・講師チームに関しては、上記の会議に出席すると愕然とする事実が次々と明らかになった。端的に言えば、作業時間を非常に過大に見積もっているのである。

 開発・講師チームでは、研修のカスタマイズに2日かけるとか、研修の実施報告書の作成に1日かけるといったことが常態化していた。以前の記事「【ベンチャーの教訓(第21回)】何年経ってもまともな管理会計の仕組みが整わない」で指摘したように、研修のカスタマイズに2日かけると、その案件は赤字になる。しかも、似たようなカスタマイズを何度も繰り返しているはずなのに、一向に作業時間が減らない、つまり生産性が上がっていないのである。また、研修の実施報告書といっても、研修終了後の受講者アンケートを集計するだけであり、エクセルの雛形さえしっかりしていれば、2時間程度で終わる作業である。

 以前の記事「【ベンチャーの教訓(第32回)】メディア露出が中途半端すぎてティッピングポイントを超えられない」でも書いたが、私はマーケティング担当として、各講師に対し、HPに掲載するコラムの執筆をお願いしていた。ところが、マネジャーの中には、そのコラム作成に1日かけるという、とんでもない見積もりをしてくる人もいた。コラムは2,000字程度である。1,000字で1時間とすれば、2時間で終わる作業だ(ちなみに、今日の記事は3,500字ぐらいだが、2.5時間で書き上げている)。コラムは、講師が自分の専門分野について意見を表明する場であった。そのコラムに時間がかかるということは、自分の専門性が浅いということであり、恥ずべきことである。

 私は、マネジャーたちの過剰な見積もりにいつも驚かされていた。私自身、マネジャーに対して改善ポイントを十分に指摘しなかったことは反省すべき点である。だが、そのような改善点の指摘は、会議の主催者である経営陣が進んで行うべきであっただろう。経営陣は、いつもメンバーの作業見積もりを漫然と聞いているだけで、生産性を上げよとハッパをかけることもなかった。

 経営陣は経営陣で、見込み顧客に対する表敬訪問を週に2~3件やっているだけで、残りは提案書を作成しているという、何とも曖昧な弁明が多かった。提案書作成は、表敬訪問の少なさを覆い隠す口実に感じられた。経営陣が営業活動にもっと注力すれば、表敬訪問は週に10件、20件とできたはずである。もっと言えば、ベンチャー企業の経営者なのだから、表敬訪問などという形式的な活動で満足せずに、トップセールスでクロージングまで持っていくぐらいの仕事をしてほしかった。経営陣が社員に対して生産性を上げるように強く言えなかったのは、問題を指摘するとブーメランのように自分に跳ね返ってくることを恐れていたからなのかもしれない。

 余談だが、3社の社員は職種に限らずパワーポイントを使う機会が非常に多かった。コンサルタントは報告書のために、営業担当者は提案書のために、開発・講師チームのメンバーは研修テキストのためにパワーポイントを使用していた。コンサルタントは比較的パワーポイントに慣れていたのに対し、それ以外の人はパワーポイントを使うのがあまり上手ではなかった。

 パワーポイントは、ショートカットを覚えれば、生産性を大幅に上げることができる。特に重宝するのが、オブジェクトの整列のショートカットである。また、同じファイルを複数人が扱うため、加工しやすいようにいくつかのルールを設けておくことも重要である。例えば、四角形などの図形は「塗りつぶしなし」にせず、白く塗りつぶしておくとよい。そうすると、その図形を移動させる時に、図形のどこをクリックしてもその図形が選択されるので楽である。これが「塗りつぶしなし」になっていると、図形を移動させる時に枠線を慎重に選択しなければならず、操作を誤りやすい。

 X社の全社会議で、X社にしては珍しく、予定よりも早くアジェンダが消化できたため、残り時間を使って私がパワーポイントの簡単な講習を行ったことがあった。その時には、先ほど述べたショートカットや共通ルールの話をした。私は普段やっていることをそのまま話しただけだが、X社の社員にとっては新鮮だったようで、会議が終了すると、ある営業担当者から冗談半分で、「今までの全社会議の中で一番有意義だったよ」などと言われた。裏を返せば、そういう細かいところで生産性を上げる努力がなおざりにされていたということだろう。
(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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2013年06月09日

【ベンチャー失敗の教訓(第21回)】何年経ってもまともな管理会計の仕組みが整わない


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 前回の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第20回)】マネジャーなのに数字に無頓着」で述べたように、上層部が売上に無関心なのだから、当然のことながら利益に関心などあるわけがない。年度末になって蓋を開けてみたら、損益計算書が真っ赤という状態が毎年のように続いた。
 
 建設業やシステムインテグレータ、コンサルティングファームなど、プロジェクトベースで動く企業では、プロジェクトごとの利益を見える化する動きが進んでいる。それも粗利ベースだけでなく、営業利益ベースにおいてである。その目的は、赤字プロジェクトを撲滅し、それぞれの案件の利益率を少しでも改善することにある。X社の研修事業も、商談の発掘から研修の実施までを1つのプロジェクトとみなせば、プロジェクト別の営業利益を算出することが可能だったに違いない。しかも、X社のコスト構造は下記の通りいたってシンプルであり、コストの計算ルールさえしっかり決めておけば、簡単に営業利益を導き出せるはずであった。

 売上総利益=売上高-((1)講師の人件費+(2)コンテンツ開発担当者の人件費+(3)その他変動費[主に、外部企業の診断サービス利用料、テキスト印刷代など])
 営業利益=売上総利益-((4)営業担当者の人件費+(5)サービス開発費+(6)その他固定費[主に、マーケティング費、家賃、水道光熱費など])

 (1)講師の人件費・・・当該プロジェクトにおいて、講師が営業同行(クライアントからは「講師がどんな人なのか事前に知りたい」と言われることが多いため、講師であっても営業活動が発生する)や研修の準備、実施に費やした日数を計算し、講師1日あたりの人件費をかける。ただし、講師が営業同行や研修の準備を行った案件の中には、失注する案件もあるので、失注案件にかかった人件費を一定のルールの下に受注案件に配賦する。

 (2)コンテンツ開発担当者の人件費・・・当該プロジェクトにおいて、コンテンツ開発担当者が開発業務に費やした日数を計算し、コンテンツ開発担当者1人あたりの人件費をかける。失注した案件のコストの扱いについては、(1)と同じとする。

 (3)その他変動費・・・研修によっては、外部企業の診断サービスを使うことがあり、受講者1人あたりいくらという形でコストが発生する。また、社内でテキストを準備する場合は、印刷代がかかる。その分のコストを差し引く。

 (4)営業担当者の人件費・・・当該プロジェクトにおいて、営業担当者が営業活動に費やした日数を計算し、営業担当者1人あたりの人件費をかける。失注した案件のコストの扱いについては、(1)や(2)と同じとする。

 (5)サービス開発費・・・X社は、まずは標準的な研修コンテンツを用意し、それをクライアントの要望に応じてカスタマイズしていた。その標準コンテンツを開発するのにかかった費用(一般的な用語で言えば研究開発費)を、一定のルールの下に各プロジェクトに配賦する。

 (6)その他固定費・・・一定のルールの下に各プロジェクトに配賦する。

 簡単な例として、1日50万円の研修案件というプロジェクトを考えてみる。この価格は業界水準からするとやや高いが、X社はこれを標準としていた。講師の工数は、営業同行や研修準備、当日の研修運営で合計3人日かかるとする。講師の月給(福利厚生費も含む)が70万円だとすると、3人日分のコストは、70/20(営業日)×3=10.5万円である。ただし、これだけでは失注した案件に費やされたコストが無視されているため、その分のコストも上乗せしなければならない。講師が受注案件:失注案件=3:2の割合で時間を割いているならば、失注案件のコストも含めた講師のコストは、10.5×5/3=17.5万円となる。

 同様に、コンテンツ開発担当者はこのプロジェクトに1日を費やすものとし、コンテンツ開発担当者の月給が60万円、受注案件:失注案件の割合は講師と同じく3:2であるとすると、失注案件のコストも含めたコンテンツ開発担当者のコストは、60/20(営業日)×1/5/3=5万円となる。

 この研修では、外部の診断サービスを利用して、研修実施前に受講者のスキルレベルを測定している。受講者の人数が20人、受講者1人あたりの受診料が5,000円だとすると、診断サービスにかかるコストは、20×5,000=10万円である。また、この研修では50ページのカラーのテキストを使用しており、それを社内で印刷している。カラー印刷1枚あたりのコストを20円だとすると、合計で20×50×20=2万円の印刷代がかかる。

 営業担当者は、このプロジェクトに合計4日を割いているものとする。営業担当者は、初回アプローチ、研修プログラムの打合せ、研修後のアフターフォローなどで、クライアントを合計5回程度訪問する。1回の訪問に1/4日ほどかかるとすれば、5回程度の訪問で約1.5日必要となる。また、各回の訪問で使用する資料の作成に、クライアントの訪問時間と同じだけの時間、つまり1.5日かかるとする。さらに、営業担当者は講師の品質をチェックする目的で、研修当日も研修に出席することがある。これでもう1日工数が増える。4人日の内訳は以上の通りだ。

 営業担当者の月給を80万円とすると、4人日のコストは80/20(営業日)×4=16万円となる。営業担当者は、講師やコンテンツ開発担当者より失注案件に費やす時間が長い。受注案件:失注案件=1:1ならば、失注案件のコストを含む営業担当者のコストは16×2=32万円である。

 すでにお気づきのように、ここまででコストの合計は66.5万円に上り、このプロジェクトは赤字が確定している。その上、まだサービス開発費やマーケティング費、家賃などのコストが加わるわけだから、赤字の金額はさらに膨れ上がる。簡単な例として紹介したが、月給や工数の数字は決して誇張ではない。私が入手しうる限りの情報と、社員の行動の観察から導かれた分析結果であり、かなりの精度で実態を反映していると思う。

 このプロジェクトには様々な問題があった。まず、講師の営業同行が多すぎた。営業担当者が商談の場で研修サービスのことをうまく説明できない時は、すぐに講師を営業同行させる傾向があった。講師が営業担当者を信頼していない場合は、講師が自ら営業同行を申し出ることすらあった。また、クライアントの要望に従って安易にカスタマイズの範囲を広げてしまうため、コンテンツ開発担当者に過剰な負担がかかってしまい、カスタマイズされた研修コンテンツに従って研修準備を行う講師の負担も増やすことになってしまった。

 コスト構成の中で、外部企業の診断サービスが占める割合も高すぎた。診断サービスを外部企業に依存しなければならなかったことは、コスト面以外にも問題があったのだが、その点については別の機会に改めて述べる(後日の記事「【ベンチャー失敗の教訓(第23回)】サービスのコアな部分を外部企業に頼らなければならないという構造」を参照)。

 営業担当者の営業工数=4人日も多すぎた。営業担当者は一度の訪問でクライアントと多くを決めることができず、何度も何度もクライアントに足を運んでいた。営業担当者の研修への同席も、本当に必要かどうか怪しいことが多かった。新規のクライアントであれば、研修運営に万全を期すために営業担当者が同席する理由はあるものの(営業担当者が研修の運営を手伝ったり、受講者のファシリテーション役を買ったりすることはある)、リピート案件まで営業担当者が同席する理由はなかった。営業担当者の中には、手持ち商談が少なく、周りから仕事をしていないと思われるのが嫌であるために、積極的に研修に同席している人までいた。

 最後に、そもそも論として、失注率が高すぎた。失注率がもっと改善されれば、講師、コンテンツ開発担当者、営業担当者のコストを下げることができた。

 X社がちゃんとした管理会計を行っていれば、こうした問題を社員全員で共有し、原因と対応策を練ることも可能だったかもしれない。しかし、何年経っても管理会計の簡単な仕組みすら導入されなかった。私も一コンサルタントとして、管理会計の導入を経営陣に対して提起しなかったことは、痛恨の極みである。もっとも、管理会計の仕組みをITで構築したとしても、前回の記事でも述べたように、社員の目に触れることなく終わった可能性が高いだろう。コンサルファーム出身者が設立した企業としては本当に情けない話だが、模造紙に大きく数字を書き出して、いつでも社員の目につくような素朴な仕掛け作りから始めるしかなかったと思う。
(※注)
 X社(A社長)・・・企業向け集合研修・診断サービス、組織・人材開発コンサルティング
 Y社(B社長)・・・人材紹介、ヘッドハンティング事業
 Z社(C社長)・・・戦略コンサルティング
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